第百二十七癖『生死操る、魂の剣』
空間跳躍を使い、俺たちは指定の病院へと到着。
こっちにも特権課の話は通っているようで、受付の事務員に説明をすると院内へ入る許可が簡単に取れてしまった。
そのまま担当の看護師がやって来ると、目的の部屋への案内が始まる。
警察官(とそれに扮した俺たち剣士)が院内を物々しい格好で練り歩くのは流石に目立つようで、通り過ぎる看護師や医者は勿論のこと、一般の利用者もジロジロとこっちを見てくる。
周囲の目は気になるが、このユニフォームから近寄りがたい雰囲気が放たれているおかげか他の誰から止められることもなく目的の部屋に着いた。
「ここは霊安室です。蘇生には被害者を暗く涼しい空間に安置するのが望ましいとお聞きしたので事前に移動させておきました。中には今回の被害者らが安置されています。人によってはショッキングに感じるかもしれませんが、お静かにお願いします」
乙骨巡査が言うにはこの部屋に
今になって思うのもなんだが本当に死者の蘇生を行うつもりのようだ。
あの時の発言は聞き間違えなんかじゃない。
現代医療でさえも実現出来ていないことをこれからするんだ。
しかし一体どうやって……? 疑問に思うのも当然だが、それはこれから明らかになること。黙って後を着いていく。
「では入ります」
静かにそう告げると霊安室の扉が開かれる。
遺体を保存しておく部屋であるために中は妙に涼しい。ちょっと不気味さも感じるな……。
少し先へ進むと布をかけられた物体を複数見つける。今回の被害者たちであるようだ。
人が物言わぬ塊になってしまっている光景……他人とはいえやはり心苦しく感じる何かがある。
俺もじいちゃんが亡くなった時にその遺体を一度見ているからこれくらいのことで取り乱したりはしない。
南無……と心の中で黙祷をしつつ、一歩下がったところで俺とメイディさんは止まった。
その代わりロシア組の二人がその被害者たちの所へと移動して遺体の状態を確認し始める。
「どう? まだ間に合いそう?」
「ああ。報告にあった通り外傷も少ないし、
遺体にかけられている布をめくって状態を確認するゾーヤさん。コワモテな見た目だけどこうやってると何だか医者みたいにも見える。
というか薄々思ってはいたけれど遺体の蘇生処置って具体的に何をするのだろうな。
亡くなってからどれくらい経ったのかは知らないが現代医療でも心肺停止状態から十分も経てば完全アウト。蘇生はほぼ不可能になる。
にも関わらずゾーヤさんはこの遺体を見て蘇生可だと断言した。
何を根拠にそんなことを? 聖癖剣の力だとしても本当にそんなことが可能なのだろうか?
「では蘇生を始める。念のために伝えておくが、何が起きても絶対に騒ぐなよ?」
「え、何それは……」
一通り遺体の状態の確認を終えると処置の開始を宣言。
その際、何やら嫌な予感しか感じさせない忠告をする。な、何でそんなこと言うんだよ……。
【
「…………ッ!? な、なに……?」
そしてゾーヤさんは携えていた鞘から剣を抜いた。
刹那この空間内に異様な空気が流れたのを肌で感じ取ってしまう。
元々涼しい部屋だったが、剣を抜いてから一気に気温が下がった。寒すぎると例えてもいいくらいに。
夕暮れ時とはいえ季節は夏。なのに急にここまで冷え込むことってあるのか?
周囲の変化に気を取られてしまったけど、俺はふと思い出したかのようにゾーヤさんの剣を見る。
その形状を言葉に言い表すとすれば────卒塔婆か?
