第2章
第1話 心の中の友(1)
暗い空には雷光が瞬き、黒い雲が浮かび上がっていた。
俺はなぜこんなところを歩いているのだ――そう不思議に思いながら、この場所を、知っていることに俺は気づいていた。
懐かしさを感じながら、背丈ほどの草や雑木をかき分け歩を進める。
しばらく行くと、乾いた体に細かい雨粒が降りかかってきた。目を細め、顔を流れる雨をぬぐいながら歩き続ける。
濃密な闇と湿気に俺は包み込まれ、上も下もないような不思議な感覚に陥っていた。
頭を振り、前髪を掻き上げて辺りを見回そうとした瞬間、雷光が光り唐突に目の前に巨大な木々が現れた。
そして再び、真っ暗になった。
いつの間にか、巨木の密生する森に入ったようだった。足下には、ふかふかの分厚い苔が生えている。
手探りで、一際大きい巨木の下に行き、雨宿りをしていると、いつしか雨は上がり、月光が差し込んできていた。
柔らかな月の光に照らされた岩のような木肌と、巨大な幹周りを持つ大木の群れ――永い時を重ねてきた森の巨人たちを前にすると、不思議と落ち着いた。
月の光を頼りに、森の濃密な空気が流れてくる方向に沿って進んでいく。森の空気には、降り積もった落ち葉が土と醸す匂いや、伸びゆく植物の匂い、無数の小動物や虫の匂いが溶け込んでいた。
俺はその懐かしい匂いを嗅ぎながら、道なき道を迷うことなく辿っていった。
しばらくすると、大きな石組みの建造物が現れた。苔むした大きな石を幾つも組み合わせて作られた家。入り口にも、材質の異なる巨石で作られた門があった。
ひんやりとした石壁に手を当てて、俺は進み、門をくぐった。家に入ると、石畳の床に大きな男が背中を向けて座っていた。
「よく来たな」
言葉を発するのにあわせ背中の筋肉が動く。肩には長い黒髪がかかっていた。
「ここは、どこだ?」
「お前の心の奥底だ」
「心?」
言われて、はっと気づくと、辺りがいつの間にか、真っ暗な空間になっていた。
「今までいた、石組みの家や巨木の森は?」
「おれの住んでいた家と家のあった森だ。お前の記憶だよ……」
「記憶……?」
「ああ、思い出せぬか?」
「すまない」
ふと、謝罪の言葉が口をついた。
「なぜ、謝る?」
「分からぬ」
何故かは分からないが、目の前の男に申し訳ない気持ちで一杯だった。
男が右の掌を上に向けた。電気の糸が絡まるように集まり、光の球ができる。
風が吹き、光の球がくるくると回った。
ふと、気がつくと、小さな竜巻が男の周りを囲んでいた。
荒れ狂う風の中で、稲光が幾つも光る。
「きれいだ。そして懐かしいな……なぜだ?」
俺は呟いた。目から自然に涙があふれ出る。
「ふふふ。少しは覚えているのか……俺のことを」
男がそう言った途端、轟音とともに雷が俺の足下に落ちた。
「キハチッ!?」
その言葉が、自然に口からこぼれ落ちた。
男の背中が一瞬震え、立ち上がってこちらを向いた。
太い眉に愛嬌のある目。そして太い唇。両肩は大きく盛り上がり、目玉のような入れ墨があった。
「それが、俺の名だ。俺は雷と風を使う鬼、キハチ」
キハチがにっと笑った。
溢れる涙が止まらなかった。
「俺を助けてくれたな?」
「ああ、あれか……。友が危ないときに助けるのは当然だろう?」
キハチが太い唇を上げ、にっと笑った。
交わした大切な約束があったはずだった。
「俺は、何を成さなくてはいけないんだ!?」
そう尋ねた途端、目が覚めた。
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