第六十七癖『剣士の戦い、変わる心』
全員を第一班の車に乗せて走ること数分──閃理が探知した犯人の潜伏場所に到着した。
「うわっ、ここが目的地? 廃墟じゃん……」
「ああ。潜伏先としてはこれ以上ない場所だな」
パッ見てギョッとするのも止むなし。何せ目の前にあるのは大体六~七階建ての
外壁の塗装も剥げ落ちてボロボロ。誰かが整備している雰囲気も無いから恐らく廃ビルなんだろう。
確かに人も寄り付かなそうだし身を隠す場所としては十分に活用出来る。ま、
「で、居場所ハ?」
「案の定最上階だ。まだ俺たちの存在には気付いてないと見ていいだろう。この隙に攻めて行くぞ」
内部に潜む敵の位置も把握しつつ、いざ侵入。
俺たちは正面からではなく人目の付かない裏口から侵入を試みる。
普通に正面が閉まってるのもそうだが、扉をこじ開けたりして悪目立ちをしないようにする意味もある。
やはり裏口の鍵は掛かっておらず、人の出入りした形跡も確認。分かってはいたけど裏口は敵も利用してるっぽい。
「俺が先頭を行く。舞々子は念のため背後に付いてくれ。残りは幼内を護衛するように囲むんだ」
「分かったわ」
「オッケー」
「本当に大丈夫なんだろうな……?」
フォーメーションを設定。前後に頼れる上位剣士を配置し、残りの四人でよーくんを囲う。
今で言うのもなんだが、なんと奪還作戦にはよーくんも同行している。
何故いるんだって言われたら、本人がついて行くのを希望したのと、もしもの時は
そんな説明はさておいて、やっとこさ侵入して階段を上がっていく。
何か肝試ししてるみたいな感覚だ。その例えはあながち間違いでもなさそうだけど。
日当たりが悪いせいで窓から夕日が差し込まないから薄暗い。その上入った瞬間外の喧噪が聞こえなくなり、一気に静寂の空間になったから余計に恐怖心を煽るのだ。
廃ビルとはいえここは街の中央にある建物。普通はどうしても外の音が聞こえてしまうもの。
きっと音とか気配を外部に気付かれなくする聖癖の結界が張られてるんだろう。
こっちとしても存分に暴れられるが、これはこれで雰囲気が出てて怖い。集団で行動してなきゃ俺も腰が引けてたかも。
「うぅ、お化けとか出ないですよね?」
「おばっ……!? バカなこと言わないでください! そんなもの現実にいるわけ──」
「この廃ビル、昔は心霊スポットとして有名だったことがある。今はどう思われてるか知らんが」
無い気配に怯える幻狼に感化されてか、凍原も怖がり出す。
そこにさらに追い打ちをかけるが如くよーくん提供の情報でさーっと二人の顔が青くなった。
おいおい、元々ビビりな幻狼はともかく凍原、あのポーカーフェイスはどこ行ったんだよ。
もしかして
そんなこんなで進むこと三階へ。だがここで一行の足は止まる。
「……ふむ」
「え、どうしたの……って、何だこれ?」
何事かと思って俺も目をやると、次の階へ登る階段にある物体が置かれていることに気付く。
いや……ガッチガチに固められている、の方が正解だな。
四階へと上がる階段は金属光沢を持つ謎の物体で塞がれて通行止めとなっていたのだ。
「俺が昔来た時はこんな物は無かったはず……」
「闇の剣士の仕業だ。
冷静に言うけどそれ普通にやばいじゃん……。つまり敵は金属を操れるという解釈でいいんだな?
この物体を金属化させる能力を使って孕川さんを固めているわけか。何とも厄介な。
ふ~む、それじゃあ俺の炎で熔かすっていう手はどうだろうか? 流石に現実味が無いかな?
あー、でもよく考えればここはただの廃ビル。熱で引火が起きる可能性がある以上危険過ぎるか。
別ルートはないのか? そこも塞がれてたら元も子もないけど。
「ここは私の出番ね。みんな、少し後ろに下がっててちょうだい」
【
でも、残念なことに数少ないはずの突破方法は俺たちの手の内にあるようだ。
事態を聞きつけ、後方から舞々子さんが先頭へ移動してくる。
これは聖癖の力が由来の物質。権能そのものを封印出来る舞々子さんの剣なら何も問題はない。
敵には悪いがこれも孕川さんのため。
「いっくわよぉ~!」
【聖癖開示・『バブみ』! 愛おしき聖癖!】
「
聖癖開示を発動、からの切っ先を鉄塊に突き刺して権能の無力化を図る。
ガキンッ……という金属音を出してしまうが、それを上書きするように封印の音色が響き渡った。
剣の機能として備えるガラガラ部分。そこを鳴らしてながら鉄塊の壁を抉り始める。
流石は封印の権能だ。本当なら壊れないはずの障害物も土を掘るかのように削っていく。
「すげ……。やっぱ封印の権能ってやばいわ」
「同感だな」
ぼそりと
剣身がすっぽりと壁の中に入ってしまう穴を穿った舞々子さん。今度は何をするつもりだ?
