第百二十六癖『捜査の要請、波乱の始まり』

 集合場所として指定された会議室へと駆け足で向かう途中、別の通路から他の剣士と合流してしまう。


「やぁ、珍しい組み合わせの三人じゃないか」

「絵之本さん! ……と幻狼。本当に支部に居る時は一緒なんだな」

「えへへ……」


 たまたま出くわしたのは支部の変わり者代表の絵之本さん。その傍らには幻狼が付いて走っていた。


 そういえば幻狼は支部にいるとこの人と一緒にいることが多いんだっけか。まさか会議後も一緒とは思わなかったけど。


「描人! あなたまた舞々子のとこの剣士連れ回してるの? いくらお気に入りだからといって変なこと教えてるんじゃないでしょうね!?」

「心外だな。僕に芸術以外の何が教えられるって言うんだ。他にあるとすれば精々確定申告のやり方くらいだぞ」

「それはそれで有り難すぎるな……」


 あら、もしかしてだけど頼才さんと絵之本さんってあんまり仲良くない……?


 今のやりとりで俺は直感的にそう思う。だって急ぎの移動中にそんなことで言い合うもんだから、ちょっとその辺訝るのもわけないよな。


 しかし意外な特技も垣間見えた中、隣を走る純騎が補足をしてくれる。


「口喧嘩は多いですけどあれでも二人は結構仲良しなんですよ。朝とか頼才さんが起こしに行ってるらしいですし」

「それマジ? 通い妻ってやつ? 何て言うか意外」

「そこ二人! 変な誤解を生むような内緒話をするならタダ働きにさせるわよ!?」


 おっ、ヤバいヤバい。俺たちのひそひそ話に錬金術士様がお怒りだ。

 別に仲が良いならどうこうは言わないって。険悪よりかはマシだしな。


「それはともかく通達の内容が事実であれば支部の剣士が数名派遣されることだろう。もしそうであれば今回も僕が先行したいところだ」

「あなた最近どうしたの? やけに積極的じゃない」

「ああ、今回は特にやる気に満ち満ちているよ。このチャンス、みすみす逃すわけにはいかないからね」


 緊張をほぐすための軽い冗談を言っていたら、絵之本さんがこれからの動きについて推測、及び参加の意思を見せていた。


 またしてもやる気十分と言った様子。頼才さんの反応を見る限り普段は芸術以外に積極的な人間ではないことが分かる。


 今回は一体何に興味をそそられているのか……こっちから訊かずともそれを教えてくれた。


「今回の目標物である死逢しあわせは組織が選ぶ最も美しい聖癖剣の一つに数えられる代物でね、以前から一度現物を拝みたいと思っていたんだ。それが日本にやって来たのだから僕が行かない理由は無いだろう?」

