第六十八癖『光の縁、闇の泥鋼』

 ──うぅ、なんか頭が痛い……。一体何がどうなったのぉ?



 えーと、思い出せ。確か閃理さんたちと離れて、よーくんが聖癖剣を見せるっていうから一緒に帰っていたら────



 ……そうだ、あの後誰かに襲われたんだ。よーくんと私、ほぼ二人同時に意識を落とされたんだ。

 まさか私たち、誘拐されたってこと? かなり良い経験……じゃなくて大ピンチじゃん。



 多分犯人は闇の聖癖剣使いって組織の人なはず。

 剣を奪いに襲ってくるって説明されてたけど、本当にやってくるとは……。



 っていうか身体が動かない!? 嘘、どうなってるのこれ!?

 まるで全身が石か何かになったみたい。意識だけがはっきりしてる状態ってこういう感じなんだ……。



 これは漫画のネタに使えるのでは!? いいね、ここ最近もの凄い体験が立て続けに起きてる! やっぱり地元に戻ってきて正解だったかも。



 とはいえ危機的状況であることに変わりはないんだよね……。多分隣にいるであろうよーくんも同じように身体が動かせないでいるかも。



 ……うーん、やっぱり身体は動きそうもないや。自力での脱出は不可能と見てもいいかもしれない。

 ちょっぴり不安だけど大丈夫……だよね? 閃理さんたちがこのことに気付いてないはずないし。



 音も光も感じない真っ暗闇。この閉鎖空間の中に一人でいるのは流石につらい。

 今はみんなを信じる他に出来ることはないみたい。どうなっちゃうんだろう、私。



 うぅ、誰か早く助けに来て────あ、声も出ないとは。悔しいけどこれも参考になるなぁ……。











 六階を攻略する俺たち。結論だけ言うとこの階は四階とほぼ同じ剣機兵ソードロイドを数体と、鉄塊の壁だけだった。


 なんだ、もうネタ切れか? ここも難なく攻略していよいよ最上階。孕川さんがいる七階へ。

 とはいえいきなり行くのは危険だとのことで、突入前に俺たちは踊り場付近で作戦会議中だ。


「相手は人質を取っているわけだから、孕川さんを盾にする可能性があるわよねぇ」

「ああ。おまけにどうやら七階に罠を集中させているようだ。これまでの階にろくな仕掛けが無かったのは、俺たちを油断させるためだろう」

「相手の作戦が全部バレてるのは敵ながらちょっと居たたまれないな……」


 こういう時に超絶便利な理明わからせの権能。

 実際に引っかかることなく罠の存在を看破するのは便利と言う他例えられる言葉はない。


 にしても罠ねぇ……。何となく察しは付くけど、一応どんなものか訊いてみるか。


「それで、罠の内容は?」

「金属化と泥だな。もしヘマして踏んだとしてもすぐに戻せるから安心しろ」


 それって遠回しに踏んで無力化しろって言ってるのかな? 閃理に限ってそんなことないか。


 ともあれ敵の仕掛けには全てメタを張れる聖癖を俺たちは持っている。

 油断は禁物とはいえ、勝てる戦いにはなりそうだ。


「では行こう。そうだな……今回は俺たち上位剣士はサポートに付くことにしよう。敵との戦いはお前たち四人でやるんだ」

「オッケー。日々の訓練の成果、ここで見せてやるってのよ」


 敵の剣士がどこまでの強さなのかは一旦置いておくとして、上位剣士が二人もいる中での三対一は流石に不公平……もとい戦力過多が否めない。


 それが理由の一つなのかどうかは分からないけど、閃理たちは直接戦わず、俺たちに一任するらしい。

 ちなみにこれは敵への情けではない。最悪加減を間違えても良い本番練習といった感じかな。


 何であれちゃちゃっと倒して孕川さんを救おう。

 作戦が決まったところで、俺たちはいよいよ七階へと登る。


 ここだけ人の手が加わっているのか、全部の部屋が統合されて一つの大部屋になっていた。

 丸出しの支柱と雑多に置かれた家具、それに元は壁だった瓦礫が遮蔽物として機能している。


 そしてこの部屋の奥には一際目立つ金属のオブジェ──いや、横たわる孕川さんがいた。

 うわぁ、本当に金属化してやがる。マジで精巧な像にしか見えない。


「みーちゃん……!」

「気持ちは分かるがよせ。間違いなく罠を仕掛けられているだろう」


 あの光景を見て急いで駆け寄ろうとするよーくんを閃理は襟首を掴んで止める。

 そりゃそうだ。敵が作ったと思われるこの空間、何の仕掛けもないとは言えない。


 というか罠があるってさっきの話で説明している。慎重にいかないとそれこそお陀仏だ。


「ふむ……一番手前の机と、最奥の柱の陰に潜んでいるようだ。ここは一つ先手を打とう」


 そう言って取り出すのは聖癖章。こいつは『ストーカー聖癖章』だな。

 権能は『追尾』と『追跡』だから、これを使うと陰に隠れた相手を狙い打てるってわけ。


 問題はそれを誰に使わせるのかだな。

 普通に考えると単純に高い威力を出せる俺や麻痺を狙えるメル、凍結させられる凍原に幻影を見せる幻狼、全員候補圏内だ。


 なんなら舞々子さんが使って封印するのもアリ……っていうかそれでいいと思う。

 果たして誰がこの役を務めるのか──いつでも準備は出来てるぜ。


「これは幼内。君が使え」

「え……?」

「えっ……、ちょ、閃理!? 本気かよ!」


 まさかの判断に、俺は思わず声を上げてしまった。

 何なら周囲の剣士たちは勿論選ばれた本人も驚きのあまりキョトンとした顔になっている。


 何を考えてるんだ閃理は。確かに権能を発動したから今の状況になったわけではあるけど、いきなりそんなことをさせて上手くいくとは思えない。


「俺には無理です。第一やったこともなければ今初めてそれを見たのに……」

「それは重々承知だ。だが、我々には出来ないことを君と福縁ふくえんは可能にする。孕川を救いたい気持ちがあるのなら、やってくれるか?」

「…………!」


 当然の如く拒否するよーくん。だが閃理の説得で渡された聖癖章を静かに受け取った。

 本気マジかよよーくん……!? この先制攻撃という大役を了承するなんて。


 いくら孕川さんを救うことに繋がるとはいえ、さっき俺たちみたいなことは出来ないって言っただろ。

 実際聖癖章を持った手は震えてる。無言のまま自前の聖癖剣を取り出した。


「いいか、それをエンブレムに近付けろ。そうしたら今言った箇所と孕川に当てるつもりで剣を振るんだ」

「命徒にまで!? 一体どういうつもりですか……?」

「最後まで聞け。敵には悪縁を、孕川には良縁を結ぶイメージだ。福縁ふくえんの力と君自身を信じろ」


 剣の使い方をレクチャーしつつ、作戦を伝える。どうやら福縁ふくえんの権能を利用するらしい。

 良縁を孕川さんに繋げ、悪縁を敵に結ぶ模様。信じてないわけではないが、成功するのだろうか?


 閃理の言葉を聞き入れたよーくんは一人大部屋の入り口付近に立つと、鎌部分に装飾されてるエンブレム部に聖癖章を翳した。



【聖癖リード・『ストーカー』! 聖癖一種!】



 権能が承認されて待機状態に移行。鎖の束を左手に、鎌を右手に構えて指示された箇所に集中する。

 まさか剣士に正式登録される前に実践をすることになろうとは。何だか俺と似ているな。


 緊張の一幕。俺も他のみんなも、この行く末を静かに見守る。


「敵に悪縁、みーちゃんに良縁……! 行きます」



【聖癖唯一撃!】



 深呼吸をしてから、作戦の復唱をして聖癖を発動!

 素人らしい大振りの一撃は黒い衝撃波となって生み出され、大部屋を駆け巡った。


 奇妙な軌道を描きながら狙った遮蔽物の陰に隠れる剣士に命中する。


「ぐはっ!? な、何だ!?」

「痛っ! 先制攻撃とかありえないんだけど!?」


 攻撃が当たり、丁度俺たちの視界に入るよう押し出された闇の剣士たち。どうやら男女のペアのようだ。

 そして最後に黒い衝撃波は黄色く変化して、そのまま孕川さんに当たって消失する。


「よし、成功だ。感謝する。君のおかげでこの戦いはどうにかなりそうだ。後は任せてくれ」

「はい、お願いします……!」


 どうやら今ので良かったらしい。閃理はよーくんに下がるよう伝えると、遂に俺たちはフィールドに乗り込んでいく。


 俺たち六人の剣士に対し、二人だけの闇側。さぁ、どう反応する?


