第10章
第1話 サルタヒコ(1)
丈太郎は、皆と同じようにサルタヒコの目線や感覚を共有し、過去の出来事を追体験していた。ぼんやりと思い出していたサルタヒコとしての記憶のディテールを取り戻していくような不思議な感覚があった。
火山の爆発。そして、黄泉平坂を通ってアムラの仲間やキハチやミケヌを助けに行ったこと――
全ての出来事をサルタヒコとして経験をし、考え、感じた。やがて丈太郎としての意識はサルタヒコの意識に飲み込まれていくように同化していった。
*
「やれやれだな……」
サルタヒコは、屋敷の板間を見回してため息をついた。
周辺の主立った国々を統べる者たちを集めた話し合いが終わったばかりだった。既に全員が帰っていたが、まだ熱気の余波のようなものが広間には残っている。
「まあ、悪いことばかりではあるまい。オモヒカネの言うことには、一理も二理もあるぞ」
アメノウズメがサルタヒコの肩を叩きながら言った。
「確かにそうだ。だが……」
ウズメの顔を見て呟く。
まあ、あれこれ心配してもしょうがない。行動あるのみか――
サルタヒコは大きく息を吐きながら立ち上がると、屋敷の若い衆を大声で呼んだ。そして、ミケヌたちをここに呼ぶように伝えた。
――時は、話し合いが始まる時間へと遡る。
サルタヒコの屋敷の大広間。
そこに、近隣の主立った国々を統べる者たちが、広間に円形に座っていた。今後の火山の爆発への対策を話し合うために集まったのだった。
人々の話を交わす声がざわざわと響く中、サルタヒコが右手を挙げると、潮が引くように静かになっていき、皆の目がサルタヒコへと集中した。
「今回の火山の爆発の件――皆、噂には聞いておるだろう。いや、ひょっとすると、詳しく状況を知らされている者もいるかもしれぬ。だが、我々は実際に状況を見てきた。そこで、まず最初に簡潔に説明をしたいと思う」
サルタヒコは一旦言葉を切って長たちを見回し、更に言葉を繋いだ。
「ここから遥か南の方にキリシマという火山の連峰がある。徒歩で一週間ほどはかかる。そこが大爆発を起こしたのだ。皆も知っていると思うが、更に南の海上にある鬼界島の大爆発の伝説。そのときは、この九州全体に火山流が流れ、噴石が降ったそうだ。率直に言うが、今回の爆発は、そこまでではないよ。だが、キリシマまで徒歩で三日以上かかるほど離れた離れた場所にまで噴石は降ってきおった」
「火山灰はこちらでもちらほらと降っておるが、さらに酷くなるというのか?」
オモヒカネが訊くと、
「ああ。スクナビコナやミケヌはさっき行った場所まで、徒歩で行ったのだが、どこもかしこも、火山灰だらけだ。火山灰以外の高温の
サルタヒコは答えた。
「おいは、南の方に住むアムラっちゅうもんです。今回、サルタヒコ様たちのおかげで一族が何とか助かりました。火山は本当に大変な状態で何回も爆発を起こしています。おいの一族が避難していた山はキリシマからは随分離れていて、最初は大丈夫だったんです。サルタヒコ様がおっしゃったように三日以上はかかる場所です。ですが、助けに行った時は火山灰だけでなく大きな噴石が降ってくるほど大変な状態でした」
サルタヒコの背後に座ったアムラが言った。
円形に座るそれぞれの長たちは、アムラの言葉を聞いて深刻な顔になった。
広間では、上座に屋敷の主であるサルタヒコが、サルタヒコの正面に相対する形でオモヒカネが座り、その周りに周辺の国々の長たちが座っている。そして、その背後にはそれぞれの随行の人間が座っていた。
いったんは静まっていた皆の話し声がざわざわと響き出す。
オモヒカネは着物の裾をまくり、前腕を露わにすると、その太い腕を組んだ。
「そうなると、農作物に影響が出るな。農作物には適度な水と日光が不可欠だ。予定していたほどの収穫は見込めないかもしれぬ」
「それは困る!」
北の山の麓を治めるクマソの長が言った。クマソの長は長く伸ばした髪を首の所で一本に縛っている。赤い色の貫頭衣に身を包んだその顔は精悍だった。
「オモヒカネ様の指導により、ようやく水田に米が実りそうなのだ……」
「私の所もそうだ!」
漁業を生業とするアガタの長が同調した。
「ようやくだ。せっかく安定して食べ物が手に入るようになってきたところなのに……」
アガタの長が言葉を続けると、他にも同意する声が続いた。
「何とかならぬのか?」
フタカミから最も離れたところにあるトヨサキの長が、灰色の着物の袖をまくりながら言った。
「我に考えが、あるにはあるが……」
オモヒカネが目を瞑って言った。
「どんな方法だ?」
サルタヒコが訊ねる。
場が、しん――となった。
「――アマテラス様に助けを求めるのだ」
静寂を破り、オモヒカネがよく通る声で言った。
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