「やっぱり……。まぁやる気があるだけマシね」


 まぁそんなんだろうとは思ってたよ、俺も。

 どうやら今回の件にも芸術を見出したのが動機であるようだ。


 にしても死逢しあわせが最も美しい聖癖剣、か。確かにその話は分からないでもない。


 俺の感性でも画像で見た瞬間綺麗だなって思えたくらいだ。実物を目の当たりにしたら目を奪われてしまうかもな。


 ただしそれが死を司る最悪の権能を宿す危険物であることを知っているから、綺麗以上の感情を突き動かされることはないと思うけれど。


 そうこう話ながら進んでいくと会議室に到着。頼才さんが先行して入って行く。


「失礼するわ! 今度は特権課からの要請なんでしょ? 一体何が起きたのか誰か説明して!」


 入室早々状況説明を求める大声を出しながら扉を大雑把に開ける頼才さん。

 この人って結構雑だなぁと心の中で気付きつつ、俺たちもそれに続く。


「来たか。なんだ、随分と珍しい組み合わせだな」

「ええ、ちょっと焔衣と純騎には私の手伝いをね。描人と幻狼は途中で出くわしただけよ」


 俺たちの登場に真っ先に反応してくれたのは閃理。

 絵之本さんからも同じようなことを言われたけど、それくらい似合わない組み合わせなのだろうか? まぁ別にいいけど。


 会議室に集まっていたのは上位剣士が全員とメルや朝鳥さんといった面々。大体総人数の半分くらいって感じだな。


 それはそうと状況説明。メールに書かれていた内容……特権課からの捜査協力の要請とは一体何なのか。


「本来なら全員集まってから話すべきなんだろうが時間も惜しい。実は聖癖剣を使った強盗殺人事件が発生したようなんだ」

「ごっ、強盗殺人!?」

「ひえぇ……」


 すでに情報を聞き終えている閃理は俺たちに説明をしてくれるのだが、その内容に俺と幻狼は震え上がってしまう。


 聖癖剣で強盗殺人! ま、マジすか!? それもう一線越えちゃってるじゃん!


 以前戦った具召ぐしょうの剣士でも傷害と窃盗だってのに今回はガチ重罪とかヤバ過ぎる。流石にビビるってそんなの!


「それが本当ならかなり不味い状況じゃない? 私たちはどうするの?」

「廻警部が支部長と対談中だ。どうやら俺たちの目標が絡んでいる可能性があるようでな、おそらく協力要請は了承され、今後は共同で任務に当たるだろう」


 頼才さんからの更なる問いに閃理は結論を出す。

 どうやら今は特権課が直接支部に来て支部長と話し合っているところらしい。


 理明わからせ伝いに会話を盗み聞きしているんだろう。強盗殺人事件に死逢しあわせの存在が関わっていると知っているのはそこからの筋っぽい。


 しかしそれが事実なら剣はすでに剣士の手に渡ってしまったということになる。


 可能性として考えてはいたけどまさか間に合わなかったとはな……。しかも犠牲者まで出ているのは剣士として不覚と言わざるを得ない。


 それを止めることが出来なかったという悔しい気持ちが込み上がるが、過ぎたことを後悔し続けるわけにもいかない。


 犠牲となった人のためにも俺たちが剣を回収して仇を取るべきだ。

 それが今出来る犠牲者への手向け。最善手のはずである。



「お、遅れたーッ! ごめん、待った!?」

「今日は随分と忙しくない!? 色んな所を往復してる気がするんだけど?」



 犠牲者へ向けて心の中で黙祷していたら、会議室の扉がまたもや無造作に開かれた。


 やって来たのは響他数名。残りの剣士たちが今到着したらしい。

 他の皆にも閃理がさっきの話をざっくり説明。大げさに驚かれたのは言うまでも無い。


 ともあれこれで再び全員が集まり、そして情報の共有も済んだ。残るは支部長と特権課となる。

 お互いの状況はそれなりに逼迫してるわけだし、そう長々と話す時間は無いと思うんだが────


「全員集まっていますか? 集まっているなら結構。今後の動きについて新たに説明しなければならないことが増えましたので、全員席に着いてください」


 色々考え始めた瞬間、扉を開けて支部長が戻ってきた。噂をすればなんとやらだな。


 支部長が入ると続けて見覚えのある人が入室。特権課からの使者、廻警部である。

 一ヶ月近く経ってもそのくたびれたイメージは相変わらずの模様。きちんと休んでるのかな?


 そんなことを密かに考えていたら、何故かアルヴィナさんとゾーヤさんも一緒に入って来たぞ?

 確かに支部長と行動してたわけだし、居合わせたとしてもおかしくないが……ちょっと不思議だ。


 それはそうと言われたとおりに適当な席へと座り、傍聴の姿勢を取る。

 特権課からの干渉によって俺たち協会側の動きに修正を加えるらしい。ふむ、ということは……?


