第七十八癖『試合代行、勝利なき罰』
そして場所を移動。試合が開催される運動場に行くのだが、メイディさんはまだのようだ。
うーん、一体何をしてるんだろうか。別にそう時間をかけてしまうほどの洗い物とかは無いはずなんだけど……。
「日向、大丈夫? 今からでもお尻ペンペンに変えてもらウ?」
「それはそれで嫌よ……。そんなことされたらプライドどころか精神まですり切れるわ……」
こっちではメルがお仕置きの内容を変更するべきという案を出して即刻却下されている。
手段としてはそっちの方が賢明だとは思うけどな。もしそうなったら目を瞑ってやるつもりではあるし。
それにしても日向はプライドの高い女だ。さっきも喚きながら俺への質問を拒否したり、不条理な条件の試合を強行させようとしたりと、中々のものがある。
もしかしてそれらも俺を嫌うことに関係してるのかな? 本人に訊ねることは出来ないけどさ。
「お待たせして申し訳ありません。準備に多少手間取ってしまいまして」
すると、ここで遂に試合代行者が登場。特に急いでいる様子もなくつかつかと歩いてやってきた。
試合相手の声にびくりと身震いする日向。何もそこまで怯えなくとも……。
「私との試合から逃げなかったのは賞賛に値します。もっとも聖癖剣士が戦う前から敵前逃亡をすることなど断じて許しませんが」
「……あ、当たり前です。私だって剣士。みっともないことはしませんからっ……!」
上擦りつつも虚勢を放つ日向。うーむ、絶賛後悔中であると声の震えから分かる。
言ってしまえばメイディさんは聖癖剣士の大大大大大先輩。その人から逃げるということは、それ即ち現代剣士の格を落とす行為。
今の日向は全聖癖剣士の代表というとてつもない立場にいるんだからな。そのプレッシャーを感じているから震えているんだろう。
そう考えると何か俺も緊張してきた。日向を応援する義理はないけど、最後まで試合を見届ける義務は生まれたと思う。
「良い心構えです。それに免じてハンデをあげましょう」
「え……いいんですか?」
「勿論です。むしろ最初からそうするつもりでしたから。日向様、あなたのお好きなようにハンデをつけてください。私はそれに従って戦いますので」
メイディさんはどうやらハンデ付きで試合をするようだ。
流石に実力差が離れすぎている以上、不公平な戦いにならないようにするつもりらしい。当然の判断ではあるが。
しかし驚きなのはハンデの数に制限がないだけでなく、日向が全部決めて良いらしい。
それは流石に舐めすぎ……いや、違うな。それくらい背負っても勝てるからやっているんだ。
これは遠回しに勝利を宣言されているようなもの。いくら不公平なまでの実力差があるとはいえ、プライドの高い日向が乗るだろうか──?
「なっ……ふ、ふざけないでください! いくら何でも私を……今の剣士を舐めるような真似は始まりの聖癖剣士といえども駄目だと思います!」
ほら、やっぱり反論した。まぁ気持ちは分かるし剣士として一応は真剣なんだというのは分かったけど。
でもだからと言ってハンデ無しじゃ負けは確定したも同義。素直に乗れば多少なり勝率は上がるだろうに。どうも変なところで真面目だな。
「試合に真摯であるのも素晴らしいことですが、ハンデ無しで日向様が私に勝つ可能性は万に一つもありません。お決めにならないと仰るのであれば、私が決めますがよろしいでしょうか?」
「くっ、そこまで言うのかよ……! 分かりました。好きに決めてください。絶対に勝ってみせる!」
今度は遠回しにではなく言葉にして勝利を宣言。本人的にも少しでも日向と対等になれる条件で戦うつもりのようである。
ここまで言われてしまえば流石の日向も大人しく従うしかない。ぼそっと口調がいつもの感じに戻るくらいだ。
ハンデ内容の決定権を放棄したことを認め、メイディさんが自身に課す内容を考える。
時間としては数秒もない。突如として運動場の中央に移動した。
「ハンデの内容はまず私はここから一歩も動かず、暴露撃と開示攻撃も使いません。手加減もします。さらに私から半径二メートル内に剣の切っ先でも入れば日向様の勝利とさせていただきます」
「なっ……!」
「め、メイディさん、それは流石に甘すぎないですか!? いくらなんでもそのハンデは……」
あまりにも易しすぎる。いや、易しいを通り越してふざけている。その条件で行われる試合は試合とは呼べないだろ!
特に最後のはひどい。日向の剣の形状次第では一瞬で決着がつく。逆に剣士に失礼なほどだ!
外野の俺でもあまりにも異常なレベルのハンデに声を上げてしまうし、メルは何も言わないけど目を大きく見開いて驚くほど。それを自身に課そうだなんて馬鹿げている!
