第百十六話『抗う稲妻、策略の一手』
「遅イ! メル待ちくたびれタ」
「来たか。……絵之本は?」
「俺の背中~……」
「やぁ、閃理氏。進捗はどうだい?」
召集の連絡からそこまで時間をかけたわけでもないのに、何故かせっかちになってるメルに怒られてしまった。
それはそれとしてコバンザメの如く背中に引っ付く増援の剣士を引っ剥がしてから、無事に閃理たちと合流出来たことを確認する。
現在地は町の中心部からやや離れた所にある公園。そこに設置されたドーム型遊具の中に隠れているという状況である。
怪しい男女が四人、遊具内で屯してるこの光景……何がとは言わないけどあんまり他人には見られたくないな。
自虐っぽい考えを密かに思い浮かべながら、閃理に事態の説明を要求する。
「それで、怪しい所ってどんな場所なの?」
「あそこの建物だ。今は様子を窺っている途中と言ったところだな」
そう指差すのは公園の外れ。雑木林の少し奥まった所にはやや寂れた印象の建造物が見えている。
あれは……倉庫か? ツタが蔓延し、トタンも錆び付きまくっているレベルの老朽化。一目見た感じの怪しさは十分だ。
間違いなくあれのことを指してるんだろう。そこ以外に特段目立つような物もないし。
「廃墟か……良いね。寂れ、そして廃れた雰囲気が実に描画映えする」
「ただの廃倉庫なら特に問題視しない。だがあそこを数人の男女が出入りしているのを目撃した。その後も観察を続けたがそいつらは建物の管理者というわけでもなさそうでな」
絵の題材としての興味を示している絵之本さんのことは無視しつつ、閃理によるとあそこで人の出入りがあるのを確認したという。
それは確かに怪しいとは思うけど、確信するにはまだ早い。
管理者じゃなければただの素行不良な人たちの溜まり場という線がまだ残ってるわけだしな。
「それって普通に秘密基地みたいな溜まり場になってるってわけじゃないの?」
「出入りする人、結構年齢差あるように見えタ。見た目もバラバラ」
ほーん……老若男女問わずの出入りか。それは確かに怪しい。
幅広い年齢の人たちがこんな寂れた廃倉庫に集まる理由なんてないだろうし、ますます怪しいな。
「で、どうする? 突入するの?」
「そうしたいのは山々だが、そうもいかない状況でな。薄々気付いているだろうが、擬人化体はそれぞれ元となった物体の特性を聖癖の力で増強し、自らの能力として行使が出来る。もし中に俺たちの聖癖剣以外に危険物を擬人化させた者がいれば……剣を所持しないままでの突入はリスクが大きい」
怪しさ極まれりな場所であるにも関わらず、未だに何もしていないのには理由があるらしい。
閃理の懸念。それについては俺も何となく気付いていたことがある。
それは擬人化体は全員何かしらの能力を行使出来るということだ。
まず初めに遭遇したミニカーの擬人化体。こいつは追跡中に突如として加速し、転ぶまで捕まえることが出来なかった。
あれは元がプルパックカーだったこともあり、引っ張ったら加速して前進する性質を使ったんだろうな。
特にこれといった能力を行使せず元に戻った本の擬人化体は除いて、三人目であるランタンの擬人化体は頭を光らせることで強烈な閃光を放った。
このことから察するに
もし仮に廃倉庫が隠れ家だったとしたら、そこは奴らにとって重要な施設。超能力者集団とも言える大量の擬人化体が潜んでいてもおかしくはない。
よって剣無しじゃ突入を渋るのも納得。閃理の判断は正しいと言える。
「要は今からあの中を調査すれば良いんだろう? 任せたまえ。彼に任せれば万事解決さ」
「そうそ──えっ、俺任せ!?」
説明を一通り聞くと、あろうことかここで絵之本さんは衝撃の発言をしてきた。
突入を俺一人に任せるのかよ! そりゃいくらなんでもあんまりじゃないか!?
「うむ、その判断は俺も同意見だ。焔衣、行ってくれるか?」
「ちょ、閃理!? 何で肯定的なんだよ! 普通一緒に行けっていうところじゃない!?」
だがしかし、絵之本さんの意見にまさかの擁護派が登場。驚いたことにそれは閃理だった。
どうして……? この中で最も公平な意見を出せる人の言う言葉じゃねぇぞ!?
