第4話 神域(2)
道を進んでいくうちに、俺は不思議なことに気がついた。周りが徐々に暗くなっていくのだ。まだ、日が沈むような時間ではない。そして、空を覆うような巨樹の森の中に入ったわけでもない。徐々に周りの闇は濃くなっていった。
「全く。お前らだけでここを行こうとは無茶が過ぎるぞ……」
突然、聞き覚えのある声がして俺たちは足を止めた。
横の空間に黒く丸い穴が開いていて、そこからサルタヒコの顔が除いている。
「サルタヒコ……」
俺は呟いた。
その穴から出てきたサルタヒコの後ろからアメノウズメも続いて出てきた。二人が出ると、その黒い穴はすぐに閉じた。サルタヒコは黄泉平坂の道を通る能力でここまで来たに違いなかったが、問題はその目的だった。
「なぜ、お前たちがここにいるんだ?」
「ウズメが予知したのだ。お前たちがここに来るであろうことをな」
サルタヒコはアメノウズメの方を見て言った。
「タケミカヅチにスクナビコナ。なぜ、ここから先を目指すのじゃ?」
アメノウズメが訊いた。
「俺は護衛だ。最も行きたがっているのは藤田……いや、スクナビコナだ」
俺の話を聞いたアメノウズメは藤田の目を見た。その目はどこまでも見通しているようなそんな表情だった。
「隠しごとをするつもりはない。この山に高天原に関係するものが残されているのではないかと思って来たのだ。あるとすれば、私たちの知る文明とは全く異なるものであろうと思っている」
藤田が言った。
「ふむ。じゃが、ここは古くから神域として立ち入ってはだめじゃと言い伝えられている場所なんじゃ。ここで帰った方いいのではないか?」
「帰った方がいいのか? できれば最後まで行ってみたい」
藤田は困ったような顔で言った。
「困ったな……」
アメノウズメはそう言い、サルタヒコの顔を見た。
「ウズメよ。いずれにしても、このまま置いておくわけにも行くまいよ。最後まで案内して、見せるだけは見せようか」
サルタヒコがため息をついて言った。
「まあ、仕方がないか……じゃが、約束してくれ。ここから先にあるものは決して持ち帰らぬことを」
「分かった約束しよう。皆もいいな」
藤田はすぐに頷いた。そして、一緒にいた三人も皆、大きく頷いたのだった。
*
サルタヒコが言うには、この山は登る途中の道が次元の狭間になっていて、何も知らない者が行くと迷ってしまうのだということだった。
「お主たちがこの世界に来たときに、さらに時空が狂ってしまっていてな……時の流れが遅くなってしまっているのだ」
サルタヒコはそう説明を続けた。
「サルタヒコ殿はなぜ、そんなことを知っているのだ? ここが昔から神域で立ち入ってはいけないという言い伝えを知っているのは分かるが……」
「ここを守ることが私の役割の一つだからだ。アマテラス様やスサノオ様から頼まれておるのさ」
サルタヒコは顎に手を置き、ゆっくりと答えた。
「そうか……それでは訊くが、ここはどういう場所なんだ? かなり昔には、高天原と重なっていた場所なのではないのか?」
藤田が訊いた。
「今までのことだけで、そこまで推測するとはさすがだな……。確かに、この山は昔、高天原だった場所の一つだ。言い伝えに寄れば、この日の本には他にもいくつかそういう場所があるらしい……それより、私の背中を見失わないようについてくるんだ。一度、見落とせば容易に迷う。そして、もう助けてやることは出来ぬぞ」
「分かった」
藤田は頷いた。
俺たちはサルタヒコとアメノウズメの背中から目を離さないように集中してついていった。
どれくらい歩いたのだろうか。
――唐突に目の前が開け、真っ白な光が広がった。同時に音と匂いも洪水のように溢れでてきたように感じる。
「一応、危ない場所は通り過ぎた。だが、私からは決して離れるな。今からここの中心である神殿を目指す」
「神殿?」
「ああ、遙か昔、天津神が住んでいたと言い伝えられているところだ」
サルタヒコはそう言うと、また歩き始めた。
俺は唾を飲んだ。サルタヒコたちにしてみれば、やっかいなことが増えただけなのかも知れなかったが、俺は激しく頭をもたげる自分の中の好奇心に背中を押されていた。
横にいる健二の目もギラギラと光っているように見える。その表情は、まるで高天原に行ったときのようであった。
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