「おいおいおいおい、何で上位剣士がもう一人いるんだよ! 聞いてねぇよそんなの!」

「私だって分かんないわよ。そもそも移動先にもう一組いるだなんて思わないでしょ!?」


 案の定閃理と舞々子さんを見て戦慄する二人。

 何やら片方の存在はともかく、もう一人のことは何も知らないというか、情報に無かったらしい。


 ははーん、なるほど。移動先ってことは敵は始めからこの街にいたわけじゃないのか。

 推測だがこいつらは元々東京で孕川さんに接触する機会を狙ってたんだろう。


 でも途中で目標を見失って偶然出くわした二班の後をつけて来たわけだ。

 それなら孕川さんだけを誘拐してよーくんをスルーした理由に説明がつく。なんと愚かしいことよ。


「目標を誘拐するだけでなく金属化で身体を拘束するとは断じて許せん。ここでお前たちを粛正する」


「はっ、悪いがそう簡単に屈するわけにはいかねぇんだ上位剣士サマよぉ。ぶっちゃけ嫌だけど」

「そう。私たちは私たちの信念があるわけ。だから引き下がるのは断固拒否。本当は逃げ出したいけど」


 ぼそっと本音が出てるぞ二人とも。格上がいる上に人数差三倍だから気持ちは分かるけど。

 改めて二人の闇の剣士はお互いの位置を直し、それぞれの剣を構える。もしかしてこれは……。



鋼化剣魂鋼こうかけんたまはがね!】



「俺は悪癖円卓マリス・サークル第五剣士『絶縁リーバー』さん直属、“鋼化こうかの聖癖剣士”! 名を『魂鋼メタリカ』!」



泥遊剣壤塊でいゆうけんつちくれ!】



「同じく悪癖円卓マリス・サークル第五剣士『絶縁リーバー』さん直属! “泥の聖癖剣士”! 名は『壤塊マッディ』! 闇の剣士として正々堂々決闘を申し込むわ!」


 あーはいはい。今回もまた闇側の例に漏れず自己紹介が始まった。マジで全員やるんだな、名乗りそれ

 しっかりポーズまで決めちゃって……。なんであれ気を取り直して敵の姿を拝む。


 銀髪でピアスをつけたチャラっぽい男をメタリカ、茶髪で泥パックみたいな化粧をしてる女はマッディって名前か。せっかく名乗ってくれたんだし、以降はそう呼ぶことにする。


 次は敵の聖癖剣の確認。メタリカの持つ【鋼化剣魂鋼こうかけんたまはがね】は緩く反った片刃の刃物……所謂日本刀だな。

 そしてマッディの【泥遊剣壤塊でいゆうけんつちくれ】はというと、どういうわけかスコップの形をしていた。


 剣……? 一瞬そう疑いたくなったが、冷静に考えると異形の多い聖癖剣だし気にするのも今更か。

 実際よーくんのは鎖鎌、メルに至ってはチェーンソーだからな。


一班こっちは女の方を。二班そっちは男の方を任せてもいいか」

「勿論よ。みんな。後ろは任されたから頑張ってね」


 一通り敵の確認を終えたところで二手に分かれ、予定通り各個撃破する作戦で行く。

 俺たちはマッディを相手にするようだ。はてさて、お相手の力はいかほどか?


 フィールドに出て、部屋の中央で待つ二人の内一人に向けて攻め入るぜ。

 突入前の話し通り後方につく閃理。一方で先鋒の俺とメルは敵と相対する位置にまで近付いていた。


「上位剣士がいるからって私たちに勝った気でいないでよねッ」


 対するマッディは聖癖剣をいきなり足下に突き立てると、そのまま床を削り取ってすくい上げた!

 それだけじゃない、掬い部に乗っていたはずのコンクリ片は何故か泥になっているのだ!


 マジで!? あの聖癖剣、掬い取った物体の性質を変化させる力があるのか!


 なるほどな。常々気になっていた各階の階段を埋めていた鉄塊の構成素材、あれは壤塊つちくれの能力で生み出した泥だったんだ。


 道理で構成物質を解析したにも関わらず封印後はコンクリだけしか残らなかったわけである。


 謎が一つ解決するのも束の間。壤塊つちくれのひと掬いで生まれた泥塊をマッディはそのまま放り投げて攻撃してきた。


 勿論ひょいっと回避。べちゃりと床に落ちた泥はコンクリには戻らず、泥の状態を維持している。


「今のが攻撃? 泥だけじゃ俺たちは倒せないぜ!」

「そんなの当たり前でしょ? 私たちのこと、ナメないでよね」


 挑発も虚しく反論され、敵の思惑は別にあることを悟る。しかしあの泥、警戒はした方が良さそうだな。

 そして──マッディの指パッチンで罠は起動する。


「のわっ!? 危なっ!」


 突如として明後日の方向から泥の塊が飛んできた!

