第三十三癖『新手の剣士、ぴょんぴょんうさぎ』
「えーっと、人参ジャガイモ玉ねぎ……めっちゃあるな」
野菜を取り扱うコーナーにて俺は第二班分の買い物も同時並行で行っている。流石に料理上手な舞々子さんが考える買い物なだけあって、その量はめちゃくちゃ多い。
多分二週間分くらいじゃないかな。本当に様々な食材を買うつもりのようだ。
「ふむ……それにしてもまだかな。凍原の予想時間はとっくに過ぎて、もうすぐ五分になるぞ。これ、大丈夫だよな……?」
それはそれとして俺は若干不安になっていた。何せ暇つぶしにやった賭けで俺が指定した時間はもう残り一分にまで迫っている。このままでは俺が幻狼にお菓子を買ってやらねばならない。
一体どうしたというんだ、封印の聖癖剣士。メルはそこまで手こずらせる相手なのか? 勝手に賭けてる以上文句は言えないけど、早く帰ってきてくれ~!
内心猛烈に祈りながら刻一刻と迫るタイムオーバーの危機に怯えていると、それは不意に現れた。
「そこの赤毛のあなた。ちょっと良いですか?」
「へ、俺……?」
背後から唐突に髪色で呼びかけてきた謎の声。もちろん聞いたことはない。女の人の声だが……はて、何者だ?
「あぁ、やっぱり! とうとう出会えました! やはり大型のショッピングモールじゃ探すのに時間がかかりますね。いやはや、無事に出会えたのはまさに奇跡でしょう!」
振り返ってみると、そこにいた一人の女性。大体二十歳前後か? 膝下まで隠れるロングコートとそこから覗く網タイツの脚、そしてめちゃくちゃ目立つウサミミ付きカチューシャ。すげぇファッションだな。
結論から言って誰? それしか思い浮かばないんだけど。ってか俺のこと探してたのか?
「えっと……どちら様で?」
「まぁまぁ、私のことはお気になさらず! それよりどうですか? 少し人気のないところまでご一緒に……」
えぇ、なにこれ。逆ナン? そうだとしたら人生初の経験にはなるだろうけど、何だろう……この怪しさは。
本当にただの逆ナンなのだろうか。いやーでも正直言って不審極まりない。というか完全に不審者だ。
「申し訳ないんですけど人を待ってるので一緒に行くわけには行かないんで。それじゃ」
「ちょ……、ちょいちょいちょいちょい! 女の人に逆ナンされて嬉しくないんですか!? 男の人は大抵こう言われたらホイホイ着いてくはずなのに!」
「いやあんたの中の男性像ってどうなってんだ」
あー、こりゃ大変だ。たいへん厄介な人物であった。春先は変質者が増えるとは言うが、まさか早々に出会うことになるとは素直に思わなかった。
初対面の人にこんなこと思うのも失礼かもだがバカなのか? 世の男が全員逆ナンされてホイホイ着いてくほど単純じゃないんだが。
ましてや相手が普段着にウサミミ付けてる如何にも怪しい格好の女だったならば、まず嬉しいとかの感情よりも困惑とか怪訝な表情を浮かべるわ。
「とにかく私と来てください! 大丈夫です。これは逆ナンではありますが別にカツアゲとか怪しい宗教の勧誘が目的ではありませんから!」
「や・め・ろ~~~! 名前も目的も教えないような奴に普通着いてはいかないんだぞ!」
怪しいウサミミ女は強硬手段に出てきやがった。俺の袖を引っ張って無理矢理にでもどこかへ連れ去ろうとするが、当然それに抵抗する。
しかしこれ周りからどう見られてるんだろうか……。さっきもメルの件でじろじろ見られてたわけだし、なんか今日体裁的な意味でツイてねぇなぁ……。
これ以上袖を引っ張られると服が駄目にされそうだ。致し方がないがここは俺も少し強引な手に出る!
「いい加減しつこい! ホント誰なんだよあんたは。これ以上騒ぐなら警察呼ぶぞ!」
掴んでくる手を乱暴に振り払って、やっとあの女と距離を取る。
こっからはマジだぜ。さらにしつこくするようなら、警察や店の警備員に相談しなければならない。得体の知れないこいつは一体何が目的なんだ?