長めの刀身には梵字らしき模様が先端から根元まで彫られている不気味な見た目をしていた。
これがロシア支部の聖癖剣……死者の蘇生を可能とする剣か。
「あれは……
「メイディさんは知ってるの?」
「勿論です。あちらの剣は【
ゾーヤさんの剣を見てメイディさんが小さく驚いたかのような反応を見せる。
流石に剣の知識が深い人だ。この剣を知っているらしい。ってか聖癖が幽霊て……。
変わった聖癖に困惑している最中でも処置は続く。
端から見れば何をしているのかさっぱりだが、隣のメイドさんが続けて説明をしてくれる。
「
「え? あー、まぁどっちかって言うと信じてない……のかな? 深く考えたことないや」
不意にそう訊ねられ、思わぬ問いに戸惑いながらも素直に答える。
俺は基本幽霊なんて居ても居なくてもどっちでもいい派だ。勿論聖癖剣なんて物がこの世界にある以上、幽霊自体の存在は否定しないけど。
「そうでしたか。では説明を続けますと幽霊とは基本的に非実在の存在です。しかし
「ほ、ほぉ……?」
メイディさん曰く、
でも依然として理解はしきれていない。頭の上にはハテナが浮かぶ俺。
具体的に何がどう凄いのかが分からないな。勿論魂への干渉が凄いというのは何となく分かる。
触れない上に見れない物を認識出来るようになれるんだ。ここは流石に聖癖剣だなとは思う。
でも要は幽霊の存在が分かるようになる権能ってことだろ?
聖癖剣の例に漏れず変わった力であるのは分かる。でもそれが剣としての性能に直結してるわけでは──
「端的にお伝えしますと
「い゛っ……!? ま、マジですかそれ……!?」
いいや、全然違う! 次元そのものが違ったわ!
条件付きとはいえ人の命を操れるって、そんなのアリなのかよ!
言われてみれば幽霊と干渉出来る権能なら『幽霊』の権能と呼称されるべきだろうし、何ならそれだけで増援に選出されるかも分からないよな。
それにゾーヤさんと初めて会った時、あの人は俺を見て魂の色が何とか言ってたっけ。
それってつまり、あの時すでに俺の魂へ干渉していたってことなのか!?
さり気に恐ろしいことされてたんだな……。下手したらあのタイミングで命を握られてたなんて。
この人が味方で良かった。心からそう思うわ。
そうこう思っていると向こうにも進展が。絶賛処置中の最初の一人目に注目。
剣を当て、物凄い眼力で念じ続けるゾーヤさん。このヒヤッとした空気の中、ある変化を感じ取る。
スッ……と何かが視界の端を通った。何だ、今のは?
もしかして気のせいかな……なんて思ったのも束の間、目をこすって視界を正面に戻した瞬間、それを目撃してしまう。
「…………!? あ、あれは!?」
ゾーヤさんのすぐ横────そこにアルヴィナさんではない、ましてや乙骨巡査でもない明らかに知らない何者かが立っている!
靄がかったような生気の無い表情。よく見るとうっすらと身体が透けている?
ここで何故か
「ゆ、幽れ……もごッ!?」
「ご主人様、お静かに。驚かせてしまうと消えてしまいます」
それに気付いた瞬間、驚きのあまり声を上げてしまいそうになるが瞬時に口を手で抑えられ、叫びはキャンセルされる。
さっきの会話から薄々気付いてはいたけど、まさか幽霊を本当に呼び寄せるとは……。
こういうのってゾーヤさん本人にしか見えないとかそういうのじゃないのか?
まさか周囲の人にも見えるようになる驚愕なんだけど。流石にビビるって。
「……ああ、あなたはまだ生き返れる。まだ死ぬべき定めではない。身体に戻してやる」
強制的に静ませられると、耳にかすかな声が届く。
どうやらゾーヤさんが聞こえるか聞こえないかのレベルで小さく呟いているようで、それは幽霊となって現れた犠牲者に向けての発言のようだ。
呟きが聞こえなくなるのと同時に傍らの幽霊は霧散。粒子のような状態となると、続けて聖癖の呼び声が鳴る。
【聖癖開示・『幽霊』! 彷徨う聖癖!】
「
聖癖開示を発動。すると先ほどまで幽霊の形を取っていた被害者の魂は
魂を吸収することで宿した光。今度は遺体の中へ流れるように一番下の文字から徐々に消灯していく。
これで処置は終わったのか、ゾーヤさんは遺体から剣を取った。
「一人目は終わった。次だ」
「もう終わり? でもまだ意識を取り戻してないんじゃ……?」
聖癖開示が終わると遺体……いや、魂は戻されたであろう身体を確認するでもなくすぐに次の蘇生処置へ取りかかろうとする。
そんな随分とあっさりとした行動に俺はつい待ったをかけてしまった。
確かに一人目の魂を戻す瞬間を見届けたけど、肝心の意識は取り戻しているように見えない。今もまだ見かけ上は死体同然の状態だ。
これ、放っておいてもいいのか? 右も左も分からない俺が言うのもなんだけど、失敗したとか考えないのかな……?