ましてや相手はプライドの塊みたいな日向。そんな剣士初心者でも考えないようなハンデを付けられたらどんな反応をするのか。
「……ふざけんじゃないわよ。始まりの聖癖剣士だからって、どこまで私を馬鹿にしやがって……!」
「馬鹿になどしていません。仮に日向様が百人いても、本気の私には指一本……いえ、十メートル内にさえ近付くことは出来ませんから」
あっ……その言葉、やっぱりまずくね? もしかしてわざと挑発してる?
近くにいるからこそ感じるふつふつと沸き立つ日向の怒り。
格上中の格上とはいえ、そこまで言ってくる相手に我慢なんて出来るわけが──
「……ざっけんなァッ!」
【
案の定怒りに飲み込まれた日向。俺たちが押さえようとするよりも早く剣を抜いて切りかかった。
「では試合開始ですね」
【
一方のメイディさん。散々挑発してきた怒れる剣士を前にしても調子を崩さず手元に剣を召喚した。
そして冷静に試合開始を宣言する。ここまでなっててもまだ余裕でいれるのか……。
迫り行く日向とその剣。初めて会った日にもちらっとだけ拝んだが、あの時は鍔と柄の部分だけしか確認出来ていない。
だが今なら見える。日向の剣は俺と同じロングソード型なのだが──刀身はまさかのビームサーベル!
正確には蛍光灯のような棒状で、それが赤く光っているのだ。
まるでSF作品に出てくるような形状の剣を手に、光の残光を描きながら距離を詰めていく。
「私を──舐めんなァ!」
キレ散らかしながらメイディさんのテリトリーに入る直前まで迫る。
勢いだけなら他のどの剣士よりも凄まじいくらいだが、それが始まりの聖癖剣士にどこまで通じるか──
「日向様。何故私が一歩も動かないという特大のハンデを自ら課したのか……その理由をお考えになりましたか?」
「えっ────ぐぉっ!?」
その瞬間、日向の眼前にいくつもの剣身が出現し、幾何学模様を形成。剣の網と化したそれが進行の阻止にかかる!
それに驚いて緊急停止をするも勢いを殺しきれず、
これには外野の俺も驚く。何せただ沢山剣が現れたんじゃなく、空間を裂く小さな穴の中から飛び出したのだから。
見ればメイディさんの手は異空間に繋がる渦の中に突っ込まれていた。
どこか遠くに移動するわけでもなければ収納する機能でもない。これは……第三の権能か!
「これが私【
「そ、そんなのアリなの……!?」
何と言うことだ……! メイディさんの権能にそんなものがあるだなんて。
距離の概念を無視するだけでも相当だというのに、一度の攻撃回数だけでなく物体も任意の数まで増やせるって反則じゃん!?
これじゃあ一歩も動かないというハンデはほぼ無いようなものじゃん。
あれでハンデ付きかつ手加減もしてもらってるんだよね? あまり信じられないんだが。
「試合はまだ始まったばかり。日向様は私をどこまで追いつめてくれるのか見物です」
「くっ、どこまでも人を馬鹿にして……。見てろ、その涼しい顔に一発入れてやるッ!」
簡単な挑発にまたも躍起になる日向。おいおい、もうあんたの短所がバレてるぞ。
冷静になれないままの日向は聖癖章を取り出し、リードの姿勢に。どんな技を出すつもりだ?
【聖癖リード・『日焼け』『日焼け』『日焼け』! 聖癖重複! 潜在聖癖解放撃!】
あいつ────まさかいきなり解放撃を発動するつもりか!?
俺が言えたことではないだろうけど、それはあまりにも無謀っていうか、止めて欲しいんだが!?
そもそもここは移動拠点の中にある運動場。支部の場所とは違ってそこまで広さはない。
おまけにほんの数ヶ月前に聖癖のコーティングを直したばかり。もしまた剥がれたら手間が増えちまう! 主に閃理のだが。
そんな俺の心配なんてお構いなしに日向の解放撃は発動されてしまう。
赤熱発光する
まるで──いや、光の刃そのもの。巨大ロボットが持つビームサーベルのようだ。
剣の全長はあっという間に剣士本人を越え、運動場の壁ギリギリにまで迫る。
「これでも──食らえッ! 真ブレード・デル・ソルッ!!」
怒りと共に叫び散らす技名。同時に振りかぶられた光の巨大な刃は運動場の壁を削りながらメイディさんへ襲いかかる。
一目見て分かるそのヤバさ。もしかするとあの技の威力、俺の最大威力の技よりあるんじゃねぇか!?
「威力は及第点以上ですね。流石は支部の剣士……ですが、まだまだ無駄が多いですよ」
「なっ、嘘!?」
迫り来る光刃の前でも全く焦る素振りすら見せないメイディさん。
次の瞬間、巨刃の進行方向を遮るかのように無数の小さな空間の穴が開き、そこから
それらはまるで何メートルもあるのかと思わせるほどに伸びていくと、器用に編み込まれてとある形状を形成していく。
空間に干渉することで物体を複製するっていうデタラメな内容の権能は、どうやら物体の形まで変えられるらしい。
これを例えるならそうだな。空中に縫い付けられた金網みたいな感じ。ちょっと異様な防御技だ。
そして──激突。巨大な光刃とそれを受け止める金網は拮抗する。
「受け止めたっ……!? この技をそんな簡単に……」
「やはり良い威力です。最盛期の先代炎熱の聖癖剣士様が使っていた開示攻撃にも劣らないでしょう」
「なっ、嘘でしょ……!?」
この威力で先代の開示攻撃レベル!? このカミングアウトは俺も驚きを隠せないぞ!?
聖癖のコーティングを削り取る威力の解放撃と比較対象が最盛期とはいえ開示攻撃と同レベルなんて規格外過ぎる。なんつーバケモノだったんだ、俺のばあちゃんは!
「ですが聖癖に余剰が目立ちます。それでは技の持続時間に影響が出てしまい、あと一歩及ばないという事態に陥るでしょう。たとえば──このように!」
そして試合に変化。真ブレード・デル・ソルに赤く光るほど熱せられていた網状の
これの勢いに日向は負けてしまい、後方へ後ずさるようによろける。出しっぱなしの光刃はもう一度運動場内の壁を削ってしまうが。
ここで宣言通り解放撃の発動限界が来た模様。
真ブレード・デル・ソルの光刃はシュンッと消え去り、元の形状へ還元された。
「私の切り札がこんなあっさり防がれるなんて……」
「ですが良い威力でしたよ。その点については誇ってもよろしいと思います」
体力を消耗したのか膝を突く日向に向けて賞賛の言葉をメイディさんは投げかける。
そして空中に浮かぶ金網は解けて消え、空間の穴に突っ込んでいる自身の腕を抜く。
するとやはり刀身が赤熱発光した
軽く受け止めたとはいえ、剣が身体の一部でもあるメイディさんにとってはダメージでもあるはず。
その上で技の威力を褒められたんだ。やっぱり強いんだろう、日向は。
「聖癖剣士の戦いにおいて重要なのは威力だけではありません。最小限の聖癖で最大限の威力と持続時間を保つことこそが最も大切。日向様は威力に重きを置き過ぎていて、それ以外が疎かになっています」
「はっ、今度は説教? そういうの、嫌われますよ」
丁寧なアドバイスを説教だと捉えた日向。機嫌悪い時の捻くれ加減も中々だなこいつ……。
しかし、メイディさんはそんなことを気にも止めずに正論をぶつけていく。
「結果的に嫌われたとしても私はそれで構いません。自分の体裁よりも、大事なのは戦いで生き残る術を後世の剣士たちに伝えること──それが長命を約束された始まりの聖癖剣士である私の使命ですから」
「うっ……」
これには日向も口を噤んでしまうのも止むなし。
始まりの聖癖剣士だからこそ言える言葉。歴史と経験が積み重なったどの偉人が残した名言よりも重い一言である。
そうはっきり言い返されてしまえば用意していた反論も惨めな言葉にしか思えなくなるというもの。
特に上下関係に肯定的な意見を持っていると思われる日向にはかなり効く言葉に違いない。
「……ほんっと意味分かんない。お仕置きする相手に物を教えるなんて」
「私はご主人様の指南役ですが、だからと言って他の剣士の皆様方には何もしないということは致しません。特に日向様のような伸び代のある剣士には喜んでご指導させていただきたく思います」
ぼそりと口にされた言葉であるにも関わらず、メイディさんはそれに対する返答を用意。
指南役を務めるとは始めに聞いてるけど、思えば訓練の手伝いはするって閃理と話す時にも言っていたな。何も俺だけに限定した話でもないというわけか。
現代の剣士の行く末を見守るのもまた始まりの聖癖剣士の役割なんだろう。全く、本当に頭の上がらない人だ。
「……褒めたって私の機嫌はそう簡単には直りませんから。それに、まだ本気は出せます」
とか何とか言ってるけど、口調が目上の人に向けるような言葉遣いに戻っているぞ。
口では反発したままだが、何だかんだで気は良くしたらしい。心境にも変化が起きたようだ。
そりゃ始まりの聖癖剣士という存在に伸び代アリって言われたんだから、剣士として嬉しくないはずはないよな。
剣を構え直すと、もう一度攻め込む姿勢になる。
今の姿にはさっきまでの怒りの面影は無く、しゃんとした冷静さを感じさせる。
「その意気です。そう簡単に負けてしまわぬよう粘り強さを見せてください」
「当然です。今度こそ私の本気をぶつけて、あなたに勝ってみせる!」
そして日向は雄叫びを上げながら接近戦へ。勿論それは
なんつーか、もうこれお仕置きっていうか最早メイディさんの指南教室になってる気がするんだが?
俺は別にそれでも良いけどさ、それとは別に心配事というか、ずっと気になってることがある。
ちらっと斜め上を見ると、そこには先ほど日向の解放撃によって付けられた長い焦げ痕があった。
これ、直せるのかな? 多分このことは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます