第百二十五癖『死に抗える、もう一つの可能性』

「ということでこちらの方々が今回の任務でロシアのモスクワ支部から派遣された剣士です。改めて自己紹介をお願いします」

「はい。一部の剣士とはすでに仲良くお話させてもらったけど、私が“白闇の聖癖剣士”ことアルヴィナ・ポチョムキナよ。今日からしばらくの間お世話になるわ。よろしくね」

「同じくゾーヤ・モギーリナヤ。剣士としての名は“幽魂の聖癖剣士”。よろしく頼む」


 色々あって今回のゲストが無事に到着すると、支部長が剣士全員との挨拶の場を設けてくれた。


 カフェでの一幕とは打って変わって、空調の効いた涼しい会議室内での二人……特にアルヴィナさんは生き生きとしているように見える。


 それにしても昼食を摂った店で偶然出くわすとはな。改めて思い返すとちょっと出来過ぎなくらいの幸運だ。


 おまけに初っぱなからそれなりに良い印象を植え付けられたのは個人的にも大きいところ。

 うんうん、良くも悪くも天は俺に味方しているな。良くも悪くもそう思う。


「お二方は手続きがありますので説明会の終了後、私と一緒に支部長室までご同行をお願いします」

「分かったわ」

「了解した」


 独りでにファーストコンタクトが上手くいったことに得意げになっていると、続けて説明された。


 二人にはこの後手続きとやらが待っているらしい。

 メイディさんに用事があるアルヴィナさん的にはすぐに会えないのは残念と言わざるを得ないな。


 カフェから支部に移動する時も何かそわそわしてて落ち着かない様子だったし、ここは雇い主である俺が一肌脱いでやるとしよう。


 機会を設けてやれば更なる好感度獲得に繋がるだろうし、お互いにWIN-WINの関係になれるな。うん、そうしよう。


「では早速ですが今回の任務について進展がありましたので剣士全員に共有します。しかしながら不確定な情報も含まれますので、決して鵜呑みにしないようお願いします」


 そんなことを密かに目論んでいたら、ここで支部長は今回の任務についての話をする。

 どうやら何かしらの進展があったっぽいな。例の剣について一体何か分かったんだろうか。


「昨日の深夜、埼玉県の市内において目撃された奇妙な物体の情報がインターネットなどで多数拡散されているのを発見しました。その画像がこちらです」

「これは……」


 支部長はそう口頭で説明をしながら、またしてもプロジェクターを手元のリモコンを操作。

 パッと明るくなるスクリーン。そこに映されている画像を見ると、確かに奇妙な物が映っていた。


 ビルの間に浮かぶ白い物体。よほど高速で動いているのか、形はブレていて分かりづらいが細長い形状であることが分かる。


「あ、この画像見たことある! SNSで色んな人がスカイフィッシュだのサイタマトビウオだとか言ってネタにしてたやつだ」

「響はこれ知ってるのか?」


 ここで画像を見て声を上げるのは響。どうやらSNSかなんかでこれを見ていたらしい。

 流石は現役ギャル。俺とは違いインターネットは得意のようだ。


 この画像は界隈ではそれなりに流行っている物みただけど、協会がわざわざ取り上げるような画像が世に出回ってしまっても良い物なのかなぁ?


「画像を解析した結果、この飛翔体には【華嫁剣死逢はなよめけんしあわせ】と共通する部分をいくつか見受けられました。今回の目標である可能性が考えられます」

「えっ、マジで!? これ例の剣だったの!?」

「思いの外早く見つかったのね」


 ネットへの拡散度についてはさておき、薄々感づいてはいたがどうやらこの白い飛翔体こそが今回の目標物である死逢しあわせの可能性があるらしい。


 ウェブから発信された物を拾ったという経緯がある以上、どっかの暇人が作ったコラージュである可能性も捨て去ってないんだろう。


 確実にそれであると断言しないあたり、鵜呑みにしてはいけないという言葉の意味も理解出来る。


 似ているとはいえまだ信用に値しない情報ということだ。にしては発見タイミングがかなり良すぎる気もするけど。


「もう一つ関連性の高い情報もあります。次の画像に注目してください」


 続いて二つ目の情報公開をする支部長。リモコン操作で二枚目を投影。


 それは埼玉県の地方紙。切り抜かれた紙面を見ると、何やら物騒な出来事が昨日の夜に発生しているようだった。


「え~っと何々、『ビル大爆発!? 一体なぜ。原因は……』ってやつ?」

「どうやら夜間に市内の雑居ビルが突然爆発したかのような被害に遭ったという内容の様ですね。ただの事故ではないのですか?」


 スクリーンの切り抜き画像を見て、各々が反応を示していく。

 ふむ、これだけ見たら従業員の不始末などでガス爆発が起きたっていう予想が出来る内容である。


 同じ県かつ市という妙な共通点こそあるが、この時点じゃこれといって死逢しあわせとの繋がりは見えてこないが……。


「実は先ほどの画像を詳しく調べた結果、飛翔体が飛んでいく方向の数十㎞先にこの紙面に掲載されているビルがあることが分かりました。さらに目撃された時刻と事故が発生した時刻もほぼ同時刻であることの確認も取れています」

「ってことはそれって……」

「その物体がビルに激突したってこと!?」


 な、なんと……!? 支部長の口から意外な因果関係が明かされたぞ!?


 怪奇現象画像と事故のニュース。二つの物事がほぼ同時刻に起こっているという事実。

 これ、間違いなくたまたま起きた出来事なんかじゃないよな。何かしらの意図を感じる。


 それは他の皆も同じなようで、これまでの話から推測出来る結末を導き出していた。


「スタッフを現地に送り確認を取らせた結果、ビルの爆発は火薬やガスなどによるものでは無く、外部から高速で物体が衝突したことによる衝撃波が原因とされています。つまり事故発生の原因は飛翔体によるものと考えられます」

「衝突ってことはそのビルの中に剣が入り込んでいるということ……?」

「その通り……と言いたいところですが、残念なことに飛翔体の行方はここで喪失しました。警察が回収した可能性も考えられますが、周辺に報復による被害も見られなかったことから可能性は低いと見ています」


 更なる説明が補足される。俺たちがカフェでのんびりしてる間にそんなことをしていたのか。

 まだ今日の出来事だというのにその周到さには舌を巻いてしまうな。流石は支部長の座に付く人である。


「となると考えられるのはビルに激突した後に方向を変えてもう一度飛んで行ったか、あるいは──」

「ビル内にいた死逢しあわせの剣士候補が剣を持ち帰ったか……だな」


 そして上位剣士組が飛翔体の行方について検討をし始める。

 例の物体はビルに衝突した後、行方を眩ませた。ここから考えられるのは最悪の予想。


 剣はすでに自身を手に取ってくれる剣士の下へと到着してしまっているという可能性。これに行き着くのもわけないことだ。


 警察の人が剣士って線も無くは無いんだろうけど、もしそうだったら普通警察署に突っ込むよな。

 剣士の手に渡る前に回収するのが一番ベストだったんだけど、手遅れだったのかもな……。


「現在は事故に遭ったビルを調べ、物体の捜索及び回収した人物の特定作業中です。聖癖剣と思われる物体の観測がされた以上、戦いの始まりは近いでしょう。くれぐれも気を抜かないようお願いします」


 謎の飛翔体を聖癖剣だと思うのは協会の人間にとって当然のこと。いや、まだ絶対そうだと決まったわけではないけどもさ。


 何であれ決戦の時が近付いてきたことは事実。

 ああ、今からでも緊張するな。まだ始まってすらいないけど色々と準備は整えとかないと。


「ではアルヴィナさんとゾーヤさんは私に着いて来てください。他の皆さんはここで解散とします。お疲れ様でした」


 これを最後にプロジェクターの電源を落とし、情報共有の会を終了させる。

 そのまま支部長とロシア組の二人は足早に去って行ってしまった。


 その後は言われたとおり各自自由行動へ移行。それぞれが任務開始まで自分の時間を過ごし始める中、俺も俺でやるべきことをしないとな。


 アルヴィナさんの望みを叶えるべく、真っ先にメイディさんにカフェでの一件について伝えると、速攻でOKの返事をいただいた。ロシア組の手続きが終了次第すぐに行ってくれるそうだ。


「さて、手回しは済んだことだし、俺は何しようかな……」


 やるべき事という名のお節介が終わり、俺はこの後に何をするのかを考えることに。

 とはいえ外出そのものに制限が掛かってる今、遠出は難しい。出来ることなんて自主練くらいか。


 ……まぁそれでも良いか。俺には強くならないといけない理由があるんだし、よくよく考えたら遊んでいる暇なんて無いじゃん。


 それにこれから死の権能を持つ聖癖剣を相手にしないといけないんだ。予行演習とはまでは言わずとも始まる前から身体を慣らしておくべきだろう。


 そんなわけで諸々の準備を整えて運動場へ。同期組は勿論他の剣士たちがいる様子はない。

 じゃあ遠慮無く動き回れるな。もっとも、俺はいつだって本気でやるけれど!


「はあっ!」


 邪魔者の居ない空間で真っ先に行うのは焔の剣舞。

 もはや何百回と踊った舞いの手順。今ならノーミスで踊りきれる。


 如何せん舞うと俺の意思関係なく炎が出るせいで昼間は練習しづらいことこの上ない。


 だから普段は人の邪魔にならない夜練の時にやってるんだけど、ここまで自由なら昼間っぱらから練習に打ち込めるな!


「ふっ、はっ。よっと!」


 かつてはマスターの前で大失態を犯した難所も今では何のその。

 余計なことを考えながらでも踊れるぜ。勿論そんなことしないけどさ。


「これでフィニッシュ! ふっ、良いじゃん。もう完璧だろ」


 一通り踊りきり、その感覚を改めて実感する。

 今の俺は焔の剣舞を完全にマスターしたと言っても過言では無い。最後にミスったのはいつだったか。


 踊りをマスターしたのなら目標は次の段階に移る。

 剣舞を踊ると掛かるバフを常時発動させた状態を常に維持することだ。


 しかし、これを次の目標にはしているものの正直どうやるのか分からない。

 そもそも何故この目標を立てたのか……何というか自分で考えた感じはしないっつーか?