「初めて会う方もいるので改めてご紹介します。こちらは特殊権能現象処理課、通称“特権課”の責任者を務める廻裁綺めぐり さばきさんです」

「ご紹介に預かりました廻裁綺と申します。存在は知っている方もいらっしゃると思いますが、我々特権課は協会の支援の下、警視庁が運用している特殊組織です。以後お見知りおきを」


 支部長の説明の後、本人による自己紹介が始まる。

 以前聞いていた通り特権課は二つの組織が協力し合って運用している部署のようだ。


 しかし支部長と廻警部の発言を鑑みるに部署の存在は認知していても実際に会ったことがある人は少数派なんだろう。


 この自己紹介が何よりの証拠。全員が一度でも会っていればここまで改まった挨拶にはならないはずだろうしな。


「それでは早速本題に入ります。本日十時頃、聖癖剣を使用したとされる強盗殺人事件が発生しました。警察官数名を含む十数名が犠牲となり、犯人の行方は現在も不明のまま。被害者の死因も分からず終い……被害は甚大と言わざるを得ません」


「ええぇ、それマジのやつじゃん……」

「想像以上の内容ですね。まさか警察関係者まで犠牲になっているとは……」


 挨拶もそこそこに廻警部による今回の協力要請の理由について説明が始まる。


 淡々と語られる詳細に案の定ざわつく会議室。

 あらかじめ何の事件が起きたのかを聞いてはいても、詳しく説明をされてしまえば困惑するか。


 俺だって驚きだ。まさか一般の人だけじゃなく警察の人までもが犠牲者になっているんだからな。

 そして何となくだが分かる。この事件に用いられた凶器を。


「我々が持つ情報をロシアの支部から来たお二人の話と照らし合わせた結果、現場や遺体に残された痕跡から死逢しあわせの権能による犯行であると判明しました」


 使われた凶器──それはやはり死逢しあわせ。閃理が推測していた通りだな。

 聖癖剣らしき飛翔体の観測、ビルの爆発事故。そこで途絶えた剣の行方。


 その翌日……つまり今日起きた重大事件。これらの発生タイミングが明らかに合い過ぎている。

 むしろこれで無関係であることの方が変と言わざるを得ない。


 なるほどな。廻警部がロシア組と一緒に戻って来たのはただの偶然ではなく、情報の事実確認を取るためだったようだ。


「現状、我々特権課が持つ戦力では死の権能に太刀打ち出来ないと判断し、今回の捜査は協会との合同で行うことを決定致しました。警察の捜査に関わる任務となりますので、現場では基本的にこちらの指示に従うようお願い致します」


 先ほどまで行っていた対談で出した結論。光の聖癖剣協会と特権課の共同捜査をここにいる剣士たちに公表した。


 確かに特権課側から見れば未知の権能相手に優位に立てるだけでなく、知識もある協会側と手を組むのはメリットだらけだ。


 こっちとしても今以上の戦力を確保出来るだけでなく身柄確保=剣の回収だからまさに一石二鳥。

 利害の一致。それが共同捜査に踏み切った理由なんだろう。


「犯人の確保は聖癖剣の回収に直結すると考えられます。ですので特権課の指示をきちんと聞き、行動する際は決して迷惑を掛けるような行為は控えるよう心がけてください。いいですね?」


 廻警部からの説明に続き、支部長も俺たちへ向けて注意喚起する。


 ううむ……まぁそこまで釘を刺すのも当然か。

 相手は国家組織。下手に動いて機密にでも触れてしまったら味方でもお縄になるのが怖いところ。


 いくらグローバルな組織である聖癖剣協会と言えども国が取り仕切る組織とのトラブルは避けたいんだろう。至極当たり前だがその通りだな。


「早速ですがこの後、現場へと向かい聖癖剣を用いた捜査を行います。アルヴィナさんとゾーヤさん、そして閃理さんの三名はやっていただきたいことがありますので必ずご同行をお願いします」

「了解した」

「ああ」

「分かりました。最後までやり通してみせるわ」


 一通りの説明が終わると、今度は捜査に参加する剣士を決める。


 当然のように選ばれる閃理に加え、犯人=目標ということもありロシア組の二人が選出。

 この時点ですでに十聖剣使いが二名も編成されている。もう戦力オーバーだろ。


「ちなみにですが捜査に同行したいという方は他にいらっしゃいますでしょうか? 全員をお連れすることは難しいので併せて七名……残り四名なら問題ないはずです」


 最重要な戦力を確保したならば、次は同行者選びへ。人数制限は流石に合って当然だろう。


 本当なら多い方が良いだろうけど、やっぱり大所帯では指揮に影響が出るし、支部の守りを薄くするわけにもいかない。さて、俺はどうしたもんか……。


「廻警部、今回は僕も参加して構わないだろうか?」

「絵之本さんがですか……。まあ良いでしょう」

「何故そんな嫌そうな顔をするのか」


 会議室に来る前に話してた通り、最初の志願者として絵之本さんが手を上げた。


 廻警部がちょっと顔を歪ませたのは分からんでも無い。

 先月任意同行されたばっかりだしな。実力はともかく不信さは否めないんだろう。


「今回は私も行くわよ。こちとら死逢しあわせに対抗出来る道具を作らないといけないんだもの。現場には何かしらヒントになる物があるはず。構わないかしら?」

「勿論ですとも、百瀬さん。丁度お渡ししたい物もあるので是非こちらからお願いしたいです」

「僕と扱いがあまりにも違うくないかい?」


 次の志願者は頼才さん。やはり死逢しあわせを相手にする以上は直接現場に出向く方法フィールドワークを選択するか。


 扱いに不服そうな絵之本さんはともかく廻警部から意外な言葉が出た。

 この人が頼才さんに渡したい物があるというのは一体? というか二人はお互いに知り合いなのか?


 俺の知らないことがまだ多くある日本支部とその周辺だ。何がどう繋がっていてもおかしくは無いか。

 それから次々と志願者や指名者で空きは埋まっていき、およそ二分ほどで締め切った。


 協力者は最初の五人を含めると、警察というワードに興味津々な孕川さん、そして……俺。

 俺の選出理由はいつもの無理矢理である。


「それでは準備の時間を設けますので同行する剣士は準備を整えてください。身なりついては特権課の事務所に指定の制服をご用意しております。それに袖を通してから現場に向かいますので」


 疑問もそこそこに同行者の選出が終わると、廻警部は案内役として今後の流れについて説明する。


 まずは各々の準備を整えると、特権課の事務所──つまり警視庁に移動をして服装を変えるらしい。

 そりゃ警察の仕事にお邪魔するんだ。現場に普段着で乗り込めるわけないよな。


 ……ん? てか警視庁に移動? えーっと、それって今からなのか?


「す、すみません。質問いいですか?」

「どうぞ」

「今から移動ってことですよね? 確か現場は……」

「はい。今から特権課へ向かい、そこから現場の埼玉へ行きます」


 やっぱり聞き間違えなんかじゃなかったな……。

 現在地である日本支部の住所は東京であるものの、広い土地を確保するために都心から比較的離れた場所にある。


 俺の記憶が正しければここから警視庁までの距離は45km前後。車でおよそ二時間強の道のりだ。

 向こうで諸々の準備を終えたら今度は埼玉。現場は市内だから約一時間ほどかかる。


 現時刻は17時になるかならないかといったところだから、今から車で移動すると四時間もかかることになる。


 単純計算でも到着予定時刻は21時。おいおい、いくら都会でも夜中での活動は難しいんじゃないか?