「情報によると
「今の処置は離れてしまった魂を呼び戻し、それを肉体に留めさせただけに過ぎない。魂が生きた肉体に戻ればじきに目を覚ますし、当の本人にはきちんと生きる意思があったから問題はない」
「そ、そうなんですね。なら良かった……のかな?」
俺の疑問は二人の答弁ですぐに解決。処置を施した後は放っておけば蘇るとのこと。
そういうものなのか。何だか色々腑に落ちない部分もあるような無いような……まぁどっちでもいいか。
その後も時間をかけながら次々と魂を呼び戻し、被害者本人との対話をしながら元の身体に戻し入れて蘇生処置を続けていく。
その様子を見ながら
剣士でも当たれば即座に戦闘不能に陥ってしまう
曰く肉体から魂を引き剥がし、仮死状態にするのが権能の仕組みらしい。
だがゾーヤさんは魂を操ることで肉体に繋ぎ戻し、即座に復帰させることを可能とする。
だから選ばれたんだ。死を覆せる力だからこそ、協力者として抜擢されたんだろう。
やっぱり海外の剣士は規格外ばかりだ。スケールの違いを感じさせられるな。
「……! やっべ……!?」
そうしみじみと思いながら処置を見守っていると──不意に携帯がブブブブブと騒ぎ出した。
この時、処置中のゾーヤさんがギロリと俺の方をキツく睨んでくる。その表情、流石に怖い。
でも良かった。病院だから一応マナーモードに設定しておいたのは正解だった。もしこれで着信音を巻き散らかしたら本気で怒られただろう。
処置の邪魔をするわけにはいかない。速やかに霊安室を出て電話に出る。
「もしもし、閃理? 何かあった?」
電話の相手は閃理。現場のグループからだ。
もしかして犯人の手がかりを見つけたとか?
希望的観測で受け答えると、スピーカーの向こうからは予想だにしない発言が飛ぶ。
『電話に出て早々悪いが蘇生処置は終わったか? 終わっていなくても構わない。ヴィーナを現場に連れて戻れるか?』
「ど、どうしたの……? 本当に何かあったの?」
電話越しに聞こえる閃理の声はどこか焦りを感じているように思えた。
マスター直属のナンバー4という立ち位置にいる男がここまで早口になるなんて……そんなに大変な事態が起きたのかな?
