第3話 神域(1)
「明日だが、行きたいところがあってな。一緒に行かんか?」
藤田が俺に訊いてきた。健二の嫁であるトヨタマや研究所の他のメンバーと一緒に夕飯を食べているときだった。
場所は、研究所にある一番広い部屋――。ここに住んでいる者たちは、それぞれで生活をする部屋が決まっているのだが、今日は俺が来ているので、皆で集まって歓迎の夕食を食べていたのだった。
「健二も一緒か?」
「もちろんだ」
「そこはどこなんだ?」
「この前、発見した小高い山があってな……」
藤田の説明によると、研究所にある衝突型加速器の管が本来囲んでいるはずの地点を調査しているときに、幾つもの巨石が周りを囲んでいる小高い山を見つけたのそうだった。
「なぜ、そこに行ってみたいんだ?」
「ちょうど、ここの衝突型加速器のパイプがあるはずの場所に位置している聖域のような山。これは勘だが、高天原と関係がありそうな気がしていてな」
「ふむ」
「高天原に行ったとき、スサノオとアマテラス以外の天津神には会わなかっただろう? 他に誰もいないということはないのかもしれないが、あの四次元の世界に住んでいる人は極端に少ないんじゃないかと想像している。これは勘だが、高天原にあった文明は、我々と異なる発展を遂げた滅びつつある文明なんじゃないか、という気がしていてな……」
「うん? どういうことだ?」
俺は藤田の顔を見返して訊いた。藤田は、高天原に行ったときのことを思い出しているような遠くを見るような目をしていた。
「簡単に言うと、ずっと昔は、この世界と高天原はもっと近っかたんじゃないかと思っていてな。今と違って、もっと簡単に行き来できたんじゃないのかということなんだがな」
「なるほど、あの世界自体、非常に大きな泡のようなものだと……そういうことだったよな?」
「ああ、そうだ」
「距離が近づいたり、離れたりするあの世界が、昔はもっと近くにあったのではないかと、そういうことだな?」
「簡単に言えば、そういうことだ。そして、あの山にはその高天原にあったであろう文明の遺物のようなものが残ってるんじゃないかと期待しているのさ」
藤田がニヤリと笑った。
「実は山の麓でこういうものを持って帰っていてな」
藤田が見せたのは、らせん状の巻き貝に似た人工物だった。材質は石のようにも金属のようにも見える。
「それは何なのだ?」
「分からぬ。何か高天原にある機械の部品のような物ではないかと思っているのだが」
「なるほど……それは、少しわくわくするな」
俺は言った。横で話を聞いていた健二の顔も興味を明らかに示している。
「なあ、健二。行ってみようや。面白そうじゃないか」
俺は健二の肩を叩いた。
「あ、ああ」
健二は少し戸惑いながらも同意した。声は気乗りしていないような感じだったが、その眼には少し力が戻ったような……そんな気がして、俺は俄然やる気になっていた。
*
次の日の朝、研究所を出た。藤田の言っていた山の入り口までかなりの距離を歩いた。健二と藤田の他に、山田がついてきていた。山田はその知識で、オモヒカネが進めていた開墾や農業を手伝っていたのだったが、国が大きくなるにつれ、手伝うことがなくなって、最近は藤田の研究の手伝いをしているとのことだった。
他の研究員たちについては、今回の探索で詳しいことが分かったら、興味ある者たちのみ次の機会に連れてこようということになっていた。初めて行く場所で何があるか分からないため、俺が守り切れる人数に絞ることになったのだった。
「あの管はこんなに遠くまで続いているのか?」
俺は藤田に訊ねた。
「ああ、そうだ全部で十Km以上の長さがあるかあらな}
「キロメートルってどれくらいだ?」
「説明が難しいな……」
藤田はそう言って笑った。
まだ、頭の上まで太陽は来てはいなかったが、ここまでふた時ほどは歩いていた。
藤田が言うように、山に続く道を塞ぐように巨石が幾つも並び、壁のようになっていたが、回り道をすれば、向こう側には行けそうなふうに見える。
「こいつは凄いな……」
健二が呟いた。
「明らかに、人為的なものだが、この石、一個が一体どれくらいの重さがあるんだ? 生半可なことでは動かせないぞ……」
俺たちの背丈よりも遙かに大きい石を見上げて健二は頭を振った。
「これ自体も高天原の人々が置いたのかもしれぬぞ」
「確かにそうですね」
藤田の言葉に健二が頷いた。
「じゃあ、俺が石の裏側へ行ってみよう。そのために来たんだからな……」
俺がそう言うと、
「ああ、頼む。何か罠のようなものがないか用心してくれ」
藤田が頷いた。
俺は、怪しい奴らがいないか気を探りながら慎重に巨石の周りに沿って歩いた。罠のようなものがないかについても注意を払う。意外に巨石の範囲は広かったが、特に何もなかった。
「藤田さん、みんな! 大丈夫だ」
巨石の裏に回った俺は、大きな声でそう伝えた。しばらくして、皆やってきた。
「石の裏に何か書いてありますよ!」
山田が言った。確かに石にはなにか意味不明な文字が刻み込まれていた。
象形文字のようにも見えるし、単なる記号のようでもある。
「やはり、この奥に何かありそうだな」
藤田が言った。
俺たちは慎重に辺りを伺いながら足を進めた。
しばらく行くと、道に沿って両側に大小の様々な石積みが現れた。石積みの頂点が、上下しながら奥へと続いているのが見える。
俺は一瞬、浮遊感のようなものを感じ、頭を振った。
「何か、おかしなものを感じないか?」
「ああ、少し目が回るような感じがする……」
健二が頷いて言った。
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