 もしかして泊まりで捜査になるのだろうか? だとしたら面倒くさいな……。


「一応補足しますと現場まで車移動をするわけではありませんよ」

「え、そうなんですか。じゃあ電車とかで……?」

「特権課といえども経費を自由に使えるわけではありません。幸いにも協会側そちらには移動に自由な権能を所有しているではありませんか」

「そ、それってまさか……」


 俺の疑問の内容を察されてか廻警部は追加の説明を行ってくれる。

 別の方法を使って現場まで赴くようだけど……その言い方はなんか怪しいぞ!?


 協会側が持つ移動に便利な権能。ちょっと心当たりありすぎるな、その権能とやら。もしかしなくともあの人のことでは……?



「お察しの通り現場へは私の権能を用いて移動をしていただきます」



「うわびっくりした」


 すると突然会議室の扉が開かれ、その奥から当該の権能を持つ人物が乱入。

 勿論それはメイディさん。ロシア組の挨拶後から姿が見えてなかったけどどこに行ってたんだ?


死逢しあわせの権能による犠牲者が出たとあれば見過ごすことは出来ません。我々始まりの聖癖剣士は人類を守護する剣士にして剣。人に仇を成す愚かな剣に灸を据える必要があります」

「ありがとうございます。始まりの聖癖剣士からご協力を申し出ていただけるのは何とも心強い」


 何やら死逢しあわせに対しご立腹な感じのメイディさん。

 確かにこの人からの協力を得られれば勝ったも同然だけど、それって良いのかなぁ。


 始まりの聖癖剣士は協会の任務や闇側との対立に不干渉の姿勢でいるのが基本スタンス。

 だから今回の件に直接関わるのは流石にアウトなのでは? と俺は訝る。


「しかしながら直接の戦闘をすることは了承しかねます。私がお手伝いをさせていただくのは場所の移動や物資の配給といった後方面での支援に限らせていただきます」

「分かりました。しかしそれでも十二分な支援です。ご協力感謝します」


 だとのこと。やっぱり基本は後方支援に従事するらしい。


 まぁメイディさん一人で大体の事件は解決しかねないというリスクがある。俺たちの問題は俺たち自身で解決しないといけない。


 存在そのものがお助けキャラというかチートというか……何もかも規格外だもん。

 全部を頼ってしまったが最後、聖癖剣協会は存在する理由が消え失せてしまう。何なんだこの人。


「では改めて警視庁へ皆さんをお連れします。一般には公開されていない部署への移動となるだけでなく、聖癖剣に関する情報は全ての警察関係者が把握しているわけではないことも留意しつつ、私語は慎み怪しまれるような行動は控えるよう心がけてください」

