第百十三癖『奪われた聖癖剣、何処へ消えた』

「何……だと…………!?」


 信じ難い光景を前に漏れ出した閃理の呟き。それを耳にした俺は、一瞬何を言っているのか理解出来なかった。


 聖癖剣を奪われた……? このワード自体が猛烈な違和感を感じさせるものでしかないんだが?

 何しろ聖癖剣は持ち主を殺害されたり、悪意を持った者に奪われたりすると報復というのが発動する。


 剣に宿る権能の暴発……究極の防衛機能とも呼べるそれは、どんな権能でも人を殺めかねない内容になる危険な機能だ。


 もし本当に奪われているのであれば、その時点で報復が発生するはず。でも現状は何かが起きた感じはしない。



 ──たった一つ、今現在閃理たちの目の前にいる三人の出現を除いては、だが。



 こいつらと閃理たちの剣に何か関係性があるとでも言うのか? そもそもどこから現れた?

 もう何も分からない。困惑が続きすぎて頭痛もしてきたけど、事態は俺に休ませる暇を与えてくれない。


「いけ、お前ら! そいつらを倒せ!」


 ここであの男……仮称として真犯人と呼ぼう。そいつが呼び出した奴らに向かって指示を出す。

 そして間髪入れずに目の前のパーカー男が俺に向かって蹴りを当てに来やがった!


「ぬぉっ!? んにゃろぉ、命令には従順なのかよ。どんだけ仲良いんだ!」


 閃理たちの方向を見ていたせいで一瞬反応が遅れてしまったが、間一髪回避に成功。奴の蹴りは空振りで終わる。


 いくら仲間とはいえあんな命令口調でも文句一つ言わずに命令を聞くとは……。

 もしや引ったくり行為も真犯人による指示だったり? いや、流石にそうではないと信じたいけど。


 そんなことを考えてる間も俺と奴の格闘は継続中。

 キックは勿論パンチや体当たり等々、ステゴロじみたファイトを仕掛けてくるけど、それを何とか捌く。


 格闘戦もメイディさんとの訓練で学んだばかりだからな。剣を使わない近接戦闘の基礎授業で見事ボコボコにされている。


 だから師範役メイディさんと比べれば相手はズブの素人同然! 完全習得こそしてないけど、ある程度ならば問題ない。


「おらっ、剣士舐めるなよ!」

「……っ!?」


 俺は奴が放つ拳を──掴む! そしてそのまま腕を捻って後ろ固めへ転じさせた。


 初めて本番でやってみたが、我ながらスムーズに拘束へ持っていけたと思う。これでもう動けねぇな!

 思いの外早くパーカーの男をどうにか出来たけど、安心する暇は無い。閃理たちが心配だ。


 何しろ向こうの相手は子供二人に雰囲気から戦い慣れしてそうな褐色の男なんだ。いくら剣士でも多少なり心配になるだろ。


 そういうわけで視界を閃理たちの方に戻すのだが、そこで繰り広げられる光景を見てしまう。



「これは……、何だ。何がどうなっている? 俺は一体……?」


「──もしかして私たちっ」

「──、しちゃってるよぉ?」



 視線の先にいる三人組は、俺の所とは違い向かい合う相手に襲いかかることはなかった。

 それどころか自分の顔を触ったり、お互いを見合ったりと、むしろ戸惑っているご様子。


 こいつらは真犯人の仲間じゃないのか? でも確かに俺が相手したパーカー男とは違い命令に従ってるって感じでもないしなぁ。


 それに黒髪の少女が発言した『実体化』ってどういう意味だ? 実在する人間じゃないってことなのか?

 遠巻きでその様子を伺う俺だけど、後ろでは別の意味での困惑をする者がいた。


「しゃ、喋った!? いや、今はそんなことよりも何故だ!? 擬人化に成功したのに何で俺の指示を聞けない!? おい、お前ら! 俺の言うことを聞け!」

……?」


 真犯人の男がまた何やら喚いているようだ。

 イレギュラーでも起きてるのか、動揺から乱暴な口調であの三人に命令を下し続けているけど……その途中で口にしたワードが気になってしまう。


 擬人化……って、あの擬人化? 生物非生物問わず人の形にするっていうアレのことか?

 もしそれが本当なのだとしたら、あの三人の正体はまさか──



「今ならまだ間に合う! メル、目の前の奴らを──を奴の影響下から離れさせるんだ!」



 ここで閃理の声が響いた。それは俺の疑問に対する答えでもあった。


 俺たちの聖癖剣──つまり、この三人組が二人のした姿だということか!

 そして今の指示を受け、返事をするよりも早くメルは行動に出る。


「──わーっ」

「──きゃぁ」

「うぐぉっ、何を……!?」


 閃理は二人の少女──【雌童剣理明メスガキけんわからせ】を両腕で包み込むように抱きかかえた。

 メルは【褐蝕剣廻鋸かっしょくけんのこぎり】の胸ぐらをグイッと掴んで路地の出口まで引っ張ろうとしている。


 正直何がなんだかよく分からない状況だが……閃理の口振りからして相手の剣は擬人化した物を支配下に置く権能なんだというのは分かる。


 もし支配下に置かれてしまえば情報を何でも読み解く権能と雷を操る超スピードの権能が相手側に付いてしまうと言うことだ!


 それだけは何が何でも回避しなければ! 特に閃理のは相手にしたくないからな!

 不測の事態に撤退を選択した俺たちだけど……相手だって悠長に待ってはくれない。


「まずい、逃げられる! こうなったら……、来い! ぐしょさん!」



【聖癖開示・『擬人化』! 象る聖癖!】



「ぐしょさん……?」


 この場から逃げようとする俺たちに向かって真犯人の男は聖癖開示を発動。

 すると奴の特長的な剣がその手から離れた瞬間、光に包まれてその姿を現した。


 それは白い着物を着た女性。白黒のツートンカラーな髪色がどことない非実在感を醸し出している。

 この人が……ぐしょさん? まさかこれも聖癖剣の擬人化なのか!?


「状況は把握してる。どうやら聖癖剣の擬人化に成功したみたいね」

「そんなことより、どうすれば俺の言うことを聞くようになる? 早くしないと逃げられちまう!」


 現れたぐしょさんなる人物に真犯人の男は相談を持ちかけた。


 どうやら具召ぐしょうの権能は予想した通りの内容で間違いはないようだが、対象が聖癖剣の場合はその限りではないらしい。


 でも閃理がそのことを知っていたら撤退はしないはず。わざわざ逃げる選択を取ったということは、真犯人の男が知らないだけで擬人化させた聖癖剣を操れる術はあるということだ。


「焔衣! そいつは置いて早く撤退するぞ!」

「あ、うん!」


 嫌な予感を感じ取ってはいるんだろう。閃理が急かしてくる。


 相手が何をしてくるのか分かってる以上はグズグズはしてられない。俺もパーカーの男から離れて撤退準備に取りかかる。


 ……のだが、敵はみすみす逃す真似をするはずはない。脅威は俺の足下に潜んでいた。


「……ッ!? 何だ、誰かが俺の脚を掴んで──え゛ぇッ!?」


 逃げようとした瞬間、俺の足首に誰かの手が絡みついて、逃亡を阻止されてしまう。


 ゾクッとしたのも一瞬、すぐに視線を足下に移すと、そこにはまたも見知らぬ女性が地面に這い蹲って睨むような上目遣いで俺を見ていたのだ。


 今度は何の擬人化だ!? ってかマジでいつの間に現れた? もうこれホラーだろ!

 予想だにもしない敵の増援に怯む俺。もう本当に何がどうなってんだよ、この路地は!


「焔衣! くっ……すまん。すぐに戻ってくる。それまで凌いでくれ!」

「えぇっ!? あー、もうくそっ。しょうがねぇな。あんたは離れろっての!」


 出遅れた俺に気付く閃理だけど、状況を察してか即座に俺を囮として撤退を続行させる判断を下す。


 ああ、これはきっと正しい選択だろう。それ自体に文句はないけど、やっぱりされたらされたで悲しいものがあるな。


 殿を任されたんだ。俺は足首を掴む手を乱暴に抜き払うと、閃理たちの逃げる時間を稼ぐために剣を構えて奴らと対峙する。


「悪いけど俺たちの剣をあんたらに渡すわけにはいかねぇんだ! 切られたくなかったら今すぐ止めて話を聞け!」

「黙れ! どの道お前らは俺の計画の邪魔になる。だったらここで始末するだけだ! ぐしょさん!」


 武力の証でもある焔神えんじんを構えながら威勢良く制止を呼びかける。

 でも俺の言葉に対し相手は逆上するばかり。こいつもかなりの分からず屋だ。


 しかし、何やら目的があるようで、それを達成するには俺たちの存在が目障りらしい。一体何を企んでるんだか……。


「ええ、承認したわ。聖癖剣のお仲間が増えるのは私も大歓迎よ」


 半ギレ気味の合図を受ける同時に、ぐしょさんの身体がまたも白い輝きを纏う。

 同時に着物にプリントされている水墨画風の動物も動き出し始めると、ついにその力を発揮させる。



「聖癖暴露・擬我剣具召ぎがけんぐしょう。空虚を満たす聖なる化身の体現……さぁ、私の言葉に従いなさい。聖癖暴露撃──……擬人統制」



 口頭で聖癖暴露を詠じると、纏っている光が胸元に集中。そしてそれを一気に解放させた。

 この瞬間、薄い光の膜のような物が彼女を中心としてドーム状に展開されていった。


 膜が通り抜けた瞬間感じるぞわりとした感覚。

 メイディさんの空間跳躍のゲートを通った時にも近い感覚を覚えたけど、それ以外は特に何もない。


 だが本当の異変は俺の後方で起きている。それはつまり、閃理たちの身に起こったのだ。



Ouchキャッ!?」



「メル!?」


 すると、突然メルの悲鳴が聞こえた。

 咄嗟に振り向いて確認すると、そこには廻鋸のこぎりの前で顔を押さえながら座り込む仲間の姿が見える。


 見れば廻鋸のこぎりの拳は強く握られていた。

 メル本人も何が起きたのか分からず、呆然と目の前に立つ男を見ている。


 まさかこいつ、自分の持ち主を殴ったのか!? あ、ありえねぇ……!



「──せーのぉ」

「──そーれっ」

「ぬっ!? お前たち……!」



 今度はその隣にいる閃理の声。どうやら両脇に抱え込んでいた理明わからせの脱出を許してしまった模様。

 そして、ぐるぐると挑発するかのように持ち主の周りを回り始めると、急に接近しては耳元で囁く。


「──女の子になった自分の剣に惑わされるなんてぇ」

「──ざ~~こっ」

「ぐふっ……」


 その瞬間、閃理がぶっ倒れた! 地面に伏す持ち主の無様な姿を見て、理明わからせの二人はキャッキャと笑っている。


 おい閃理ィ! あんた、いっつもそういうのが聞こえてるんじゃないのか!?  

 物理的であろうメルはともかく、あんたがメスガキの囁きで倒れるとか絶対ダメだって!


 まさかまさかの展開に最早唖然とせざるを得ない。

 突如擬人化した聖癖剣による反逆。それにより強者である閃理とメルを無力化させてしまうとは……!


 多分さっきの光の膜が原因なんだとは思う。

 そうじゃなきゃ逃げ出すところまで抵抗しなかった三人がいきなり豹変して持ち主を襲うはずがない。


理明わからせ……!」

廻鋸のこぎり、ガ……」


 するとここで理明わからせ廻鋸のこぎりの三人は持ち主の側から離れると、俺の横を通り過ぎて具召ぐしょうの剣士の下へと向かった。


 剣が自らの意思で自分の主から離れ、別の剣士の下に付くだと!?

 嘘だろ……? こんなことが実際に起きてしまってもいいのか!?


「なははははっ! 一瞬驚かされたけど、ぐしょさんがいれば何の問題も無かったな。宣言通りお前らの物は奪わせてもらったぜ」


 二つの剣の擬人化と支配に成功してご満悦な様子の真犯人の男。勝利を確信して高笑いをしている。

 よもや本当に閃理とメルの剣を奪うとは……!


 聖癖剣の仕様の抜け穴を突かれた完全なる盲点。擬人化を経てから奪うと報復が発動しないなんて予想外だった。つーか誰がそう考えるんだよ!


 ああ、今なら言える。これで本当の意味で俺たちは絶体絶命の危機に陥ったことになる。



「聖癖剣が……、奪われた…………!」



 やられた。俺たちの剣が敵の手中に落ちたのは相当の痛手。場合によっては敗北色濃厚だぞ!?

 今考えられる限りで一番起こって欲しくなかった最悪な事態。い、一体どうすれば……。


「形遥、鉛筆九号から連絡。近くに警察が来てるらしいから、これ以上相手にしないで逃げるべきよ」

「分かった。まぁそういうわけだから、俺の邪魔をしようとするからこうなったんだ。恨むなら自分自身を恨めよな」


 このタイミングでぐしょさんが形遥と呼んだ真犯人の男に向かって耳打ちをする。


 どうやらメルがさっき電話で呼んだ警察が近付いてきているらしい。どうやってかそれを察知したのかはともかく、ここから逃げるつもりのようだ。


「待てっ……!」


 だがそうは問屋が卸さない。閃理とメルの聖癖剣を奪われたまま終わらせるわけにはいくか!


 急いで奴らの後を追おうとするが、そこではまたもパーカー男……いや、ミニカーの擬人化体が俺の進行方向を塞ぎに出る。


 今度は男だけじゃない。いつの間にか地面に這い蹲るように出現した女も一緒だ。二人して俺の妨害に出るのかよ!


「…………!」

「…………ッ!」


 でも驚くのはここから。あろうことかミニカーの男は隣の女を持ち上げるや否や、それを俺に向かってそれを投げつけて来やがったんだ!


「マジでか!? そんな妨害方法アリ!? 無法かよ!」


 少女めいた風貌をした何かの擬人化だが、俺がミニカー男に触れた感覚から察するに質量は人間のそれと何ら変わりないはず。


 いくら俺が剣士でも直撃はまずいって。受け身も取り損ねれば怪我にも繋がりかねない!


 じゃあいっそ……切るか!? で、でもいくら正体が人間ではないからと言って、人の形をした物を切れるのか……!?


 直撃するまでの予測時間内で解決策を模索する中、思いがけない方向へと展開は進む。

 俺に向かって放り投げられた女は、一瞬にして本来の姿に還元されて俺へと襲いかかったのだから。


「うおおおっ!? ほ、本!?」


 予想しない物体の出現に驚いた俺は、雑誌の雪崩に飲み込まれて尻餅を突いてしまう。


 バサバサと頭から降り注がれたのは複数の雑誌。

 最後の一冊は頭の上に奇跡的に乗っかってしまうなどした。


 ま、まさか……あの擬人化体の正体って、ミニカーの男が躓いた原因である不法投棄された雑誌の束だったのか。


 完全に意識の外にあった物まで擬人化するとは……敵ながら恐れ入るぜ具召ぐしょう

 しかも今の一幕のおかげで剣士は勿論、理明わからせ廻鋸のこぎり、そしてミニカーの擬人化体まで姿を眩まされた。


 く、くっそぉ……! 閃理とメルの剣を取り返すどころか、最後の最後にまたミスるなんて……。

 これは一剣士として恥ずるべきミス。まだまだ精進が足りねぇんだな。


「……してやられてしまったな。剣をみすみす奪われるとは予想外だった」

「自分の剣に殴られたのは、ちょっと悲しイ……」


 剣を奪われた当の本人らである閃理とメルが俺の近くにやって来た。

 やはり声には悔しさが滲んでいる。こういうのは二人もきっと初めてに違いない。


「焔衣、立てるか?」

「うん……ごめん、閃理、メル。俺、二人の剣取り返せなかった……」


 閃理が本に埋もれながら尻餅を突いてる俺に手を差し伸べてくれる。

 それに助けられつつ立ち上がると、急に悔しさが込み上がった。


 あの場でどうにか出来たのは俺だけだったにも関わらず、何も出来ずに逃げられたとかダサすぎる。穴があったら入りたいとはまさにこのこと。


 悔しさ、恥ずかしさ、申し訳なさで一杯の俺は、もう仲間を直視出来なかった。

 でも二人はそんな俺に優しく言葉をかけてくれる。


「気にするな。どの道奴らが暴露撃を使えることを早期に見抜けず、あまつさえ直撃を食らって理明わからせを奪われた俺にも非はある。お前が気に病む必要はない」

Exactlyその通り。そもそもメルが先に引ったくり犯捕まえるに動いてれば、こんなことにならなかったと思ウ。焔衣はよく頑張った方。偉イ」


 勿論二人が俺を責める言葉を言うだなんて思っちゃいない。ある意味予想通りの内容にほっと安心を覚える。


「……うん、ありがとう二人とも。何かちょっと元気出た」

「過ぎたことを気にしすぎるのは今後に影響出ル。先生もそう言ってタ。落ち込むよりもまず、元気出ス」


 ああ、メルの言うとおりだ。もうやっちまったことなんだし、いつまでもくよくよはしていられない。

 落ち込む暇があるのなら剣を取り戻す方法を考えないと。前向きな考えに切り替えないと!


「取りあえず今は現状の整理と拠点に戻って作戦会議を行う……の前に警察の事情徴収を受けねばな」


 フッと閃理は笑みを浮かべると、親指で背後を指差す。すると、路地の奥からタイミング良く警察がここへやって来るのが見えた。


 そこまで入り組んだ場所にあるわけではないが、ドンパチやってた音は外に聞こえてたのかも。

 普段から警戒態勢も敷かれてるわけたし、居場所が割れてしまうのも当然か。


 ここからの事情徴収は全カット。日がそう傾かない内に解放されたのは、まぁ幸いと言える。



 まったく、いきなりとんでもない事態になったな。

 理明わからせ廻鋸のこぎり、二つの聖癖剣を失った今、動けるのは俺一人だけ。正直言って状況は最悪である。


 一人で他人の剣を奪う奴と戦えるのか。多分敵として出てくるであろう二人の剣はどうなるのか。

 今は……何も分からない。ただ、俺の存在、そして立ち回りが今回の要になることは理解してる。


 でも何とかしなければならない。二人のためにも……俺一人で。











「はぁ……はぁ……、ははっ。ざまぁないな! あいつらの剣、俺の物にしてやったぜ!」


 町中に張り巡らされている警察の目をかい潜ってアジトに戻った俺は、荒い息遣いをしながら壁にもたれ掛かって今の喜びを感じていた。


 そりゃそうもなるさ。何せ同じ聖癖剣を持つ奴らから二つも奪えたんだ。

 達成感とか、やってやったりって気分で脳汁出まくり。ちょっとだけ気分が良いぜ!


 とはいえ内心喜びばかりでもない。さっきの一幕でよく分からない疑問が沢山生まれたからな。

 息を落ち着かせ、冷静さを取り戻すと、思考は自然とそれに傾いていく。


「薄々思ってたけど、本当に具召ぐしょう以外の聖癖剣が存在してたなんてな……。しかもそれを持ってる組織まであるとは。あいつらは一体何者だ?」

「本人たちが言ってたじゃない。“光の聖癖剣協会”の人間だって。私たち聖癖剣を扱う専門の組織よ」


 ぼそりと呟いた疑問に答えるのは、すぐ脇に立っているぐしょさんだ。

 やはり元が剣だからか、息が上がってる様子は見られない。


 それはともかくとして、あいつら……正確には奴らが所属する組織の事を多少なり知ってるらしい。

 聖癖剣協会、剣を扱う組織。そういえばそれっぽいことを背の高い男も言ってたっけ?


 正直信じられないってのが素直な感想。だけど俺が剣士であること、町で増え続ける連続窃盗の真犯人であることを一瞬で見破られたことは事実。


 多分そういう真実を見破る……みたいな力を持っていたんだろうな。

 それがこの幼女らが持つ力なのかもしれない。


「──キャハハッ! こっちこっち~っ!」

「──んん、待ってよぉ……!」


 現在地は隠れ家兼家に収まりきれない擬人化体たちの住処として利用している廃倉庫内。


 今はほぼ全員が資金調達に出てがらんとしている空間を元気に走り回っている子供らに目をやる。

 金髪と黒髪の女児二人組。見間違いじゃなければこいつらは背の高い男の剣から出てきた奴らだ。


 剣一本から二人に分裂したのは想定外だったが、俺の指示に──正しくはぐしょさんの命令だけど──従ってくれてるから問題はない……と思う。


「彼女らのことが気になる? あれは【雌童剣理明メスガキけんわからせ】。聖癖剣の中でも特別な十聖剣と呼ばれる強力な剣で、あんな見た目でも私より強いわよ」


 そんな無邪気さ全開の二人を何となく見ていたら、ぐしょさんが彼女らのことについて教えてくれた。


 流石は聖癖剣。同族のことはきちんと分かってるんだな~……いや待て!? 今妙な言葉が聞こえたんだが!?


「へぇ……って、え、何!? 今何て言った? 聞き間違えじゃなきゃメスガキって言わなかった!?」

「何驚いてるの? メスガキで合ってるわよ?」

「どういうネーミング!? メスガキって……」


 聞き間違えなんかじゃなかった。ぐしょさんのきょとんとした顔でさも当然のように『メスガキ』って言ったんだけど!?


 それはあまりにもド直球過ぎないか? 擬人化させたらマジで女児メスガキが出るわけだ。

 やべぇ真実を知ってしまった。しかもこのナリでぐしょさんより強さも格も上とか信じられねぇ。


 見た目が完全に子供だから前線に立たせるのは気が引けるが、ぐしょさん本人が強さに太鼓判を押したんだ。いざって時は頼らせてもらおう。


「こっちはいいとして、次はあっちか……」


 遊ぶメスガキたちとのコンタクトは後回しにするとして、俺はもう一人の方に目をやる。

 そこには褐色肌の男が倉庫の窓を開けて外を眺めている姿があった。


 こいつは確か同じような肌色をした外国人女のところに現れた奴だったな。

 ふむ……見た目年齢は俺とそう変わりないか、ちょっと上くらいの感じ。


 なんというか話しかけづらい雰囲気だけど、せっかく会話可能な擬人化体なんだし、今後のことも考えて話くらいはしておかないと。


「ぐしょさん、あいつの名前は?」

「あそこの彼は【褐蝕剣廻鋸かっしょくけんのこぎり】。気難しそうに見えるけど案外ノリは良い方よ。だけど過去に良くないことがあったから地雷は踏まないようにね」


 名前を聞き出して俺は接触に持ち込む。

 地雷ってのが何なのか分からないけど、剣の過去ってこと自体よく分かんないからスルーで。


「や、やぁ廻鋸のこぎり。俺は具召ぐしょうの剣士をしてる擬持田形遥ぎじた けいよう。今回は俺の力になってくれてありがとう。目的のために協力してくれたら嬉しい。よろしくな」

「…………そうか」


 えっ、それだけ? ノリは良い方ってぐしょさん言ってたのに全然気難しいじゃん!

 暗い過去があるって言ってたけど、まさかもう地雷を踏んだとか!?


 いや、よくよく考えてみればこいつらは本来の持ち主の意志を無視して具現化、そして使役している存在なわけだから、具召ぐしょうの影響下とはいえ潜在意識的な部分では今も抗ってるのかもしれない。


 こいつら聖癖剣なんだし、ぐしょさんと同じで知性や自我があって言葉も喋れるんだから、ありえない話でもないか。


 うーむ、そうだとすれば下手に接触するべきではなかったかも。擬人化させたままここに置いておくのも不安だし、一旦剣の姿に戻すか。


「ぐしょさん。こいつらを元の姿に戻せる? 逃げられたりするのも怖いし、一応さ」

「分かったわ。まぁ私の影響下にあるからそんな心配はしなくてもいいんだけど」


 あ、そうなんだ。じゃあ別に良いかな……と心の中では納得つつも、念には念を入れるべきだとして処置を続行させる。


 ぐしょさんは手を廻鋸のこぎりの前に翳すと、一瞬にしてチェーンソーの形になってしまった。こいつ、すげぇ形状してんだな。


 続けて理明わからせにも同様の手順で剣の姿に還元。二人の幼女は一つになると、女性像が巻き付いたこれまた異形の剣に変貌した。


 それらを回収したぐしょさんは、倉庫に置かれている入れ物の中にその二本を仕舞う。これで安心だな。


「で、これからどうするの? 聖癖剣を支配下におけた以上、あの三人はこの町に居続けると思うわ。そこの対策を考えてるわけ?」

「うっ、言われてみれば確かに。普通諦めるわけないよな。どうしよっかなぁ……」


 少し倉庫内がすっきりしたところで、ぐしょさんから進言を受ける。


 確かにあの三人組の対処はしておかないといけないよな。放っておける存在じゃない。

 奴らの力がどれほどまでなのか分からない以上、この町に長く居続けるのも得策ではない。


 それに今は警察の目も厳しいから、資金集めに影響が出始めているのもまた事実。

 そろそろ頃合いかもな。この町を出て、次なる新天地に拠点を置くというのも考えないと。


「すぐに行動へ移せるわけじゃないけど、次の目標は引っ越しかな。資金を削ることにはなるけど、あいつらに捕まって剣を奪い返されるよりマシだ」

「戦うって選択肢はないのね」

「そりゃあお前……そんなリスキーなことは出来ないだろ。やられたら全部パーになるんだから」


 取りあえず当面の目標を設定。これに対しぐしょさんは何故か不満そうな表情をしているけど、その判断は俺には選べない。


 何しろ俺は戦いの心得というのを会得していない。精々マンガやテレビで見るような剣の使い方を猿真似するのが限界だ。


 良くも悪くも剣の能力頼りな俺とは違い、あいつらは戦いの心得を持っている側の人間であるはず。

 それは赤毛の男がミニカー六号を簡単に組み伏せるのを見ているから、それは間違いないと思う。


 真正面からぶつかれば確実に負ける。能力ではなく身体面で。

 捕まったが最後、あっという間にボコされてジ・エンド。そんな結末が目に見えている。


「ぐしょさんの考えは分かる。剣だから俺に自分を取って戦って欲しいって思ってるんだろ? けど無理だ。やるならせめて相応の時間が要る。でもその時間を確保する余裕はない。悪いけど今は諦めてほしい」

「あっそ。……この意気地なし」


 そう不満気に言い捨てると、ぐしょさんは本来の形に戻ってしまう。ガシャッと剣らしからぬ音と一緒に刃が床に散った。


 人型実体が消えるのは一瞬だ。着物の麗人から具召ぐしょうの姿に戻ったそれを手に取る。

 やっぱり今の発言はダメだったよなぁ……。俺はちょっとだけ後悔をしていた


 剣が剣としての役目を果たせないのは人が人として扱われないのと同じ。

 ましてや自我があるんだから、ああいう風に拗ねられてしまうのも無理はない。


 彼女には悪いことをしてしまった自覚はあるものの、俺が奴らと直接戦うのは最後の手段。なるべくあって欲しくない事態だ。


 学ぶ時間も現状では割くことすらままならない。それなら俺が出来ることは一つに集約される。


「……そうだな。今の面倒事が全部片付いたらさ、剣士らしく剣の勉強をしてみるよ。俺個人の力だけでも何とか出来るようになるべきだしな」


 物言わぬ剣に戻ったぐしょさんに向かって、俺は決意を表明する。


 無事にこの町を出て奴らを撒くことが出来た暁には、ぐしょさんの期待に応えられるような剣士になることを誓う。


 きっとそれが良い。俺自身が強くなるのは良いことだし、何より昔みたいに誰かに舐められたりすることもなくなるだろう。


 そうと決まればすぐに行動に出ないとな。一刻も早く現状を何とかして、また自由を取り戻さないと。


「ミニカー六号、お前はアジトで待機。あいつらに見つかっちまってる以上はここで防衛に励んでくれ。今回の情報は後で他の奴らにも共有しておけよ?」


 すぐ近くで待機していたミニカー六号に俺は指示を出す。当然言葉を発することが出来ないから、ジェスチャーで返事をする。


 擬人化体間では言葉ではない方法で情報を共有出来るらしいから、他の擬人化体にも今日の出来事は知らせておかないと。


 俺は一度家に帰る。明日は次に行く町を探さなきゃならないしな。手続きとかもあるし。

 明日から忙しくなるな。なるべく早い内に全部片付けられればいいんだがな……。

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