 そういう状態であり続けられるのがベストだっていつからか思うようになっていったんだよなぁ。思考の変化とは何とも不思議である。


「まぁ目標が無いよりあった方が良いし、気にしなくてもいいか」


 俺の言ったことは道理だろう。適当に目標を変えるのも良くはないだろうし、現状このままで鍛錬を重ねていくとする。


「しかし維持かぁ……。どうやったらいいものか」


 とすれば重要なのは剣舞後の状態を常に維持し続けられる方法を考えねばならない。


 剣舞の効果が切れたらすぐに舞い直す方法とか? それが一番手っ取り早そうだけど、それをやる時間の余裕がなぁ……。


 先代の記憶を探ってみるけど、それらしき思い出は無さそうだ。そもそも現役だった頃のばあちゃんが常時剣舞した状態でいたかの確証も無いし。


 新たな問題にぶち当たり、またしても頭を悩ませられている。やっぱり剣士も剣振ってるだけで完結するような甘い仕事じゃないな。


 うーん……と一人で解決策を編み出そうと無い知恵を絞りだそうと奮闘する中、この運動場に俺以外の存在が現れる。


「場内の気温が異様に上がってると思ったら、あなたの仕業ね」

「ん? 誰だ……?」


 不意に聞こえたその声。振り返ってみると、そこには夏場であるにも関わらず厚手のコートを着込む女性……確か名前は頼才さんだったか? が立っていた。


 面と向かって会話したことが少ないせいで声だけじゃ一瞬誰だか分からなかったのは秘密だ。


 それはそうと何故ここに? と一瞬思ったが、そういえばこの運動場は頼才さんの工房が直接併設されてるんだっけ。あのロフト下の階段にある扉がそうだった気がする。


 ううむ、やってしまったな。人様の邪魔をしないように意識はしていたつもりだったんだけど、本末転倒だったな。


「すみません。剣舞の練習すると勝手に気温が上がるもんで……」

「そうね。あんまり気温が上がりすぎると錬金術にも影響が出るから少し控えてくれると助かるわ」


 迷惑をかけてしまったことを素直に謝ると、やはり何かしらの作業中であることが判明する。


 前も錬金術で作る物のための材料を集めてたわけだし、今回も例外は無さそうだ。

 ……しかしながら実は前々から興味はあったんだよな、錬金術の権能ってやつ。


 非金属を貴金属にしたり、賢者の石みたいな感じの物を作ってるんだと予想してるだけに、想像が膨らむ権能である。


「興味あり気な顔してるわね。別に構わないわよ、見学しても。多分考えてるような物は出ないけど」

「え、良いんですか!? やった、じゃあお言葉に甘えて……」


 色々想像してたのが顔に出てしまっていたようだ。

 あっさりと頭の中の考えを看破され、見学の許可をいただいてしまう。


 オッケーを貰ったのなら遠慮はしない。錬金術に興味津々な俺は工房の中へとお邪魔する。


「ようこそ、百瀬頼才の工房アトリエへ。窮屈だけど適当なとこに座って」

「う、うわぁ……」


 引き戸を開けた瞬間、目の前に飛び込んできた光景に驚愕してしまった。

 何せ内部はまさしく汚部屋。思わず目を背けたくなるほどの惨状が広がっているのだから。


 ゴミは勿論のこと何かしらの機械パーツにノートの切れ端、果てには頭骨、流木、エトセトラ……本当に様々な物が転がっている。


 これ、ある意味閃理の部屋よりも酷い。汚い部屋というパブリックイメージそのまま……いや、最早それ以上だ。


「今汚いって思ったでしょ?」

「えっ、い、いやっ。そんな滅相も無いことは何一つ考えてませんが!?」

「嘘おっしゃい。態度でバレバレよ。まぁ汚いのは事実だし怒りはしないけれど」


 またしても考えを見抜かれて焦る俺。だってそう思ってしまうのは性分的に仕方の無いことなんだよ。

 でもここの汚部屋っぷりはどうやら自覚はあるようで、俺の考えは本人も肯定するほどのものらしい。


 そう思うのなら少しは片付ければ良いのに……と考えるがあえて口には出さない。それが空気を読むってことだからな。


 しかし、この汚部屋はどこもかしこも変な物ばかりで溢れかえっているが、一際異彩を放つ物もある。

 それは部屋の中央付近に堂々鎮座するクソデカい大釜のことだ。


 これは頼才さんと初めて会った時に色んな物を入れて持ってきてた物のはず。もしかしてこれも拾い物なのかな……。


「そういえばだけど、あなたに私の聖癖剣を見せて無かったわね」

「え? あ、そういえば……」


 棚からコップなどを取り出すのに苦戦している最中、頼才さんは急にあることを思い出した。

 それは俺に自分の剣を見せていないという内容である模様。ふむ、言われてみれば確かに。


 今日に至るまで日本支部の剣士たちの剣は一通り見てきたつもりだったが、頼才さんの剣だけすっかり存在を見逃していた。


 錬金術の権能っていう魅力的なフレーズを気にしてたくせに、肝心の剣を知らないままでいたとは何たる不覚。


 とはいえこの事実に気付いたってことは、俺に剣を見せてくれるってことだよな?

 なら見させて貰おうじゃ無いですか。頼才さんの聖癖剣とやらを!


「そこにある大釜、それが私の聖癖剣よ。変わってるでしょ?」

「え……、え!? これが!? マジで言ってるんですか? 剣どころか武器の形すらしてませんけど!?」


 がしかし、相変わらず視線は棚に向けられたまま教えてもらった物はまさかの目の前に鎮座する大釜。

 これが……聖癖剣? いやいやいやいや、それ、何の冗談?


 ちょっと待って。俺今少し混乱してる。だってそうだろ?

 聖癖剣って言うのは名称上剣だけど、実際には聖癖と権能を宿した武器類のことを指す総称だ。


 だから今まで燭台だのスコップだのと風変わりな物はそれなりに見てきたけれど、完全に釜の形をした聖癖剣は初めて見る。


 例外は無いという例外は無いにしても、これはやり過ぎだろ! どうなってんだ剣の制作者。


「ふぅ、やっと取れた。紅茶で良いかしら? それとも緑茶?」

「あ、どっちでも良いです……って、頼才さん。これってどういうことなんですか? 本当にこれが聖癖剣……?」


 困惑を隠せない俺に対し、頼才さんは暢気に飲み物のリクエストを聞いてくる。

 その気遣いはありがたいけど俺の質問にはきちんと答えて欲しいところ。こいつの真相は何なんだ?


「はい、お茶。それはそうと私の剣が気になってるって感じね。まぁさっきの説明には語弊があるわ。正確にはその大釜は聖癖剣の一部で、本体はこっち」



巨腿剣練界だいたいけんアトリエ!】



「本体……って」


 ペットボトルから注いだお茶を手渡しされると、ようやく真実を教えてくれた。


 自分専用の椅子に腰掛けた頼才さんは、机の脇に立てかけられていた長い棒状の物体を見せてくれる。

 それの見た目を一言で表すならオール。武器として見れば薙刀に分類されるんだろう。


 聖癖の呼び声が鳴ったことが聖癖剣としての証明を意味している。あーびっくりした。


「こっちの大釜は【巨腿釜調剛だいたいがまミキシ】って名前よ。流石に完全に武器以外の見た目をした物は無いんじゃないかしら? そうとも言い切れないのが聖癖剣だけど」

「ですよね。でもなんか引っかかるなぁ。どっかで似た物を見た気が……」


 釜の方の名称も教えてもらったところで、俺は錬界アトリエ……正確には調剛ミキシに既視感を覚えていた。


 この大釜が剣の一部分とは驚いたが、初めて見るのに既視感を覚えている。似たような物を目にしたことがあるような……!?


「あ、思い出した! クラウディの剣と同じタイプのやつか!」


 数秒の時間をかけて俺はようやく思い出す。

 錬界アトリエはあの叢曇むらくもと同じタイプの剣だってことをな。


 支部での戦いで透子さんの情緒をメチャクチャにした八天はってんと呼ばれる叢曇むらくもの一部。

 ただでさえ厄介極まりない天候を操る権能に感情を操る力を付与した外付けの付属品だ。


 まさかそれと同系統のタイプをした剣が協会ウチにも有ったとは……。


「ご名答。剣本体から独立したそれ特有の機能を持つ武装で概ね正解よ。せっかくだしどんな物なのか見せてあげるわ」

「え、マジすか!?」


 この予想は的中。やはり特殊な性質を宿した剣で間違いないようだ。

 さらに錬金術の権能も見せてくれるという。一体何をみせてくれるんだ……!?


「とはいえ私の場合は付属品というよりも剣と釜の両方があってようやく真価を発揮出来るタイプの剣だけどね」


 頼才さんは錬界アトリエ調剛ミキシの縁を数回軽く叩くと、虹色の液体が釜の底から湧き出て内側をあっという間に満たしてしまう。


 な、何かこの時点で結構凄いことしてるぞ? 謎の液体で満たした調剛ミキシでどう錬金術をするというのか。


「これとこれ、それも合わせて……焔衣、そのお茶をコップごと入れてみなさい」

「え、コップごと!?」


 ポケットから手帳を取り出してレシピか何かを調べながら、その辺に散らかっているあらゆる物を無造作に釜の中へと放り投げていく。


 雑だなぁ……と思っていたら俺のお茶も対象だった模様。マジでそのまんま入れていいの?

 甚だ疑問だが完全初見である俺に意見する権利は無い。大人しくコップごと中身を投入した。


 そういえば錬金術って魔方陣を使って一瞬で錬成する他に魔女の大釜を使うイメージもあったな。

 頼才さんは後者の錬金術だったみたいだ。


「よし。じゃあきちんと見てなさい。これが錬金術の権能の力よ」



【聖癖開示・『太もも』! 錬り出す聖癖!】



「太もも」


 直前に発動される聖癖開示。同時に錬界アトリエに宿る聖癖も判明した。

 まさかの太もも。ってそういうことか。


 心の中で苦笑いする間に、調剛ミキシ錬界アトリエを突っ込んでかき回し始める。

 すると中を満たす液体が突如として輝きを放ち始めたのだ。


 その変化に剣士本人は何も気にすることなく釜の中をかき回し続けていく。

 混ぜること数分。光は急速に衰えていき、釜の中に何かの物体が浮かんでいるのが見えた。


 すかさず頼才さんは釜に手を突っ込み、中に浮かぶ物を取り出す。


「完成ね。出来はまぁまぁってところかしら? はい、どうぞ。飲んで感想を聞かせてちょうだい」

「こ、これ飲むんですか? えぇ……」


 目視で完成度具合を確かめると、それをそのまま俺に手渡してきた。

 渡されたのはコップを満たすうっすら黄色い乳白色の液体。おいおい、さっきのお茶の面影が一つも無いんだが?