「捜査に協力する剣士は準備を始めてください。他の剣士たちは居残りだからといって気を緩めないように」


 ということで準備の用意を始める俺たち。警察の本部に行くということもあって準備は念入りに行う。

 聖癖章とかの使える物を全部持ち、準備を終えると空間跳躍の渦へと入って行った。






 緊張の面持ちで渦を通り抜ければ、目と鼻の先には三角錐状の立派な建造物がそびえ立っていた。

 近くには石碑もあり、そこに書かれた文字からここが警視庁であることが分かる。


「はぁ~、本当に警視庁だ……」


 当然だが実物を見るのは初。高校の修学旅行で近くを通ったとは耳にしているけど、俺は不参加だったからこれが初見だ。


 こうして見ると結構大きい建物である。テレビで見るのとではやはり違うな。


「うおお、いつか行こうと思っていた警視庁にこんな形で入れるなんて!」

「先月連行されたばかりだから僕には全然興奮できるような要素は感じられないけどなぁ……」

「お静かにと言ったはずですよ。入庁許可は出ていますので、私に着いてきてください」


 警察庁の実物に興奮する孕川さんと、逆にゲンナリしているのは絵之本さん。抱く感想はやはり人それぞれのようだ。


 ちょっと騒いだことについて注意を受けつつ入庁。

 広いホールの中を廻警部の後を追って行くんだけど……やっぱり目立っているな。


 すれ違う警察関係者や観光客らしき人々がホール内を練り歩く俺たちを凝視しているのを直に感じる。

 まぁそれも仕方ない。何せアルヴィナさんとゾーヤさんのロシア人二人組に加え高身長の閃理。


 夏場でも全身を隠せるコート姿の頼才さん、無精で怪しい絵之本さんにメイド服姿のメイディさんだっている。


 こんな錚々そうそうたるメンバーの中で孕川さんと俺の二人が一番普通の見た目をしているんだ。

 こんなにもバラバラな一行を端から見たら、どういう集まりなんだと思われても反論出来ないなぁ。


 聖癖剣士の定めといえばそうなんだけど……何か複雑な気持ちだ。


「オフィスは警視庁の地下に存在しております。ですので階段を使い地下階へ移動します」


 色々考えていたら地下の階に続く階段前に到着。何やらここを降りるらしい。


 上の階にあるわけじゃないんだな。非公開部署だし公然から隠すためにも地下にあったとしてもおかしい話ではないか。


 少し長めの階段を降りきった先に関係者以外立ち入り禁止の扉が並ぶ通路に着く。


 廻警部は迷うこと無く一つの扉の前に立ち、そのドアノブに手をかけた。

 一見するとただの物置部屋にしか見えないここが特権課のオフィスである模様。


 わざわざこんな見つけづらいカモフラージュをしてるのは警察の中でも一部の人しか知らないという話が本当だからなんだろうな。


「ただ今戻りました──」


「お帰りなさい、廻警部ぅ!」


 入室直後、廻警部の帰還を喜ぶ女の人の声が聞こえた。

 随分と猫なで声だな……という疑問はさておき、部屋の奥から誰かがやって来る。


 ぱたぱたと小走りで近付いてくるのは警察の制服を着たショートヘアの女性。

 少々小柄な体格であり、俺のボキャブラリーで例えるならば小動物系って感じの人だ。


「思ってたよりも早かったですね! って、うわ! なんか沢山の匂いがすると思ったら全員連れてきたんですか!?」

「本当の意味で全員ではありませんが……今回の捜査に協力してくれる剣士に来ていただきました。例の準備の方は出来ていますか?」

「はい、もうバッチリです! すでに手配は完了しておりますので!」


 接近するや否や俺たちの存在に気付き、驚きの声をあげる婦警。


 でもあの口ぶりからして扉を開ける前から俺たちの匂いを感じ取っていたってことなのか? そんなに匂ってたのかな……?


