第三十一癖『剣を以て友となり、戦友となる』

「ふっ、はっ! ぬうぅぅ……せいッ!」


 ハプニングがあったが、俺は無事に本日の夜練に励めている。昼間に学んだことや舞々子さんからのアドバイスで掴んだヒントを元に、またまた焔の剣舞を練習中である。


 俺の焔神えんじんの封印は解かれていたから良かったものの、綺麗に剣舞を舞うには聖癖剣による補助は欠かせない。よって聖癖の力でコーティングされた場内でなければ火事の原因になってしまう。


 でも俺は今もきちんと炎を放出させながら剣舞を行っている。さて問題。俺はどこで踊っているのでしょーか? ヒントは屋内です。

 間髪入れずに答え合わせ。正解は第二班のアジトの運動場でしたー。


 閃理との会話の後、話を聞いていた幻狼が使っても良いよと許してくれたんだ。さっすが先輩だぜ、話が分かる。


「といといとい……っと、ここで──フィニッシュ!」

「わぁ……! こうして改めて見ると綺麗な踊りですね。ちょっと感動しました」


 剣舞を踊りきると、パチパチパチと拍手の音が。普段は誰にも見られることなくやってるから、何だかこういうのは新鮮だな。

 幻狼が側で俺の剣舞を見てくれていた。よせやい、まだ完璧じゃないんだからそう言われると恥ずかしいって。


「先代の剣士が考えて色んな時に踊ってたらしいぜ、この踊り。宴会の催しとか戦う前だとか──それに、これやるとすげぇやる気出てくるんだ。まだ剣が無いと上手く踊れないんだけどさ」


 課題はそこだな。今言った通り剣無しじゃ踊るに厳しい箇所がいくつもある。実際マスターの前で踊った時に失敗したのも椅子にぶつかっただけじゃなく、難易度の高いパートに入った時に起きたことだし。


 だからと言って補助聖癖剣無しで練習っても体力や運動神経が足りないから踊りきれない。生憎にも負のスパイラルに陥っていた。

 このままでは駄目なのは明白。もっと基礎的な部分から鍛えないとな……。


「ところで何描いてるんだ?」

「え、えへへ。ちょっと趣味で……」


 俺が自分自身に不足している要素に悩んでいる最中、幻狼はというとスケッチブックで何か絵を描いている。

 というか俺の剣舞を見ながら描いていた。こう……人の趣味をやたらに知りたがるのは無粋なことだと理解してるけど、やっぱ気になるよなぁ。


「……え!? それ描いたの? めっちゃ上手くね?」

「へ、変じゃないですか……?」


 ちらっと覗き見てみたら、剣を鷲掴む不死鳥と火を纏ったトカゲらしき生き物の様子が描かれていた。ラフ絵だとは思うけどめちゃめちゃ上手くないか? 俺が踊ってる間に描いたのか、これ?


「これ俺? 不死鳥て……」

「恥ずかしいんですけど、確かにそうです。踊ってる感じはそういうイメージが湧いたのでつい絵に描き起こしてしまいました。下のはサラマンダーで、なんというか……仮想敵みたいな」


