第十部『擬人となりて、異聞の具象』
第百十一癖『特命背負いて、新たな任務』
フラットとの戦いを乗り越えた俺たち第一班は、与えられた休暇を終えるとすぐに支部から離れて本来の任務に戻っていた。
まぁ戻ったとは言うけども、現状はこれといって成果の無い日々を送るばかりで何も出来ていない。
……勿論、暇とは言ってない。一言も。
「ぐうぇぇっ!?」
「
「お二方、実に甘いです。その程度で倒れてしまうようではこの先が不安でしかありません。まだ私は本気の1%も出していませんよ?」
メル共々──俺はメイディさんとの訓練に励んでいた。でもその差は歴然。
方や伝説の剣の後継者で、もう方やは上位剣士一歩手前の超実力者。
運動場で無様に転がる二人の剣士は、始まってから何歩も動いていない相手に完封されていた。
これでまだ全然本気じゃないってマジすか? この時点で
訓練自体は支部の時にも経験しているけど、それとはまた別ベクトルでキツいぞ。
とにかく普通の動きじゃまず追いつけない。剣技も身体も、俺の何倍も強いメルでさえ手も足も出ないくらいに。
流石に差があり過ぎている気が……。パワーバランスの崩壊を肌で感じるんだが?
「寝転がる暇がおありのようですね。では、その余裕ぶりに免じてペースを少し上げましょう」
「えっ、ちょ、ちょっと待って! 余裕なわけないでしょ!? まず息を整わせ────……ポギャッ!?」
次の瞬間、俺はいつの間にか宙を舞うことに。
なんか、色々しゃべってたら下から何かが突き上がって、それでこうなってしまっていた。
スローモーションに感じる空中浮遊。その最中で見えたのは白い拳だった。
石像のような質感のそれが、さっきまでいた場所から生えて俺をカチ上げたみたいだな。
こんなことも出来るのかよ。何でもアリだな、マジで。
「焔衣──ッ!! くっ、メイディ! ちょっとは加減しロ!」
「そうは仰いますがメラニー様。ご主人様は特命の任を請け負った身。生半可な実力では
無様に床へ落ちる俺を見て、メルは思わず叫ぶものの虚しく一蹴されてしまった。
どうやらこの訓練……という名の一方的な蹂躙は、俺が特命剣士になったから行っている模様。
とはいえメイディさんの主張は悔しいけド正論だ。
何せ俺が倒そうとしている相手は始まりの聖癖剣に最も近い聖癖剣【
奴の本気の一片を味わっている身として、今の言い分はよく分かる。ぐうの音もでない正論だ。
俺はフラット戦から帰還した後、支部長から直々に“特命剣士”として新たな任務を受けている。
せっかくだ。少しだけ思い返そう。あの話の続きを……!
†
「炎熱の聖癖剣士、焔衣兼人。君に──
「んなっ……!?」
時を遡ること十数日ほど前。フラットとの戦いから帰還した俺に、支部長はそう命じてきた。
特命剣士。それは組織の偉い役職の人物から直々に任務を命じられた剣士を指す言葉。
聞けば相応の実力と功績を持った人物でなければ任されない責任重大な命令らしい。
そんな一種の称号とも言えるそれを俺に……!? 支部長は一体何を考えてるんだ?
「ちょ……えっと、すみません。それ、どういうことですか? 俺が特命剣士なんて……」
「先ほど言った通りです。君は剣士になる前も含めディザストを三度、クラウディは二度、トキシーとウィスプからは一度ずつ遭遇しながらも全て無事に生還するだけでなく、一度でも攻撃を命中させたという確かな実績があります。それに例の話から将来性にも期待出来ますし、今後間違いなく大成すると私は考えています」
つい言葉の真意を尋ねたら、わりとしっかりした理由を返事として返されてきた。うーん、素直に喜んで良いのか分からないんだが。
確かに支部長の言うように俺は
トキシーに始まり現状はフラットまで。この半年で約半分もの敵幹部に出会ったことになる。
でも当然語弊もあるわけで、何度も襲われたこと自体は事実だが、俺が生還出来たのは相手の手加減や味方の助けなどがあってのこと。
決して俺だけの力で乗り越えたわけじゃない。端から見ればただの謙遜かもしれないが、実際助けがなければ死んでた場面だってある。
良くも悪くも過大評価というのが俺の率直な感想だ。いくら祖母が先代炎熱の聖癖剣士だからって期待し過ぎだぞ。
「あの、支部長。その話は流石に買い被りすぎかなって思います。単に運が良かった……って言うと嫌味かもしれないですけど、仲間の助けがあったからこそやってこれただけで──」
「では今回のディザストとの戦いも誰かによる手助けがあっての功績だと言うのですか?」
「それは……」
ぐぬぅ……。事細かに詳細を伝えられているだけあって、今回のディザスト戦での戦いぶりを引き合いに出されると何とも言い返せねぇ。
閃理だけじゃなく龍美からも成長したと言わしめたあの戦いは流石に否定したくはない。
それをしてしまったが最後、俺自身の戦いは勿論褒めてくれた二人の言葉も否定することと同義。気持ちの問題とはいえちょっと嫌だ。
「よく聞きなさい、焔衣兼人。驕らない腰の低さは感心しますが、それは時に他者を見下す行為になりえます。自らの力で立てた功績を卑下することは他者への侮辱に他なりません。過度な謙遜は慎みなさい」
「は、はい……」
そして案の定普通に怒られてしまった。
慢心は敵だと思って謙虚の姿勢を意識していたけど、どうやらこの場に限り逆効果だったらしい。
悔しいが正論だ。そりゃ毎回テストで高得点出す奴が自分はまだまだだって言いながら周囲に見せつけてれば鼻につくし当然か。
周りから見た俺はまさにそれなんだろう。新たな短所の自覚にしゅんとなる。
けどそんな俺の気持ちを汲むことなく支部長の話は続く。
「話を戻しましょう。私が君を特命剣士に推薦するのは実績だけが理由ではありません。このような言い方するのは性分ではありませんが、君はどうにも龍の聖癖剣士との戦いを運命づけられているような気がしてならないのです」
「は、はぁ……?」
何やらロマンチックな言い回しをしてくる支部長。
あいつとの運命ねぇ……。でもまぁ、言わんとしていることは分からないでもない。
闇側に誘拐され剣士に仕立て上げられた龍美と、行方を眩ませた親友を見つけられるかもと考えて光側に入った俺。
こうして剣士となることで本当に巡り会えたのは運命という言葉の他に例えが見つからない。
お互いのことを
確かに俺と龍美は運命っていう見えない糸によって繋がれていると例えてもおかしな表現ではない。
少々メルヘンに寄った考えではあるけれども。
「遅かれ早かれ龍の聖癖剣士という存在は大きな障害となり得ます。我々への攻撃に消極的な闇が総攻撃を仕掛ける時が来るのかは分かりませんが──早期に排除しておくに越したことはありません。
この役割を実績があり成長の余地を見込め、そして龍の聖癖剣士である彼と最も近しい存在である君に任せたいのです」
「…………!」
支部長……、そんなことを考えていたのか。
俺に討伐を任せるというのは、単に
ディザスト……龍美とかつての親友同士という間柄だから、他の誰かではなく俺が相応しいと判断したようだ。
正直喜んで良いのか分からない。複雑な心境の理由は明白だからだ。
要は親友である龍美を倒せと言ってるわけで、それは俺自身が望んでいることではない。
目指しているのは闇からの脱却であって、殺害でもなければ留置施設にぶち込むことでもない。
それが出来ない以上は特命剣士の任命なんか素直に喜べないし、むしろ辞退しても良いと思っている。
到底嬉しくも何ともない内容に不満げな顔をしてしまっていたのか、支部長を俺の顔を見ながら言葉をさらに続ける。
「何やら不服のようですが……特命剣士はそれ自体名誉ある称号ですし、完遂すれば多額の報酬も支払われます。昇格に有利に働くだけでなく、マスター直属の剣士になるためには必須。受けるだけ損はありません。それでもその表情は直せませんか?」
「…………すみません」
一言謝罪を口にしながらも、自分の表情筋がぴくりとも動かなかったのを実感していた。
つらつらと特命剣士になるメリットを挙げられたけど、何を聞いても俺にとってはピンと来ないものばかりだったからだ。
俺は元々先代の意志を継ぐ、龍美を探すの二つを目標に剣士になっただけで、組織で成り上がることが目的じゃない。
多額の報酬は魅力的だが、今の給料でも十分満足してる。昇格もそれほど興味はない。
何というかズレてるんだよな、支部長の言葉は。さっき教えた龍美の話も忘れたのか?
どこまでも頭が固い人だ。こう思うのも本人に悪いが、その察しの悪さが原因で自分の子供に嫌われてるんじゃ────
「……冗談が通じていないようですね。こればかりは私のミスのようです」
「……は?」
ん、冗談? ちょっと待って、今の会話に冗談があっただと? その話自体が冗談じゃないのか?
流石に信じられない……ってか、支部長がそんなことを口にすること自体疑わしいんだけど。
一体どこまでが嘘なんだ? 何も分からない。
そんな自身の会話が俺に通じていないことを悟った支部長は、眉間に指を当てて数秒の沈黙。そしてすぐに誤解を解くための話をする。
「今のはどういう……」
「馴れないことはするものではありませんね。前もって言っておきますが特命剣士の件は事実です。……冗談というのはメリットの部分。それらも事実ではありますが、ここで話すべき内容ではなかった──それだけのことです」
あ、任命の話は本当なんだ。それはさておき冗談の部分は俺がズレてるな~とひっそり思ってた特命剣士になるメリットのところらしい。
うむ、やっぱりズレてる発言だったのを支部長本人も気付いたようだ。すぐに訂正するあたり、自覚はあったんだろう。
心の中で親子関係について悪態を吐いてしまったことを反省していると、軽く咳払いをした支部長が改めて任務内容について触れた。
「神崎龍美を救いたいと考えているのは君だけではなく我々も同じこと。闇の聖癖剣使いの被害者でもある彼を救うためには、どうしても身柄を確保する必要があります」
「救う? 支部長、もしかして……!?」
「ええ。第十剣士ディザストを撃破し、身柄を確保出来た暁には私が元老院へ便宜を図り、剣士として組織に加入させられるかを検討します。呪いの解除も賢神様のお力があれば不可能ではないでしょう。それも含めての交渉です。これで如何でしょうか?」
ま、マジですか!? その話、まさに俺が一番求めていたものだ!
任務達成で龍美を受け入れるよう手配してくれるなんて……頭の固い人だと思ってた自分が恥ずかしい。
伊達に元マスター直属から支部長になっただけのことはある。想像よりもずっと寛容な人だった。
組織の加入だけじゃなく呪いの解除もしてくれるとは。俺が求めていたものを提示されたのなら拒む理由は無くなった。
昇格や報酬はともかくとして、最早やらないなんて選択はないよな!
「支部長! それなら俺、特命剣士になります。ディザストを倒す任務、受けます!」
「分かりました。ですが一つ条件があります。身柄を確保する以外に──彼の剣【
先ほどの態度とは打って変わって任務を請け負う意志を見せると、支部長はさらなる条件を突きつける。
どうやら龍美と一緒に
後出しで条件付けるのかよ!? と一瞬思ったが、よく考えればそうでもしないと通せない特例的な話なんだろう。
剣士に呪いをかけて他者に渡るのを防いでいる
きっとそれを回収することがこの任務本来の目的に違いない。
俺が任務を達成させることで敵は戦力の大幅な減少、光側は新戦力の入手という一石二鳥の成果が得られる。組織はこれを狙っているんだ。
そう考えると利用されてる感は否めないが……まぁ正直どうでもいい。
龍美を救う手段があるのなら手段を選んでなんかいられないからな!
「やります。それが龍美を助けられることに繋がるのなら何だってやるつもりです!」
「その言葉を待っていました。では焔衣兼人、君を本日付けで特命剣士に任命します。責任ある任務ですから決して驕らず、卑下せず、剣士たるもの相応の振る舞いを心がけるよう意識して行動するように」
「はい!」
一も二もなく、俺は改めて特命を引き受ける意志を見せると、支部長は小さく笑みを浮かべていた。
†
……以上の経緯を経て、俺はあの日を以てディザストを倒すという特命を帯びた剣士となった。
下手すると光と闇、双方に大きな影響を与えるかもしれない責任重大な任務。
今になって思うのも遅いけど、めちゃくちゃプレッシャーである。
それに正体は龍美とはいえ相手は最強の剣士ディザスト。一瞬食らいつけたものの実力にはまだ差があり過ぎるのが現状。
だから少しでも近付けるように嫌々行ったばあちゃんの再現修行だって頑張った。
思い出したくもない内容だったけど、悔しいがアレを経験してからは閃理との模擬戦が優しく思えるくらいには成長を実感してる。
まぁ結局勝ててないんけどさ。こればかりは経験値の絶対量の問題だし……。
「特命剣士とは名誉であると同時に高いリスクも孕んでおります。任務の失敗は剣士としての信頼を落とすことに繋がりますので、ご主人様を高みへ押し上げるためには失敗は許されません」
「高みって……」
メイディさんは特命剣士のリスクがどのような物なのかを簡単に教えてくれた。
そりゃ任務に失敗するなんてしたら剣士は勿論任務を出した側の面子も丸潰れだろう。それくらい俺でも分かる。
マスター直属の剣士になるのも特命剣士になるのが絶対条件みたいだし、信頼第一なんだろう。
とはいえ俺自身そういうのに関心は無い。今の立場でも十分満足してるし、別になぁ……って感じ。
「でも俺、上位剣士ならまだしもマスター直属とか全く興味無いんですけど」
「過度な謙虚は控えるようにと支部長様から言われておりますよね? 剣士となったのであれば、高みを目指すのは当然のこと。焔巫女様と同じくマスター・ソードマンを長の座から引きずり降ろすくらいのことは言っていただかないと困ります」
「それはそれで高み目指し過ぎだろ!?」
ばあちゃん……あんたって人は何考えてんだ。つーか別に今謙遜してるつもりないんだけど!?
まったく、野心家な先代のせいで俺の剣士人生は普通になってくれない。影響力がデカすぎるぞ。
「おしゃべりはここまでです。訓練に戻りますよ」
「容赦もしてくれねぇ……。じゃタイムタイム! 休憩挟させてよ。もう昼過ぎてから一回も休んでないから、せめて十分……いや、五分くら──」
「……? 休憩なら先ほどの雑談で済ませたはずですか?」
「What!? メイディ、冗談キツイ……」
あー、マジでヤベェな。メイディさん直々の指導、あまりにも厳しすぎる。
これが昔の剣士の訓練だったのかなぁ……。一言物申したいけど、そんな勇気あるわけない。
これにはメル共々ゲンナリとする他ない。もうめちゃくちゃだぜ……。
「……では次の訓練はもう少し本気で斬り合ってみましょう。やり方を少しだけ変えますので、お望み通りお二方は準備が整うまで休憩とします」
「え、今度は何を……?」
数秒だけ何かを考える仕草をすると、メイディさんはやり方の変更とやらをするようだ。
その間は休憩にしてくれるらしい。嬉しいのだが、安心出来ない発言を聞いて身体なんか休められるか!
次元収納の渦を出すと、そこに腕を突っ込んで何かを探し始める。一体次は何をする気なんだ……?
「では少々お時間をいただきますので、その間にしっかりと呼吸を整えておいてくださいね」
取り出したのは本。俺は初めて見る物だが、どうやら支部からの借り物のようだ。
ページを開いて中身を確認している間、言われた通り少しでも訓練についていけるよう回復に専念する。……けど、やっぱり気になるよなぁ。
マジで何をするつもりなのやら。嫌な予感しかしないことに変わりはないけど。
「ふむふむ、う~ん。こうでしょうか?」
するとメイディさん、本を見ながら何故か自分の顔をぐにぐにと揉み始める。
何してんだ。いや、マジで。小顔マッサージ?
本人なりに考えがあっての行動なんだろうけど、意味不明過ぎて逆に怖い。本当に何をするつもりだ?
そうこうセルフマッサージをしている光景を見ていると、変化が起き始めていることに気付く。
メイディさんの髪……長くて綺麗な銀髪が、頭の方から徐々に灰色になっていくのを。
な、何かさっきから感じてた嫌な予感が急激に勢いを増していくんだが……?
気のせいだよな? いや、気のせいじゃないかも。
「服装は……それらしい格好で済ませましょうか。お待たせ致しました。それでは続きを再開しましょう」
「んなっ!? そ、それは……!」
最後に服装。クラシカルなメイド服は一瞬にして悪役らしい黒っぽい衣服に変化。
そして振り向いたその顔を見て、俺は文字通り震え上がるような寒気に襲われる。
そこにいるのは──まさかのクラウディ!?
おいおい、嘘だろ。メイディさんがクラウディの姿そのものになってしまったぞ!?
「
「うわああ! なん、えっ、なんで!? そんなことも出来んの!?」
「はい。私は
これには俺は勿論メルだって驚かされるわ。
だって服装と声以外は正しくクラウディ本人。何も知らずに出会ったら今以上に驚く自信がある。
始まりの聖癖剣士は姿も自由自在なのかよ……。ますます人外感が増すなぁ。
「これでご主人様の弱点である身内に対し本気で戦えないという点は克服出来るはず。さぁ、私を敵だと思って一試合です」
「え、えぇー……それはそれでめちゃくちゃやりづらいんだけど」
案の定俺の癖というか、難儀してる面を考慮しての行動らしい。
その配慮はありがたいんだけど、正体は分かってるから結果大して変わってないんだよなぁ……。
これと龍美の時とではまるで違う。あっちは身内である前に本物の敵である上にちゃんとした信頼があるから本気で戦えたわけだ。
勿論メイディさんのことを信頼してないわけじゃないんだけど、なんというかベクトルが違うというか……よりによってクラウディなのが嫌だ。
「この顔の剣士は【
「この人本当に何でも出来るな……」
流石は始まりの聖癖剣士……。500年の歴史を歩んでるだけはあるぜ。
「メル、こうなったらやるぞ。二人でメイディさんを倒せたら今度の休みにお菓子作って食べるぞ」
「Ok! やろウ! 絶対メイディ倒ス!」
とはいえこれで拒否したら頑張って再現してくれてる本人にも悪いし、もう腹をくくるしかない。
幸いにも相方はメル。やる気はお菓子か飯で回復させられるから心強いぜ。
疑似的に
いざ鎌倉。威勢良く立ち向かおうとした、その瞬間────
「そこまでだ、三人とも」
突然待ったをかけられ、俺は動きかけていた身体を急制動させる。
声の聞こえた方を見ると……閃理が運動場に入ってきているのが見えた。
車の運転をしていたはずだが何かあったのか?