「ここで説明するのも何ですが、彼女は特権課が保有する戦力の一人“嗅覚の聖癖剣士”である犬居薫いぬい かおる巡査です」

「はい、私が犬居薫です! 聖癖剣協会の皆さん、今回はよろしくお願いします!」


 依然として扉の前で立たされたままだけど廻警部によるメンバー紹介がされる。


 何とこの婦警は聖癖剣士なのだという。

 まぁここは聖癖剣を扱う部署だし、剣士が一人二人在籍していても不思議じゃないか。


 にしても嗅覚の聖癖剣士ねぇ。道理で俺たちの存在を匂いで予測出来たわけだな。

 察するにあの人の権能は匂いに纏わる内容なんだろう。まるで警察犬だ。


 紹介もほどほどに応接間に通される俺たち。

 例の準備という言葉も気になるけど、今はまず今後の流れについての説明を聞くのが最優先だ。内容は割愛する。


「……という流れで本日の捜査を開始します。ではユニフォームをご用意していますので更衣室に案内致します」

「何気に貴重な体験だなぁ、コレ。本物の警察の服を着れるなんて相当貴重だ」

「ううう、ヤバい。浮かれるのは不謹慎だけど興奮する……!」


 説明を終えれば今度は現場に赴くための制服に着替えることに。


 警視庁に来てから興奮しっぱなしの孕川さん。その気持ち、俺も分からないわけではないぞ。

 単純に考えても警察の秘密の部署に協力者として選ばれてるだけでも十分特別扱いを受けている。


 遊びじゃないとはいえ特別な服に袖を通す許可が下りているんだ。こんな体験、どれだけの金額を支払っても出来ることじゃないぞ。


 貴重な経験にドキドキしていると、複数ある扉の一つへ迷うこと無く移動。ここが更衣室らしい。

 中に誰かいるのか、廻警部は小さくノックをしてから扉を開ける。


「ご苦労様です、乙骨巡査。準備は整いましたか?」

「廻警部。お帰りなさい。丁度ユニフォームを揃えたところですよ。七着で合ってましたよね?」

「はい。ありがとうございます」


 更衣室の中には男の警察官がバインダーを持って作業をしていた。

 この人は? と思うよりも早く、当人が自己紹介をする。


「初めまして。本官は特権課に所属します“連骨の聖癖剣士”こと乙骨恋太郎おっこつ れんたろうという者です。階級は巡査。光の聖癖剣協会の皆様方とはしばらくの間お世話になると思います。よろしくお願い致します!」


 軽い感じだった犬居巡査と違い、ビシッと敬礼も忘れずに乙骨巡査は俺たちに挨拶をしてくれる。


 警察官の挨拶って今みたいな少し堅苦しい感じなのをイメージするからか、実際にこういう挨拶をされると何とも言えない感動を覚える。


 容姿について触れておくと、閃理ほどではないが十分に高い背丈に容姿に気を使っていることが窺えるさわやかな塩顔の美男子だと思う。


「まず最初は女性からです。着方については私が説明しますので、その間男性の皆さんは通路でお待ちください」

「ええっと確か女性の剣士は六名だから、一、二、さ──……!?」


 挨拶云々はさておき制服の着替えは女性陣が優先されることに。

 着替えの手伝いは廻警部が担当する模様。俺たち男は一歩後ろへ下がり、レディーファーストに徹する。


 ただここで確認のために協会側の剣士を数え始めた途端、乙骨巡査の手が止まる。そのままバインダーを落としてしまった。


 え、急にどうした? いきなりの行動に俺は困惑。

 一体何を見たのか、身体が固まっているだけでなく目も見開いている。ちょ……大丈夫ですかね?


