第七十六癖『出会いて別れ、次なる邂逅』
そして俺たちがここへ来て早くも四日が経過。色々あったが産方家とは今日でお別れとなる。
なんか唐突にお泊まりになったり家の仕事を手伝ったりと、何となく剣士の仕事ってよりヘルパーとか農家のバイトって感じだったな。
正直言うとここの生活は悪くなかった。剣士にならない人生を歩むならこういう生活をしたいって思う。性に合ってるって言うのかな。
まぁ閃理らとは違い俺は家の中でやる仕事ばっかりだったってのもあるんだろうけど。
「では奥様、ご契約内容通り私は本日を以て産方家を離れます。五年にも渡りここに仕えたことは私の大切な経験であり思い出……いつまでも忘れることはありません」
「ええ、私も──いけない、名残惜しさで涙が……」
「時々お伺いに参りますのでご心配なさらずとも大丈夫です。もし何かあればすぐにお電話ください」
珍しくメイディさんも同席した昼食を終えると、産方さんは最後、今までお世話になったことの感謝も込めて見送ってくれる。
そんな最後の会話。流石に五年間という長い時間を共にしてきたんだ。俺と同じく家族がいなくなる感じに近い感情があるんだろうな。
しわくちゃの顔に涙を浮かべる産方さん。それを宥めつつ、メイディさんは再会を約束する。
「では我々も。産方さん、突然お邪魔した上に数日間も泊めていただいたこと、心から感謝します」
「
「メイディさんが時々様子を見に行くとはいえ、こうして知り合った人と別れるのは何だかんだ寂しいな。それじゃあお元気で」
俺らもそれぞれ別れの挨拶をする。メルは産方さんにハグをして別れを惜しんでいる。
おそらくもう会うことは無いからな……。今生の別れになるであろう出会いだった。
「お礼を言うのはこちらもです。あなた方のおかげで今年の畑は想定していたよりもずっと早く終わりましたから。お邪魔だなんて思ってないわ」
「ありがとうございます。では産方さんの今後に良いことが起こるよう願っております。またいつか」
閃理も最後に握手を交わして俺たち一行はメイディさんと共に産方家を離れる。
良い人だったなぁ……。俺も将来はあれくらい寛容な人間でありたいぜ。
俺は後ろを振り返る度に遠くに見える生方さんに手を振った。それに同じように手を振り返してくれるのも見ていた。
キャンピングカーが停められている駐車場へと繋がる曲がり道を行くことで産方家は完全に見えなくなる。これで本当にお別れになったな。
寂しい気持ちはあるが、いつまでも引きずるわけにもいかない。
新しい雇用主となった俺はきちんとメイディさんの使命に応えていかないといけないからな。
「そーいえば車ってどこ停めてたっケ……?」
「産方さん家からそこそこ離れた位置にしか無料の駐車場が無かったしなぁ。流石に炎天下になりかけの今じゃ昼間に出歩くのはキツいか」
だがここで些細ながらも問題が発生。メルがまた駄々こね始める予感を察知。
原因はこの太陽だ。毎年夏場の気温は上昇傾向にあるせいで、六月に入ったばかりでもそれなりに暑い。
梅雨はどこいったんだよ梅雨は。今年は猛暑確定なのが辛いな。
「坊ちゃま、お暑くはありませんか? もし日除けが必要でしたら日傘をご用意しております」
「あ、俺はいいよ。平気なんで。それはメルに貸してあげてください」
「焔衣、ズルイ……」
汗一つかいていないメイディさんは次元収納から日傘を取り出すが、その心配には及ばない。
俺は
日射病になられても困るからメルにそれを渡してやると、奪い取るように持っていかれた。そんなにキツいのか。
「しかし今日はやけに日が強く感じるな。天気予報も
「それマジ? 異常気象かな」
そうこう考えていたら閃理曰くだと今日の太陽は普段よりも強烈な光を放っているらしい。
一体何が原因なんだろうな。っていうか産方さんは大丈夫かな? 今日の気温も高めになりそうだが、どこかで倒れたりしないよなぁ……?
「……いや、どうやらそうではないらしい」
「そうですね。少し遠くから聖癖の力を感じます。誰の物かは分かりかねますが」
「えっ、聖癖の力が!?」
と、ここで衝撃のカミングアウト。この異常な暑さ、聖癖剣の力なのか!?
ってことはもしや闇の剣士!? まさかとは思うが天気を操れるクラウディとかじゃあるまいな……?