対してウサミミ女、俺への逆ナン攻撃はこれ以上は意味をなさないと悟ったか、距離をわずかに取ったまま黙りこくっている。
だがしばらくの無言を決め込んだあと、おもむろにウサミミ女はコートの隙間からある物を取り出す。それを見て俺は驚きを隠せなかった。
「くぬぬ……第一プランは失敗。なら第二プランに移るまで。人目も多いですがやむを得ません!」
【
「なっ……! 聖癖剣!?」
まさかこいつ────聖癖剣士!? じゃあ俺を狙うのはまさか、闇の剣士だからか……!?
奴が正体を明かしたことでその手に持つのが剣だと分かるやいなや、周囲からざわめきが起きる。
「あれ、剣? 本物?」
「撮影か何かか? でもカメラはどこだ?」
「本物だったらヤバくね? 警察呼んだ方がいいんじゃ……」
「……一般人の方々を傷つけるわけにはいきませんが、邪魔になるのもいけません。少しだけ静かになってもらいます!」
【悪癖リード・『昏睡』『感覚共有』! 悪癖二種! 悪癖縫合撃!】
周囲の野次馬を一瞥したウサミミ女は、懐に忍ばせていた聖癖章を剣にリード。その音声、やはり闇側の聖癖剣!
瞬間、群衆に向けて振り払われた剣から薄水色の煙が噴射。あっという間に拡散したそれは、脅威を察して逃げまどう人々に襲いかかる。
そして無抵抗のままに人々は倒れていった。それだけじゃねぇ、煙に当てられてない人も次々と同じように倒れていく!
一体何をした……? くそっ、そもそも何でこのタイミングで!
「あんた……自分が何したのか分かってんのか!」
「ご安心ください。闇の剣士は無関係な人を傷つけてはいけないという戒律があります。一般人の皆さんには少しだけ眠ってもらっただけですので問題はありません」
「ふざけんなよ! そういう問題じゃねぇんだ! 他人は傷つかないからこんなことしても良いと思ってんのか!? 結局巻き込んでることに変わりはないだろ!」
こればっかりは流石の俺でも怒る。組織の戒律が何だのは知らないが、結果的にやってることはテロと何ら変わりない。
俺だって光の聖癖剣協会に在籍する剣士だ。人を守るのが役目、平和に仇なす闇の剣士を打ち倒すのが使命!
こんな非常事態だ。閃理が気付かないはずはないだろうけど……今ここには俺しか戦える剣士はいない。
ああ、やってやるさ。闇の剣士の襲来くらい一人で退けてやる。今の俺なら出来るはずだ!
【
「闇の剣士! あんたを倒す!」
「それが
俺は
やはり組織を壊滅させかけた剣というのはそこそこ有名らしい。ウサミミ女は実物の
そして、相手も動く。ロングコートのチャックを全開にした瞬間、それを脱ぎ捨てて身分を明かし始めた。
「私は
高らかに名乗り、そして戦いを宣言するウサミミ女……もといラピット。脱ぎ捨てたロングコートの下をさらけ出したことで、真の
黒くぴっちりとした際どいハイレグに胸のぎりぎりまでを攻めたベアトップ。首元には付け襟と蝶ネクタイ、手首には聖癖章が付いたカフスと、ここまで言えば後は分かるだろう?
頭のウサミミカチューシャ、となれば尻に来るのは丸くて白いポンポン……ウサギの尻尾を模した装飾だ。
ああ、一目見てそれが何の服装で、そして何の性癖かを理解。この女は俗に言う『バニーガール』だ。服装まで聖癖に含まれてるのは初耳だぜ。
「こんなの痴女だろ……。なんだってバニーガールなんだ」
「痴女ではありません! これは
迫り来るラピットの刃。それに鍔迫り合いとなって接戦に望む。
しかし目のやり場に困るな。この女剣士の胸は少なからずあるため、動けばそれなりに揺れる。いつかポロリしそうでおちおち集中出来ん!
ぬぬぬ、メルの普段着や舞々子さんの悪い癖でそれなりにこういう情欲を煽る物事への耐性を培ってきたつもりだったが、新しい変態……もとい露出タイプはあんまり慣れないな。
今言った剣の能力を最大限に引き出すための装備っていう話も気になる。服装が剣の性能に影響するってことなのか? まぁこの考えは一旦横に置いておくけど。
「さっきから私の胸をチラチラ見ているのはバレていますよ! 逆ナンには引っかからなかったとはいえ、やはりあなたも殿方! このまま大人しく投降してくれれば好きなだけ見させてあげますよ!」
「おちょくって来やがって……! いくら敵とは言えそういう自分を大切にしない発言は止めとけ!」
大体そんな格好をするんだ。閃理が周りから独り言の激しい人間に見られるのを覚悟してるみたいに、あんたもそういう目で見られても良いって覚悟くらいしてるんだろ!
