第二十一癖『聖癖を学ぶ、敵が来る』
「焔衣、今日は改めて聖癖章の使い方について実践も兼ねた説明をしようと思う。準備は出来ているな」
「おっす! お願いしゃす!」
本日もまた訓練をする。ここ一週間くらいは基礎的な剣士としての身体の動かし方などをやってきたが、今日は前に言ってた通り聖癖章関連の訓練もやることに。
昨日の実践訓練では結局どれも使わなかった……っていうか使う隙も無かったから、プロによる改めてのご教授。威勢の良い挨拶で始めよう。
「早速だがお前の性癖について教えてもらおうか」
「何もしてないのに閃理が壊れた」
「いきなり変な誤解をするな。これは聖癖剣士としてとても重要なことなんだ」
あ、なんだ……いきなりそんなこと訊いてくるもんだから仕事のし過ぎで変になったのかと。
まぁそう深く考えなくても聖癖だもんな。ツンデレだのメスガキだの褐色だのと沢山種類がある。これで無関係だと言われたら逆に不可解だわな。
「ところでだが初めて出会った日に俺が剣についての説明をしたことは覚えているな?」
「あー、うん。確か…………ごめん、どんな話だったっけ?」
「『人の欲望の象徴たる“性癖”と理の一部である“権能”を宿した~』のくだりだ。あの時は話せる部分も限られていたから、説明の大部分を省略していてな。今から説明するのはその続きみたいなものだ」
ああ、思い出した。そういえばそんな話をしてたような。
あの時は拉致されたと警戒してたことに加え、いきなり聖癖剣が何なのかをくどくどと説明されたことに疲れて意気消沈しながら話をほとんど聞き流してた気がする。
あの時はまだ剣士になるなんて思っても無かったから仕方なかったってやつだ。今度はきちんと話を聞くぜ。
「聖癖剣の“聖癖”とは端的に言わば人間が生まれつき持つ他者などに願う己が欲望や願望などといった概念──即ち性癖に世界の理や権能を結びつけた物だ。人間が一人一人それぞれ異なる性癖を持つ故か、剣士が違えば同じ聖癖を組み合わせても効力が異なったり差異が出る場合がある。例えば……」
【聖癖リード・『マミフィケーション』『ストーカー』『バブみ』! 聖癖三種! 聖癖融合撃!】
そう説明をしながら閃理は
おもむろに剣を振るとあの時と同様複数の包帯が放たれた。でも閃理のは舞々子さんのと違って包帯の数が明らかに少ないように見えるが……。
そして運動場の向こうに置かれている人型の的に包帯は自動的に向かって行って、そのまま絡みついた。
うん、確かに内容は同じだけど、リード時の音声は勿論、迫力というか物量というか……舞々子さんのとは比べ物にならないくらいにスケールがダウンしている。
「気付いたか? この通り同じ聖癖章の組み合わせであっても使用者の性癖に合わなければ威力や効力が低くなる。俺は包帯に巻き付かれながら母性のある女性にストーキングされるのは好きじゃないからな」
「ちょっと何言ってるのか分かんなくなったけど、まぁ言いたいことは何となく分かったよ」
なんか真面目な変人みたいなことを言い出してきた閃理。これ他の誰かには絶対聞かせたくねぇ会話だ。
つまり聖癖リード能力ってのは使う人の性癖に合ったコンボを決めるほど強くなるって認識で良いんだよな? それを踏まえて俺の性癖の確認をするってことか。
「う~ん……確かにツンデレ系はかなり好きかな。好きな漫画は大体そういう性格のヒロインが出てくるラブコメ物ばっかりだし……」
「まぁそうだろうな。だが俺が訊きたいのはそこではなく、お前が最も好むツンデレという性癖に対し付与することでさらに価値を向上させる別の性癖があるのか、ということなんだ」
本人的には真面目に話してるつもりなんだろうけど、発言の内容があまりにもあんまり過ぎるために真面目に話してるように感じないのはヒドい弊害だなこれ……。
要は『ツンデレ』というメイン性癖にプラスして他の性癖を付け加えることでより高度というか精度の高い技となるってわけね。ふむふむ、案外難しい話だぞこれ……。
考えろ。ああ、記憶の中にある漫画棚の作品たちを思い出せ。なんか良い感じのキャラクターがあったような気がする。
……でもこうして改めて考えてると結構恥ずかしいな。何故自分の性癖をほじくり返さねばならんのか。
いくら剣士として必要なことだとはいえ、やってることは陰キャオタクの妄想レベルだ。ド偏見だが。
「えっと、その……」
「案ずるな。俺とて今のお前と同じく自分の性癖を他人に公開することを恥ずかしがった時期がわりと長く続いたものだ。気持ちは分かるし、今すぐに言う必要もない。だが、暴露や開示以外に汎用性を重視した技を使うためにはしっかりと己を理解することが大切だ。自分自身には嘘をつくんじゃないぞ?」