「乙骨巡査。聞いていますか? 見蕩れている暇はありませんよ。早く人数を確認してください」

「あ……あ、はい! すみません! で、では三、四、五……五!? 警部、一人多くないですか!?」

「私の存在については省いてもらって構いませんよ。自前のがありますので」


 上司に注意を受けたことで正気を取り戻した乙骨巡査。バインダーを拾い直して人数確認の作業を再開。


 巡査の状態を一瞬で見抜いたことから察するに今の行動は今回が初めてではないのか? まぁ気付いたところで何だという話ではあるのだが。


 そんなこんなで人数の確認を終えると、女性陣は先んじて更衣室の中で着替えを始める。


 終わるまで男どもは通路にて待機。防音設備がしっかりしてるからか一階の音以外これといった雑音は無い。静かな世界だ。


 ただ黙っているのも忍びないからか、待機中の乙骨巡査が話を持ち出す。


「あの、剣士とはいえ警官の立場でこのような質問をするのも不適切なのですが……あの海外の方々のお名前って分かりますか?」

「ヴィーナとゾーシャのことか?」


 乙骨巡査の質問はすぐ近くにいた閃理が拾う。

 どうやらアルヴィナさんとゾーヤさんのことが気になっているようだ。


 女性陣が着替えでいないこのタイミングでの質問……ははぁ、ここで俺はようやく察する。

 もしや乙骨巡査、あの時二人に見蕩れていたな? だから一瞬固まったのか。


 よくよく考えてみれば最初に挨拶した時に二人は後方にいたから気付かなかったのかもしれん。

 だから遅れてその存在を知り……そして一目惚れしてしまったんだろう。


 確かにあの二人は美人大国の出身なだけあって下手な芸能人よりも美形だ。それは間違いない。

 俺も最初に声をかける時苦労したもんだ。目を奪われてしまっても何ら不思議な話じゃないよな。


「ヴィーナさんとゾーシャさんって言うんですね……! 素敵だぁ……」

「何を言っても無駄だとは思うが止めておいた方がいいぞ。あいつらは特に面倒だからな」


 ロシア組の二人とかつて一緒に活動していた人物から名前を聞き出すことに成功し、どこか浮かれ気味になる乙骨巡査。


 この様子を見るにぞっこん惚れてしまっているようだ。閃理の忠告もまるで聞こえていない。

 多分惚れっぽい人なんだろう。世の中には色んな人がいるもんだな。


 そんなこんなで待つこと数分。がちゃりと更衣室のドアが開かれた。


「お待たせ致しました。では次に男性の方々がお着替えをお願いします」


 最初に現れたのは廻警部。この人も着替えを済ませたようで、先ほどまで着ていた警察の制服ではなく黒を基調とした機動隊のような服装になっている。


 どうやらこれが専用のユニフォームらしい。続けて出てくる他の剣士たちも同じ服だ。

 男の着替えに需要は無いから割愛。全員の着替えが終わったのを確認した後、廻警部の案内は再開する。


「ではこれより現場へと向かいます。その前にアルヴィナさんとゾーヤさんには別にお願いしたいことがありますので、一先ずここに残ってください」

「分かったわ」

「了解した」

「え、一緒じゃないんですか?」


 ここでまさかの別行動。ロシア組の二人は現場にすぐ行くわけではないらしい。

 死逢しあわせに対抗出来る権能らしいから前線に出てくれると思ってたんだけど……違うのか。


 そんなことを考えていたら、横目で俺のことを見ていたゾーヤさんがある提案をする。


「気になるなら来るか? 一人くらい剣士が増えても私は気にしないぞ」

「……上位剣士が複数いることですし、一人程度なら問題無いでしょう」

「ま、マジすか……?」


 何か俺、ロシア組の方に付いていくことに決まってしまったんだが……?


 でもまぁこっちの仕事も気になっているのは事実。

 この二人じゃないと出来ないことをするわけだし、わりと興味はある。


 廻警部の許可も下りたことだし、わざわざ気を使わせた提案を拒否するのも印象悪くしそうだから受けておこうか。


「では現場へとご案内します。場所に関してはすでに下見に行き、移動地点へお送り出来るようにしております」

「手配が早くて助かります。そちらの案内は乙骨巡査が担当しますので、向こうでのが全て完了しましたらご連絡ください」


 どうやらメイディさんは事件現場へワープするための移動先をすでに探し出していたらしい。相変わらず準備が早いこと。


 空間跳躍の渦が作り出されると、現場組はすぐにその中へと入って消えてしまった。

 静かになった通路に取り残される俺たち。それはそうととは?


 さっき犬居巡査にも言っていた例の準備というのもよく分からないままだ。

 果たして俺たちはこれから何をするというのか?


「それではこれから行うことをご説明しますね。ええっと……まずは指定の病院へ向かっていただきます」

「病院?」


 バインダーを確認しながら乙骨巡査は今後の流れを説明する。

 この後俺たちは病院へ向かわされるらしい。ふむ、この時点じゃまだ何も分からないな。


 ちょっとだけ何をするのかの予想を立ててみる。

 とは言うけど乏しい俺の想像力じゃ今回の件と病院に関連付けさせられる物は思い浮かばないな。


 だが一介の雑兵でしかない俺の些細な考えは現状は誰からも求められていない。

 これから何をするのか──その真相が担当の口から明かされる。


「はい。そこで本件の被害者の──を行っていただくことになっています」

「そ……、蘇生!?」


 その衝撃的な一言に俺の驚愕の叫びは通路へ響いたのであった。

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