第13話 キハチ(2)
「これがキハチとの出会いじゃった。奴の持つ国津神としての力は強力でな。里の人々には畏怖されつつも、愛されておった。憎めないというか、可愛いところがあってな。そして、キハチはサルタヒコの養子になり、フタカミの里で育った」
「それが、キハチ。そして、あの少年の中にキハチがいる……」
天野が呟いた。
「キハチはやがて青年になり、健二の息子と仲のよい友だちになった。健二の奴、あの後、とある出会いがあってな、それで結婚して子どもをもうけたんじゃ。キハチと健二の息子は、本当に仲がよくてな、わしにとっても息子のように思える存在になった……」
武見が懐かしそうに、そして愛おしそうに言った。
「武見さん、お話の腰を折りますが……、ここまでお聞きして、武見さんのお話は十分に信用できる内容だと思うんですが……」
「ですが……とは、なんじゃ?」
突然、切り出した神山に武見が憮然とした表情で訊いた。
「いえ、その……なんとも言いにくいのですが、私の訊きたいことについて
「端的とな?」
武見が眉尻を上げて、神山を睨んだ。
「ええ。取りあえず、次の二点について教えていただけませんか? あの少年は一体何者なんですか? そして、敵であるというオモヒカネとは何者なんですか? それを訊いて、あの少年が秋月家と一緒に暮らせるのかどうかも判断したいと思います」
神山は冷静に言った。
「もう、今日は時間が無いということか?」
「いや、時間は大丈夫です。武見さんにお話を聞くのに、この後に予定なんて入れておりません。ただ、純粋に、武見さんが話し疲れたとおっしゃっていたことを考慮しているのです。途中でお話が終わる可能性があるなと思いまして……。この二つの答えは必ず聞く必要があるものですから」
「さらっと失礼なことを言われているような気もするが……そうか。それは……まあ、そうじゃな」
神山の言葉に武見はあっさりと頷き、頭をボリボリと掻きながら神山の目を見た。
「それでは端的に答えよう。あの少年はな、さっきも話したわしの親友である健二の子どもじゃ」
「なんと……」
神山が驚きの声を上げた
「なぜ、その少年の中にキハチという人格がいるのか……は、今は置いておきましょう。で、その少年がアメノトリフネに乗ってもう一つのアメノトリフネを追いかけてきたと」
「ああ、そうじゃな」
「ということは、彼は遙か昔からタイムリープしてきたということになりますね。あれがタイムマシンなのか、違う方法によってタイムリープしたのかは、とりあえず今は置いておきますが……。そして、追いかけていたもう一つのアメノトリフネにはオモヒカネが乗っていた……」
「さすが、総理大臣のスパイじゃな。これまで起きたことと、わしの話の内容をきちんと分析できておる」
「お褒めの言葉と捉えますよ。では、オモヒカネとは何者なんですか? 元々はタイムスリップした仲間だったんですよね?」
神山が苦笑いしながら言った。
「そうじゃ。元は仲間じゃったのが、裏切りおったんじゃ。そして過去からタイムリープしてこの時代に逃げてきた。黒牙一族は遙か昔から連綿と続いてきた奴の手下よ」
武見が忌々しげに言った。
「やはり、そうですか。ところで、そのオモヒカネには何か特別な力があるのですか?」
「おい。質問が増えたぞ……」
「まあ、オモヒカネに関連する質問ということで許してください」
神山が両手を合わせ、冗談ぽく言った。
「やれやれ……。奴の力はな、八咫鏡じゃ。その身にあの鏡の残り半分の力を宿しておってな。奪い取った国津神の力を使う。ただし、今は体に何か不都合が起きておるんじゃなかろうかな。この前も本人ではなく黒牙一族の式神を利用しておったからな」
「そうですか。分かりました」
神山は頷いた。
「すみません、私もいいですか? アメノトリフネや八咫鏡というのは、あの時代には普通にあったんですか……?」
天野が話に割り込むように言った。
「お嬢ちゃんはそれが気になるか……。既に話したとおり、あの時代よりも更に昔、未知の文明が栄えた大陸が太平洋にあったんじゃ。あのような道具は決して多くが残っていたわけではないが、いくつかが伝わっていたんじゃ」
武見の説明に天野が頷いた。
「お話に出てきた里で木の板を造っていた鋸も?」
「ああ、あれか。神気を使うことで切れ味が増すんじゃと言っておったな。わしは使っておらぬが」
天野の興味津々な顔を見て、武見が微笑んだ。
「お話を戻させてください」
神山が語気を強め、天野を睨みながら言った。
天野はすぐに青山の後ろに隠れた。
「仲間だったはずのオモヒカネは、なぜ敵になったんですか? お話にあった通りであれば、アマテラスは最初にタイムスリップしてきた人や武見さんたちの心の中を見透かしたはずですよね? 悪人であれば、そのときに分かったような気もするのですが……」
「また、質問が増えておるぞ……」
質問を増やす神山に皮肉を込めて武見が言った。
「すみません」
「しかし、それこそが、今回の事件の核心じゃからな」
武見はそう言い、大きく息を吐いた。
「本当は思い出したくないことが多くて、あまり話したくはないんじゃが、話さんわけにはいかんわな……。話の邪魔だけはするなよ」
武見の真剣な表情に、そこにいる一同、皆が、頷いた。
*
武見の話が終わった。
それは、壮絶な物語であった。
「これが今回の事件につながる話の全貌じゃ」
苦い思いを断ち切るように武見が言った。
――と、突然、轟音が響き、そこにいる皆が我に返ったかのような表情になった。
格納庫の外にある滑走路をF15が飛び立っていく音だった。
「あ、あの……武見さんはあの時代から今までどうやって生き延びたんですか?」
天野が訊いた。
「わしか? わしは、友人と一緒に生き延びたのさ。時がゆっくりと流れる場所があってな……」
「それが、今まで生き延びてこれた秘密ですか?」
神山が被せるように質問する。
「ああ」
「――そうですか。しかし、なぜ、そんな場所が? アメノトリフネのように未知の文明がもたらしたものですか?」
「お前、ここまで話してきたのに、わしが遙か遠いあの時代から生き延びたことを信じておらぬな?」
武見が呆れた顔で言った。
「いえ、決して信じていないわけでは……。ただ、知りうる全ての情報を集め、分析するのが諜報機関の仕事ですので……」
神山がすまなさそうに言った。
「まあ、いい。あの研究所のタイムスリップの影響で、出来た場所。そこだけ、時空が
「そう……ですか……」
神山はそう言うと、あごに手を当て黙り込んだ。どちらかというと取っつきやすく明るかった表情が顔からはげ落ち、無表情になった。後ろにいる各諜報機関の二名も同じような表情だった。
「それでは、最後にいいかな……」
武見が真剣な表情で周りを見渡した。
「事が事だけに、今回、真実を話した。今後、お主たちの協力が貰えるとわしは信じておるぞ」
諜報機関の三人は無言で頷く。
「ふむ。そこで最後に注意じゃ。今日話したことは、くれぐれも彼と彼女には決して言うなよ。彼らが自分で思い出さんと、意味がないからな」
「は、はいっ」
天野だけが返事をし、他の者は皆、黙り込んでいた。天野は、自分の足下が消失していくかのような感覚を味わっていた。
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