第百十癖『試験の行く末、地獄の果ては』
ついに始まる最後の関門。入って数日だろうが上位剣士一歩手前だろうが、ここではそんな立場は関係ない。
俺を含む十三人もの剣士たち全員が同じ立場で臨む試験。しかしこの講習会には恐るべき真実が隠されていた。
それは、低成績者は先代炎熱の聖癖剣士が行っていたという厳しい訓練を体験させられるというもの。
剣士として強さを求めるのは当前のことなのだが、誰にだって許容量、限度ってものがある。
そんな修行に強制参加されて嬉しいって考える奴はいると思わない。だから皆頑張ってそれを回避しようとしているんだ。
それに名実共に世界最強の剣士であるばあちゃんの訓練なんて絶対ロクでもない内容に決まってる。俺だってなるべくゴメンだぜ。
こんなことを思いつつ、用紙の一枚目を開いて最初の問題に取り組んでいく。
当たり前だがこれは筆記試験。白い紙にはびっしりと問題が記載されており、元々勉強が苦手な俺はそれを見て一瞬目を回す。
でもこんなことで簡単に折れるわけにはいかねぇ。
落としたら地獄行きの判決が下る。だから死んでも赤点は回避せねばならないからな!
【問1:以下の選択肢で不適切な内容を全て抜き出しなさい】(配点:10点)
a:聖癖剣と剣士は一心同体の存在ではない。
b:聖癖剣と剣士は同一の存在である。
c:聖癖剣と剣士は常に性癖で繋がっている。
d:聖癖剣と剣士は相思相愛でなくとも良い。
最初の問題はこれ。ふむ、不適切な内容を選ぶのか。いきなり意地悪な問題だな。
こういうのって引っかけがあるかもしれん。慎重に選ばないとドボンだ。
まずaは一心同体って言葉の意味を考えると候補から外れるはず。
次にb。剣と同一というのは始まりの聖癖剣士のみの特徴だ。間違いない、これを抜き出そう。
cは言わずもがなだな。これは正しい内容だからノータッチでいく。
最後にd。これも除外。剣は相思相愛でなければならない。これはさっき学んだことだ。
よって俺の答えは『b』一択。ふっ、最初はこんなもんだよな。
さぁ、次に移るぞ。この調子で最悪の結末だけは回避してみせる!
†
ペーパーテストなんていつぶりかしら。大学生の時以来だから二年ぶりくらいかも。
過去を思い返すのはさておいて、一問目から引っかけ問題なのは驚いたわ。
まぁ冷静に考えればどうってことはない内容だったけど。
でも正直出題者の性格の悪さが出ていると思ったわ。新人なら間違えるわよね、あれは。
とにかく二問目ね。えーっと、なになに……。
【問2:聖癖剣禁忌の三原則『○の否定』『○の放棄』『○の拒絶』。○に入る適切な語句を記入しなさい】(配点:各5点)
なるほど。禁忌の三原則について。これは簡単ね。
まず最初のは『個性』。次が『理解』。そして最後が──あれ?
これは……んん!? どっちが正しいのかしら?
『性癖』と『聖癖』。読みは同じだけど、剣士にとってこれらは明確な区別が付けられた同音異義語。
前者は世間一般と同じ認識で、後者は性癖に結びついた権能のことや剣の力の源である聖癖物質を指していたりと様々。
さっきの講習で聞いた話なのに、どっちの語句が適切なのか全然教えられてないとは。
瑞着透子、こんなところでまさかの躓き。二分の一の確率とはいえ、あんまり間違えたくないな。
ノートには一応『性癖』表記で写したけど……仕方ない。一時間半前の自分を信じよう。
私の回答は『個性』『理解』『性癖』。これが正解でありますように。
内心祈りつつ次の問いへ移る。心臓に悪い問題ばっかりね、本当に。
†
始まりの聖癖剣士が作成したテストなだけあって、流石に一筋縄ではいきませんね。
先ほどの穴埋め問題も正解している確証はないのですが、そんなことに怯えていてはどうにもなりません。
最低でも落とさなければいいのです。満点は難しくとも、赤点さえ回避できれば大金星でしょう。
さて、それでは第三問へ。ふむ、これは……。
【問3:聖癖剣Ω(以下Ω)の権能は『火』で、もう一つの聖癖剣Δ(以下Δ)の権能は『植物』です。これらの剣で戦うと、どちらが勝利するでしょうか。以下の情報を元に予想し、回答しなさい】(配点:15点)
・Ωは十聖剣級の力を持つ。
・Ωの使い手は剣を愛しているが剣士としては素人。
・Δは通常の聖癖剣程度の性能である。
・Δの使い手は剣と相思相愛ではないが剣士としての実力は高い。
・Δの使い手は聖癖章は用いず、剣一本のみでの勝負とする。なおΩの使い手が使用する聖癖章は身体能力向上を宿す物とする。
第三問は出された情報を元に答えを推測していく国語表現に近い問題……正確な答えがないのが特徴の問題のようです。
回答に自由な表現が求められるのは、私──凍原青音の好きな類いの問題。早速解いていきましょう。
まずこの例題で最も重要なのは剣よりも剣士自体の性能にあるはず。
要は素人対手練れ。実力差は大きくかけ離れていると見るべきでしょう。
次に権能。一見すると相性有利な剣Ωに分がありそうですが、仮定として剣Δが様々な植物を本物以上の性能で再現する能力だとすれば、火に強いとされるナナカマドなどの植物で簡単に防御が可能。
剣士の実力的にこれくらいのことは出来てもらわないと困りますしね。
身体能力向上の聖癖章を使われても素人の動きを玄人が捌けないことはないはず。
そして何より見落としがちなのは、剣と相思相愛でなくても権能の行使自体に影響はないということ。
真の力を解放出来ないというデメリットはあるものの、ただ使う分に問題は全くないのですから。
第一問目も同じひっかけがありましたが、私は騙されません。
よって例題の回答は、剣Δの使い手が勝者になる、でしょう。