「ふむ、どうやら味方の剣士による影響のようだ。よりにもよってあいつだが」
「味方の権能なの? ってか、あいつって……?」
しかし閃理が言うにはこの暑さは敵による攻撃とかではないらしい。むしろ味方のものだと言った。
てことは近くに光側の聖癖剣士がいるってことになるのか。一体誰なんだそれは。
「
「おっと、この気象が誰による影響なのかは本人に直接会って確かめるといいだろう。もう間もなくすれば会える」
一瞬何かを言い掛けたメルだったが、閃理はその発言を止める。おいおい、その誤魔化し方はちょっと怪しいぞ。
わざわざ隠したってことは、俺に明かせない理由でもあるのか? 何か嫌な予感~。
そうこう話をしていれば駐車場へ。う~ん、温められたコンクリートの熱気が凄まじい。
床に肉置いたら美味しく焼けるんじゃないか? それくらいヤバい。
「メル、先に入っていてもいいぞ。アイスでも食べて身体を冷ますといい。食べ過ぎるなよ」
「いいノ!? やっター!」
「それでは私もお先に失礼します。書類の作成に取りかからせていただきますので」
車の前までに来ると暑さにやられかけていたメルへ先に戻るよう指示をする。
やっぱりキツかったんだろうな。大喜びでアイスを狙いに車内へと飛び込んでいった。
んでメイディさんはこれから俺が書くことになっている契約書類を作るために中へ。そういうのって先に用意しているわけじゃないんだなぁ。
そんなこんなで残されたのは俺と閃理。さっきこの気象を作り出した人物が来るとは言っていたが、まさかここで待つわけじゃあるまいな?
「一応聞くんだけど、俺も中に入っても……?」
「もう少し待て。折角だから改めて会わせておきたいのでな」
やっぱり……。これも気遣いなのかどうかは分からないけど、そういうの地味に困る。
暑さに不快感を感じにくい体質になったとはいえ、それでも長時間炎天下に晒されるのはキツい。
早くその人物とやらが来てくれるのを待つしかないか……。あーあ、メルが俺のアイスに手をつけてなきゃいいけど。
そして待つこと数分。思いの外時間がかからずにその人物は閃理の視界に姿を現す。
「……来たな」
「やっとか。えーっと、どれどれ。その人はどこ?」
「陽炎に揺れていて分かりづらいだろうが、そこの道路の奥からやってくるぞ」
案の定ちょっと先の未来を予測しての発見のようだ。指示されたゆらゆらと陽炎が揺れ動く道路に目を凝らすと────確かに誰かがやってきた。
何やら自転車を漕いでいる模様。格好もサイクリングウェアにヘルメット。反射がすごいサングラスをかけていて、服の露出部から見える肌は褐色……ん?
何だろう、すごく既視感。それもかなり嫌な方の。
まさかだが、あの人じゃないよな? どの道会うことにはなるとはいえ、それがこの辺境で遭遇するなんて……!
「え、閃理。もしかしてあの人……」
「その認識で間違ってはいない。彼女の趣味はサイクリングだからな」
恐る恐る訊ねてみたら思ってた通りの回答が。うわぁ……マジかよ。そんな奇跡いらねぇ。
そうこうしている間にもその人はこっちに向かってやってくる。
「ん!? あの車は……。まさか!」
一気に漕ぐスピードを上げ、猛烈に接近するチャリンコ……否、マウンテンバイク。
そしてそのまま駐車場へ入って俺たちの前へドリフトしながらブレーキ。鉄板のようなコンクリ地面に黒い線を描いた。
「まさかこんなところで会えるとはね……。炎熱の聖癖剣士」
「うわぁ……本当にこの人だった」
ヘルメットを取って茶色のショートヘアを晒し、さらにサングラスも外せばお世辞にも良くない目つきが俺に再びガンを飛ばす。
はい。全くの予想通りでした。やってきたのは先月に初めて出会って早々に喧嘩をふっかけてきた剣士。
「この天気だから近隣にいるのではないかと薄々思っていたが案の定だったな」
「閃理さん、ご無沙汰してます。まさかこんな田舎で会うとは思ってもいませんでした」
俺とは打って変わって閃理には敬語だ。まぁ上位剣士だしそりゃそうか。
閃理は
「せ、閃理~。何でこの人が来るって教えてくれなかったわけ? ちょっと苦手なんだけどこの人」
「確かに気にくわない相手にはすぐ喧嘩腰になる彼女に苦手意識を持つのも無理はないが、どうにか克服して欲しいからな、いつまでも距離を置かれてはこちらとしても困る」
本人に聞かれぬよう閃理を引っ張って、ひそひそと耳打ちする。
どうやら俺と日向との仲を少しでも改善させるためにあえて出会わせるよう待たせたらしい。
うーむ、これは流石に余計なお世話と言わざるを得まい。そもそもあっちから振ってきた喧嘩? だし、俺は被害者なんだけどなぁ。
「何コソコソしてんのよ。私に聞かれちゃいけない話でもしてるわけ?」
「それはそうだけど。どうせ何言っても怒るだろうから……」
「なっ……! あんた、私をどう思ってるわけ!?」
「え、初対面で理由も明かさず喧嘩ふっかけてくる人……」
当然である。いや、流石にオブラートには包むべきだったかなぁと言ってから反省しておく。
だって俺が素直なイメージを口にした途端、日向の浅黒い顔は真っ赤になったのだから。
ああー、これは殴られるか? 一瞬身構えるけど、この状況を第三者が制止にかかる。
「落ち着け日向。すぐ頭が沸騰して冷静さを維持出来ないのはお前の短所だ。そして焔衣。お前もわざわざ人を怒らせるようなことを口にするんじゃない」
「う、すみません……」
「ごめん。流石に今の発言は無遠慮過ぎたって思ってる」
迫り来ようとする日向の進行方向に立ちふさがり、喧嘩の仲裁に閃理は入ってくれた。
これにより冷静さを取り戻す日向はやっと落ち着いてくれる。俺も少し怒られたけど。
ふぅ、でもやっぱりこの人と一緒にいるといつ喧嘩になるかも分からなくて落ち着けない。さっさとサイクリングに戻ってくれないかな。
「ところで日向、お前はこの後どうするつもりだ。まだサイクリングを続けるのか?」
「あ、いえ。私は支部に帰る途中だったんです。ここに来たのもただの近道だったので」
「そうか。なら丁度良い。実は俺たちも諸事情あって一度支部に戻らなくてはいけなくてな。折角だから乗っていくか?」
「え゛っ」
ちょ──せ、閃理!? なんでそんな残酷な提案を!?
あまりにも突拍子のない発言に俺は変な声を出して驚いてしまう。
日向を車に乗せる!? ってことはしばらくあの人と一緒に過ごさなければならないってわけか!?
正直言って嫌だ。とてもじゃないけど一緒にはいられない。横で睨まれながら生活するのはきついって。
この提案を本人はどう受け取るのか。俺的には否定してほしいと願っているけど……。
「……分かりました。ではお言葉に甘えて支部まで乗せていってもらえれば」
「えぇっ!? い、いやぁ……それはちょっと──」
しかし現実は思い通りにはならない。日向、まさかの同行を承認してしまうの巻。
マジかよ……。それはあまりにもご遠慮願いたさ過ぎる。つい口に出してしまうほどに。
「何、文句あるわけ? じゃああんたが炎天下で自転車乗ってここから何県も先にある支部に行く? やるなら自転車貸すけど?」
「それはそれで嫌だな……」
日射は平気だけど、自転車だけで支部に行くのは無理があるだろ。それをこの人は何度もやってるんだろうけど。
くそぉ……感傷に耽った直後にこんなことになるとは。これはきっとメイディさんに出会ったという奇跡の
とはいえ文句を言っても決まった以上は仕方がない。ここは素直に受け入れよう。
日向のマウンテンバイクを車内へ持ち運ぶ手伝いをしてからようやく俺も拠点へと入る。
メルがつけたのであろう空調が効いていて寒いくらいだ。後で調節しに行かないとな。
「俺は運転をするから後は任せる。日向、焔衣と一緒にいるからとはいえ、くれぐれも問題のある行動はするなよ」
「それくらい分かってますよ。……焔衣兼人、あんたこそ私が嫌いだからって変なことしないでよね」
「わざわざそんな身を滅ぼすようなことはしないよ……」
むしろ釘を刺されたとはいえ閃理の目の届かない場所で何かしらされそうで怖いんだよなぁ……。ていうか何故フルネーム呼び?
まぁそれは別にいいか。とりあえず一刻も早く離れるためにもホールに行くべきだろう。
会話も何も無いまま通路を渡り、ホールを隔てる扉を開ける────
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「え…………」
と、ホールに入ってすぐの場所には畏まった様子で深々と頭を下げるメイディさんがお出迎えしてくれていた。
正直びっくりした。そんなメイド喫茶に行けば嫌ほど耳にするであろうワードを由緒正しい本物のメイドさんが言うんだから。
「ご、ごしゅじ……!? あんた、まさかそんなことを無理矢理言わせてるわけ!?」
「そんなわけないから! この人は──えっと……」
この登場と誤解させるような言い方のせいで日向はわなわなと震えながら俺に詰問してくる。
それはそれとして、この人にメイディさんのことを言って良いものなのかな。
ちょっとそこを悩んでしまうけど、すぐにそれは解消されることとなるが。
「申し遅れました。私は本日より行動部隊第一班のメイドとして務めさせていただくことになっておりますメイディ・サーベリアと申します。以後、お見知り置きを」
「メイディ……って、もしかして噂に聞く始まりの聖癖剣士!? 何でここにいん──じゃなくて、いるんですか!?」
メイディさんは俺と再会した時と同じく、スカートの端を摘んで低く頭を下げて、丁寧に自己紹介をして身分を証明する。
対する日向だが、どうやら始まりの聖癖剣士のことは噂程度には知っていたらしい。
メイディさんの名前を聞いてか、怒りの震えは畏れの形に変わり、乱雑な口調までも改めるまでさせる。
そこまで態度を変えさせるほどの人なのか、メイディさんは。
思えば閃理も基本的に敬語でいるし、聖癖剣士とっては本当に別次元の存在なんだろうなぁ。
……だが、ここで俺の視界はいきなり床へと向かされる。後頭部から力ずくで押し込まれるような感じで強制的に。
「ぐぅうェッ! な、何!?」
「す、すみませんッ! もしかして
何故こうなったかはすぐに理解する。日向が俺の頭を掴んでそのまま無理矢理お辞儀させたんだ。
叫ぶほどではないが、かなりの握力で頭を掴んでくる。ぬ、抜け出せない……!
どうやらメイディさんのご主人様呼び方を俺が強要させているのだと勘違いさせてしまったらしい。
当然そのようなことはしていない。本人曰く契約後はそう呼ぶのが当たり前だとのことだ。
というか俺自身慣れない呼ばれ方だからむず痒く思ってるくらいだしな。
正直勝手な思い込みで謝罪を強制されたことは納得いかないが、ちらっと横目で見れば一緒に頭を下げてくれていた。
お互いにお互いのことを良く思ってないにも関わらず、謝罪に付き合ってくれるくらいの気構えはあるんだな。意外な一面を合間見た。
まぁ状況が状況だから、浮いた行動であることに代わりはないんだけども。
「何か勘違いをされているようですが、私は兼人様の専属メイドです。焔衣家に仕える者として次のご主人様をそう呼ぶのは当然だと思うのですが」
「へ? せ、専属……?」
「はい。ですので私のご主人様に対し、無礼を働く行為は慎んでいただきたく願います」
笑顔のままだが、その声色には若干の脅しのような暗さを感じさせる。
これにはせっかちな日向も顔を青くさせてしまう。
まさか自分の行いが逆に失礼になっているとは思わないだろうからな。予想もしない反撃に困惑しているのがよく分かる。
「う……。すみません、でした……」
「ご理解いただけて何よりです。ご主人様、お怪我はありませんでしたでしょうか?」
「怪我って大げさな……。別にそこまで強く掴まれてはないですよ。ただいきなりだったんで驚かされましたけど」
俺の頭からそっと震える手を離し、やっと解放されて頭が一気に軽くなる。
この日向という人物はどうにも目上の人にはかなり従順な傾向があるっぽいな。
閃理は勿論心盛さんや頼才さんの前じゃ素直になる一方で、俺みたいなのには排他的な態度を取る──まるで舎弟みたいな人だ。
にしてもメイディさん、今のは流石にちょっと怖かったぞ……。俺も少し威圧されてしまったような気もしないでもない。
「ではご主人様。契約書類等のご用意が済みましたので、応接間の方までお越しください」
「あ、はい。じゃあ俺はこれで……」
例の契約書も用意し終えたみたいだから、そそくさと離れるように応接間へと向かう。
ほぼ茫然自失の日向。始まりの聖癖剣士にかけられた威圧が効いてるんだろうな。
これで少しは俺に対する態度も丸くなってくれればいいんだけど……流石に高望みはしすぎか。
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