第六部『縁を孕みし、二人の剣士』
第六十一癖『縋らずの縁、引き寄せ合う』
支部を離れて数日──俺たちは新たな任務を達成させるべく、目的の地にたった今到着した。
朝鳥さんの住んでた所よりも幾分か都会なイメージ。少し遠くを見ればビルらしき高層建造物も確認出来るくらいの都会度。
ここが今回の舞台となるであろう街。
「それで今回はどう? 盗まれてたりしない?」
「馬鹿言うな。そう何度も盗難されてたまるものか」
そりゃそうだ。運命的に二回連続で盗難被害に遭ってるなんて考えたくもない。
冗談の返答からして今回は大丈夫と見ていいかも。
あっちこっちを歩きながら進んでいくこと数十分。
やや都会チックな区域の隣にある住宅地にやってくると、予想だにもしないことが起きてしまう。
「……むっ。聖癖剣が二つあるだと……!?」
「えっ、何それ!? 盗難の次は増殖か?」
なんと
これには俺と閃理、メルだって驚きを隠せない。
「どういうこト? もしかして目的のとは別の剣が見つかったノ?」
「分からん。とにかく聖癖剣が二つあることは確かだ。しかもかなり近い距離にある」
「マジかよ。これって偶然? 他の誰かの剣に反応してるとかじゃないよね?」
その可能性は無い、と首を横に振る閃理。
どうにも俺ら以外の剣士の聖癖剣という線は皆無らしく、マジで目的の物とは別に新たな聖癖剣が存在しているらしい。
こんなことが起きるもんなんだなぁ。イレギュラーの発生に困惑する俺たちだが、勿論この程度のことで取り乱すようなことはないぜ。
要は回収物がもう一つ増えたってことだろ? それなら別に良いんじゃないか?
剣は多い方が吉だと相場は決まっている。闇に勘付かれる前に回収出来る物は回収するべきだ。
「予想外の出来事だがむしろ好都合だ。偶然別にもう一つの剣を回収出来たと報告すれば追加報酬も確実だろう」
「そう聞くとやる気が出てくるな。おし、無事に二本とも回収出来るよう頑張ろうぜ!」
「えいえい、オー」
どちらの剣も回収すれば追加のボーナスが出るみたいだ。そのことを知ってやる気を出さない人間はいないよな。
円陣を組むつもりで手を重ね合って一斉に上げるアレを流れでやりつつ、
いやはや、それにしてもこんな偶然ってあるもんなんだな。まさかもう一本の剣が見つかるなんてそうそう無い話だろう。
これはまさか運が巡ってきたのかな? 幸先良いスタートが切れそうだ。
「ここが目的地だが──、どうやら取り込み中のようだ」
そして住宅地を進むこと数分──
どうやらそれは引っ越し業者の車のようで、荷台から段ボールを何個も家の中に運び入れている。
ここが……剣士と剣のありかなのか? 引っ越してきたばかりみたいだけど。
「引っ越し作業中じゃあ今日は難しいんじゃない? 明日にする?」
「いや、俺たちの目的地はその隣の家だ。もっとも、その越してきた人物も剣を所持しているようだがな」
え、マジで!? つまりお隣さん同士が聖癖剣を持ってるってこと!?
ちょっと偶然にしては出来すぎてないか? なんか怪しささえ感じるんだけど。
「どのみち今日中は難しいことに変わりはない。どうやら越してきた人物と俺たちの目標は知り合いらしいからな」
ここで閃理は家の二階を見上げるように首を上げる。俺たちもつられて同じ場所を見てみることに。
するとタイミング良くガラッっと窓を開ける音と同時に、恐らく引っ越してきたであろう人物が身を乗り出す。
メガネでショートヘア、部屋着にでもしているのか、青いジャージに身を包んだ女の人だ。
「おーい! よーくん! どうせいるんでしょー? 私、帰ってきたよー!」
二階の窓から隣に向かって叫ぶその人。おいおい、近所迷惑もいいとこだろ、それ。
よーくん……と呼ばれた人物に呼びかけているようだ。知り合いみたいだけど、どうなるんだ?
こっそり様子を見守っていると、向こうの窓際に人影が。よーくんとやらか?
「……マジで戻ってきたんだな。あと近所迷惑になるから叫ぶの止めろ。そういうとこ、本当に変わんないな、お前」
同じく窓を開けてよーくんなる人物が現れた。
恐らく同じデザインであろう青いジャージ姿に少々太ましい体格。そして無精ヒゲにボサついた頭髪……俺はあの姿を遠目から見て、すぐにニートという言葉が脳裏を過ぎった。
ああいう人って本当にいるんだなぁ、と心の中で納得しつつ、二人の会話の行く末を見届けていく。
「もう、四年ぶりだってのに素っ気ないなぁ。幼馴染みが帰ってきたんだから、もう少し喜んでもいいんじゃないの?」
「そうだな。お帰り。んじゃ」
「ちょぉぉい! それだけ!? もっとこう……訊きたいこととかないの!?」
騒がしく帰還を報告する女性に対し、よーくんの態度は非常に冷たい。
どうやら二人は幼馴染みの模様。しかしながらお互いの温度差が酷いな。
大声で叫ぶことに抵抗があるのかもしれないけど、それでも再会を喜んでいるようには見えない。
何か良くない因縁でもあるんだろうか? もう少し様子を見る。
「お前に訊きたいことは無い。ここに帰ってきたってことは、夢を諦めて帰ってきたんだろう。お前がそう言ってたはずだ」
「うっ、それは……」
鋭い切り口での返答に女性の方はやかましい口を閉じる。
夢を諦めて……? ってことは何か叶えたい夢があったけど、それを諦めて実家に戻ってきたということだろうか?
