第5話 遺物(1)
俺たちは神域の奥へと足を進めた。
一応、道らしきものはあったが、長い間、人が通っていないのであろう。そこには長い草が生い茂っていた。
進んで行くにつれて周りに巨樹が増え、太陽の光が地面まで届かなくなってくる。頭上には、覆い被さるように巨樹の枝が重なり、時折、鳥の鳴き声や羽音が響いた。
長い草をかき分け、苦労しながら進む。すると、突然、巨樹の森が途切れ明るくなった。そして、それまで苦労してかき分けていた長い草もなくなった。
「もう少しだ……」
サルタヒコが呟いた。
道に沿って大小様々な石積みが両側にあった。この神域に最初に踏み込んだときと同じだった。石積みの頂点が、上下しながら奥へと続いている。
俺たちは更に奥へと足を進めた。すると、左手に大きな広葉樹の巨木が見えてきた。地面にまではり出している大きな根には、盛り上がる瘤のようなものが生え出ている。
「あそこを見ろ」
サルタヒコが促す先は巨木の根元であった。巨大な根が絡み合うその根元には丸太を組み合わせて作られた入り口のようなものがあった。
「こいつは、人が住んでいるかのようだな……」
入り口まで近づいて、藤田が呟いた。
俺は頷きながら入り口の丸太を触った。
その入り口の木組みは、曲がりくねった木を皮だけむいて組み合わせたような簡素な造りだったが、がっしりとしていて、なんとも言えない風格のようなものを感じさせた。入り口からのぞくと、奥の方にその建物らしきものは続いているように見える。
「これが神殿か?」
俺が訊ねると、サルタヒコは首を振った。
「いや、ここは私の先代が、この地の守り人として宿泊に使っていたもの。神殿はさらに奥にある」
「ん? サルタヒコ殿の父上はここにずっと住んでおったのか?」
「そうではない。ここにいる日にちを決めて他の国津神と交代でここに来ていたのだ。アマテラス様やスサノオ様の話し相手になったり、身の回りのお世話をしておったのだ。私も幼いときには何回もここには来た」
「では、スサノオ様たちはその奥にある神殿に住まわれておったのか?」
「ああ、そうだ」
サルタヒコの返事に、俺は息を吐き頷いた。
「その昔……高天原がまだ近かったときには、アマテラス様やスサノオ様は、あちらとこちらを自由に行き来されておってな、ここに来られたときだけ、国津神の守り人がやってきておったのだ」
「そうか……言われてみれば、ここは普通の場所に比べて神気が濃いような気がするな」
俺は言った。
先日、高天原に行ったことも影響しているのかも知れないが、周りの濃い神気が体に入り、どこまでも強くなっていくように感じる。
「ああ、それは気のせいではない。今でも高天原に最も近い場所であることに違いはないのだからな……」
サルタヒコは笑った。
「ここから高天原に行くことはできないのか?」
「無理だ。ここに直接降りてこれるのは天津神のみ。それも、高天原が遠くなってしまった今では簡単ではないのだ」
「そうか……降りてくる天津神というのは、アマテラス様とスサノオ様だけか?」
「ああ、そうだ。この前、高天原に訪れた際、アマテラス様が言っていたように、高天原には他にも天津神がいるらしいが我は会ったことが無い」
「そうか」
俺たちは頷くと、サルタヒコについて入り口をくぐった。中には、板間の広い部屋があり、囲炉裏が切ってあった。
そこを抜けると、庭のような広場に降りる。さらにサルタヒコは奥へと足を進めた。また、大小の石積みに挟まれた道が現れた。
俺たちは皆で、そこを歩いて行った。
道の途中に様々なものが置いてあった。それは管をつなぎ合わせたような機械のようなものであったり、大きな巻き貝のようなものに小さな巻き貝のようなものがついている道具のようなものであったりした。
「こいつは高天原の文明の遺物だな?」
「ああ、そうだ。今となってはどうやって使えばいいのかも分からんがな……」
藤田の質問にサルタヒコが答えた。
それらの機械や道具のようなものは相当数あった。そして、それらに混じって丸い金属の鏡のようなものがあった。
山田がそれを手に取って表面を覗き込んだ。
「こら、だめだ!!」
サルタヒコが飛ぶようにやってきて、鏡を取り上げると元に戻した。
「ここにあるものに触ってはいかん!」
「す、すみません!」
怒気をはらんだサルタヒコの言葉に、山田が反射的に頭を下げた。
「いや、いいのだ。気をつけてくれよ……」
そう言ったサルタヒコはもう元の優しい男に戻っていた。
持ち帰るなとは言われていたが、触るな、とまでは言われていなかったはずだ。俺はサルタヒコの神経質な反応が少し気になったが、サルタヒコ自身は今のことが無かったかのように足を進めていく。
俺たちは遅れないようにサルタヒコの背中を追いかけた。
しばらくすると、大きな丸太を組み合わせた鳥居が見えてきた。
そこをくぐると、向こうに巨大な石組みの建造物があった。
「あれか?」
「ああ、そうだ」
サルタヒコが頷いた。
緑の苔が石の表面に生えた、その建物の形を俺は今まで見たことがなかった。石の一枚壁が上に立ち上がり、途中で曲線を描いて丸い形の屋根に滑らかにつながっている。健二たちの研究所とも違う。全く見たことのない建物――。
「これは、石じゃないのか?」
表面を触った藤田が呟いた。
この国に来てから信じられないことの連続だな……。
俺はその建物を見上げ、ため息をついた。
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