第二十三癖『苦い真実、知る者あり』
「むうっ……!」
俺と対峙する闇龍は煤のようなブレスで広範囲攻撃をしかけてくる。だが闇の力は光によって相殺が可能なため、
ふぅ、動きこそ
焔衣……。逃げろとは言っておいたが、実のところ心配しかない。外に出る前にいくつか俺の聖癖章を貸し与えてはいるものの、相手は龍の聖癖剣士。逃げきれるなどとは思っていないからな。
故に一刻も早くこの龍を撃破し、応援に向かいたいのだが
光無き陰が無いように、陰無き光もない。どちらの攻撃も有効打だが、同時に無効でもある矛盾した存在だ。
易々と倒れてくれそうにない相手だ。まったく……手間のかかる!
【聖癖リード・『メスガキ』『シャボン』『緊縛』! 聖癖三種! 聖癖融合撃!】
聖癖章を読み込ませ、その力を行使する。
陰無き光は無くとも光で陰をかき消すことは不可能ではない。光を閉じこめた複数個の泡を召喚し、さらに『緊縛聖癖章』の能力で作り出した鎖で闇龍を閉じ込める。
一切の身動きも出来ないまま一片の陰さえも残さず消えるがいい!
「喰らえ、
鎖に封じ込められた闇龍の周りに浮かばせる無数の光の泡。それらが弾けると激しい閃光が瞬いた。
全方位から発せられる浄化の光。いくらお互いに打ち消し合う属性だとしても、それを上回る量の光をぶつければダメージは通る。正直なところ力技だが、読み通りだ。
闇龍は鎖の中で苦しそうに呻き、そして霧散するようにしてその体躯を消滅させる。流石に今のは有効打になったようだな。
俺の相手は倒した。すぐ側ではメルが砂龍と戦っているが、司る属性が土に関連されるものなだけあり、あまり優位に進められていない様子だ。
助太刀に向かうのは……後からで良いだろう。メルはそこまでヤワな剣士ではない。今はまず焔衣のことが優先だ。待ってろ、今助けに──
【──クラウディが来るよっ!】
「むぅっ……! またお前か、クラウディ!」
「そこは普通お久しぶり、って言うところじゃないかなぁ、閃理くん」
龍と戦っている最中はやけに大人しいと思っていたが、どうやら先に助けに向かおうとした方の妨害するために待機していたみたいだな。
「何故お前がここにいる? 第十剣士と組んで焔衣を狙うつもりか?」
「まぁまぁ、そんな怖い顔をしてると将来きつい顔の老人になってしまうよ。それに私は勿論ディザストくんも彼を始末する気はないし、そこは安心して欲しいな」
「なに……?」
何を言うかと思えば……もう少しマシな嘘をつけないのか。
この女は常に飄々とした態度を崩さず、人を茶化すような物言いをするため個人的に好ましいとは思えない人物。早々に退場願いたいところだ。
「ならば何故妨害をする。お前とて俺一人で龍の聖癖剣士を倒せるなどとは思っているまい。お前がこうして妨害をするのは、俺を焔衣の下へ行かせることが出来ない理由があるんだろう?」
「そんなものはないよ。単に仕事だからさ。ボス直々の命令でね、病み上がりの私を気遣って簡単な仕事……そう第十剣士の補佐をしばらく務める任務を命じられただけのこと。君を通せんぼするのはディザストくんからのお願いだからさ」
第十剣士の補佐? それがクラウディがここにいる理由か。
最凶の剣士にわざわざ監視を付けるのか? 聖癖による呪いによって服従させているであろう剣士に。
如何せん
病み上がりだからとはいえ、今の様子を見るに怪我は完治していると見てもいい。なおさら同行させる理由が分からんな。
一旦距離を置くためにクラウディの剣を弾いて後退。霧でうっすらと輪郭がぼやけて見えるが、俺には何の問題もない。
「それはそうと閃理くん。ディザストくんと焔衣くん……この二人に何か関係性を感じると思うかい?」
「どういうことだ……?」
すると、唐突にクラウディはある問いを俺に投げかけてくる。焔衣とディザストに関係性? 何を言っているんだ。
考えられる可能性など片手で数えるほどしかない。一つが
先代炎熱の聖癖剣士が闇のアジトに単身乗り込み、数本の剣を
故に闇の聖癖剣使いがそれを危険視して剣士が未熟な内に破壊を狙うのも道理。むしろ復讐のつもりで来ているのならば、車をそのまま破壊しにくるほうが合理的だ。
「その様子だとそっちにも心当たりはないみたいだね。残念」
「さっきから何の話だ。奴と焔衣に何の関係がある」
「だからそれを調べてるんだよ。私の個人的な興味でね……ああ、そうだ、少しだけ教えてあげるよ。なにやらディザストくんは焔衣くんに少なからず面識があるっぽいんだ。
こいつ、敵であるにも関わらず天眼通の権能を宿す
とはいえクラウディの言葉が事実ならば耳を疑うような話ではある。
「断る。闇の言葉など信じるに値しない」
「こればっかりは本当だって。頭ごなしに疑う前に信用出来る剣に訊いてみたらどうだい?」
そこまで言うか。
まぁ念のために訪ねてはおくが──
【──本当だよ。クラウディは嘘をついてないよぉ】
「……どうやら嘘ではないようだな」
「ほら見たことか。じゃあ、それを踏まえてもう一度訊ねるよ。ディザストくんと焔衣くん、この二人の間にどのような関係があるのか──調べてくれないかな?」
今回の言葉こそ真実ではあったが、だからと言ってその要求を簡単には飲み込めない。
そもそも関係性を探るということはそれ即ち人の過去に土足で踏み込むことだ。いくら敵であるディザストも含めているとはいえ、焔衣の過去を勝手に知るわけにはいかない。
「だが断る。
それに、ただでさえ昨日あいつの辛い過去を知ったばかりの身。これ以上の過去をエゴや興味のみの感情で知ろうとするなど愚の骨頂。
やって許されることとそうでないことの違いは弁えている。クラウディ、お前の考えはその後者だ。
「……う~ん、悲しいねぇ。君と私の仲なんだから、少しくらい協力したっていいだろうに」
「生憎だが俺はお前と仲良しになったつもりもなければ
俺は再び突撃。刺突攻撃を繰り出し、敵を貫く。
が、それでも予想通り相手は今の攻撃を難なく回避。そのまま反撃に移ってくるが俺も簡単にはやり返されない。即座に剣でクラウディの一撃をガードする。
ああ、やはり病み上がりの身体で出来ることではないな。もはや体調は万全以上と見るべきだろう。
だが俺に出来て奴に出来ないことは多くある。今は焔衣の下へ行くのが優先。予測した未来に従い、タイミングを見計らう。
クラウディの攻撃をかわし、受け流しながら耐える五秒間。三、二、一……今だ!
【聖癖リード・『触手』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】
「なっ……、この程度の足止めで私を止められると思って──」
「思ってないさ。本命はもうそこにある」
聖癖リードで生み出した触手を使い、クラウディの足を捕縛。そして一気にその場を離脱。俺自身の性癖に合わない以上、効力は特段低いが数秒だけの拘束でも十分の働きをしてくれる。
「吹っ飛べェェェェッ!!」
濃霧の奥から怒声と共に現れるのは──そう、砂龍! メルに差し向けられたはずの龍が、今度はクラウディを襲う。
「くっ……、うわぁっ!?」
砂の塊がクラウディを巻き込んで激しく広範囲にまき散らされる砂塵。周囲の霧を一瞬にして砂嵐に変えてしまう。
ぶつけられたのは五メートルもあろう巨体。それに加え触手で足を止めていたのだ。回避はまず困難を極めるだろう。
しかし相手とて
「メル、クラウディの相手は頼む。俺は焔衣の援護に行く」
「うん、任されタ」
敵がしばらく動けなくなるだけでも上々。その間に俺は焔衣の所へ行く。クラウディ相手とはいえメルも実力者だ。心配はいらない。
剣の導きに従って俺は焔衣が逃げ、そしてディザストが追って行った方向へと向かう。そんな時、
【──焔衣のお兄さんとディザストが戦おうとしてるよっ!】
【──暴露撃の一騎打ちをしようとしてるよぉ】
「なにっ……!? 駄目だ、焔衣。奴と戦うな!」
何てことだ……追いつかれていたのは分かり切っていたことだが、まさか戦いに臨んでしまったとは。
このままではまずい。まだ焔衣自身の実力は未熟な上に剣に頼り切りな面もある。いくら剣自体がそれらをカバー出来るほど強力なものであろうとも、万が一にも勝利する見込みは無い。
急げ、仲間がやられる前に介入し、食い止めねば……! そう危機感を抱きながら、もう戦場となっている場所にまであと一歩──の所でそれは起きてしまう。
「──聖癖暴露撃・
「……悪癖暴露撃・
その二つの叫びが俺の耳に届くや否や、周囲一帯の環境は激変する。
肌を焼く熱風が吹き荒んでコンクリートやガードレールを焼き焦がし、黒紫の波動がダメージを受けた地形を破壊した。
一瞬地獄の世界がそこに生まれたか、と思わせる程の衝撃波が襲ってきたが、咄嗟の判断で俺は聖癖を剣にリード。
防御用の聖癖章を使ったものの、それでも元来た場所まで吹き飛ばされてしまう。
「くっ……、一体何が……?」
凄まじいという言葉さえも安っぽく思わせる今の衝撃波。
先の衝撃波によって辺りの濃霧が全て消滅してしまい、辺りの景色がよく分かる。無論、爆心地の様子も──
「あれは……!?」
「だあああああッ!!」
「ふうぅっ!」
破壊された道路の上で繰り広げられる戦い。赤と青の入り交じった炎を燃やしながら剣を振るう焔衣の姿が確認出来た。
本気だ。あいつは今、本気の戦いに臨んでいる。表情も心なしか怒りに満ちているようにも感じられる。
【──焔衣のお兄さん、怒ってる。昔の事件のことを知ってるディザストに掘り返されたからだよっ】
【──ディザスト自身もとても悲しそうに戦っているよぉ】
「……!? どういうことだ……?」
焔衣が怒るほどの昔の事件ということは、つまり親友が行方不明になった事件のことで間違いはあるまい。あのような辛い過去を他人に掘り返される辛さは俺も身に覚えがある。
だが、それを何故かディザストが知っているということ。昨日が初めて他の誰かに教えたと言ったはず。まさか焔衣自身が自ら教えたわけではあるまい。
それだけじゃない。
焔衣の過去を知るもう一人の人物、悲しみの感情を仮面に留めながら戦うディザスト。そしてクラウディの言葉──
「まさか……いや、そんな出来すぎた話が──」
嫌な予感がする。ただの憶測だとはいえこのような考えになってしまうのも致し方がないが、これはあってはならない話。特に焔衣には聞かせられないものに……。
【──ディザストは昔、焔衣のお兄さんと……】
「っ! 止めろ
まずい、あまりにも二人に意識を向けすぎたせいで
急いで制止して囁きを止めるが、二人を紐付ける話を見つけてしまった以上、推測はほぼ確実と言えてしまう。
大変な事実に気付いてしまった……! 今すぐ止めなければまずいことになる。どちらが勝っても不幸しか招き入れないこの無意味で哀しい争いを。
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