第百十七癖『あなたに過去を、教えてあげる』

「う~む、見事な味付けだ。支部の若輩たちが挙って口にしていた通り、あなたの料理はこの上無く素晴らしい。新たなインスピレーションが湧きそうだよ」

「私には勿体ないお言葉、ありがとうございます」


 探索を終えたその日の夜。提供された夕食にゲストの絵之本さんはご満悦の様子。


 褒められてもそれ以上の笑顔を浮かべないメイディさんに代わり、鼻高々な気分になる俺。

 自分が褒められてるわけではないけど、身内が賞賛されることは嬉しいからな。素直に喜ぶべきだろう。


 まぁそれはそれとして、今回の探索で早々に廻鋸のこぎりを奪還出来たことは実に喜ばしいことだ。

 これで不安要素は一つ無くなったし、何よりこっちの手数を増やすことが出来たのは大きい。


「メイディ、おかわリ!」

「メラニー様、食べ過ぎはお体に良くありませんよ」

「いいノ! 後で食べた分動くし、そもそもメルあんまり太んないもン。だからおかわリ!」


 んで、剣を取り返した当人はやや暴食気味になっていた。こうしている間にもメイディさんにおかわりをせがんでいる。


 普段からよく食べる方だけど今日は一段と食べること。大丈夫? 明日の食事に影響出ない?


「仕方ありませんね。これで最後ですからね?」

「大盛りデ!」


 渋々おかわりを了承してリクエスト通り大盛りご飯を器によそって手渡す。


 それを奪うように受け取ってはそのまま口の中にかき込み始めた。おいおい、それはちょっとみっともないぞ。


 廻鋸のこぎりを取り返せた安堵からなのか、食べる手が止まらないメル。そんなに剣が無かったことがストレスだったのかな?


「メイディさん、すみませんが俺にも追加の米を──」

「申し訳ありません、閃理様。先ほどのメラニー様のおかわりで本日の分は底を突いてしまいました」

「む……、そうですか」


 早速弊害が出たな。閃理がおかわりを要求するも、メルに全部取られたせいで諦めざるを得なくなった。

 心なしかしょんぼりしてる第一班リーダー。やはり理明わからせが無いままだとこの人の格好も付かないな。


 明日はどこまで進展するかが気になるところ。出来れば廻鋸のこぎり同様、理明わからせも取り返せたら良いんだけど。


「ところで──食事中にするのもなんだが、明日はどう動くつもりか聞こうか。予定は決まっているんだろう?」


 ここで絵之本さんが話題を振る。どうやら俺も考えていた明日の予定についてだ。


 どこかに行っていたらしい具召ぐしょうの剣士もきっと帰って来てるだろうし、上手く行けば事態を終わらせることも出来るはず。


 ただ、相手の権能的に剣を取り戻しても油断は禁物。もう一度支配される可能性も十分にあるし、何なら今度こそ俺や絵之本さんの剣だって奪われるかも。


 とにかくかなり厄介な権能を相手にする以上、軽率な行動は出来ない。慎重な行動を心がけなければ。


「明日は剣士の捜索を始める。本格的な奪還、そして回収を目指す」

「ほぉ、その心は?」

「俺の推測だが向こうは廻鋸のこぎりの喪失を訝っているはずだ。俺たちが倉庫に侵入した可能性も視野に入れて行動することも十分考えられる。とりわけ今回の剣士は聞かん坊だから、和解ではなく撃退の方向性で対策を考えているかも分からんしな」


 絵之本さんの疑問に応じて答える閃理の考えに、俺たちは黙って聞き入る。


 明日の予定は剣士当人の捜索か。閃理の見立てによればどうやらあっちもこれまで以上に攻撃的になる可能性があるらしい。


 よく考えれば廻鋸のこぎりの策は俺たちへの被害が無いようにメルの下へ戻るためであり、敵側に損害を与える内容ではない。


 そして擬人化体は具召ぐしょうと繋がっていることから察するに、廻鋸のこぎりの喪失自体は向こうにバレバレだということだ。


 倉庫の護衛が突然消えたら怪しく思って当然。

 ましてやそれが他人から奪ったの聖癖剣ならば、持ち主に取り返されたと考えてもおかしくはないか。


「じゃあもし仮に具召ぐしょうの剣士が俺たちの仕業だと考えていたら、擬人化体たちはどう動くと思う?」

「俺たちへ攻撃する可能性が考えられる。誘導や挑発、最悪さらに過激な行為もするだろう。擬人化体の性質上隠蔽もしやすい以上、明日の捜索は十分に気を付けるんだぞ」


 うへぇ、マジかぁ……。ふと思い浮かんだ疑問を訊ねてみたら、あんまりよろしくない返答が来る。


 これまでよりも攻撃的になると思われる擬人化体は俺たちの排除のために手段を選ばなくなるかもって、めちゃくちゃ不安だ。


 ううむ、やっぱり覚悟は決めないとだな。いくら偽物とはいえ人と寸分違わない姿の存在を切ることを。


「封印の聖癖章は焔衣、お前に預けたままにしておく。もし仮に剣を支配されてしまったら、すぐに別の剣士に渡すんだぞ」


 聖癖章については俺が所持したままで良いとのこと。まだまだ所有責任はついて回るようだ。


「焔衣、ご飯食べ終わったら夜練の相手しテ。一日分のなまり、取り返すかラ」

「え、あ、分かった──って、行動が早い……」


 閃理の説明を聞き終わるや否や、急にメルから夜練のお誘いを受けてしまう。

 何というか珍しいな。俺とは違いメルは普段夜練なんてしないもんだから、このお誘いは驚きである。


 そして俺の返答を聞くよりも早く、そそくさとダイニングルームから出て行ってしまった。

 剣を奪われていた間は剣士としての活動が出来なかったからか、その遅れを取り戻すのが目的らしい。


 ま、俺としても練習の相手になってくれる人がいるのはありがたい。素直に承認してやろう。


「言い忘れていたが明日の編成は今日と同じままで行く。後でメルにも伝えておいてくれ」

「なるほど、僕はまた焔衣氏と行動を共にすると。氏と一緒に行動すると最低限つまらなさからは脱却出来る。良い判断だ」

「俺からすれば身勝手な行動はなるべく謹んで欲しいところなんですけど……」


 最後に明日の編成を伝えられ、この場は解散となった。後片付けをメイディさんに任せ、各自自由時間を過ごす。


 絵之本さんは俺と行動出来ることに満更でもなさそうだけど、正直目を離したらどっかに行く放浪癖? みたいなのに振り回されるのは勘弁だぜ。






 そして俺は運動着に袖を通してすぐに運動場へ。

 せっかちなメルが待ってるからな。あんまり待たせすぎるのも悪いし、足早に移動する。


 運動場の前に到着した時のことだが、扉の奥ではドンドンと大きな音が立て続けに鳴っていることに気付いた。


 どうやら俺を待ってる間も一人で練習をしているらしい。よっぽど動きたい気分のようだ。

 邪魔にならないよう静かに中へ入ると、メルの運動風景が視界に飛び込んで来る。



「……──フゥッ!」



 廻鋸のこぎりの権能を使い、目にも止まらぬ動きで場内を駆け巡りながら設置された人型の的に攻撃を命中させている。


 その速さは世界記録なんて例えも安っぽく思わせるハイスピード。まるで的が勝手に殴られる挙動を取っているかのよう。


 権能の力を完璧にコントロール出来ているのは上位剣士一歩手前という実力から朝飯前というわけだ。

 俺が聖癖章を使って真似してもこんな上手くは行かないだろうな。


 この光景に圧倒された俺はついぼーっと見惚れてしまっていた。

 だがメルの稲妻のような動きが鈍くなると、徐々に速度を落として立ち止まってしまう。


「焔衣。来るの遅イ」

「悪い悪い。メルの本気の一人訓練を見るのは多分初めてだったから、つい見惚れたわ」

「褒めても何にも無いかラ。いきなりだけど、メルと練習試合をしテ」

「そりゃまた本当にいきなりだな……」


 おっと、いかんいかん。夜練しに来たのに俺は何を棒立ちしてるんだか。


 メルが運動の手を止めたのは俺の存在に気付いたからのようだ。言ってくれなきゃずっと立ち止まったままだったかも。一応感謝しとく。


 それはそれとして早速に練習試合を申し込まれた。どうやらこれが目的のようだな。

 うむ、俺としても練習試合自体は別にやっても構わない。むしろウェルカムである。


 しかし気になるのは何故メルは急に夜練なんかをし始めたのかという点か。

 昼間の練習はきちんとやっているし、わざわざ夜に時間割いてやる理由もないと思うんだけど。


「ま、いいや。それじゃあルールは?」

「時間無制限。暴露撃、開示攻撃、聖癖リードは無シ。剣一本で勝負ショーブ

「オッケー、分かった。その前に片付けしようぜ」


 でもそんなことを気にしたって何に繋がるわけではあるまい。メルが何考えてるのか分からないのはしょっちゅうだしな。


 練習試合を了承すると、まず手始めに大型の的を運動場の端に寄せてスペースを確保。

 他諸々の準備を終えて俺とメルは向かい合って剣を構えた。


「よし、行くぞ!」

「うン。お互いに全力デ!」


 この会話を合図に俺は運動場の床を蹴る。

 そしてかち合う二つの剣。剣士らしく鍔迫り合いの状態となって俺たちは向かい合った。


 剣の刃を押し付け合うギリギリという音が鳴り、お互いの力が拮抗しているのが分かる。


「……焔衣、強くなっタ。メル、今わりと強めにやってるけど、これ以上押し出せなイ」

「へへ、褒めても手加減しないぜ!」


 俺も成長している証だ。身体的にも実力的にも、最初の時よりも遙かに強くなっている。

 意趣返しみたいな台詞を吐きつつ、剣を弾いて距離を取った。そこから攻めに行くぞ!


「どぉりゃああッ!」

「クッ……!」


 メルの権能に負けてしまわないよう俺もスピードを上げて果敢に攻め込む。

 上段、中段、下段……色んな方向、角度から剣を入れて激しい連続攻撃を放っていく。


 この猛攻に対しメルは防戦一方。何とか全部捌けてはいるけど、場を支配出来ているのは俺だ。

 良いぞ。このまま攻め続けて一本取ってやる。


「甘イッ!」

「んなっ!?」


 だがここでメルの反撃を許してしまう事態に。

 権能を使い、俺の猛攻を回避。高速で動き回り、あっと言う間に背後を取られてしまった。


 前の俺ならここで背中からぶった切られただろう。でも今なら大丈夫。

 刹那に振り向いて攻撃を受け止める。再び俺たちは鍔迫り合いの姿勢となった。


Excellentいいね。このままじゃあんまり遠くない内に肩並べられるかモ」

「追い越されるって言わないあたりまだまだ余裕持ってそうだな!」

Of course当然。メル、剣手に入れて十年、剣士になって六年。経験も場数も違ウ。だから簡単に追い越されたら困ル。メルにもPrideプライドがあるかラ!」


 メルは俺の剣を上方向へ弾く。そして高速移動でその場を離脱した。


 続けざまにパルスを纏わせた目にも止まらぬスピードで場内を駆け巡り始め、俺は翻弄される。

 だが、その裏では今し方の言葉に思い耽っていた。



 さり気に明かされたメルの剣士歴。十年という期間は若者が口に出すにしてはあまりにも長すぎる。

 俺でさえまだ剣とは無縁な小学校低学年時代にまで遡るほど。そんなに昔から剣を握っていたのか。


 メルがどんな過去を送ってきたのかは知らない。でも廻鋸のこぎりが言っていたように過酷な人生だったことは想像に容易い。学校にも行ってなかったみたいだしな。


「……! そうか、だからメルはあそこまで落ち込んでいたのか」


 ここでふと気付く。今回のメルが神妙な面もちでいたことの理由を。


 十年来の付き合いである剣を奪われ、敵の仕業とはいえそれに殴られたこと……。計り知れない悲しみを感じたに違いない。


 廻鋸のこぎりと戦うことに否定的だったのは個人の目的のためだけではなく、単純に自分の剣が仲間に牙を剥く光景そのものにショックを受けていたんだろう。


 普段はガサツな面が目立つメルだけど、そういうところは繊細らしい。

 意外な一面に気付けたところで攻撃が始まる。


 メルの高速移動によって加速の付いた一撃が真正面から迫り来ていた。


「ぐぉ……っ!? ってぇー……」

「今のも耐えるのはちょっとスゴイ。褒めたげル」


 勿論今の攻撃もしっかり受け止める。数十センチくらい押し出されて手もビリビリと痺れているけど、何とかぶっ飛ばされずに済んだ。


 これにはメルも賞賛の言葉を口にしてくれる。

 そりゃ前にも同じようなことをしてるわけで、その時は何メートルも押し出されたんだ。それと比較すると今回はかなり耐えれている。


 剣の扱い、衝突時の衝撃の分散方法、足腰の強靱さ……どれを取っても今の俺は別人レベルにまで成長した。多少強めに来られても問題はないぜ。


 しかしあんまり長々と鍔迫り合いしてると腕も疲れる。俺は重くのしかかる剣を弾いて距離を置いた。


「うん……やっぱり今の焔衣、前より強イ。これなら練習にもうちょっと本気出してもいけるかモ」

「そう言うと思った。流石に上位剣士一歩手前なだけあるな」


 これで三度になる俺の実力の変化を褒める言葉。

 ここまで何度も言ったということは、一度や二度の偶然で起きたことではないと認めさせた証拠だ。


 宣言通りメルとの試合はここから一ステージ上昇する。

 仮にも十年剣を握ってるんだし、今までのが全部手抜きだったとしても全然おかしくはないよな。


「焔衣、まだ行けル?」

「たりめーよ。息切れすらしてないっての」


 少し強がってみるけど、それはあながち嘘でもなかったり。

 以前の俺なら間違いなく息は上がっていたであろう一幕だが、今はそんなに疲れてる感じはない。


 むしろ俺だってまだ本気じゃないくらいだ。メイディさんとの特訓に比べれば全然余裕である。


「ふっ、良いネ。そうこなくちゃ面白く無イ」

「お互いにここからが本番ってわけ──って、えっ」


 するとメルは突然上着を脱ぐと、その下に隠されていた物を見せつけてくる。


 黒いインナーの上には幾重にも重ねられたプロテクターを着込んでいた。

 それを全て外した途端、ドンッ! という大きな音を立てて運動場の床に落ちる。


 おいおい、本気じゃなかったとはいえマジで? こんなの付けてあのスピード出してたのかよ。


「薄着になったから今までみたいにはならなイ。覚悟決めて相手しテ」

「……うぃっす」


 というわけで二戦目へ突入。制限リミッターを全解除したメルのスピードに到底追いつけるはずもなく、この後俺は全敗を喫したことは言うまでもない。






 そして夜練開始から一時間が経過。この間俺たちはほとんど休憩を挟まずぶっ通しで練習試合をし続けていた。


 もう……ね、食べた物を戻しそうになるくらいにへとへとに疲れ果てるわけだ。

 いくら身体が出来上がりつつある今の俺でも流石に疲れる。床に寝転がって回復を待っていた。


「フー……。焔衣、お疲レ」

「どーいたしまして。多少はすっきりしたか?」

「うン。付き合ってくれてThank youありがとう


 疲れているのは何も俺だけの話ではない。メルも床に腰を落とし肩で息をする程度には疲れたようだ。


 結局普段通りの訓練量をこなしてしまったけど、何だか今日は清々しい気分。

 一人でする夜練とは大違いだ。もしかしたら俺も結構ストレスを溜め込んでたのかもしれないな。


「……焔衣は、メルと廻鋸のこぎりがどうやって出会って聖癖剣協会に入ったか、知りたイ?」

「急にどうした? まぁ気にならないわけではないけどさ……」

「Ok。廻鋸のこぎり取り返してくれたお礼。特別にメルの一番の秘密、教えたげル」


 そんなクールダウン中にメルは急にとある話題を振ってくる。

 それは廻鋸のこぎりの入手と剣士となった経緯についてのようだ。


 本当に唐突だが確かに興味の引かれる話ではある。

 十年という人生の半分近くを共に過ごしている廻鋸のこぎりを、当時十歳かそこいらの歳でどうやって物に出来たのか。


 話に興味を持った俺の反応を見て、メルは軽く深呼吸をした後に語り始める。

 その話に俺は何も言えなくなるのだが。


「メル、子供の頃はStreet childrenストリートチルドレン……日本語で言うと路上生活者ロジョーセーカツシャ、子供のHomelessホームレスだっタ」

「え……」


 一呼吸置いてから語られるメルの過去。それは俺の予想なんか遙かに越える壮絶な内容だった。


 ストリートチルドレン……その名称は聞いたことがある。本人が言ったようにホームレス生活をする子供のことだ。


 日本じゃあり得ない存在だけど、海外では今もそういう暮らしをしている子供は無数にいると聞く。

 まさかメルがそれだったとは思いもしなかったが。


「物心付いた時からパパもママもいなかっタ。同じ境遇キョーグーの仲間と一緒にゴミ漁ったり、人の物盗んだりして暮らしてタ。焔衣にも言えないくらい酷いこと沢山してきたし、されてきタ。今思い返すととても悲しい子供時代だったって思ウ」


 メルの秘密は続く。やはり悪事と呼べるようなことはそれなりに行って来たらしい。

 盗みとかは良くないことだが、俺はそれを否定することは出来ない。


 親もいなければ学もない子供が出来ることなんて無いようなもの。その状況なら非行に走るのは必然だからだ。


 それにこうして今、本人が昔の生き方を悔やんでいるんだから文句なんて言うものじゃない。

 過ぎたことを今になって罵倒するのも無意味だしな。俺は黙って話を聞く。


廻鋸のこぎりと出会ったのは夜中にゴミ漁りしてた時。焔衣みたく劇的な出会いじゃなく、普通に目の前に落ちてきタ。それ拾ってからメルの人生は大きく変わっタ。良くも悪くモ……」


 ここでついに廻鋸のこぎりの話に移る。

 入手経緯は案外普通らしい。目の前に剣が落ちてくるのは出会い方としてはそう珍しいものではない。


 俺の場合は特例中の特例みたいなもんだし……比べる対象にして良いものじゃないからな。


「メル、廻鋸のこぎりが電気を操れるって気付いたらすぐ行動しタ。路上で電気売って、生活費を稼ぎ始めタ。これを四年、閃理と出会うまで続けてタ」

「閃理……それってやっぱり協会が来たから?」

Thats rightその通り。でも切っ掛けは別にあル」


 ふむ、廻鋸のこぎりの力を商売に転じさせるとは中々スゴいことをしている。俺はそんなの咄嗟には思いつかんぞ。


 商魂たくましい幼少時のメルだが、そんな彼女が聖癖剣協会と出会った切っ掛けというのがあるらしい。

 というか閃理ってマジで世界中の支部を転々としてるんだな。


 アメリカ在住中にメルをスカウトしたのかな? その辺の話もちょっと気になるけど、次の話でその考えは全てかき消されてしまうこととなる。


「メル、地元のGangギャングに目付けられて殺されそうになっタ」

「ギャ、ギャング!?」


 うおっ……本当に思いもしなかった言葉だ。

 つい一時間ちょっと前まで元気に白飯を頬張っていた口が言ったとは思えない圧のワードなんだけど!?


 思わず問い返すも聞き間違いなどではなく、メルは静かに話の続きを語る。


「メルは目立ちすぎタ。ほぼ無限に電気作れる力に目を付けられて、拉致されて知らないところに連れ去られて酷いこと沢山されタ」

「そんなことが……」


 正直言って信じられない話だ。まさかこんな身近に壮絶な体験をした人物がいたとは……。

 親のいない浮浪児というだけでも十二分に耐え難い話なのにギャングに襲われたという過去。


 こんなの……あまりにも酷すぎる。子供の頃のメルが居たたまれなさすぎて、俺はうっすらと涙を浮かべていた。


「でも、結論言うと何とかなっタ。今もあんまり覚えてないけど、気付いた時にはメル以外全員死んでて、騒ぎを聞きつけてやってきた閃理とはそこで出会っタ。メルが殺したのか、廻鋸のこぎりの報復が起きたのか……それは分からないけド」

「そ、そうか……。でもまぁ、そんな奴らはそうなって当然……だと思う」

「焔衣は怖くないノ? 人殺してるかもしれないメルのこト」


 ここまでの話を聞き終えると、不意に訊ねられる。

 視線をメルの方に向けると、真っ直ぐな目で俺のことを見つめながら回答を待っているようだった。


 今まで仲良くやってきた仲間が殺人を犯しているかもしれないという疑惑に対し、俺がどう思っているのか聞き出そうとしている。


 本当なら墓場まで持って行くような話をわざわざ教えてくれたんだ。

 自分の秘密を教える……どんな内容であれ、それは信頼されている証なんだって思う。


 なら、それにきちんと応えてやらないとな。俺の答えはこれだ。


「別に怖くはないさ。メルがどんな過去を背負っていようとも俺たちは仲間だ。困ったら助ける、支え合う、切磋琢磨し合うだ。俺にどう見られるか気にする必要はないよ。俺も気にしない、お互い様だ」


 身体を起こすと俺もメルへと向かい合う形になって質問の答えを口にした。

 そう、気にするなんてつまらないことはするべきじゃない。メルらしくもないし、何より無駄だ。


 仮に自分の手でやったことだとしても、命が掛かっている状況下なら殺してしまっても正当防衛になるはず。子供が加減出来るはずないしな。


 抵抗してなきゃ閃理と出会ってなかっただろうし、俺も剣士としてここには居なかったかもしれない。

 だから俺はメルが人を殺めていたとしても何の不都合なことはない。これまで通りに接するつもりだ。


「……Thank youありがとう、焔衣。そう言ってもらえると思ってなかっタ。メル、嬉しイ」

「じゃあその代わりこれからは盗み食いとか夜食は控えてくれよな」

「それは無理」

「プッ、こいつぁひでぇや」


 どさくさに普段の行いを改めようとするも失敗。これに俺はつい噴き出すくらい笑ってしまう。

 静かな運動場に俺の笑い声は響いた。釣られてメルも笑顔を浮かべる。


 辛い過去を振り返るのはここまで。辛気くさいまま終わらせるのも心地が良くないから、最後くらい笑って話を締めるべきだと俺は思う。


「よし、じゃあ休憩終了! さっさと片付けようぜ」

「ん、焔衣は先にシャワーするべキ。メルの我が儘で夜練付き合ってくれたから、手伝わなくていイ。この道具は出した人、つまりメルが一人で片付けル」


 最後の後片付けだが、何やらメルが全部一人でやるらしい。


 別にそんな気を使わなくても良いんだけどな……と言いたいところだが、せっかく笑って終わりそうなのに余計な気遣いで変な空気にするわけにもいかない。


 ここで大人しくメルに従っておくことにする。お言葉に甘えて俺は先にシャワーしに行こうっと。

 一足先に運動場を出てシャワールームに足を運ぼうとしたその時、思わぬ存在に出くわすこととなる。


「良いね。今の会話劇、とても素晴らしかった」

「うおぉッ!? え、何? 絵之本さん!?」


 不意に死角から声をかけられ、飛び上がるくらい驚く。声をかけてきたのは絵之本さんだ。

 どこか満足げな表情をして俺に近付いてくるんだけど……何かちょっと怖い。


「ああ、すまない。氏たちが運動場で汗を流すと言うものだから、題材の参考程度に見させてもらったよ。思わぬ会話も聞けて僕は満足だ」

「さっきの練習試合見てたんですか……。というか話って、それメルにバレたら多分めちゃくちゃ怒られますよ?」


 どうやらこの人、さっきの試合を盗み見ていたらしい。扉の隙間から覗いてたのか、あるいは聖癖章の力で見えなくしていたのかは分からないけど。


 おまけにメルの墓場まで持って行くはずの秘密まで盗み聞いてたとは。それは流石にアウトだろ。

 で、盗み聞きに対してどんな言い分を用意してくるのやら。


「そうだとも。人の秘密を意図せずとはいえ聞いてしまったのは確かに良いことではない。だが、それでも会話を聞けたのは幸運だった。何故ならば氏たちの会話は青春という色彩を宿していた! 剣と剣で繋がった絆が育まれた光景、その美しさたるやこの上無い! チープさは否めないが僕が求める刺激だ!」

「え、えぇ……?」


 うわぁ……。どんな言い訳をするのかと思えば、何だこの人……。


 所行については多少悪びれているものの、それを打ち消すレベルの発言をしてきやがった。

 俺とメルとの会話を盗み聞いた感想? はまさかの大絶賛。おいおい、もうちょっと空気読めないのか。


 あの内容は誰にでも話せるような内容じゃない。メルにとっては俺みたいな信頼出来る相手以外には知られたくないはず。


 絵之本さんとメルが仲が良いようには見えないし、もしこのことが本人に気付かれたら後が怖いぜ。


「フー……。失敬、僕としたことが少し気持ちの悪いことをしてしまった。何はともあれ二人には感謝するよ。次の絵はとても素晴らしい物になりそうだ!」


 若干興奮気味になっていたことを改め、普段の落ち着いた雰囲気を取り戻した絵之本さん。


 早速作品作りに取りかかるべく運動場の入口前を後にしようとする……のだが、俺はここであるものを見つけてしまう。


 それを発見した瞬間、この人が本日の創作に着手することが難しくなる予感を感じ取っていた。


「えーっと、それは何より何ですけど、今日は大人しくしといた方が良いんじゃないですかね?」

「それはどうしてだい? 僕は今、こんなにも意欲に溢れて──」

「そこの扉、見てください……」


 どこか浮かれ気味な様子の絵之本さんだったけど、俺が指示した方向に顔を向けた途端に表情が一変。


 何故ならば──指差した先にある物、それは扉の隙間から覗かせるメルの目があったから。

 突き刺すような視線は当然絵之本さんに向けられている。強い感情が籠もった鋭い目を。


 こんな状況になれば言わずとも分かるはず。

 バレたんだ、盗み聞きの件。


「お……こ、これはこれは。夜の練習ご苦労様だ、メラニー氏」

「絵之本……今の話、説明しテ」

「や、やだなぁ。僕はただ単に焔衣氏と当たり障りのない井戸端会議をしていただけさ。氏のプライバシーに関わるような会話はしていないよ」


 おい、俺と会話してた時の威勢はどこにいった。メルに追及された途端に誤魔化し始めたぞ。


 冷や汗をかきながら目を泳がせる絵之本さん。

 大の大人が年下に言い訳するなんて、それは流石にみっともないぞ。


Yeah right嘘つくな正直ショージキに言エ。メルの秘密……聞いタ?」

「…………ぬぅ」


 ここでメル、扉を完全に開いて身を乗り出すと、バリッと身体に電流を走らせて圧をかける。

 あー、これ本気で怒ってるな。そう思わせるのも楽なくらい今のメルは怖い。


 やっぱりあの話は他人には絶対に知られたくない話だったんだなぁ……。盗み聞いた罪はわりと重いぜ、絵之本さん。


 しかし、当の本人はそれでも素直に謝ろうとしない。大人としてのプライドでもあるのか、いい加減素直に非を認めて謝れば済む話なのに。


 問う者と問われる者、そして傍観者になってる俺の間には妙な沈黙が流れていく。

 そしてこの静けさを破ったのは……問われる者だ。


「あっ! メイディ氏がこっち睨んでいる!」

「エッ?」

「嘘、マジで──って、いないじゃん……あ! 逃げた!」


 バッと指差しで教えられるメイディさんの存在。

 あの人ならマジで後ろに現れかねないのもあって、メルと一緒に俺も釣られて反応して振り向いてしまった。


 お察しの通りメイディさんなんているはずもなく、騙されたことに気付くのにそう時間はかからない。

 この隙に絵之本さんは一目散に逃走。何たる逃げ足だ……。


Don't run away cowar逃げるな卑怯者d!」


 当前これが許されるはずもなく、今ので完全に怒りを爆発させたメルは大声で英語を叫びながらその後を追い始める。


 勿論権能を使った猛スピードでだ。一瞬にして出遅れ分の距離を詰めてしまう。


「ぐはあっ、やはり無謀だったか──ぎぃえええ!? あがが……分かった、謝罪する! 偶然とはいえ盗み聞きしてすまなかっああああ! ちょ、降参ッ、ギブアップだ!」

「Absolutely not.We cannot accept誰が許すかぁ his apology!」


 あっけなく追いつかれた絵之本さんは突き飛ばされて床に倒れると、そのまま容赦のないロメロ・スペシャルが炸裂。


 ほら、言わんこっちゃない。最初から素直に謝っておけばこんなことにはならなかったのに。

 変にプライドを守ろうとするからこうなるんだぞ。


 ネイティブな発音こそよく分かんなかったけど、何て言ったのかは大体雰囲気で分かる。

 メルは絵之本さんを許す気は無さそうだ。


「お前たち……また何を変なことをしている」

「あら、綺麗な天井吊り固めですこと。寸分の狂いもない見事なフォームです」

「そんな暢気に言わず助けておくれよ~……」


 流石に騒がしくしすぎたのか、閃理とメイディさんが何事かと駆けつけてきた。


 傍観者が増え、また一段と騒がしくなる運動場へ繋がる通路。

 絵之本さんのSOSはしばらく無視されたのは言うまでもない。自業自得ってやつだ。

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