何やらよーくんはそれを分かっていた模様。
夢を諦めたことを咎めることもなければ慰める様子はない。まるで最初から分かってるかのようだ。
「これで分かったろ。夢見るだけじゃ駄目なんだよ。これで懲りたなら大人しく就職でもしろ。俺みたくならないようにな」
と言ってよーくんは窓を強く閉めた。取り残された女性の方は遠目ながらでも分かるくらい悔しそうで悲しそうな表情を浮かべている。
なんか……世間の闇の一端を皆間見た気がする。
よーくんは過去に現実を突きつけられたような経験でもしてるんだろうな。でなければあそこまで言うはずはない。普通は慰めくらいはするだろうし。
うつむいたままの姿を見ていると超小声で何かを言った。小さすぎて何て言ったかは聞き取れなかったけど、そのまま引っ込んで窓を閉める。
ちょっと居たたまれない空気になってしまったなぁ、と思ったころで引っ越し業者が家の中に入っていった。
どうやら搬送作業が完了した模様。これから荷解き……というほど運ばれてきた段ボールは少ないように見えたから、これで終わりなんだろう。
予想通り業者は家主──恐らく女性の親と思われるご年輩──と一緒に玄関を出て色々やりとりをした後、業者はトラックに乗って去っていった。
深く頭を下げながら見送る家主。そのまま家へと戻っていく。引っ越しは完了したようである。
「
「今の
「今の流れでどう解釈したらそうなるんだよ。二階でギスギスしてた人たちのことだぞ」
そんなところでボケかましてる場合かっての。どうあれすぐに行動には移せないんだから。
片方はまぁ時間が解決してくれるかもしれないから良いとして、問題なのはよーくんのほうだ。
あの男は……女性の発言からして少なくとも四年前からニートをやってるに違いない。
つまり、剣の入手経路はどうであれ、ほとんど外出しないってことなんだぞ。
俺や朝鳥さんみたく偶然を装って接触することが出来ないし、ましてや突撃訪問なんて手を使えば最悪通報だ。
文字通りの
「男の方の説得をするにはどうしても幼馴染みである女性の方を先に説得しなければならないようだ。彼女伝いに話を聞いてもらわせるしかない」
「でも閃理、今の見ただろ? めちゃくちゃ険悪な雰囲気だったけど、これよーくん側から幼馴染みの人を拒絶するんじゃないか?」
「それもそうだが……強硬手段を取るわけにもいかん。ううむ、今回は難航しそうだな」
リーダーも判断を保留するに考えを傾けている。
うーむ、これは困ったことになってしまったな。聖癖剣を二本発見するというイレギュラーはそう簡単にこなせそうもない。
すぐ目の前の家に剣が眠っているというのに、今日は何も出来ないというのは悔しいな。
おまけに剣士の方にも問題があるようで、そっちを先に解決させないと剣にたどり着けなさそうだ。
「仕方あるまい。メル、焔衣。しばらくはあの二人を監視する。動きがあればすぐに報告するように頼む」
取りあえず今出来そうなことをやるしかない。
監視という手を使うのは少々拒否感があるけど、これも聖癖剣とボーナスのためだ。
難航は確実な今回の任務。はてさて、どうなることやら。
不安半分、あの二人の行く末が気になる気持ち半分で俺たち第一班は動き始めた。
†
あいつが帰って来る。そう書かれた内容のメールが来たのはつい数日前のことだ。
数ヶ月ぶりに来たメールを見た時、俺は色んな気持ちがごちゃ混ぜになり、気持ちの整理もつかない間に本当に帰ってきたんだ。
そしてたった今学生の頃みたいに窓から顔を出して、久しぶりの挨拶を俺にしてくれた。
まるで変わらない……いや、多少は垢抜けて綺麗にはなっていたが、それでも俺の中にあるイメージと差ほど違いのないあいつを見て、俺は安堵と同時に悲しさを覚えた。
約束……というよりも、あいつが一方的に宣言したんだ。四年前、もし地元に戻ってくることがあれば、その時は夢を諦めたと思っても良い、と。
帰ってきたということは、あいつは夢を諦めたんだって。俺と同じ道をあいつは進み始めたんだと。
そう考えたら今度は怒りが湧いてきた。
だから静かに怒りをぶつけた。あいつみたく近所迷惑になりそうな声で叫んだりはせず、今の俺が出来る最小で最大限の言葉を。
それを聞いたあいつは案の定黙り込んでしまう。
普段は饒舌気味なあいつが静かに黙り込んだのを見て、俺は再び心の奥から悲しさが溢れ出た。
本当に──本当に夢を諦めて戻ってきたんだって。
他人事とはいえ、幼馴染みが夢に破れた姿を見るのは辛い。
逃げるように俺は自室の窓を閉める。少し焦ってたんだろう。思いの外強く閉めてしまった。
俺はカーテンも閉めてベッドに転がり込んでから、大きくため息を吐き出す。
ふっ、我ながらもう駄目な奴のレベルを通り越している気がしてならない。ここまで来ると最早笑えてくるレベルだな。
かつて抱いていた夢が無残に散ってから早数年。自宅警備員になってからそれなりに経つ。
薄暗い部屋の中は散らかっていて汚い。改めて見ても学生時代の生活から随分と地に落ちたものだ。
これでも昔はスポーツ全般は得意だったんだがな。
時の流れは残酷である。かつての人気者も今はこの有様。
これが夢に破れた人間の末路。あいつにはこうなって欲しくない一心で酷い言葉を口にしてしまった。
「…………ごめん、みーちゃん」
ふと気付くと俺は、昔の呼び方であいつに謝罪の言葉を漏らしていた。
お互いを愛称で呼び合っていたのもいつの話なんだろうな。
こんな場所で言ったって本人にも届くはずないのに。無意味な行為に俺はまたため息を吐き出す。
後悔────何で俺はあんなことを口にしてしまったんだろうな。本当は心にも思ってないくせに。
ベッドに突っ伏して深い自己嫌悪に苛まれる。
謝りたい気持ちは溢れるほどある。だがもう昔のように戻ることは叶わないだろう。
ははっ、自分自身に対する深い失望も何百回目かも分からないな。とんだクソ野郎になっちまったものだな、俺は。
自虐気味にそう思っていると、不意に視界へある箱が飛び込んでくる。
押し入れの前に積まれた消化済みプラモデルに紛れて置かれている箱──その中身を思い出す。
「そういえば、あいつが帰ってくるって内容のメールが来たのはアレを拾ってからだったか……?」
何となく気になって、俺はプラモデルの箱を加工して作った入れ物の蓋を開けた。その中に入っている物を改めて見やる。
俺自身今も不思議に思っている出来事。
メールが来る二週間ほど前の夜、いきなり物音がしたと思えば窓の柵にそれが引っかかっていたんだからな。
これが誰の悪戯か、あるいは身元を特定するための小道具なのかすらも分からない。
俺の知識に間違いが無ければ鎖鎌とも呼べる代物。明らかに現代で使われる物ではない。
だがこれを拾ってからというもの、不思議と過去に縁の合った物事と遭遇する機会が増えた。
例えば同窓会への招待の手紙が来たり、昔の同級生とばったり会いそうになったりと種類は様々。
まさかコレのせいなのか? こじつけも極まれりだが、そうとしか考えられない。
出自不明のこいつを警察に届けようと考えたこともあるが、現状は手放す気になれないでいる。
何故ならすごく俺の手に馴染むんだ。学生時代の面影もない丸みを帯びた手でも異様にしっくり来る。
まるで何年も使い続けた道具のよう。もはや怖ささえ覚えるくらいに。
そんな下手をすれば曰く付きの代物になり得るそれを見て、俺は一つの考えに至る。
もしかすれば、この縁を導いてくれる力を使えば、あいつと仲直りが出来るのではないか──と。
「なぁ、俺に力を貸してくれるか? 夢を諦めた俺だけどさ、好きな奴のことだけは諦めたくないんだ。だからさ、あいつと元の関係になれるように俺を──……」
そこまで言って俺はふと我に返る。気付くと鎖を強く握りしめていた。
何をやってんだ俺は……。物に向かってこんなこと呟くなんて流石にどうかしてるな。
普通に考えてあり得ないだろ。何故なら俺は本来オカルトもスピリチュアルも信じないタチだ。
この鎖鎌が俺の下に人を呼び寄せてるなんて天地がひっくり返っても認めたくない。
冷静になった俺は鎖鎌を元の箱に仕舞い、再びベッドに横たわる。
長いこと自宅警備員をやっているせいか、最近は特に妄想癖が強くなっている気がしてならないな。
今回の件もこれまでのことも、きっと必然的な出来事に違いはない。
運命的な巡り合わせとかそんなのはまやかしだ。この世は成るべくしてなるよう出来ている。
俺の失敗だってそう。誰のせいとか、運が無かったとかじゃない。そうなるよう決まってたんだ。
俺は──
持つだけ虚しいだけのそれに縋り続けるわけにはいかないんだよ。
夢が失敗に終わったあの日から誓ったこの信条。何千回と反芻したそれを考えながら、俺は布団を被り惰眠を貪るのだった。
でも俺はこの時気付いていなかった。
後にとある人物によってもたらされた話にはなるが────鎖鎌は俺の願いを仕舞われた箱の中で叶えようとしていたことを。
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