全くやりづらいな……。服装系の聖癖剣使いには気を付けなければ。
相手の挑発とかを食らいながらも俺とラピットの剣戟は続いていく。
ラピットの聖癖剣……確か【
少なくとも分かるのはこの女は剣士としては素人ではないこと。最低でも凍原や幻狼と同等以上かもしれない。
まだ二人に勝てたことのない今の俺が戦って勝てるのかと言えば怪しいところ。尚更気をつけて行くべきだ。
「あんた、さっきクラウディ直属って言ってたな。そりゃ一体どういうことだ? 俺の記憶じゃ今はディザストの補佐に就いてるって聞いてるけど」
「私に勝てば教えてあげますよ! あるいは大人しく投降していただくのでも結構です!」
「そう簡単に目的なんか教えてくれるはずねぇか!」
状況整理ついでにラピットに問うが、返事は想像通りだ。
もっとも襲撃の目的は大方予想出来ている。どうせクラウディが俺を拉致してこいとかそういう感じのことを言ったんだろう。
当然大人しく従うわけにはいかない。こいつを倒して逆にクラウディをおびき出すための人質になってもらうぞ!
【聖癖開示・『ツンデレ』! 熱する聖癖!】
「
俺は聖癖開示攻撃を発動。
こういう屋内の、それも燃えやすい物が無数にあるような場所で火の塊をぶつけるなんてしたら火事になっちまう。威力はずいぶんと落ちるが安全性は随一なこの技で攻める!
粒子状の炎を纏った
ひょいっとかわされたが、それくらい予想範囲内。これは俺が遠隔操作する技だから、方向転換して今度は後ろから襲いかかる!
「あちちちちちち! 火傷になって痕になったらどう責任取るんですか!? あっちゅー!?」
「闇の剣士のことなんか知るか! つーか俺は二度三度そっちに殺されそうになってるんだから、これでおじゃんになったと思うなよ!」
火の粉の中でラピットは熱さに悶えている。でもやっぱり威力はほとんど無いようなものか。所詮牽制用の技だな。
うーむ、俺が使える技は高威力な物が多いものの、逆に言うと敵に決定打を与えられる最小限の威力を持った技がマジで少ない。あと司っている属性が炎熱なだけに周囲に気をつけなければ二次被害が起こる。
決まれば一瞬で勝負がつくであろう技も、敵もろともショッピングモールに大ダメージだ。聖癖で守られてるわけじゃないから慎重に気をつけて行かなければ。
「あつつつつ……! よくもやってくれましたね。ここからは私のターンですよ!」
効果時間が切れて散り散りになって消える火の粉。熱による微細なダメージはあるだろうけど、やはり決定打にはほど遠い。
そして今度はラピットの攻撃だ。もちろん簡単に食らってやる気はない。逃げるか迎撃の準備はしておくぜ。
【悪癖開示・『バニー』! 跳ね飛ぶ悪癖!】
「ぴょんぴょん
「何だそのネーミング!?」
今何て言った!? ぴょんぴょん!?
あっちも同じく開示攻撃を仕掛けてきた……のだが、その時に叫んだ技名らしき素っ頓狂な言葉におったまげた。ぴょんぴょんって……。
……はっ、いや待て! そんなことに気を取られてる暇はないって! ってか敵はも俺の目前に──
「てあああっ──!!」
「おご……ッ!?」
瞬間、俺の腹部を狙ってラピットのドロップキックが決まる。ぐりぃ……っと身体の内側から変な音が鳴ったのが聞こえてしまった。
そのまま吹っ飛ばされた俺は、葉野菜を展示しているコーナーへ突っ込んでしまう。
キャベツや白菜などの葉物野菜を潰しながらド派手に衝突。だが幸いにも野菜がクッションになってくれたようで、服が野菜の汁にまみれてしまったがダメージは思いの外無い。
でもキック自体の攻撃は流石に効いた。あんなふざけた名前のくせになんつー威力……。聖癖剣の補助が無かったら間違いなく骨は粉微塵に砕かれているだろうし、内臓もやられてたかも。
「ぐ……っ、いってぇ……!」
「降参しますか? いえ、むしろしてください。実は私、あなたをあんまり傷つけちゃいけないって縛りの下に戦っているんです。どうかこの通り、無益な争いは避けましょう」
「争いの種を蒔いたのはどっちだっ……、こんにゃろぉ……!」
改めて投降を促されるけど、そんな誘いに乗るわけないに決まってるだろ。
スゥ──……と荒い息を鎮めるように深呼吸。沢山の野菜を潰してしまったせいで周囲の匂いは青臭くて正直良くはない。
でも嗅ぎ慣れた匂いは逆に心を落ち着かせられる。現に俺はその匂いで落ち着きを取り戻していた。
冷静になれよ、俺。この際野菜とかの商品に与えてしまった被害は省みないことにするぞ。
奴を倒すには行動を制限されない場所が必要だ。ここじゃ棚や展示品が邪魔になってそう簡単に動けない。もっともラピットは気にしてなさそうだが。
「ラピッド……、だったか? お前の誘いに乗るつもりはないけど、場所変えないか? ここじゃ周りの物が邪魔で本気で戦えねぇ」
「私はラピットです! そしてその提案はお断りします! この場所があなたの自由を制限するのであれば、むしろ好都合! このまま死なない程度に痛めつけてお持ち帰りするだけですよ!」
ちっ、そう返してくるか。どうやら奴はここで戦うことのメリットをよ~く理解してるみたいだ。
俺が出してしまう被害を最小限に留めるには本気を出さないのが一番簡単な方法。だから奴は俺の道徳心を読んで
ならば────残る手は一つ。俺とて邪道を選ぶっていう気持ちはあるんだぜ?
「へっ、そうかい。でも! 悪いが俺はあんたの好きにさせるほど素直な人間じゃないんでな!」
【聖癖リード・『褐色』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】
そう言うと俺は聖癖章をリード。そして解放される権能を使って俺は現在地から高速で移動し、食料品コーナーを脱した。
今し方使ったのはメルの聖癖剣から作られた『褐色聖癖章』。こいつは雷の力を宿すだけじゃなく、速さの権能も込められている。
故に自分に使えばスピードを上げることが可能……。さぁ、振り切るぜ!
「なっ……! 逃げるなぁぁ!」
これにはラピットも一瞬遅れて俺の後を追い始める。ははは、このスピードに付いてこれるかな?
この間も俺は騒ぎに触発されて逃げ惑う人々や障害物を避けながらある場所へと向かう。そこでなら俺も本気で戦えるはずだ!
確か行きはこっちだったから、元の道を通れば行き着くはず。そして程なくしてショッピングモールの出入り口にたどり着いた。
ここを出れば目的の地はすぐそこ。慌てずに自動ドアを通って──上を見る!
【聖癖リード・『触手』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】
今度は『触手聖癖章』をリードし、壁に向かって剣を振るった。
剣先からはタコのような吸盤の付いた触手が伸びて店の壁に吸着。そのまま俺の身体を引き寄せるように巻き取ってクライミングする。
目指すべき場所は屋上! 人も遮蔽物もないそこでなら自由に戦えるはず!
「と、到着~! あいつは来てるのか……?」
何とかたどり着くことに成功し、少しだけ安堵のため息を吐く。勢いで何とかなったとはいえ流石に垂直の壁を上るのは補助ありでもきついわ。
一応来た道を覗いて来ているかを確認。うん、まだ大丈夫そうだ。
店内を疾走してた際の感じから、おそらく奴はスピードを上げるタイプの聖癖は無い。俺を捜して店内をうろついてるかも。
そうなりゃあとは閃理らに任せられる。事態を察した三人によって取り押さえられ、事態は万事解決。勿論閃理らが動いていたらの話だが。
一番の問題は相手の目的が俺であるということ。奴を振り切って
実力も第二班新人組と同等以上と考えれば、真っ正面から戦えば負ける可能性がかなり高い。
じゃあどうすればいい? いや、手は一つある。こんな状況でも舞うぞ! 奴がここを見つけるまでに剣舞で自分にバフをかける!
暢気に思われるかもしれないが、俺は本気だ。舞々子さんの時だって剣舞をしたお陰で一瞬だけとはいえ戦いを有利に進めることが出来たんだ。
剣舞の力は本物。ならやる以外に勝てる道はない。さぁ、やるぞ!
「すぐに見つけてくれるなよ。せめて一回は踊り切らせてくれよな!」
そして剣舞を舞う。時間も惜しいから少しだけペースを上げる。
突然の強襲、闇の剣士ラピットの目的は俺自身──。いきなり始まったこの戦い、決して負けるわけにはいかない。どうにか切り抜けてみせるぜ……!
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