第二十二癖『彼こそが、最強の剣士』
急いでアジトを出てみれば、凄まじい濃霧が一面を支配していた。
なんだこれ……こんなに濃い霧は初めてかも。車を停めてる場所だって山にほど近いパーキングエリアとはいえ高い位置にあるって訳じゃないのに……。
「閃理、焔衣。来たカ」
「メル。状況はどうだ。敵なんだろう」
「
少し先からメルの声。そして剣を構えたまま後退してようやく姿を現すけど、本当にやばいくらい霧がすごい。位置感覚を狂わされてるのが分かる。
しかし『曇らせ聖癖章』の力だけでなく、聖癖剣そのものにより影響を及ぼしている可能性もあるとはな。つまり『
クラウディめ……まさかもう一度俺に接触しに来たとでも言うのか?
でもあの怪我は重傷と言っても過言ではない。四ヶ月という決して短くない時間ではあるが完治出来るような物でもないはず。だが聖癖という力がある以上最悪の事態を想定しておこう。
「……ああ、そのようだ。焔衣、気をつけろ。予想通りクラウディが近くにいる。それだけでなく、龍の聖癖剣士もいる」
「にゃっ……!? マジかよ!?」
ぐへぇ!? その情報はめちゃくちゃ助かるけど全然嬉しくねぇ! マジでご勘弁くださいぃ!
クラウディはまぁ何となくいるだろうなぁとは覚悟してたけど、よりによって龍の聖癖剣士まで居るとか嘘でしょ……。
やっぱり目的は復讐か? 一度とはいえクラウディを撃破し、さらにトキシーにも傷を負わせたという快挙は闇にとって嬉しくない事実に間違いはない。
「全員固まるぞ。背中合わせにして死角を無くす。龍の聖癖剣士の前では雀の涙ほどの抵抗にしかならんだろうが……何もしないよりかはマシだ」
「閃理にそこまで言わせるのかよ……。くそっ、せめてもう少し猶予は欲しかったぜ」
言われた通り俺と閃理とメルは背中を合わせて全方位に視線を向けるフォーメーションを組む。無駄な足掻きに違いはないそうだが、それでもやるしかない。
「……来るぞ!」
ついにか!? 俺はグッと堪える体勢に。ここで死ぬわけにはいかねぇから、絶対に何とかやり過ごしてみせる!
そう思ってる中、すぐ近くからドォーン! という激しい音が。何の音かは分からんが、良くない音に違いはない。
心臓の鼓動が早くなるのを実感する。これまで何度も経験してきた死への恐怖か、あるいは初の実践だからか。どちらが由来するものなのかは不明だしここはあえて気にしないでおく。
そして、ザッザッザッと何者かが歩いてくる足音。
分かるぜ、
なんだ……全身に鎧? みたいなのを装着しているのか?
閃理やメルは勿論いつぞやの闇の剣士たちですら鎧らしい武装を付けていない軽装だったにも関わらず、この剣士だけは全身鎧とは。
「“炎熱の聖癖剣士”、ようやく見つけた……!」
「龍の聖癖剣士……。何の用だ」
霧の中から現れたのは全身鎧の剣士。改めて肉眼で見るとすげぇ格好だ。
二つ名に違わない龍の意匠をした鎧は、その厳つさにしては太ましさを感じさせないスタイリッシュでカッコいい鎧だ。あいつが好きそうな見た目してるな……。
……おっと、いかんいかん。今龍美のことを思い出すのは駄目だって。絶対あいつの好みには合ってるだろうけど、そんなのは後回しだ。
ともかく運命から逃れられずご対面となった龍の聖癖剣士。やはり俺を探しに来ているようで、真の目的が知れない。
「あなた方に用事はありません。僕の目的は炎熱の聖癖剣士との対話だけです。無理を承知の上ではありますが、彼とお話させる機会をいただけないでしょうか?」
「断る。闇の剣士の言葉など誰が信用するか。メル、やるぞ」
「うン。焔衣に、指一本触らせなイ」
ん……? なんだ、敵にしては随分と丁寧口調だ。クラウディも言葉こそ軽いものではあったけど、敵であることは隠す気はなかったのに。
でもあの剣士はどういうことだ? 敵意らしい敵意を感じない。俺と話をしたいらしいが……そんなことに何の意味が? クラウディの復讐代行とかじゃないのか?
俺の内心の考えなどつゆ知らず、閃理とメルは戦闘に移る。
まず向かって行ったのはメル。最強の聖癖剣士を前にしてもそのスピードは健在で、一瞬で敵の懐へ潜り込み、剣を振るう。
「僕は
しかし敵──ディザストと名乗った剣士は1センチも押し出されることなく不動のまま自分の剣でメルの
まさか今の攻撃を見切った……? その上で気にすることをせずに俺へ名前の確認をする余裕があるってんのか。これ、マジで超強敵じゃん!
「ああ。最強の剣士サマに名前を覚えられてるなんて光栄だな。悪い意味で」
「当然さ。君は組織で最も危険になりえる存在として認知されている。そして僕個人としても──」
ディザストはそう言うと、メルの剣を弾いてバックステップで距離を取った。霧で姿がぼやけているが、構えている剣の形はよく分かる。
奇しくもその形は俺の剣と同じくロングソード型。黒と紫を中心としたカラーリングと、こちらも鎧同様龍の意匠を感じさせる禍々しい剣だ。
「雷の聖癖剣士と光の聖癖剣士。あなた方を傷つけるつもりはありませんでしたが、僕と彼の邪魔をしてくるのであれば容赦しません」
【
「光よ、喰らえ。稲妻よ、散れ。対の力の前に無に帰せ」
【龍喚曲解・『ヤンデレ』『クイックサンド』! 悪癖置換・闇龍! 砂龍!】
悪癖リード? いや、でも音声は全く別物だ。例によって聖癖はアレだが、これマズいやつでは……?
するとディザストの剣は深い霧越しでも分かる濃い紫色に輝き、それを空中に向かって切ると斬撃のエフェクトはそのまま空中に滞留。そして続けざまに土色になった剣を地面へ向けて切り、また同じようにエフェクトが物質化した。
「現れよ、我が
そして描いた軌道はあろうことか蠢きだし、次第に形となっていく。その形状、あれってまさか──!?
「り、りりり龍だと!?」
なんじゃありゃあ!? ディザストの斬撃波はそのまま膨れながら実体化していくと、あろうことかドラゴンの姿になった。
黒紫色の煤を全身から吹き出す飛龍と砂を被った蛇みたいな見た目の龍。おまけにどっちも五、六メートルは優に越えてるであろう巨体って!
あいつの剣、まさか龍を召喚する能力!? だから“龍の聖癖剣士”なのか!
「焔衣、お前は逃げろ!」
「メルたち、すぐに行ク!」
召喚された龍たち。黒いのが閃理へ、砂のがメルへと襲いかかる。もう幾度となくも思ってることだけど聖癖剣、マジでヤベェ存在だわ!
難敵二人が龍と戦い始めたのを確認してから、ディザストは俺の方へ向かって静かに歩いてくる。おいおい、これ絶体絶命じゃん。
「くっ……!」
剣士生活から大体一週間と数日。実力など当然付いてるはずもなく、俺の頭脳でも運が味方したとしても撃破不可能と判断している。
ここは閃理の言うとおり──逃げるしか手はねぇ。逃亡じゃない、戦略的撤退だ!
【聖癖リード・『目隠れ』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】
俺は目隠れの力を使って逃亡を図る。こんな濃霧の中じゃ流石の龍の剣士であってもすぐには見つけられまい。
やってることはいつぞやにクラウディが俺にした攻撃と変わらない。違いは攻めるか逃げるかの違いだ。
「逃がさない!」
【悪癖リード・『ストーカー』『不感』! 悪癖二種! 悪癖縫合撃!】
んなっ!? 悪癖リードも普通に使えるのかよ! しかもその聖癖コンボはマズいって!
ほぼ見えないような視界の中、懸命に走って距離を置いてるけどそれよりも速く敵の悪癖縫合撃が俺を追跡し命中、効力を発揮してしまう。
発動していた目隠れ聖癖章の効果は不感の聖癖章の力でかき消されてしまった。痛くはなかったけど、それでも軽い吹っ飛ばしを食らう。
「逃げないで。さっきも言ったけど僕は君と話をするためにここへ来た。殺すつもりは毛頭ないし、抵抗しなければこれ以上は何もしない」
「なんだと……?」
俺は近くのガードレールまで転がってぶつかる。くっ……ガードレール一つ超えた先は崖か。こんな所メルは走ってたのかよ。
いや、んなこたぁ今はどうだっていい。あいつは最初も言ってたけど、俺と対話したいってどういうことなんだ?
ディザスト……こいつと俺の関連性なんて何も思い当たる節がない。聖癖の剣士同士であること以外にな。
もしかして
回収──あるいは破壊。どっちにしても俺から剣を奪うことに変わりはない。両方ともお断りだがな。
「な、何が目的だ……? 俺と対話なんて、闇の剣士にしちゃ随分とかわいい目的だけど」
「単刀直入に言うよ。その剣を捨てて剣士を辞めて欲しい。君は闇の聖癖剣使いに追われる身になってはいけないし、光の聖癖剣教会の下についてもけない。一般人として平凡な人生に舵を切り直して欲しいんだ」
「なんだと……!?」
はぁ? こいつは今何て言ったんだ……? 剣士を辞めろだって?
それが俺の命を狙う組織の言うことなのか? これはあまりにも斜め上な言葉に呆れて何も言えなくなってしまう。
「何言ってるんだ、あんた……? 敵のくせに俺の人生の心配か。やってることと言ってること、矛盾してるぞ」
「違う。僕は君の敵じゃない。今は組織としては敵対関係にあるけど、僕個人としては君の味方でいるつもりだ。だから、君には剣士を辞めて普通の人になって、そして本当の意味での味方でありたい。僕は君を守れる力がある! 他の誰にも出来ない、君だけの剣士に」
「なんなんだ、あんたは……」
本当に言ってることがめちゃくちゃだ。敵のくせに敵じゃないなんて矛盾にもほどがある。
こうして剣を持って話してるだけでも端から見れば脅迫だ。そうでなくとも軽くとはいえ俺を吹っ飛ばしてるし、なんなら現在形で俺の仲間を攻撃している。そんなやつが俺の味方だと?
ふざけてる……! 闇の剣士は人をおちょくるやつしかいないみたいだな。こればっかりは頭に来るぞ。
「……っ、ふざけんな! 闇の剣士のくせに俺の味方? 俺を守れる? はっ、寝言は寝て言え。第一俺は剣士になる前からあんたらに何度も襲われてんだ。それだけじゃねぇ、俺の目の前で無抵抗の元仲間を殺そうとしたのも見てるし、俺自身殺されかけたこともある。そんなやつらのこと、根拠もなく信じろなんて言われても無理に決まってるだろ!」
と、俺はまたムキになって言い返してしまった。一度これで死にかけたこともあるのに直らないのは悪い癖だわ。
でも言ったことは全部本心で真実だ。少なくとも今の俺は闇の聖癖剣使いのことを天地がひっくり返るようなことがあっても信じることはないし、可能性すらないとも思ってる。
ここまで言えば、無理だと諦めて本性を現すかもな。それで殺されてしまえば元も子もないのだが。
「……でも僕は、僕のことだけは信じて欲しい。君の行方を眩ませた親友も心からそれを願っているから」
「…………なっ!?」
は……? 今、こいつ何て言った? 俺の親友……だと?
何で、何でそんなこと知ってるんだ? 龍の聖癖剣士がどうしてあいつのことを──龍美と俺が親友だったことを知っている?
その一言だけで俺の頭は何故という言葉で一杯になった。
見ず知らずのやつが俺の過去を知っているなんて明らかに異常だ。昨日閃理に話したことが初めて誰かに自分の過去を口にしたことなんだぞ?
まさか
そうだとすれば非常に悪趣味極まりない。人のトラウマを刺激して……もしその反応を楽しんでるとしたら──絶対に許せねぇ!
気付くと俺はディザストを押し倒して馬乗りの状態で問い詰めていた。鎧の襟を掴んで、その龍面に向かって叫ぶ。
「──ッ、おい! あんた今なんて言った! 俺の親友だと? 何でそのことを知ってんだ!?」
「それを教えることは出来ない。でも、もし言う通りにしてくれれば、確かに今も生きている君の親友──神崎龍美の伝言役に僕がなろう。君にとってもそう悪い話ではないはずだ」
「…………ッ!?」
龍美が──生きてる。一瞬その言葉に惑わされそうになったが、落ち着け俺。こいつは闇の剣士なんだぞ。
どこで俺の情報を手に入れたかは分からないが、そう易々と言葉を鵜呑みにしてはいけない相手。頭に血が上っていても分かってる!
この目的すら意味不明な鎧野郎ごときの言葉に
俺の
【聖癖暴露・
「てめぇなんかが俺の親友を口車に乗せる餌にするな! 許さねぇ……絶対にだ!」
即座に後退して距離を取りつつ必殺の構えを取る。
ああ、怒りが一瞬で最高潮に達したのを強く実感した。見ず知らずの他人に過去をほじくられるのって最悪の気分だな。これも初めて知ったよ。
相手が最凶の聖癖剣士だろうがなんだろうが今は関係ない。龍美をダシに使おうとしてことを後悔させてやる。
「くっ、本気か。いや、それも仕方ないな。……いいよ。君の怒りが僕にぶつけることで直るなら、いくらでも付き合ってあげる。それが──」
【悪癖暴露・
ディザストも俺と同じく暴露撃の体勢に。黒紫色に燃えるオーラを纏う剣の覇気は凄まじいが、
この怒りが起因してるのか、焔は普段よりも数十倍に膨れ上がっている。もっとも今はそんなこと気に出来るほどの余裕なんて無いけど。
焔と龍。光と闇が誇るの最強の聖癖剣同士のぶつかり合い。
しかし剣士同士の実力差があまりにも離れすぎている不平な決闘。でも、この一騎打ちから逃げないし逃げる気も一切無い。
「──聖癖暴露撃・
「……悪癖暴露撃・
強大な二つの力が激突し合い、尋常ではない威力になった衝撃波が俺たちのいる場所を包み込む濃霧を一瞬で霧散させた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます