第2話 探索(2)

「何だ?」

 黒山の呼びかけに、藤田が顔を上げた。

「何をしてるのかなと思ってな」

 黒山は頭を掻きながら訊いた。

「ん? いや、これの実験のせいで過去に来たんだったら、原因を知ることで未来に帰れるんじゃないか、と思ってな」

「なんと、そんなことが可能なのか?」

「いや、まだ何もわからん」

 藤田はそう言い、笑った。

 つられて黒山も笑った。どこまでも前向きで無邪気なのはこの男らしい。


「健二君の話に出てきたあのアマテラスやスサノオといった神々のことだが、どう思う?」

 おもむろに黒山は話を切り出した。

「どう思うとは?」

「いや、神であるということが、本当なのかなと思ってな」

「神……か。それの定義にもよるな。まあ、単なる超能力を持った者という意味で言えば、この前、皆で結論づけたように、その可能性は高いのではないかな。だが、キリスト教なんかで言う絶対神みたいかと言われれば、そんなことは無いような気がするな。どうにも人間臭すぎる」

 藤田が笑って、言葉を続ける。

「それより、彼らのいるという高天原か。四次元の大きな泡のような世界で、この世界に近づいたり離れたりしているのだろ? そっちの方が興味があるな」

「まあ、それはそうか……」

 黒山は聞いても仕方がないことを聞いたことに自分でも半ば呆れながら、話を切り替えることにした。


「それはそうとして、話があるんだが、いいかな?」

「なんじゃ? 改まって」

 藤田はツナギの一番上のボタンをはずしながら訊いた。

 実験室には日が差し込んでいて、むうっとした熱気が溜まっていた。黒山も首の周りに溢れる汗を拭った。

「いや。これからのことを皆と話す前に、藤田さんと話しておきたくてな」

「そういうことか」

「ああ。それに、少し気になることもあってな」

「ふうん」

 藤田は作業の手をとめて、黒山のほうを向いた。

 

「話したことがあったかと思うが、俺は宮崎県の延岡市の出身だ」

「おう、そうだったな」

 黒山の話に藤田が頷く。

 延岡市は宮崎県北部に位置する県下第三の市で、県内屈指の工業都市であった。

「サルタヒコの里に行く途中、大きな川があっただろう?」

「ああ」

「あれがどうにも五ヶ瀬川に思えてしょうがないのだ」

 五ヶ瀬川は、熊本県と宮崎県の境から五ヶ瀬町、高千穂町、日之影町を貫き、延岡市へと続く大河川である。黒山は延岡市の出身だったが、子どものころにはその上流にも何回も行ったことがあった。


「五ヶ瀬川……そうなのか?」

「ああ、確証があるわけではないがな。それにアマテラスやサルタヒコというのは宮崎県の高千穂町に伝わる天孫降臨神話に出てくる神々の名だ。そういう意味でも、ここが宮崎の北部である高千穂の辺りであってもおかしくないと思っている」

「なるほど。一理あるな……というか、その話を聞くと、そうとしか思えないな」

 藤田は興味深そうに頷いた。

「それで、まずはこのあたりの地図をな作ろうと思う。もし、ここが私の考えている通りの場所であれば、記憶にある地図をもとに今の情報を落とし込んでいくだけだから、そんなに苦労もしないと思う」

「では、サルタヒコの勢力や周りの勢力との関係も調べていこうということなのかな?」

「さすがは藤田さんだな。これから我々の安全を図っていくためにも重要なことだからな」

 黒山は笑って言った。


「そのためにも、私も含めて先遣隊というか探検隊というか、そういうグループを作りたいと思うのだが、いいか?」

「ああ。いいに決まっている。一応、宮入みやいりさんにも根回ししておいた方がいいと思うが、私は賛成だと伝えてもらえばいい」

 宮入は一緒にタイムスリップしてきた人間で、研究所のトップだった人間だった。アマテラスからはニニギノミコトを名乗るように言われている。


「了解だ。それと、これが大切なのだが、しばらくは夜にだれか見張りを立てた方がいい。あと食料を確保する班も作った方がいいと思うのだが……」

「そうだな。それも、黒山さんが叩き台を作ってくれると助かるよ。見張りは公平に交代でやればいいし、食料確保は体力があるものがやるべきだろう。あと農耕も検討した方がいいな」

「確かに。一緒に来た人たちは実験の見学者も何人かいたから、そういうことに詳しい人もいるかもしれん。皆に相談してみよう」

「分かった」

「じゃあ、今話したことも含めて、皆と相談する会議の場を設けるぞ」

「ああ、頼む」

 藤田はそう言い、作業に戻った。


 黒山は元々、研究の副主任であったが、それ以外に国の補助金の申請や民間スポンサーとの調整、新しい研究者の確保や実験スケジュールの調整など全体のマネジメントも担っていた。藤田にしてみれば、黒山がこういった仕事をしてくれるのは願ったり叶ったりということになるはずだった。

 黒山は研究室を出て大きく息を吐いた。これからやらなくてはいけないことは多い。やるべきことをきちんとこなしていくことで、ここにいる人間がこの時代で生き残っていく確率は高くなるはずだったからだ。


 そして、その日の晩、会議がもたれた。その場でサルタヒコの里の再訪問や周辺の探索を担う班を作ることが決まった。

 そこには黒山をはじめ、研究員である健一や健二も参加することとなった。

 出発は二日後――。

 それまで、研究所の中を探して、身支度はもちろん簡単な食料、水の準備など、できる限り、最低限の準備はしていくこととしたのだった。

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