 何故か人間の姿でないことは一旦さておき、仮想敵が……サラマンダー。そう言われるとトカゲというよりかはドラゴンに寄せているようにも感じられる。


 ドラゴン、龍……龍の聖癖剣士……! むぅ、ただの偶然とは分かっていてもあの鎧姿の剣士と交えた戦いの記憶が脳裏に過ぎる。

 俺が目指し、そして乗り越えなければならない最大の障害。閃理や舞々子さんよりも強いと言わしめるほどの相手に俺は勝たなければいけない。


 それが剣士になった理由の一つ。不変の絶対的目標。ちっ、あんまり良くないことを思い出してしまった。


「…………」

「ほ、焔衣さん……? もしかして僕の絵、気に触るようなことを描いちゃったりしてましたか……? だとすればごめんなさい! これは捨てておくので……」

「え? ……あ、いやいやいや! そんなことないって。その絵スゲー上手いよ。よく俺が踊ってる間に描けたもんだぜ、ほんと! ああああ破くな破くなァ!」


 と、なんかいきなり幻狼が謝ってきて、一瞬困惑したけどすぐに理由が分かった。

 あの時の戦いを思い出してしまったせいで、俺の表情がすごいきつい顔になってたんだ。おまけにその顔のまま絵を見てたせいで勘違いさせてしまったわけだ。


 これは悪いことしちまったな。素直に幻狼の絵はすごいと思ってるし、モチーフが俺なのだとすればめちゃくちゃ嬉しいよ。思い違いさせてしまった俺が悪いわ。


「ちょっとその絵、見せて貰ってもいいか?」

「あ、はい。どうぞ。あんまり出来は良い方ではないですけど……」


 絵を破り捨てようとする幻狼をなんとか宥めつつ、スケッチブックを借りて改めて鑑賞してみる。

 俺をイメージしてるらしい不死鳥が炎の中で剣を振って、下から襲いかかろうとしてくるサラマンダーを退治しようとしている構図。


 なんだかアレだな、ラフ絵なのに下のサラマンダーが放つ炎が禍々しく見える。俺がディザストのこと考えたせいで意識し過ぎてるだけかもしれんが。


「このサラマンダー、なんか悪いイメージを思い浮かばさるんだけど、もしかして龍の聖癖剣士とかモチーフにしてたり?」

「え、よく分かりましたね。確かにそれは以前出会った時のことを意識して描いたものです。一目見ただけでそれを分かるなんて、焔衣さんは絵に心得みたいなのがあるんですか?」

「そういうのはないけど……やっぱりサラマンダーこいつはディザストなんだな……」


 ふと内心の疑問をぶつけてみたら、本当に求めていた答えが出てきた。

 そういえば第一班の前に第二班が接触してたって言ってたっけ。だとすれば普通に幻狼と凍原も一目くらいは見てたのかも。


 俺イメージの不死鳥とディザストイメージのサラマンダーの対峙という構図。偶然の選出だろうけど、いよいよ運命的な何かすらも感じてしまうぞ。


 もしこの絵の通りに俺とディザストがもう一度戦い合うようなことになれば、どちらに勝利の軍配が上がるかは目に見えている。

 今もどこかで俺を狙って戦う準備を整えていると思うと不安でいっぱいになるな。悪い結果にならなければいいけど。



「誰かいるんですか──って、きゃっ!? な、何なんですかこの熱さ!」


「ん? あ、凍原。ごめんごめん。ちょっと第二班の運動場借りてるんだ。きちんと後片付けはやるから許して」


 そんな時、運動場に新たな来訪者が。それは凍原青音のようで、どうやらここの灯りが点いてることに気付いて確認に来た模様。


 当然ながら剣を着火させて舞ってたから運動場の気温はバチクソに高い。勿論俺は平気だし、幻狼は『クーデレ聖癖章』の力で涼んでるから凍原だけ直に熱を食らったみたいだ。


「ああ、封田さんのせいで第一班そちらの運動場は機能停止中でしたね。その節はご迷惑をおかけしてしまい、申し訳ありません」

「別にいいって。俺も舞々子さんからアドバイスもらってやるべきことがはっきりしたし気にしてないよ。まぁ、また赤ちゃんプレイされるかと思ったけど」

「またですか!? その件についても代わってお詫びします。本当に申し訳ありませんでした……」


 二度謝られたところで凍原も俺の焔の剣舞について興味がありげだったっぽかったので、またまた俺は舞を披露することに。

 フフフ、珍しくお客さんが二人も──立場上俺が客だが──いるんだ。見たけりゃ見せてやるさ、魂の踊り! 見ろやこの剣舞ゥ!


