第6話 化け物(1)

 翌日――。

 早朝に、眺めのよい道の傍らに穴を掘ってタイメイの仲間を埋めた。特に宗教的な形も何もない。こういったことは心が大切なのだろうと皆で話し合い、大きな石を上に置くと、花を飾り皆で簡単に弔った。

 黒山は心の中で「南無阿弥陀仏なむあみだぶつ」と唱え、手を合わせた。


 出発すると、昨日に引き続き、川に沿って獣道を下流に向かって下っていく。タイメイも最初は元気がなかったが、途中から率先して前を歩いた。昨日、「恩返しを」と言っていたが、黒山の目にもその様子は健気にうつった。


 途中、昼食を食べてから一時間も歩いただろうか。

 これまで辿ってきた川に大きな川が合流している地点で一行は立ち尽くしていた。

 ただでさえ大きな川がさらに大きくなり、海の潮の匂いも一層強くなっている。

「これは大瀬川だ。現代でも五ヶ瀬川に合流しているのだ。私の知っているものとは、その形も流れも違うが、そうとしか思えない……」

 黒山は誰に言うでもなく、独り言のように呟いた。

 やはり、ここは宮崎の延岡市の辺りで、これは五ヶ瀬川なのだ。それまでも、ほぼ間違いないのだろうとは思っていたが、黒山の考えは確信へと変わっていた。


「だいぶ潮の匂いが強いですね……」

「ああ」

 遠くを見て呟いた健二に、黒山は頷いた。

「ここからアガタの集落は遠いのか?」

 健一がタイメイに訊くと、

「いえ、もうかなり近いです」

 タイメイが答えた。

「ここからは私が案内します。後をついてきてください」

 元々、里の近くに来たら、そこからはそこに行ったことのあるタイメイが案内してくれることになっていた。一行はタイメイの後をついて進んでいった。


 少し進んだところで、川に沿った道を外れ、少し北寄りに進んでいく。

 十五分も歩いただろうか。海産物を煮炊きするような匂いとともに、少し焦げ臭い匂いが漂ってきた。遠くを見ると、黒い煙が上がっている。

「少し変だ……」

 皆方がそう言い、一行を押しとどめた。少し先で、タイメイが背伸びするようにして集落の方を見ている。

「何かが起こっていることは確かですが、ここからは何も分からないです……」

「慎重に行こう。ここからはタイメイさんと俺が前を行く。健一と健二は後ろを警戒しながらついてきてくれ」

 皆方が言った。


 進んでいくと、すぐに集落が見えてきた。

 焦げくさい臭いが、ますます強くなってくる。

 集落に着くと、何か大きなものに押しつぶされたかのように壊れた竪穴式の住居がいくつも見えた。ちょうど、昼食時に異変は起こったのか、住居の中には燃えているものも幾つかあった。煮炊きしていた炎が住居に燃え移ったのだろう。

 黒山は、地面に座り込み、震えている老人に声をかけた。

「何があったのだ?」

「化け物が……、これまで見たこともない化け物がやってきました……」

 老人はそこまで言って頭を抱えた。がたがたと音を立てて歯を鳴らし、激しく震える。


 黒山はそれ以上、老人に話を聞くのを諦め、周りを見回した。

「ひょっとすると、あの大蛇なのか?」

 黒山は呟いた。

「ちょっと、僕らも手分けして調べましょう。何が起こったのか」

 健二がそう言い、周りでうずくまる人々に話を聞き始めた。健一や皆方、山田も集落のあちこちに散っていく。

 黒山も近くにいた男に声をかけたが、頭を抱えた男は何も答えてはくれなかった。

「黒山さん、みんなも、こっちに来てくれ!」

 しばらくして、奥の広場の方から、健一の呼ぶ声が聞こえてきた。

 黒山は急いで、声のした方へと走っていった。


 地面がむき出しの広場には、大勢の人間が集まっていた。若い男だけではなく女や老人、子どもまで、数十人の人々がいる。

 人々は一つの方向に気をとられていて、歩いている黒山に目を向けようともしなかった。


 進んでいくと、健一と健二の兄弟が、髭が生えた屈強な男たちと話をしているのが見えてきた。

 男たちは日焼けしていて赤黒く、毛むくじゃらだった。むき出しになった両腕には筋肉が盛り上がり、信じられないほどに太い。


 黒山が更に進み、男たちに近づいていくと、健二がそれに気づいて顔を上げた。すぐに、皆方や山田、タイメイもやってきた。

「この方たちがアガタの人々か?」

「ええ……」

 黒山の問いに健二が頷く。

「おい、お前ら天津神だとか言ってやがるが、本当はあの化け物の手先で、化け物たちを連れてきたんだろうっ!?」

 男たちの中でも、体がひときわ大きい男が大声で吠えた。

「その、化け物っていうのは何なのですか? 我々も道中、大蛇と戦いましたが……」

「大蛇? そんな甘いものではないっ! あれは、あれは……土蜘蛛つちぐもだっ!」

「土蜘蛛?」

「知らないふりをするなっ!」 

 男が、拳を振り上げて黒山に殴りかかってきた。


 皆方が黒山の前に割って入ると、男の拳を受け流し、柔道の一本背負いの要領で地面に投げ落とす。

「き、貴様っ!?」

 男たちが一気に殺気立った。

 男の一人が漁に使うのであろうモリのようなものを構え、振り回してきた。先端の金属部分は鉄ではなく錆びた青銅のようだったが、それでも危ないことに変わりはない。

 皆方が懐から振り出し式の特殊警棒を取り出すと、伸ばして応戦した。

 ガキッ!

 と、鈍い音をさせて銛と特殊警棒がぶつかり合う。


 皆方に投げ倒されていた男が頭を振りながら立ち上がると、黒山に向かってきた。

 黒山は、LED懐中電灯を手に持つと、目を狙って強烈な光を照射した。

「うおっ!」

 男が目を閉じ、後ずさる。

 黒山は周りの男たちの目に、LED懐中電灯の光が当たるよう振り回した。


 そのタイミングに合わせるかのように重たいギターリフとベースが鳴り響いた。健二が黒山の後ろに立って鳴らすメタリカの「マスター オブ パペッツ」だった。

 光と音に男たちは驚き、後ずさった。

 健一と健二が前もって伝えていた天津神だという説明が、ここで効いていた。

 男たちの目が泳ぎ、膝が震えている。自分たちの理解を超えた事態が起こっていることに、戸惑い、怯えている様子だった。

 男たちは拳や武器を構えたまま、じりじりと距離をとっていった。


「何だ、このけたたましい音は?」

 その時、緊迫した場にふさわしくない気の抜けたような声が聞こえてきた。

ウー!!!」

 健二が大声を上げ、震えながらスマホの音を消した。

 そこにいたのは、数日前に分かれたばかりの武と毛だった。後ろに同じような格好の仲間が何人かいる。

 健二が武に飛び上がるようにして抱き着く。

「おいおい……」

 何が起こっているのか分からない顔で、武が頭を掻いた。


 一気に場の雰囲気が和み、戦うような雰囲気ではなくなった。

 アガタの男たちも武器を下ろす。

 武の知人である黒山たちのことを信用してもいいと思ってもらったということなのだろう。男たちの中には笑顔の者までいた。

 黒山は息を大きく吐くと、人だかりの中心に歩いて行った。

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