第二十癖『俺の、心のわだかまり』

「焔衣。理明わからせが教えてくれたから分かってるが、酷い顔だな」

「うん。一生分のビンタを食らった気分だよ。な、メル?」


 んでもって晩飯の時間。適当なパーキングエリアに車を停め、閃理がアジトに戻ってくる頃にはすでに今日の食事は用意済みだ。

 しかし流石に顔のことは把握してるらしく、フッと笑われてしまった。はは、情けねぇ。


 それで、この顔を作った原因へあからさまに話を振るが返答は来ない。こっちの理由も明白だ。


「…………焔衣、酷イ」

「何のことだかさっぱり分かりませんな~? ん~?」


 テーブルの前で気分を沈めに沈めた褐色の剣士が小さくつぶやく。

 メルがここまで落ち込む姿は初めて見るが、んなこたぁどうだっていい。これも世界の均衡を守る剣士として乗り越えなければならない小さな壁だぜ?


 本日のメニュー。白米、味噌汁、漬け物、そしてメインディッシュのピーマンをディップして食べるチンジャオロースとなっております。


 ハッハー! 火を通せば失われる栄養素もしっかり摂取出来る健康的な献立! 前にメルが言った通り栄養のある食事をお出ししたまでよ!

 とはいえ最終的にこのメニューに決めたのは別にさっきの訓練の報復ってわけじゃないぞ?


 ここで暮らし始める前から薄々勘付いてはいたが、メルはかなりの偏食家だ。閃理が料理出来ないのも要因の一つかもしれないが、菓子とインスタント食品ばかりではいつ栄養不足になって実生活に影響が出るか分からない。


 だからきちんと栄養のある食事をしてもらわないと困るわけだ。口では言わないが閃理もそう思ってるだろうしな。


「うむ、生とは意外だったが、案外イケるな」

「でしょ? 俺だって人生持て余してる頃に料理動画見まくってたんだ。多少なり料理をアレンジ出来る技術はあるし」

「その熱意を勉強に生かすことが出来ていれば俺の力に頼らず高校を卒業出来たと思うんだがな」


 うっ、痛いとこを突いてくる……。もう高校の時の話は終わったことだしいいんだよ……。

 気を取り直して食事に戻るとする。前に一回同じ物に挑戦してるから失敗は無いぜ。生のピーマンはシャクシャクのポリポリで食感が良い。それがアツアツの肉にこれまた合うこと。


 しかし、それでもメルは箸──使ってるのはフォークだが──に手すら付けない。食わず嫌いは損するぜ?


「……うう、メル、無理……。食べれなイ……」

「お、おいおい。別に泣くことないだろ!? マジでこれイケるから!」


 あろうことかメルはその場でぽろぽろと涙を流してまで頑なに野菜を拒絶し始める暴挙に。

 そんなに野菜駄目なタイプなのか!? まるで俺が泣かせたみたいな感じになってるけど、これただの我が儘だからな!?


「あーあ、泣かせてしまったな」

「閃理! あんたどっちの味方なんだよ!」


 ああもうどいつもこいつも! あんたはせめて味方でいてくれよ!

 くっ、このままでは埒が明かないし食事にも手をつけれない。なるほど、子供に駄々コネられる親ってのはこういう気持ちなんだろうな……こんなところでシンパシーを感じたくはなかったが。


「分かったから泣くな泣くな。せめて食べやすくはさせるからそれで我慢してくれよな? な?」

「うン……」


 結局俺は我が儘に折れてメルの分のチンジャオロースを本来の形に逆アレンジをすることに。

 勿論そのままではなく、本人がなるべく食べやすいようピーマンを超細切れにして、味ももう少し濃い口にした。これなら流石に大丈夫だろ。


 んで、手直ししたやつを出してやるとメルは泣き止んでようやく食べ始めた。偏食家ってヤベェな……。これもう少し料理を勉強しないとこんなことがいつまでも続いてしまいかねない。


「……舞々子さんにちょっと相談してみるべきかな。俺より料理上手いあの人なら何とか出来るはずだろうし」

「妙案だな。彼女は食に関する資格を多数持っている。相談相手としてはこれ以上ない逸材だろう」

「マジか。じゃあ、近い内に訊いてみるかな」


 舞々子さんとの付き合いも長そうな閃理曰くでは、この考えは正解らしい。太鼓判を押すくらいだ、きっと相談にも快く乗ってくれるだろう。

 とはいえ今すぐなんて出来やしないし、あっちにはあっちのやるべきことがある。ま、後々にな。






 楽しいはずの食事も疲労の溜まる一幕となり、食後は皿洗いに俺は勤しむ。メルは風呂、閃理は別にある仕事で自室に籠もっている。

 ここでの生活もほぼ一週間が経過。もう慣れてはきているが、訓練はキツいしメルは我が儘だし閃理は家事出来ないしで大変だ。


 闇の聖癖剣使いとの遭遇も剣士となってからはまだ一度もなく、前に龍の聖癖剣士の情報を耳にしたくらいか。

 どちらかと言えば平和なんだろう。いつまで続くかは分からないが、ずっとこうであって欲しい……そう思わない訳でもない。でも──


「楽しい毎日だけど、本当にこんなこと続けてて良いのかな……」


 ふと、そう呟いていた。蛇口から出る水の音にかき消されるような声だったが、確かにそう言ったと思う。


 このタイミングで俺は何故か龍美のことをまた思い出してしまっていた。忘れるつもりはないにせよ、楽しいと思える日々を過ごしていると、いきなりその顔が思い浮ばさる。


 ああ、これの正体は分かっている。早い話が足枷呪いだ。

 今生きているかも分からない、仮にそうでなくともどこでどんな生活をしているのかも分からない親友が、遠くから俺のことを恨んでいるんじゃないかと勝手に思いこんでしまう。


 心優しいあいつがそんなこと言うはずはない、と言い切りたい。でも、俺のせいであいつは世間から姿を消すことになった。恨まれても文句は言えない。


「……駄目だな。まだ振り切れてないっぽい。いつまでもこんなんじゃ剣士としてやっていけねぇよな」


 不幸な目に遭わせた親友を差し置いて、俺が楽しく幸せに暮らすなんてしていいのだろうか? そう思ってしまう。


 今までは高校の修学旅行をキャンセルしたり、ギリギリまで進路を悩むフリをして何もしなかったりと俺が損をすることでかき消していた後ろめたさが、迷いから振り切った結果強く表立つようになった。


 あまり認めたくは無いが、まだ俺は足枷呪いに引っ張られているままみたいだ。ま、そう簡単には外れてくれないよな。


「ふぅ、皿洗い終わりっと。次は──」

「……何か悩み事か?」


 次の作業に移ろうとした時、不意に出入り口付近から声が。

 いたのは閃理。仕事とやらをしてるんじゃなかったのか? 一体何用なのか?


「悩み……って何のこと? ってか仕事は?」

「飲み物を取りにな。それよりも何か悩んでいる様子だったが、メルのことではないな? お前は一人でいると時々自分を責めるような呟きをする。特にここに来てからそれが顕著に出ているからな」


 どうやら俺の独り言を聞いてしまっていたらしい。いや、それ以前にきっと理明わからせが今の俺が悩んでいることを看破したのかもしれない。


 どのみち閃理の前で嘘は意味を成さない。変に隠しても余計に心配されるだけだろうから仕方ないか。閃理が相手なら心おきなく言えるし、素直に従っておくことにする。


「うん……ちょっと昔のことだよ。閃理は俺が迷い癖あるの知ってるだろ。俺、昔事件に巻き込まれてからそうなったんだよ」

「……詳しく聞いてもいいか?」


 俺は濡れた皿を拭きながら、背中であの事件の話を口こぼす。閃理も静かに席に着いて話の続きを望む。

 そう、それは俺が中学二年生の頃──修学旅行中に起きた話だ。





 当時、俺は班のリーダーを務めていた。この時はまだ迷い癖も無ければ性格も今よりずっと明るく、所謂クラスのムードメーカー的な存在であったに違いない。


 そんな俺と小学校からの親友であった神崎龍美かんざきたつみ。ある意味俺とは正反対の性格で、物静かで本ばかり読むような大人しいやつだった。友達になった切っ掛けも俺から話しかけたことだしな。


 その親友と他何人かの仲が良い友達を集めて作られた班は、次の目的地へ出発するまでの間を散策という形で時間を潰していた。

 地元じゃやってない店に寄ったり、皆の小遣いはたいてSNS映えするような高い菓子を買ってみたり……まぁ、良くも悪くも普通の中学生だった。


 でも悲劇はその後に起こる。俺は都会という普段は行くこともないであろう世界に興奮した結果、メンバーの意見を押し切って修学旅行のしおりに書いていない少し遠い場所への散策を強行した。これが運命の分かれ道となることを知らずに。


 本来の予定にない歓楽街の近くまで来た俺たち。まぁ、入ることこそ無かったが、その周辺を散策している中のこと。

 ふと目を離した隙に──龍美は姿を消した。まるで存在が消滅したかのように、痕跡の一片も残すことなく失踪してしまったんだ。


 それから俺は周囲をくまなく探し回った。先生にも連絡をし、警察にも頼った。しかし、それでも龍美は見つかることはなかった。

 日本とはいえ誘拐件数はゼロではない。大人が近くにいる修学旅行だからといって油断してはいけなかったんだ。


 神崎龍美は誘拐事件に巻き込まれてしまった……それが世間一般の認識になっている。

 結局最後まで龍美は見つかることはなく修学旅行も中止に。一時期全国ニュースにもなったし、当然ながら龍美の家にはマスコミが波のように訪問してきた。


 当事者である俺も無関係のままとは言えずインタビューを受けたことも何度もある。まぁ、俺の発言が使われたことはあんまり無かったけど。


 俺があの時、皆の意見を押し切って遠くに行こうなんて考えなければ、きっと龍美は誘拐されずに済んだはず。修学旅行も中止になることはなかったし、龍美の親にも迷惑かけることはなかった。


 全部……全部俺のせいなんだよ。親友が誘拐されたのも、一大行事が悲劇の舞台になったのも、その全てが。

 その後の俺は病んでしばらく学校に来れなくなった。全部の元凶である俺が来るべき場所ではない……そう思い込むようにもなったからだ。


 そんな状態で勉強に身が入るわけもなく、当時の友達とも関わりを持たなくなった。流石に三年に上がる前には復帰はしたけどさ。



 これが俺の人生最大の転換となった事件。親友の行方不明というあまりにも悲劇的な過去の──俺が知る全てだ。





「剣士になるって決めたのも剣に選ばれたことの使命感だけじゃなくて、こうして世界の裏から龍美の情報を探し出せれたらなーって淡い期待を寄せてるのもあるしな。ま、望み薄だろうけど」

「……そうだったのか。軽率に訊ねてすまなかったな、お前にとっては口にするのも心苦しい話だろうに」

「別に閃理が気にすることじゃないだろ? もう過ぎたことだし、それに……俺はまだあいつが死んだなんて思っちゃいないからな。いつか見つけ出してみせるさ」


 そうだ。普通の人生を送れば絶対にあいつを見つけることは出来ない。

 でも聖癖剣という世の理、その権能を操れる存在に深く関わる聖癖剣士であれば形はどうあれ情報を見つけ出せる可能性がある。


 理明わからせのような人の個人情報を知ることが出来る剣だってあるんだ。きっと、探し人を見つけ出す剣だって存在するかもしれないしな。


「ちなみに聞くけど、特定の人物を捜し出せる能力の剣ってある?」

「俺が知る限りではそれに近い権能を宿した剣はあるが、現在の所在は知れないな。似たことなら理明わからせも出来なくはないが……流石に過去の話から現在の居場所を特定することは出来ない。現に今、不可能だと言われた」


 うぉ、マジで存在してたのか。ほんと何でもあるな聖癖剣。でも運の悪いことにその剣は今はどこにあるか分からないらしい。

 反応を見る限り閃理はその剣の聖癖章を持ってる感じでもなさそうだし、理明わからせも無理と答えた以上は諦めるしかない。非常に残念だ。


「ま、いいや。剣に頼りっきりってのもアレだし、探せる情報は自分で見つけるよ。……うん、このことを誰かに話すのは初めてだったから、少し気分がすっきりした。この話を最初に聞いてくれた相手が閃理で良かった」

「そうか。こんな些細なことでもお前のためになれて何よりだ」


 ふぅ、誰かに自分の過去を話すってのは案外心地の良いものだったんだな。知らなかった。

 内容が内容なだけにあまり気軽に言いふらせるわけじゃないけど、今ので少し肩の荷が降りた気がする。


 もう今は過去の足枷呪いを感じない。一時的なものかもしれないが、それでも十分だ。

 ありがとう、閃理。あんたが上司で良かったわ。お礼と言っちゃなんだが、明日の晩ご飯にデザート付けてあげるから。


「さ、俺は夜練の前に明日の飯の準備だ。メルでも安心して食える料理の勉強もしなくちゃだしな」

「俺もそろそろ仕事に戻ろう。……ああ、そうだ。お前自身にとっては良く思わない過去でも、お前のことを知れて良かったと思っている。いつか、親友を見つけられればいいな。おやすみ」


 去り際に閃理は俺にそう言ってくれた。俺のことを応援してくれてるみたいで、少し……いや、かなり嬉しい。

 こんな良い上司を持てるなんて、我ながら幸運だな。きっと普通の人生ではこうはいかないだろう。人格者である閃理に改めて感謝しておく。


 さて、んじゃあ俺もスープの仕込みして夜練して寝る! 明日は勿論明後日も訓練は続いていくんだ。剣士として、しっかりとした生活を心がけなきゃな!




 龍美。俺、今が一番楽しいよ。お前を不幸に遭わせたのは心から反省してる──けど、いつまでも後悔し続けてるわけにも行かないからな。


 剣士として、普通じゃない人生を歩み出したからにはきっと見つけ出してみせる。親友である俺との……約束だからな。











 時刻は深夜。うん、夜風を全身に受けながら移動するのも悪くない。春先じゃ流石にちょっと寒いけどね。

 それはそうと復帰後としては初の仕事だ。四ヶ月と一週間のブランクは中々大きいものだけど、しっかり完遂してみせるさ。


 うーん、しかしねぇ……いくらボスからの命令とはいえ、一体全体どういうわけか龍の聖癖剣士と共に行動することになろうとは思わなかった。別にイヤではないんだけどさ。


「ねぇ、『災害ディザスト』くん。君は以前、光の聖癖剣協会の剣士がいる場所に行ったそうだけど……それは一体どうしてだい?」

「炎熱の聖癖剣士を探すために接触したまでです。それ以外の目的はありません」

「うーん、つれない回答だねぇ。まぁ相手が封印の聖癖剣士なら流石に撤退を優先したい気持ちも分かるけど、せめて一太刀入れておいたら良かったのに」


 私は暇つぶしも兼ねて龍の聖癖剣士──コードネームを『災害ディザスト』とする彼へ先日の件についてを訊ねてみることに。

 何でも私がこの任務へ異動になる少し前に、あろうことか封田さんのいる第二班の所へ行き、何かをしてきたという。


 本人曰くでは炎熱の聖癖剣士の捜索……とのこと。ふ~ん、何かアヤシくない?

 だって最凶とも名高い剣ならば封印の聖癖剣を相手にしても引けを取らないし、むしろ正面から勝てる可能性の方が圧倒的に高い。


 何なら一人で第二班の壊滅だって不可能じゃないんだよ。それほどの力を秘める剣を持ちながら、ただ行って帰ってくるだなんておかしいと思うんだけど?


「それで、収穫はあったのかな?」

「…………」

「うーん、君は反論がないと急に黙り込んじゃうよね。肝心なところで気が弱いというかなんというか」


 もう質問に対する無言の回答を決められるのは毎度のこと。わざわざ乗り込んだくせに手ぶらで帰ってくるとは情けない。


 ま、それもいいさ。別に壊滅させたところで私の手柄になるわけでもないし、本人が良いのであれば批判まではしない。まずは他者を尊重する、それが私のポリシーだからね、うん。


「はあぁぁ、そんなことより復帰早々また焔衣くんと会える仕事を寄越してくれるなんて……ボスはやっぱり分かるお方だ」


 ディザストくんの良くない癖はともかくとして、私クラウディの復帰後初の仕事はなんと! 焔衣くんと会うこと!


 ……いや、正確には龍の聖癖剣士の補助という形で一時行動を共にすることなんだけどさ、そのディザストくんの目的が炎熱の聖癖剣士……つまり焔衣くんというわけだ。


 いやはや、あの時元自宅を破壊されてでも話しておいて正解だったなぁ。我ながらナイス判断だと思うよ、うん。


「騒がないでください。耳障りです」

「うーん、相変わらず酷い言い草だなぁ。お互い焔衣くんに執着がある者同士、仲良く出来ないものかなぁ」


 突き刺すような害意の視線を感じるけど、気にしないのがクラウディ流。うーん、でも少しだけ気になる部分があるよね。

 先日の一件から少し彼の調べを進めてるけど、今のところはこれといった進展はない。ディザストくん絡みの事件を漁っても成果はいまいちだ。


 どうやら彼にも焔衣くんに対し少なからず感情を動かされるような何かを秘めているようだけど、それが未だに何なのかは不明のまま。

 もっと深いとこまで探すべきかな……。うん、例えば組織に入る以前のこととか。駄目で元々、本人にも訊ねてみるべきかもね。


「ところでだけど、君は焔衣くんとはどういった関係なんだい?」

「……炎熱の聖癖剣士とは何の関係もありません。組織を一度壊滅しかけたと謂われる厄介な剣を僕が葬る。それだけです」

「何ともまぁ……殊勝な心がけだ」


 うん……まぁ、返答は案の定な内容。でも、それが嘘であることはすぐに分かった。

 確かに彼の言う通り闇の聖癖剣使いという組織は大昔に一度、【対陽剣焔神ツンデレけんえんじん】によって壊滅寸前にまで追い込まれたことがあるというのは事実らしい。


 当時の悪癖円卓マリス・サークルもほとんどがやられ、ボスが直々に出たとも聞く。と言ってももう七十年以上前で残存資料も少ない口伝えの話だけど。


 まぁ今の話は脇に置くとして、さっきの発言は半分……いや少しばかり事実かもしれないが、絶対に本心ではないだろう。

 何せディザストくんは嘘を言う際には必ず話している人から背けるように顔ごと視線を逸らす癖がある。


 今もその癖がはっきりと出ているんだなぁこれが。伊達に五年間も同じ組織にいないよ。彼のことはそれなりに見てきているつもりだからね。


「もうすぐ到着します。降りる準備をしてください」

「はいはい。にしても君の移動方法はなんでこんなにファンシーなんだろうね」


 どうやら色々話してる間に目的地が近付いてきたようだ。ディザストくんから律儀に着陸の指示が出たから、大人しく準備はしておく。


 彼が普段移動に使っている手段は他とは大きく違う。本来であれば車を使うなり公共の移動設備電車や飛行機を利用するけど、特殊な剣である彼の聖癖剣は移動という概念さえ自分色に染め返してしまう。


 なにしろ私たちが今移動しているのに使っている物というのが──彼が生み出したなのだから。


 うん、これは物の例えや比喩的表現ではない。本当に本物の──とは言っても聖癖剣の力頼りの存在でしかないけど──ドラゴン……大きなトカゲみたいな空想上の生物だ。


 そんな私たちを背中に乗せて飛んでいる飛龍は大きく羽ばたくと目的地へ向けて急降下を開始。私は振り落とされないよう背中の突起にしがみついて風圧に耐える。


 ものの数秒を経て飛竜は地面へ四足を着き、着陸に成功させる。うん……正直乗り心地は良くないから積極的には利用したくないんだよなぁ。


「着きましたよ。すぐに降りてください」

「はぁー……もう少し可愛くて移動が楽なのは無いものかな? 例えば気球みたいなふわふわ浮かぶ丸っこいドラゴンとか」

「ファンシーなのはどっちの頭ですか」

「女の子はみんなファンシーは好きなんだよぉ~~」


 オウム返しの突っ込みを食らったけど、まぁ私だって女の子だしー? 相応に可愛い物は好きだしー? 如何にも男の子が好きそうな無骨でスピード重視っぽい龍はそこまで好みじゃないわけだしー?


 おまけに否定しないってことはリクエストの龍はあるにはあるってことだから、根は心優しいディザストくんなら応えてくれるって信じてるからね。


「良い歳してそんなこと言ってると生涯独身ですよ」

「うぐっ、君そんなに毒舌だったっけ……? 組織に入ったばかりの頃は子猫のように可愛かった記憶があるんだけど」


 うぅん゛っ……!? 後輩兼同僚兼教え子兼組織の幹部が一人が私を虐める……。ちょっと今の発言は流石に傷ついたよ?


 最近ちょこっと気にしかけてきたところを的確に突いてくるとは恐れ入った。でもいいもん! 晩婚化が進む近年の結婚適齢期は三十代半ばまでだし、言っても私まだ今年で二十七歳だし余裕余裕。


 流石に内心落ち込む私だけど、そんなことはつゆ知らずと言わんばかりにディザストくんは飛龍に向けて剣を構える。

 すると、人を背中に運べるほどの巨躯をしていた龍は一瞬にして剣へと吸い込まれるように消えていった。いつ見ても不思議で便利な能力だよ。


 これこそ彼が所有する最凶の聖癖剣【龍喚剣災害りゅうかんけんさいがい】の能力。あらゆる権能をという形として行使することが出来る“龍の聖癖剣士”の称号に違わない力だ。


 事実上を本家以上にまで扱えるだけあって、その能力は言葉だけでは表現しきれない。今の飛龍だってその力で顕現させたものだしね。


 お互いに本気で戦えば──うん、きっと軍配は彼の方に上がるだろう。もっともただで負ける気もなければやり合うつもりも毛頭ないけど。


「いつまでも捻くれてないでさっさと入りますよ。あなたが外に居たいというなら止めませんが」

「可愛くなくなったなぁ……」


 とほほ、と前時代的に悲しみながら闇の支部拠点である建物の中へと私たちは入る。しばらくの間ここで生活することになるだろう。

 この悲しみは今度、焔衣くんに会って癒すことにしよう。うーん、次に会える時が楽しみだよ。

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