第7話 化け物(2)

ウーさん。いや、タケミカヅチよ。あなたも化け物を見たのか?」

 黒山は訊いた。

 黒山の言葉は、マオが間に入って通訳してくれた。

「いや、昨晩は別の場所にいたのだ。仲間はここから離れたところにいてな。呼び戻しに行っていた」

「そうか。では、あなたは、その土蜘蛛とやらを知っているのか?」

「いや、知らぬ。大陸でもそのような化け物にはあったことはない。なぜ、このようなことになったのかと思っていたのだが、その化け物のせいなのだな」

 武は集落のあり様を見回して、ため息をついた。


「土蜘蛛とは大きな蜘蛛の化け物だ。大きさは八尺」

 先ほど皆方が投げ飛ばした集落のおさらしき男が言った。

「約二.五mってことか……」

 山田が呟く。

「八尺っていうのは高さだ。奴は蜘蛛だから地面を這っている。長さで言えば十三尺以上ある」

「約四m……。象よりでかい」

「むう」

 山田の言葉を聞いて、黒山は唸った。


「それは一匹だけなのか?」

「ああ、そうだ。昨晩は村の若い娘が喰われた」

 おさが吐き捨てるように言った。

「きっと、今晩も来る。あなたたちが、本当に天津神なのなら、我々を助けてくれ!」

 長の横にいる若い男が叫んだ。

 皆で顔を見合わせる。

 どうしたものか……。黒山が答えを迷っていると、

「どうも、こうもない。やるだけ、やってみましょうよ!」

 健二が大きな声を上げた。


「しかし、そんな大きな得体のしれない化け物を……」

 皆方が懸念の声を上げた。

 黒山は、いつのまにか、タイメイが黒山の横に立っていることに気づいた。

「オモヒカネ様。あなた様の知恵に皆の勇気と技を合わせれば、何とかなるんじゃないですか? 私も全力でお助けします」


 タイメイのうるんだ瞳が黒山を見つめ、熱く柔らかな体がぴったりとくっ付いてくる。

「時間はあるんだ。すぐに来るわけじゃなければ、何とかなるかもな……」

 黒山は思わず、そう答えていた。

「そいつの力や特徴を教えてくれ。どうやって対応するのか考えよう」

 黒山は長に向かって、そう訊いていた。


「土蜘蛛は大蛇と同じく黄泉の国から来た化け物だと言われている。体は大きい分、そこまで素早くは動けないが、決して遅いわけではない。人が走るのと同じくらいの速さだ。そして、体は蜘蛛だが、頭は虎に似て、口には大きな牙がある」

 長が言った。

「糸は出すのか?」

「尻から糸を飛ばす。これで獲物を捕まえるのだ」

「獲物?」

 黒山が眉根をひそめた。

「ああ、好物は人間。それも若い女だ。それを狙って糸を飛ばす」


「ふうむ。酒はどうだ? ここには酒があるか?」

「酒はあるにはあるが、どうかな。好物だという話は聞いたことがない」

 長が怪訝な顔をして言った。

「我々の知る話に、化け物を酒で眠らせて退治する話があってな。まあ、それも作戦の一つには入れよう。確信がない故、気休め程度だがな……」


 黒山はスサノオが八岐大蛇やまたのおろちを酒に酔わせて退治した伝説を思い出しながら言った。あれは作り話なのか、それとも本当の話なのか――。

「どうしました?」

 考え込む黒山に、タイメイが訊ねた。

「いや、何でもない」

 黒山は首を振った。


「その土蜘蛛は賢いのか? 虎のような頭が付いていると言ったが、動物並みなのか? それとも、人ほどの知能があるのか?」

「伝説では賢いと言われている」

「なるほど。それではそのつもりで準備しなくてはな」

 長の答えに、黒山は頭をひねった。


「まず、必要なのは、そいつの動く経路を限定することだ。そして、餌を用意して罠にかける。大切なのは、これが罠だと感づかれないようにすることだな。どうせ、弱い人間なのだと油断させることができれば成功するはずだ」

「どう、準備するのだ?」

「それは、今から、指示はするよ。うーん……山田さん、ここの人たちと一緒に丸太でバリケードを作ってくれ、交互に組み合わせて先はとがらせる」

 黒山は地面に絵を描いて指示をした。

 山田が頷く。

「三つもあればいい。長よ、誰か手伝わせてくれ」

 黒山が言うと、長が声をかけた若い衆が二人出てきた。


「健一と健二は、これだ」

 黒山は二人の耳に小さな声で囁いた。

「分かった!」

 二人は頷くとすぐに立ち去った。

「何て言ったの?」

「天津神だからこその武器を用意してもらう。細工はりゅうりゅう、仕上げを御覧ごろうじろ! だな」

 訊ねるタイメイに、黒山はそう答えて笑った。


 頬を膨らますタイメイに黒山は頭を掻きながら、

「タイメイさんは、弓が得意だったよね?」と、訊いた。

「ええ」とタイメイが答えると、

「じゃあ、皆方とタケミカヅチ、そして村の若い人たちと一緒に土蜘蛛と戦う班に入ってくれ。距離をとって安全に戦えるよう考えるから」

 と、黒山が指示をした。

「分かりました」

 タイメイが笑顔で応える。


「では、今からみんな村にある武器をもってここに集まってくれ。私はその間に、村の中を見て、土蜘蛛を誘い込む経路を考えるよ」

 黒山はそう言って、村の長や武、皆方たちの顔を見回した。臆するような顔をしているものは一人もいない。黒山は自分の胸が高まっていることに気付いていた。その高揚感に戸惑いながら、楽しんでいる自分が新鮮だった。

 今まで、自分がこんなに中心になって頼られたことがあっただろうか――。

 黒山は体中に力がみなぎっていくのを感じていた。


      *


 夕刻――。山の方へ日が沈もうとしている。

 空は赤と紫の混じり合った色に染まり、辺りは暗くなり始めていた。

 黒山が目を細め、西の方を見上げると、

 ざあっ

 と、強い風が吹いた。

 遠くで烏の鳴く声が微かに聞こえる。


 準備はできた。全ては完璧なはずだった。


 改めて、集落の中を歩いてチェックする黒山の横にいつしか、タイメイが寄り添っていた。

「オモヒカネ様、大丈夫です。あなた様の知恵で化け物は退治されることでしょう」

「だと、いいな」

 黒山は夕日を見つめた。

 得体のしれない高揚感が、体に熱く渦巻いている。

 タイメイと目が合う。

 黒山は再び夕日に目を向けると、奥歯を噛みしめ、大きく息を吐いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る