「不満に思うのも理解するが絵之本は基本好奇心で動く。故にこういったことを任せるにはあまりにも不安だ。気持ちは分かるがここは大人しく従ってくれないか?」
「そうとも。好奇心は猫をも殺すと言う。自分で言うのも何だが、こういう性分故に隠密行動に向いた人間ではなくてね。氏に僕の分まで頑張ってほしい」
「なんつー言い分……」
そうご本人からの供述もされてしまったため、否応無く突入するのは俺に決定されてしまう。
自分を冷静かつ客観的に見て判断を下せるのは凄いことだが、それはそれで格好良くないぞ……。
【聖癖リード・『スク水』『目隠れ』! 聖癖二種! 聖癖混合撃!】
とほほ……と前時代的な悲しみ方をしつつ、俺は侵入用にメルが貸してくれた『スク水聖癖章』と、自前の『目隠れ聖癖章』をリード。
これで対象に姿を見られる心配は無くなり、さらに物体透過で侵入もシームレスに行えるようになった。
「では内部の調査を頼む。もし僅かでも異変などが起きたらすぐに撤退するんだぞ」
「焔衣、メルたちの剣、絶対取り返しテ!」
「メル、俺そこじゃない。こっちだ」
そんなやり取りをしてから俺は一人廃倉庫へ。
慎重になりすぎて僅か十何メートルの移動に数分もかけてしまったが何とか到着した。
コソコソとバレないように行動したことはあるが、ガチの隠密行動は初めてだし仕方がなかったってやつだ。
「お邪魔しまーす……」
そういう訳でいざ侵入。バレないよう極小声で来訪を宣言しつつ、トタンの壁をするりとすり抜ける。
内部には案の定人がいた。若めな男女が四人ほどおり、どれもが静かに内部を見張っている。
おまけに見覚えのある奴もいるな。ミニカーの擬人化体に……褐色の男!
俺が見間違えていなければ、あいつは確か
危険物の擬人化体も気を付けないといけないが、やっぱり聖癖剣だって同じかそれ以上に危険だ。ミスんないよう警戒を強めておこう。
足音を立てぬよう倉庫内を徘徊。屋内の説明をすると、至って普通の寂れた倉庫の中って感じ。
ただ違うのは妙な生活感があるということか。
イスにテーブル、点くかどうかは分からないけどテレビだってある。
人の住む部屋というよりも秘密基地感が強いな。ここで友達と騒いだらきっと楽しくなりそうだ。
それにしてもこいつら……本当に何もしないな。
いや、俺が視認されないからなのは分かってるんだけど、そういう意味じゃない。
人間的な行動を一切しないんだ。私語の一つもせず、それぞれが定位置について棒立ちするだけ。
パッと見人間とそう変わらない見た目なだけに違和感がすごい。最早不気味さえ覚えるぞ。
ふとした疑問はさておき内部探索を再開。
抜き足差し足忍び足で倉庫内をうろちょろしていると、ある物を発見する。
視線の先で見つけたのは、複数の家具が密集して置いてある一角。そこの窓から差す光を浴びる如何にも怪しげな箱だ。
ダンジョンに置いてある宝箱かっての。そんなイメージを持たせるそれにゆっくり近付く。
まだ透過の権能は効果を発揮してるよな? 中を覗いてみるとしよう。
近くの窓際には
念のために周囲を警戒してから箱に顔を突っ込んで中身を見る……が、はい。俺の考えが甘かった。
箱は閉じた状態なんだから中は真っ暗で見えるわけない。よく考えなくてもそりゃそうだわ。
でも無問題。俺には普通の人間には備わっていない熱感知能力がある。これを使い内部を再度確認。
すると中にはうっすらとだが周囲より僅かに熱の持ち方が違う物体を視認した。
形から察するに……これは
ふぅ、何かちょっとだけほっとした。もし
相手の甘さに助けられたな。そのまま最後まで使わずにいてくれたら嬉しいんだけど。
そんなことを考えながら箱から頭を戻すと──
「……ん?」
違和感。それは倉庫内の景色に若干の変化が起きたことに起因するのは明白だった。
じゃあ何が違和感なのか。それは……影である。
箱に頭を突っ込む前とその後で窓から差す日光を遮る物が増えていることに気付いたのだ。
い、嫌な予感~……! 冷や汗をかきながら、恐る恐る後ろを振り返ってみると──
「…………」
「──……ッ!?」
俺の背後には褐色の男。
ま、まさかバレた……!? でも変な物音は立てていな──もしかして認識阻害の効果が切れたのか!?