私は回答欄に『剣Δが植物を再現する権能だと仮定すると、使い手自身の練度の高さから様々な植物を操ることで常に相手を追い込む状況を作り出し続け、終始圧倒するので剣Δが勝利する』と記入。
こういった文章問題はしっかりと読み手に情景をイメージさせる文章を書くのがベスト。
決して強い武器、強いアイテムがあるから格上に勝てるわけではないのです。
これが現実……そう、先日の私みたいに高をくくって
……はっ! いけない。私としたことがあの時のことを思い出してしまいそうになるなんて。
過ぎた過去を引きずり過ぎるのは良くありません。
そんなことに時間を費やすより次の問題に取り組まないと。
それでは第四問……次の問題はどんな内容なのか。如何なる内容でも私は解きますが。
†
う、う~ん……。サーベリアさんの出す問題、剣士になって二週間も経ってない私にとって難問でしかないんだけど。
さっきの授業で受けた分の問題は何とか埋めたけど、本当に初耳ばかりの問題が何個も紛れている。
これを私に解けっていうのは流石に難しいって! 取りあえず勘で書いていくけど。
躓いたまま立ち止まっても仕方ないから、分からない問題は一旦飛ばして二枚目を確認。
【問14:歴史上の人物で“剣”に関わる人物を三名以上答えよ】(配点:各10点)
・アレクサンドロス三世
・織田信長
・アーサー・ペンドラゴン
・ロビン・フッド
・クレオパトラ
・シャルル=アンリ・サンソン
・ジャンヌ・ダルク
・諸葛亮孔明
・沖田総司
む、二枚目の用紙に書いてる問題って……歴史の内容? これは私でも解けそうかも。
もしかして私みたいなど素人への救済問題なのかな? もしそうならばありがたいことこの上ない。配点も高いしこれはサービス問題だ!
剣と縁のある偉人を選べば良いってことね。
将来の夢は漫画家を夢見る私、孕川命徒は歴史の授業がめっちゃ好きだったからよく分かる!
即決回答『アーサー王』『サンソン』『沖田総司』の三人で間違いない!
円卓の王、処刑人、新撰組! どれも創作においてしょっちゅう使われる存在だからね。
問14はこれでクリア。他の問題を見ると……やっぱり専門的な問題はなく、やろうと思えば出来そうな物ばかり。
二枚目の用紙で地獄行きを回避するしかない。
意地悪な問題がないことを祈りつつ、私は次の問題へと取り組むのだった──
†
……他の皆さんは解けてるのかな? もし自分だけ全問不正解とかになってたら嫌だなぁ。
取りあえず回答欄は何かしら埋めてるものの、第三問は正直かなりの難問。
文章情報だけで勝敗を推測しろというのは回答者のイメージに大きく左右されるわけで、さらに勝負なんてものは常に不確定要素が絡むというもの。
格上相手でも状況や運次第で強く出れたりするものだから、安直に格上が勝つとも断言しきれないのが怖いところ。
どう書いても不安しか残らない意地悪な問題だったし、他も引っかけっぽそうな問題もあるしで何も分からないというのが自分、輝井星皇の感想。
一つくらい安心出来るサービス問題はないのかなぁ……と思いながら四問目へ。
【問4:2000年代の統計における聖癖剣士が引退する理由に挙げられる要因を上から多い順に並べ替えなさい】(配点:各5点)
a:性癖の変化などの不適合化による引退
b:欠損などの身体の損傷による引退
c:加齢などの身体の衰えによる引退
d:後継者への譲渡による自主的引退
e:死亡などによる引退
ほ、ほおぉ~……!? これはまた中々絶妙に分かりづらい問題で……。
剣士の引退理由の並び替え問題とは。こういうのはあんまり学んで来なかったから自信が……。
でもそう簡単に諦めるわけにはいかない。自分なりに頑張って解くだけのこと!
まず一番多いのはd。これくらいなら自分でも分かります。
真視さんや閃理さん、他にも何名かの剣士は先代から剣を継承した方が多いのも事実。だから一番目はこれで確実。
次は……bかな。剣士だから怪我は付き物。剣士になる時だって五体満足でいられる保証は無いって言われてるから、次いで多いはず。
三つ目は何だろう……cとか? でも加齢で動けなくなるまで剣士でいるとはあんまり考えられないから、三番目とはちょっと合わなさそう。
となると三つ目はaだ。年代も2000年代以降ともなれば、昔のような殺し合いで剣士の数を極端に減らすことも少なくなってるはずだろうし。
ここまでくれば後は消去法。殺人行為を忌避している光の聖癖剣協会からすればeは最も少なくあってほしい項目のはず。
だから自分の回答は『d>b>a>c>e』の順で書く! お願いします、メイディさん。この回答は正解であってください!
勿論他の回答も! 満点じゃなくてもいいので、せめて赤点だけは回避させてくださいぃ……!
そう願望を込めながら回答欄に答えを記入。書くだけでここまでドキドキするテスト、受けたことない。
はぁ、次の問題はどんな難問なのか。サービス問題は多分無さそうだなぁ……。
†
「…………」
【問5:聖癖剣と剣士の関係性は“a”、又は“b”である。正しい語句を入れなさい】(配点:各5点)
「
a:“
「……
†
うっそ~……。これ、分かんないや。まさかの躓きにあたしも驚き。
言い訳じゃないんだけど、あたしはモデル兼業してるから、普段もそれなりに忙しい。でも単位は落とせないから学校の勉強はきちんとしてる分、剣士の方はめっきりだからさ……。
学校卒業してからでも良いかなーって思ってたんだけど、今の状況的にそんなこと言えないよね。マジでがっくしだわ。
あたしは既にマイナス5ポイントだから、最低でも赤点は回避しないと地獄行き。
とにかく解けるだけ解くべきだよねー。鬱だけど、これ以上はサボれない。
青音っちたちに見せてもらったノートの中身を思い出しながら解くのは第六問目!
