第2話 血統(2)
オモヒカネとの話が終わると、その日はオモヒカネの屋敷に泊まり、翌朝、俺は研究所へ向かった。一緒にミケヌたち三人もついてきた。
子どもたちはかわいく無邪気で、今度いつ遊びに行ったらいいのか、魚釣り以外に楽しいことはないのか、そんな話をしてきた。俺はそんな他愛ない話に付き合いながら、四人で楽しく研究所を目指した。
五ヶ瀬川に沿って歩いて行くと、そこまで時間をかけずに研究所が見えてきた。
山の途中を削り取るように、灰色の石のような材質でできた研究所が埋まっている。
「よし、じゃあ競争だ!」
キハチが言うと、子どもたちは歓声を上げて研究所に向かって走り出した。
「やれやれ」
俺はそう言い、後ろをぼちぼちと歩いてついて行った。
「よう、元気か?」
「ああ、何とかな」
研究所に着くと、健二が外でぼうっと遠い目で山々を見つめていた。
声をかけると、力なく笑う。
「子どもたちはもう中か?」
「ああ、あっという間に入っていったよ」
「そうか」
そんなことを話していると、藤田も外に出てきた。
「あいつらが、帰ってくると、うるさくてかなわんわ」
伸びた白髪を後ろで一本に縛った藤田が文句を言いながら息を吐いた。
「おお、藤田さん、じゃなくてスクナビコナって呼んだ方がいいのかな? 本当に久しぶりですね。元気ですか?」
「おう、変わらずやっとるよ」
俺の言葉に、藤田は頷いた。
「お前さんは、仲間たちと海沿いで暮らしておるのか?」
「ええ。
「もう少し、ここにも来てくれ。健二が元気がなくてな……」
「藤田さん、やめてくれ」
文句を言う健二の顔を見て、俺は眉をしかめた。健二の顔には明らかに覇気がなかったからだった。
「健二よ。耳が痛いかもしれんが、いいか?」
「ああ」
「ミケヌたちがタカチホに行っているのは、もちろん分かってるよな。オモヒカネはミケヌかワカミケヌをお前の父親の代わりにしようとしているぞ。健二はいいのか?」
俺が訊くと、健二は首を振った。
「本当は止めたいんだが、もうなにが正しいことなのか、分からなくなってきてな」
自嘲気味に言うその顔は、表情がなかった。
健二が、突然、げほげほと咳き込み始めた。
「大丈夫か!?」
背中をさすっていた俺は、驚いてその手を止めた。
健二の手のひらに、かすかに血がついていたのだ。
「何か病気なのか?」
「少し前からな。だが、どこかが痛いわけじゃないんだ。多分大丈夫だ」
「そうか。だが、あんまり、無理するな。しばらくゆっくりした方がいいな」
俺はそう言うと、健二の背中をまたさすった。
「武よ、頼みがある」
向こうを見たまま、健二が呟いた。
「何だ」
「ミケヌとワカミケヌが、オモヒカネに利用されないよう面倒を見てくれぬか」
「それはかまわぬ。俺からも話しはするし、しばらく俺もここにいることにしよう。だがな、ミケヌとワカミケヌのことは最終的にはお前の責任だぞ。オモヒカネの思ったようにさせたくないのであれば、お前が止めるんだ」
「ああ、そうだな」
健二は俺の言葉に頷きながらも、その声には力が無かった。父親が死んだことで、生きていく上で大切なものが、抜け落ちてしまったような……そんな感じだった。
俺は健二の背中をさすりながら、藤田と一緒に研究所の中へと入っていった。昔、王子を無くしてしまったばかりの頃の気持ちが胸に蘇る。俺は健二の心の支えになることを胸に誓った。
外は既に、日が沈みつつあった。
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