何か嫌な予感がするのを感じながら、俺は説明の先を緊張の面持ちで待つ。
『つい先ほど新たなが遺体が発見されたという報告が上がった。
「もう次の被害者が……!? ペース早くね!?」
予想に違わず、あまりよろしくない報告を耳にしてしまった。
それを聞いてしまった以上、もう暢気にゾーヤさんの権能による奇跡を眺めている場合ではなくなったようだ。
禁忌の聖癖剣による被害は未だに続いている。
俺の知らないどこかで
†
時は僅かに遡り、被害者の蘇生処置組と別れて先に警視庁を出た時のこと。
メイディさんが作り出した空間跳躍の渦は事件現場からほど近い路地裏に繋がっていた。
廻警部の案内もあり、そこから徒歩数分で現場に到着。俺たちはすぐに行動を始める。
「ここが事件現場か……。確かに酷い状況だ」
「はい。まだ
ブルーシートで隠された店舗内に入ると、内部は聞いていた通りの惨状が広がっていた。
内装は半壊、一着数十万はするであろうドレスだった物やそれらを展示するハンガーなりトルソーなりが無残にも転がっている。
さらに店員は全員死の権能により倒れ、現在ゾーシャが蘇生処置中ときたものだ。
被害総額だけでも恐ろしい額に膨れ上がっているだろう。これ以上は考えたくもないな。
「うわぁ、こんな事になってるんだ……酷い」
「確かに酷いわね。勿体ないったらありゃしない」
「着る芸術とも言うべきウェディングドレスをこんな風に扱うのは許せないな。犯人にはそれ相応の灸を据えなければいけないようだ」
後からやって来る剣士たちもこの凄惨な現場に戸惑っている様子。
白昼堂々の強盗殺人に加え聖癖剣絡みという異常性を持った犯行。それに対応出来るのは特権課と俺たち聖癖剣士だけだ。
故に一刻も早い事件解決を目指す必要がある。ここに俺がいるのもそのためだ。
「早速ですが
「分かりました。念のため聖癖剣を使用していることをマスコミなどに見つからないよう警備の強化を要請しておきます」
ありがたい。これで心置きなく権能を使うことが出来るな。
ブルーシートを幾数にも張り、店内は外からの光を遮られ若干薄暗くなる。
「遮光をするならブルーシートだけでは足りないな。ここは
【聖癖開示・『ペインティング』! 描く聖癖!】
次に絵之本が聖癖開示で作り出した遮光効果を持つインクでブルーシートの内側を黒く染める。
そのお陰で店舗内部はほぼ完全に外からの光を遮断して暗闇の状態となった。これで権能行使時に光を放つ点は解決。
後は俺の権能で犯人の特定をするだけだな。頼むぞ、
【聖癖開示・『メスガキ』! 煌めく聖癖!】
「光照探索。
聖癖開示の発動後、すかさず探索内容を指示。
女神像を象った装飾が巻き付く剣から光が放たれ、結果が出るのを待つ。
ものの数十秒。声は光が止むのと同時に届く。
【──少し先にあるマンションにいるよっ】
【──そこの住所はぁ……】
「分かった。廻警部、犯人の居場所を特定出来ました。思いの外近隣に潜んでいるようです」
「流石です。本来であれば数日はかかるはずの捜査でしたが、協会に協力を要請したのは正解でした」
後はそこへ向かい、犯人を探し出すだけだ。もっともここからが本番と言えるがな。
何しろ相手は最悪の権能を宿す
その点は注意しなければいけないが、ヴィーナの権能があれば問題ない。あいつの剣は死の権能に強く出られるからな。
今はとにかく向こうの処置が終わるのを待つべきだろう。
事前に聞いている被害者の数から計算して、ゾーシャの手腕なら遅くても一時間で終わるはず。
あの見た目でも元医療従事者だ。心配はあるまい。
そう思っていると不意に携帯の着信音が響く。誰の物かと思えば、それは意外なことに廻警部の物だ。
「……県警からの着信? すみません、県警から連絡が入りましたので一旦失礼します」
着信先を見て、廻警部はそそくさと俺たちから離れて電話に出る。
何やら特権課の人間に直接電話をかけなければならない用事が県警にあるようだ。
警察が特権課に連絡する内容は大抵が聖癖剣の関与が疑われる事件だということは知っている。
つまり今回のもそうなのだろう。どこかで通常から逸脱した出来事が起きたか、あるいは──
