第二十五癖『打ち明けられない、本当の話』

「はあああああ……! やっ、はっ!」


 龍の聖癖剣士の強襲から数日──俺は日々の訓練に精を出していた。

 具体的に言えばこれまで以上に真面目に取り組んだり、基礎トレを倍こなしてみたりと毎日の家事に支障が出かねないくらいに取り組みを強化している。


 あと先代が考案した焔の剣舞(仮称)も本格的に練習し始めている。これまでは脳内イメージだけで練習を完結させてたから、実際にやるのは面接の時以来だ。


 んで俺は今、本日の訓練と家事を終わらせてその舞を絶賛練習中。これまでの脳内トレーニングの甲斐もあってか最初と比べかなりスムーズに再現できるようになっている。


「くっ……、一旦休憩……」


 でも一回舞いきるとかなり疲れるんだよなぁ。スポーツドリンクをがぶ飲みしながら俺は考える。


 この剣舞は間違いなくただの踊りじゃない。常々気になってはいたが動きの一つ一つが攻撃や回避に転用できる──いや、逆か。戦いの動きを踊りに当てはめているみたいな感じだ。


 先代がどんな人物だったかは未だ知れない。ただ、閃理からは過去にスゴいことを成し遂げた偉大な人物であるということは聞いている。


 そんな人が作ったらしいこの剣舞がただ元老院の面々を懐かしませるためだけの踊りであるはずがない。俺の頭でも使えるって感じたんだから、必ず戦いに生かせるだろう。


「ふぃー……。やっぱし部屋暑くなってるな。こうなるんなら部屋干しでもしときゃよかったかな」


 実際に焔神えんじんを着火させて舞ってる以上、運動場の気温が上がるのは道理。この暑くなった部屋なら洗濯物も早く乾くんだろうなぁ……そう考えてしまうのは半分主夫になってる者のサガなんだろうか。


「こんな夜中まで一人で特訓とはな。最近はやけに精力的だな?」

「ん? 閃理か。へへ、ごめん。ちょっとな」


 すると運動場の出入り口から現れる人影。言うまでもなくそれは閃理だ。どうやら遅くまで起きてることに気付いて来てくれたらしい。

 もっとも理明わからせの能力でそのことには何日も前から気付いてはいるようだけども。


 もしかしたら、俺がこうなってる理由も筒抜けなんだろう。俺がディザストと戦い、そこで得たある情報が一番の要因だってことを。


「ディザストが言っていた話を信じるつもりか?」

「うん……。他の誰にも話したことの無い俺の過去をあいつは知っていた。ディザストは多分、剣士になる前から俺のことを知っていたのかもしれない。何となくそう思うんだ」


 思い出すのは先日の戦いになる前の会話。正直今でもあの時に言われた言葉は理解不能である。

 それに俺とディザストはあの時がお互いに初対面のはず。なのに奴は俺のことをすでに知っている様子だった。


 いや、ただ知ってるだけなら他の闇の剣士から情報を受け取っているだろうし、それ自体は別におかしくも何ともない。違和感なのは俺に対する行動だ。


「閃理。もし敵の剣士からいきなり『俺はお前の味方だ。だから剣士を辞めてほしい。その代わりに俺がお前だけの剣士になってやる』って言われたらどう思う?」

「なんだその例えは。……まぁ何言ってるんだお前は、とは思うな」

「やっぱそうだよね? うん、俺の反応は普通だよなぁ……」


 隣の剣士に訊ねてみたら、やっぱり俺と同じ回答が返ってきた。そりゃあそうだ。なんだっていきなりそんなワケの分からんことを言われなきゃならないのか。


 ディザストの謎の行動。俺に剣士を辞めるよう言ってきて、さらに俺だけの剣士になる……という発言。はて、マジで意味が分からない。

 敵ながらもう少し言いたいことを分かりやすくまとめてから言って欲しいところだ。


「閃理らと離れたあと、ディザストにそう言われてさ。今でもどういう意味なのかは分かってない。でも分かることはあの時のディザストは間違いなく俺に対する殺意とか害意みたいなのが無かったことだけかな」

「ふむ……やはりか。クラウディも言っていたが、前回の強襲は俺たちへの攻撃が目的ではなかったらしい。真の目的は焔衣、お前との対話……それだけだったそうだ」

「対話、ねぇ……」


 話を聞こうとしなかった閃理らのせいでもあるけど、結局戦いにはなったんだけどなぁ。


 うーん、にしても敵の目的は俺へ剣士を辞めるよう促すことだったのか? 闇の剣士がするにしてはあまりにもスケールが小さい……まぁ危うく辞めさせられそうにはなったけども。


「……焔衣。お前は自分の親友の行方をすぐに知ることが出来たらどうする?」

「え。何、急に。そりゃ嬉しいし場所によっては今すぐにでも行くけど……もしかして何か分かってたり?」

「い、いや……敵は聖癖の力でジャミングを張り、理明わからせの権能を回避していた。……物の例えだ。気にしないでくれ」


 ん~~? なんか変だな、今日の閃理。っていうかこの前の戦いから少し変だぞ。

 実はここ数日、閃理が俺に話しかけることが多くなっている。内容こそ大したことのない駄弁りだが、いつも何かを言いたげにしては一瞬黙りこくってから話に移る。


 もしかして何か隠し事か? おいおい、人の秘密を暴ける能力持ちのくせに自分の秘密は教えないってか? 別に気にはしないけど。


「ふ~ん、そっか。まぁいいけど。じゃ、俺そろそろ戻るわ。後片付けはきちんとやっておくからさ、心配しないでよ」

「……無理はし過ぎるなよ。いくら親友の手がかりを掴めたとは言え、それを知る相手は龍の聖癖剣士。対等に並ぶにはとにかく時間をかけて成長しないといけない。無理して過労になられては困るからな」


 ぐぅの音も出ないド正論だなぁ。ま、それにはきちんと気を付けてるから問題はないって。

 確かに今すぐ強くなりたい気持ちはあるけど、今の俺は非常に冷静だ。相手の言葉が本当は嘘かもしれないし、仮に真実だとしても慎重に行かないと逆に罠にハマってしまう可能性も考慮している。


 とにかく相手は闇の聖癖剣使いの人間。正体や目的がどんなのであろうと隙を見せることは死に繋がりかねない。

 次も敵意の無い状態で出会うとも限らないからな。剣はホットでも頭は常にクールで行くぜ。


 そんなわけで閃理は運動場を出て行き、俺は再び剣舞に取り組み始めた。空気を灼く一振りが部屋の気温を上げ、乾燥を加速させる。この練習を日付が変わるまで行うのが最近の日課になりつつある。


 訓練後、誰が残したのかダイニングルームに置いてあった伸びきったカップ麺を処理しつつ、最後はシャワーを浴びてようやく就寝へと至る。これを毎日続けることが強さへの近道……になってたらいいな。











 自室への帰り道、俺は自分自身のふがいなさに落ち込んでいた。

 あの戦いから数日。意図しない形で敵の真実を知ってしまった俺は、このことを焔衣に伝えるべきか否かを延々迷っている。


 確かにあいつは真実を知りたがっていることは承知している。だがこの世には知っていい真実とそうでない真実がある。これは限りなく後者に近いものだ。


 軽率に口にして良いものではないし、ましてやいつまでも隠しておくわけにもいかない。だが、いざ言おうとすれば代わりに出てくる言葉は他愛のない駄弁りか嘘のどちらかだけ。


 光の上位剣士たる者が情けない。ため息が無限に出てくる感覚はそう良いものでないことは疾うの昔に理解しているのだがな……。



【──メラニーのお姉さんがつまみ食いしてるよっ】



「はぁー……。あいつもまた何をしてるんだか」


 こんな時でもメルはいつも通りだ。焔衣が来てから食生活が改善されてきたために頻度は落ちてきたと思えばこれだからな。

 今まではあえて見て見ぬ振りをしてきたが、今回からは見逃すことはしない。剣士としてあるまじき行為は諭して止めさせなければ。


「メル。またつまみ食いか」

「チッ、寝てると思ってたの二……」


 ダイニングルームへ行くと、そこには案の定カップ麺を調理中のメルがいた。俺の来訪に舌打ちをする。


 メルの言うとおり理明わからせの能力は俺が寝ている間は余程の危機が迫らない限り効果を発揮しない。もしかすればつまみ食いの時間を深夜帯に移行させていたのかもしれないな。全く油断も隙もない奴だ。


「今の食生活で深夜に物を食うと太るぞ。剣士がそんなのでいいのか」

「メル、太らない体質だからいいもン。カップ麺にお湯入れちゃったから、どのみち食べなきゃいけなイ。閃理こそなんで起きてるノ?」


 その台詞はカップ麺に湯を注ぎながら言う物じゃないんだがなぁ……。

 確かにメルの言う通り普段の俺ならこの時間帯はすでに就寝している頃合いだ。剣士とて早寝早起きは基本中の基本だからな。


 そんな俺が眠れないことの理由はたった一つ。仕方ない。気を紛らわすためにも少し会話をしておくか。


「焔衣のことでな……。あいつが知れば間違いなく傷つく真実を理明わからせが教えてくれた。このことをどうやって話せばいいのかわからなくてな、最近はそればかり考えている」

「んー、それってどんな話なノ?」


 この話を知りたがるか。ふむ……まぁメルはそうそう口を滑らせない方の剣士なのは理解している。言えば多少は気が楽になるかもしれん。


「行方不明になった焔衣の親友については知ってるか?」

「知らなイ。何そレ」


 そこからか……。あの事件のことを話したのはまだ俺だけだったのか。あいつのことだからもうメルにも話していたと思っていたんだが……まあいい。簡単に説明をしておくとして、本題はそこから始まる。


「あの龍の聖癖剣士が……神崎龍美本人の可能性が非常に高まっている。勿論断定はしないが確実と言ってもいい。理明わからせがそれを証明しているからな」

「……ヤな話。いなくなった友達が敵として再会すル。でも焔衣はそれに気付いてなイ。知ったら大変なことになりそウ」


 やはりメルもそう思うか。俺も全く同意見だ。

 闇の聖癖剣士が誇る最凶の聖癖剣【龍喚剣災害りゅうかんけんさいがい】の使い手であるディザスト。その正体が焔衣の親友である神崎龍美でほぼ間違いないと判断している。


 正直な話、俺は奴が焔衣に向けて言った言葉の真意が分かる。

 普通の暮らしという幸せを掴めるはずの友が自分のために剣士という危険な道を取ったのならば、全力で止めるだろう。ディザストの言動はその意味が込められた物に違いない。


 そもそも最初から変な話だったんだ。何故奴は舞々子の班に接触しておきながら攻撃を仕掛けるわけでもなく焔衣の居場所を聞いただけなのか。そして何故に居場所を突き止めることが出来たのか──


 まさかだが舞々子への接触は囮か何かなのでは? もし俺が奴の立場なのだとすれば、所在不明の相手を探す際にどういった方法を取るか……。


「……まさか!」

「え、閃理どこ行くノ?」


 ふとある可能性に気付いた俺は、即座にアジトを出た。それに驚くメルのことを気にせず確認を急ぐ。

 今もまた適当なパーキングエリアに駐車したキャンピングカーに向かって理明わからせを向け、能力を行使する。


理明わからせ、この車に外から入ってきたと思われる物はあるか?」



【──マフラーの近くにそれがあるよぉ】



「マフラー……。車の後ろか」


 教えられた場所を捜索。剣の光で照らしながら車体後部周辺をくまなく探し始めると、それは見つかった。

 一見すると小さなトカゲにも見える謎の生物。だが、これの正体はディザストが仕向けた使者に違いない。


「閃理、それ何?」

「ディザストが生み出した龍だろう。始めからおかしいとは思ってはいたんだ。どうやって俺たちの居場所を突き止めることが出来たのか……推測だが奴は舞々子の車にこれを忍ばせ、俺たちと落ち合った瞬間にこっちの車に移動させたんだろう」


 俺としたことがこんな単純なことを見逃していたとは。

 俺の聖癖剣【雌童剣理明メスガキけんわからせ】は周囲の環境の変化や個人の情報の読み取り、果てには一寸先の未来まで推測し剣士へと伝える情報戦において最強の一角として名高い剣。だが、それには勿論難点がある。


 それは他者が使用者おれに対し明確かつ強い意思を抱いていればいるほど正確かつ早く情報を読み取るという点。

 例えるなら俺へ害意を抱く者が二人いるとして、片方が悪戯程度の害意でもう片方が殺意に近い意思があれば、後者の方を優先して情報を提供するということだ。


 故にが薄い者ほど優先順位は低くなる──つまり、このトカゲが俺らに対する害意が全くと言っていいほど無いために理明わからせはこの存在を運悪くスルーしてしまったのだ。


「こいつはおそらく『ストーカー聖癖章』で作り出した龍だろう。道理ですぐに居場所が割れてしまうわけだ」


 この龍の元となったとされる聖癖章は『ストーカー聖癖章』。追尾と追跡の二つの効果を宿しており、剣に使えば攻撃を自動的に当ててくれるだけでなく、人に使えばGPSさながら居場所の特定も可能。


 そんな厄介な能力を持つ存在は放ってはおけない。俺は理明わからせを使い一瞬で分断すると、案の定分かたれた身体は蒸発して消えていった。


「メル。すぐにここを離れるぞ。奴はこのことに気付いたはず。すぐにやってくるかもしれん」

「分かっタ。じゃあ焔衣を……」

「いや、あいつのことは放っておいてやれ。今一人で訓練中だからな。余計な心配は掛けさせられない」


 余計なことをしようとするメルに制止をかけ、俺は車を走らせる準備に取りかかる。

 警戒はしておくとはいえ移動するだけなんだ。理明わからせもまだディザストの気配を察知出来ていない上に呼び出したところで大した意味はない。


 邪魔を入れて特訓を中断させるよりかは黙ったままにしておいた方が良い。これも優しさだからな。

 そういうわけで俺たちの車は出発。探知系の聖癖章を使われてしまうのも避けるためにも念のためなるべく遠くまで車を走らせる。


 突然の気付きによって本題がうやむやになってしまったが、結局焔衣にどう伝えるべきかは決められないままだ。

 いっそメルを介して伝えるべきなのだろうか。だがそれも最終的に行き着く結果は変わらないだろうし、むしろ更なる傷を付けてしまいかねない。


 やはり来るべき時が来るまで黙っておくべきか……。ディザストの正体に焔衣が勘付くその時まで。


「メル。さっきの話のことなんだが、本人の前は勿論舞々子らにも他言無用でな」

「うン……。あ、カップ麺忘れてタ」


 さも当然のように助手席へ座っているメル。だがカップ麺のことをすっかり頭から抜け落ちてしまっていたようだ。


 残念だが確実に安心できる場所へ到着するまでは車を停めることは出来ない。早くとも二十分間は走っておきたいからカップ麺のことは潔く諦めてくれ。

 

 啜り泣く声が車内に籠もる中、特訓を終えたと思われる焔衣が伸びたカップ麺を処理してしまったと理明わからせが教えてくれた。

 それを伝えたらさらに泣かれた。明日の訓練は覚悟しておけよ、焔衣。

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