第二十四癖『俺は、あいつの剣士になる』

 必殺暴露撃の撃ち合いはお互いの技を相殺する結果になった。本気の力を込めたのにも関わらず打ち消すなんて……!

 でも俺は負けない。この怒りが叫ぶように、全てをぶつけきるまでは絶対に負けるわけにはいかない。


「だああああああッ!」


 焔魔天変の赤と青の焔を維持したまま俺は接近戦へと持ち込む。このたった一週間弱とはいえそれで培ってきた剣技や動き、その全てを奴にぶつけるんだ!


 だが俺の未熟なフィジカルではどうしても動きに限界はある。多分剣の補助があっても出来ないことはあるだろう。実際俺の攻撃は簡単にいなされて決定打を与えられていないままだ。


 閃理とメルから学んだことだけでは全然足りない。先代の記憶を介して得たことも生かさねば勝機はない。



【聖癖リード・『ピグマリオ』『スプリットタン』『擬獣化』! 聖癖三種! 聖癖融合撃!】



 俺は出撃前に閃理から受け取った聖癖章と、さらに幻狼の聖癖章を三枚スキャン。

 分身、能力倍加、幻影。この三つの力を合わせた効果と頭で考えたイメージを追加することで剣はそれを具現化してくれる!


「分身……! いや、それだけじゃないのか?」

「お前だけは、ここで倒す!」


 まず俺から焔の分身が出現。さらにそれを二倍にして数を増やし、幻影を纏わせた。

 これでピグマリオの分身能力の弊害である『剣が宿す属性の塊が人型になって出てくる』のを書き換え、相手には全ての分身が俺の姿に見えているだろう。


 本物含め三人となった俺。一目で見分けはつくはずがない。このまま仕掛ける!

 分身してそれぞれが独立して動く俺らはディザストの周囲を囲いながら走り、分身の一人がディザストへ特攻。剣を大振りに構えたまま切りかかるようイメージして向かわせた。


「……っ! ふうぅっ!」


 するとディザスト。この分身に惑わされているのか一瞬躊躇うかのような仕草をした後、迫る分身に剣を持ったままの拳を構える。


 何だ、今のは……。いやそんなこと気にしてる場合じゃないな。

 ディザストに向かって行った分身は姿こそ俺その物のはずだが、実体は炎の塊。触れてしまえば当然──


「なっ……、うぐぅっ!?」


 奴の拳へ自ら突っ込んだ分身は一瞬で炎の塊に戻る。それは同時に拳を炎の中へ直に突っ込ませたようなもの。

 即興の作戦だったが上手く行った。ディザストは自分の剣ごと右腕が炎に包まれ燃えている!


 はっ、まさかこんな単純な方法に引っかかってくれるとは。勿論これで終いじゃねぇ。奴が炎に気を取られている間にトドメだ。


「勝負あったな、ディザストぉ!」


 俺はもう一度聖癖暴露撃へ移行。もう一人の分身から炎を吸収し、必殺の構え!

 やるなら今しかない! 再度俺は全力を絞り出して攻撃する!


「焔魔天ぺ────……ッ!?」


 赤と青の炎が交わる必殺の一撃を叩き込もうとしたその瞬間──そう、そのほんの一瞬の出来事だった。

 奴は燃えさかる腕など気にもしないかのように自分の剣を地面に突き立て手放すと、そのまま俺の剣を……しかも刃の部分を手掴みしやがった。


 なに…………!? いくら鎧を着けてるとは言えそんなことするか普通!? 荒技なんてレベルじゃねぇ、やってることは異常そのものだ。


「……驚いた。僕が知る限りの話ではこの短期間でここまで戦えるなんて予想していなかった。流石にクラウディさんが言うだけはある」

「は、離せ……!」

「断る。君を剣士でいられなくさせるためには、まず焔神えんじんとの繋がりを断ち切らなければいけない。それをここでやる」


 焔神えんじんとの繋がりを……断つだと!? ま、まずい。どんな方法でそんなことを実現させるのかなんて全然分からないが、今の状況はとにかくヤバい!


 急いで距離を置こうにも剣身を掴む手はくっついたみてぇに全然離さねぇぞ!?

 ヤベェ、一瞬で攻守逆転されちまった。このままじゃ俺の剣が駄目になっちまう。


 何か方法は無いか──そう思ってはいても、出来ることは全力で剣を引き抜こうとするだけ。だが当然抜けない。くそっ、ここで俺のフィジカルの弱さが仇になるなんて!


 どうする……? この道路の奥に閃理たちがいることは分かってるけど、さっきの暴露撃のぶつかり合いで道は崩壊してて簡単には渡れない。すぐに助けに来れないのは明白だ。


 一発賭けてみるか? 剣士から剣を無理矢理奪うと剣側が報復するっていうアレに。でも相手は最強の剣士、報復もねじ伏せられるかも。



 ヤバい、ヤバい、ヤバい! 打つ手が無ぇ! このままだと俺、剣士じゃいられなくなる!


 そうなったら最後、俺は龍美を探し出せる最大のチャンスを失うことになる。普通じゃない人生を歩んだのはそのためでもあるんだ。こんなにも早く終わらされてはたまらない。


 せめて、せめて奴の気を引いてチャンスを作らないと。……考えろ。何かあるはず。

 ──そうだ。この話を振れば少しは何とかなるかもしれない。手段を選んでる余裕はない。とにかくやってみるべし!


「ディザスト……。俺が何で剣士の道を選んだか分かるか?」

「…………いや」

「へぇ、俺の過去は知っておきながら剣士になった理由までは知らないとはな。馬鹿みてぇに偏った情報収集能力だぜ」


 おいおい待て待て俺! 挑発はナシだって! 緊張と焦りでおかしくなってるな。落ち着け俺。


 口にするのは挑発じゃない。俺が語るのは剣士になった理由だ。

 相手も何か理由があって俺に剣士を辞めさせようとしてるわけだし、俺に対しては妙に優しげなんだから、言えば少しくらい考えてくれる……と信じたい。


「俺はな、この剣の後継者としての使命感だけで剣士始めたわけじゃねぇ。お前も知ってる神崎龍美のためであるんだよ」

「……! デタラメを。彼に何の関係がある」

「確かにあいつとこの剣は何の関係も無い。でもな、俺が剣士になったのはあいつの行方を世界の裏から探し出すことだからだ! 普通の人生じゃ絶対見つけられないって分かってるからな。実際お前は今のあいつの居場所を知ってると来たもんだ。はっ、大ビンゴじゃねぇか!」


 そうだ、もう何度も心に決めたんだ。この普通じゃない人生──そう聖癖剣士という立場なら龍美を必ず探し出せるって。

 そして実際に糸口は見つけた。今目の前にいる人物がその鍵を握っている。俺の選択は大・大・大・大・大正解よ!


「俺は龍美を見つけ出して、あの時のことを謝るんだ。俺の馬鹿で誘拐されたこと……そのせいであいつの親にも迷惑をかけたこと。そして何より龍美の人生めちゃくちゃにしてしまったこと、その全部を! だから、こんなところで剣士辞めるわけにはいかないんだよ、鎧野郎!!」

「…………っ!」


 その瞬間、ディザストの掴む手が弛んだ。よし、今がチャンスだ!

 俺は一気に焔神えんじんを引き抜く。案の定簡単に離れて俺はディザストからすぐに距離を取る。


 ふぃー、危ないところだった。危うく剣士じゃなくなるところだったぜ。

 しかし何故ディザストは剣を掴む手を弛めたんだ? まさか俺の話に感動してくれたとか? まぁ、理由はなんだっていいけど。


「ま、そういうわけだ。お前言ったよな、俺の剣士になるって。なら俺は龍美あいつの剣士になってやるよ。お前と龍美がどういう関係なのかは知らないし気になるけど、いつかお前を倒して居場所を吐かせてやる。そして救い出してみせる」

「そうか……。それは……楽しみだ……」


 お? なんかさっきまでと比べて素直に聞いてくれた。まさか本当に感動したとかそういうのか? 相変わらず鎧のせいでくぐもった声だが、涙声に聞こえなくもない。


 燃えさかる腕を振り払って一瞬で鎮火させると、剣を持ち直して再び構え始めた。ま、まだやろうってのか……?


「……やっぱり、今日はもういい……。大人しく引き下がる……」


 と、思ったらすぐに剣を下げた。そして撤退の意志を俺に伝えるや否や、聖癖の力を使って一瞬で消えてしまった。

 そこまで感動するような話ではないだろうに……。もしかして中の人は案外涙もろいのか? なんか龍美みたいだな……。


 ……いや、まさかな。だってあいつ、そこまで運動神経良くないし、本ばっかりのファンタジー大好き人間だし。剣士とか憧れはしてもなるのは無理でしょ。

 俺も疲れて思考能力が落ちてるな。あー、そういえば今日の献立何作ろうとしてたっけ。


「焔衣!」


 すると奥から閃理の声が。ここに繋がる道路壊されてんのに良く来れたもんだ。流石上位剣士。

 でも息を切らしながらこっちに来る様子は何か珍しいというか何というか。そんなにあの龍に苦戦したのかな。


「はぁ、はぁ……。無事か? 怪我はしていないな?」

「うん。あっちから退いてくれた。まぁほとんど見逃されたようなものだけど」

「いや、それは間違いなくお前の実力だ。見ていたぞ、あの聖癖使いを。即興で考えたにしては十分実践に使えるものだ……よくやったな」


 えへへ、褒められた。無茶をしただけはあった……けど、結局は試合には勝って勝負には負けたみたいなもの。間違いなく俺の勝ち星ではない。


 悔しい気持ちはすげぇある。いくら最凶の聖癖剣士相手とはいえ、一瞬マジで倒せるんじゃないかと思った瞬間があった。しかし、それはいとも簡単に覆されてしまった。


 結果としては俺自身の限界を実感する戦いになってしまった。ああ、例えるなら推奨レベル以下でボスに挑んで負けたって感じの気分。ゲームに例えるのもアレだが、俺のボキャブラリーじゃこれが最も正確な表現だ。


 あいつから龍美の居場所を聞き出すためにも、今以上にハードなトレーニングをしなければなるまい。今後の課題として取り組むべきだな。


「ところでメルは?」

「ああ、クラウディを見張っていたが……どうやらディザストに妨害されて逃がしたと理明わからせが教えてくれた。もう戻ってくるだろう」


 やっぱり襲ってきてたんだな、クラウディ。まぁ俺の所に来なかっただけマシだけどさ。

 そして撤退したディザストはやっぱり仲間を放って帰るなんてしないか。しっかり奪還してお帰りになった模様。


 ふぅ……ま、何とかはなったみたいだな。形はどうあれ一件落着、車に戻ろうか。


「……焔衣」

「ん? なに?」

「いや、何でもない。今日は無理して食事を作らなくてもいい。こういう時こそインスタント食品に頼るべきだ」

「え? あ、うん」


 え、今日は料理サボっていいの? ま、疲れてるのは確かだしお言葉には甘えておくけどさ。




 そんなわけで龍の聖癖剣士強襲事変は終わった。多くの違和感と謎を残して。

 まさかこんなにも早く龍美の手がかりを得られるなんてな。やっぱり剣士になる選択は間違っていなかった。あいつを救うまで剣士は絶対に辞められない。


 ああ、いつかリベンジだ。龍の聖癖剣士 ディザスト! 必ずその仮面を壊して中の顔を拝んで、直接居場所を吐かせてやるからな……!











「あ~あ、服の中まで砂だらけだ。早く戻ってお風呂に入りたいよ。ねぇ、ディザストくん?」


 強襲作戦は半ば失敗という形に終わり、私たちは現在アジトまで撤退中。相も変わらず無骨な飛龍に乗って不快適な空の旅をしているところだ。


 う~ん、残念極まりない。焔衣くんが側に居たってのに待機だなんてディザストくんも悪いことをする。一緒に戦えば百パーセント勝てたっていうのに。


「それにしても、まさか龍の聖癖剣士であろう君が撤退を選ぶなんて。まぁあの爆発音は災害さいがい焔神えんじんの暴露撃が衝突し合った音だろう。砂の中でも気付いたさ」

「……はい。僕の技は彼の暴露撃によって完全に相殺されました。焔神えんじんの強大さを身を以て実感したところです」

「そうだろう。何せこの私が認めた剣士だからね、焔衣くんは。強くなってて当然さ」


 ……ふぅん、何だか今日はそんなに皮肉った返しをして来ないなぁ。普段よりも大人しい感じがするけど。


 でも想像通り焔衣くんはディザストくんを驚かせる成長はしていたみたいだ。焔神えんじんの強さあっての賜物かもしれなけど、それを扱える彼自身の才能を見通していた私の目に狂いはなかったようだ!


 残念なことに今日はご対面とはならなかったし、ついでの閃理くんからも何のヒントも得られなかったけど次こそはしっかり私の目的達成を狙う。そう簡単に諦めないのがクラウディ流だからね。


「……兼人」

「ん? 今何か言ったかな?」

「何でもありませ──……っ!?」


 何か空耳したかな、と思ってふと左を向いたら……ありゃ! これは一体どういうことだ?

 ディザストくんの鎧……その右腕の鎧が全てが突如としてボロボロになって崩れ落ちてしまったんだ。思わぬ出来事に本人も驚いてるのが分かる。


 彼の龍の鎧が砕けるなんてことがあるのか……。うーん、少なくとも私は初めて見たよこの現象。こんなこと起きるんだなぁ。


 焔神えんじん相手に相当無茶したか、あるいは鎧自体がもう限界だったのかは分からないけど、これをやったのは間違いなく焔衣くんによるものだろう。俄然仲間に引き入れたくなってきたねぇ。


「…………そうか、やっぱり諦めるのは早いな」

「諦める? あ、もしかして勧誘のことでしょ? なんだなんだ、やぱり君もそう思うか! うんうん!」

「ふざけたことを抜かさないでください。彼を闇に入れるのは大反対ですので」


 鎧越しで受けたのか、ディザストくんは軽い火傷の痕がついた手を握っては開くをして何かの感触を確かめる仕草をする。仮面の奥からフッというほくそ笑いをしたのも何となく分かった。


 うーん、本心ではどんなことを考えているんだろう。思い詰めてるにしては不機嫌ではなさそうだしなぁ。

 気を紛らわす冗談を言ってみたら、ここでようやくいつもの皮肉屋が帰ってくる。うんうん、これぞディザストくんって感じだ。


 ちょっとしたハプニングこそあったけど、私たちの帰路は順調そのもの。あと十数キロくらいで支部拠点に着くだろうね。

 そんな中で右腕だけすっきり鎧が無くなったことが気になったのか、ディザストくんはいきなり鎧を外し始めた。


 外すとはいっても彼の鎧は特別な物。一瞬にして光の粒子となって剣に吸収されてしまう。ま、実を言うと一種の龍なんだよね、あの鎧。


「珍しい。君が人前で鎧を外すなんて」

「炎に当てられて火照った身体を冷ましているだけです。他意はありません。というかこっち見ないでください」


 あーはいはい、立場が逆転してるような気もしなくもないけど、言われた通り異性の肌着インナー姿は目に入れておかないことにしておくよ。これも先輩兼先生兼上司兼同僚の気遣いってもんさ。


 身軽になったディザストくんは黒い髪に男の子らしい身体つき。だけどそのわりに顔は童顔。俗に言う中性的なさわやか系美青年だ。初めて会った時はもっと女の子っぽかったけど。


 普段は常に鎧姿でいるから素顔を知らない者も多い。ま、知ったところで口の悪さに幻滅するだけなんだろうけども。


「クラウディさん」

「ん、なんだい。この私に頼みごとかな?」

「はい。次に炎熱の剣士と戦う時は絶対に来ないでください」

「ヴェッ!? いきなり戦力外通告!?」


 ええええええええ!? ちょっとそれはあまりにも唐突過ぎないか!? まだ支部にも着いてないのに!

 そんなぁ……これは流石に酷すぎるってものだよ。きちんと言ったことには従ったっていうのに!


 とほほ、と前時代的なデジャブを感じつつ肩を落とす。こんな酷いことを簡単にやってくれるような子に育てたのは誰だ! 私は勉強担当だったから無罪だよ!


 今年二番目くらいのショックなんだけど。仕事復帰して早々に拠点待機ってあんまりだよぉ……。


 ああ、もう先が思いやられる。なんか彼と一緒だとろくでもない目に遭ってる気がしなくもない。ちなみに一番なのは直しきれなかった元自宅の修理費を経費で落とせなかったことだからやっぱりろくな目に遭ってないや。


 そんなこんなで私たちを乗せた飛龍は支部に到着。同行禁止を出された私は失意のままにシャワーを浴びたとさ。

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