「はい廻です。妻夫木警部でしたか、お疲れ様で……え? そんな……はい、分かりました。詳しい情報も送っていただければ幸いです。はい、それでは失礼します」
電話に出ている時の廻警部の表情が変化したのを俺は見逃さない。どうやら本当に関係する事件が起きたようだ。
通話を切ったタイミングを見計らい、俺は彼女に声をかける。
「どうかされましたか?」
「どうやら付近の建物内で数名の遺体が見つかったようです。現場には例の花弁も落ちていたという情報も……」
今し方の情報に剣士一同の表情が固まる。俺とてそれは同じ事。
事件発生からの七時間弱という早さで次の被害者が出たのだ。
早急に対処しなければ被害はより深刻になっていくだろう。
「本来であれば閃理さんに犯人の居場所を特定していただき、蘇生処置が終了次第剣士の皆様には一度お帰りいただく予定だったのですが、ちんたらと進めるわけには行かなくなったようです」
本日の流れをある程度決めていたようだが、予定を大幅に変えなければならなくなったようだ。
今から次の被害者たちの所へ向かう。
「大変申し訳ないのですが、皆様はこれから私と一緒に事件現場へ同行していただきます。もしかすれば近くに犯人がいるかもしれません」
「同行自体は構わないが肝心の
「……そうね。仮に遭遇したとして暴れられたりされてしまえば為す術が無いわ。蘇生処置が終わるまで待機するべきじゃないかしら」
予想通りこれから現場に向かうようだが、他の剣士たちからは否定的な意見が上がる。
二人が
俺でさえその考えは同じ。相手が相手である以上、慎重な行動が求められる。
奴と対峙するにはロシア組の力は必要不可欠。
仮に俺たちがやられてしまえば今の警察に
さらに言うとゾーシャが行う蘇生処置にヴィーナが同行する理由はない。あいつ一人でも出来ることだ。
これに関しては本人の問題だからな……だが今はそれを考慮する余裕など無い。
「廻警部。取りあえず連絡をして呼び戻してみます。最悪ヴィーナの聖癖章を借りられるだけでも事は進められるはず」
「お願いします。私は車両の手配をしておきます」
詰まるところヴィーナがゾーシャ側について行っているのは私情に他ならない。
あいつの過去を知っている以上無闇に引き剥がすのは気が引けるが、被害者のためにも今回ばかりは我慢させるしかない。
俺は早速連絡をする。とはいえ処置中であろう二人の携帯に直接かけると後が怖いため、ここは焔衣を介することに。
『もしもし、閃理? 何かあった?』
数コールかけて電話の相手が応答する。
すぐに出られなかったのは処置の邪魔にならないよう移動してたんだろう。それはさておき本題だ。
「電話に出て早々悪いが蘇生処置は終わったか? 終わっていなくても構わない。ヴィーナを現場に連れて戻れるか?」
『ど、どうしたの……? 本当に何かあったの?』
かくかくしかじか──と、若干早口になってしまったが連絡理由を伝える。
焔衣も次の犠牲者が出たという報に驚きを隠せないようだ。
ペースの早さは確かに異常とも言える。故にこれ異常の被害者を増やすわけにはいかない。ヴィーナを呼び戻さなければ。
『あーうん、一応聞いてみる。ちょっと待ってて』
「ああ。もし来れるのならそのままここに来てくれ。頼んだ」
そう返答を貰い、通話は一度切れる。
流石に非常事態が発生したのを聞いて駄々をこねたりはしないだろうが……そこはかとなく心配だな。
「き、来てくれますよね? だってこういう時のために呼んだんですし……」
「どうだろうな。流石に今は問題ないと信じたいが、まだ完全という訳でもなさそうだからな」
「それってどういう……?」
これから
疑念を少しでも解消させるためには僅かでも話しておかねばなるまい。
結果を待つ間に俺はここにいる全員に助っ人のことについて少しばかり教えることにした。
あいつが抱える特大の不安要素を……。
「あいつには……アルヴィナ・ポチョムキナには精神面に問題がある。あまり無視出来ないレベルのがな」
語るのはヴィーナにとって陰の部分に直結する話。
彼女がゾーシャと常に行動を共にしているのは深い訳がある。
