第148話 デッド オア ライブ②


 なんと西田の口から、今も尚会った事のない人物の名前が出たので二重の意味で驚いてしまった。


(よりによって理事長が何をやってるんだよ!)


 西田に叫んでもどうせ理事長が慎二のファンクラブを公認した理由など分からないと思って内心だけで留めたが、今の慎二の心情は複雑だった。


 何故なら桜田高校の理事長とは今もまだ会ったこともない人物でもあり、以前仲良くなった風紀委員長の東雲真衣の祖父で、担任の剛田先生曰く慎二の事に興味が湧いた謎の人物だと言う。


 そんな人物が慎二のファンクラブを公認したと聞き、慎二はうんざりとした気分になってしまった。  


 でも、まだ何かあるのか西田は慎二が知らない事を聞きたくもないのにペラペラと話していた。


「それにだ、聞いた話によると前田のファンクラブを創設させたのも理事長らしい、その時に教頭と少し揉めたらしいが他にもこの学校の有名どころの生徒達も入ってるから……数と人気の力には教頭も勝てなかったのか折れてしまったみたいだな。その教頭も今はもう既に前田の一ファンというか信者みたいになってるがな……後は、前田のファンクラブがある事によって本当に迷惑がかかっているどころか喜ばれているらしいぞ?この高校はマンモス校のため人の数が多い、だから統率とかがあまり取れていなかったらしいが……そんな時に出て来たのが前田のファンクラブだ。さっき言った通りファンクラブの中には有名どころの生徒達が多く、その生徒達が他の生徒達を巻き込み自ら前田のファンにしたらしい、その事によって統率が取れて先生方にも喜ばれている。今は前田のファンクラブの総員は600人を超えるというな……これが俺が知っている事だな、分かったか前田?だからお前も、もう認めろ」


 そんな事を長々と西田は語っていたが情報量が多過ぎて慎二には何一つ理解が出来なかった。


 唯一分かったことは……この学校の約半数の生徒は頭がおかしいと言う事だろうか。


(止めろよ!それに作るな!理事長が率先してやんな!!……教頭も負けるなよぉ……)


 そんな事は口には出せないが慎二は思ってしまい情け無く内心で呟くのだった。


「そ…そう……まぁ、そう言う事なら僕からはもう何もないよ、もう好きにしてくれ……ただ!西田君がさっきやったみたいな観察はやめてね?」


 慎二は精神的に疲れてしまったのかもう諦める事しか出来なかった、それでも西田の行為はやめて欲しいとしっかりと伝えていたが。


「………考えとく!」

「………それ考えないやつでしょ?」


 皆も気をつけた方がいい、女でも男でも「考えとく」と言う言葉はほぼ何も考えていない逃げの常套句だからだ。


 なので、知っていた慎二は直ぐ様にツッコミを入れた、それを「あははは!」と西田は笑いで誤魔化そうとしていたが。


「まぁ、俺の事はどうでもいい!それよりも少し補足があった」

「あんなに話していたのにまだ何かあるの?」


 慎二の言葉に西田が頷くと。


「あぁ……まずこのクラスにも何人かお前のファンクラブの奴がチラホラいるな」

「………それは一番聴きたくなかったよ」


 言わなくていい事を慎二に伝えて来た。


 だが西田がそう言った時、何人かの椅子の脚が動く音がしたので多分その男子達が慎二のファンなのだろう。


 気になったが見たら今後の対応をどうしたらいいか困りそうだった為、頑張って後ろを見ないように努めた。


 慎二がそんな事をしていたら、また何かのスイッチが入ったように慎二に勢いよく西田が話しかけてきた。


「あと一番大事な事があるぞ!このクラスにはファンクラブの幹部クラスの方達がいる!それが……よぐぎゃぁぁぁぁっっーーー!!?」


 西田は何かを言おうとしていたが……いきなり目の前に現れた美波に顔面をアイアンクローされていた。


 その光景はさながら西田が何かを言おうとしていた事を美波が何も言わせないと妨害しているように思えた……が、身長180cmは超えるであろう筋肉ムキムキの男子生徒を女子がアイアンクローをしている姿を見て慎二はそれ以上踏み込んではいけないと思った。


 この頃身について来た危機管理能力の警報がさっきから鳴り止まないのだ「あれに関わるとロクなことが無いと」……なので慎二はその場から1ミリも動かなかった。


 それに美波の後ろで待機している優奈が見えたからだ。


 その優奈は後ろ姿しか見えなかったが、何故か右手に警棒の様な物を持って西田の股間に狙いを定めていた。


 その光景を何も見ていないと言う様に慎二は目をそっと逸らすのだった。


 それでも続く西田への拷……教育。


「………西田……アンタあれほど変な事を言うなと言ったわよね?」

「そうだよ〜西田君……メッ!だよ?」


 美波はアイアンクローをしがら、優奈は持っている警棒の様な物を西田のマイサンをペチペチと叩きながら「メッ!」なんて可愛らしく言っていた……行動と言動がまったくあっていないと言うのに。


「ず、ずびまぜっん!!でずぎたごどをじまじだ!」(す、すみません!!出過ぎた事をしました!)


 美波に顔面をアイアンクローされながら謝って?いたがそんなのもう聞かない2人は……


「駄目ね、アンタはこれでニ度目よ?一度チャンスをあげたのにそれを棒に振った……アンタでもこれが何を意味するか分かるでしょ?」

「そうそう〜やっぱり悪い事をした時はお仕置きだよ〜だから、ね?あっち行こ?」

「嫌だーーー!?まえだ!だずげてぐれ!!」(前田!助けてくれ!!)

「………‥」


 西田は慎二に助けを乞いながらも2人に無情に引きずられていった……教室から3人が出て行く時に聞こえた「ピシャリ!」とドアを閉める音に慎二含めるクラスメイト全員は「ビクッ」としてしまった。


 驚き、怯えながらもその状況をただ無言で見ている事しか慎二は出来なかった。


 だって………


(あの2人の目が物語っていた……コイツを助けたらお前達も道連れだと言う様に………)


 あんな「次は君だ!」状態は嫌だ、それを承諾したらいくら良い能力を譲渡されると言われても。


 なので慎二はさっきの2人の目を思い出してしまったのかその場で震えていた。


 その光景を見ていて教室内に残された他のクラスメイトも同様に震えていた……その時微かに聞こえる「ぎゃーー!!?」と言う悲鳴が尚更慎二達の恐怖心を煽った。


 美波達が戻ってこない間、誰も喋りもせず身動きせずただ椅子に座って黒板を見ていた。


 それはさっきエロ本を読んでいたり鼻くそをほじっていた奴も同様だ、もしかしたら何かふざけている事をしたら自分達も同じ事をされると思ったからかもしれない。





 そんな何もしない時間が10分〜20分しただろうか、ようやくドアが開いたので美波達が戻って来たと思ったらそこには西田の姿が無かった。


「皆待たせたわね!もう下校時刻だし早く帰るわよ!あとちゃんと文化祭の出し物の件、三つから選んでくる事!明日の朝には決めるから出来るだけ早めに登校しなさいよ?」

「そうだよ〜忘れちゃ駄目だからね?」


 2人は今まで何も無かったかの様に明るく振る舞っていた。


 ここには最初から西田などという人物が存在しなかったかの様に……ただ、それでも慎二達がどうしても気になってしまうことがあった。


 それは……美波と優奈の頬や制服に付着する赤い液体についてだ。


 ………多分……トマトジュースとかそんな物だと皆は思ったのかそこは見なかった事にした、というか今までの事を何も無かったかの様に振る舞おうとした。


『吉野さんと、結城さんお帰り!』

『もう下校時刻だもんな!それに文化祭の出し物は忘れないから安心しろ!』

『忘れたら明日吊し上げだな!』

『さぁ、さぁ!もう遅いから帰ろう!』


 皆は出来るだけ笑顔を絶やさない様に2人に話しかけた、ここで下手な真似はするのはナンセンス……今は生きるか死ぬかの瀬戸際だ、まさに「デッドオアライブ」の言葉が相応しいだろう。


 なので出来るだけ素直に話しかけて普段通り対応をした、いくらこのクラスがバカばかりだと言っても自分の生死に関わる問題かもしれないのだ、なので必死だった。


 そんな皆の対応が功を成したのか美波と優奈はいつも通りの表情に戻っていた。


 その後は何もなく解散になった、解散になった時のクラスメイトの様子はさながら蜘蛛の子を散らすという言葉が相応しいだろう。


 午後7時を過ぎていた為、慎二も余計な話をせずにまだ寝ていたチルを回収すると逃げ……帰ることに成功した。


「………怖かった……あの場にいたら命がいくつあっても足りないや、西田君がどうなったかも僕の……ファンクラブやらの話もあやふやになったけど、検索しないのが得策だね………」


 慎二は自分自身に言い聞かせる様に言うと自分の両手に抱えられて今も尚寝り続けているチルを見た。


「くぅ……くぅ………」

「………君は君で中々の肝が座っているね……多分将来大物になるよチルは」


 いまだにぐうすか眠っているチルのおでこを撫でると帰路についた。



 皆も覚えておくといい、この世界には言って「良い事」と「悪い事」の2種類がある。


 それ以外にもその場、その場で言葉にして良い物がある。


 なので言葉選びは本当に重要だ……それがのちに自分にどう影響を及ぼすのかが変わるのだから。

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