 炎をいつもよりサービスした火炎放射盛りで放出しつつ、1パート分を舞いきった。ふふーん、流石に慣れるものよ。剣ありきならまだまだ踊れるぜ。


「すごい……! 噂には耳にしていましたが、これがマスターも唸らせる剣舞なのですね。改めて拝むことが出来て感激です……!」

「え、そんなに噂になるもんなのか、この踊り」

「噂も何も、そもそも焔神えんじんの再発見ということ事態が有名ですよ。あなたの名前はすでに全支部に伝わってますし、剣舞に至っては元老院の面々が揃ってもう一度見たいと明言していた程です。むしろ何故知らないんですか!?」


 ええ、知らなかったそんなこと……。そんな興奮気味に言わなくても。

 焔神えんじんの前の持ち主が歴代最強に名を連ねるほどの人物だったのは知ってるけど、まさか俺の名前まで広まってるとは思わなかった。


 うーん、実感が沸かない。何せ今凍原が教えてくれるまでほとんど知らなかったんだし、当然といえばそうなんだけど。


「封田さんとの戦いでも、踊った後に動きが変化していたのも知っています。あの剣舞にはどのような秘密があるのですか? もしよろしければ、教えていただきたいのですが」

「そ、それ僕も知りたいな……。少し言いづらいんですけど、僕らにもその踊りって教えて貰うこと出来ませんか……?」

「ちょ、近いって……」


 そして寄って来られてからのこの申し出。二人はどうやら俺の剣舞を学びたいらしい。


 ふむ……悩ましいな。この剣舞は焔神えんじんを介して俺がこの世に再び甦らせたものの、先代が誰にも継承することなく終わらせることを選択したものだ。だからこれを教えたら即ち先代の意に反してしまうのでは?


 だが先代とは面識など無い。そもそも所在が未だ知れないし、現在は八十歳越えてるわけだから今も生きてるとも限らないわけだ。

 なら別に良いのでは? 俺だけ知ってる秘密の裏技という特権は無くなってしまうが、二人は強くなれるし交友関係を結ぶことが出来る。悪いことは無いのでは?


 ん~、でもただ教えるのもアレだし、ちょっと意地悪してみるか。


「う~~ん、どーしよっかな~~? 先代が秘密にしてた踊りだもんな~~? これ教えていいものなのかな~~?」


 僅かばかりの悪戯心で剣舞の踊り方を勿体ぶってみる。無論二人には教えるつもりだし、これは二人がどんな反応をするかを見るちょっとした好奇心によるものだ。

 

「そんな……駄目、ですか? 僕らだって強くなりたいのに……」

「いえ、狐野さん。よく考えれば私たちのやっていることは少々出過ぎた真似であることに変わりはありません。一度は失われた技術を前に目が眩んでいるのかもしれません。そこは疑う余地もない事実だと思います」


 幻狼は案の定悲しい顔を浮かべるが、一方の凍原は自分らがしていることを浅ましい行為だと認める発言をする。

 もうこの時点で罪悪感があるけど、凍原の主張はまだ続きそうだ。もう少し様子を伺う。


「……ですが、焔衣さん。私たちは剣士として技術の向上を目指しているのは事実ですし、それが歴代最強の剣士が考案した踊りで効果も実証されているのであれば是非とも取得したいのです。今すぐにとは言いません。いつかの未来でも構いません。私たちに強くなる秘訣を教えてください。お願いします……!」

「ぼ、僕からももう一度お願いします! 僕らに剣舞のやり方を教えてください!」


 そして揃って頭を下げてきた。同時に二人が剣士として本気で成長しようとしていることを知る。

 俺だって勿論二人が遊びで剣士やってるわけじゃないことは知っている。一応は先輩なわけだし、実際勝てないし。


 そんな二人が後輩の俺に頭を下げて焔の剣舞を学びたいと来た。ちょっとした好奇心と悪戯心で失礼なことをさせてしまったと反省をしておかなければなるまい。


「……ごめん、二人とも。今のは流石に悪戯が過ぎてた。もう頭下げなくてもいいから。顔、上げて」


 俺はまず二人に対する謝罪を言う。この言葉に凍原と幻狼は顔を上げた。

 こればっかりは駄目だな。マスターにも仲良くしろって言われてるのに頭下げさせるなんて意に反してる。なんなら俺自身、そこまで求めちゃいない行為だしな。


「勿論二人にも教えるよ、焔の剣舞。さっき意地悪して勿体ぶったフリしてごめんな。大体俺は運動場使わせて貰ってる側なわけだし、対等な交換条件ってのも無いと不公平だしな」


