第百十四癖『刺激求める、芸術の剣士』

「えー、てなわけで、緊急対策会議を始めま~す」

「うむ」

「うン」


 ぱちぱちぱち……と迫力のない拍手で俺主導による緊急会議が執り行われることになった。

 会議室となっているのはダイニングルーム。ついさっき夕食を終えたばかりの片付けたてホヤホヤだ。


 きちんとした場所で話し合えと思う人もいるかもしれないが、今回の件は想定していた以上に逼迫している。


 本当ならば会議を開くどころか夕食だって暢気に食ってる場合ですらないしな。だからこうして食後すぐに始めているんだ。


 何せ聖癖剣を奪われるという前代未聞の事態に加え、十聖剣たる理明わからせまで盗られたという事実。

 具体的にどれくらいなのかと言われれば、支部襲撃の件に匹敵するレベルと言っても過言じゃない。


 理明わからせの盗難はガチのマジで組織全体に関わりかねない事態だからな。早いとこ何とかしなければ。


「それで、会議を開くのはいいけどまず最初に何を話し合う? そもそも相手……具召ぐしょうはどんな剣なんだよ。まぁ察しはついてるけど」


 会議の主導者である俺が疑問を出すのも何だが、まぁ初見殺しレベルの権能を使われた以上は知識の深い人物から話を聞き出すのが先決だ。


 閃理に今回の相手になるであろう聖癖剣の詳細について訊ねることにする。


「奴の剣は【擬我剣具召ぎがけんぐしょう】。聖癖、権能共に『擬人化』を司る。その力はあらゆる物体に仮初めの肉体と人格を与え、自在に使役するというもの。そして──」

「古来の日本では主に兵の増員を目的に、その存在を知った歴史上の様々な武将が取り合ったとも言われている聖癖剣です」

「歴史上って……。なんかすごい剣なんだな、今回も」


 つらつらと性能の説明をする途中で、異次元の速さで水回りの掃除を終えたメイディさんによる追加説明のコンボが炸裂。仕事が異様に早いことは既知のことなので気にせず話を進める。


 それにより今回の聖癖剣も変わった力を持つ存在なのだと学ぶ。

 能力は予想通り物体を擬人化させた上でそれを操れるという内容の模様。


 しかし肉体だけでなく人格まで付与とは……。つまり擬人化された物は人間と遜色ないってことか。

 目視での判別は不可能そうだ。もっとも、理明わからせがあればそんなことはないんだろうけども。


「歴史の話も事実ではあるが、俺が危惧しているのは権能だ。二人も見た通り、具召ぐしょう自身は勿論、他の聖癖剣も擬人化させてしまう」

「そーいえば確かニ。廻鋸のこぎりたちだけじゃなく、具召ぐしょう自体も擬人化してタ」

「自身も擬人化か……。じゃあつまり、具召ぐしょうって始まりの聖癖剣、ってことなの?」


 また更なる追加の説明を聞いた時、俺は無意識に隣に立つメイディさんに目をやっていた。


 剣の擬人化にはすでに前例がある。メイディさんの存在は、ある意味では剣の擬人化と同じだと言っても過言ではない。


 始まりの聖癖剣士の身体は基本的に聖癖物質ハビトプラズムの塊であることから察するに、具召ぐしょうが与える肉体も由来は同じであることは間違いない。


 恐らく人格なども同じ理屈で構成されている可能性も考えられる。聖癖剣なら何でも出来そうだしな。

 それが俺の中で具召ぐしょう=始まりの聖癖剣説を指示する理由だ。


「お言葉ですがご主人様、具召ぐしょうは始まりの聖癖剣ではありません。ただ、かなり類似した点を持っていることは否定しませんが」

「ありゃ、違ったか」


 しかし、俺の考察は始まりの聖癖剣士本人によって即否定されてしまった。本物がそう言うなら文句は無いけど……。


 でも似てる部分はあるのか。十中八九肉体の構築についてなんだろうけど、取りあえず話は聞いておく。


「私の身体は聖癖物質で構成されておりますが、姿は剣と一体化した当時のままを保持しております。

 かつて存在していたメイディ・サーベリアという女性の肉体と人格、そして魂は【女良働剣鳴動超メイドけんめいどうちょう】と一つとなり、構成物が変われども本質は不変。剣が模倣して生み出した物ではないのです」

「な、なるほど……?」

「つまり始まりの聖癖剣と具召ぐしょうの違いは、作り出した肉体と人格が本物か否かとお考えいただければ」


 随分と大層な言い方で自身のことについて説明をするメイディさん。


 小難しい言い回しに一瞬困惑するも、すぐに分かりやすい言葉で言い直してくれる。今ので何となくだが言いたいことは分かった。


 要はメイディさんが剣から人の姿になるのと、具召ぐしょうが作り出す肉体は本質が異なる現象という意味なのだろう。


 取りあえず具召ぐしょうは始まりの聖癖剣ではないことは分かった。ちょっと特殊な力を持った普通の聖癖剣ってわけだな。


具召ぐしょうがどんな聖癖剣なのかは分かっタ。じゃ質問。メルたちの剣、最初から操られてなかったのは何デ?」


 ここでメルが素朴な疑問を出してきた。内容は擬人化の権能に当てられた廻鋸のこぎり理明わからせの挙動について。

 言われてみれば確かに。さっきの説明からすると、権能を使われた段階で支配下に置かれるはず。


 でも実際には擬人化した具召ぐしょうの二度目の暴露撃によってようやく支配に成功していた。これでは閃理の説明に矛盾が生じる。


 剣士本人も最初から従わなかったことに驚いてたしな。もしかして剣士側の使い方が間違っていたとかなのか?


「それについては簡単な話だ。言っただろう、擬人化は物体に肉体とを与える権能だと。植え付ける人格は具召ぐしょうとその剣士の命令に従順になるよう設定されている」

「聖癖剣は意志を持つ存在。権能の影響を受けた時点ですでに仮初めの人格が入る枠が無いため、肉体だけを得て顕現したというわけです」


 あー、そういうことね。この説明に俺と質問者のメルも納得の表情を浮かべる。


 聖癖剣が初めから支配状態じゃなかったのは、剣が元から宿す自我の存在があるかららしい。

 擬人化に成功しても向こうが望んだ人格がインストールされなかったから命令に背いていたってことか。


 具召ぐしょうの剣士はそれを知らなかったに違いない。だからあの時焦っていたんだろう。


「じゃあ今支配されているのは……」

「ああ、あれは本来何らかの理由で擬人化体が支配下から抜け出してしまった際に行う再設定をしたんだろう。人格に新たな要素をする……元の人格はそのままで命令に従順になるよう更新したんだ。その技術を剣士は得ておらず、具召ぐしょう自身がそれを行ったとみるべきだな」


 となれば気になるのが今の聖癖剣の状態について。

 別の人格があるなら支配されないのでは? と一瞬思って口にしたら、それについても教えてくれた。


 どうやら聖癖剣を支配下に置く裏技があるようで、キャラメイクみたく後から人格に追加出来るそうだ。

 それを実行出来ない剣士に代わり具召ぐしょうが代行したと閃理は推測している。


 なるほどな。敵ながら中々面白い権能をしてるじゃん、具召ぐしょうって剣は。

 味方ならどれほど心強い存在になるかは分からないけど……今は敵。そういうのは後で考えよう。


「話を戻そう。俺たちの剣は権能により肉体を与えられ、さらに支配された状態にある。これが案外厄介でな、事実上剣との繋がりは具召ぐしょうを通して向こうの剣士にある。つまり──」

「権能を無力化しない限り、本来の持ち主が剣を取り返しても報復が発動してしまう、ということです」

「え……。それ、マジで言ってるの? 普通に厄介どころの話じゃないじゃん」


 逸れた話を戻しつつ、今回の件で懸念される現象について衝撃の真実が告げられた。


 聖癖剣が擬人化され、操られるという事態になってしまった場合、あろうことか本来の持ち主へ剣の報復が発動するリスクがあるのだという。


 まさかまさかの話だな……。奪われるのは剣本体だけでなく、報復による防衛本能さえ自分の物にしてしまうなんて。


 確かに厄介極まりない権能だ。擬人化、ただ人を増やすだけの能力ではないらしい。


「無理矢理取り返すのはVery dangerとても危ない……。それじゃこれ、どーするノ?」

「無論対策はある。一つは剣を封印することだ。幸運にも焔衣の聖癖剣は権能の影響を回避することが出来ているから、お前に舞々子の聖癖章を貸す。絶対に抜かるなよ?」

「わ、分かってるよ……」


 ここからが本題だ。俺たちがまずしなければいけないのは、報復を発動させず、理明わからせ廻鋸のこぎりを奪還し、その上で具召ぐしょう本体を回収すること。


 剣には封印が効果抜群。一時的にでも剣と剣士の繋がりを断たせれば、奪還と回収を同時にこなすことが出来る。


 よって唯一剣が無事な俺には『バブみ聖癖章』が貸し与えられることになった。

 十聖剣の聖癖章……その重みは物理的にも違うぜ。


「だが一方で、具召ぐしょう自身が封印を危惧し、策を講じるよう持ち主に告げている可能性がある。

 おまけに擬人化体は生み出すに限りが無い以上、多勢に無勢を強いられることになる。他の不安要素を鑑みるに焔衣一人では厳しいかもしれん」

「俺への信頼ぇ……」


 作戦において重要な立ち位置にいる俺だけど、閃理曰くこの案は不安点がある模様。


 明言は避けてるけど俺単騎で挑むことが最もたる理由らしい。

 ううむ、中々手厳しい評価だ。不満に思わないわけではないが、認めざるを得ないのもまた事実。


 いくらメイディさんと修行して徐々に力を付けてきているとはいえ、具召ぐしょうの剣士相手に加減が出来るのか、という話だ。


 戦いの末に最悪殺してしまっても罪に問われれることはない闇側の剣士とは違い、今回の相手は剣の力に溺れて暴走しているだけの推定一般人。


 闇側の組織や未知の事象といった脅威から人々を守るのが俺たち剣士の仕事。逆に一般の人を傷つけてしまうわけにはいかないからな。


 その上で事実上の一対多な状況を強いられるし、敵側に付いてしまった理明わからせ廻鋸のこぎりの擬人化体もある。

 これらを不殺を貫き通しつつ突破出来るかと問われれば……正直自信は無いと答えざるを得ない。


 つまりこの件は俺が一人で請け負うにはあまりにもリスク過多なんだ。まだまだ新人にカテゴライズされる俺にはやや荷が重い内容である。


「もう一つの案なんだが……出来ればこの方法はあまり使いたくない。最後の手段として残しておくべきだと俺は思っている」


 色々と考えに耽っていたら、閃理は何やら次の作戦案を言い渋っている様子。

 最後の手段として……? そう言わせるくらいの内容なのか。一体どんな作戦なんだろうか?


「組織の人間として組織外の人物に頼るのは決して良いとは言えない行為だが、どうしても俺たちで現状を覆せなかった場合は──メイディさん、あなたの力をお借りしたい。よろしいでしょうか?」


