第七癖『集いし、闇の剣士』

 同じ志を持つ者が集う場所にて、私『厨毒トキシー』はいます。

 場所は伏しますがここは“闇の聖癖剣使い”のアジト。ええ、闇の聖癖剣士の本拠地とも言うべきでしょう。


 私はそんな悪癖円卓マリス・サークル専用の座席に着いて、今か今かと会議が始まるのを待っているのです。


 つい先日──期待はしていなかったとはいえ、任務として送り出した下級剣士が呆気なく倒されてしまった件……。それについて悪癖円卓マリス・サークル内で会議が行われるのですから。


「全く。部下を持つのも良いことばかりではありませんわ。それが無能ならなおさらです。前髪で視線を隠したつもりで私たちのことを舐め回すような目で見る無礼な男。居なくなって清々出来たと言うのに……」

「とはいえ今回ばっかりは仕方ないんじゃない? 聖癖剣の所持を容認したのはトキシーだし、も忘れずやったとはいえその剣士をそのまま置いて来ちゃったんだし。当然じゃないかなぁ」

「むむむ……。否定しきれませんわ……」


 そんな私の愚痴にも等しい独り言に対し、軽い口調ながらも落ち度となる部分を的確に言い当てる声。


 今の言葉を言い放ったのは、円卓の同士にして私にとっては友人以上の存在とも言える人物。ああ、いつ見ても可愛らしいお顔をお持ちだこと……。


 浅葱色のショートヘアに幼げな顔を持つ、存在そのものが愛くるしいお人。彼女の名は『誘囁ウィスプ』さん。悪癖円卓マリス・サークル内での序列は第七に位置する剣士です。


 そして何より──いえ、こういうのは心の中ではなく口で伝えるのが誠意、そしてというものですよね!


「ところでウィスプさん。会議が終わったらお時間ありますか? その……また、今夜もご一緒に……」


 まだ人もまばらな室内を軽く見渡してから、僅かばかり顔を朱に染めつつ、私は彼女にこっそりと耳打ちをします。


 トキシーは世間一般で言うところの同性愛者レズビアン。ウィスプもまた同じく女性であり、私とは身体を許し合える所謂恋人関係にあります。


 それこそこうして詳しく言わずとも相手は私がして欲しいことを理解してくれているはずで────


「あははー、ごめん。今日は別の用事があるから一緒にはいられないや。この埋め合わせはまた今度ね」

「そ、そんな……!?」


 なっ────なんて、こと……!?

 何やら今日に限ってはそれに応えられないとはっきり断りを入れられてしまいました……もしや今日は世界の終わりでしょうか?


 断った理由が仕事かプライベートかは分かりませんが、私はもう明日死ぬことを知っている顔になっているかもしれません。というかなってます。孤独とは正にこのことなのですね……。


 ──そんな時、私たちの間に割って入ろうとする気配を察知。

 一瞬でそれに反応すると、私とウィスプさんはそれぞれ愛剣を抜いて割り込もうとした存在に刃を突きつけます。


「……ッ! 近寄らないでください。あなたが存在しているだけで虫酸が走ります」

「全くだよ。毎回毎回人の会話に割り込もうとするのは感心しないね、“破断の聖癖剣士”さん?」


「おいおい、別に良いじゃねぇか。同じ円卓の仲間なんだし一緒にお話くらいしようぜ。それと俺のことはきちんと『リーバー』ってコードネームがあるんだからそっちで呼んでくれよな」


 私たちから嫌悪の視線を浴びても一切悪びれる様子を見せないどころか、むしろ喜んでいるようにさえ感じられるこの男……。あのオレンジ色に染め上げた髪を全部抜き取ってしまいたいくらい腹が立つ顔ですわ。


 彼の名は『絶縁リーバー』。あろうことか剣士の序列は第五で、私たちよりも上に位置しているのがさら気に食わないところ。


 こうしてわざとらしく私たちの間に割り込んでくるのは、なにも今回が初めてではなく、これまで幾度となく首を突っ込んできては追っ払うを繰り返し、それでもなお諦めない往生際の悪さが目立つ愚か者。


 何故かは分かりませんが私とウィスプさんというカップルをいたく気に入っているために、居合わせれば必ず同じことをしてくるのです。

 故に私たちは彼を非常に不快な存在と認識しているのです。本当に何なのでしょう、この人は。


「あなたなんて仲良くなるどころか今すぐにでも殺してやりたいくらいです。これ以上私たちに近付くなら次に口にする物を最後の晩餐にして差し上げますわよ?」

「キレーな顔でそう怖いことは言うもんじゃねぇよ? ま、会議もそろそろ始まるっぽいし、俺は自分の席に戻りますかなっと」


 最後までお調子者の表情を崩さないリーバーさん。やはりこの男だけは一生をかけても分かり合えない、分かり合う気にもなれない人物だと再三改めて学びましたわ。


 言いたいことを言い終えてそのまま五番の席へ行く厄介者。

 さっさと消えて欲しい……とは思いますものの、ちょっと左を見ればすぐに視界に入ってくる位置なのが悔しいところですわ。


 そして、少しの間を置いてから再び私たちの下には新たなる剣士が足を運びに来ました。今度はリーバーさんのように手荒な歓迎はせず、普通に挨拶を交わします。


「やぁ、おはよう。リーバーはまた二人に絡んできたんだね。まぁ、聖癖剣の影響も少なからずあるわけだし、あんまり気にしないでやってくれ」

「気にするもなにも、私はそもそも男性が苦手なんです。適切に距離を保ってくれるのであればまだしも、ああやって必要過多気味に接してくる人は大嫌いですわ」

「うーん、同性愛者も難儀だねぇ……」


 次にやってきたのは私と同じ女性の剣士。灰色の長い頭髪を揺らすと、ほのかに香るお日様の匂い……あら、いけません。私にはウィスプさんという恋人ひとが居ながら浮つきそうに……。解脱解脱、ですわ。


 彼女の名は『叢曇クラウディ』さん。円卓のメンバーが一人にして私とも比較的仲のよろしい部類の人物であり、序列は第三に位置するある意味目上の人物と呼べるお方。


 そんな事実上の上司にもあたる剣士の登場で、悪癖円卓マリス・サークルの会議は開始はじまることに。……ただ、半分以上の空席を残して、ですが。


「うーん、やっぱり召集をかけても問題児ばかりだから集まらないよねぇ。ここは闇の聖癖剣使いの悪いところだ」

「えーっと、円卓にいるのは俺とトキシーとウィスプにクラウディだけか? 『忘却オミット』と『虚弱イルネス』はどこ行ったんだよ。あいつら遠出なんて滅多にしないだろ?」

「第二剣士と第九剣士はいつも通りの欠席理由でいないよ。残りの四人は任務で遠出してるし、すぐには来れないさ」

「かっ──! またかよ。あいつら本当に剣士なのかぁ? 大事な会議くらいリモートしろってのよ。ってか今俺ハーレムじゃん! なはは!」


 リーバーさんはここにはいない剣士メンバーの名を上げますが、第三剣士からの返答は分かり切っていたものです。本当に理由ですわ。

 というかあの男、仕事中にハーレムなどと言う気色の悪いワードを使わないでいただけますかねぇ……! 


 それにしても僅か四人だけの円卓というのももはや見慣れた景色ではありますが、やはり少し寂しいものです。これでは召集をかけたとは呼べないでしょう。


 クラウディさんもこれには肩を竦めてしまうのも止む無し。悪癖円卓マリス・サークルは曲者揃いの集まりであることを再認識せざるを得ません。


 もっとも、円卓が全席埋まったことなど今年に入ってからは片手で数えるほどしかないのですが。


「うん……まぁ、他のみんなには後で言っておくからいいのさ。とにかく、ボスがトキシーの処分を下したよ。それを伝えて今日は解散とします」

「……! 一体何と仰られましたか……!?」


 はっ!? つ、ついに来ましたわね……!

 気を取り直して、クラウディさんは本題へと言及。そもそも今回の会議はそのことを決めるために集められたのですから。


 緊張のあまり思わずがたりと席から立ち上がってしまいました。『ボス』が決定した処分内容の通達。分かってはいても心臓が飛び出てしまいそうになるほどですわ。



 闇の聖癖剣使いという組織を統括する者とされておりますが、その姿を見たものはごく少数と聞き及んでおります。現存のメンバーら全員が組織に加入する遙か昔から居続けているそうですが、謁見出来るのは第四以上の序列を持つ剣士のみ。


 そのため第八剣士である私は勿論のこと、ウィスプさんやリーバーさんもボスと直接対面した経験は皆無。いつもクラウディさんや序列第一の剣士から口頭で指示などを聞くだけです。


 そんな人物から直々に話の渦中に放り込まれた気分は決して良とは言えません。今にも緊張で吐き出しそうになるのを必死に堪えるばかり。


 一体どのような処分を下したのでしょうか。ボスの下す判決の前では場合によっては死──とまではいかないものの相応の覚悟をしなければなりません。最悪を免れてもキノコ頭の元剣士と同様、聖癖剣を剥奪される可能性も否定は出来ません。


