第六十二癖『引き合う運命、その始まり』
「今日も進展は無し、か……」
目標の見張りを始めてから数日が経過。残念なことに未だ目標に接近するチャンスを掴めていない。
よーくんは推定ニートだから仕方ないにしても、幼馴染みの方も出てこないとは思わなんだ。
遠目から見た感じだと外出を嫌ってるような人には思えなかったし、何ならよーくんを引っ張り出して遊びに行きそうな感じまであるくらいだ。
二人の仲がどんなものなのかは知らないけど、あの時の会話以来二階も変化はない。幼馴染みの人、まぁまぁダメージ受けてたっぽいしなぁ。
「焔衣、見張り終わリ。早く帰ル」
「ん? もうそんな時間か……、はいはい、今行くよっと」
収穫無しと分かっても監視を続けている俺の下にメルがお迎えに来た。
ここから俺は家事とかをしなければならないもんでな。ぼちぼち撤収の準備に取りかかる。
現在地は公園の一角。住宅地のど真ん中にあって、幸運にも望遠鏡があれば隣り合う二つの家を同時に見ることが可能な位置にある。
この場所で一時間置きに代わる代わる監視をしているのだが、いずれも収穫はない。
退屈な上に人の目も少なくないから正直やりたくないのが本心なのは秘密だ。
「う~ん。やっぱりさ、手紙とか出して直接交渉するのが早いんじゃないかな? この調子じゃ何日経ってもこのままな気がするんだけど」
「それはメルも
つい本作戦の不満を漏らしたら、メルから同意の言葉をいただいてしまった。
気持ちは同じらしい。そりゃそうだわな。
いくら当人たちに怪しまれないようにするためとはいえ、ぶっちゃけいつ職務質問されたっておかしくない状況だ。
身長190cm弱ある男と黒人女性、そして高校卒業したての青二才の三人が交代で何日も公園の一角に居座り望遠鏡を使って人家を監視してるんだから、これが不審者以外の何に見えるってんだ。
「取りあえず閃理に相談だなー。待ってるだけじゃどうしようもないって言わないと」
俺たちだって暇じゃないしな。多少怪しまれども早期に接触を試みるべきだと個人的には思う。
どういう言い方で閃理に相談を持ちかけようか考えつつ、アウトドアチェアを畳む。
そんな時だ。メルの視線はとある方角に向けられていた。そして声がかかる。
「焔衣! あれ、そうじゃなイ!?」
「え、何……? って、マジかよ!」
何かに気付いたメルに体を揺すられた俺は、指さす方向に視界を向ける。
すると、向かって左側の家から誰かが出てきたのが見えた。
急いで望遠で確認。まっすぐこっちに向かってくるのは────幼馴染みの女性だ!
「も、目標出てきたーッ! 閃理、閃理に連絡!」
「来いって考えればすぐ来ル。
思わぬタイミングでの登場に焦る俺たち。千載一遇のチャンス……というのは流石に言い過ぎだろうが、とにかく数日間の見張りが報われる時が来た!
こっちに近付き過ぎる前に『目隠れ聖癖章』を使って俺たちの姿を認識出来なくなるようにしつつ、後を追っていく。
ちなみにメルの姿は俺からも見えない。ただ熱感知能力で輪郭は見えてるから問題はないが。
「……うーん、気分でも悪いのかな? なんか前見た時よりも元気少ない気がするけど」
「実際落ち込んでル。時々、お腹押さえてるようにも見えル。
俺の知らない英単語だな……。それはそれとして幼馴染みさんは何やら不調の様子。
家の塀に片手を付いて体重を預けつつ、よろめきそうな足取りで進んでくる。確かにたまーに下腹部に手を当てて苦しそうだ。
何か病気でも患ってるんだろうか? 以前のような元気さは欠片も見当たらない。まるで別人ってくらいに雰囲気が違う。
一体何が原因なんだろうな。黙って見てるのも忍びなくなってくるぜ。
「うぅ、苦しい……。どうにかなんないのかな、これ……」
公園を通り過ぎてどこかへと向かう幼馴染みさん。時々ぶつくさと独り言のように愚痴ってる。
だが俺は気付く。幼馴染みさんが着るボディラインが隠れる丈の長いワンピース姿──それが所謂マタニティ服と呼ばれる物であると。
そして偶然見えちゃったんだよ。腹部を押さえた瞬間、服のに浮かび上がる丸い輪郭が。
そうか──妊婦なんだ、幼馴染みさんは。
「メル、今の見た?」
「うン。あの人、
この事実を突き止めた俺たちは困惑を隠せない。いや、だってそうだろう?