 正直怪しい。でも毒とかが無いのは確かだろうし、せっかく錬金術を見せてくれたご厚意を無下には出来まい。


「い、いただきます……」


 恐る恐る俺は謎の液体を飲んでみることにする。

 身体に害があるものではないと分かってはいても、やっぱり怖い。勇気を振り絞って一口……。


「……!? これジュースじゃないですか。普通に美味いです」

「お客さんに不味い物飲ませられないでしょ? どうかしら、これが私の権能。葉から生成した飲料を果実から生成した飲料に変える錬金術は?」


 口に含んだ瞬間度肝を抜かれた。

 舌に広がるさっぱりとしているのに複雑かつ統一感のある瑞々しい味わい……つまるところ様々な果物を感じさせる風味に変化していたのだ。


 ただのお茶だった物がフルーツ味の飲み物にするとは驚いた。これが錬金術の力か。

 いやしかし何というか、確かに凄いんだけど、こう……うーん。


「何となく想像してた錬金術と違ってたでしょ?」

「そ、そんなことは……」


 うぐっ、またしても俺が言葉に出しづらいと思ってた考えを看破されてしまった。

 そう、錬金術の権能は思っていたよりイメージの相違が激しかったというのが率直な感想。


 俺の中の錬金術ってのはこう……魔方陣に手をパンッ! ってしたら物体を一瞬で錬成したり作り替えたりするような派手なのをイメージしていた。


 だが錬界アトリエの錬金術は魔方陣じゃなく大釜を使い、一瞬どころか数分費やすし、成果物も凄いっちゃ凄いけどやはり地味。


 無論錬金術の形がイメージと違うことに憤ったりはしないが、何かちょっと期待外れ感があるよな。


「別に気を使わなくてもいいわ。錬金術なんて案外地味な物よ? 派手さを追求すると途端に性能を落とすし、中々融通の利かない権能なのよね」


 地味という難点は剣士本人も自覚しているらしい。多分口ぶりからして派手なことをしようとした過去があったに違いない。


 見た目と性能を両立させることに折れた結果、今の性能重視になったんだろうな。


 しかし錬成過程は地味でも成果物の派手さならワンチャンあるのでは? 例えば金とか……賢者の石みたいな。


「じゃあ石炭を金に換えたり、賢者の石を作るとかは……」

「結論だけ言うと可能よ。けれど今の私に錬成出来る確証はないわ。高密度の物や繊細な部品が多い物は難しいのよね。金はともかく賢者の石的な物はその最高峰レベルの錬成難易度よ。それに賢者の石も想像してるような物でもないし」


 そう思って訊いてみると意外な返答が。金や賢者の石の錬成は理論上可能とのこと。それマジ?


 前者はともかく後者の物って実在するのかよ。

 めっちゃ気になる……けど本人曰く錬成は難しいからやらないらしい。ちょっと残念。


 それじゃあ頼才さんは工房で何を作っていたんだ?

 まさかただ工房の中にいたわけじゃあるまい。そういえば前に支部を出ていた理由は確か……。


「じゃあ今は何作ってるんですか? 聖癖章のスキャン装置の続きとか?」

「それもあるけれど、今回のは任務に役立つアイテムの生成よ。死の権能に対抗出来る物を錬金術でどう作れるのか試行錯誤を繰り返してる途中ってとこね」


 俺の疑問にすぐ答えてくれる。どうやらスキャナー増産の続きではなく、死逢しあわせに対抗するアイテムの作成に取りかかっていたらしい。


 これまた何とも手が早いこと。そりゃ調合素材も自分で集めに行くくらいだし、行動力は比較的高い方なんだろう。


 死逢しあわせの回収は全剣士に任命された責務だからな。対策を考えないわけがないか。


「そんなのも錬金術で作れるんですか?」

「理論上はね。そもそも死の権能自体私もよく分かってないから具体性の無い案ばっかり。こればっかりは自分で体験して大体のイメージを掴まないと良い物は作れなさそうね」


 しかし死の権能に対抗出来る物が作れるかどうかはまだ未定とのこと。


 相手の力を情報だけで知っている状態じゃ望んだ物を作り出すのは厳しいようである。

 ふむ……難しい問題だな。俺に何のアドバイスも出来ないのが悔しいところだ。


 微力ながら何か良いアイデアをひねり出そうと考える俺だが、不意に工房の扉を叩く音を耳が捉える。


「すみません、純騎です。約束通りお手伝いに来ました──って、焔衣さん!? め、珍しいですね、こんな所で会うなんて」

「あ、純騎」


 ガラッと引き戸を開けて入ってきたのは、まさかの純騎であった。

 俺がここにいることに驚いているようだけど、俺も内心驚きだぞ。約束って……。


「来たわね。それじゃあ早速始めましょうか。焔衣、もし暇だったら私の助手二号になりなさい。最後まで付き合ってくれたらお礼するわよ」

「て、手伝うって……。一体何するんですか? 俺、何か出来ることあります?」


 純騎が工房にやって来るや否や、頼才さんは急に調子を変えて動き始める。

 そして俺を助手二号に任命。それってつまり純騎が助手一号になるのか?


「昨日から考えていた死の権能の対抗策……それにはどうしても純騎の力とある程度のフィジカルを備える人材が必要だったの」

「はぁ……。ん? フィジカルってもしかして」

「ご名答。焔衣、あなたには私の錬金術で作り出したアイテムの実験台……もとい試験者になってもらうわ!」


 や、やっぱり……! 俺、もしかして罠にはめられた!?


 前にメルから頼才さんも結構な変わり者だって話は聞いてたけど、案外そうでもないなって考え始めたタイミングでこれ!


 よもや錬界アトリエやジュースのくだり全てが俺の警戒心を解いて懐柔させるための芝居じゃあるまいな!?

 そう疑わざるを得ないぜ、頼才さん! ああ、俺の時間が!


「じゃあ早速やるわよ! 期限は死逢しあわせが見つかるまで。それまでに死の権能に対抗出来るアイテムを作り出すのよ!」

「すみません焔衣さん。正直僕一人じゃきついので、手伝ってもらえると助かるんですけど……」

「ううむ、こうなっちまった以上しゃーなしだ。俺も手伝うよ。はぁ……」


 というわけで都合の良い実験体を見つけ、意気揚々と準備に取りかかる現代の錬金術士。


 助手一号の様子を見るに昨日の研究では試験者も兼任していたんだろう。心なしか普段よりちょっとゲンナリしてるように見える。


 もしかして頼才さん、マッドサイエンティストの気があったり……?

 いや、そうじゃないと信じたいな。うん、俺は信じるよ。




 ……まぁそんなことは決して無かったんだけどさ。

 捕まってからの数時間、錬金術で作り出した様々な道具の試験をさせられることとなる。



 これがまぁキツいのなんの。鍛冶職人と剣士の修行を同時にこなしている純騎もやつれる理由が分かった気がしたぜ。



 運動場に来たことをちょっくら後悔したところで──予想外なことにこの実験は途中で切り上げることになった。



 それは各々のスマホが一斉に通知音を鳴らしたことにある。それに気付いて画面を覗き、何の通知なのか確認したら──



「緊急招集……? 特権課から捜査の協力を要請されたって……」

「向こうから協力を要請するなんて珍しいわね。何かがあったのは間違いなさそうだけど」



 通知されたメールとは二日連続となる緊急招集の報。その内容はまさかの組織から協力を要請されたという情報であった。



 禁忌の権能を宿した聖癖剣の出現。そして行方を眩ませてしまったこのタイミングでの協力要請……。

 あまりにも怪しい。死逢しあわせとの関与を疑っても何らおかしくないよな。



 研究は一旦中断し、俺たち三人は急いでメールに記載されている会議室へと戻る。

 ここから事態は急変する──誰もがそう思ったに違いない。俺もそれは同じだからな。

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