 固唾を飲んで行く末を見守りながら、心の中では最悪の判決にならないよう懇願するように祈って、結果を待ちます。


「──トキシー。君には今回の件から降りてもらうとのことだそう。降格や剣の没収等の罰は無し、だとさ」

「お、降りる……だけですか? それに罰なども無いなんて……」

「うん。代わりに別の任務へ就いてもらうらしい。ま、良かったじゃない。ほとんど見逃してもらえたものでさ」


 え……。それはマジ、というのでしょうか? この報告に私は思わずきょとんとしてしまいます。

 罰も無く、ただ聖癖剣回収の任務から別の仕事に移るだけという処分。ボスが下したにしてはあまりにも優し過ぎるほど。


 しかしながら、何であれ最悪の処分をされずに済んだのは幸いと言えます。張り詰めていた緊張の糸はそっとほぐれ、私は深く安堵のため息を吐き出しながら椅子に沈み込んでしまいました。


 良かった……。ウィスプさんと離ればなれになるような処分を下されなかったことに感謝致しますわ、ボス。


「それじゃあ、今回の件は誰が担当するの? まだあの少年が剣を隠してる以上、敵に付くかもしれない可能性はまだ残ってる。それなのに放っておくつもり?」

「うんうん、そこもボスから聞いてるよ。任務の代行は──」

「あ、もしまだ未定だったら俺にやらせてくれよ! 最近部屋の中での仕事ばっかりで飽きてきてたんだ。たまには外行きてぇ!」


 と、毎度のことではありますがクラウディさんの話の最中に割り込む形でリーバーさんが任務の代行に名乗りを上げました。


 喧しいほどの大声を張り上げての志願。煩い上にお調子者、いるだけでストレスになるような男ではありますが、悪癖円卓マリス・サークルの仕事は何でもこなせる方の人物であることは周知の事実。仮にも第五の序列に位置する剣士に違いはないということです。


 しかし、クラウディはそんな男に一瞥もくれてやることなく話の続きを語り始めました。


「君はまだしばらく事務作業だよ。話を戻して、ボスが言うには例の新しい戦力を実験的に投入してみて欲しいとのことだ」

「例の……? もしかして、あの聖癖剣で作った兵器のことですか?」


 子供のように口を尖らせて不満を露わにするリーバーさんは無視するとして、告げられた内容は不満とまではいきませんが疑問を浮かばせざるを得ません。


 闇の聖癖剣使いには悪癖円卓マリス・サークルが所持する十本の他にも、使い手の有無に関わらず複数もの剣を所有しています。それらを用いれば、まだこの世には無いであろう新しい存在モノを生み出すことも難しい話ではありません。


 聞けば多くのトライ&エラーを繰り返して開発したその兵器は、現在試験導入段階へと突入していると小耳に挟んだことがあります。それを今回の回収任務で使ってしまおうというのがボスの考えということになるのでしょう。


「あぁ、アレかぁ~。確かに面白そうではあるけど、結局単純なことしか無理だからな~」

「今回ばかりはリーバーに同意するかなぁ。いや、ボスの考えなら反対はしないけどさ、予想よりも被害拡大しそうでちょっと怖いね」


 実のところ他メンバーからの評価は微妙と判断されているその兵器。

 私も考えは同じですわ。少し信用に劣るというのが個人的な評価というところ。聖癖剣ありきとはいえ所詮はその程度ということですわ。


「開発担当は自信あるって言ってるらしいけどね。さぁ、どうなることやら」


 全体的にあまり受け入れられている空気ではありませんが、それでも手元の資料で笑みを浮かべる口元を隠すクラウディさん。

 彼女は例の兵器に比較的期待を寄せている派閥……というより部下が手掛けている物であるため、この代行案にはまんざらでもなさそうです。


 とにもかくにも私の処分は決まり、現在抱えている案件の代行も決定しました。これにて本日の円卓会議は解散。それぞれが持ち場や任務に就くために、部屋から退室することに。


 今夜はウィスプさんと一緒に居られないという悲しみを背負って、この日の職務に戻ることとしましょう。悲しいですが仕方ありません。


 私情は一旦置いておくとして、今は剣士としてやるべき事をします。

 どの業界でも始めにしないといけないことは、代行先への職務引き継ぎ作業ですわ。全く手間の掛かる仕事ですこと。

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