次の剣士が妊婦だなんて……。これによりまず剣士にするという選択肢は取れなくなる。
もしも朝鳥さんのように剣の能力に依存していて、なおかつ剣士にはならないけど組織に剣を受け渡す気がないってなったらお手上げだ。
無理矢理奪うと報復が発動するし、下手に動けば母子体に影響が出かねない。
どうすればいいのか全く分からねぇ……。ってか妊婦でさえも聖癖剣は剣士に選ぶのかよ。
「どうするよ? 閃理はまだなの?」
「駐車場、遠いから仕方なイ。今はつけてク」
公園から俺たちのキャンピングカーを停めてる駐車場はそこそこ離れてるのは難点だな。
とにかくメルの言うよう目標を見失わないようにするのが先決か。
ひっそりと幼馴染みさんを尾行。
ゆったりとした足取りで行き着くのはスーパー。何か買い物でもするのか? 勿論中までついていく。
すると幼馴染みさんはトイレの中へと入っていった。むむ、これはメルの出番だな。
「じゃ、中まで頼んだ」
「うン。見てくル」
いくら人から認識されないといえど、男が女子トイレに無断進入するなんて行為はしたくないからな。
一応熱感知能力はある程度の壁や障害物を貫通して対象の熱を感知出来るが、プライベートな問題が発生するから止めておく。同性同士、ここは任せるぜ。
女子トイレに潜入したメルを待つこと十数分。俺も一旦男子トイレで認識阻害能力を解除しておく。
そしてさっきの場所に戻って待っていると、女子トイレから人影が──それは幼馴染みさんだ。
「はぁー、やっと戻った。早く帰って作業しないと……。でもまさか戻ってもこうなるとはなぁ……」
しかしここで俺はすぐに違和感に気付く。その原因も分かった。
「あれ……!? 妊婦、だったはずじゃ……」
たった今俺の目の前を通り過ぎた幼馴染みさんは、先ほどとは打って変わって身軽になっていたのだ。
具体的に言えば、マタニティ服で隠していた膨れた腹がすっかり無くなっていた。歩き方も不自由さから解放されている気がする。
一体どういうことだ? 妊婦じゃなかったのか?
訳が分からなくなってきていると、熱感知能力が後ろにメルが来ていることを教えてくれる。
「あ、メル! あれは一体どういうことだ? 何で急に腹がこう……その、無くなったんだ!?」
「落ち着ケ。原因は分かってル。やっぱり聖癖剣の力かもしれなイ」
認識阻害能力を解いて出てきたメル。それに幼馴染みさんの急激な変化についても解明した模様。
どうやら聖癖剣によるものらしい。うむ、まぁそうだろうとは思ってたけどさ。
「メル、見タ。あの人、洗面台の前に立ったらお腹の膨らみ、無くなっタ。聖癖剣の力、間違いなイ」
だとのこと。腹部の膨らみが無くなっただぁ……?
