第三十二癖『忍び寄る、闇の気配』

 翌日。俺と幻狼の試合は滞りなく行われた。試合の一部始終を割愛せずに教えてやろう。


「くっ、幻狼! お前昨日はそんな動きしてなかったよな!? まさかもう剣舞を身につけたのか?」

「焔衣さんレベルではないですが……それでも多少は覚えましたよ。この戦いも勝ってみせます!」


 俺は開始前に裏で剣舞を二回ほど舞ってから試合に臨んだ。剣舞バフが重複するかどうかは知らないけど攻撃性能と速さ、そして剣技の補正の強化を得て挑んだ試合だが、それでも幻狼とはようやく互角の戦いまでに食らいつけているくらいだ。


 とはいえ前回舞々子さんに一瞬とはいえ対等に渡り合えたなら当人より格下である幻狼には勝つ──あるいは優位に立てるはずなのだ。


 でも幻狼も俺から剣舞を学んだ以上、それを生かさないなんてことはない。あっちも俺と同じく剣舞をしてから俺と戦っているんだ。


「幻狼くん、その調子よ! 攻めに積極的になれてる。そのまま行きなさい!」


「はいっ! やあああああっ!」

「ぬおっ!?」


 オーディエンスからの指示で幻狼は一気に攻めてくる。昨日は幻影で姿を眩ませながら不意打ちを中心に行うスタイルだったのが、打って変わって今日は一転して能力不使用の速攻攻撃スタイルへと変貌。


 剣舞を覚えて戦うことに自信が付いたのか、まるで別人と相手している気分だ。


「やるな! でも負けっぱなしじゃいられないんだよ俺もォ!」


 だからと言って不満だとかを抱いているわけじゃない。昨日より強いのなら相手にとって不足はないし、何なら今日一回も幻影攻撃してきてないから逆に戦いやすい。

 今回こそ勝ち星を取る! 剣舞歴一日の相手に負けられねぇからな!


 ……という感じで試合は進み、互角のまま勝負は拮抗。最終的にタイムオーバーで試合は終了することに。

 外野四人による審議が結果を左右する。どっちが勝つのか──結果は……。


「厳粛な判断により、勝者“幻影の聖癖剣士”狐野幻狼!」

「やったぁ!」

「あああああああ! またかよぉぉぉぉ!?」


 判定負けしたのは結局俺だというわけさ。悔しいが幻狼の攻めに対し俺はあんまり動けなかったのは認めざるを得ないことよ。仕方なかったってやつだ。残念。


 これにて班合同新人剣士による模擬試合は全行程を終えた。二日に渡る激戦を潜り抜けて得られたものは中々に大きいと思っている。


 まず剣舞の真意を掴めた。今後のトレーニングが強化されることは間違いない。凍原と幻狼も同じくで、次からは二人も舞の練度を上げてより強くなることだろう。


 さらに第二班の戦い方を学べた。事実上の同期二人ともう一人の上位剣士である舞々子さんの戦法、そして能力。三人の戦い方は俺に変化をもたらす切っ掛けになるかもしれん。


 総じて有意義な時間だったと確信を持てる。わざわざ俺のために来てくれた第二班には改めて感謝をしないとな。






「それじゃあ模擬試合も終わったことですし、解散する前にみんなでお買い物に行くのはどうでしょう?」

「買い物?」


 試合後、舞々子さんが唐突に提案してきた言葉の意味に俺は反射的に第一班の冷蔵庫の中身を思い出す。


 ほわんほわんつんでれ~、とすぐに内容物を脳内に投影。肉類は在庫有り、野菜は足りない、米も無くなってきてたような。パンも無いし切れかかってる調味料やその他日用品の補充優先度を考えると──


「賛成! すぐにでも行きましょう! 足りない物が増えてきてたところです。近くにスーパーがあるなら寄りたいですね」

「ふふふ、そうこなくっちゃ! 閃理くんもメルちゃんも、焔衣くんばかりに家事を任せたりするのは駄目ですよ~」

「ぐっ……。それはすまない。苦手なことはどうしても苦手でな……」

「アーアー、聞こえなーイ」


 図星に背中から刺される二人はさておき、俺らは仲良く車を走らせて近くの大型ショッピングモールへと移動。どうしてだだっ広い田舎にはデカい店があるのだろうか。誰しもがそう疑問に思ったことはなくもないだろう?


 そんな些細な疑問は置いといて日用品は閃理と幻狼と凍原が担当し、食料品の買い出しに舞々子さんと俺、そしてメルの三人が行く。

 俺だって家事を任されている身だ。いくら財布を握ってるとはいえ子供みたいにおもちゃだのお菓子だのを勝手に買おうとなんかしな────


「焔衣、これ買っテ」

「駄目。戻してきなさい」


 考えてる側からメルはどっからか持ってきた大量のお菓子をお構いなしと言わんばかりにカートの中にぶち込んでくる。あのさぁ……。

 一個か二個ならまだ目を瞑ってやるつもりだったが、目視で数を把握出来ないくらいの量を持ってくるんじゃないよ。


「そうよメルちゃん。どうせ二日と持たずに全部食べちゃうでしょ? 身体に悪いし、太っちゃうわよ」

「メル太りにくい体質だもン! 摂ったCalorieカロリー以上の運動毎日してるもン! だからお願イ! じゃなきゃI will Stayここにいるもん!」


 あーもうなんたるワガママ! メル、おまえ歳いくつだよ! 少なくとも俺より年上だろ!

 いい歳して駄々こねるもんじゃないぞ。ああもう周りの目が痛い……。これが子を持つ親の気持ちか。この若さで二度も知るとは思わんかった。


「二つだ! 買っていいお菓子は二つまで! 大体メルは食い過ぎなんだよ。食った分どこに行ってんだ」

BustおっぱいHipお尻Brain!」

「英語なら大声でそんなこと言っていいわけないからな!?」


 そんな高々に言っても周りに迷惑なだけだろ! これが海外出身の駄々っ子か!

 誰かー、誰かこの子のご両親を連れてきてくれー。躾がなってなさ過ぎて後輩と上司がめちゃくちゃ困らされてますよー。


 このままでは埒が明かない。くそう、こうなったらやるしかない。舞々子さんにまた迷惑を掛けてしまうが、今この状況をすぐに鎮圧させることが出来るのはこの人しかいないからな。


「舞々子さん。ちょっと耳を貸してください」

「あらあら、内緒話? …………ふむふむ。うーん、この状況を何とかするにはそれしかないかもしれないわね。分かったわ、オーケーよ」


 よし、許可は取れた。後はこのを床に座り込んで不動を守っているメルに叩きつけて、それを相手が飲み込めたら万事解決だ。


「メル。このお菓子がそんなに買いたいんだな?」

「うン。どーしても駄目?」

「本当はな。でも一つ条件がある。それをクリアしたら買ってやっても良い。出来るか?」

「……! ホント!? やル! Condition条件、何!?」


 よし、条件付きというのでもきちんと食いついてきた。あとは内容を伝えて、それを了承──そしてこてんぱんに打ちのめされてくれれば完璧だ。


「舞々子さんに試合で勝てたらだ。一試合十分間でやって、舞々子さんに一回も封印されずに最後までやれたら買ってやる。どうだ?」

「ウッ、舞々子と試合……?」


 突きつけた条件とは、昨日俺がやった試合をメルにもやらせるということだ。

 俺より戦った回数が多いであろうメルでさえも、この条件を提示した瞬間顔が若干引き吊った。やっぱそれくらいさせる相手なんだなぁ、舞々子さんは。


 それはそれとして、この圧倒的不利な条件ならば大人しくお菓子を戻すか、あるいは無謀に挑んで敗北するかの実質二択になる。ふふふ、我ながら良い感じに意地悪な条件だと思うぜ。


「駄目ならいいんだぞ~? お菓子は諦めて二つにすれば戦わなくて済むんだし。ここは無茶しない方が良いと思うんだけどなぁ~?」


 わざとらしい言葉で惑わしながら返事を待つ。さぁ、どう出る雷の聖癖剣士。己の矜持のために挑むか、尊厳の陵辱を回避するために逃げるか。

 数十秒もの長い沈黙を経て、ついに決定するメルの回答。それは────


「……分かっタ。メル、戦う。舞々子、メルといざジンジョーにBattle勝負!」

「えぇ……。本気かよ」


 マジですかいな……。あろうことかメルは封印のリスクを被ってまでお菓子の方を選択しやがった。

 そこまでして食べたいのか、メラニー・ライトニング(本名)。俺もドン引き……とまではいかないけど流石にどうかしてるとは思う。


「メルちゃんの本気さが伝わってきたわ。ただし私も本気で行かせてもらうわ。私が勝ったらお菓子は戻して、今日のご飯は何が出ても我慢して食べること。それでいいわね」

「うン。メル、負けなイ。このBattle試合、絶対勝ツ!」

「たかがお菓子にどうしてそこまで本気になれるんだ……」


 俺にはあんまり理解出来ない何かがメルの中にはあるんだろうなぁ……。マジでイヤイヤ期の子供をそのまま大人にしたみたいな感じだ。

 舞々子さんもメルの気迫でまた戦いのスイッチ入りかけてるし、俺が撒いた種とはいえもう止めることは出来まい。


「すぐやル! 舞々子、着いてきテ! 絶対勝ってお菓子買ウ!」

「あらららら、戻るのは良いけどちょっと待って。焔衣くん、これ二班の買い物リスト。すぐ戻ると思うけど、出来れば集めておいてほしいの。それじゃあああ……そんなに強く引っ張らなくても逃げませんよぉ……!」


「行っちゃった……」


 そしてメルに引きずられながらあっという間に人混みに紛れて姿を消す舞々子さん。あーあ、どうなることやら。

 さて、連行される直前に渡されたメモ用紙。それに書かれてる内容に軽く目を通しながら俺は買い物に戻るとしよう。


 別に心配はしてないよ。だって舞々子さんだぜ? おまけにさっきすぐ戻るってさりげなく勝利宣言してるあたり、負けるなんて可能性はほぼ無いだろうし、大丈夫でしょ。


 このお菓子の山もとりあえず保留。まぁ結果は決まりきってるけど一応な。

 んじゃ、俺は舞々子さんたちが帰ってくるまで二つの班分の買い物を済ませるとしよう。ああ、大船に乗ったつもりでいてくれ。完璧に買い物をしてやるぜ。


 ふむ……でもただ待つだけなのもつまらないな。よし、ここは一つ賭けてみっか。

 俺は早速スマホを使って別階で日用品を集めている幻狼宛ににメッセージを送信。内容は当然──



 俺:〈幻狼へ。色々あって舞々子さんがメルとバトっていないから、暇つぶしに賭けでもして遊んでみないか? 指定した数字から一分過ぎる度にお菓子を一つ買って、一番数字の近い人にそれをあげるって感じで〉



 んー……でも基本真面目しかいないしな、第二班。突っ込まれてそれで終わりな気もするけど、どうなることやら。

 そしてものの数秒で返信が。どれ、内容は……。



 幻狼:〈なんで戦ってるんですか!? 喧嘩ですか!?〉



 ははは、案の定な返答だ。そりゃ混乱するわな。なぜ自分のところのリーダーが別班のメンバーと戦うことになったのか分かるわけないだろうし。


 当然俺は優しいのでこうなった経緯を説明。それを踏まえて、もう一度賭けに乗るかどうかを訊ねる。



 俺:〈メルが大量のお菓子を買えって駄々こねたから、舞々子さんに勝てたら買うって言ったらすぐに戦いに行った。もう一回聞くけど、誤差一分につきお菓子一つな。俺は五分で帰ってくるに賭けるぜ〉



 こう送信。またまた数秒で返信。てか返してくるの異様に早いな。



 幻狼:〈七分。凍原さんは三分だそうです〉



「凍原もやるのかよ!」


 これは意外な闖入者だ。まさか一番賭けに乗らなそうなやつが参入するとは思わず、つい声を出して驚いてしまった。

 だがそれはどう転がれども嬉しい誤算。ククク、凍原ァ……三分は流石に攻めすぎな感じがするんじゃねぇかァ……?


 よぉーし、じゃ今からスタートだ。タイミング良く時計の針も十二時の三十分丁度を指したところだ。こっから計測開始だぜ。


 五分五分五分! ファイブミニッツ! 信じてるぜ舞々子さん。五分きっかしで帰ってくれば俺は幻狼と凍原からお菓子を二つずつが手に入る。


 あーあ、結果が楽しみだな! 何のお菓子買ってもらおっかなァ! ……え、捕らぬ狸の皮算用? 知らないことわざですね。











「……ふぅ。車内泊をするとは思わなかったけど、何とか目的地にはたどり着けたね。ここに焔衣くんがいるのかぁ……楽しみだなぁ」


 車を走らせること半日と数時間。私はようやく目的の地へとたどり着く。うん、長い旅だったけど案外悪くはなかったね。


 不幸にもカーナビの不調で自分の居場所が分からなくなったというハプニングが起きたけれど、携帯越しに部下が逐一情報を教えてくれたおかげで付近の大型ショッピングモールに到着。


 駐車場の適当な位置に車を停め、部下との合流──の前に軽くストレッチだ。こう何時間も座ってると腰が痛くなるものでね。


 う~ん、年老いたつもりはないけど、如何せん自分の身体を労りたくなるお年頃。なるべく身体に負荷を掛ける真似はしたくないんだよねぇ……。


「クラウディ様! お待ちしておりました!」

「やぁ。直に会うのは久しぶりなのに相変わらずだね、君は」


 そんな中でどこからか嗅ぎ付けてきたのか、例の部下がいきなり空から降って現れた。まぁ別に驚くことはない。彼女にとってこれが普通の登場というか、拘りみたいなものだからさ。


 具体的な説明は避けるけど特徴的なカチューシャを付けたロングコートの女の子。その傍らに提げる聖癖剣……うん、確かに私の部下だ。


「この“跳躍の聖癖剣士”『妲徒ラピット』、必ずや炎熱の聖癖剣士を倒し、クラウディ様へ貢献を──」

「倒さなくてもいいから。むしろ殺すようなことをしたら許さない。ついでにディザストくんももっと怒るよ」

「ひっ……し、失礼しました! 無礼な物言いをお許しください!」


 彼女──『妲徒ラピット』というコードネームを賜った聖癖剣士のやや物騒な物言いに、少しばかりムッと来てしまった。ついきつく睨んで威圧してしまう。


 礼儀は正しいが如何せん元気過ぎるから空回りしがちなんだけど、そこが彼女の短所でありかわいいところ。そんな彼女に私から挽回のチャンスもあげるのさ。


「それじゃあ任務を言い渡すね。君には炎熱の聖癖剣士と戦って私の下に連れてきてもらうよ。ただし彼の今後の剣士生活に支障をきたさない程度に痛めつけることは許すけど、殺すのは間違ってもしないこと。いいね?」

「えっと、一つご質問しても良いでしょうか?」


 任務の全容を伝えると、ラピットは何やら疑問を抱いたみたいだ。別に難しいことは言わなかったとは思うんだけど……まぁ当然浮かんだ問いに真摯に答えるのが上司ってものだよ。


「任務の内容からして、もしかして常々聞き及んでいた炎熱の聖癖剣士を仲間に引き入れるつもりだという話は本当なのですか? 組織内でもそこそこ噂になっているのですが……」

「ああ、そのことね。それは本当だよ。実は私、彼に一目惚れしちゃってねぇ。あの強さはきっと今後の活動に役に立つと思うんだ。うん、まぁそんな訳だからあんまり傷付けないようにね?」


 う~ん、やっぱりかぁ。一体どこからその話が漏れたのかは分からないけど、どうやら私の思惑は周囲に伝わってたみたいだ。


 正直言うとこの話は組織的にはあんまり良いとは言えない考えなんだよね。何せ肝心の焔衣くんはすでに光側の人間。招き入れることはそれ即ちスパイを堂々侵入させるのと同じことになる。


 それを理解していてもなお、私は彼を仲間にしたいと考えている。第三剣士権限ならその辺りは上手く誤魔化せるし、別にいいかなって。


「クラウディ様の一目惚れ……ふむふむ、やはり一度瀕死にまで追い込ませたほどですから強いんでしょうね。ですか心配には及びません! 私とて剣士二年目。あちらとは違って実践や訓練の経験は豊富! 負けるはずがありません!」

「それフラグって言うんだけど知ってる?」


 なんだか急に心配になって来たなぁ……。う~ん、色々と不安を感じるけれども意気揚々と向かうラピットを見送って、私は車にもたれ掛かる。


 何であれ上手くやってくれればそれでいいや。最低限拉致だけでもしてもらえば十分だしね。


 それじゃあ私はどこか適当な場所で静かに待ってるよ。

 うん、これで準備は揃った。焔衣くんが彼女ラピッド相手にどこまでやれるか見物だねぇ。ふふふ……!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る