第132話 夏の終わり、それは夢の終わりでもあり人生の終わり①




 今は8月28日、楽しかった夏休みも終わりを迎えようとしていた、セミの鳴き声も少なくなり夜は少しだけ涼しくなった事で過ごしやすくなってきた。


 皆が思う夏の風物詩と言ったら何があるだろうか?海水浴や高校野球、七夕、プール、ラジオ体操なんかがメジャーだろう、他にも上げれば切りが無いのでここでやめておこう。


 そんな中、現在の8月28日にはここ桜田町で夏の最後の風物詩の一つの夏祭りが開催されようとしている。


 そこで遊ぶのもよし、楽しむのもよし、また、雰囲気に乗せられ想いを告げる男女だって少なくは無いだろう。


 それは慎二の知り合いの女性達も思っている事は同じだった。


 祭りといったら浴衣を着て屋台を練り歩き、最後には花火を見て互いに顔が近付き……想いを告げるのなんてザラだろう。


 だからこの最後の夏祭りを女性達は慎二と一緒に回れると虎視眈々に狙っていた。


 でもそれはある少女も考えている事は一緒だった。


 どの女性達よりも慎二との距離が近く、なんといっても今は一緒に同居をしているその人物こそ……笹原結衣だ。


 他に結衣の母の笹原結菜や慎二の「仮の婚約者」の由比ヶ浜千夏もいるが今回は最年少の結衣に慎二を譲る事にしたのだ……というのは建前で結菜の場合は役員として祭りで呼ばれていて、千夏の場合は先生と生徒の関係なのでそんな2人が祭りを歩いていたら変な噂が流れる可能性がある為、結菜は仕事?で千夏は今回はチルと家でお留守番になっているという事で2人は渋々結衣に譲った形だった。


 大人気ないと思うかもしれないが恋愛とは戦争と同じ定義なのだ。


 ただ、結衣にとっては絶好のチャンスだった。


 1人は母、もう1人は優しい同居人だがライバルはライバルなのでここで慎二と何か進展が進むなら差をつけられるかもしれないので勝てると思っていた。


「頑張れ私!今日を逃せばこんなチャンスなんてやってこないかもしれないから、何としてでも慎二さんに私の気持ちを伝えなくちゃ!!」


 結衣はこのチャンス到来にいつもより燃えていた。


 でもそんな燃えている結衣だが元々が奥手の性格ということもあり「大丈夫かな?」と不安になる時もあった。


「慎二さんと同じ家で暮らせるからといって浮かれて何も進展が無かったけど、今も慎二さんには妹の様な存在と思われているかもしれないけど……うぅっ………」


 そんな不安が押し寄せてしまったのかネガティブな思考になってしまい、自分で言った言葉なのに泣きべそをかいていた。


 でもそれを克服するのが今日だと結衣は再度心の炎を燃え上がらせた。


「クヨクヨしない!ここで慎二さんに女性として見てもらうんだから!」


 そんな風に現在小学4年生の結衣は握り拳を作り「おー!」と掛け声を上げると決意を新たにしていた。


 ………小学生に手を出したら慎二がどうなるかを考えもせずに。


 でも結衣はもう止まらないだろう、恋愛とは人の判断を鈍らせてしまうものでもあるのだから。


「まだお祭りの時間まであるけど、この前お母さんに浴衣の着付けの仕方教えてもらったから今のうちに準備しとこう!」


 そう言いながら1人の小さな恋する乙女は今日を最高な一日にする為に動き出した。


 祭りが始まるのは10時から、今はまだ朝の9時なので持てる時間を使い結衣はお洒落をするのだった。





 その頃の慎二といったら………


「………ぐっぅ…あぁ……暑い……顔が暑い………」


 と、まだ寝ているがチルが慎二の顔面に乗って寝ている事で何か悪夢でも見ているのか「暑い、暑い」とうなされていた。


 今日が夏最後の祭りがある事は知っているが慎二はまだ知らない、結衣が、他の女性達が慎二を今か今かと狙っている事に、そんな事を気付かず呑気に寝ていた。



 結衣が決意を決め、慎二がうなされてから少し時間は経ち今は既に10時を回っていたそんな中、慎二は桜田高校駅前に一人ポツンと立ちまだ蒸し暑い中待ち人を待っていた。


「何で祭りを行くだけでわざわざ違う場所に集まるのかな?別に一緒に行けば良く無いのかなぁ…はぁ……今日は一日寝てようかと思っていたのに」


 愚痴を言いながらもバックれたら後から何をされるか分からないと思った慎二は律儀に結衣との待ち合わせ場所に待っていた。


 服装は青と白の縞模様の甚平姿だ、普段着で行こうとしていた慎二に結衣が無理矢理着させたのだ、その時に千夏も参戦してくれたので簡単に甚平を着させることが出来た。


 慎二自身今日は何もやる事が無かった為家に引き籠ろうとしていたが、9時30分になると結衣に無理矢理起こされた。


 気持ち良く寝ている所にいきなりカーテンを全開に開けられ、慎二が起きるまでフライパンを永遠に叩き続ける行為をしてきた、あの行為は人類悪だと慎二は思った。


 結衣を前にしてそんな事を言えないので結衣が来るのをただ待っていた。


「結衣ちゃんと一緒に回るのは良いけど、クラスメイトには会いたく無いな、何を言われるか………」


 慎二はクラスメイトと会った時何を言われるか……というか何をされるかが恐ろしくて怯えていた。


 そんな時、遠くから慎二を呼ぶ声がしたのでそちらを向いて見たら……結衣が小走りで近付いてきていた。


 そんな結衣の服装はアサガオがプリントされている白地の可愛らしい浴衣姿だった、靴は慣れていないながらも赤い下駄を履いてきていた。


 その可愛らしい結衣の浴衣姿に慎二はだらしなく表情を緩めていた、が、瞬時に今の自分の表情がヤバイ奴だと気付いた。


 危な!こんな姿見られたらクラスメイト関係なく「おまわりさーん、こっちですよ!」って言われちゃうよ……冷静にならなくちゃ。


 こんな姿を誰かに見られたら通報されかねんと思い、いつも通りの表情を作り結衣を迎える事にした。


「結衣ちゃんこんばんは、可愛らしい浴衣だねとても似合っているよ!」


 慎二とは思えない様な言葉を結衣に投げかけた、普段の慎二ならこんな事を言えないが今日の慎二は少しばかり違う…なんと……なんと………ネットで調べたからだ。


 今、皆は「えぇ、つまんな……」と思ったかもしれないが、これは歴とした慎二が成長している証拠なのだ。


 今までの慎二だったら結衣とか関係無く、女子と遊ぶという時でも「褒める」という行為をしてこなかった、というかするという感情を持っていなかった。


 でも渚との約束で「色々な事を挑戦してくれ」と言われたので渚に背中を押してもらった慎二は今まででは出来なかった事を挑戦してみようと思い始めたのだ。 


 それが「女性と遊ぶ時は褒める」と覚え、慎二にも他の女性陣にも良い傾向に繋がっている……ただ注意する点と言ったら……慎二が無闇矢鱈に女性を褒め過ぎない事だ、以前戸田綾香が言っていた通りの「後ろから刺される」という事に発展する恐れがあるからだ。


 まぁ、それは置いといて、そんな言葉を言われた結衣本人は、顔を赤らめながらもお礼を言ってきた。


「あ、ありがとうございます、慎二さん!慎二さんの甚平姿もとても似合ってますよ!!」


(おっ?これは好感触かな?「ザ○とは違うのだよザ○とは」じゃないけど、今の僕は昔とは違うのだよ、昔とは!!)


 ちゃんと褒めることが出来たからか慎二は調子に乗っていた。


 これが後に慢心に繋がらなければ良いが………


「ありがとう、じゃあ僕達もお祭りに行こうか?それとも少しここで休憩をする?」


 今の慎二は相手の事もしっかりと気にするほどの男になっていた。


「いえ、大丈夫です!お祭りももう始まってますので早く行きましょう!!」

「うん、じゃあ行こっか!」


 慎二と結衣は話し合うと慎二が何も言わず手を繋いで来て歩き出した、そんないつもとは違う大胆な慎二に結衣は内心悶えていた。


(きゃーー、慎二さんがあの鈍感の慎二さんが自分から手を繋いできた!!もう幸せ……ここで終わっても良いかも………)


 結衣がそんな事を考える程に慎二の行動は大胆だった、見ている人は「そんなの普通だろカス、そこは恋人繋ぎだろ!!」とか思うかもしれないが今は慎二の成長を祝ってほしい。


 まぁ、ぶっちゃけな話を言ってしまうと、慎二は………


(よし、これで結衣ちゃんは迷子にならないはずだね!僕がしっかりと見てあげないとね!)


 と、完全に保護者目線で結衣を見ていた、成長はしていても鈍感は治しようの無いものなので暖かい目で見てやって欲しい。


 そんな事がありながらも慎二の心情を知らない結衣はとても嬉しそうにお祭りを慎二と回っていたのでこれはこれで良いのだろう。

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