確かにさっき見えた時の大きさは臨月とまでは言わずともそれなりのサイズだった。歩くに支障が出る程度にはな。
ってことはつまり、あの人の聖癖は妊娠あるいは妊婦ってことか。些か特殊寄りな気もするが。
でも妊婦モードの時はあんまり嬉しそうには見えなかったけど……。通りすがり様にも愚痴っぽくなってるのを聞いたし。
「妊婦、あるいは妊娠にまつわる聖癖の剣か……。メル、なんか心当たりはある?」
「メル、そういうのあんまし分かんなイ。閃理は剣の種類とか詳しイ」
うむ、その実績は【
流石にもう向かって来ているとは思うけど……大丈夫かな。ここまで来れているだろうか。
そう思うのも束の間。入店して真っ直ぐ俺たちの方へとやってくる長身の男が見えた。
「遅くなった。目標はまだ店内か」
「あ、閃理。やっと来てくれた」
少々遅れての登場となる閃理。どの状況でも来てくれるだけで安心感がすごいな。
専門家が来たところでスーパーの駐車場に移動する俺たち、改めて面と向かい合って話し合う。
かくかくしかじか──と、先ほど目撃した現象を説明。それに対し顎を摘みながら長考する。
「妊婦か妊娠に関連する聖癖か。実はその系統の聖癖剣は複数あるものでな、腹部の膨張収縮だけで剣銘を特定するのは難しい。何か他に特徴的な変化は無かったか?」
「他の変化、かぁ……」
意外なことに閃理の口からも答えは出なかった。というか剣の聖癖って被ることあるんだ。これも初耳である。
それにしても他の変化か。うーん、俺は何も分からないぞ。
ずっと遠目で見てただけだからな。トイレで最接近したメルなら何か分かるかもしれないが。
「変なとこならあル。あの人、お腹引っ込んだ後、ずっと自分の指見てタ。左の人差し指だケ」
「指を見てた……? どういうこと?」
案の定メルは小さな変化というか動きを見逃さなかったらしい。
幼馴染みさんは何やら自分の指を見つめていたという。一体どのようなことを示す行為なのやら。
「さっきすれ違った時、何か色々と愚痴ってたけどこれは関係あるかな?」
「それはもう片方の幼馴染みのことじゃないか? 関係は薄そうだが」
あ、やっぱりそっかぁ……。何でもかんでも関係に結びつけるのは駄目だな。
些細で一方的な口喧嘩だったとはいえ、ショック受けてたからそうもなるか。
さて、いよいよ分からなくなってきたぞ。これはもう本人に突撃してしまうのが一番簡単な解決方法だと思うんだけど。
「……む、例の人物がレジを通ったな。もうじき店を出てくるだろう」
「閃理。もういっそ本人に直接会おう。そっちの方が早いって」
「メルも同じ気持チ。黙って座ってるのも飽きタ」
ここで俺たちは閃理に相談を持ちかける。内容は先ほどの通り作戦変更を訴えるというもの。
それに今は見張り対象が出てきているんだ。これを逃せば次にいつチャンスが来るかも分からない。
俺たち二人の視線は閃理に向けられる。さぁ、どう判断を下すのか──
「……お前たちの考えはそれなりに理解しているつもりだ。監視を続けるにも飽きが回っていることも知っている。分かった、今から尾行をし人気のない場所に到着したら接触を試みる。細かな段取りは──」
おお、分かってくれるぜ閃理は! これでようやく一歩前進することが出来るな。
接触段階に移行をして、俺たちはこそこそと作戦内容を話し合う。
即席のプランだが問題はあるまい。というかグズグズなんかしてられない。いざ候。
買い物袋を持って退店する幼馴染みさん。存在を悟られぬようひっそりとついて行く。
やはり足取りはさっきまでと比べて非常に軽そうである。よろめきそうな気配はない。
でもまぁ……元気が無いのは変わらずだが。そんなにあの時のことを引きずってんのかなぁ。
「よし、あの辺りでいいだろう。焔衣はプラン通り正面から進行を止めてくれ」
「オッケー。そっちも頼んだからな」
時間も時間なせいで人の気が少ない路地に入ったタイミングで俺たちも動く。
先鋒は俺。ぐるっと区間を迂回して進行方向へ先回りし、幼馴染みさんを正面からくい止める。
「ちょーっとそこのお姉さん。今お暇だったりしますか?」
「え……何?」
サッと目標の目の前に現れる俺。当然のように驚き、困惑する幼馴染みさん。
朝鳥さんの時以来だが、俺はまたナンパを手段として接触を試みるのであった。
流石にまだ慣れないけど、前回よりかは意識を別の方にも向けられる。
分かってればナンパの一つや二つどうってことはないのだ。まぁ恥ずいに変わりはないが。
「あー、ごめんなさい。私今忙しいので……」
「おっとっと、その心配には及びませんよお姉さん。ちょっとしたお悩み解決が俺の仕事なんで」
「お悩み解決……?」
ナンパを回避にかかるのは予測済み。幼馴染みさんに更なる制止をかける。
まず間違いなく悩みを抱えているのは確かだ。そこにつけ込むぜ。
「大丈夫。お代はいらないし住所やご職業とかも聞き出しません。当然、怪しい壷だって売りませんよ。どうですかね?」
「え、えっと……。本当にそういうのは結構ですので……で、では」
やはりガードは堅いか。よーくんの時とじゃまるで別人の対応だが、ここも問題はない。
「ちょい待ち! 幼馴染みとの喧嘩とか、謎の妊娠状態の解決法、見つかるかもですけどいいんですか?」
「……!? ど、どうしてそれを……?」
俺の横を通り過ぎようとした時、切り札を使用。
この二つは俺たちが観測してる上で幼馴染みさんが持つ悩みの種だろうからな。
案の定この悩みを看破したことで足が止まる。ふふん、当たりだったみたいだな。
「どうして私の悩みを知ってるんですか!? あなたは一体何者……?」
「俺が何者かについて今は言えません。でも後者の悩みならもしかすると俺たちの手で解決出来る可能性があると言えば少しは信用してくれますか? もし良ければ七時頃に最寄りの駐車場にあるキャンピングカーへ騙されたと思って来てください。必ず助けになると思いますので」
では! と言いたいことを全部吐き出して、俺はこの場から退散。すたこらさっさと路地を通って大きく迂回し、閃理たちの所へと戻る。
「……っはぁ──! 緊張したぁー……。何でまたナンパ紛いのことをやんなくちゃいけないんだよ」
「意外と演技派だからな、お前は。おかげで俺たちの出る幕は無かったが」
「焔衣、
緊張からか大きなため息を吐き出して疲れをあからさまに見せつけてやる。実際疲れたし嘘ではない。
まさか朝鳥さんの時と同じことをするはめになるとは……。何が演技派だよ。恥ずかしいんだからこれ。
取りあえず作戦は上手くいった。接触しつつ俺たちの所へ来るよう説明が出来たんだから。
あとはこれで本当に来るかどうかだが……。もし失敗しても次はもっと楽に会えるはず。
「なんであれ今はここまでだ。説明した通り俺たちは拠点で待つとしよう」
「大丈夫かな。最寄りとは言ったけど別の所に行ってたりしないかなぁ……」
俺自身の説明にそこはかとなく心配になるけど、閃理の言うように今は拠点に戻るのが優先だ。
時刻は午後六時半。あと三十分で約束の時間になる。それまでに間に合わなければ。
果たして上手く行くのだろうか。不安は拭えないが今出来る最善の手は打ったはず。
何であれ幼馴染みさんを信じるしかないよな。頼むぜ~。
†
な、何だったの今の……? そう思わさざるを得ない変な出来事に遭遇してしまった。
私、
訊ねてきたのは若い男の子。それもガラの悪い隙あらば身体関係を狙うギラついた輩じゃなく、まだちょっとナンパに抵抗感を感じてそうな初々しい少年だ。
その子が何故か私の悩みを見破り、さらに解決策を出せるかもと言ってきた。
あの現象のことを知っているのも驚きだけど、何より治せるかもしれないという事実に驚かされた。
この現象は病院はおろか産婦人科に行っても原因不明。結果想像妊娠と診断されて追い返された異常な症状だったんだから。
「これが……、治せるの……?」
自分自身の下腹部に手を当てながら考える。ここはつい数分前までそれなりの大きさに膨れ上がっていたお腹だ。
きっと入ってる生命も無い謎の膨張現象。ある一定の条件が揃うと発生してしまう奇病。
それを治せるということがあの少年の口から聞けてしまったのだ。興味が出ないわけがない。
しかし──心配なところもある。あの少年が言った場所に行くというのは相応にリスクのある行為だ。
新手の誘拐手段の可能性も十分にある。運動こそ毎日してはいたけど、それも昔の話。
仮に誘拐犯だったら逃げ出せる自信は無い。でももし本当だったらチャンスを逃すことになってしまう。
「ど、どうしよう……。誰かに相談なんて出来るわけないし……」
不安だ……。私を蝕む謎の現象は誰にでも話せるような内容じゃない。よーくんは勿論、親にだって一言も教えてないんだから。
考えなきゃ……。この判断を取るか振るかで今後の人生は大きく左右するかもしれない。
取りあえず帰宅。時間は……もうすぐ七時だ。約束の時間は迫って来ている。
まだ段ボールで一杯の自室に学生の頃からずっと使っている椅子に座って再びお腹を触る。
この症状が出始めたのはいつ頃だったかなぁ……。
漫画家になる夢を追って単身上京して三年半目……つまり割と最近の話になる。
ある日のこと。自信作の原稿に没を食らってショゲながら帰宅していた時、私はアパートの階段を踏み外して激しく転倒し、血を大量に流したことがある。
当時は没のショックもあってこのまま死んじゃえばいいやって半自棄になってたっけ。
外で死ぬのも迷惑がかかるから、せめて部屋の中で死にたいなんて馬鹿な考えになって、気合いで部屋の前まで移動した。そんな時のこと。
部屋の前には何故か一本の歪な曲がり方をした謎の剣が立てかけられてあった。
何だコレと思ってそれに触れた瞬間、剣が一瞬発光。それに驚くのも束の間、不思議なことに足や頭から痛みが引いていったのだ。
どういうことか──そう思うのも束の間。今度はお腹が膨張した感覚が発生。
これまで体感したことのないような違和感を覚え、私は急いで部屋の中へ入り、鏡を見て確認。
すると流れてた血は止まり傷口も完璧に塞がっていた。それだけでも異常そのものなのに、一番の変化は私のお腹にあった。
ぽっこりと──まるで四ヶ月目の妊婦のようなお腹になってしまっていたのだ。
これには驚きのあまり没原稿のことなどすっかり頭から抜け落ち、見に覚えのない行為をしてしまったのではないかと大混乱に陥ってしまっていた。
当然そんなことは上京して一度もなく、現在も男性経験ゼロのまま二十代後半となってしまったけど。
いや年や性経験のことはどうでもいいって。とにかくそんな非日常が起きてから私の上京生活は一変。
それから食事中、仕事中、入浴中、プライベート中……あらゆる状況であっても私のお腹は突然大きくなるようになっていった。当然睡眠中もだ。
ほぼランダムなタイミングで発症するもんで、人前で大きくなったこともあれば原稿に没を食らってダウンしてる時もお構いなし。
大抵はすぐ治まるんだけど、酷いときは何週間も大きいままだったりもしたこともある。それにほとほと困り果てていた。
この異常な症状を治すことも自分の夢の実現も難航し始めていた私は、一度大人しく実家に戻ることを決めたのだ。
そして今に至り、帰って来たことをよーくんに言ったらめちゃくちゃに怒られてしまうなどした。
全部が全部この現象のせいってわけじゃないけど、何度も困らされてきた。それに病状の発症は場所なんて関係ないみたい。
半年間もこの現象に付き合っていれば否応にも発症の法則性も見えてきてる。まず、間違いなく私が怪我をした直後にこの症状は現れるわけ。
つい一時間前、カッターで段ボールを開封していたら勢い余って左手の指を切ってしまい出血。またお腹が大きく膨らんでしまった。
それによって怪我は急速に治り、そのあと時間をかけてお腹は元の大きさに戻る──これが私が見つけ出した法則性の一つだ。
お腹が膨らむと怪我が治る。こんな現象、誰にも相談なんて出来ない。世が世なら怪物扱いされて魔女狩りや迫害に遭っていたことだろう。
そんな中、この異常な現象を知り、解決方法が分かるかもしれない人物に出会ったというのは間違いなく地獄に放り込まれた一筋の蜘蛛の糸。
これを掴まない手はない。不安要素はかなり大きいけど、やっぱり相談出来る相手が存在してるのはかなり大きいはず。
それによーくんとの関係も元に戻せるのなら……いや、流石に他人にそこまで迷惑はかけられないけど。
「……行こう。どう転んでもこの経験は間違いなく今後の私の糧になる。まだ本当は漫画家になる夢を諦めてないんだから……!」
うん、そうだ。謎の現象や幾度と無く下されてきた没の山に鬱蒼としかけてきてたけど、やっぱり好きなことを仕事にしたい。
私の夢は漫画家! 今は夢を追い直す気力を取り戻すためのクールタイムに入っただけだから!
この挑戦を邪魔する謎の現象を取っ払うためにも、私はあの少年の言葉を信じてみることにする。
あ、そうだ。護身用も兼ねてあの剣も持って行こう。この剣を拾ってから起き始めたことだし、関わってる可能性も高いしね。
段ボールの山から例の剣が入ってる箱を見つけだして、それを一緒に持って家を出る。
考え込み過ぎてたようで、時刻はもう七時半。流石に今の時期とはいえ少し暗い。
「えっと、最寄りの駐車場……多分あそこかな」
少年がいるであろう場所へと向かって私は走り出す。昔と変わらない街並みが家から一番近い駐車場へと記憶は導いてくれる。
到着した最寄りの駐車場。そこには本当にキャンピングカーがあった。
ここにあの少年が……。私の悩みを解決に導いてくれるかもしれない人がいるのかな。
「ああ、でもなんかやっぱり怖い。人攫いだったらマジで洒落にならないし……」
うう……、土壇場で怖くなってきちゃった。私はそんなに肝っ玉が据わってる人間じゃないからさ。
ここまで来て怖じ気付くか自分~……。我ながら弱い部分に腹が立つ。
行くって覚悟は決めただろう、
「す、すみませ~ん……! えっと、あれ? あの子の名前って聞いたっけ……?」
トントン、と車のボディを軽く叩いてから私はあることに気付く。
そういえばあの時の少年が何て名前なのか全く知らない! 正体をはぐらかされたままだ!
な、何て言うのが正しいの……? ナンパしてきた少年? お悩み相談の子? いや、どれも違うような気が……。
このタイミングで迷ってしまう私。でも、そんなことなどお構いなしに目の前のスライドドアはぐあっと開かれる。
「ん、やっぱり来タ。あなたのこと、待ってたヨ」
「……へ? あの時の少年じゃない……?」
一瞬身構えてしまったけど、このキャンピングカーから出てきたのは褐色肌の若い女の子。
どちら様……? 間違いなく知らない人だ。
でもこの子が言うには私のことを待ってたらしい。つまりあの時の少年とお仲間……ってコト!?
半分訳が分からないままでいると、その子は車の奥から誰かの名前を呼ぶという行為に。
「焔衣、さっきの人、来たヨ。中入れル?」
「あ、マジで来たんだ。……や、どうも。お姉さん。一時間ぶりですね。どうぞ中に入ってください。お客さんを外で待たせるわけにはいかないんで」
今度こそ出てきたのはさっきの少年だ。彼の名前は焔衣くんと言うらしい。
中に入れと言われましても、キャンピングカーって意外と狭いのにどうやって──という考えが杞憂に終わることをこの時の私はまだ知らない。
この日──孕川命徒というただの漫画家志望の人生に大きな変化がもたらされるとは……。
人生って何が起きるのか本当に分からないなぁって本気で実感しました。はい。
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