こういった言い方は配慮に欠けると言われても文句は言えないが、ヴィーナという人物を一言で言い表すに最適な言葉が一つ、この世には存在している。
「ヴィーナはゾーシャに対し強い依存心を持っている。現代的な言葉で言えば、あいつはメンヘラの側面があるんだ」
「メンヘラ……中々に笑えない一面だね。あの麗しい容姿の裏にそんな物が渦巻いているとは」
そう、メンタルヘルスに異常を持った人物──通称メンヘラ。ヴィーナはまさにその典型と言える。
俺とて元同僚だ。そうなってしまった理由を知らないわけじゃない。
本人のプライベートのためにここではあえて振り返らないが、ある日を境に天涯孤独の身となり、虚しさに苛まれた過去を送っていたと聞く。
そんな人生の中で自分を献身的に支えてくれる友人が居てくれたのだから、それに依存してしまうのも訳ないこと。
現にヴィーナが上位剣士となれたのもゾーシャがいてこその功績。あいつの支えが無ければ剣士でいられたかも分からないくらいだ。
とどのつまり、相方無くして
「ゾーシャがいなければあいつは動けないし、真価も発揮出来ない。俺はそう思っている。もっともこれは俺がロシアの支部にいた当時の認識だがな」
「もし来られないのであればその時は仕方ありません。今ある戦力で何とかするしかないでしょう」
「せめて錬金術で対抗策を作ることが出来ればいいのだけれど……。時間的に無理よね」
長々と語ってしまったが、それは八年前の支部所属時代の認識であることも事実。
今回久方ぶりに再会した率直な感想は昔とそう変わらないように思える、と言ったところ。その辺りも今はどうかなのかは分からない。
果たしてヴィーナは来てくれているだろうか。
聖癖章だけでも寄越してくれれば御の字とは言ったが、思えば聖癖章の生成も苦手だったな。
ふと思い出した現実にため息が出てしまう。だが、その矢先で
【──空間跳躍の権能が近くで発動したよぉ】
「……来たか!」
不意に掴んだ情報により、焔衣たちが現場に到着したのを察知。
珍しく
ヴィーナはやはり来なかったのだ。案の定だが仕方が無い。今居る剣士全員で対処するしかないな。
そして待つこと数十秒──残りの剣士が現場へやって来る。
「ごめん、待った? ってか中も酷いなこりゃ」
最初に顔を覗かせに来たのは焔衣。内部の惨状について予想通りの反応を見せる。
本人にとっても難しいことを無理強いするわけにはいくまい。
焔衣が来ただけでも戦力の増加に繋がるから良しとするべきか。
「これで全員でいいだろう。では早速だが次の現場へ向かうぞ」
「え、ちょっと待……」
ここで見切りを付けて出発……と言ったところで焔衣は何故か妙に慌て出す。
そして間髪入れずにもう一人、現場のブルーシートを潜ってやって来る。
「閃理くん、ちょっと酷いんじゃないの? 私もいるのだけれども」
「ヴィーナ!? お前も来たのか!?」
現れたのは────何とヴィーナ本人! まさかそんなことが起きるとは……!
眼前の事実を疑わないわけではないが、いや正直驚いた。ゾーシャから離れられたのが意外というか、何というか……。
「呼んだのはあなたよ? そんなの当たり前じゃない。私だっていつまでも昔のままじゃないわ」
「そ、そうか。すまん、正直来ないとばかり……」
「今日は随分と失礼じゃない? しばらく会わなかった間に変わったのかしら?」
そうか……流石に八年前も経てば何かしらの変化は起きるようだ。俺の認識を改めなければなるまい。
俺が知っているアルヴィナ・ポチョムキナはもう古い。今はこうしてゾーシャと離れていても問題なく活動出来るようになっている。
変わったな、良い意味で。昔馴染みの成長を見れたことに少しばかり感動してしまった。
主力が来れたのなら最早問題にはなるまい。これで心置きなく次の現場へ向かうことが出来る。
「……よし、では改めて次の現場へ向かう。廻警部、案内をお願いします」
「分かりました。丁度車両の用意が出来ましたので、皆様を現場へとお送りします」
ここでタイミング良く送迎のパトカーが来たらしい。俺たちはそれに乗って現場へと向かう。
待っていろ、
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