【問6:闇の聖癖剣の特徴を書きなさい】(配点:10点)
……お? これ、簡単じゃね? ほぼサービス問題じゃん。
敵側の剣との違いを書けばいいんでしょ? そんなの青音っちのノート見てるからセーフセーフ!
えーっと『剣の音声が違う』『敵の剣はちょっと強い』、んで最後が……あれ、なんだったか?
確か問2にもある禁忌の三原則が絡んでるのは分かるんだけど、どれが抜けてるんだっけ?
うーん。う──ん……!? え、どうしよう。マジでなんだったっけ!?
性癖の……あの、アレだ。そう、アレ。とにかくそれが三つ目の特徴だったはず
思い出せ、あたしの脳! たった数十分前の話でしょ。頑張れ頑張れ思い出せる!
……そうだ、繋がりが断たれると何かあるみたいな話だった。何かって何だっけ!?
剣との……繋がりが……あー、うん。何か思い出せそう。そういう系の話だったような……。
繋がりがた、た……断たれるだったっけ? うんうん、思い出してきたぞ!
答えは『剣との繋がりが断たれると剣士になれなくなる』、だ! ふぅ、これで一件落着。
この調子で問題を解くっての! だって明日雑誌の撮影があるもん!
ここで点数を落としちゃ仕事に影響が出る。だから何としてでも地獄行きは回避しないと!
落ち着いて取り組めば問題はないはず。よし、響ちゃんはこっからが本番だ!
†
ふむふむ、確かに講習の内容をしっかり聞いていれば割と簡単に回答できる問題が多いですね。
ちらっと斜向かいの席を見ると、案の定思い悩んでいる響さんの背中が確認出来ます。
剣士の勉強は後回しにしがちな響さんにはちょっと難しいかもですけど。
しかし他の方々より地獄行きから遠い位置にいるとはいえ私だって油断は禁物。
四ツ目家の人間として恥のない成績を残さないと!
それで次の問い……は、ええっと。
【問7:始まりの聖癖剣士について適切ではないものを全て選びなさい】(配点:20点)
a:聖癖物質を自在に操り、姿形を変えられる。
b:空間に物体を収納する能力を持つ。
c:全ての剣を使うことが出来る。
d:大昔の出来事を記憶している。
e:全ての聖癖剣の基礎となっている。
f:現存する始まりの聖癖剣は全部で七本である。
これは……! 始まりの聖癖剣士についての問題!?
この問題が出るとは思いませんでした。想定外過ぎて鉛筆を持つ手が固まってしまいます。
とはいえ答案用紙に空欄を出すわけには……。こうなったら勘に頼るしかないですよね!
考えろ、四ツ目真視。aからfの内、事実とは異なる選択肢を選べばいいだけ。
まずaの選択肢。これは午前の部で服の袖から剣を出したり、マネキンを一瞬で作り出したりしてるので正しい内容で間違いないでしょう。
次にb……空間収納は確かメイディさん固有の権能だったはず。なのでこれは不適切な選択肢、と。
cとdは言わずもがな。方や目の前で証明しているので迷う理由はないですし、もう一つも始まりの聖癖剣士は全員百年以上生きている話も聞いているのでこれも正しいはず。
選択肢eも同様。メイディさんら始まりの聖癖剣は何故“始まり”という言葉を持つのか。
それは始まりの聖癖剣をモデルにしたり、模倣したりとで再現に挑んだ結果、出来上がった剣が今私たちが所有する通常聖癖剣だからです。よってこれも正しい選択肢。
最後のfは確か初期の数が十本で、そこから長い歴史を経て減っていき、最終的に残ったのが──六本!
つまりこれが不正解の選択肢。だからここの回答は『b』と『f』のはず!
回答欄にしっかりと記入し、ほっと一安心。
意外と過去の勉強内容も覚えてるものだと再認識しつつ、次の問いへと取り組みます。
他の皆さんの状況が気になるところですが、今はテスト中。怪しい行動は謹んで、自分のことだけに集中しないと!
†
ふーむふむ、うんうん。うん、ぜーんぜん分からない! お手上げだ!
絶対絶命過ぎて笑えてくる。私今マイナス50ポイントなのにむしろ逆に落ち着いてるよ。
こう追い詰められると人って冷静になれるんだなぁ……と実感しつつ、体裁だけでも保つためにテストには向かっておく。
だって増魅さんとこじゃ座学なんてほとんどやってなくて、精々運動中に出される気休めのクイズ程度。
こういうの全く分からなくて当然。本当に何も勉強してないんだよね。
そんな私が聖癖剣士のテスト問題なんて解けるわけがないって。
少しでも学ぶべきだと思って講習に参加したのに、まさか無知でいることが逆に首を締めるなんて……。
そう上手くいかないのは社会だけじゃなく剣士の世界でも同じことなんだね……。
心の中で大きくため息を吐いて、空白だらけの一枚目を見限り二枚目に取りかかる。
ここでどうにか点数を稼げそうな問題を探すしかない。配点数が良い感じの問題があって欲しいとお祈りしつつ、用紙を確認。
【問18:以下の問題を計算せよ】(配点:各10点)
1・単項式6χ³、-5²b³の次数と係数をいいなさい
2・単項式-5α²b³は、αに着目すると何次式ですか
3・多項式2χ²-2χy-y³は、χに着目すると何次式ですか
4・3χ²-5χy+6y²-χ²+3χy-7y²の同類項をまとめなさい
な、なんか普通に数学の問題がある──!? しかもこれ、高校レベルの問題じゃん!
さらに配点が各10点ってことは、全部解ければ40点! 私のマイナス分をめちゃくちゃ減らせる!
実はこれでも高校生の頃は数学が得意教科だったんだから! まぁ大学は行かずに高卒で就職したんだけど……。
それじゃあ早速答えを計算していく。さらさらーっと式を書いて計算して、導き出した答えを回答欄に記入っと。
久々に計算で頭を使ったかも。前職の事務作業以来かな? 何だか懐かしい感じ。
メイディさん、もしかして私みたいなのがいると思ってこういうのを用意していたのかな? そうだとしたら何て気が利くんだろうか!
まぁ仮に問18が全問正解だとしても、まだマイナス点だから赤点に変わりはないけどね。
とにかくあともう40点分を挽回する問題を解けば良いわけだ。
最低でも赤点回避ラインが目標。それの分を稼げる問題を探すしか私に残された道はないんだから──
†
鍛冶田純騎にとって、このテストは──絶対に失敗出来ない。
何故なら僕は剣士と鍛冶師の二足草鞋を履いている聖癖剣に最も近い立場の存在だからだ。
ここで落とすだなんてことになったら師匠たちにどやされてしまう。それだけじゃない。母さんもきっと小言を言ってくるだろう。
ただでさえ鍛冶師になるのに反対されているんだから、結果次第ではそれを出しに辞めるよう言ってくるに違いない。
だからこそ──テストに全問正解することで鍛冶師としての矜持を保たせる。
幸いここまでの問いはほぼ完璧に回答出来ているはずなんだ。心配はいらない。
一問たりとも落とすわけにはいかない。どんな問いでも完璧に答えてみせる!
【問8:自身の聖癖剣ではない、他の剣士が持つ聖癖剣の暴露撃発動時に鳴る聖癖の呼び声を書きなさい】(配点:10点)
……まずい。この問題は事前にしていた予想に全くなかった内容だ。
聖癖暴露撃の音声……それも自分の物でなく、他者の剣を書けだなんて。
さっき僕は自分のことを剣士と鍛冶師、両方の立場にいる存在だと例えたものの、一つだけ他より劣った点がある。
それは剣士の訓練よりも鍛冶師の修行を優先しているせいで、他の剣士たちと合同で行った訓練があまりないということ。
つまり僕は他人の剣を触って直したりはしても、他人の暴露撃を目の当たりにしたことがほとんどないのである。
まさかここで母さんのお節介がヒントになる問題が出てくるとは~……!
こんな内容の問題が出るなら、もう少し剣士側の訓練に積極的に出るべきだった。
まさかメイディさんと結託してこの問題を出したのではないか? と思わず疑ってしまうほど。それくらいの衝撃に僕は苛まれていた。
でも出てしまった以上は仕方がない。諦めて直近の記憶を思い出す作業に専念する。
最近のもので言えば、焔衣さんと温温さんの交流試合だ。でも流石に観客席まで離れていれば聞こえる物も聞こえない。
じゃあ最後に聞いた暴露撃の音声とは何なのか。
正確な時期は覚えてないけど、印象に残ってる暴露撃なら一つだけ。
それを思い出して回答欄に記入。僕が書き出した暴露撃の音声……それは『神聖なる雷が悪しき魂に裁きを下す』である。
これは雷の聖癖剣である
第一班が支部に戻ってる時期は僕も頻繁に訓練へ出向く。言い辛いけどメルさん目的で。
本人は勿論他の誰にもに気付かれたくないんだけど、実はメルさんのことが気になっているんだ。
だからちょっとだけ焔衣さんが羨ましかったり。嫉妬まではしないけど……。
……いや、一体僕は何を考えているんだ。今はテスト中だというのに。
まぁそういうわけだ。僕はメルさんの暴露撃なら私情のお陰で覚えている。合ってる自信は無いけど。
ここばかりは不安が拭えないけど、ぐずぐずもしてられない。次の問題へ早速取りかかる。
折り返しまで後少し。ここからがスパートだ。
†
……ふぅ、一枚目はもうすぐ終わりかな。
テストがあるって言われた時は正直不安だったけど、意外と何とかなりそうかも。
メイディさんの言うとおり、少なくとも今日の授業をきちんと聞いていれば一枚目の問題は半分以上埋められる。凍原さんと復習したお陰もあるのかも。
一枚目の残り問題数は二問。九つ目となる問いに狐野幻狼は挑む。
【問9:あなたは訓練で500mの距離を駆け抜けることになりました。以下の聖癖章の内、どれを用いれば最も速くゴール出来るでしょう】(配点:10点)
a:速さの権能を宿した聖癖章
b:巨大化の権能を宿した聖癖章
c:跳躍の権能を宿した聖癖章
d:ワープの権能を宿した聖癖章
九問目の内容はこれ。問題自体は小学生レベルだけど、聖癖章という存在が関わると話は大きく変わる。
長距離を最も速く走りきる権能……。うーん、どれが正解だろう?
ぱっと見だとaが一番それっぽいけど、跳躍移動で一気に距離を詰める方が良いし、跳躍よりも大きな一歩で踏み出す巨大化が最適だと思う。
でもやっぱりワープするのが効率や速度において一番の選択のはず。
から、ここはdの選択肢を……いや、待って。文章をよく読んだら『駆け抜ける』と書かれている。
わざわざ走るのを強調するような書き方をしているってことは、つまり形はどうであれ脚を動かさなきゃいけないのかもしれない。
だからほぼ脚を動かさないワープ走法は除外。この推測が正しければ、他に選ぶべき回答は跳躍でもなければ巨大化でもない。
シンプルに速さを上げる聖癖章が答えか!
引っかけが……引っかけ問題が多い!
メイディさん、問題の作り方が悪辣過ぎる。これまであの人から勉強を教えて貰った生徒もこんな気持ちだったのかな。
とりあえず回答欄に『a』を記入して次に移るけど……大丈夫かな。引っかけ問題と睨んでこう書いたけど、普通にdの選択肢が正解とかじゃないよね?
逆に次も、そのまた次も引っかけ問題とかだったらどうしよう。どことなく不安を覚えるけど、時間的に不安になってる余裕はない。
すぐに終わらせないと二枚目に移れない。恐怖半分のまま、僕は次の問題へ取り組んでいった。
†
ふむふむ、なるほど。なんだ、案外解ける問題ばかりじゃん。そう思うのは私、煙温汽。
このテスト問題は簡単とまでは言わないけど、そこまで苦労するような内容に感じられなかった。
何しろ打倒フラットを掲げて取り組んでいた勉強だ。剣の才能云々はともかく、三年半で上位剣士一歩手前の強さに昇華した礎を向こうの国でとっくに築いている。
だから日本語の壁こそあれど、理解さえしてしまえばどうということはない。それを示すように先んじて二枚目をすでに書き終えている。
よって今から挑む第十問目が私にとって最後の問題。それを解いて煙温汽のテストは終了だ。
さぁ、どのような内容が来る? どんな問題でも完璧に答えてみせる!
【問10:今回の講習会に参加した剣士の聖癖と権能を最大三種類を組み合わせ、想像する効果とその情景を書き出しなさい】(配点:20点)
A:“__” B:“__” C:“__”
権能:『______』
聖癖:『______』
ふ、ふぅ~ん……? ええっと、まず日本語の内容を解読……。
要は聖癖リードで組み合わせた権能で出せる効果の形と、それらを組み合わせた聖癖で考えられるシチュエーションを妄想しろ……ってこと!?
あ~……うん、なるほどね? まぁまぁ、聖癖剣士だし、それくらい考えても全然おかしくはない。
珍しい問いではあるけど、それ自体に問題はない。解けばいいんだから、解けば。
えっと、この問題を解くにあたって思い返そう。聖癖剣士とは自分の性癖を権能として使う特殊な戦士。
だから好きな性癖が多ければ多いほど技のバリエーションが増えるし、強くなる。ここまではOK。
じゃあただ好みの性癖を宿した聖癖章を剣にリードして放つだけで強い技が出るのかと言えば、それは半分だけ正しくない。
確かに今挙げたようにただ普通にリードをした場合でも十分実践で使うことは出来る。
でも性癖を“理解”して放つ聖癖リードは、その威力や効力がさっきの例と比べものにならない。
組み合わせた聖癖で考えられる情景……それを理解して放つ技は、時に
例えば私の聖癖『温泉』。これは
何も考えずにリードすると、今言った通りの権能が使えるだけ。他の聖癖章と同時使用でも権能同士を組み合わせられるだけで他は同じ。
じゃあ聖癖章が『温泉』と相性の良い聖癖で、かつ自分の性癖にピンと来る物だった場合。
組み合わせた内容にも左右されるけど、
欠点の克服、効力の増加、持続時間の延長……。きちんと“理解”して放つ技は良いづくめだ。
念のために思い返すけど、相性云々についてはその逆もまた然りってとこ。
苦手だったり、不得手な性癖を組み合わせると逆効果。威力が下がったり、権能の不発もあり得る。
だからこそ剣士は自分の性癖を理解しなければならない。これが聖癖剣士が変と言われる所以でもある。
……とまぁ、色々復習しちゃってるけど、要は好きな聖癖で自由に妄想出来れば強いって感じか。
振り返りはここまでとして、そろそろ回答を書かないと。えーっと、制限もあるから……これかな?
A:“温泉” B:“ツンデレ”
権能:『蒸気の権能で出せる温度の限界を炎熱の権能で超えます』
聖癖:『温泉で混浴になり、近付かないよう近寄らせないものの、同じ温泉を共有することは許すツンとデレを考えました』
……まぁこんなものかな。シンプルに漫画とかであり得そうな感じにしてみた。
あぁ、そうそう。妄想の内容については性癖だからってエッチな考えオンリーではない。
ロボットの一要素としてでも、綺麗な風景に映える何かでも可。要は好きか否かが重要なわけだ。
性的な意味での好きも一つの解釈の内でしかない。自由度の高さが唯一の救いだ。
ということで最後の問題を書き終えた私。時計を見ても時間には若干の余裕がある。
ふっふっふ、多分この中で一番早く終わったかもしれない。終わりまで気は抜かないけど。
全問埋めたこの解答用紙、一体どれくらい正解しているのか。そこだけが不安かなぁ。
†
残り時間もあと僅か。私はついに最後の問題に漕ぎ着けた。
基礎的な問題から普通の数学問題まであったけど、可能な限り穴は埋めまくった。
マイナス40点というハンデを確実に覆すためには全問正解しかない。正直怪しいところもあるけど、空白を出すよりかはマシよ。
最後の問題……それを解いてやるんだから!
【問20:自身の聖癖剣を自由に語りなさい】(配点:内容による)
んん!? え、何これ? 見間違いじゃないわよね?
自分の聖癖剣を自由に語りなさいって、ちょっと最後の最後に適当過ぎない!?
配点も内容次第とか完全に投げ出してないかしら?
流石のメイディさんも出題を楽するのね……って、思うのもここまで。
そんなわけないわよね。これは最後の問題を考えることを楽したわけじゃないに決まってる。
今回の講習の内容を鑑みるに、この問いはそれぞれが持つ聖癖剣への信頼度を訊ねているんだ。
そもそも講習のテーマ自体、私のやらかしを起因とした剣の扱いと接し方についてだったし間違いない。
配点をはっきり書いてないのもそのため。空白にどれだけ剣への想いを書けるかが高得点の鍵。
あの人との付き合いはまだ短いけど、確実にそう考えてるはず。楽するために出した問題じゃないってことくらいすぐ分かる。
なら──その挑戦、受けて立とうじゃない。
今の私がどこまで
まず始めに、私はつい先日まで自分の剣に見限られかける事態に陥っていた。
完全下位互換の剣は極稀な存在なのにも関わらず、
では何故そうなったのか。それは同じ支部の剣士に権能被りが二人もいることに腹を立てたのが始まり。唯一に固執したが故の過ちに他なら無い。
講習でもメイディさんは言っていた。聖癖剣とは理解ある友人か恋人のような存在と。
それを踏まえて考えると、
どうしてそう思うのかの要因はおよそ二つ。一つは聖癖剣の選定条件が絡んでくる。
その条件とは『剣に宿る性癖と同じ性癖を持つ者』か『性癖に合致する特徴を持つ者』のどちらか。
よって
そしてもう一つ、私自身『日焼け肌』自体は別に性癖でも何でもないことだ。
と言うのもこの肌は学生時代に唯一であることに拘った結果得た努力の証。誇りには思っても決して性癖なんかじゃない。
そんな誇りであるこの肌を剣士の証として認めてくれたってことは、つまり
性癖を共有するのが友人なら、個性を好いてくれるのが恋人ってことかしらね。
だから私はそんな恋人に限りなく近しい存在である剣を蔑ろにしてしまっていたことになる。
そりゃ冷めて当然よね。あっちは尽くしてくれてるのに私は何も返さないどころか下位互換って見下してしまったんだから。
本当、よく今まで見限られなかったのかが不思議でならない。最後まで考えを改めてくれるのを待っててくれてたのかしら?
もしそうなら感謝しかない。
ただしそれらは全て過去の話。メイディさんによる指導により、私は剣への態度を改めた。
毎日仏壇に手を合わせるように剣へ感謝を込めたり、裸で抱きしめるっていう端から見れば奇行でしかないことも定期的にするようにしたりと、以前はしなかったことをきちんと続けている。
その甲斐あってか剣の信頼度は十分に回復をしているという。現に以前と比べ扱うと手応え確かに変化しているのを感じていた。
これならばきっと、先日の戦いで朝鳥さんの協力で引き出せた
そんな今の私が掲げる目標──それは誰もが唯一と呼ぶような剣士。他の誰にも比較されない絶対的な存在として、組織で立場を築き上げること!
その願望を大成させるためには
大事な相棒であり、恋人であり、そして唯一無二の得物をこれからも大切にしていきたい。そう思って────
「……はい、そこまで。皆様、ペンを置いてください。これでテストは終了です。お疲れさまでした」
と、ここで講師からテスト終了の合図が鳴ってしまった。私と他の剣士たちもペンを置く。
うーん。何とか書き終えたからギリギリセーフだけど、本音を言えばもう少し書きたかったし、他の回答の見直しもしたかった
でもちんたら他の問題に取り組んで時間を浪費した私自身のせいでしかない。そこは潔く認めることにする。
「ではこれより採点へ移ります。少々席を外させていただきますので、戻るまでは自習の時間とします。くれぐれもお静かに。では」
それはそれとしてメイディさんは各自の机に伏せた解答用紙を回収。採点は別室で行うみたい。
後はお祈りタイムね。私は最低でも70点以上は取らなければならないし、最早祈ることしか出来ない。
姿が扉の向こうへ消えるのを見て、自習という名の自由時間となる。私たちは全員、緊張感から解放されて脱力していくのだった。
†
「はぁ~、疲れたぁ……」
講師が採点のためにどっかへ行ったのを見計らって、俺は脱力。机に突っ伏した。
テストがようやく終わったんだ。自習時間とはいえ、これくらい許されるはず。
「割と難問ばっかりだったわね。引っかけ問題多すぎじゃない?」
「やはりですか。妙な問題文が多い気がしていたのは私だけではなかったようですね」
「うう、大丈夫かなぁ。どこか間違ってたりしてないかなぁ……」
自習時間になって早々、俺以外の剣士も背を伸ばし始める。
大人の透子さんや成績優秀者の二班組でさえも難しいと言わしめる内容。俺も同じことを思ってるぜ。
ちなみに俺の回答率はまずまずって感じ。全問正解なら余裕で地獄行きは回避するだろうってくらいには問題を埋めている。
しかし、思い出すだけで頭が痛い。メイディさんめ、出題の仕方が悪辣だろ。
出た問いの半分は引っかけかってくらい理解力を求められる難問ばかりで、全問埋めるのは流石に無理だった。
おまけに二枚目! 何で二枚目が剣士関係ない問題があるんだよ! しかも数学とか聞いてねぇ。
まぁこれについては剣士として日が浅い朝鳥さんや孕川さんへの救済措置なんだろう。日向共々マイナス50点だし。
「いや~、大丈夫かな。マイナス分を挽回出来てればいいんだけど」
「そう言われるとやっぱり不安だよねぇ。数学のとこは得意だから何とかなったけど、他があんまり……」
「メイディさん、絶対意識してやってるわよね。何というか悪趣味って言うか……」
「メルさんは解けました? 多分全部日本語で書いてたと思うんですけど」
「
「え、そうなんですか? それが許されるなら私も中国語で書けばよかたです」
「あー、もうマジだるかったわー……。オージとまみみんは全部分かった?」
「全部じゃないですけど大体は。響さんはその様子じゃダメっぽそうですね……」
「あはは……。後が怖いですね」
聞き耳を立てれば他のメンバーも不安には思ってる様子。
そりゃ地獄行きか否かの命運がかかってるんだし、そうもなろう。
そもそも先代の修行ってどういった感じなんだろうな。これも大概分からなさ過ぎるぜ。
不安しかないこの待ち時間。だが、それは思いの外あっさりと終わりを告げることとなる。
「お待たせ致しました。採点が終わりましたので、結果発表に参りたいと思います」
「えっ、早っ!? 凍原、テスト終わってから何分経ってる?」
「さ、三分も経ってません。いくら何でも早すぎなのでは……?」
なんとメイディさん、ものの数分で帰還。ちょっと、本当に早すぎだろ!
一体どういうタネだ? まさか俺の知らない第四の権能でも使ったのだろうか……?
「皆様がお気になさるようなことではありませんよ。ただ次元収納の空間の中は時の概念が無いため、その中で採点をしただけです」
「時間の概念が無い……って、さり気なく言ってますけど、めちゃくちゃとんでもないことしてますよ!?」
あろうことか採点した場所はあの何でも入る黒い渦の奥……次元収納の権能で繋げた異空間の中なのだという。
そういえば俺が小学生の頃にメイディさん宛に書いた手紙も保存状態が当時のままなのも、時間経過が無い所にあるから劣化しなかったということか。
まさかの衝撃的事実の判明。マジで規格外だな。
でもそんなことを自慢に思うでもなく、メイディさんは淡々とするべきことを続けていく。
「ではこれより答案用紙の返却をします。点数の高い方からお呼び致しますので、呼ばれた方は前へ来てください」
ぬっ、ついに結果発表の時が来た。まぁ、あんまり待たされた感はないけど、この言葉に場の空気が張りつめる。
返却される答案用紙次第でこの後が決まる。ましてや点数順だから、呼ばれない限りは絶対安心はできない。うぉ、緊張してきた……。
「最高点数は……210点。素晴らしいです。文句なしの一位は煙温汽様です。それでは前へどうぞ」
「えっ、私ですか? やりましたです!?」
「おおー。すげぇ……って、今何点って言った!?」
最初に名前を呼ばれたのは温温さんだ。素直に凄い……と思うんだけど、ちょっと待て。210点!?
いやちょ……満点越えてるんですけど!? 明らかにオーバーしてないですかね、メイディさん!?
「210点で間違いはありませんよ、ご主人様。用紙にも書いていますが、点数に上限はありません」
「マジで……? うわマジだ。本当に上限無しって書いてる……」
そう言われて確認してみると、確かに問題用紙の第一問目の斜め右上に小さく『本テストに点数の上限はありません』って書いてあった。いや初見で気付けるか!
ってことは、最後の問題の配点が内容次第って書いてあったのはこれが理由!?
ああ、くそっ! 何てこった。それに早く気付いてれば更に点数を稼げてたかもしれなかったのに。
問題文だけじゃなく、他もしっかり見ることは大事だな。遅れながら反省するぜ。
そんなこんなで自分の答案用紙を取り行った温温さん。嬉しそうな顔をしてすぐに席へ戻ると、すぐに次の発表になる。
「二位は……二名になります。同率180点で凍原青音様、そして朝鳥強香様です。どうぞ前へ」
「……えっ、私!? 嘘、本当に!?」
「ウェッ!? 朝鳥さんが!?」
が、ここで番狂わせの事態に。なんとマイナスからテストを始めた朝鳥さんが、まさかの同率二位!
これには本人も驚きを隠せない。俺は勿論他の皆も同じ反応をする。
それはさておき凍原共々教壇の前へ。そこで答案用紙を返却してもらってから、朝鳥さんは改めて問い直す。
「ええー、本当に二位貰っちゃっていいのかな? これ採点ミスとかじゃないですよね?」
「確かに一枚目の回答は酷いものではありましたが、二枚目はほぼ完璧でした。特に最後の問いは120点分の価値を生み出す回答が出来ています。ご自身の剣へ向ける愛の大きさはこの中で一番と言っても過言ではありません。もっと自信を持っても良いのですよ?」
未だに180点を取ったことが信じられないでいる朝鳥さんに、メイディさんは優しく微笑みかける。
案の定問20がマイナスを覆した要因らしい。120点の回答って、一体何を書いたんだ……?
まぁそれは後で見せて貰うとして、ここから四位以下の発表は割愛。俺の名前が呼ばれるのを待つ。
……のだが、全然呼ばれない。半分ほど呼ばれてもまだ俺の名前は読み上げられないでいた。
う、嘘だろ……!? まさか最後ってわけじゃないだろうな? そうだと言ってくれよメイディさん!
そんな不安が募っていく中で、とうとう出番がやってくる。
「それでは──次にご主人様、焔衣兼人様、こちらへどうぞ」
「はっ、はい!?」
ついに名前が呼ばれた。俺はつい上擦った声で返事をしてしまう。
恐々としながら教壇の前に立ち、手渡される解答用紙。目を瞑って極力見ないようにするも、やっぱり点数は気になるもの。
薄目でちらっと確認。一問目から赤い線で△が書かれているのが見える中、用紙の斜め右上の点数に目をやると──
「ご、55点……?」
「はい、55点です。少々点数が低いですね。一枚目はともかく二枚目の回答は散々でした。赤点ではないからと言って安堵してはいけませんよ。最も低い点数なのですから」
目に飛び込んできたのは──55点という数字。
聞き返すつもりで言ったわけじゃないが、メイディさんからの返答でこれが真実であることを悟る。
なんか、思ってたよりも低いな……。赤点回避しただけでも朗報のはずだが、ちょっと腑に落ちない。
曰く俺の点数はこの講習に参加した剣士の中で一番低いんだと。
うわマジか。多分納得いかないのはそれのせいだ。
年下もいる中で最下位っていうのは流石に格好悪すぎる。とはいえ剣士としては向こうが先輩だし、何も恥じることはないんだけどな。
失意……とまではいかないけど、残念な気分になりつつ俺は自分の席へ帰還。
ふぅ、でもまぁ、地獄行きを回避したことは素直に喜ぼう。
「ではこれで全員の答案用紙をお返し致しました。結論を言いますと今回のテストで赤点を取った方はいませんでした。皆様、きちんと授業を聞いていたようで何よりです」
改めてテストを行ったことの感想をメイディさんは口にする。
どうやら本当に地獄行きはいなかったようだ。日向や孕川さん、同じくマイナス点だった響も赤点から脱したのは何よりである。
多分修行の用意はしていたであろうメイディさんには悪いが、全員が全員勉強不足ってわけじゃないって分かってくれたかもな。
この後はテストの答え合わせをやってから、軽い復習を行う。
時計を見れば十五時。予定していた終業時刻だ。
「それでは本日の講習会はこれで終わりとします。この講習で学んだことはお忘れにならなようしっかりと復習してくださいね? それと帰り支度まで気を抜かないようお願いします」
とりあえずこれでテストと講習会はこれで終わり。俺も安心して自分のことに集中出来る。
俺は筆記用具に文具を入れ戻していく。さ、この後は何をしようかな──と考えていたその矢先のことである。
「そしてご主人様はそのまま訓練へ移りますので、ここへお残りください」
「…………え?」
──が、最後に呟かれた言葉を俺は一瞬理解出来なかった。
今なんと? 『ご主人様は』、『そのまま』、『訓練へ』……『移ります』!?
違和感ありまくりの発言は俺以外の全員がそのおかしさにきょとんとしている。
そしてとうの本人である俺は──当然混乱しなわけがない!
「ちょ……!? ちょちょちょっと待ってくださいってメイディさん! 俺赤点回避しましたよね? それなのに!?」
「……? 点数関係なくご主人様の参加は初めから決まっておりますよ? それに
あっ、これはダメだ。俺の抗議はハテナを頭上に浮かばせるくらいの不可解な行動だと思われている。
嘘だろ……。何点取ろうが俺だけ強制参加な件!? マジで何も聞いてないんだが?
そりゃまぁ、メイディさん直々の訓練をする契約はしてるけ……まさかそれのことなのか!?
ここでふと周囲の視線が気になってしまった俺は、辺りの剣士たちに視線を向けた。
「う、うわぁ。かわいそ……」
「伝説の剣の継承者って……大変ね」
「が、頑張ってください! 遠くから応援してます!」
そこには明らかに憐れみの目を向けてくる皆の姿が。や、やめろ……その目は今の俺に効く。
これはあまりにも無情だぜ神様ァ! 一生恨むぞ!
「勿論自主的に参加したい方がいれば遠慮なく仰ってください。一日で確実に強くさせる修行……最後まで生き残れたら、の話ですが」
「何でそんな物騒なことを言うの!?」
いやいやいやいや、待て待て待て待て! どうしてそんな脅し文句を!?
せめて生命の保証だけはしてくれよ! そんなんじゃ同行を志願する人も出ないだろ!
「ええっと、次の新人賞用の漫画描かないといけないから、私はこれで……」
「あー、あたしも雑誌のアレがあるから……」
「新しい剣を作る勉強をしないといけないので僕も……」
ほら見たことか! 今の発言でそそくさと逃げ出す人たちが出始めた!
気持ちは分かるが俺の心配も少しはしてくれ! 俺味方の善意で死にとうない!
「それでは行きましょうか、ご主人様。もし途中参加をしたい方は閃理様か支部長様にお伝えください。迎えにあがりますので」
「えっ、あっ、うわあああー! 助けて、メルゥ!」
そして次の瞬間には背後に回り込まれ、腕を掴まれていた。マジでいつの間に!?
最早ホラーだろ! 俺は思わず甲高い悲鳴を上げて左隣に座るメルへ助けを求めていた。
「往生際が悪いですよご主人様。そのような体たらくでは焔巫女様が失望してしまいます。潔く諦めて受け入れてください」
「それでもォ! メル、今度何でも作ってやるから助けて! それがダメなら一緒についてきてくれぇ!」
必死に助けを乞う俺は情けない姿に違いない。でもそんなこと気にしちゃいられなかった。
だって
その時代の聖癖剣士が現代と同じ価値観で訓練してるとは限らないだろ!
ただでさえそれより古い時代の価値観を持つメイディさんの指導つき。絶対ろくな内容じゃない!
誰だって限界はある。キャパオーバーで倒れたら元も子も無いし、ましてや強制参加ならやる気の無さも相まって怪我に繋がりかねない。
だからせめて道連れ……もとい、同行者が欲しかった。多分一人じゃ潰れそうになるから。
この中じゃ一番付き合いの長いメルが俺にとっての適任だ。飯とお菓子があれば大抵のことには付き合ってくれる確かな実績がある。
頼むメル! 俺のために一緒に強くなろう。それだけで俺はきっと救われ────
「……
「は……?」
が、その返答はノー。そんな、一体何で……!?
「メル、明日一日だけ先生のとこ行くかラ……」
「先生ィィィ──!?」
いやタイミング悪すぎだろ!? それ明後日とかにずらせないのかよ!?
頼みの綱は見知らぬ先生とやらに無情にも断ち切られしまった俺。じゃ、じゃあ他に同行者は……!?
俺は辺りを見回して見るも、目線を合わせようとした剣士に速攻で目を逸らされてしまうなど。
ああ……もうダメだ。取り付く島も無ぇ。人がいるのに孤独を感じている。
「それでは参りましょう。まず初めはカナダにある専用修練所にご案内致します。諸々の準備等は用意してありますし、閃理様にも許可をいただいてますので問題はありませんよ」
「カ・ナ・ダ!? ってか閃理ィ! どうして……──あっ」
最後にまさかの人物が協力していることを知り、俺は失意のまま次元跳躍の渦に放り込まれてしまう。
渦に入る瞬間、周囲の皆から凄まじいまでの同情の目を向けられたのは言うまでもない。
修行の内容は──割愛する。概ね想像通りの過酷な内容を一日半繰り返したとだけは言っておく。
その日ほど炎熱の聖癖剣士になって後悔したことはない。もう勘弁……して、つかぁさい……。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます