第三部『強さを求め、剣を交える』
第二十六癖『誘いの電話、火照る氷』
「駄目よ! そんな動きじゃすぐ返されてしまうわ。もっと剣の振りを速く、そして強く!」
「はいっ!」
光の聖癖剣協会日本支部行動部隊第二班所属、氷の聖癖剣士こと私、
訓練の相手をしてくれているのは第二班のリーダーで指南役、封田舞々子さん。十聖剣の一つに数えられる聖癖剣【
そんな方と剣を交えるのはこれが初めてではありませんが、勝利らしい勝利を収めたことは組織加入から今まで一度も無く、精々甘口の判定で一度だけ白星を貰った程度。
何せ私の聖癖剣【
「
「こなっ……!? はああああっ!」
剣の力で生み出す吹雪さえも封田さんの前では粉雪同然というのは流石に堪えます……。そもそも封印という能力が全聖癖剣に対し有効打になる以上は仕方のないことではありますが。
負けじと威力を上げながら接近戦へ再度持ち込みつつ、仕掛けを準備。
封田さんにとっての死角──私の身体に隠れるように背中に複数もの氷の弾を生成、これを打ち出すことで隙を作り、そこを狙う作戦へ。
これならば流石の封田さんにも一本取れるはず──そう一瞬でも思ってしまったのは我ながら認識の甘さを実感せざるを得ません。
「不意打ちは良い作戦だけど、気配を隠し切れていないわ。それじゃあ簡単に気付かれるわよ!」
気付いた時には
不意を突くはずだった攻撃を瞬時に見抜き、いとも簡単に対応してくるとは……分かり切ってはいますが、やはり恐ろしい人です。
普段のおっとりとした性格とは裏腹に、練習とはいえ戦いの舞台に出れば一流の剣士であることに変わりはありません。
剣士としてだけでなく人格者でもある彼女はまさしく憧れの一人……ただ、赤ちゃんプレイを強要する
「隙ありよ!」
「はっ……!?」
【聖癖開示・『バブみ』! 愛おしき聖癖!】
瞬間、封田さんの剣が聖癖開示を発動。私の剣を弾いた瞬間寸分の狂いもなくエンブレム部に切っ先を立てられ、封印が施されてしまいました。
くっ……今回も全く歯が立たないまま封印されたことで私の敗北は決定的になり、これ以上の戦闘継続は困難に。
この実践訓練の敗北条件は剣を封印されてしまうこと。今し方
「ふぅ~……まだまだ甘い箇所は多いわね。でも正直なところ冷気を浴びせかける技は悪くは無かったわ。決定打としては若干物足りないけどもっと研ぎ澄ませれば必ず良い物になるはずよ。頑張っていきましょうね」
「は、はい……。ありがとう、ございました……!」
なるほど……あの攻撃は悪くなかった、ですか。つまり身体だけでなく技も鍛える必要性があるというわけですね。参考になります。
訓練終了の挨拶は欠かさず行い、今日の敗北も心に刻みつつ次の訓練では負けないようイメージトレーニングをしておきます。
「お待たせ、幻狼くん。準備はいいかしら?」
「は、はい! よろしくお願いします……!」
順番を待機していた狐野さんへ回し、私は休憩も兼ねた傍観の姿勢に。
戦った直後だと言うのに封田さんはそのまま連戦に臨むようです。
終始劣勢だったとはいえ私の息は完全に上がっているのにも関わらず、何も無かったかと言わんばかりの膨大な体力。聖癖剣の補助あってのものだとしても、素のフィジカルが強い証拠ですね。
そして戦い始めるお二方。基本的に第二班は実戦訓練を中心に行うことが多いため、一人は必ずこうして待機しておかなければいけません。
この間、先の通り休憩も兼ねているわけではありますが、休むだけが全てではありません。二人の戦いを第三者視点から見て学ぶことも重要です。
「そう、その調子。もっと攻めることに積極的になりなさい。その幻影は回避だけに使うものじゃないわ!」
「ひっ……!」
いつの間にか二人に増えていた狐野さん。そこから次々と幻影による分身を作り出しますが、封田さんの一振りで全て消滅。本物一人だけが姿を現しました。
基本的に消極的な狐野さんは案の定封田さんの気迫に圧されてしまっているようです。
正直な話戦っている時の封田さんはかなり怖いので気持ちはよく分かります。普段が異常なまでに優しい方なので、そのギャップで余計に怖さ倍増……という感じでしょうか。
とはいえ狐野さんとて剣士一年目。気圧されてもめげずに立ち向かう勇気を持っていることは知っています。ここから攻めに出るでしょう。
【聖癖暴露・
「やあぁっ!」
一人、二人、三人……合計で十人に増えた狐野さん。その全てが封田さんに向かって剣を振ります。
一見するとただ幻影を作り出して騙し討ちをする、という感じに見えますが、おそらくそれは偽の考え。真意は別にあります。
「その攻撃、相変わらず読みにくくていいわ。10ポイントあげちゃおうかしら……私に一発でも当てられたらの話ですけどね!」
封田さんもやる気を上げて対処に入りました。はたしてギアを上げた相手に適う技なのでしょうか? この戦いの結末を見届けるのも私のするべきこと──
ビーッ、ビーッ、ビーッ……と、このタイミングで近くに置いていた私のスマホに着信が。
むぅ、良いところで……。一体誰からの電話なのでしょうか。画面を見て着信相手を確認します。
「……知らない番号? でも剣士の人に違いはなさそうですね」
着信画面に表示されているのは見知らぬ番号。ですが決定的なのは相手が同じ組織の人間であるということ。
光の聖癖剣協会から支給されているこの
誰かがヘマをしてスマホを闇の剣士などに奪われたりしていない限りは電話に出ても安全でしょう。問題は相手が誰なのか……は出てみないことには分からないですよね。
さて……二人の戦いの行く末は気になるものの、電話に出ないことで相手に迷惑が掛かるのも避けたいところ。私はこっそりと運動場を後にして電話に出ます。
「もしもし。どちら様でしょうか?」
『あ、えっと……俺、って言って分かる……かな?』
「……剣士専用の番号を使ってオレオレ詐欺ですか。度胸だけは一人前ですね」
電話に出ると聞こえたのは若い男性の声。しかし、第一声がすでに詐欺っぽく聞こえてしまってるのはよくありませんね。
どこかで聞き覚えのある声ですけど、自分から訊ねることはしません。まず相手が自ら名乗るべきだと私は思います。
『あっ、ごめん。俺、焔衣。焔衣兼人。この前入った第一班の……覚えてる?』
「そうでしたか。ええ、勿論です。それで、何のご用事ですか?」
やはりでしたか。通話の相手は以前班ぐるみで食事をした時に出会った炎熱の聖癖剣士だった模様。
知らない番号なのも納得です。後で登録しておきましょう。二度目以降があるかどうかは分かりませんけども。
それはそうと第一班の所属が私に何用があって電話をしたのでしょうか。気になるところではありますね。
『え、えと……あのさ。本当に唐突で悪いし、何より俺なんかがいきなり言うのもアレなんだけどさ……』
えらく勿体ぶりますね。この様子だとあまり人に電話をかけるということをしたことが無いのでしょう。ましてやあまり会話をしたことがない人物を相手にするのならなおさらです。
無論、その程度のことで苛立つ私ではありません。相手が電話初心者なら相応の接し方をするのが通話を受け取る側の責任ですから。
一体どのような話をするつもりなのでしょう。歳は差ほど離れていなくとも先輩剣士としてアドバイス程度の話なら快く相談に乗るのもやぶさかではありません。
『その……、そっちと一回やり合ってみたいんだ!』
「……ふぇっ!?」
その言葉を耳にした瞬間、私の思考は一気に乱されてしまいました。
ヤり合って…………ヤる、とはどういう意味なのですか!? もしやそういう意味なのですか!?
あまりの衝撃的な問いかけ文のせいで身体も思考能力もカチコチに固まってしまい、言葉の意味を考えることだけに頭のリソースを割かざるを得ません。
こ、これは告白? 炎熱なだけに火の玉ストレートにそんなことを? なんだかもう、よく分からなくなってきました……。
私は今セクハラをされているのか、それとも情熱的なアプローチを受けているのか……全く検討がつきません。どどど、どうすれば……?
「い、いいい一体急に何を言うんですか……!? 一度会食した仲とはいえそんなことをいきなり了承するわけには……!」
『……そうだよな。いきなりこんなこと言ってごめん。でも、もしそっちがよかったら次会う時に俺として欲しい。俺との相性がどこまでいけるのか……試してみたいんだ』
「はっ、はひぃ……!?」
おっ、俺とシテ欲しい!? あ、相性!? そそそそ、それってつまりそういう行為のメタファー!?
これは……もう確信してもいいのでは!? いや待て私冷静になれ私ああやっぱり無理です私!
確かに焔衣さんの顔はそう悪いわけではないですし、濃いめの赤毛も珍しいだけじゃなくきちんと似合ってますし、聞けば家事も得意だそうですし、それにあの
かつて十聖剣に数えられていた剣を持つため、組織を登り詰めて成り上がる可能性はかなり高いと計算は出来ています。
そんな人物が私にそこまで情熱的な言葉をかけるなんて……これはもう実質プロポーズ同然なのでは?
まさかこのタイミングでこの世の春が来てしまうなんて……。人生何が起きるのか分かりませんねぇ!
いやっ、でもいきなり身体の関係になるのは早計過ぎますっ。もっとこう、順序を守った節度あるお付き合いから始めていきたいなぁって……。
「しっ、仕方ありませんね。私なんかでよ、よろしければ……! 不束者ですがよろしくお願いしま──」
『ありがとうな。じゃあ舞々子さんにも練習試合の相手になって欲しいって伝えておいてほしい。後で電話してアポ取るけどさ。んじゃな』
「え…………?」
ブツッ、と通話はここで途切れてしまいました。
え……練習試合とは? 私だけじゃなく封田さんの名前まで出てきましたけど……?
え、ちょっと理解に時間が要りそうです。まず私に電話がかかってきて、そこで電話越しに情熱的なアプローチを受けて……。
まさか今の電話は私個人へ向けたものではなく、第二班へ向けて練習試合を申し込むためのもの? ヤる、という言葉もそういう感じの意味ではなく普通に“戦う”っていう方のやる……?
そこまで考えが行き着いた時──私の熱暴走しかけていた思考能力が急激に冷却されていくのを実感。
まさか、私はまたとんでもない思い違いをしてしまっていたのでは……!? この世の春はどこへ……いや、最初から来てすらいなかった……?
「あああああ…………! 私の馬鹿ぁ~~……」
冷静さを取り戻してしまった私。つい数分前までに陥っていた浅い思考で考えていたことを振り返ってしまい、悶絶するのも訳ないこと。
顔どころか頭全体が嘘のように熱くなっているのが分かります。
ああ、どうしてあんな変な考えに至ってしまったのか……分かってはいても自分自身の
「青音ちゃん? 青音ちゃ──あっ、ど、どうかしたの!? 気分でも悪い?」
「……いえ、何でもありません。本当に、何でもないです……」
このタイミングで訓練を追えたと思われる封田さんが私を探しに運動場出入り口へやってきてしまいました。
心配されてしまうのも道理。何せ私はあまりの恥ずかしさに悶えながら床に転がってしまっているのですから、体調不良を疑われても仕方のないこと。
しかし──ある意味体調不良だというのはあながち間違いではないのかもしれません。私の勘違いのしやすさは異常だと思いますので。
ああ、先ほどまでの考えを全て忘れてしまいたい……。私って本当に馬鹿……です。
しかし練習試合ですか……。剣士として親睦を深めたり一種の訓練として試合を行う慣習が組織にあることは知っていますが、一体何故にそんなことを突然申し出てきたのでしょう?
ふむ……分からないことは多くありますが、取りあえずこのことはきちんと封田さんにも伝えておかなければ。それに炎熱の剣士……その実力をこの目で確かめるにはちょうど良い機会ですしね。
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