 ここで閃理、急に身体をメイディさんがいる方向へ向けて平身低頭深々と頭を下げた。


 どうやら最後の手段というのは始まりの聖癖剣士に頼ることのようだ。これは確かに発言を渋りたくなるのも頷ける。


 住み込みで家事や訓練のコーチなどを請け負っているメイディさんは、組織の任務……特に戦闘などには基本不干渉の姿勢であることを明言している。


 ただでさえ上位剣士数百人分とか、全力を出しても1%も本気にさせられない等と言わる程の実力者なら今回の件なんて一瞬で解決してしまうだろう。


 でも、その人物に頼ることは即ち『一般人に手も足も出なかったことを認める』や『お互いのプライドを侵害させる』等といった屈辱を受けることと同義。


 プライドや勲章に強い拘りがあるチームではないけど、メイディさん本人が決め、それを認めた俺たちが侵害してしまうのは絶対にあってはならない。


 故に最終手段。プライドをかなぐり捨ててでも剣を守る選択を取る覚悟はあるようだ。


「……承知しました。閃理様のご命令通り、もし今回の件が解決不可能と判断された場合、私が責任持って対処に務めさせていただきます」

「ありがとうございます。勿論決してそうならないよう気を付けていきますので、どうか見守っていただければと」


 この案にメイディさんは否定の意志は無い模様。

 それ自体はとてもありがたいのだが、頼らざるを得ない事態になるのだけは何としてでも回避しないと。


 現状動けるのは俺一人のみ。おまけに個人だけじゃ力不足と来たもんだ。

 相手は無数の雑魚と聖癖剣三本分の擬人化体。持ち主が素人だと仮定しても、その差は歴然。


 中々絶望的な状況だ。やってみなければ分からないとはいえ、最悪な未来の想像は容易。

 さぁ、どう攻略するのがいい? そう深く考えていると、鶴の一声が思考領域から俺を引きずり出す。


「そして三つ目……現在の戦力での攻略が難しい今、俺たちが取れる最善の方法はまだ残っている」

「え、マジで? 何々、どういうのなの?」


 閃理が提示するのは第三の選択肢。その発言に俺は思わず椅子から立ち上がってしまう。

 ただでさえ孤軍奮闘を強いられる状況なんだ。助けになるのが一つでもあるのなら頼りたい。


「支部から救援を要請することだ。これなら俺たちの代わりになってくれる剣士が助けになるだろう」

「あ~、なるほど。その手があったか!」


 それは正しく目から鱗、灯台下暗しとも言える内容だった。

 剣士が減ったのなら増やせばいいじゃない。かの有名な王妃の名言っぽく俺は納得する。


 つい最近三班も同じことをしていたのに、すっかり忘れてしまっていた。そんな簡単なことに何ですぐ気付けなかったんだろうな。


「異論が無いのなら増援の要請を求めるぞ。ただ今回の相手の権能が厄介であるため、連れてこれる人物は少数に限られる。様子見も含めてまずは一人だ」

「良かったー! これで一人で戦わずに済む。で、誰を呼ぶの?」


 異論なんてとんでもない。増援要請は大歓迎だぜ。

 少なくとも俺への負担が多少なり分散される。それだけでも十分なくらいだしな。


 問題は誰が来るのかだよな。俺としては一度共闘したことのある透子さんか、確かな実力者である温温さんとかが良いんだけど。


「それは分からん。誰が行くのかは向こうで決めるからな。それに今は夜中だ。ここへ連れてくるにしても明日になる。メイディさん、申し訳無いのですが、連絡がされ次第支部へ迎えに行ってもらってもよろしいでしょうか?」

「勿論です。私が手助けをしないのはあくまでも戦闘のみ。任務のお手伝い等は喜んでお受け致します」


 でも俺の希望通りになる可能性は低そうだ。増援の選出は支部側で決めるらしい。

 そういえば三班の時もパパパッと閃理が決めてたっけ。ある程度のリクエストには応えてくれそうだが。


 そして増援を連れてくるのは前回と同じくメイディさんの役割。戦う以外の手伝いはやってくれるそうだから、お言葉に甘えておこう。


「では会議はここまでにしよう。俺は支部に連絡を入れる。各自……と言っても戦うのは焔衣だけだが、明日に備えてくれ」

「あ~い。はてさて、誰が来るのやら」

「透子だったら良いナ。日向でも良イ」

「それでは私は空き部屋の掃除をしておきます。お客様をお迎えするのに失礼は出来ませんので」


 というわけで緊急対策会議はこれにて一旦お開き。

 要請連絡のために閃理は自室へ、メイディさんは増援に来た剣士用の部屋を用意して受け入れ準備を整えに二階へ向かう。


 俺は一応このまま夜練に入るつもり。メルは……何するんだろうな?


「焔衣。メルは皆と違って得意なこと、あんまりなイ。廻鋸のこぎりが無いと何も出来ない人になル。だからメルの剣、絶対取り返しテ。お願イ」


 運動場に向かおうとした時、不意にメルに呼び止められた。そのまま改まって今回の件について頼み込まれる。


 突拍子もなくそんなことを言うもんだから一瞬焦ったけど、その心配には及ばない。

 同じ班のメンバーである以上、身内の不幸を蔑ろになんかする気はこれっぽっちもないからな。


「……おう、任せろ! メルの剣も閃理の剣も、必ず取り返してみせる。俺たちは仲間だからな」

Thank youありがとう、焔衣。信じてル」


 短くも信頼を感じさせる返答と同時にメルの拳が俺の胸を小突くと、そのまま二階へと足早に向かって行ってしまった。


 まさか恥ずかしがったのか? いや、以外と顔が厚い奴だし、ただの気のせいかも。

 とはいえ信頼を託された以上、絶対に失敗は出来なくなった。、決めなきゃな。


「…………ああ、俺も頑張る。絶対に二人の剣、取り返してみせるさ」


 些か気が早いかもだけど、俺は焔神えんじんを抜いて独りでに誓いを立てた。

 信頼と期待は裏切れない。今回の非常事態で戦えない二人のために、俺は全力を尽くすさ。











「…………ふむ」


 無地のキャンバスの前にパレットと筆を持って立つこと早数時間が経過。


 頭の中では無数のイメージが混沌という名の泥沼と化して混ざり合っている。ここからキャンバスに描く題材を掬い上げなければならない。


 これがまた困難な作業だ。これだと思って掬い上げた物で描き上げた物が数時間後にはゴミクズ以下に見えることもしばしばある。


 ましてや今のように悩みあぐねるの無駄の極み。いい加減線の一つでも描ければいいんだが、そう簡単に筆を入れるわけにはいかない。


 芸術家というのは悩み、そして苦しむのが資本。楽して生み出せる芸術など存在しないんだ。

 さて……スランプという程でもないが、題材選びにここまで時間を掛けることになろうとは。


 今の僕に足りないもの……。数秒程の思考を経て、すぐに答えを導き出す。


、か……」


 そうしてたどり着いた答え。それは刺激だ。

 芸術家……いや、全ての創作する者にとって欠かすことの出来ない要素。


 これがあるからこそ人類はここまで進むことが出来ている。刺激こそが進化へのスイッチだ。

 ここ最近は様々なことが起きているようだけど、僕自身が刺激を受けるような出来事がないのも事実。


 剣士になったのも刺激を得るための一つだったんだけど……まだまだ足りないみたいだ。

 僕にとって創作活動が出来ないことこそ一番の死活問題。気は進まないけどやるしかない。


「とはいえそんな都合良く刺激のあるイベントなんて起きるわけが──」

「描人、起きてる!?」


 と考え始めたその矢先、僕の部屋へ聞き慣れた怒鳴り声を発しながら無遠慮に入り込んで来る

 誰が来たのかは分かっている。でも念の為に振り返って確認は怠らない。


「乱暴な入室は感心しないね、百瀬氏。僕が静寂な空気が好きだと知らないわけないだろう?」

「そうは言うけどあなた、この時間は早寝遅起きとか何とか言って寝てるじゃない。それを考慮してわざと騒がしく開けたんでしょ」


 部屋の入り口付近を見ると、そこにいるのは予想通り百瀬頼才氏だった。


 付き合いはそこそこ長いとはいえ、こういう風に接してくるのはあまり好ましくは思わない。刺激という点においても低品質だ。


 まぁそんなことはどうだっていい。彼女がわざわざここへ来たのには相応の理由があるんだろう。それを訊こうじゃないか。


「それで、僕の芸術の時間を邪魔しまでやって来た理由を教えてもらえるかな?」

「緊急召集。第一班から増援の要請が来たの。もしかしたら危機的な状況下もしれないって」

「ほぉ……?」


 増援の要請……。つい先日に第三班でも同じことをしていたはずだが、もう次のが来たか。


 前回は七人ほどの大所帯で悪癖円卓マリス・サークルとの戦いに望んだと聞く。結果は辛勝。可もなく不可もない結末だったそうだ。


 その増援に全員参加していた第一班からの要請。

 実力も高い彼らが手こずるということは、相当な相手のようだね。


 正直な話、僕は剣士としての戦いに差ほど関心は無い。だが今の状況を鑑みるに興味が無いと無視を決め込む判断は勿体ない気がしている。


 求めるのは新たな刺激。そこに都合良く出てきた緊急要請……。ふむ、運命というのはこういうことを指すのだろう。


 まさに降って湧いたスランプ脱出のチャンス。これを逃すわけにはいかないんじゃないだろうか?


「これからその増援に誰が行くかを決めるのよ。理明わからせが奪われたっていう話が本当なら組織全体の問題になりかねないわ。だからあなたも会議に参加──」

「いいや、会議を開く必要はない。その増援、僕が志願しよう」

「今回こそパスは許されないわよ。そもそもあなたは組織への貢献が足りないって何度も言われ──え?」


 つらつらと説教じみた言葉の数々にやや食い気味で意見を切り込ませた。


 百瀬氏は僕の返答を受けても拒否の体で話を進めてしまうけど、すぐにそれが肯定であることに気付くと、きょとんとした顔になった。


「えーと、ごめん。もう一回言ってくれる?」

「増援には僕が行く。そう言った。氏が言う組織への貢献をするのさ。それ自体に文句は無いだろう?」


 僕の答えがそんなに意外だったのか、分かってはいたけど百瀬氏は返事の内容を問い直して来る。


 全く……。人が久々に本気出すっていうのに失礼だな。

 内心の狙いはともかく、僕だって仮にも剣士の一席にいるんだからそれ相応のことはするさ。


 今回はたまたま気が向いたからやるだけのこと。

 刺激を得るための手段でしかないけど、志願した以上はやり通すつもりだ。


「……大丈夫? 風邪でも引いた?」

「本当に失礼だな、今日の百瀬氏は」


 酷く訝しげな顔で体調の心配をされてしまうとは。僕に対する信用度はそれほど低いのか。

 そこまで言われると流石に傷付く。もっとも、これは自業自得による物だという自覚はあるけど。


 さぁ、とにもかくにもこれからやることは決まったんだ。芸術に費やす時間を削って、最低限の出発準備を整えないと。


「ちなみに僕以外に同行者は?」

「え、本気で行くつもりなの? まぁ向こうの連絡だと、敵の権能が厄介だから様子見も含めて最初は一人だけ寄越して欲しいって言ってたわ」

「分かった。それじゃあ、一番手は僕ということで伝えておいて欲しい」


 やや小急ぎで出発の用意をしていく。描きかけのキャンバス、絵の具、パレット……そうそう、粘土とかそういうのも念のためにね。


 その間に百瀬氏からは他の同行者の有無について聞いておく。

 どうやら向こうの要請では一人だけいればいいらしい。なら同行者の出発準備を待つ必要はないな。


 着々と準備を進め、最低限の道具は揃え終え──おっと、一つだけ大きな忘れ物があるのを直前になって思い出す。


「ふふ、僕としたことがこれを置いていったら増援の意味が無くなるところだった」

「あなたねぇ……」


 ふとその存在を思い出し、急いでそれが置かれている場所へ移動。


 壁に取り付けられた剣立てにインテリア同然のように飾られている剣を回収する。

 そう、僕の聖癖剣だ。これの存在を一瞬でも忘れてしまうとは、我ながら未熟さが窺えるね。


 僕とて剣士。剣は大事な友であり、恋人と同等の存在であることくらい理解している。

 今のうっかりを見られたのが百瀬氏で良かった。口うるさい人が迎えに来なかったのは幸運と言える。


「さ、改めて準備完了だ。僕は何処へ迎えばいい?」

「やる気があるのは結構だけど、もう場は設けてあるし勝手に全部決めないでちょうだい。まず初めにあなたがすることは会議に出ることよ!」

「んんん、耳を引っ張るのは止めたまえ百瀬氏。僕はヴァン・ゴッホになるつもりはないぞ」


 そう突っ込まれるや否や、百瀬氏は乱暴な手段で僕を部屋から引っ張り出してしまう。


 犬のリードよろしく掴まれ、ずるずると引きずられる僕の耳はまるでエルフの長耳のよう。

 長耳族は題材としても嫌いではないが、自分がそうなるのは勘弁願いたいところ。


 それに耳は人体で最も引きちぎれ易い部分。芸術家としては切っても切れない縁のある部位でもあるのだから、丁重に扱って欲しいのだけれども。



 そういった経緯を経て、僕……絵之本描人えのもと かいとは増援に誰が行くのかを決める会議に強制招待され、見事出動の権利を勝ち取った。


 この戦い……僕にどのような刺激を経験させてくれるのか。非常に楽しみだ。

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