第103話 あの日殴られた息子の痛みは今もまだ覚えている②





「着いた、ここなら安心して話せる」


 雪が慎二達を連れてきた場所は海の家「水鳥の休憩場」の裏庭だった。


 元々外でも食事が出来る様になっていたのかテーブルや椅子が置いてあり、日差しも大分抑えられている為いい場所だった。


「えっと、ここで話し合いをするのかな?」

「ん」


 雪にそう聞くと短いが返事をしてくれた、やっと話を聞けるのかと思っていた慎二だったが、裏庭の奥からエプロン姿の千夏と宗一郎が沢山の食べ物を持って現れた。


 後ろにはこちらもエプロン姿の知らない男性と女性がいたが宗一郎が言っていた手伝ってくれる方達だろうと思い見ていたが、雪が一向に何も話さない為どうしたのか聞こうとした時、宗一郎が話しかけてきた。


「皆よく来てくれたな!雪ちゃんも連れて来てくれてありがとな!」

「ん、私はやれば出来る」


 宗一郎と雪は顔見知りなのか普通に話していた、2人がどんな関係か気になったので聞いてみる事にした。


「お二人はお知り合いなのですか?」

「ああ、言ってなかったな、前言っていたいつも夏になると手伝いに来てくれる方達がここにいる神田さん達なんだよ。雪ちゃんとはかなり前から知り合いだな」

「私と宗爺は知り合い、慎二、嫉妬した?」


 何故かドヤ顔で慎二を煽るように伝えてくる雪。


 (何で僕が嫉妬するの?)


 ただ、慎二はなんのことかまったく分かっていなかった。


「いや、嫉妬なんてしないけど、納得はしたよ、雪が話し合いをするって言ってたのは直接対面させるって事だったんだね」

「むう……そうとも言う……そして後ろにいるのが私の両親」


 雪は慎二が嫉妬していないと言った時少し悔しい顔はしていたが、慎二達にそう説明すると雪の両親が挨拶して来た。


「僕は神田徹、雪の父をしています。この子と皆さん友達になってくれてありがとうございます!」

「私は神田小雪、雪のお母さんです。この子無表情でしょ?友達が出来るか心配だったけど、こんなに友達がいてくれて嬉しかったわ!今後も仲良くしてあげてね?」


 雪の両親の徹と小雪に挨拶をされたので各自慎二達も挨拶を返す事にした、最後に慎二が挨拶をすると小雪が何故か興奮した様に慎二に詰め寄って来た。


「あなたが慎二君なのね!雪からよく聞いてるわよ?中学の時誰も友達が出来ない雪の事を心配して友達になってくれたんでしょ?」


 雪のお母さんとは思えないぐらいグイグイ来る方だね………


「え、えぇまあそうですが……僕が何もしなくても雪は友達が出来ていましたよ、きっと」

「謙遜しないの、それにあなたは雪の彼氏なんでしょ?今も腕なんて恋人繋ぎしてラブラブな姿を見せてくれるじゃないの!」

「えっ?」


 慎二は自分がまだ雪と腕を恋人繋ぎしていた事にようやく気づいたので一旦離れて言い訳をしようとしたが、雪は離れてくれず………


「待って、違います!僕と雪はそういう関係じゃありませんよ!ね?雪?」

「………キャッ!」


 慎二がそう聞くと雪は顔を両手で押さえて恥ずかしそうに声を上げると下を向いてしまった。


(何がキャッ!だ!絶対雪はそんな事やらないだろ、わざとでしょうが!)


「ほら雪、ふざけてないで腕を離してよ?」


 慎二がそう言うと………


「慎二、私の事嫌いなの?」

「うっ………」


 目に涙を溜めて上目遣いで雪は見て来たので、何も答えられなくなってしまった。


 そんな中、この状況が気に入らなかった村上は今がチャンスと思い揶揄って来た。


「………おいおい前田?彼女がいるのにさっき女性をナンパしていたよな?それは彼女持ちとして……どうなんだ?」

「なっ!?」


 村上貴様!?君がやれって言って来たんでしょ!


「ちょっと村上ほっーーぅいー!?」


 変な事を言う村上に言い返そうとしたらゼロ距離で雪に股間をグーパンされた為、慎二は変な奇声を上げるとその場で蹲ってしまった。


「慎二、ナンパしてたって本当?」

「………‥」

「ふーん、何も言い訳しないんだ……なら本当って事なんだ?」


(違う!アレが痛くて上手く話せないだけだよ!何か言わなくちゃ……)


 何かを言わなくてはヤバイと思った慎二は立ち上がり言い訳をしようとしたが……それは叶わなかった。


「まっ、ちがふっ!…………」


 さっきまで無言だった千夏が近づいて来たと思ったら、立ち上がろうとしている慎二の頭を靴を履いたまま勢いよく踏んだのだから。


 踏まれた慎二はそのまま顔面を地面にぶつけると沈黙してしまった。


「………‥」

「私という「婚約者」がいるのに何を彼女なんて作ってるの?それも他の女性をナンパとか……○すよ?」


 ピクリとも動かなくなった慎二に絶対零度の様に冷え切っている眼差しを向けると千夏はそう言った。


 そんな千夏に雪は声を掛ける。


「由比ヶ浜先生、話があります」

「私もよ?この女の敵をどうするかあっちに行って話し合いましょう?」

「わかりました」


 千夏と雪はそう話すと動かなくなった慎二の足を片方ずつ2人で持ち、何処かへと運んで行ってしまった。


 その光景を楽しそうに「青春だね!」と小雪は見ていた。


 逆に男性陣は慎二が物の様に運ばれて行く光景を体を震わせながら身を寄せ合って見ていることしか出来なかった。


 その中にいた村上はこう思った「今回はやり過ぎた、今後はもっと優しくしてやろう」と。


 その日、海の家「水鳥の休憩場」の裏から男性の悲鳴の様なものが聴こえたとか、聴こえなかったとか。  

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