 咄嗟に反応して命中こそ避けれたが、一瞬見えた泥の表面にはガラスやコンクリの破片などが混ざっていた。当たれば傷が付いただろう。マジで危ない。


 そして今の泥は先ほどの泥に向かって飛んできたらしく、それと同化した模様。

 まさか別の位置に仕込んでいた泥を別の位置にある泥まで飛ばせるというわけか?


 だとすれば不味いぞ。この大部屋にはいくつもトラップが仕掛けられているんだ。それを能動的に発動出来るともなれば話はまた大きく変わってくる。



【悪癖開示・『泥遊び』! 泥濘ぬかるむ悪癖!】



「まだ泥は残ってる! たった一回だけで終わると思わないでよね! 悪癖開示・ドロドロパニック!」


 マッディの悪癖開示が発動された! それと同時にフィールドに変化が起きる。


 ありとあらゆる場所に仕掛けられていた泥。それがさっきの泥に向かって弾幕を張るかのように集まってくるのだ。

 ──中に鋭利な破片を伴ってな!


「ぐおおっ!? マジかよこの攻撃!」

「ぬぬヌ……。Dirty and dangero汚いし危ないus! 止めロ!」

「止めろと言われて本当に止めるわけないから! このままやられろ!」


 物質を泥に変換出来るんだから、泥を元の物質に戻すこともそりゃ出来るだろうよ。

 まさか部分的に元の形に戻すなんて器用なことも出来るとは思わなかったがな!


 この攻撃に回避一辺倒の俺たち。しかしあまりにも数が多いから避けきれず服や肌に当たってダメージが重なっていく。

 思ってた以上に強敵なんだが!? 閃理助けて!


「今手助けしてやる」



【聖癖リード・『クーデレ』『ストーカー』! 聖癖二種! 聖癖混合撃!】



 後方で聖癖リード音声が鳴った。その瞬間、複数の氷の刃が飛び交って、俺たちに向かって飛んでくる泥を全て凍結させた。


 それだけじゃない。氷の第二波が中空を駆け巡ると、まだ飛んできてない待機中の泥に次々と命中。大量に積み重なった泥塊も完全に凍結する。


 凍った泥は権能の対象外となり無効──ここで敵の攻撃は全て強制的に中断されたんだ!

 泥を凍らせれば権能を無力化出来るんだな。意外な弱点である。


「私の泥が!」

「痛ってぇ~。よくもやってくれたな。今度は俺たちの番だぜ!」

「Ok。後は叩き切るだケ!」


 やられたらやり返す……それが剣士の礼儀だ!

 俺たちは一気に攻め入った。マッディに向かって剣の切っ先を向ける。


 二対一による剣戟。焔神えんじん廻鋸のこぎりを相手に立ち回る壤塊つちくれ。さぁ、どこまで持つかな!?


「ちっ……。あんたたち光の剣士のくせにそんな戦い方してていいと思ってるわけ!?」

「人質取ってる闇の剣士が言えた台詞か! 悪いが容赦しないぜ!」


 案の定戦い方を非難されたけど、そんなことは関係無い。もっと卑怯な手をそっちは使ってるんだしな。

 しかしマッディ、結構強い剣士だ。スコップ状の特殊な形状の聖癖剣で見事に俺たちと渡り合えている。


 刃先で突き、掬い部のへりは払い切りに対応、そして掬い部の裏側は盾の機能を持つ。めちゃくちゃ自由自在だな!?


 そういえばスコップって武器適正がかなり高いんだっけ? そんな話をどこかで聞いた覚えがあるような無いような……?


「隙ありっ!」

「うおっと!? あんた、中々強いな!」

「あなた、剣士ひとを見る目はあるのね。でも残念。私の強さに惚れ過ぎないでよね!」


 いや別にそこまで言ってねぇよ。自意識も過剰だな、この人。

 しかし戦いは拮抗しているわけではない。敵の実力がどれほどであれ、やはり戦いはこっちが有利だ。


 二対一の戦力差は流石にそう簡単に埋められるものではなく、徐々にではあるが攻撃が通るようになってきた。


 いける────無論慢心はせず、このまま攻めていくぞ!

 ところで二班はどうなっている? ちょっと様子を見るか……。






 ちらと隣の激戦に目を行かせる。そこでもメタリカが一人で幻狼と凍原を相手に立ち回っていた。


「ちいっ、どうなってんだよお前らはよォ!」 

「話す理由はありません。あなたを倒すのが我々の使命。大人しく投降してください」


 どうやら敵は混迷を極めているようだ。不満を漏らす敵の言葉に対し、凍原の返答は冷たい。


 こっちからは分からないが、幻狼がそこいらを駆け回っているのを察するに強力な幻影を展開してるんだろう。いつぞやの交流試合と同様だ。


 幻影に惑わされ、何もない場所で魂鋼たまはがねを振るうメタリカ。やっぱり幻影の権能は強いな。


「ああー、しゃらくせぇ! こうなったら……!」



【悪癖暴露・鋼化剣魂鋼こうかけんたまはがね! 邪悪な鋼が侵食する鉄壁の彫像……!】



「全部まとめて金属にしてやらァ!」



 こっちはメタリカの悪癖暴露撃が発動。刀を床に突き立てると、その一点から金属化の侵食が勢いよく進んでいく!


 剣士を中心に早送りでもしているかの如く金属化していく床や障害物。それだけに留まらず、影響は少なからず二班にも出ていた。


「う、くっ……しまった」

「狐野さん! いけない、金属化に巻き込まれてしまったんですね」


 あろうことか幻狼は今の攻撃に当たってしまったらしい。右足の膝下までが完全に金属化していた。

 凍原は瞬時に氷で足場を作って逃げ道を作っていたものの、幻狼はそういった能力を持たない。


 だから障害物の上に乗って回避を試みたけど、侵食はその逃げ場まで金属に変えてしまったんだ。


「よし、厄介な奴を一人巻き込めた。残るは女、お前の番だ!」

「敵に名乗る名前はありませんが、その呼ばれ方は癪に障りますね」


 似非ポーカーフェイスにムッと不満を意味する表情が浮かぶ。凍原のスイッチが入ったか?

 動くに不自由となった幻狼を下げさせ、凍原は一人敵に立ち向かう。


 金属化侵食の対策か両足には氷を纏わせていて、そのまま滑るようにメタリカとの一騎打ちに臨んだ。

 相手もその気らしく、抜き身の刀を構えた抜刀切り姿勢で迎撃に移る。


 氷と鋼……一見すると氷よりも強固な鋼の方に分がありそうな気もするが、果たして──?


「一対一なら俺が有利! これでも一騎打ち勝負は得意なもんでな!」

「申し訳ないとも思ってませんが、あなたの自慢に貸す耳はありません。ただ、にはお気をつけて」


 怪しい一言。でも俺がメタリカの後ろを見ても当然何もない。

 ただのハッタリか……? そう思ったその矢先。


「うおッ!? な、何だ今の……って、しまっ……!?」

「はあああ──っ!!」


 突然飛び退いてその場から待避するメタリカ。だが今の瞬間を逃さず、近付いていた凍原の剣が奴の腹部を狙う!


 しかし一撃を叩き込もうとした瞬間、身体の一部分を金属化させるというプレーによりダメージは最小に留められてしまう。


 でも今のは一体……? こっちからすれば何も無い空間にいきなり驚いただけのように見えたけど。


「どういうことだ……? さっき足を金属にさせたのに何故さっきのガキがそこに……!?」

「考えさせる暇は与えません!」


 どうやらメタリカを驚かせたのは幻狼だった模様。

 奴は明後日の方向を向いているけど、そこには誰もいない。むしろ幻狼本人は剣を構えたまま後方で待機している舞々子さんの所で足の治療をしている。


 ふむ、どうやら幻狼は戦線を離脱しているわけじゃなさそうだ。

 敵に自分が戦線復帰させているという幻影を映しているのだと考えられる。


 さっきの反応もきっと背後から切りかかろうとした幻狼の幻影を見たんだろうな。

 流石先輩だぜ。使い方が上手い。


「この女も意外に強ぇ……!」

「お褒めに預かり光栄です……が、敵にそう言われても全く嬉しいとは思いませんけど」


 凍原の実力は敵も認めるほどらしい。皮肉染みた返答をして、鍔迫り合いに持ち込む。

 あっちもかなり優勢らしい。とりあえず向こうの心配はしなくても大丈夫だろう。



 この戦い──最後まで気は抜けないが何とかなりそうだ。

 さぁ、俺たちの実力を最後までその身に刻み込んでやるぜ。闇の剣士!

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