……いや、何か問題が起きたわけではなさそうだ。さしずめ別件だろうな。
「本日の訓練はここらで終了だ。メイディさん、クラウディの真似も精神衛生上良くないので止めていただけますか?」
「そうでしたか。それは失礼致しました。ただ今元に戻しますので少々お待ちを」
閃理は目の前にいるクラウディの正体を
まぁそれでもクラウディに苦手意識を持ってるからか表情はちょっときついけど。
メイディさんが元の姿に戻るのを待つ間に、閃理はここにやってきた理由を語る。
「到着予定の町についたことを伝えようと思ってな。早速だが剣を使える場所の下調べをしたい」
「そういうこと。はてさて、今度は見つかるかな?」
「それはやってみなきゃ分からなイ。行動部隊的に、地道な
ふむ、どうやら次の目的地……いや、目的地候補に到着したみたいだな。
ならば訓練をしている場合じゃない。今は中断して仕事を優先しなければ。
「今は夕時も近いので場所探しのついでに軽く調査をするだけにしておきます。時間はそれほどかからないでしょう」
「承知いたしました。私は運動場の後片付けなどをしてお待ちしております。それではご主人様、閃理様、メラニー様、行ってらっしゃいませ」
「うん、行ってきます!」
「ご飯の用意、よろしク!」
すぐに準備を整え、行動部隊三人衆はメイディさんに見送られながら移動拠点を出た。
取りあえず今は閃理の考え通り最初は軽く調べて、本格的な調査は明日ってところ。
数日ぶりの仕事だが、厳しい指南役のおかげで身体が鈍ってる感覚は無い。
ま、どうせ今回もスカに違いない。簡単に聖癖剣がポンポンと見つかってたまるかって話だしな。
そう思いながら俺たちは次なる
イレギュラーは常に起こり得るという可能性を考慮しなければならない。
それを再認識せざるを得ない事態に陥るなんて、この時はまだ思ってもみなかったんだ……。
†
──聖癖剣。その権能、形状は多岐に渡り、人が渇望する願いにより聖癖が固定され、鍛冶師の技量によって形作られる。
──剣士は自身に与えられた剣の名を知り、己に宿る性癖を剣に重ね、認め合うことでその力を行使する。
──自ら剣士を選び、剣士と共に生き、そして次代の剣士に受け継がれゆく。
──意思を持つ武器。それが、聖癖剣である。
────この剣は、意思を宿している。
そのことを俺は理解していた。こいつには人間にも近い……いや、同等と言っても過言ではない明確な自我があることを。
そうじゃなければ何の取り柄もない俺の願望を叶えてくれるはずはないだろうしな。
こいつは地位や名誉よりも素晴らしく、価値のある物を与えてくれた。
俺の望む物がなんなのかを理解しているかのようで、最初は信じられなかったし、気味の悪さを感じたが今はそんな感情など無い。
この剣のおかげで虚しいだけの俺の人生にこびり付いていた寂しさや疎外感、あらゆる孤独から解放してくれた……いや、それだけじゃない。
こいつがあれば金儲けでも何でも、望むがままの結果を得ることだって夢じゃない。
この力は世界を変えられる。その確信があった。
孤独とは無縁の全てを認めてくれる世界……。創作物の中でしか叶えられないような世界を、この剣でなら作り出せる!
「俺は……もう一人じゃない。皆がいる、いてくれる。この力があれば、誰にも負けない、無敵の軍団を俺は作り上げられる!」
今後の指針は決まった。この剣の力を使って、俺は俺を孤独にしてきたこの世界を作り替える。
この剣の力で孤独という概念をこの世から消し去ってやる。壮大で無謀な計画だが、今なら決して不可能じゃない。
ああ、今から考えるだけでゾクゾクする。
捕らぬ狸の皮算用というが、本物の世界を変えられるほどの力を手にした今、そんな妄想をしない奴なんて逆にいないだろう?
しかしこの計画を達成させるためには資金を調達しないとだよな。大丈夫、これも問題ない。
手荒な手段にはなるがミスっても証拠は消せるし、俺自身が命じたと犯人候補に上がることもないから何も心配することはない。
「さぁ、やるぞ! 世界を変えるための計画を発動する! 全員、目覚めろ!」
人気のない廃倉庫の中で俺は意気揚々と叫ぶと同時に剣のエンブレム光り輝く。
斜に複数連なった刃の刻印にも同じ色の光が宿る。その剣を俺は目の前へ無造作に置いていた小道具の山に向かって思いっきり振るった。
その瞬間、先ほどまでただの物でしかなかった存在が無から湧いた白い粘土を纏い始め、それぞれが地に足を突いて立ち始める。
瞬く間に大勢の人型がそこに現れた。これこそ俺が手に入れた世界を変える力!
「お前たちに命令だ! この町から金目の物を集めてこい。手段は問わない。資金を調達し、これを元手に世界を変える組織を結成する! さぁ、行け!」
一見すると無茶な命令を下しているように見えるだろう。客観的に見ればバカ言ってることは俺自身重々理解している。
でも、こいつらは違う。俺を孤独から解放してくれた仲間たちは文句一つも言わず、ただ純粋に命令に従ってくれる。
俺の号令を聞き入れると、兵たちは倉庫を出て夜の世界に散り散りとなって消えていった。
一瞬にして人が増え、そしてすぐ散会。薄暗い倉庫内は俺一人となる。
この瞬間だけはどうにも悲しさを覚えてしまう。
孤独は嫌いだ。他者の温もり求めるほど離れていくばかりの人生を送る俺にとって、独りぼっちは死ぬより怖い。
とはいえそれは昔の話。今の俺には孤独を消す方法をいくらでも持っている。
俺はもう一度剣を操作。さっきと同じくエンブレムが輝くと、今度は剣自体に変化が。
「……いいの? そんな命令しちゃって。あんまりにも無謀じゃない?」
俺以外に誰もいないはずの倉庫に──一人の女の声が聞こえる。
それは俺の手に握られる……いや、今は人型となって隣に立っている人物からだ。
水墨画で描かれたような動物柄の白い着物に、黒と白のコントラストが特徴的な頭髪をした和風美人。
如何にも大和撫子って感じな彼女のことを俺はその真銘に則り『ぐしょさん』なんて呼んでいる。
彼女は俺にこの力を与えてくれた張本人で、俺が剣に人間並の意思が宿っていると確信した切っ掛けでもある。
剣の力で擬人化させた物は命令には忠実だが言葉を発することが出来ない。
ジェスチャーなどで意志の疎通は可能でも、会話が出来ない欠点はわりと重い。
でもぐしょさんだけは人の姿になると言葉でのコミュニケーションが出来る。他のどんな物を擬人化させてみても、彼女だけが例外だった。
おまけに彼女は擬人化した他の奴らの通訳が可能。他じゃ代用が利かない大事な従者としての側面もある。
ぐしょさんこそが俺を孤独から真に救ってくれる存在。一番の相棒なんだ。
「いいんだよ。ぐしょさんには感謝してるけど、主の言うことは聞くもんだ。俺の計画は誰にも邪魔させない。絶対にやり遂げてみせる」
「……あっそう。ま、好きにすれば? 私はあなたを持ち主だと認めてるとはいえ、結果がどうなっても知らないわよ?」
そう言って彼女は自ら人としての姿を消してしまうと、剥き身の剣に戻った。
見た目の清楚に反して素っ気ない態度だが、やっぱり他の奴らとは大きく違う。
良くも悪くも人間味があって、心が満たされる感じがする。言葉での意志疎通が出来るだけで、ここまで違うとは思わなかったくらいだ。
やるべきことを終えた俺は、形状的に目立つ剣を隠しながら自宅への帰路へつく。
これまで家なんて物は戻っても虚しいだけの空間だったのだが、今の俺ならばそこは天国。
何せ俺にはぐしょさん……いや、聖癖剣がある。
それに帰っても一人じゃない。能力で増やした沢山の仲間も待ってくれている。
もう寂しさとは無縁の人生なんだからな。孤独を感じる理由は無い。
「さぁ、快進撃はここから始まる。世界を変えるのは……俺たちだ」
ふと立ち止まって決意を新たにし、俺は空に浮かぶ月へ向かって呟く。
絶対にやり遂げてみせる。この世から孤独を消し去るのがこの俺、
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