 この言葉で二人の表情はぱあっと明るくなる。そんなに剣舞を知りたかったのか、第二班新人組。

 まぁ一瞬とはいえ舞々子さんと対等になれた実演がある以上、知りたくなるのも分からないわけでもないが。


「……! あ、ありがとうございます、焔衣さん!」

「頼んでおいて言うのも何なのですが本当に良いんですか? もしかして炎熱の聖癖剣士を継いだ者にしか教えられない秘伝の剣舞だとかでは……?」

「うーん、別に良いんじゃない? 俺先代に会ったことないし、そもそも居場所も今生きてるかどうかさえも分かんないし」


 やっぱそういう不安が凍原にはあったのだろう。一子相伝的なシステムで継がれてきたものだと思っていたようだ。

 実際は焔神えんじんを介して先代の戦いの記憶を読むという通常の聖癖剣では成し得ない特殊な方法で得た技術なわけだが。


 ともあれ二人には新たに焔の剣舞を継いで貰おうじゃないか! 時間? 何言ってんだ。明日になれば俺たちは解散するんだぞ。今から教えるに決まってるじゃん。


「じゃあ教えるぜ。まぁ後で動画送るけど──その前に! 一つ条件だ」

「じょ、条件……?」


 ああ、そうだ。でも安心しろって。そんなに躊躇わせるようなものを要求するつもりはないさ。

 俺が突きつける条件。凍原と幻狼も息を飲んで行く末を見守る。その内容は────


「……俺と友達になってくれ。同じ組織の剣士同士っていう間柄で終わらせるんじゃなくてさ、今後ともずっと仲良くいられるようにしてくれたら嬉しい。どう?」


 紳士的に差し出した右手。そう、俺が求める条件は友達になるということだ。さ、これに二班の二人はどう出る……?

 一瞬お互いを見やった二人。そしてほどなくして笑いを堪える声が聞こえた。


「ぷっ、ふふふふふ……! おかしい人です、本当に。そんなの当たり前じゃないですか」

「うん、僕も焔衣さんと友達になりたい。僕も焔衣さんの前なら人見知りしないかもだし、仲良くなりたいと思います」


 凍原が笑うところ初めて見た。俺の言ってることそんなに変だったか? そこはちょっと不可解だけど、まぁ肯定的な感じだし良いか。

 幻狼は俺の右手を握ってきてハンドシェイクをする。何だ、こうして慣れれば案外フレンドリーじゃん。仲良くやってけそうだ。


 勿論凍原にも長めに握手をしておきつつ、ここで俺たちの新たな友情が育まれた。やっぱり友達ってのは良いな。


 俺が学生時代に後悔したことは、修学旅行もだけどやっぱり友達と言えるやつらをあんまり作らなかったことだ。龍美の時の様に失って傷つきたくないと思っていた節があったからだ。


 でも、それは間違いだったと今になって思う。俺が本当に取るべきだった行動は卑屈になることじゃなくて、今みたいに堂々と学生をやることだったんだ。


「よーし、じゃあ早速やるぞ! まずは始まりの部分、剣を振り回しながら身体を捻る動作ー!」

「いきなりですか!? もっとこう、順序が……」

「あー、ないない。俺も突然マスターに披露するってなった時、頭の中の記憶を頼りにぶっつけ本番でやったんだぜ? 失敗したけど」

「最後の一言が余計すぎる……」


 俺はもう後悔しないって決めてるからな。俺が自分から手放した青春のそれらを僅かでも取り戻す。

 龍美の分までしっかり楽しんどかなきゃ報われないだろう? 俺も龍美あいつも人生の半分損してるんだから。


 俺が教える焔の剣舞の伝授は日付が変わるまで続く。慣れた俺でもクタクタになるほど疲れ切ったもんよ。

 ベッドに入れば泥のように眠りにつくことが出来た。翌日は俺もろとも凍原と幻狼も寝過ごしたことはあえて言うまい。











 本日のレポートを書き終え、俺の就寝時間が近付いた頃。俺は医務室から帰ってきていない舞々子のことを思い出した。

 そういえば二十時前に焔衣を起こしに行くと言ったきり帰って来ず、結局幻狼に行かせて連れてきて貰ったんだ。確か『睡眠聖癖章』で眠らせたそうだから、朝までは起きないだろう。


 ふむ……このまま寝かせてやってもいいのだが、如何せん心配だ。どうせ布団など被っていまい。せめて暖かく出来る場所に連れて行くべきだろう。


 俺は早足で医務室に足を運ぶと、そこには案の定舞々子がベッドの上で眠っていた。薄手のシーツが一枚かけられているのは、おそらく幻狼か焔衣の優しさだろうな。


「舞々子。起きてるか」

「う~ん…………野菜はきちんと切って……」

「夢の中でも家事しているのか。全く、相変わらずだな」


 軽く揺らして起きてるかを確認すると何ともチープな寝言が鳴った。舞々子のことだから常に誰かのために行動しているのは夢の世界でも同じ模様。


 そういうところは俺も大変好ましいと思っている。だが、たまには自分のために身体を休められればいいんだがな……。


 俺は近くのイスを引いて、しばらく舞々子の寝顔を見る。長い睫毛と若々しい肌、整った鼻筋に厚めの唇……いつ見ても日本人離れした美しく妖艶な顔だ。


 俺と初めて出会った時から変わらない美貌を今日まで維持しているのは本人の影の努力によるものだと知っている。その上で日本一の剣士という称号を手にしているのだがら、本当に尊敬出来る。


「お前が居なければ、きっと俺は剣士を辞めていた。お前に支えられたから今の俺がいる。十年経った今も一日たりともそのことを忘れたことはない。ありがとう、舞々子」


 気付けば俺は舞々子の手を取り、その甲に口づけをしながら過去の思い出を振り返っていた。我ながらキザな真似をするものだ。

 こんなところ、メルや焔衣たちには見せられないな。後から恥ずかしさがこみ上げてきたのは言うまでもない。


 とりあえず舞々子は本人の自室まで運ぶことにする。やはり医務室でそのまま寝かせるのはいけないと思った。それだけだ。


「メル。すまんが玄関の扉を開けてくれないか?」

「ヤダ」

「何故だ……」


 理明わからせが案の定ダイニングルームにメルがいることは教えてくれているため、俺は扉の前で声をかける。

 だが返答はたった二文字での拒否。カップラーメンの出来上がりを待つ間にでも出来る簡単な仕事だろうに。


「やっぱり舞々子抱いてタ。メル、空気読めル。ヒニンしろヨ」

「語弊を招く言い方は止めろ! 俺は舞々子を二班へ帰しに行くだけだ。そのような不純な行為をするほど不満ではない!」

「なんか焦ってル。怪シー」


 僅かに開けた扉から半目で見やるんじゃない、メル。笑えない冗談でからかってくれるな……。


 確かに俺と舞々子がそういう関係性になったことが無いわけではないが、それも昔の話だ。今はきちんと一人の友人として健全な関係を保っているつもりだ。


 メルに頼ることは出来ないと証明されてしまった以上、俺だけでやるしかない。後で焔衣に野菜多めの食事を作るよう頼んでおくとして、一人で複数もの扉の開閉という高難度ミッションをこなさなくては。


 何とか扉を開けて外へと出る。春も半ばにさしかかろうとするこの時期でも、まだうっすらと肌寒い。長居は俺にとっても舞々子にとってもよろしいことではない。早々に二班の車へと移動する。



【──林の向こうにこっちを見てる人がいるよぉ】



 その時だ。理明わからせからの情報提供が脳裏に送られる。瞬間、俺は車の前から向こうの茂みに目をやっていた。


「何者だ!?」


 思わず何者かに向けて誰何していた。舞々子を起こさぬよう気を使って声を控えめにしたものの、それでも届いたのか気配はそのままフェードアウトしていった。


 動物……ではあるまい。現に理明わからせだと言った。まさか闇の聖癖剣使いだろうか?

 可能性としては最も高いだろう。つい先日、ディザストが仕込んだ追跡装置ドラゴンを始末したばかり。もう見つかられてもおかしくはない。


 おそらく逃げられただろうが念のためにあとで見回りをしておくべきだな。警戒は常に強めておくべきだ。


「ん……」

「む、すまん。今部屋に戻してやるからもう少し待っていてくれ」


 ふと舞々子が寒さに身を震わせたことに気付き、俺は急いで第二班の車の中へと入った。いくら上位剣士とはいえ女性。身体を冷やしてはいけない。


 二班の主の自室へ到着。鍵はないため簡単に中へ入れる。

 俺とは違って整理整頓はお手の物、と言ったところか。どこを見渡しても汚いところは見あたらない。悔しいが俺も見習わなければ。


 ベッドに寝かせて布団を被せ、最後におやすみの意味を込めた口づけを額にして俺は舞々子の部屋から出る。

 ふぅ……やはり俺は彼女に相当な未練が残っているらしい。我ながら情けない話だ。これでは一班の責任者としての立場がない。


 自虐しながら俺は自分の部屋に戻るために二班の拠点から出ようとする──そんな時、また理明わからせがあることを教えてくれる。



【──運動場で焔衣のお兄さんと凍原のお姉さんと幻狼くんが踊ってるよぉ】


「踊り?」


 どういうことだ? 別にめでたいことがあったわけではないのに。というか何故二班の二人も一緒なんだ。

 運動場か……様子の確認ついでにちょいとばかり覗きに行ってみるとしよう。


 内部の造りは基本的に一班のものと同じなため、迷わず二班の運動場へと到着。

 そこへ繋がる通路を通った時点であいつの声が聞こえてくる。勿論凍原と幻狼の声もだ。



「ここのパートはこうやってこうして……んでもってこうだ!」

「剣の補助ありでも案外難しいですね──って狐野さん、なんで出来るんですか?」

「え、そこまで難しくないと思うんですけど……」



「踊り……あいつ、焔の剣舞を教えているのか」


 まさかの光景だ。先代炎熱の聖癖剣士が考案し、そのまま絶えさせたはずの剣舞を焔衣自身が他の誰かに教授しているとは思わなかった。

 一瞬そのようなことをして良いのだろうかと思ってしまったが──継承者である焔衣本人が許しているなら気にしなくとも良いのかもしれない。


 それにしても、いくら剣を交えて交流を深めた間柄とはいえ、僅か一日であそこまで仲良くなれるものなのだろうか。

 俺の観点から見た凍原と幻狼は、そうすぐに友達を作れるような人物ではないはずなのだが……。



【──剣舞を教えて欲しいって持ちかけてきた二人に、教える代わりに友達になろうって焔衣のお兄さんが言ったみたいだよっ】



「そうか、焔衣が……。やはり俺の知らないところではみんな成長しているんだな。ああ、寝る前に良い物を見ることが出来た」


 何と例えるのが良いんだろうな……親心というのもまた違う、仲間の成長ぶりに感動してしまっている俺がいる。


 友という存在は生涯の宝だ。それをいとも簡単に作ってしまう焔衣自身の才能とも言うべきか、もしかすればあいつは剣士という人生を歩むことで本来あるべき姿に戻っているのかもしれない。


 そして、その力に当てられた二人もまた、新たに手に入れた二つの力剣舞と友でより強くなれるだろう。上司として嬉しくないはずはない。


「ああ、ここも長居は無用だ。俺が邪魔になってはいけない。俺は俺が今しなければならないことに手をつけることにしよう」



「あー違う違う。違うって凍原。そこの腕はもう少し高く……あ」

「ひゃっ……!? あ、いえ今のは何でもありません! ちょっと触られて驚いただけです。本当ですから!」

「おとと、そりゃ失敬。あんまり人に教えるとか説明するとか苦手だからさ、ちょっと分かりづらいのはごめんて。幻狼は俺のへたくそな説明でも出来るのすげぇよな……」

「そうですか? 普通にわかりやすいと思うんですけど」

「何故なのですか……」


 ぎゃあぎゃあと騒がしくなってきたな。ふふふ、三人の秘密特訓は知らないふりをしておくさ。無粋な真似はしないのが大人がするべき正しい振る舞いだからな。


 さて、俺は例の監視者を探すことにしよう。夜も深夜に突入する一歩手前だが、さして問題はない。

 この安寧を脅かそうとする者に容赦はしない。覚悟しておけ、闇の聖癖剣使いよ。

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