第3話 探索(3)
「黒山さん、駄目でしたね」
「ああ、仕方がない。次のプランだ。川に沿って海側に下ってみよう」
「そうですね」
健一と黒山は言葉をやりとりし、互いに頷いた。
早朝に研究所を出発し、サルタヒコのいる里へ向かったのだが、サルタヒコもアメノウズメも不在だったのだ。どこに行ったのか里の人々に尋ねたが、十日間ほど不在になるということ以外、何も教えてくれなかった。聞こうと思っていた周辺の状況もまともには教えようとしない。黒山たちのことを恐れているような態度で、とにかく会話が成り立たず、有益な情報は一つも得られなかった。
黒山たちは、川に沿って森の中を歩いていた。明らかに人々や獣が往来していると思われる自然にできた道があったのだ。そこだけ、大きな石や枝葉も落ちておらず、歩きやすくなっている。
森は
「まったく、少しくらい話をしてくれてもいいのにですね」
「ああ、本当だな」
黒山は愚痴を言う健二にそう返し、苦笑いをした。
「彼らにしてみれば、我々のことを得体のしれない人間だと思うのも仕方がないのかもしれないぞ。少しずつ、分かってもらって信用してもらうしかないかもな」
「まあ確かに、そうかもですね」
健二は頷いた。
「黒山さん、あの小さな柱が集まったように見える岩って何ですか? あれも宮崎によくあるやつなんですか?」
健一が訊いた。川の岸の所々に露出した岩肌が、健一が指摘したように小さな岩の柱が幾つも集まり、凝縮されているように見える。岩の柱の断面は、六角形のものもあれば、五角形のものもあるようだった。
「ああ。あれは火山の溶岩が急速に冷えた際にできる
黒山は説明した。前もって、健一たちにもここが宮崎県の県北地域である可能性が高いことは伝えてあった。
「やはり、ここは宮崎なんでしょうね」
「ああ、まず間違いないと思う」
黒山は頷いた。
この五ヶ瀬川かもしれないと考えている川に沿って下っていけば、現代でいう延岡市のある場所につくはずだった。行く途中でも小さな集落があるかもしれないし、何より海に面している場所なら、海から取れる魚介があるため、大きな集落があるのではないか、と予想していた。ここで生きていくために、食料のことはもちろんだが、この時代の周辺集落の勢力関係について少しでも情報が欲しかった。また、国津神や天津神のことについても、新しい情報があれば調査したいと考えていた。
黒山の前を、グレーの制服を着た大きな背中が黙々と歩いている。研究者ではないのに実験に巻き込まれた者の一人、
そして、もう一人、元々研究チームではない者が同行していた。地元の中学校で教鞭をとっていた山田だった。実験の見学に来ていて事故に巻き込まれたのだった。眼鏡をかけ、ひょろりとした体躯だったが、黒川の横をひょうひょうと歩いていく。元々は物理が専門とのことだったが、理科の教員だったため、生物も一通りかじっていて植物や野生動物等の知識もあった。今後の食料の確保のこともあるため、同行してもらったのだった。
しばらく行ったところで、川が大きく蛇行している地点に来た。
少しだけ、休憩をとることにして一行は立ち止った。
山田が大学ノートに川の形をスケッチし、この地点にたどり着いた時間をメモする。歩行速度とかかった時間で、大まかな距離を割り出すためだった。時速三~四kmというのが平均的な歩行速度だったはずだが、歩いている道が起伏がある上、一行の中に太っている中年の黒山もいるため、時速二kmで計算することにしていた。
この周辺地図の作成というのも、今回の探索の大きな目的の一つだった。地図が出来れば、そこに集落の情報や食料採取の情報、大きな河川や山の情報などを落としていけばいい。もし、ここが本当に宮崎なら、研究所にあるコンピュータのハードディスクから日本地図を引っ張り出して、それと照合すればさらに正確な情報になるはずだった。
水を飲み、ブロックタイプの栄養食品を齧る。簡易的に作った竹の水筒に入れて持ってきた水はすぐになくなったが、途中で湧水がいくらでも湧いていた。
「黒山さん、もう十八時を過ぎている。そろそろ今夜キャンプをするところを探したほうがいい」
一息ついたところで、皆方が周辺を見回しながら言った。腕時計は、ここに来た時に狂いまくっていたのを、山田が朝日の出てくる時間と今の季節を見て簡易的に時間を決め、皆で共通の時間に設定していた。
「何か、危険を感じるのかい?」
「いや、そうではないが、警戒をするに越したことはない。できれば後ろが崖で、少し高くなっているような場所がいいな。背後から襲われないし、前から危険が来るにしても簡単には登ってこれない。そういったところを探しながらもうすこしだけ歩こう。皆もいい場所に気付いたら私に教えてほしい」
皆方はそう言い、再び歩き始めた。
もう歩きはじめるのか。正直、黒山はそう思ったが日が陰り始めているのも事実だった。慎重に辺りを見回しながら皆方の後ろをついていく。
しばらく行くと、皆方が立ち止まって左の上の方を見ていた。小高い崖のような場所だった。
「あそこがいいかもしれない。ちょっと見てきます」
皆方はそう言うと、あっという間にその場所へと上って行った。
そして、数分もしないうちに戻ってくると、
「大丈夫。理想的な場所です。行きましょう」
と言って笑った。
「やったー。やっと休めますよ!」
健二が勢いをつけるように言ってはしゃいだ。
その様子に、そこいた誰もが笑顔で頷く。
それまで誰も口には出さなかったが、慣れない山道、それも得体のしれない過去の世界を歩くといことに疲弊していたのだった。
やっと、少しだけ気を抜いて体を休めることができる。そのことが皆を笑顔にしていた。
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