第七十七癖『猛る焔と、怒る烈日』

「はい、このサインを以て私は正式に兼人様の専属メイドとなりました。カエ様と同様、墓場に骨を埋めるまでお従い致しますので」

「例えが何か物騒。でも……うん、改めてよろしくお願いします、メイディさん」


 契約書を全て書き終えると、これでようやくメイディさんは俺のメイドになった……んだよな?

 今日から一生俺の下についてくるのか。何か、案外実感ってのは湧かないものだな。


 もっとこう……、ファンタジックに光る魔法陣とか血を使った契約みたいな特別感のあることでもされるのかと思ってただけに、紙にサインして終わりってのも呆気ない契約方法である。


「ではご主人様、私は改めてこの建物の中を見て回ります。メイドとしてどこに何があるかを把握しておきたいので」


 そしてメイディさんはいそいそと書類を纏めて異空間に仕舞い込むと、スッと立ち上がる。

 拠点内の設備などを確認したいらしい。まぁここには今来たわけだし、それは当然の行動だろう。


「それなら俺が教えますよ。大体の場所は分かってるんで」

「恐れ入ります」


 そういうことで俺は拠点内の部屋や設備を教えるための案内役を買って出た。

 改めて拠点内を案内したら、その広さを改めて実感する。剣士になる前によくここを掃除出来たよな。


 そんな移動中、何故かメイディさんは壁やドアといった場所を頻りに触って感触を確かめている仕草をしていたが、それは何か意味がある行為なのだろうか?


 まぁ別に何でもいいけど……妙な癖にちょっと気になりつつ、最後の部屋へと到着する。


「それでここが運動場です。言わなくても分かってると思うんですけど、訓練とかしてない時は洗濯物を干したりしてますね」


 最後に案内したのは運動場。普段の利用方法も補足程度に付け加えつつ、これで拠点内の案内は終わる。

 そしてメイディさんは少しだけ考え事をするかのように顎先を指で摘んでいた。


「なるほど……。途中から薄々気付いてはいたのですが、やはり大まかな間取りは百年前の物とあまり変わらないのですね。概ね理解致しました」

「百年て……。そんな前からあったんだ」

「この建物自体は比較的最近建てられた物のようですが、設備の進化や建築技術の向上によりコンパクト化しているものの基本的な間取りはほとんど同じです。これなら慣れるのにそう時間はかからないかと思います」


 ふーん。元協会所属なだけあって、一世紀前の拠点の間取りを知ってるとは恐れ入った。

 やっぱり当時からメイドとして働いてたのかな。イメージ的にそれしか思いつかないけど。


 ふと気になったんだけど、ばあちゃんと出会う前のメイディさんって何をしてたんだろう。どこかの家で家政婦みたいなことをしてたんだろうか。


 ま、知ったところでどうということはないんだけど。脱線した考えを元に戻しておく。


「間取りは把握しましたので後は大丈夫です。わざわざご主人様のお手を煩わせるようなことをしてしまい、申し訳ありませんでした」

「そんなことで謝らなくても……」


 とりあえず各部屋の位置や何をする場所なのかはこれで覚えた模様。

 軽く一礼してからメイディさんは自分の仕事を探しに運動場を後にしてどこかへと移動していった。


 流石は一流のメイド。俺なんかとは比べものにならないくらい物を覚えるのが早いぜ。


「……さて、俺はどうしようかな。これといってやることって無いんだよなぁ」


 だがメイディさんが来てくれたことは何も良いことばかりではない。


 俺は普段第一班の家事を担当していただけに、こういう暇な日は新しい料理に挑戦してみたり、掃除を徹底してみたりと、ほぼ家事をすることが趣味になっていた。


 だからやっている仕事の半分以上をやらなくても良くなったということは、すなわち趣味が無くなるも同然だということ。弊害は思いの外大きいのだ。


 やっぱり手伝いをするべきか? いやしかし、俺が手伝えばメイディさんは間違いなくペコペコと頭を下げてくるだろう。


 実を言うと何かをすればいちいち謝られるのは正直面倒くさいと思っている。

 なんて言うかまるで俺が悪いみたいな感じになってな……。そういうのにかなり弱いんだよ。


 個人的にはもっとフレンドリーにっていうか、昔みたいな感じで接してくれた方が嬉しいところ。

 契約上俺の立場が上って内容だし仕方ない。あーあ、何か居心地が悪いや。


「一旦部屋に戻るか……。うーむ、自分の部屋の掃除しかやることがないな」


 運動場で訓練してもいいんだけど、日向の奴が乱入して試合を挑まれても困るしな。もう少し様子を見ておくことにする。


 一応の目的地を決めてそこへ足を運ぶ。まぁどうせすぐ出ることにはなるだろうけど。

 拠点の二階が目的の場所。剣士の部屋が並ぶ通路に到着した。


 今更説明するのも何だけど、ここはアパートみたく部屋が横並びになっており、それぞれが好きな位置にある部屋を自室として使っている。


 俺の部屋は階段を登ってから右手側の06号室。閃理は反対の左側斜向かいの01号室で、メルはさらにその向かいの03号室といった感じだ。


 ちなみに使われていない空き部屋はまだまだある。

 それらの部屋もまた俺が気が向いた時に掃除をしたりしていたんだが、ここもその内メイディさんの仕事になるんだろうなぁ……。


「ん……? メルのやつ、暑いからって部屋のドア開けっ放しにしてるのかよ。気持ちは分からんでもないけど不用心だな」


 ふと斜向かい見やればドアが開けっ放しの部屋がある。言われるまでもなくそこはメルの部屋だ。

 こんなガンガンに空調効かせてるくせにまだ暑がるのか。全く、ここの電力を無限だと思ってるな?


 いくら廻鋸のこぎりの権能ならば停電になっても電力を賄えるとはいえ、毎度そんなことをされてはたまらない。

 まず二階の空調を下げ、次にメルの部屋のドアを閉めに行く。ついでに注意もしてやろう。


 ドアを押して戻そうとしたその時、部屋の中から声が聞こえた。


「あいつ、ほんっとうに訳分かんない。入って半年も経ってないのに悪癖円卓マリス・サークルを何度も撃退してるだけじゃなく、ちょっと離れたら始まりの聖癖剣士を専属メイドにしてるって。どういうことなわけ? 本当に」

「メルに言われても困ル」


 それは部屋主のメルと日向の声。ほぉ……二人は今一緒にいるらしい。


 道理でメイディさんと拠点内を歩き回ってる時は会わなかったわけだ。

 そんな女子組の会話は何やら俺のことらしい。この話になった経緯は大体察したけど。


「ねぇメル。あいつってマジで一体何なの? 何か知ってるんでしょ? 教えてよ」

「I don't know personal個人的なことは知らないly。そーいうのは本人に訊いた方が早イ。メルはそう思ウ」


 日向は俺のことについて知りたがっているみたいだ。やっぱ気になるんだろう、メイディさんとの関係性や剣士としての功績についてを。


 一方のメルだが回答に困っている様子。一応俺とメイディさんがどんな関係だったかは教えているんだが、あえて言わないのか消極的な返答ばかり。


 メルって意外と口堅いからな。そういうのは無闇に公言しない癖というか教えがあるんだろう。

 俺はこっそりと二人の会話に聞き耳を立てていく。


「それはそうだけど……あいつと初めて会った時についカッとなって色々言ってるから、今更仲良くしろだなんて無理な話よ。あっちもどうせ私のことを嫌ってるだろうし」

「あれは日向が悪イ。でも焔衣、そう簡単に人を嫌ったりするよーな人でもなイ。良い印象は持たれてないかモ。だけど話せば誤解は解けル。多分」

「そうかな……」


 おっ……なんか俺に接触してくるゲージが高まってきてるな。


 確かにメルの言うとおり良い感情はあの人にはないけど、だからって蛇蝎の如く嫌っているレベルでもないのは事実。


 前回のよーくんだって中々気にくわない面もあったけど、それでも最後は和解している。日向もそれになれるのだろうか?


 来るなら拒むつもりはない。俺とて組織の中に険悪な関係の剣士がいるのは避けたいからな。


「Strike while the iron i鉄は熱いうちに打てs hot。早く行ケ」

「あっ、ちょっ。止めてよ押さないで! まだ心の準備が……!」


 うぉ、これはヤバいな。早く離れないと盗み聞きしてたことがバレてキレ散らかされかねない。


 あー、でも今から部屋に戻ろうにも遠いし、だからって階段から登って来た瞬間を装うにもギリギリ間に合わない。


 こ、こうなったら……。ええい一か八か、俺の演技力に賭ける!


「すぐ会ってこイ。Go to 焔衣!」

「分かってるってのよ! だから押すのは──あ」


 半開きのドアを雑に開け飛ばすと、メルに押し出されて日向が現れた。

 その瞬間、奴の表情が固まる。何故ならば扉の真横の壁に俺が背をもたれさせてそっちを見ているからだ。


 これ誤魔化せてるかな……とにかく演じきるぞ。


「俺のことをお探しで? えっと……“陽光の聖癖剣士”さん」

「なっ……、何であんたがここにいるのよ! もしかして今の会話を……!?」

「偶然だよ。メルに用事があって来たら、先客がいたもんでな。ここで待ってただけだぜ」


 まぁ嘘なんですけどね。メルに一言告げるために来たこと自体は本当だけど。

 日向の剣士としての呼び名を忘れて言い詰まるが、何とか思い出して冷静ぶっていく。


 あまりにも出来すぎたタイミングでの登場は当人を困惑させるには十分過ぎる威力があった模様。

 わなわなと震えながら指さすその姿、まるで化け物を見るかのような目をしている。少し悲しいぞ。


Nice timingちょうど良い! 焔衣、日向が焔衣に訊きたいことあるらしイ。良ければ答えてあげテ」

「ちょ、勝手に……」

「いいよ。お互いに嫌な感情を持つのもアレだしな。言える範囲なら何でも答えるぜ」


 メルのお節介により、誤解を解くための場が設けられる。


 日向が俺に質問をぶつけ、そして答えていくっていう問答タイム。これで少しでも解消されるならいいんだがな。


「…………っ!」

「逃げるナ! メルの知る日向、そんなことで逃げる剣士じゃなイ。目の前の相手に向き合エ!」


 身勝手に毛嫌いしている相手と対面していることに我慢ならず、その場から逃げようとするのをメルは両腕を掴んで止める。


 何か厳しいな。もっとも立場が違えば俺も同じことをするかもだけど。

 逃げ道を断たれた日向。顔をしかめっ面にしながらも何か言いたげな感じだ。


「……うぅ、やっぱり無理! 焔衣兼人、あんたのことは好きになれない。知りたいこと、訊きたいことは確かにあるけど……でも本人から直接は嫌! プライドが許さないのよ!」


 う、うわぁ……。どこまでも俺のことを嫌うのか。

 そこまで言われると怒るどころかめちゃくちゃショックなんだけど。


 俺、そこまで嫌われるようなことしてんのかなぁ……。前に凍原によく分からない誤解を与えていたけど、結局アレも最後まで理由は分かんなかったし。


 それはそれとして今のは流石に堪える。人格を否定されてる気分になるな。


「どうしてそこまで焔衣のこと嫌ウ? 思えばメル、日向が焔衣を好きになれない理由知らなイ」

「それは俺も同じだ。日向、どうして俺のことをそこまで嫌うんだ? そんなに俺の功績が気にくわないのか? それとも何か別に理由が……」


 流石のメルもこの往生際の悪さに呆れ果てている。

 ここまで面と向かって言える状況まで作ってるのに、それを拒否するなんて相当な理由があるに違いない。


 ただまぁ……マジで俺が日向に何かしたような記憶は無いけど。さて、どんな反論をしてくるのやら。


「……焔衣兼人、あんたは私からある物を奪った。私にとって一番とも言える物を。だから嫌いなのよ」

「……へ!?」


 だが返ってきた言葉はあまりにも身に覚えが無さ過ぎる内容だった。

 俺が日向から奪った物がある!? マジで何なんだぞれは……。一体全体意味が分からんぞ!?


「そーなノ? 焔衣?」

「いや、いやいやいやいや! マジで知らないよそんなの。そもそも名前だって知ったのもつい最近だぞ!? 奪うどころか会ってすらないんだけど」


 メルの訝しげな視線が俺に向けられるが、全力で首と手を横に振って無実を証明する。

 それに奪うって……そんな物騒なこと、俺はしないし出来ないんだが!?


「そりゃそうよ。確かにあんた自身が直接奪ったわけじゃない……私が勝手にそう言ってるだけ。この理由を知ってる人たちにとっては全員鼻で笑うようなことに過ぎないわ」

「……? どういうことだ? そうって……」


 何やら意味深な発言が出てきた。もしかして物理的な物じゃないのか? それだとしても分からないことに変わりはないけど。


 すると、頭にハテナを浮かべているメルの拘束を振り払って日向は解き放たれる。

 でもさっきみたく逃げることはせず、自分から俺の前に改めて立ちはだかってきた。


「多分、ここで全部言えば多少はスッキリすると思う。でも、私のプライド的にもそう易々と教えることは出来ない」

「じゃあどうするんだよ」

「私と試合しなさい。私に勝ったら全部教えるし、今後はこれまでみたいなことはしないって誓うわ。でも逆に私が勝ったら舎弟になりなさい。そしてある言葉を宣誓してもらうから」

「な、何だそれェ!?」


 え、えぇ──!? 内心驚き、というか全身で驚いている。

 ちょ、それは勝つメリットに対して負けたデメリットが大きすぎないか? 不公平だぞそんなの!


 俺が言えた話ではないが舎弟って言い方もいつの時代だよ。しかもある言葉とやらを宣誓させるつもりとか……鬼畜か?


「普通に嫌なんだけどそれ……。それなら別に無理して訊かないし」

「ちょ、逃げるな! あんたのせいでどこまで惨めな思いをしたのか思い知らせるんだから!」


 惨めって自分で言うのか。こう言っちゃあなんだけど、結局それって他人事だしなぁ。頼才さん曰く超個人的な話らしいし。


 そんな不公平極まりない賭けに乗るほど馬鹿じゃないよ俺は。はい終わり終わり!

 身勝手な要求には無視が一番だ。なんか落胆したわ。もう付き合ってられな──


「……っ、この野郎!」

「ぐぇっ!?」


 だがその瞬間、日向が俺の胸ぐらを掴み、そのまま壁へと押しやってきた!

 これにはメルも驚かせる。一瞬止めようと動いてくれたけど、それをも無視して日向は叫ぶ。


「格上三人も倒したくせに少し上の先輩とはやらないっての!? 悪癖円卓マリス・サークルより格下だから? ふざけんじゃないわよ! そういう調子乗ってるところ……ほんっと腹が立つ」

「ぐぬ……、そっちこそ自己中も大概にしろよ! 俺は滅多に人を嫌いにならないけど、今のあんたは最低レベルだぞ!」


 事実無根の言いぐさに流石の俺も頭にくる。こいつはどうにも俺とは相容れなさそうな存在だ。


 調子に乗っている? ハッ、残念。悔しいが俺が悪癖円卓マリス・サークルに勝てたのは半分以上があっちの慢心が原因だったり、見逃されたりしたからだ。


 現状じゃどの悪癖円卓マリス・サークルも倒すことは出来ない。ウィスプのように傷つけるのが限界だろう。

 調子に乗るどころかあいつらと会う度にどれだけ危ない状況にまで追いつめられたことか。


 思い出すだけでも精神的に疲れる。そんな戦場を知らないくせにこんな大口を叩ける精神にこっちもますます腹が立ってきた。


「二人とも、Stop……」

「先輩に生意気言うな! ぶっ飛ばすわよ!?」

「悪いけどあんたのことはもう素直に先輩とは思えないね。俺に試合させたきゃそっちにもそれなりの条件を付けてみろよ。俺を子分にする気なら、同じことされるリスクくらい背負え。それすら出来ないくせに好き勝手言うな!」


 メルの仲裁も意味を成さず、俺と日向の口喧嘩はヒートアップしていく。

 今になって思えば俺も冷静さを失っていたかもしれない。いや間違いなくそうだった。


 何せすぐ側へ近付く存在に直前まで気付けなかったんだからな。


「チッ、どこまでも生意気な……上等よ。ならお望み通りあんたが勝ったら何でも言うこと聞いてやるわ。これで満足でしょ? それで良いならさっさとしなさいよ!」

「はっ、最初からそう言えってのよ。いいぜ、やってやるよ。一応釘刺しとくけど、俺が勝っても口約束だからって後から撤回すんのは──────ぁぁぁぁぁ…………」


 頭に血が上っていた俺は、ようやく対等の条件を出した日向との試合に望もうとしていた。


 だが、同じく怒りに満ちた日向のすぐ後ろ。隠れていたそのが俺の視界に現れたことに気付くと、間延びした言葉で俺の怒りのボルテージは下がっていく。


 ヤバい。俺としたことが冷静さを失っていた。そのせいで今の状況の最悪さにこの瞬間まで気付けなかったとは……。


「い、今はやっぱり止そう。あんまり良くない状況になっちゃってるから……」

「はぁ? 今さら怖じ気付いてるわけ? そういうのもマジで腹立つ。何が良くない状況よ。そんな言い訳苦しすぎ────」


 多分、俺はかなり青い顔をしてると思う。だってさっきまでとは態度も声の調子も変わってるんだし、当然の反応と言えばそう。


 俺はなるべく刺激しないように日向の背後を指して、その存在に気付かせてやる。

 ぶつくさと文句を言いながら、日向は後ろを振り返った。


「────…………っ!?」


「ようやくお気付きになられましたか、日向様」


 そこには──とびっきりの笑顔を浮かべているメイディさんの姿が。


 これを前にしては、日向の癇癪は極寒の世界に放り込まれたかのように鳴りを静めて黙らせてしまう。

 俺だって怖すぎて無表情になっちまってるもん。


「め、メイディさん。一体いつの間に……」

「ちょうど日向様がご主人様を壁に押しやる直前とだけ言っておきます」


 わりと中盤からだな……。とはいえ何で気付けなかったんだ。それほどまでに俺たちは冷静じゃなかったってことか。


 っていうかメル、どうして教えてくれなかった……いや、教えようとはしていたのかもしれない。

 それを無視していた俺たちの落ち度だな……。


「う、ぐ……。こ、これには深いわけが……」

「そのような言い訳は苦しいですよ日向様。先ほども申しました通り、兼人様は私のご主人様。無礼を働くような真似は許しません。約束を破った以上、当然お仕置きを受けていただきます」


 つい先ほど本人が振り返る際に口溢しかけた台詞をそのまま返すというプロ顔負けの反論で日向を追いつめていくメイディさん。


 ほんの三十分にも満たない時間で二度も俺に乱暴な接し方をしているんだ。一度目は見逃しても、二度目は無いという強い意志を感じる。


「お、お仕置き!?」

「はい。内容は……そうですね。お尻を叩いても構わないのですが、それはそれで日向様の尊厳に傷を付けてしまいかねないので、代わりにご主人様への決闘を私が代行する……というので如何でしょう」


 約束を破った罰であるお仕置きとやら。随分と古典的な戒めも視野に入れていたようだが、決行されたのは意外にも試合の代わりになるというものだ。


 でもそれは剣士的に見ても許されることなの? まぁ日向の敗北は確定的になるわけだけどさ。


「始まりの聖癖剣士との試合!? ちょっ……それはあまりにも不公平過ぎませんか!? 私、上位剣士でもないのに、そんな……」

「では大人しくお尻を叩かれますか? 今この場で行うのでご主人様の前になりますが。どちらにせよ罰は受けていただきますので」


 うぉ……メイディさんえげつない。試合代行が受け入れられないとなれば尻を叩くつもりだ。

 流石に俺も年頃の女性が無様に尻を引っ叩かれる様を見たくないぞ。そんな趣味はないからな。


 さぁ日向、この地獄尻叩き敗北試合代行の二択の内、どれを選ぶのか。

 歯を食いしばって悩みに悩む姿を見守ること数分。ぶるぶると震えながら遂に選択する。


「し、試合でお願いします……」

「承りました。では運動場までお越しください。私は家事を済ませてから向かいますので」


 苦渋の決断。それはメイディさんとの試合だった。

 そりゃやっぱり尻は叩かれたくないよな……。ましてや俺の前でやるつもりだったんだし、立場が逆なら俺も同じ選択をしてるかも。


 お仕置きの内容が決まると、メイディさんは先に待ってるよう伝えてから階段を下りていった。日向にはしばしの猶予が与えられる。


 しかし敗北濃厚どころか純度百パーセントの試合が待ちかまえていわけだし、ほぼ死刑宣告みたいなもんか。同情はしないけど。


 とはいえ一般剣士の身分で始まりの聖癖剣士と戦えるってめちゃくちゃ貴重な経験では?

 戦いが大好きそうな心盛さんなら喜んでやるだろうに。流石にそこまでの度胸は持ち合わせてないか。


 まぁ俺は今後何度も手合わせする羽目になるだろうから特別感はないけども。


「と、とりあえず運動場に行ったら? 待たしたら手加減もされないかもよ?」

「うン。メルもそーする方が良い、と思ウ」

「……うわぁぁぁん、何でこんなことになるのよぉぉぉ……!」


 立ちすくむ日向に声を掛ける俺とメル。この予想だにもしない負けイベントの発生に、日向はその場で泣き崩れてしまうのであった。

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