【聖癖暴露・
「聖癖暴露撃──
今度は暴露撃。剣を挿し込んだままの穴から薄紫色の煙が漏れ出ると、鉄塊の壁に無数の亀裂が走る。
目に見えて急速な劣化が──いや、権能の無力化が進んでいるようだ。
最終的に壁は跡形もなく崩れ、権能は無に帰した。
構成素材の泥なども消え去り、コンクリートの塊や破片だけが散乱するだけの現場となる。
「ざっとこんなものかしら。途中で気が付いてたけど、やっぱり強化の施し方に甘さが見られたわ。本気でやってこれなら中の下レベルね」
「相変わらず剣のことになると厳しい……」
見事最初の難題をぶち壊してくれた舞々子さん。もうこの人だけで良いんじゃないか?
ともあれこれで四階へ行ける。時間も惜しいからとっとと進んで行く。
俺たち一行は次の階へ。三階に妨害があったんだから当然四階にもそれはある。
また次階への階段が塞がれていた。もしかすれば以降も同じような感じになってる可能性が出てくるな。
「突破自体は出来るが如何せん手間だな。舞々子、すまんがもう一度頼む」
「はいはい。敵の剣士も分かっていてこんなことをしているのかしら? そうだとすれば甘いわね」
再び壁の破壊を舞々子さんに依頼。敵の無意味なあがきにため息をつきながら壁の無力化に取りかかる。
……が、四階の障害は壁だけじゃないみたい。
「……オフィスルームに何者かがいるようだな」
「えっ」
「ちょ……閃理さん。冗談は止めてください……」
閃理が突然この階に潜む何者かの存在を捉えた。俺の熱感知には何も感じてないぞ……?
これにはビビりの幻狼と凍原の顔がより青くなる。別に怖がらせるつもりでは言ってないんだろうけど。
「安心しろ。幽霊などの類いではなく
「分かっター」
「俺もなのか……」
曰く闇の手先みたいだ。まぁそうだろうな。
ここまで全く怖がる様子を見せないメルと一緒に俺も雑魚の撃退へと向かわされることに。
場所を踊り場から本来ならオフィスになるであろう所まで移動。
壁紙も剥がれかかってるし、置き去りになって久しいであろう古い家具が一層怖さを引き立たせている。
……マジで出ないよな? 本当に
「焔衣、ちゃんと前見て歩ケ。暗くて見えなイ」
「わ、分かってるってのよ。ちょっと不安になってきただけだ」
懐中電灯なんて持ってないので、
そうこうしている間に敵が潜むとされる部屋の前に到着。ここまで近付けば気配っていうか、中で何かの存在があることは分かる。
幽霊なんかじゃなんだ……。これ以上ビビる必要はない。
ドアノブに手をかけ、メルとタイミングを計りつつ──いざ突撃!
恐怖心を紛らわすように荒っぽく開けて侵入。
相変わらず真っ暗い部屋の中、
「んぎっ!? マジでいるとか!?」
「ビビるナ!
開けた瞬間、複数にも渡る人影──そう、予想通り
その物々しい雰囲気に圧倒されかけた俺だが、メルは強気に攻めに行く。
【聖癖開示・『褐色』! 痺れる聖癖!】
「
即座に剣を出して開示攻撃。閃くスパークを発生させて辺りを照らしながら敵を屠っていく。
おお、まさに速技。再生能力をも兼ね備えるそいつらを何もさせないまま倒しきった。
「メルの勝チ。すぐ終わっタ。つまんなイ」
「つまんなくていいよ……。早く戻って閃理たちと合流しようぜ」
あっという間に偵察を終えた以上長居する理由もない。さっさと戻るべきだ。
念のため倒した剣機兵は聖癖章の能力を組み合わせて作った簡易的な溶鉱炉? みたいなのに放り込んで融かしてやった。後から復活されても困るし。
時間としては五分とかからずではあるが、いい加減戻らないと心配させちまうよな。
急いで元来た道をたどって行くんだけど──妙なことが起きてしまう。
「あ、あれ? 閃理たちは?」
「いなくなってル……。置いてけぼりにされタ?」
何ということか、そこに閃理たちの姿は無くなっていたのだ。おいおい、止めてくれよそういうの……。
昔そういう感じの導入から始まるホラーゲームをやったことある。それ思い出すから止めてくれマジで。
しかしメルの言う通り、冷静に考えれば先に進んだと見るべきだろう。事実五階への階段は解放されているしな。
閃理のことだ。すぐに追って来ると信じて次の攻略に向かったと思えば矛盾は無い。納得はしないけど。
とにかく今は上の階に行かなくては! メルと一緒に階段を駆け上がって五階へ急ぐ。
すると途中、音が聞こえてくる。まさかラップ音……と思ったけどそんなことはない。
やはり音と気配を外に漏らさないようにする結界が張られているだけはある。すぐ上の階で起きている戦闘の音さえも消音するとは。
「閃理ー!」
「来たか。来て早々に悪いがこいつらをどうにか頼む。舞々子と幼内の防衛戦だ!」
五階では──すでに戦いが繰り広げられていた。
横を見やれば三つ目となる鉄塊の壁の無力化に専念する舞々子さんに、幻狼を護衛に隅っこで固まるよーくん。
そして踊り場に侵入しようと攻め込んで来る何十体もの剣機兵と激闘する閃理と凍原の姿があった。
「こんなに剣機兵いたのかよ。俺の熱感知には何にも映らなかったのに」
「メルたちが倒したやつで
そういうことか。全く、とんだ罠だぜ。
とりあえず今は助太刀をしないと。俺も剣を構えて集団の中に突っ込んだ。
燃える炎の一閃。融断された一体の剣機兵には目もくれず、次の個体へ切りかかっていく。
雑魚に代わりはないけど、流石にこうも数が多いとやりづらいな。屋内は俺の苦手な戦場だぜ。
「私が敵の動きを止めます! その隙にみなさんは攻撃を!」
【聖癖開示・『クーデレ』! 凍てつく聖癖!】
「氷路のバラード!」
凍原の技が発動。逆手持ちした
延びていく氷の膜はそのまま剣機兵の足を捉え、無機質な身体を凍結させていった。
これで剣機兵の氷像の出来上がりだ。敵の行動を抑える技とはナイスサポート!
数は多いままだが、抜け出される前に全部破壊してやるだけのこと! 俺らも行くぜ──
【聖癖暴露・
【聖癖暴露・
【聖癖暴露・
「焔魔十斬波!」
「
「
第一班のメンバー全員が同じことを考えていたのか、三本の聖癖剣による同時暴露撃が発動する。
俺と
メルと
閃理と
見事なコンビネーション……と言えるほど協力し合った攻撃ではないが、踊り場前にたむろしていた剣機兵は全て撃破。次の波が来る気配はない。
「状況終了だな。舞々子、そっちはどうだ?」
「ええ、今終わったところよ。みんなありがとうね。助かったわ」
丁度良いタイミングで壁の無力化にも成功。五階も大波乱の展開となったな。
緊張の一戦だっただけに全員が一息をつく。次の階へ行く前にちょっとだけ休憩だ。
連戦や長時間戦闘中に食べるのを想定して支給された僅かな時間でも塩分やカロリー等を補給出来る錠菓タイプの携帯食をそれぞれが口にする。
これ、不味くはないんだけど水が無いと口の中の水分奪ってくんだよなぁ。
残念なことに水は持ってこなかったから我慢して食べていると、横にいた人物が俺に話しかけてきた。
「少し訊いていいか? お前……いや、他の人たちもそうだが、よくあんな得体の知れない物にビビらずに自分から向かっていけるな。俺には……剣があっても到底真似出来そうにない」
それはよーくんだった。さっきの戦闘では怯えた表情のまま硬直していたが、今は元の仏頂面に戻っている。
まさかその人が俺の側に近付いて話しかけてくるとは思わなかった。普通は戦慄して何も言えなくなってしまうだろうに。
個人的な感想はさておき、よーくんの質問とは俺たち剣士の勇敢ぶりが理解出来ないというものだった。
これに対する返答は……まぁ、大体決まってる。
「んー、俺も剣士になってまだ短いですけど何度も敵に襲われたし、どうしても慣れるもんですよ。今のよりもずっと強い相手とも戦ったことありますし」
「そ、そうなのか……」
例えるのならばクラウディとかディザストとか。
もっとも正式に剣士となってから僅か数ヶ月で敵の幹部級剣士と何度も戦うのはかなりイレギュラーなことらしいけど。
俺の経歴は他の剣士よりもずいぶん特殊になっちまってるからな。あんまり嬉しいことではないが。
「……悪かった。お前たちのことを疑ったのは反省する。今の戦いを見ちまったからには、もう真っ当な組織であることを疑う余地はない」
「お、やっと分かってくれたんですね。なんか意外」
「意外ってなんだよ。俺だってたまには素直な時もある……多分」
すると予想にもしないタイミングでよーくんの口から謝罪の言葉が出てきた。
正直言って謝られると終始思っていなかったから驚きである。つい本音が出てしまうくらいに。
対するよーくんは反発するでもなく曖昧にではあるけど自身の素直さを認める発言までするとは。
お互いにフッと小さく笑い合う。些細な会話だけど、なんか少しこの人のことを分かった気がした。
人間関係がちょっと不器用なだけなんだなぁって。
もしかすれば案外仲良く出来るのかも──そう思ってしまった。我ながらチョロい奴。
「よし、全員補給は終えたな。次の階へ向かうぞ」
ここで閃理が小休憩を終える旨の呼びかけをして全員の意識を戦闘に引き戻す。
何であれ親睦を深めるのは孕川さんの救出を終えてからで良い。
救えなきゃ仲良くなれるのも不可能になるからな。
だからこそ絶対に救出する。よーくん、そして俺たち自身のためにも成功させなきゃいけない。
行くぜ救出作戦の後半戦。俺たち七人は次の階へ向かって進み始めた────
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