第百十八癖『光導く、童女の毒罠』
昨晩のトラブルをどうにかこうにか収束させ、いよいよ問題の翌日を迎えた。
今日こそ
昨日の編成内容通り俺と絵之本さん、閃理とメルに別れ、町の至る所をくまなく捜索していく。
曰くこれまでよりも攻撃的になっている可能性がある擬人化体たち。
いつどういった形で現れるか分からないから警戒を強めて捜索を続ける中で、俺と絵之本さんのグループはとある違和感に気付くこととなる
「……絵之本さん」
「ああ、分かっているさ焔衣氏。見かけないんだろう? 警察を」
町中を歩き回る内に気付いたこと。それは、昨日は頻繁に見かけた警官を今日は一度も見ていないということだ。
これは……ちょっと変じゃないか? いや、警察が動かないくらい平和なら別に良いんだけど、たった一晩で町の治安が良くなるはずはない。
この町で起こる事件は数ヶ月前から続いているらしいし、何なら二日前にも発生している上に未遂に終わっただけでつい昨日も起きている。
だからこの急変ぶりはおかしい。別の所にいる閃理たちも気付いているのだろうか?
「焔衣氏、くれぐれも注意してくれ。一見昨日となんら変わりないと感じるが、僕の勘が良くない何かが起こりそうだと告げてている」
「良くない何か……。うぅー、なんかイヤな響き」
洞察力に長けた絵之本さんもこの違和感に不吉な予感を感じ取っている様子。
そんなこと言われたらますます怖くなるだろ。変なことが起きなければいいんだけど。
……と思ったタイミングで着信。変に警戒してたせいで一瞬ビビってしまったけど、相手が閃理だと分かって杞憂に終わる。
もっとも、それはそれでイヤな予感はさらに増加することにはなっているのだが。
「もしもし閃理? 何かあった?」
『ああ。あまり良くない物を見つけてな。情報を共有する』
応答するや否や、案の定な内容が返って来た。
閃理たちのグループが見つけたらしい良くない物。それは一体何なのか、怖いけど聞いてみる。
『こっちは建物の死角となっている場所で倒れている警官を発見した。意識を失っているだけだが縛られている状態だった。恐らく何者かが狙って動いている可能性がある』
「何……!?」
もたらされた情報は俺たちが直面している謎に対する答えとなる内容だった。
警官が倒れている……もしや異様なまでに警官との遭遇率が低いことと関係している?
これも奴らの仕業なのだとしたら、マジで手段を選ばなくなってきたってことだよな。
「実は俺たちのいる場所も一人も警官を見かけなくて、やっぱりこれも……」
『奴らにとっても警察組織は邪魔な存在に違いない。俺たちへ攻撃する前の露払いだろう。奴らも本気になっている証拠だな』
うむ、確かにリーダーの推測は納得出来る内容だ。
今この町で最も警察の存在を邪魔がっているのは
何せ一般市民からスリや空き巣などの手段で資金を調達しているんだ。それを止めるために巡回している組織を鬱陶しいと思わないはずがない。
多分俺たちとドンパチすれば騒ぎに気付いてやってくることを危惧しての行動。
そうなってしまうのを防止するために警察側の動きを止めているんだろう。
意識を奪っているのにも関わらず拘束しているのは、目覚めてすぐ行動させないようにするためか。力技だが策士だな。
「分かった。取りあえず俺たちの方も倒れた警官を見つけたら介抱はしておく。あと状況説明とかもね」
『ああ。だが気をつけろ。恐らく何かしらの薬品を擬人化させた物が犯人だろう。聖癖の力で増強させている以上、剣士と言えども眠らされかねない。注意してくれ』
なるほど、閃理は犯人の能力には目星がついているらしい。
薬品の擬人化……これまた危なそうな字面だ。しかも眠らせてくるなんて厄介極まりない。
こりゃマジで気をつけないとな……そう思いながら電話を切ろうとした、その時のこと。
「──きゃはは」
「──ふふふ」
「……!? 何だ、今の?」
『どうした? 何かあったか?』
不意にどこからかふわっとした雰囲気の声が耳に届く。
思わぬ出来事に驚いてしまうけど、今のはどこかで聞いたような覚えが……?
「……! 焔衣氏、あの少女たち、怪しくないか?」
「え? あっ! あれはもしかして……?」
『一体どうした!? 何を見つけた?』
ここで絵之本さんがある物を発見。
指差された方向を向くと、十数メートル先にある路地から今にも入ろうとする子供の姿を捉えた。
黒髪ロングと金髪ショートの幼女二人組……この特徴、見覚えがあるとかのレベルじゃない。
この発見に従ってさっきの声が誰の物なのか、これで完全に思い出せた!
「閃理、ヤバい!
『な、何だと!?』
そう、あれは
まだ通話を切ってなくて良かった。このことをすぐに報告すると、電話越しの閃理も驚く。
何しろ持ち主だからこそ今の状況の深刻さを理解出来ている。十聖剣を敵に回す恐ろしさを。
もう何度だって言ってきたことだが、
だから
もし仮に
こうなる可能性は元々考えていたとはいえ、昨日の時点では箱の中に入ってたからてっきり使わないのだとばかり……。
『今どこだ!? 俺たちもそこへ向かう!』
「お、落ち着け閃理! まず俺たちが
自分の剣が動き出していることを知った閃理からは少しだけ焦りの色が見て取れた。
焦る気持ちも分かるが、らしくもない行動をしようとする閃理を制止。先行して俺たちが尾行する作戦を提案する。
どこに擬人化体が潜んでいるのか分からない今、向こう見ずな行動は危ない。
それくらいのことは理解出来ているつもりだ。俺だって学習してるんだからな。
『……分かった。悪い、俺も剣が無いのが不安でな。ここは任せる』
「うん。閃理の剣もきっと取り返してみせる。だから安心してって」
俺の言葉に落ち着きを取り戻す閃理。改めてこの作戦を認め、尾行作戦が承認。
「話は大体分かった。あの少女たちを追うのが今の仕事なんだろう?」
「はい。相手は
隣で通話を聞いていた絵之本さんも尾行には乗り気のようだ。
巡ってきたこのチャンスは絶対無駄にはしない。
そういうわけで周囲の警戒は維持しつつ慎重に
「──ねぇねぇ。あそこのお店、値引きシール貼り始めたよっ。格安~」
「──あそこのおじさん、自転車の鍵落としちゃってるよぉ。大変~」
二人は仲良く手を繋いで歩いており、時折権能の力で何かを見つけたりしている。
発言内容と服装以外は普通の子供と何ら変わりない。一見したら微笑ましい光景だ。
しかし、それとは別に不安な点もある。何を隠そう俺たちのことについてだ。
無精な見た目の男と成年成り立て男のコンビが幼女二人の後を追ってるんだぞ? 今かなり犯罪臭漂わせてないだろうか?
でもまぁ、警察の目が少なくなっている今で良かった。思わぬ恩恵を得たな。
そして尾行開始から数分が経過。
「……何か適当に道通ってませんかね?」
「僕たちを誘導しているのか、あるいは当てずっぽうに歩いているのか……皆目見当がつかないな」
対象はどういうわけか適当に道をほっつき歩いているようにしか見えないのだ。
見た目は子供でも中身は数多の功績を積み重ねてきた聖癖剣界の重鎮。この行動にもきっと何かしらの意味があるはずだと睨んでいる。
でも実際にやっているのはキャッキャしながら道という道を歩いているだけ。俺たちが見える範囲ではそれ以上のことはしていない。
怪しい……ことには変わりないものの、何も無さ過ぎて尾行のしがいが無いんだけど。
そうこう考えながら追い続けることさらに数分。ここでようやく変化が起きる
「──こっちかなぁ?」
「──そうそう、こっちこっち! 早く行こっ」
「あ、路地に入って行った。どうします?」
「当然追うさ。でも十二分に気をつけたまえ。この先の路地は……行き止まりになっている。ここが終着点かもしれない」
絵之本さんが見ているアプリによると、この路地から繋がる道に出口はないらしい。
これもまた怪しいな。
とはいえここでビビってなんかいられない。閃理の剣を取り戻すためだ。行くしかないだろう。
「ス──……ハァ──。よし、俺が先に行きます。もし何かあったらその時は頼みます!」
「ああ、任された。心して行くと良い」
一つ深呼吸をしてから俺は絵之本さんと目を合わせてから路地へと突入。
窮屈で幅の狭い路地であること以外は特に他の物と変わりはない。進行方向上にいる二人の子供の後を静かに追う。
そして
これからどうなるんだ……? 俺は曲がり角に身を隠して遠目から様子を窺う。
「──わー、行き止まりだぁ」
「──そうだねっ。行き止まりだねっ」
「──追い詰められちゃったねぇ」
「──でも、わたしたち、分かっててここに来たんだよねっ」
「──そうだねぇ。
「…………っ!?」
その瞬間、ぐるっと身体を振り返させた。
慎重に行動してたこともあって、そのアクションに驚いた俺は咄嗟に身を引っ込める。
今の口上、間違いなく
「──焔衣のおにーさんっ!」
「──
案の定俺の名を呼ばれてしまう。もうこれ以上隠れても無意味そうだ。
仕方ない。ここは大人しく出るべきだな。
「……ああ、
「──わー、やったぁ!」
「──それじゃあ、何して遊ぶっ?」
素直に名乗り出るとあからさまに喜ぶ二人。
ここだけ見れば無邪気で可愛い子供そのもの。出来ればそのままでいて欲しいものである。
「──ねぇねぇ、アレしようよぉ?」
「──さんせーい! アレやろっ!」
「アレ……?」
じわりと感じる嫌な予感。黒髪の
一体何を……と思うのも一瞬のこと。その変化はすでに始まっていた。
いきなり何のポーズ!? と心の中でツッコむのも束の間。真の変化はその直後に起きる。
密着する二人の間から出現する棒状の物体。それは明らかに剣の柄だ。
「──いっせーのーでっ!」
「──いっせーのーでぇ!」
その柄を二人が一緒になって引っこ抜く。すると、剣としての
「──焔衣のおにいさん、
「──みんな大好き、剣士ごっこでねっ!」
「そう来るか……!」
ま、相手は
見た目が見た目だし、かなり気は引けるが倒さないと権能の支配から解放させられない。ここはやるしか選択肢は無いか。
【
「勿論だ。そのごっこ遊び、全力で付き合ってやらぁ!」
応えるように剣を抜き、戦いの姿勢へ移行。
狭い路地裏で始まろうとする一対二の戦い。どんな結末が俺を待っているのか……不安で仕方ないな。
「行くぞ!」
でも迷う暇は無い! 俺はすぐに速攻を仕掛け、早期決着に望む。
幸いにもこの狭い戦場では逃げ場なんて無いも同然。いくら
真っ直ぐ進んで切りかかろうとする──が、相手は百戦錬磨の十聖剣であることに変わりはない。
「──甘いよぉ」
「──隙だらけだねっ!」
俺の斬撃に対し、
「うぉ!? お、重……っ!?」
重いのだ、
閃理と練習試合をする時とほとんど変わりのない重さ。
「──軽いねー。これじゃあ
「──ほんとだねっ。ぜーんぜん手応えがないのは剣的にマイナスだよっ」
「んなっ!? んにゃろぉ、言わせておけば……!」
ここで腕力の差について煽られる。そうだった。
一瞬ムッとなったけど落ち着け俺。こいつらの挑発に乗るということは、それ即ち敗北を意味する。
それに閃理は俺たちの知らないところ常時でこういう風な煽りを受けているんだ。
我慢すればどうということはないただのメスガキの煽り。それ如きに屈するわけにはいかない!
「──始まりの聖癖剣士に稽古つけてもらってるのに大した成果出せてないっ♡」
「──いっつもメラニーのおねえさんに手加減してもらってるのに未だに勝てない弱者剣士ぃ♡」
「ぐはぁッ!? そ、それはアウトだろ!」
グアアアア! 今の言葉、わりとキツい!
俺が地味に気にしていることに触れてくるなんて、
思わぬ口撃でつい腕に込める力を抜いてしまい、俺は呆気なく
や、野郎ぉ……! 煽りには乗るまいと思っていたが、やっぱり無理だったわ。
権能を使ってイジられたくない部分に触れてくるのは勘弁して欲しいんだけど!?
不思議と心へのダメージもデカいし、マジで厄介極まれりな相手だ……。
「──そろそろ良いんじゃないかなぁ?」
「──そうだねっ。やっちゃおうっ!」
精神的ダメージに悶絶する俺を見て、
今度は何をするつもりだ? 体勢を立て直して迎え撃つ準備を整える──よりも早く、それは現れる。
「──もー良いーよぉ!」
「──やっちゃえーっ!」
この合図を口にした瞬間、俺の背後に何かが落ちてくる。
それに気付いて咄嗟に後ろを振り向こうとした瞬間、何者かが俺を拘束し口に手を当ててきた。
「むぐぅ……っ!?」
うっ……何だ、この変に甘い匂いは? 後ろから動きを封じ込められたかと思えば、変な匂いを嗅がされている!?
しかもこの匂い、俺の呼吸とは関係なく肺の中に入ってくる! 鼻の奥まで嗅ぎたくない臭いで一杯になって気分が……。
気分……だけじゃない。意識まで朦朧としてきている? まずい、これってもしかして──
「──焔衣氏ッ!」
薄れていく意識の中、俺の名前を呼ぶ声を聞く。
その瞬間、俺の背中から何かが出現。そのまま密着している存在と引き剥がされた。
力なく地面に倒れる俺。後ろから格闘する音が聞こえると、すぐにさっきの声が処置を施してくれる。
【聖癖リード・『癒し系』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】
「気をしっかり保て! 今治してやる!」
「うぐっ……────はッ!? 」
俺の背中に衝撃が落ちた瞬間、身体中を支配していた朦朧さは徐々に消え、ものの数秒ほどで視界は元の鮮明さを取り戻した。
あ、危なかった……! 変な臭いを嗅いだら意識を奪われかけたとは。
後ろを見やれば乱入者と対峙している絵之本さんが近くにいた。
きっとまた聖癖章の力で俺にひっついていたんだろうな。相手が
ローラー状態の
些か乱暴な治療法だけども、助けられたし文句は無いけど。
「す、すみません絵之本さん。油断してて……」
「謝るのは後で構わない。今は目の前の敵を倒すことに集中するんだ!」
一言謝罪を入れつつ体勢を立て直すと、俺は現状を確認する。
「…………」
今し方俺を襲った謎の存在。そいつは病的に細い体躯に濃い目の隈がついた怪しい男だった。
ただ、両手から絶え間なく滴る水。あれはただの水じゃない薬品だと薄々察している。
「こいつ……もしかして」
「ああ。先ほどの行動からして薬品を擬人化させたもの──恐らくクロロホルムの擬人化体だろう。こんな化合物まで網羅しているとは恐れ入った」
クロロホルム、聞いたことはある。よく推理物で犯人が人を拉致する時に使う薬品だ。
吸うと気を失わせるのはフィクションらしいけど、普通に意識を失いかけたからあながち嘘でもないようだ。
多分こいつが警官を眠らせている犯人。きっと
「──あーあ、失敗しちゃったねぇ」
「──分かってたけどねっ。もう一人、おじさんが増えちゃったのもだけどっ」
「おじっ……!? 三十路に近いとはいえ僕はまだ二十代だぞ。即刻訂正を求める! お兄さんと呼ばれるべきだ」
「どうでもいいところに反応しないでくださいよ」
後ろで作戦が失敗に終わったことを悔しがる
ついでに絵之本さんをおじさん呼ばわりをして本人にショックを与えている。おまけのように精神攻撃してくるな、こいつら。
「──それじゃあ、このことを
「──そうだねっ。じゃあ行こっか!」
「なっ、待て……ッ!」
絵之本さんの主張に完全無視を決め込む
逃げるのなら追わねば! 情報を共有されるのが一番まずいからな。
しかしここは狭い路地裏。唯一の逃げられる道は俺たちがいる方向。逃走出来る道などどこにもない。
ハッ、抜かったな! 後ろの擬人化体は絵之本さんに任すとして、俺は
ピュイ──ッ! と
何が来たのかと言うと、それは──
「と、鳥人間!?」
そう、路地裏から見える空から現れたのは、両腕が黒く艶めいた翼で足が鳥っぽい形になっている女性。
これが何の擬人化体なのかすぐに分かった。
「──カラスちゃん、
「…………っ!」
こいつはカラスの擬人化体! まさか生物まで擬人化の対象なのかよ!
剣の姿に戻った
まずい。空に飛ばれたらどうしようもない。こういう時に限って空中を蹴ってジャンプ出来る『バニー聖癖章』を持ってきてないし、最悪だ!
このままだと逃げられてしまう。一体どうすれば……!?
「焔衣氏! これを使え!」
「これは……!?」
その時、肩を小突かれてある物を絵之本さんから渡される。
聖癖章だ。この人が所有している俺の知らない聖癖の力!
「『頭翼聖癖章』だ。これを使えば空を飛べる。奴は僕に任せて後を追うんだ!」
「絵之本さん……分かりました。そっちはお願いします!」
なんてことだ。この状況だとめちゃくちゃ頼りがいのある人に見える!
お言葉に甘えてクロロホルムの男は絵之本さんに任せるとして、俺は言われた通り貸してくれた聖癖章を使いカラス女の後を追う!
【聖癖リード・『頭翼』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】
「うっ……!? なっ、え、何だ!? 頭が……」
リードを承認した瞬間、俺の頭……こめかみから頭頂部にかけでが急にムズムズし始める。
突然の違和感に苦しむのもほんの一瞬。次の瞬間には俺の側頭部から一対の赤い翼が生えてしまった!
「ぬおおお!? 羽生えた! どうなってんのコレ!?」
「聖癖の力に理屈を求めるな! 意識すれば飛び立てる。早く行け!」
「は、はい! うおおおおおッ、飛べえぇぇ!」
変化に驚くも絵之本さんから急かされたので俺も動き出す。
軽く助走を付けて飛び上がると、頭の翼は俺の意志とは関係なく羽ばたいて飛行を開始。
途中で壁にぶつかりそうになるのを壁蹴りで回避しつつ上昇。それを繰り返して俺は路地を脱出する。
建物の屋根に一度降り立ち、カラス女の姿を探す。
「どこいった……? いや、見つけた!」
方角……はどこがどこだか定かではないけど、町から外れた場所へ移動しようとしているのを発見。
どこへ行こうが絶対に逃がさねぇ。特命剣士、ナメんじゃねぇぞ!
「逃げるなオラァ!」
「…………っ!?」
慣れない翼を動かしながらカラス女の後を追う。
向こうも空を飛んで追って来ていることに驚いている模様。一瞬俺の方向を向くと、慌ててそのスピードを上昇させた。
ぬおお……やっぱり元の生物が鳥なだけあって速さは向こうに分がある。
借り物の翼だけじゃ到底追いつけそうもないけど、諦める選択肢は俺に無い!
こっちには世の理を操る権能があるんだぜ? それを駆使すればいいだけのこと!
【聖癖開示・『ツンデレ』! 熱する聖癖!】
「
俺が放つのは
これを俺自身に浴びせることで身体を押し出し、スピードアップを狙う!
目論み通り強く熱い風が俺の背中を押し、翼が風を受けて身体はさらに加速する。
これなら追いつけそうだ。焔魔昇火風を数回繰り返してカラス女へと接近。そして──
「追いついたぜぇぇーッ!」
【聖癖暴露・
「──…………ッ!?」
奴とまで残り数メートル! この距離なら技を使えば届く!
そう判断するや否や即座に暴露撃へ。
偽物とはいえ人型を切るのは気が引けるが、カラス女くらいの人外度なら何とかギリ大丈夫!
「──焔魔天変ッ!!」
空中で発動される俺一番の技! 赤と青の焔が容赦なくカラス女の身体を分断。
断末魔さえ上げることなく、身体は聖癖物質に還元されていった。
元となったであろうカラスも解放され、怯えるようにその場から飛び去るのを確認する。
よし勝利! でもガッツポーズをする前に
下を目を向ければ落ちていく
落ちて壊れるとは思わないけど、念のために急ぎで拾いに急降下する……のだが。
「──っ!? なんだ、あいつ……?」
落下する閃理の剣を追う俺は、着地先に何者かが立っていることに気付く。
男。マフラーを巻いたガタイの良いマスクマンで、いかにもヒーローを意識した見た目だ。
まさかとは思うが──ち、違うよな? ただのコスプレ趣味の一般人。そうあって欲しいところだが、相手だって権能を使う者。
俺の予想を越える方法を使ってきても何ら不思議ではない。
事実、この後起きる出来事を俺は予測出来ていなかった。
「…………ッ!!」
「ぬぉ、と、跳んだァ!?」
ヒーロー然とした男は、あろうことかその場で大ジャンプをしてみせた。これには俺も驚くばかり。
そして落下する
「ぶふぉぉ……っ!?」
クリティカルヒットだ。奴の重い蹴りは俺の胸に直撃し、一瞬肺から空気という空気を強制的に吐き出されてしまう。
思わぬ攻撃にバランスを崩して落下。さらには衝撃で頭の翼も散ってしまった。
このままじゃ建物に叩きつけられてしまう……!
剣士の身体なら死にはしないだろうが、それでも怪我を負う可能性は十分。
衝撃を和らげられる『シャボン聖癖章』も無い以上、最後の足掻きとしてせめて受け身の姿勢を維持するしか打てる手が無い。
しかし、まさかこのタイミングで擬人化体の後続とは……。待ち伏せは流石に予想外のこと。
またもや詰めの甘さで自分の首を絞める結果になってしまったな。
建物との衝突まで後僅か。くっ、無念……そう諦めの境地に達しかけた、その時。
【聖癖リード・『シャボン』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】
そんな音声がどこからか聞こえた瞬間、落下する軌道に巨大で弾力のある泡がいくつも出現。
泡を潰す度に落下の勢いは減速していき、最後は残り一つとなった泡に包み込まれた。
この泡……間違いなく『シャボン聖癖章』で生成した物だ。まさか絵之本さんが……?
「焔衣! 無事?」
「その声……メルか!?」
聞き慣れた声が耳に届くと、泡が破裂して解放されて屋根の上に着地。同時にメルが近くにやって来た。
なるほど、どうやら閃理たちのグループが俺に追いついたみたいだ。さしずめ急な移動に異変を感じ
場所も場所だし閃理の姿は見当たらないが、近くにはいるんだろう。とにかくメルがいてくれて助かったぜ。
「うおぉ~……マジ助かった。ありがとう、メル」
「今はお礼はいイ。それより
「それが実は……」
感謝を述べると、メルは状況がどうなっているかを問いてくる。
時間も無いからかくかくしかじか──と、これまでの経緯を説明する。
「分かっタ。変な
「行って欲しい所……?」
マスクマンの擬人化体が
スピードに分があるメルが交代してくれるのは嬉しいけど、代わりに俺は閃理と合流してとある場所に向かわなくてはならないという。
そこは一体どこなのか。実力のあるメルではなく俺に任せる理由もなんだろうな。
「そこは
「…………!」
もたらされた情報を耳にした時、この戦いに終わりが近付きつつあることを悟るのだった。
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