頼もしい言葉だが、これって結局性癖の話なんだよね……。
なんか一気に馬鹿馬鹿しくなってきたな。そもそも何故聖癖剣を最初に作り上げた人は性癖と世界の理を繋ぎ合わせたのだ。闇と戦う剣士の姿か? これが……。
「色々と分からなくなっているという感じだな。だが焦ることはない。人間、生きていれば性癖に変化が生じることも少なくないんだ。今の性癖が一年先、五年先まで同じであるという保証もない。いっそ一から性癖を開拓するという手もある。メスガキも悪くないぞ」
「ちょ、ちょっとタンマ。言葉の洪水をワッと一気に浴びせかけるのは待って。今剣士になってから一番頭が混乱してるから」
いや~、流石に情報量が多すぎてキツいっす。あとさり気なくアブノーマル側の性癖を薦めるのは止めろーに。
でもまぁ、確かに自分の性癖の範囲を拡大させるってのもアリかもしれない。ツンデレ以外に好きな性癖が何なのか今んところ曖昧なままだし、性癖を増やすことが剣の強さに直結するのならば尚更だ。
ふむ……まぁこればっかりはじっくり時間をかけて開拓していかなければならないな。はい今
「と、取りあえず現状キープで。今は普通に聖癖章を使うだけでも十分でしょ?」
「そうだな。
へぇー、そんな機能も聖癖剣にはあるんだな。これは覚えておかないといけない技だな。いざって時に役立つだろうし。
心のメモ帳に今の言葉を記しつつ、聖癖章の使い方講座は次のステップへ移行。今度は実際にスキャンして技を放ってみることに。
性癖の相性云々は一旦脇に置いておくとして、閃理の所持する聖癖章コレクションから好きな物を借りて使う。俺の持ってるのだけじゃ不十分だからだってさ。
事前に持ってきていたアタッシュケースの中には沢山の聖癖章がごっちゃになって入れられている。閃理が整理整頓出来ない系の人なのは一緒に暮らし始めてから分かってたけど、これすらもそうなのか……。
「えーっと、そうだなぁ……。閃理はどの聖癖章が良いと思う?」
「ふむ、炎と熱を操れる
「お、おう……」
もしかして閃理って特殊性癖に詳しいタイプの人なのかな……。次から次へとアブノーマリティな性癖をお出してくる姿は一種の恐怖さえ覚えるんだが?
常々感じてはいたけど聖癖剣士ってみんなそういう感じの人ばかりなのか? メスガキが好きだったり素面で赤ちゃんプレイが好きだったり人を曇らせるのが好きそうだったり……。
あ、それってつまり俺もその内の一人ってことになるのかぁ。普通に嫌なんだけど。
「これらはどうだ? とにかく使って感覚を覚えるんだ」
「あ、うん。一応聞くけど本当に本気で戦うつもりでやってもいいんだよな?」
「無論だ。俺を誰だと思っている」
え、特殊性癖に詳しい一番頼れる
そうだ、今や当たり前のように使ってるけど一応この場所の説明をしておこう。
運動場。呼んで字の如くな部屋で、普段は剣士の運動や訓練に使用する部屋だ。特殊な加工──例によって聖癖の力だが──が施されており、ちょっとやそっとの技では傷一つ付かないスゲー空間だ。
いつぞやに俺が大量の洗濯物を干した時に使った部屋でもある。というか今も洗濯物を干す時に使ってる。どうでもいいか。
んで、お互いに剣を構えて戦いへ移る。やることは昨日メルとやったのと変わらない実践形式の訓練だが、少しだけ違いがある。
「分かっているな。暴露と開示は禁止、一試合十五分間の制限時間を設ける。上手く攻撃して追い詰めてみせろ」
「今日こそ一本取ってやる……! 閃理、お覚悟!」
今回は聖癖章を使うための訓練だから聖癖暴露と聖癖開示は禁止。さらに制限時間付きの制約がある。
限られた時間と技で閃理を追い詰めるのが訓練の全容だ。流石に手加減はしてくれるだろうけど……大丈夫かな。実はちょっと心配。
「早速使わせてもらうぜ、幻狼のやつ!」
【聖癖リード・『ツンデレ』『擬獣化』! 聖癖二種! 聖癖混合撃!】
俺は早々に二つの聖癖章をリード。俺の
炎と幻影を混合した場合、どのような物になるのだろうか。まずは剣を振るって確かめる!
「はあっ!」
横に一閃。すると炎で描いた軌道から二匹の動物が出現した!
真っ赤に燃える狐のような存在は、動物らしいステップを刻みながら閃理へ向かって襲いかかる。なるほど、こういうのか。
「ほう、炎を獣の形に変えるとはな。だが、使い方が甘い!」
しかし閃理はそう簡単に追い詰められてくれる相手じゃないことは分かり切ってる。軽い一振りで炎の幻獣は二匹とも切られ、姿を消してしまった。
うむむ、まぁ今のやつはどのみち牽制でしか使えんだろう。気を落とさず次の組み合わせだ!
【聖癖リード・『クーデレ』『スプリットタン』『目隠れ』!】
今度は凍原の
クーデレは氷の属性を付与。目隠れに関してはいつぞやのキノコ頭の元剣士が使ってた聖癖章だから内容も分かる。でもスプリットタンってなんだ? よく分からないけど、見えない氷の攻撃であることに違いない。
【聖癖三種! 聖癖融合撃!】
おお、攻撃発動を承認すると剣が冷ややかな冷気を帯び始め、剣の属性が一時的とはいえ炎熱から氷に変わったのが分かる。ここまではっきりと変化を感じ取れるものなんだな。
再び剣を振りかぶって斬撃波を飛ばす。これによって生まれた衝撃波も形が分からないままに閃理の所へ飛んでいくのも感覚で分かるぞ。
「悪くない組み合わせだ。目隠れの聖癖で攻撃を認識出来なくさせることでスプリットタンの聖癖の効果である攻撃倍化を悟されず確実に命中へ持っていけるだろう。俺が相手でなければな」
「ずりぃ……」
くっ、そんなこと言っちゃうのな。当然分かってたけどさ。
閃理の発言は嘘偽りなど当然無く、不可視なはずの攻撃を剣で相殺し、さらに『スプリットタン聖癖章』の効果で増やしたらしい第二波も簡単にかき消されてしまった。
しかし面白い効果だ。スプリットタンなる聖癖には攻撃が二倍に増える能力があろうとは。他にも変わり種な効果を持つ聖癖もあるんだろうか。
でも
「いいか、聖癖剣士にとって聖癖を知るということは即ち攻撃の幅を広げるということだ。そして脳内で攻撃のイメージを固めることでより洗練された攻撃を放つことが出来る。戦っている最中にイメージを練るのは簡単なことでは無いだろうが、出来るようになって損はない。さぁ、まだ五分も経ってないぞ。もっと本気で来い!」
「当然! えっと次は……こいつらで!」
手加減はやっぱりしてくれそうにないが、閃理はきちんと物事を分かりやすく解説してくれるから訓練のやりがいがある。身体で覚えろっていうメルとはやはり経験の差が大きいんだろうな。
手当たり次第に聖癖章をリードし、それを閃理に向けて放つを繰り返す。うんうん、なんか段々と分かってきたぞ。
十五分間の戦闘訓練と軽い休憩を繰り返しつつ、聖癖章もその都度別の物に変更。俺に合う聖癖を探す手間も省けて一石二鳥だぜ。
【聖癖リード・『ピグマリオ』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】
「あーっ! 閃理、なんでそっちも使ってるんだよ!」
「別に俺が聖癖章を使わないなどという縛りはしていないからな。ここからさらにギアを一つ上げていくぞ!」
勘弁してくれ……。もう十何回もやってるけどまだ一度も勝ち判定もらってない上で訓練のペースを上げるのは止めて欲しいんだが?
そして今の聖癖はさっきの候補に上げていた『ピグマリオ聖癖章』。能力は分身の召喚らしいが、リードした剣が
おいおい、閃理一人に全力をそそぎ込んでも勝てないのに、偽物とはいえそれが増えたら手も足も出なくなるだけじゃないか?
まぁこの予想は完全に当たるわけでして、そこから俺は夕方まで続けたが閃理には一回も勝てることはなく本日の訓練分は終了。
一通りのやり方を学んだことで、俺はまた一歩一人前の剣士へと近付けたような気がする。ちょっと訓練が楽しくなってきたのは俺自身の成長している証拠なんだろうな……と思っておくことにしておく。
とはいえもうクッタクタに疲れたことに変わりはない。しかもこっから全員分の夕飯を作るんだから俺の負担はわりと重い。マジで使用人を雇いませんこと?
台所に立つ前にひと風呂キメようかな~なんて考えた時のこと。
ビ──ッ! という警報が館内中に鳴り響いた。
な、なんだァ~!? まさか火事とかか? でも焦げ臭い臭いはどこからも感じないけど……。
「……まずいぞ。敵が来る……いや、もうそこに来ている! すぐ準備しろ!」
「な、なに──ッ!?」
なんですと!? 敵襲だとは全く思わな……かった訳でもないけど、まさかこのタイミングで来るか!?
訓練が終わった直後の疲れてるというのにも関わらずなんて空気の読めないやつ……。ええい、閃理やメルもいるし、どうにでもなるはずだ!
俺たちは急いで剣を取ってすぐさまアジトを出る。敵とは何なのか──というのはもはや不作法な疑問なんだろう。
闇の聖癖剣使い以外にあるまい。最近俺のことを探してる剣士がいるとかの話を耳にしてるけど、そうではないと信じたいところだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます