第百十二癖『具象せよ、剣の化身』
「閃理、剣見つかっタ?」
「今のところそれらしい反応はない。仮に見つかったとしても本格的に取り組むのは明日なんだ。あまりせっかちになるなよ」
新たに到着した町を練り歩く俺たち。そんな中でメルが
様々な物事を知れる
支部を離れた後、俺たちは訓練ばかりしていたわけじゃない。成果は無くとも行動班としての仕事はきちんとこなしている。
次なる剣士候補を探し出すべく、こうして支部から送られてくる情報に従って所在地候補へ赴いて調査。剣士がいるかどうかの確認しているのだ。
一応補足するけど朝鳥さんや孕川さんのように連続して見つかるケースは珍しく、普通はそう簡単に見つかるものではない。
俺を剣士にスカウトする際もハズレの候補地を転々としていって、ようやく見つけたらしいしな。世の中はやっぱり思い通りにいかないようだ。
しかしながらこうも連日ハズレを引きまくってると、モチベーションの低下を実感する。
支部を出てから今日までで県を跨いだ三、四もの町や市を巡ってるわけだし、流石に飽きが回ってくるというもの。
急かすわけじゃないが、いい加減見つかって欲しいところだ。
「退屈そうだな、焔衣」
「え? あ、いやいや、別にそうは思ってないって。ただ仕事で結果を出せてないのはちょっとアレだなーって思っただけだよ」
すると閃理は俺が相当暇に見えたのか、あるいは
明言こそしないものの、暇してるのは事実。
この町は今のところはなんてことない賑やかな所にしか見えない。それはまさに平穏そのもの。
警察が何もしないで済む世界が良いとされるように、俺たち剣士が何もしなくて済む世界だって良いに決まってる。
闇の介入も現状確認されない今は、良くも悪くも平凡な日常と言えると俺は思う。
毎日の訓練で得た力を発揮する機会が来ないのは少々残念だが、平和であることに越したことはない。
しかし、世間のあらゆる情報を知れる権能を持つ閃理には、見えざる出来事も見破っているようだが。
「そうか。しかし、この町はそれほど平和じゃないようだ。少しばかり厄介な事件が起きているらしい」
「え、何それ? どういうことなんだよ」
すると不意に閃理は意味深なことを言う。何やら
厄介な事件……? まさか朝鳥さん時みたく窃盗にあってるとかじゃないよな?
「どうやらこの町はここ数ヶ月、空き巣は勿論のこと万引きやスリ、ボヤ騒ぎなどの被害が増えているようだ。それは今も続いているらしい」
「はぇ~。そりゃ何というかデジャブだな。もしかして聖癖剣のせい?」
この町の事件とは案の定犯罪絡みのようだ。ふーん、二度有ることは三度あるってか?
どことない既視感を覚えた俺はすぐに聖癖剣の関与を疑う。そりゃあ窃盗というワードが出たんだし、
聖癖剣を手に入れた人が必ずしも善人であるとは限らない。権能を良からぬことに利用している最悪のパターンも常に想定しておかないと。
「幾つかの事件では犯人を捕まえている。同一犯による犯行ではなく、多発する事件に便乗した模倣犯が複数いた。それが警察側の見解のようだ」
「それじゃあ聖癖剣の可能性ゼロじゃん。なんだ、深読みして損した」
しかし俺の疑問はすぐ杞憂に終わった。なんだよ、犯人捕まってるのかよ。
でもまぁ権能を扱える剣士が警察に捕まるなんてあり得ないか。仮に剣士だとしたら余程の不器用か警察が優秀過ぎたかのどちらかだろう。
にしても事件に便乗した模倣犯とはな……。のどかで平和な雰囲気の町なのに随分と物騒な考えを持つ人がいるもんだ。
この町のことは何一つ知らないが、あんまり治安の良い所ではないのかもしれない。もしそうなら早く切り上げるに越したことはないな。
「……でも変。他人がした泥棒の真似をする人、なんでそんなに出てきたノ?」
「ん? どゆこと?」
だが単純な俺とは違い、情報の内容に疑問を浮かばせる者がいる。それはメルだ。
どうやらこの町で起きている事件に違和感を感じているらしい。そんな変な話だったかなぁ……?
「メルの言う通りだ。焔衣、分からないか? 警察による干渉、巡回の強化という警戒態勢が敷かれているにも関わらず未だに被害は続いている。そんな場所で窃盗事件に便乗するなんて馬鹿げているだろう」
「む、それもそうか。やるにしても普通は別の所でするよな。ってことは……」
頭にハテナを浮かべる俺に閃理は掴んだ情報の不可解な点を要約。その意味にやっと気付いた俺は、無意識の内に周囲へ目をやっていた。
現在地は人もそれなりに行き交う町の中心。商店街とかそんな感じの場所だ。
夕刻も近い時間帯でも喧噪が止まない生活圏の中を観察すると、お巡りさんを発見。
周辺をキョロキョロと執拗に目配りしているのが分かる。ただの仕事熱心……というわけではなさそうだ。
「閃理、もしかして……」
「ああ。一連の事件を警戒している証だな。おそらく住宅地や事件現場付近の方ではここよりも多くの警官が警邏に当たっているはず。その上で被害は今も続いていると聞けば、この事件の異常さに気付いただろう」
やましいことは何も無いけど思わずヒソヒソ声で話す。そして俺もここでようやく全てを理解。
こんなに分かりやすく警察が動いてるにも関わらず被害が続出し続けているという謎。ここまであからさまでだと流石に気付く。
この町で発生する連続窃盗事件の異常性。明らかに普通じゃないってことを。
「……で、どうすんの。俺たちはこの事件に首を突っ込むわけ? まだ聖癖剣が絡んでるって決まったわけじゃないんでしょ?」
「そうだ。しかし、まだ他の情報を掴めていない以上、今は様子を見るしかあるまい」
怪しさ千万とはいえ現状ではこの町に潜む異常な事件に聖癖剣が関わっていると断言出来ない。
単に怖いもの知らずな模倣犯たちによる犯行かもしれないし、警察の巡回をかわして事に及んでいる器用な犯人という可能性も絶対に無いとは言い切れない。
そもそも俺たち聖癖剣協会は基本的に聖癖剣と関わりのない事件に対しては不干渉の姿勢でいる。
一応正義の味方と呼んでも差し支えのない組織だが、考え無しにしゃしゃり出るような真似は御法度。
自分から首を突っ込んで問題を大きくするわけにはいかないからな。それが権能を操る剣士が伴う大いなる責任の取り方ってやつである。
だから、この一件がもし聖癖剣と無関係だったらその時点で切り上げて次の町へと向かう。これも俺たちの仕事なんだ。
「しかし弱ったな。
「うーん、じゃあ夜に出直す? 流石に警察も夜じゃパトカーか交番の中だろうし」
「夜だと余計目立ツ。
だがここで思わぬ弊害が俺たちに降りかかる。
現在俺たちは
ただでさえ多発する事件に敏感になってるのに、そこへ外から来た見慣れない集団が人目のつかない場所で怪しい行動をしたのがバレたなら確実に職務質問される。
ましてや使ってるのは剣。疑いようのない銃刀法違反だから見つかれば即現行犯逮捕。
うーむ、マジか。まさかこんなところで影響が出るとは。窃盗事件許せねぇー……!
「メイディさんに頼むのは……最終手段だな。彼女からしてもおいそれと利用されたくはあるまい」
「あ、じゃあ車をこの辺に移動させて、拠点の中でやれば? それなら大丈夫じゃない?」
「拠点の中だと探索範囲がかなり狭くなル。効率も悪いからするべきじゃなイ」
現状を打破するための案を考えながら歩く俺たち一行。うーむ、これは難題だぜ。
そうこう話しながら進んで行くと、人通りが多い場所を抜けて住宅地への道に入っていた。
流石にここいらで場所探しは難しいか。行くだけ警察の目は多いだけだろうし、一旦戻るべきだよな。
「取りあえず一度戻るぞ。最悪メルの案で少しずつ探していくのも視野に入れておこう」
「あーあ。こういうとき剣士は不便だな。聖癖剣協会の権限でどうにかならないもんかね」
一時帰還は閃理も考えていたようだ。無念の場所探し中断という選択をし、俺たちは移動拠点への道のりをたどり始めていく。
時代が時代だし、平和になった証だからしょうがないとはいえ面倒な世の中になったもんだ。
事件の内容をねじ曲げれる程度の権限があるんだから、警察にもそういう圧力……もとい許可は取れないものなのか。地味にそんなことを考えてしまう。
そんな図らずも油断していた時のこと──事件は容赦なく勃発する。
「キャ──ッ! ど、泥棒ォ!」
「
「むっ……!?」
「え……。ま、まさか!」
どこからともなく女性の悲鳴が。それは今にも戻ろうとしていた商店街側からだ。
何事かと思った次の瞬間、商店街から誰かが飛び出して俺たちのすぐ横を通り抜ける。その腕には女性物のハンドバッグが抱えられていた。
状況的に見て間違いない。例の連続窃盗事件……その模倣犯だ!
「焔衣!」
「うおおお、待てやオラァ!」
閃理に言われるよりも早く、俺は反射的に足を動かして犯人の後を追い始めていた。
聖癖剣と関係ない事件には関わらないスタンスなのは事実だが、だからと言って目の前で起きた事件を見て見ぬ振りなどするわけがない!
光の聖癖剣協会は正義の味方。少なくとも俺はそうでありたいと願っている。
だからこそ俺は剣士である前に人間として正しい行いをしてやるんだ!
「んにゃろぉっ! くそっ、結構速いなあいつ!?」
突然の出来事ではあったけど、躓くことなくスタートを切って犯人を追跡。
だが相手も良い脚をしているようで、剣士として鍛えている俺でも中々追いつけない。意外な難敵だ。
でも──剣の補助があれば無問題! 俺はひっそりと鞘から柄頭を出して触れると、この身体に剣の加護を付与させる。
これで今の俺は剣士としての身体能力を得た! 素の
一気に距離を詰めて腕を伸ばす。ここまでだぜ、窃盗模倣犯!
確保まであと一歩……その瞬間である。
「…………っ!」
「何……!?」
模倣犯は一瞬俺を横目で見た後、そのスピードをさらに上昇させた。
嘘だろ!? あの速さで本気じゃなかったのか? もしかして今のって舐めプ!?
こんにゃろぉ……! ちょっと頭に来たけど追いつけないのは事実。ぬぬぬ、これはしくったな。
もしかしたらこれはメルの出番だったかも。またも後先考えない行動で選択を誤ってしまうとは。
悔しく思う中でも状況は進んでいく。犯人は躊躇無く路地に入り込んで行った。
どうやら視界が狭まる所で俺を撒くつもりみたいだ。勿論そう上手くは行かせないけどな!
俺も同じく路地へ突入。ゴミ箱だのちょっとした不法投棄物だのが転がる道を進んでいくと、そこで俺にとっての幸運──奴にとっての不幸が同時発生する。
「…………っ!?」
俺から数十歩分は離れていた犯人だったが、一瞬の背後確認の際に不法投棄の雑誌束に脚をひっかけてしまい、ド派手にすっ転んだのだ!
こいつぁラッキー! 路地に逃げ込んだのが仇になったな。悪いがこのまま捕まってもらうぜ!
「隙ありだッ!」
相手の失態という隙を逃さない。俺は起き上がりかけていた引ったくり犯に飛びかかる。
馬乗りになってバッグを持っていた腕を抑えつけつつ、退けようと振るう腕を背中側に回して確保。
捕獲完了。ふふん、俺だってやる時はやる男だ。
メイディさんとの訓練で倒した相手を拘束する方法も叩き込まれているんでな。ここで訓練の成果を発揮するとは思わなかったけど。
「へへっ、あんたにゃ悪いが俺たちが側に居合わせた不運を呪うんだな。観念しろよ?」
じたばたと暴れて抜け出そうとする引ったくり犯だが、当然負けてやらねぇ。拘束する力を強める。
こいつは歳若い男のようで、年齢は多分十代後半くらい。やけに目立つ赤いパーカーを着ていて、車のイラストが刺繍された独特なセンスをしている。
服装は別として、まさか事件が目の前で起きてしまうとは……。これには俺も驚くばかり。
近年では承認欲求を理由に犯罪を犯す人が多いと聞く。俺にはあまり理解出来ない考えだがな。
連続窃盗事件の模倣犯は、きっとそういう考えを持った不良か世の中を舐めてるバカたちによる犯行なんだろう。まったく、同じ若者として恥ずかしいぞ。
「焔衣、大丈夫だったか?」
「閃理。きちんと捕まえてるよ。問題ないって」
「
すると、程なくして閃理とメルが到着。
メルに褒められて嬉しい反面、人として正しいことをするのは当然。調子に乗りすぎないよう心を落ち着かせ、犯人の方へ意識を向ける。
依然として抜け出そうと動くけど、メイディさん直伝の拘束はそう簡単に覆せないぜ?
まだまだ暴れようとするから、俺は仕方なく拘束をより強める。これでもう大丈夫かな。
こいつもきっと世間に自分を認めてくれない不幸に苛まれた被害者なんだろう。
だからと言って非行に走るのは良くないけどさ。なんであれ後は警察に任せよう。
「閃理、なんかロープみたいなのある? 警察が来るまでに縛っておこう」
「本当はそのまま素手で拘束するのが良いんだが……まぁいいだろう」
「メルが電話すル。待ってテ」
俺たちは早速身柄を警察へ引き渡すための準備に取りかかる。
引ったくり犯を押さえる俺。閃理が聖癖章で拘束用のロープを作り、その間にメルが通報するというコンビネーションを見せる。
しかし、着々と準備をしている時のこと。予想だにもしない出来事が俺たちに起きてしまう。
「…………っ」
「ん? うぉっ、な、なんだ!?」
ロープが用意されるのを待つ際、犯人から少しだけ意識を外した瞬間、俺の手に感じる違和感……否、感覚の消失を覚える。
急いで視線を戻すもその時点で手遅れ。犯人の腕どころか跨がっている背中も、珍妙なデザインの派手なパーカーも、いきなり全てが消えてしまったのだ。
「……は? え、何? 犯人が、消えた……?」
「何……!?」
あまりにも突拍子のない出来事に混乱してしまうのも止む無し。
だってさっきの少年はどこにもいなくなってしまったのだから。比喩ではなく直喩で。
マジック……では無いよな。あれはタネや仕掛けがあって出来ることだし、今のは明らかに違う。
幻? いや、もし幻なら引ったくりという行動や実際に掴めていた実体の説明がつかない。
一体何が起きたんだ? 少なくとも今の出来事は普通ではないことは自明の理。
引ったくり犯は人ではない別の何かだったってことか? それはそれで現実味の無い話だけど……。
そうこう悩んでると、ふと足下に何かが落ちていることに気付いた。拾って確認する。
「これは……ミニカー? こんなの落ちてたっけ?」
回収したのは赤色の小さい車のおもちゃ。しかも後ろに引っ張ると前進するプルパックカーだ。
新品というわけでは無いが、こんな物がどうしてここに落ちてるのやら。最初からここに落ちてたのなら犯人を捕まえた時には気付くはずだしなぁ。
明らかな異物の発見に頭を悩ませていると、不意に閃理が声を上げる。
「焔衣! 気をつけろ、向こうの角から何者かが来る。……おそらく聖癖剣士だ」
「んなっ、マジで……!?」
ここで
もしやさっきの犯人と何かしらの関係が? もしかして闇の聖癖剣使い!?
平和に見えて平和じゃないこの町にいるんだし、その可能性はゼロじゃないだろう。
困惑したままの状況だが落ち着け。何も焦る必要はない。どんな相手であれ敵なら倒すだけのこと!
剣の柄に手をかけ、相手を待つ。何十秒か経過した時、その人物が路地の角から現れた。
「ミニカー六号からのSOSがあったから来てみたけど……って、うぉっ!? な、何だお前ら!?」
そいつはぶつぶつと独り言を呟きながら現れた。俺たちの存在に気付くと驚いて身体を飛び上がらせる。
こいつが……剣士? 見た目は完全に一般人のそれだが、闇の剣士じゃないのか?
仮に闇側だとしたら、もう少し覇気というか、やる気や敵意とかが目に見えて分かる程度の威勢がある。今まで出会ってきた奴らは全員そうだったし。
だがこの男は違う。具体的に何が違うのかと言われれば分からないと答えるしかないが、とにかく一般人の雰囲気しかない感じ。
もしかすれば気配を隠すのが上手い相手かもしれない。驚いたのも演技かもしれないから、警戒は怠らないに限る。
「あんた、何者だ?」
「それはこっちの台詞だ。身なりから察するに警察じゃないな? お前らこそ誰だよ」
質問を質問で返されてしまったけど、今ので少しだけ分かったことがある。
何故にこのタイミングで警察の存在を警戒したのかってこと。つまりこいつは連続窃盗事件と何かしらの関係があるのかもしれない。
引ったくり犯と仲間だとしたら、用心棒とか協力者みたいな立場なのかもな。
それを剣の力で補助してるんだろう。さっきのスピードアップも権能の悪用に違いない。あくどいことをしてくれるぜ。
「……なるほど。そこのお前、今の窃盗犯はお前が仕向けた者か。背に隠している聖癖剣を使ったな?」
「んなっ……。剣のことを知ってるのか!? お前ら、本当に何者なんだ?」
ここで閃理が声を上げて奴の正体に迫る……というか全てを看破。さっきの窃盗犯はこの男と何かしらの関係があることを見抜いたようだ。
当然図星のようで、男はあからさまに焦り始める。
言われてから気付いたが、あの男は背に筒のような物を背負っており、剣士であることを見破られた瞬間隠すように筒へと手が伸びたのを見ている。
