第5話 大陸より(1)

「調子はどうかな?」

 突然、声をかけられ、アメノトリフネの下から天野は顔を出した。武見だった。

 佳奈と話をし終わってから一時間も経っていない。

「どうしたんですか?」

 袖をまくりながら訊く。

「いや、ちょっと、お主に付き合ってほしくてな」

「え、どういうことですか?」


 天野は立ち上がると、白衣に付いた汚れを手で払った。ふと、武見の後ろからスーツを着た三人の男が現れたことに気づく。

「武見さん、やはり、我々に気づいてたんですね?」

 その中の紺色のスーツを着た、中年の男が言った。良く日に焼けた背の高いスポーツマンといった感じの男は、少し長い髪をかき上げて微笑んだ。

「そら、そうじゃ。ずっと付いてきおってからに」

 武見はそう言い、頭をかいた。


 天野は紺のスーツを着た男の後ろにいる二人に目を移した。

 一人は、背が低くよれよれのグレーのスーツに、黒縁の分厚い眼鏡をかけていた。もう一人は、体の厚みが常人の倍以上ありそうな筋肉質の男で、ベージュの高級そうなスーツを着ている。

 三人とも顔に微笑を浮かべていたが、本当は何を考えているのか全くうかがえない。顔の表面の皮膚がそれ風の表情を作っているだけで、本当の表情はその下に隠れている。そんなふうにさえ思えてきて、天野は身震いした。


「我々が声をかけようとすると、足を速めて行ってしまうから、随分困りましたよ。部外者が一人いますが、先ほどの言葉からするとわざとなんでしょう?」

「こいつが一緒じゃないとお主らの話は聞かんぞ」

 武見は強引な口調でそう言った。


「やれやれ」

 紺のスーツの男がため息をつき、天野を見た。

「あなた、NPOの特殊戦略研究会でしたね。日本国内で発掘されるオーパーツの研究・調査に携わっている……」

「は、はい」

「あの団体には、我々も関わってましてね。広い意味では、あなたも我々の仲間ということになりますか……。武見さん、この人……天野さんが同席するのは構いませんが、口は堅いんですよね?」

「さあ、どうかの?」

 笑顔の武見に、天野はなんて言っていいか分からなかったが、反射的に何回もうなずいた。


「まあ、それはそれとしてじゃ。お主たちの素性を名乗れよ」

「これは、失礼しました」

 紺のスーツの男が髪をかき上げて、頭を下げた。

「私は内閣情報調査室の神山。国内の情報調査全般をとりまとめている政府直属の組織です。そしてこちらのグレーのスーツの方が………」

「どうも、警察庁警備局の小野です。公安警察といった方が通りがいいかもしれません」

 背の低いよれよれのスーツの男が、皮肉そうな表情を浮かべてボソボソと言った。決して真っ直ぐに武見の方を見ようとしない。

「私は法務省公安調査庁の北川です」

 ベージュのスーツを着た男は、背の低い男とは対照的に真正面から武見に向かって言った。


「我々は、それぞれの機関の……」

「それぞれの組織の情報機関の人間ということだよな。要は、皆が喧嘩せんですむように一緒に話を聞いてみようということになったんじゃろ?」

「ええ、まあ、そんなところです」

 神山が苦笑いを浮かべた時、カランと空き缶の転がる音がした。

「青山か?」

 武見が言った。

 ばつの悪い顔をして出てきた青山を見て、そこにいた皆がため息をつく。

「しょうがない。もう他にはいませんよね?」

「ああ、誰もおらんぞ」

 武見がうなずいた。


「自衛隊の人にも聞いていてもらった方が、後々いいでしょうから、あなたにもいてもらって結構です。ただし、司令以外には他言無用ですよ。でないと、あなたの今後のキャリアは保証しません。司令には私から情報の伝達ルートは話しておきますので」

 さらりと怖いことを言う神山に、青山は緊張した顔でうなずいた。

「で、用件は何じゃ?」

 武見が腕を組んで神山に訊いた。


「私は、五年前に、先代の担当者から先生と我が国の長いお付き合いについて引き継ぎを受けました」

「ほう。お主は上井の後任か?」

「はい。当時はその内容をにわかには信じがたく、とても驚いたものです。記録に残っているだけでも、二百四十年ほど前から時の政権を影で何度も支えていただいているなんて……」

「え、ちょっ……」

 天野は驚きの声を上げたが、場の雰囲気を察して、言葉を飲み込んだ。


「正直、その内容は信じられないようなことばかりでしたが、こうして実際にお会いでき、とても感動をしています」

「そうか。それで、本題は何なんじゃ?」

 武見が神山をぎろりと見た。

「それでは、早速ですが……我々がお尋ねしたいのは、要は今回の事件の一連のあらましです。先生ならご存じなんでしょう? なぜ、こんなアメノトリフネと呼ばれるものが、突然現れ、あんな少年が乗っているのか?」

 神山は大きく息を吐き、そして続けた。

「そして、乗っていた少年は、なぜ体から雷を発することができるのか? さらに、あの伝説の黒牙一族までもが、この事件に絡んでくるのはなぜか? それらについて、先生がご存じのことをお聞かせください」


「そうか、まあ、やはり、そういうことか……。ふうむ」

「やはり、教えられませんか?」

「いや、そうは言っておらぬ」

 緊張の面持ちの神山に武見はそう言った。

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