第9話 国津神(1)

 健二たちは帰ってすぐ、仲間にアマテラスとスサノオに会った話をした。だが、その話はすぐには受け入れられなかった。幻覚でも見たのではないか、と疑われたのだ。

 しかし、科学者が大半を占めるこの集団は、健一や健二の兄弟だけでなく武や毛までもが同じ証言をしたこと、そして、アマテラスたちに聞いたという高天原の高次元の説明に整合性があること……の二つを合理的に判断した。つまり、今回の出来事を事実だと認める判断を最終的にしたのだった。

 また、すぐに未来に帰る手立てがない以上、ここで暮らしていくためには、いずれこの時代の人々の住む集落に行く必要があった。神になりきることで、無用の摩擦が避けられるのであれば、それに越したことはないという理由も判断の根底にはあった。


 集団の人間は十人以上いたのだが、武と毛、そして、アマテラスが神の名をつけた五人が里に向かうことになり、残りは建物に残ることになった。

 五人とは、集団のまとめ役である宮入みやいりとその息子、健一と健二の兄弟、そして研究者の中心である藤田、補佐役である黒山だった。

 アマテラスの提案どおり、健一と健二の兄弟はホデリノミコトとホオリノミコト、父である宮入みやいりさとるはニニギノミコト。そして研究者の中心である藤田がスクナビコナ、副主任の黒山がオモヒカネを名乗ることとなった。


 日本神話では、ニニギノミコトとは国を治めるために天から降りてきたアマテラスの孫の神のことで、スクナビコナとは、オオクニノヌシという神の国造りに際して、蛾の羽の着物を着て波の彼方から現れた小さな神のことだった。オモヒカネは、ニニギノミコトについてきたと言われる知恵の神。ホデリノミコトとホオリノミコトは、ニニギノミコトの息子の兄弟神だ。山幸彦、海幸彦とも呼ばれ、兄弟げんかをした伝説が残っている。

 五人に武と毛を加えた七人は、さっそく支度をして山を一つ越えた向こうにあるというフタカミという国へ向かって出発した。


      *


 早朝に出発し、半日ほど歩いただろうか。山を一つ越え終わり、深い森を抜けたところで、目の前が開けた。低い雑草の生えた道を歩いて行くと、向こうに幾つもの竪穴式住居が並んでいるのが見える。

「どうやら着いたようだな」

「ああ」

 先頭から、少し遅れて歩いていた武と毛は、そう言うと、里の方を見た。

 里の中心に少し背の高い木造の建物が見える。そこだけ、周りの竪穴式の建物とは明らかに作りが異なっていた。とりあえず、一行はそこを目指すことにして進んでいった。


 途中で大きな広場があり、二人の男が上半身裸で何かの作業をしているのが見えた。

「まさか……もう鉄器があるのか? 縄文時代……それも、かなりの初期のはずなのに」

 藤田が驚きの声を上げた。目の前でたくましい二人の男が大木の両側に立ち、大きなのこを引いている。男たちは、上半身裸で汗を流しながら作業に没頭していた。

「ちょっと、いいかな」

 何と声をかけていいのか分からず、皆が躊躇する中、毛が声をかけた。

「ここのおさに挨拶をしたい」

「あんたたちは、誰だね?」

「我々は、つい先日、向こうの山に降りてきた神だ。アマテラス様に命じられ、高天原から降りてきたのだ」

 健二の父である宮入覚が言った。

「あんたたちが……ちょっと待っててください!」

 男たち二人は、作業を中断すると、慌てて背の高い木造の建物に向かって走り出した。


「これは、鉄製ではないぞ。なにか知らない金属に見える……」

 しゃがみ込んで、大きな鋸を観察する藤田が言った。

 皆が、その鋸に近づき観察していると、

「主たちが高天原から来た者か?」

 と、野太い声が聞こえた。

 頭を上げると、そこには上下、白のゆったりとした服を着た男が立っていた。眼光は鋭く、背は百九十cmはありそうに見える。服の隙間からたくましい筋肉がのぞいていた。

「こんにちは」

 反射的に健一と健二が頭を下げた。


「ふむ」

「アマテラスに命じられて参りました。あなたがここの長ですか?」

「そうだ、我はサルタヒコ」

 男はそう答えると軽く会釈をした。少し、警戒するような表情を崩さない。

「そして我はアメノウズメ」

 鈴が鳴るような心地よい声が背後から聞こえ、一行は振り返った。

 そこには、小柄で可憐な女性が立っていた。サルタヒコと同じ衣装を着て、緑や青、赤色で彩られた腕輪と髪飾りをつけている。大きな瞳と長い黒髪が印象的だった。

「まあ、ここで立ったまま話すのも何じゃ。上がっていくとよい」

 アメノウズメがそう言い、高床式の建物を指さした。

 一行はサルタヒコとアメノウズメの後ろをついていった。

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