咄嗟の行動から察するに奴は間違いなく聖癖剣士。剣士である自覚も持っているようだ。
「俺たちは光の聖癖剣協会の使い。世界各地に散る聖癖剣を回収する組織だ。この町に剣があるという情報を得てやってきたが、お前のがそれだな?」
「回収!? ってことは、まさかお前らは俺の剣を奪うつもりか……!?」
続けて俺たちの正体と目的を告げると、男は回収という部分に一際強く反応する。
どういう剣で何の権能をしているかは分からないが、その動揺っぷりを見るとかなり剣の力を使っているみたいだな。
閃理曰く、あの引ったくり犯はこいつが剣の力を使って仕向けたものらしいが……まぁそれの追求は後ででもいいだろう。今はまず対話を試みなければ。
「落ち着け。俺たちは決してお前から無理に剣を奪うことはしない。その剣を持っていると遅かれ早かれ後悔する未来が──」
「うるさい! 口先だけの言葉に乗せられるか! 俺の物を奪っていく奴らは……俺の理想の世界には必要ない!」
招いた誤解を解こうとする努力も虚しく男は突如として逆上。
何か大層な内容の言葉を喚きながら背中の筒状の入れ物に手を伸ばし、中の剣を取り出した。
【
筒から引き抜いた瞬間、聖癖の呼び声と同時に複数枚に連なる短冊状の刃がだらりと垂れ下がる。
あれが奴の剣……? 例に漏れず形状は一目で剣に見えないくらいかなり特殊。鉄の板で作った巻物、あるいは木簡みたいだ。
「お前らが俺の物を奪うなら……お前らの大事な物、全部奪ってやるッ!」
【聖癖暴露・
「まずい……! お前たち、今すぐ避けろ!」
「避けろったって……ええい、しゃあない!」
ちょっと暢気に考えすぎたか? 閃理の言葉で奴が聖癖暴露を放とうとしていることに気付く。
剣を握ってどれほどかは知らないが、まさか誰からの手ほどきも受けずに使えるとはな……!
まずい、直撃は避けたいが狭い路地に三人が密集してるから退路の確保はすぐに出来ない。
ならば多少のダメージを覚悟する他に選択肢はないか。俺たちは咄嗟に剣を引き抜いて防御の姿勢を取る。
被弾面積は出来るだけ減らすために、剣を盾代わりに身を隠す。これが吉と出るか、凶と出るか……一か八かだ!
「擬人転成!」
技の名を叫びながら木簡のような刃をしならせて前方に大きく振るうと、波動のような衝撃波が路地を真っ直ぐ通り過ぎた。
全身に強風を当てられるような感覚が襲うものの、実際に技を食らってみれば痛みなどはない。
むしろただの強い風では? と思うほど。もしかしてただの
「……って、何もないじゃん。ビビらせやがって! やる気なら今度はこっちの番──……えっ!?」
警戒して損した気分……と思ったその瞬間、俺はすぐに今の攻撃の真意を悟る。
さっき拾ったミニカー。実は今までずっと左手に握っていたんだけど、それがいきなり動き始めたんだ。
何を言ってるんだと笑われても反論は出来ない。
だって俺も目の前で起きた信じられない出来事を飲み込めていないのだから。
ミニカーはまるで意思を持っているかのように俺の手から離れてしまうと、あっという間にその姿を大きく変えてしまう。
「っ…………!」
「んなっ……!? あ、あんたはさっきの……!?」
そして俺の前に突如として現れたのは、つい数分前に捕まえたはずの引ったくり犯!
車の刺繍の入った赤いパーカーという妙なデザインをしてるんだ。見間違えるはずない!
さっき普通じゃありえない消え方をしたのは、ミニカーに化けてたからなのか!?
そんなこと、権能でも出来ることなのかよ……!?
最早困惑しかない状況の中、俺は咄嗟に後ろの方へと視界を移してしまう。
俺がこうなら二人はどんなことになっているのか気になったからだ。
だがそこには俺なんて比べものにならない程の事態に二人が陥っていることを知る。
「ま、まさかこんなことが……!?」
「
「閃理、メル。一体どうし──……ぃッ!? だ、誰だ、そいつらは……!?」
振り向くと、やはり二人の前に複数人の男女が立ちはだかっていた。
閃理には黒髪ロングと金髪ショートの二人組。どっちも背丈の低い女の子で、やや時代齟齬感が否めない古めかしい布の服の装いをしている。
メルには褐色肌で金髪の男。こっちは幾分か現代的なツナギのような服の上半身部分を脱いで、タンクトップ風の薄手の衣服を露出させていた。
もしやこいつらも
仮にそうだとすれば、剣士である二人の前にいつどうやって現れたんだ?
一瞬で色んな疑問が浮かぶが、結論を出すよりも早く閃理が信じられない事実を口にしてしまう。
その内容に──俺は驚き以外で出せる感情はなかった。
「聖癖剣を……、奪われた…………!」
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