だとすれば本日二度目の抜かりである。俺ってば本当にバカ……。
こんな所でドンパチするのは得策ではないけど、俺の侵入がバレたのは非常にマズい。
相手が聖癖剣の擬人化体じゃどこまでやれるのか分からないけど、戦闘を覚悟するしかない。
剣柄に手を忍ばせ、いつでも抜けるようにした。その直後のこと。
「ぬっ……!?」
不意に
あまりにも唐突だったからつい声が漏れてしまったけど、それを隠すように次のアクションをする。
「お前たち、そろそろ交代の時間だ。前の奴らが来る前に行け。報告は俺が代わりに受けておく」
「…………?」
「…………?」
「黙って言うことを聞け。面倒ならここで元の形に戻してもいいんだぞ」
奪われてから一晩明けただけで馴染み過ぎてないか? リーダーかよ。
その半分脅迫じみた言い方で他の個体を威圧した
そのまま扉を開けて出て行く数名の足音。多分全員行ったのか?
元々静かだった倉庫内は新たな静けさに包まれた。ふぅ、危ないところだったわ。
「……思いの外早かったな、炎熱の聖癖剣士」
「うわ、やっぱりバレてら……」
仕切りが取り外されると案の定声を掛けられる。ううむ、やはり見つかってしまっていたようだ。
認識阻害の権能は透明化ではなく他者から認識されなくなることで姿を捉えられないようになる権能。
だから自分で自分の身体を見ても見た目上の変化は無いから時間切れに気付きにくい。
何分もかけて来たのが仇になったな。それはそれとして気になるところもあるが。
「どうして俺を庇った? 今のあんたは
疑問とは
なのに他の擬人化体に見つけられる前に隠し、さらにはそいつらを倉庫から追い出すなんて不利益なことをしている。
一体何を考えてるんだ……? 俺の問いかけに数秒の沈黙を経てから
「そうだ。確かに今の俺は
「つ、つまり……?」
「俺の剣士はメラニーだけだ。断じてあの男ではない。俺を取り戻したければ俺と戦い、そして勝て。奴らに気付かれてしまわない内に」
俺を助けてくれた真意を
なるほど……。どうやらこいつは
あの時メルを殴ったのも権能の命令に従わされたんだろう。こいつ自身の意志ではなかったんだな。
そして俺を助けた見返りに要求してきたのは一対一の勝負。はて、それは一体何故?
いくら
「戦うって、それまたどうして……」
「擬人化体は
訝る俺に
どうやら敵に支配されている今は常に
さらにはこの会話さえも何時バレるかも分からない危うい状況らしい。
そんな中での決闘の申し出。これが意味する答えとは……。薄々察しているけど続きを聞き出す。
「俺が持ち主の鞘に納まるには俺とお前が偶然出会い、そして戦闘をしたのだと誤認させる必要がある。あたかも俺が負けて、奪い返された風を装うんだ。
それにもしこのまま戻れば、拠点の居場所が割れ、危険物の擬人化体を仕向けられる可能性がある。それを防ぐためにも戦わなければならないんだ」
「なるほど……」
やはりな。俺との決闘は権能からの解放だけでなく、敵の脅威から拠点を守るための策でもあるのか。
閃理も警戒している危険物の擬人化体が実際にいるんだろう。それを回避するために一芝居を打つ必要があるってことか。
それは確かに理に適っている。がしかし、わざわざ戦う必要はあるのかな、とも思う。
ちょっとサイコじみた考えになるが、そのまま切られてくれれば楽に解放されるはず。
まぁ俺としてもそんなことはなるべくしたくはないから、素直に決闘を受けるが。
「そういう事情があるのなら仕方ない。メルもあんたが戻ってくることを願ってるし、その気持ちはしっかり汲んでやる」
「そう言ってくれると助かる」
決闘を承諾。すると
そして身体の内部から質量保存の法則をガン無視してある物を取り出す。
それは言わずもがな、聖癖剣としての
「身体の中から元の剣を取り出せるのかよ……!」
「当然だ。
ちょっと驚いたけど原理は大体始まりの聖癖剣士と同じって考えたら妙に納得だ。
本質は違えどやってることは同じなら、当然権能だって使えて当然だろう。
手加減もしてくれなさそうだ。まさかメルの聖癖剣と真剣勝負をするとは思わなかったがな。
「……行くぞ!」
「速っ……!?」
戦いの合図を口に出した瞬間、
持ち主がそうなんだから、剣だってそれくらい速く動けてもおかしくはないよな。
咄嗟に
「お前の動きはメラニーとの訓練で毎日見ている。やはり最初の時と比べ、動きは最早別人だ。
「剣からも褒められるなんて嬉しいこった。ああ、だからって手は抜かないけどな! 今回ばかりは絶対に勝つ!」
鍔迫り合いとなって短い会話を挟み、そして剣に力を入れてお互い弾き返される。
でも俺の位置があんまり良くないせいでタンスにぶつかってしまった。戦うには倉庫の中は狭い。
出来れば外に出て戦いたいんだが……。
いいや、許すも許さないもない。とにかく場を支配すればいいんだからな!
「今度は俺から行くぞ!」
「来いッ」
次は俺が攻める番。勢いを付けて
単純なパワー勝負なら間違いなく
「ふっ、俺を押し切ろうとしているな? だが甘い」
「ぐおっ……!?」
すると、この瞬間
それについビビってしまい、後退を余儀せざるを得なくなる。あれに当たれば剣士の身体とて怪我は免れないからな。
メルは訓練で一度も刃を回したことがないから、俺にとっては初めて本領を発揮した
普通にビビるよなぁ。剣vsチェーンソーなんてどう考えても異常だもん。
「怖ぇ~……! メルと相手して逃げない奴、マジで勇気あるな」
「全くだ。だからお前は逃げてくれるなよ!」
そう言われちゃ尚更逃げるわけには行かなくなったな。ここで退いたら剣士としての格を下げてしまう。
けたたましい金属の音を上げ、再び俺へと迫ってくるチェーンソー。
当然怖いさ。でもメルのためにも慄くわけにはいかない!
メイディさんとの訓練の成果、ここで発揮させてもらう!
「でぇああぁっ!」
「むっ!?」
袈裟切りで迫る回転刃に対し、俺は
斜に構え、触れそうになった瞬間剣の腹を当てがい軌道を強制的に変更させる。
ギャリギャリギャリッという金属を削る感じの嫌な音が鳴った。一瞬剣の状態が心配になるけど今は後回し。
攻撃を受け流したことにより
「ぐぬっ……」
多少無理な体勢ではあったがが、いなした勢いを使い
よろめく相手は数歩後ずさり、俺もバランスを崩して転びそうになったけど何とか立て直した。
「……学んだことをしっかり戦いに組み込んでいるようだな」
「おかげさまで。これでも特命剣士なんでな!」
また剣に褒められた。勿論驕らず調子に乗らず、もう一度攻めに出る。
剣士の戦い方は当たる攻撃を避け、避けられる攻撃をどうにかして当てるが基本戦術。
どんな攻撃でも命中してしまうと致命傷になりえる。特に
よってこの戦いは回避を重視する。しっかり相手の剣の動きを見ていかなければ。
「ふっ、やはり
「はぁ? いきなり何言ってんだあんた。メルの相手ってどういう意味だよ」
「言葉の通りだ。お前ならあいつを満足させられる剣士になる。ただし、俺を倒せたらの話だがな!」
ここで
ここで放電するつもりか!? そんなことしたらこの倉庫がどうなるか分からないぞ!?
そんな心配をしながらも身構えて攻撃に備える。そして大技が発動された。
「聖癖暴露・
「ぎっ……!?」
口頭で暴露撃を発動させたその刹那、目の前の擬人化体は瞬きよりも早く動く。
部屋中にパルスをまき散らしながらの高速移動。微妙に違う気もするが、これは確かメルの得意技である『
メルの技とはいえ剣自身も出来るとは。やはり持ち主に似るんだな!
本家にも勝るとも劣らないスピードは驚異的。下手に動けば隙を晒すことになる。
おまけに狭い屋内でも家具や壁などにもぶつからないとは。身体のコントロールも完璧のようだ。
「棒立ちするだけでは俺を倒すことは出来ないぞ!」
「うぐぁッ!?」
そして肉薄されたことに気付いた瞬間ガードを取るが、加速で付いた勢いに耐えきれず俺の身体は宙に浮かされるほど強く押し出されてしまった。
バリィン! とアクション映画さながらド派手に窓ガラスをぶち抜いてしまう。
痛みを感じた時にはもうすでに戦場は新たなステージ、屋外へと移っていた。
「ってぇー……まさか倉庫から出るとはな。でも好都合ってもんだ。ここから反撃を……」
「それはどうだろうな?」
屋内じゃ
しかし本気を出すのは向こうも同じらしい。
まだ暴露撃は続いているのか、姿を追えないくらいのスピードを維持したまま俺の発言を否定する言葉を言い放つ。
稲妻の如き速さで公園内を駆け巡る
やっぱり速さの権能は厄介だな。いくら以前よりも鍛えられているとはいえ、まだまだ暴露撃で出す超スピードを目視で追えるほどではない。
いつどうやって奇襲されるか分からない……。警戒は常に強めておかないと。
「背中がガラ空きだッ!」
「しまっ……!」
その声が聞こえた瞬間、背後から迫る気配に感付く。
ほぼ条件反射で振り返り、咄嗟の防御────にギリギリ間に合った!
再び鳴り響く剣と剣の衝突音。公園に存在していいものではない物の二つが今一度交錯する。
「今の速度にも反応するか。やはりお前は強い!」
「伊達に
お互いに剣を押し当て合いながらの会話。ちょっとだけ強がりを見せる俺だが、一方の
それに対し俺も無意識に笑みを浮かべ返していた。
こんな時に思うのも何だけど、今少しだけ楽しいって思ってしまっている。
敵を欺いて
持ち主と似ているようでどこか違う。人の技や戦い方を真似するやり方とも別なこの感覚は、ボキャ貧の俺じゃ上手い例えは思いつかない。
確実に言えることは、この戦いは今までメルと相手をして得られた経験とはまた違う別種の物だと言うことだ。
「……
すると、このタイミングで何者の声が公園に響く。
視線を声の方向に向けると、案の定メルがこっちに近付こうとしていた。
「どうして焔衣が戦ってル!?
遊具の中とはいえ、倉庫に向かった俺の帰りを外から待っていたんだ。
鍔迫り合いとなっている自分の剣の擬人化体と後輩の姿が目の前で繰り広げられていれば、いくら度胸があるメルでも驚くのも無理はない。
今の閃理には
「……メラニー、来るな! 戦いの邪魔をするな!」
「
近付いてくる持ち主に対し、
戦いを中断する気はないようだ。どうしても俺に倒されないといけないらしい。
剣に拒絶され、英語で何か不満を口にするメル。
変な誤解にはならないだろうけども、ここは俺からも訳を話すべきか……?
「メル、頼む。こいつの相手は俺に任せてくれ。どうにも
「
まぁそう返すよな。でもだからと言って剣が無い今のメルに相手を譲るわけにはいかない。
早いとこ決着を付けないと。持ち主本人の前で
俺は奴の剣を弾き返して距離を取り、すかさず聖癖暴露撃の手順を踏む。
【聖癖暴露・
「
「ふっ、来い。俺に勝ってみせろ!」
決着だ! この戦いに終止符を打って最初の一本を取り返す!
もしこれで剣が破損するようなことになったら──その時は全力で謝る。そうならないようなるべく努力するけど。
「──焔魔十斬波!」
俺の必殺聖癖暴露撃が発動。十字状をした炎の塊を飛ばす一撃をお見舞いする。
正面からそれを受ける
「ぐ、うおお……ッ! ふふ、やるな……!」
炎の塊を受け止める時にも
でもその笑みは余裕を意味するものではなく、どこか満足げで諦めにも似た表情だった。
そして──放たれてもなお落ちぬ威力に耐えきれず、防御を破って
一瞬全身が炎に包まれるも、俺の加減が効いたのかすぐに鎮火。煙と共に焼けた身体が露わになる。
「
持ち主にとっては衝撃的な光景に違いあるまい。肉体を得た自分の剣が炎に焼かれ、そして倒れた姿というのは。
急いで
それでも構わず触れ、熱さに顔を歪めるも根性で耐えている。
「……メラニー・ライトニング。俺に触るな、熱いだろう」
「熱くなイ。これくらい慣れてル」
「そうか……」
でもメルはそれを否定。その性分を理解しているからか、変に追及せず短い返事をした。
こんな時に思うのも空気が読めてないが、二人は褐色肌で金髪という共通した部分があるから、まるで兄妹に見えてしまう。
何だか感動的だ。もっとも、こんな状況にしたのは俺なんだけれども。
「俺の身体はじきに消える。安心しろ、
「でもメル、人になった
「過去は過去のままにしておけ。お前との過去は振り返りたくない。剣がそう思うんだから、お前もそう思え」
……一つ訂正だ。どうやら本当に悲しい場面になっているっぽい。
そうか、メルが何だかせっかちになってたのって、擬人化した
何やら剣に聞きたいことがあったそうで、それも望めない状況になってしまったことを嘆いている。
剣ですら振り返りたくない過去か……。今まであんまり気にしてこなかったメルの背景に少し触れてしまったな。
俺と
ただまぁ、
「最後に……忠告だ。
人間と遜色ない身体から色が消えて粘土の塊のような物体となり、塵一つも残らず散っていった。
傍らには聖癖剣としての
「……
人としての姿をした
哀愁さえ漂うその背中。本当に会話したかったんだろうな。その想いが伝わってくる。
そして地面に転がる剣を持つメル。報復現象は発動しない。確かに権能から解放されたようだ。
「メル……」
「焔衣。
「うん。でもごめん。分からなかったとはいえ、メルの考えてたことを出来なくさせて……」
「別にいイ。言わなかったメルに問題あル。剣も壊れてないし、気にしてなイ」
取り返した聖癖剣を持って立ち上がったメルは振り向かずに感謝の言葉を述べた。その声は普段より幾分か暗く聞こえる。
俺も思わず謝罪を口にしてしまうが、それは不問だとしてメルは済ませてくれるようだ。
なんか……ちょっと居心地が悪いというか何というか、露骨に落ち込んでるっぽい姿を見ると罪悪感が湧き出てくる。
あんな形で剣を取り戻してしまったんだ。これくらい気を落とされても俺が言える文句は無い。
そしてどこか力なく歩くメルと入れ替わるように、二人の男がこっちにやって来る。
「焔衣、良くやった。予想外の収穫だが
「噂に違わぬ見事な戦いだった。流石は特命剣士と言ったところだね」
閃理と絵之本さんだ。二人の間を通り去るメルを目で追いながらも、そっとしておくのを選んで俺の所へ来る。
「でもメルに悪いことしちゃったかなぁ……」
「経緯はどうあれ剣を奪還した事実は変わらない。いつまでも気にしては今後に響く。それは創作活動でも同じことさ」
「そうだ。それにあの倉庫が
不安に思う俺へ絵之本さんたちは励ましの言葉をかけてくれる。
二人がそう言うなら……気にしないでおくべきか。
メルは心身共に強い剣士だ。すぐに機嫌を直していつも通りに戻ってくれるはずだろう。
そういうわけで俺たちは事後処理としてぶち破った窓ガラスを聖癖の力で修復し、公園を後にした。
幸運にもメルの聖癖剣を取り返すことが出来た今回の捜索。しかし、肝心の敵剣士はここにはいないことが判明するなどした。
しかも──この町から出て、新天地へ向かおうとしているという事実。
これは早急な対策が必要だろう。
あの倉庫の中に
どこにいったのかは知らないが、今に見ていろよ
そう固く胸に誓い、俺たちは午前の探索を終わらせるのだった。
†
「……っ!?
「え、どうした?」
その報せは唐突だった。
新たな町での活動、そして聖癖剣協会の手から逃れるために引っ越しを計画していた俺たちは、二つ離れた町の不動産屋にて物件の情報などを調べていた。
せっかく越すのだから良い場所を選びたいという俺の
実体化させていたぐしょさんが不意に何かを感じ取った。それに思わず驚く。
「
「まさかって……おい、それどういうことなんだ?
口にする
何だか嫌な予感がする。
その擬人化体たちの手綱を握っている本人でさえ困惑させてしまう状況。これを一目で全てを察するなんて俺には出来ない。
何度も応答を試み、そして一つの結論にたどり着いたぐしょさんは静かに俺を見やる。
白い肌に陰りが見えるくらいの蒼白さを浮かべ、今の状況を教えてくれた。
「
「やられた……って、それ、どういうことだよ!?」
告げられたのは衝撃の内容だった。
言葉は理解出来ても、心は理解しきれない。俺はその詳細をぐしょさんに求めた。
「分からない……突然
「待て、
ここで俺は最悪な予想を考え出してしまう。
外出を許していない擬人化体の突然のロスト。そして現状を取り巻く状況……これらから考えられる可能性はたった一つ。
奴らが……光の聖癖剣協会の使者がアジトの居場所を掴み、突撃した。そうとしか考えられなかった。
「嘘だろッ!? まだあいつらの剣奪ってから一日も経ってないのに特定が早すぎだろ!?」
「待って。まだそうと決まったわけではないわ。それに今は人目もあるわけだし、一度落ち着いて……」
そう言われ、はっと正気に戻って周囲を見る。
今は次の不動産屋を目指す途中で、腹ごしらえに寄ったカフェの中。俺が住む町よりも都会だから平日の昼前でも人はそれなりに多い。
危ねぇ……。ただでさえぐしょさんの格好は着物で目立つのに、俺まで変なことしたら完全不審者だ。
せめて外面だけは平静を装え。ここでアウト判定はあってはならないことだ。
俺の冷静さを取り戻してくれたぐしょさんには内心感謝をしつつ、改めて今の問題について訊ねる。
「でもよ、これどうすんだ?
「あるとすれば事故。前にあったでしょ? 学校の化学室に忍び込ませて盗んだ薬剤でボヤ騒ぎになった件。感覚的に今回のはそれに近いわ」
疑問に対する答えに俺は「あ~」という暢気な反応をする。そういえば最初はそんなのも集めてたっけ?
いざって時の防衛用に高い攻撃能力を持つ擬人化体を手元に置いておきたいって考えて、無謀を承知で学校に行かせたんだったか。
忍び込ませて物は盗ったものの、警備員に見つかり逃走。薬品を落とした衝撃で発火し、擬人化体一人と複数の薬品がオシャカになった。
結果予想の半分を下回る数の薬品しか回収出来なかったのを覚えている。懐かしいな、何ヶ月前の話だったか?
曰くその時の件と今回の件は似ているらしい。
まさかとは思うけど、倉庫がついに倒壊してその下敷きにでもなったとか? でも流石にあり得ないか。
「いずれにせよ反応が急に消えたのはその個体が何かしらの要因で権能を強制解除されたってことね。それ以外考えられない」
「くそぉ……。何でこんな早く不安になるようなことが起こるんだよ。もう戻りたくねぇ、あの倉庫」
何であれ
それに奴らにアジトの居場所を割られた可能性だって十分にある以上、盗聴器とかのことを考えればもう戻らない方が賢明かもしれない。
不安ばかりが募るが、だからと言って何もしないわけにはいかない。
俺たちも俺たちなりに対策を練る。こちとらほぼ無限の人員を補充できる力があるんだからな。
「ぐしょさん、
「……ええ。
もしやと思い、もう一つの剣について訊ねてみたら無事だという報告を受ける。
良かった。こっちは大丈夫そうだ。ほっと一安心……するのはまだ早い。
そして──俺の計画に不安要素は残したくない。正直やりたくはないが、安寧のために手段は選べない。
「ぐしょさん。今から全部の擬人化体に命令、近い内に──俺らは聖癖剣協会との全面戦争をする。その準備をしろって伝えてくれ」
「……! あら、いいの? 随分と強気じゃない?」
俺は決断した。そう、最終手段として残しておいた奴らとの戦いに望む。
この判断に驚きを見せるぐしょさん。そりゃつい昨日戦わないって言った上で今の言葉なんだ。疑問に持たれてもおかしくない。
「ああ。もうやるしかないかなって思ってさ。でも俺は剣士らしい戦いは出来ない。だから
そう発言して俺は改めてぐしょさんの容姿を見る。
全体的に白い姿をした美形は、元が剣とは思えない美しさをしている。この姿、俺はとても好きだ。
俺の得物にして相棒、大事なこの
ぐしょさんを守るためにも俺は奴らと戦わなくてはいけないんだ。もうビビってる暇はない。
「……ええ、勿論。あなたは私の剣士、私はあなたの剣。そこに違いはないわ。あなたのしたいことに付き合うのが剣としての使命。やりましょう、一緒に」
「ありがとう……」
テーブルの上に出していた手にぐしょさんの手がそっと触れささる。
どの擬人化体にも言えることだが、その手の温もりは人と変わらない。偽りの力で生み出した肉体だとしても、俺はこの暖かさを本物だと思っている。
だからこそ絶対に負けられない。計画のために手伝ってくれている擬人化体たちのためにも、この危機を乗り越えないといけないんだ。
今に見ていろ、俺の邪魔をする聖癖剣協会。二度と俺たちに近付けないようにしてやるからな……!
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