第六十癖『一難去りて、次なる場所へ』
「んむむむむ……!」
襲撃事件から三日後──メンテが終わって返却された剣を使い、俺は運動場にて聖癖章の生成作業に取り組んでいる。
先日の戦いでウィスプに致命傷を負わせた代償として粉々に砕け散ったからな。新しいのを補充しないといけないわけだ。
作るのはこれで二回目だが、慣れ……というほどでもないけどもう前回みたく焦ったりはしない。
集中力を維持しつつ、作り出す形状をイメージ。剣の炎が形となって目の前に聖癖章が生成されていく。
「……っ、よし! 今回も上手く行ったな」
そして聖癖章は新しく作り直された。見た目は前のと全く同じだけど、新品は雰囲気が別物だよな。
すると横から見守っていた閃理は新規『ツンデレ聖癖章』を奪い取ってきた。
「うむ、今回のは出来は良さそうだな。メル」
「あいヨー。透子」
「はいはい。心盛さん」
「おう! レッツ検査!」
と、閃理は軽く見てからメルに聖癖章を投げ渡すと、メルは透子さんに渡し、その透子さんは心盛さんにそれを投げ渡した!
そして最終的に心盛さんの手によって電子レンジみたいな機械の箱の中に納められ、レンチンがスタートされてしまった!?
「ちょ──何してんのそれ!? 俺の聖癖章が!」
「安心しろ。あれは電子レンジではない。見た目は据え置きだがな」
は? どういうこと……? 説明をしてくれよ、説明を。聖癖章を作る前からちゃっかり用意しててうっすら気になってたけどさ。
そして温めること数十秒。案の定チーンという電子レンジ特有の音が鳴った。やはりレンチンでは?
これが検査終了の音なのは俺以外の全員が機械のモニターに注目し始めたことで分かってる。一体どういう機械なんだよそれは……。
「ふむ……品質は69、推測リード数は70回前後。二回目にしては上々過ぎる出来だな」
「へぇ、作るのは上手なのね。私でも品質が50越えれば良い方なのに」
「悪くねぇ出来だ。これあたしにくれねぇかな」
「メルの方が作るの上手だシ」
モニターを見ながら全員こぞって俺の聖癖章をレビューしてる。あとメル、あんたは張り合おうとするな。
なにはともあれあの電子レンジは聖癖章の品質を確認する装置だったらしい。まさか、そんな便利な物だったとはな。
新しい聖癖章の使用回数は70回前後。これだけ使えるのなら多少解放撃を使っても問題無さそうだ。
そして聖癖章をぽいっと投げて返却される。心なしか温いのはどうしてだろうな。
「やはり
「頼才……って錬金術の人か。機械も作れるんだ」
装置を前に唸る閃理。どうやらこれの開発者は例の錬金術の聖癖剣士、
後から聞いた話だけど、遠出の理由はこれを量産するための材料を集めているためなんだってさ。
俺からしてみればただの電子レンジだが、剣士らにとってはかなりの発明品らしい。
まぁ、ゲームみたいに聖癖章のステータスが可視化されるんだから、その凄さは分からないこともないけど。
「頼才さん、いつ帰ってくるのかしら。それに他のみんなも。もうすぐ一班は出立なのにね」
「ふっ、会えないわけではあるまい。行く先でばったり会えるかもしれんぞ」
俺たち一班はこの後支部を立つことになっている。
元々五日くらいの滞在を予定していただけに、予定通りと言えば予定通りの滞在日数である。
確かに他の四人と会わないままなのも何となく寂しいというか残念な気持ちだ。
特に錬金術の権能とやらを拝めないのは非常に心残り。どんなもんなのか興味あったんだがなぁ。
「でも頼才のやつは結構変わり者だぞ? 会わせない方が良くないか?」
「それはそウ。頼才、正直怖イ。特に調子良い時は、会いたくなイ」
「いや、どういう人なんだよ!?」
一方で心盛さんとメルは会わない方が賢明だとしている模様。そう言わせるほどの変人なのかよ。
てか聖癖剣士って変人の割合も多くない? これも気のせいか?
まぁ、何であれ会えない以上は仕方ない。やることやったし、俺もそろそろ準備に入ろうかな──と思ったその瞬間である。
「いや──会えないという心配はしなくても良くなったぞ」
「へ?」
いきなり閃理が意味深な発言をしてきた。その言葉からして、もしかしてだけど来てる?
この予測だが案の定的中……いや、俺にとっては予測外のことが起きてしまう。
「見つけたッ!」
「えっ!? 何?」
不意に外へと直結してるドアが開けられると、そこから女性の声が叫んだ。
声のした方を見ると、そこにはメルと同様に肌色の濃いサイクルウェアの人が。もしかしてこの人が例の……?
つかつかと圧を込めながら歩み寄ってくる女性。
近くで見るとその褐色肌は日焼けによるものっぽい。おまけに茶髪が柄の悪さを醸し出してる。
何か怒ってるみたいだ。周りの目など気にせず俺の前に止まると、そのままガンを飛ばしてくる。
まさか俺、何かやっちゃってましたか……? もっとも初対面の人に失礼した覚えはないけど。
「あんたが炎熱の聖癖剣士、焔衣兼人ね」
「あ、はぁ。そうですけど……えっと……、どちら様で?」
「私は“陽光の聖癖剣士”、
え、えぇ──!? 百瀬頼才じゃない上にいきなり喧嘩ふっかけられてきたんだけどォ!?
何なのこの人……。それとこういうのは口に出せないけどサンバって。輝井には劣るけど中々キラキラしたお名前だ。
「日向。喧嘩腰はお前の悪い癖だ。それに焔衣はつい先日
「だからですよ閃理さん。
あっ、ふーん……そういうことね。前に支部長から言われたことを思い出す。
俺の戦績を認めない人は光側の聖癖剣士にも一定数いる──知りたくもなかった事情があることを。
この半分ヤンキーみたいな日向とやらはどうやらそっち側の剣士らしい。
つーか閃理、さり気なく俺の功績を盛るな。そういう話をするからこういう誤解が生まれるんだぞ。
くっ……そうだと先に分かってたら会わなかったのに。我ながら運の悪い奴。
しかも鞘から剣を抜こうとしてやがる。まさか試合を建前にタイマン勝負をするつもりなのかよ!?
「おいおい喧嘩か? 相変わらずだなお前は」
「心盛先輩、止めるつもりじゃないですよね? これは私が白黒つけないと気が済まない問題なんです。だから──」
「いんや、止めねぇよ。好きにしな」
「いや止めてくださいよ!?」
ちょいちょいちょいちょい! 心盛さん、ここはどう考えたって止めるべきでしょうが!
作ったばっかりの『ツンデレ聖癖章』以外の聖癖章は持ってないし、そもそも剣のコーティング剤もない。
このままじゃ真剣で勝負することになりそうだ。
そうならないためにも、メルに頼んで止めてもらうしかないな。
「焔衣、交流試合すると途端に弱くなル。やるだけ無駄」
「事実だから言い返しにくいけど、その止め方は酷くないか?」
俺の意志を汲み取って止めに入ってくれたのは嬉しいが、理由があまりにもあんまり過ぎる。
弱いって……。事実だけどさ……弱いって……。
「メル。これ、地元の菓子だ。後で食べろ」
「焔衣、前の戦いで
「おいメル! 裏切るな!」
あいつ、お土産で買収されて俺を売ったぞ!? もっともな理由で戦わせる理由を作りやがった。
俺よりお菓子が優先順位高いのかよ。流石に幻滅するわ……。
メルが寝返った以上、今度は閃理と透子さんに頼むしかない。
この二人なら絶対止めてくれるだろう。そう確信している方向を見るが──
「あれ!? 閃理、透子さん!?」
居なかった。何故か閃理と透子さんはいつの間にか姿を眩ませてしまっていたのだ!
おい、どこいったんだよ! こんな危機的な状況の中でさぁ!
「さぁ、剣を構えな。あんたの実力が本物かどうか見てやるよ」
「ちょっとタンマ! あんたは何か勘違いしてる。俺は思ってるほどの人間じゃないから!」
「は? クラウディとディザストを二度撃退して、ウィスプまで瀕死の重傷を負わせたくせにそういうことを言って自分に失礼だとも思わないわけ? そういう謙遜はいいから。さっさと戦え」
うぅー……本気だこの人。なんで初対面の人にここまで強く言われなきゃならないんだ。
もうこうなったら腹をくくるしかないか? そうでもしないと気を収めてくれそうにないし。
そっと
そんな一触即発の現場に、再び声が響き渡った。
「止めなさい、燦葉」
それはまたも女性の声。今度は落ち着きのある雰囲気を纏った……とでも言うんだろうか。とにかく、第三者からの待ったがかかる。
見やれば先ほど日向が現れた出入り口とはまた別の位置にある引き戸から一人の女性が入ってきた。
その後ろには戸の横幅ギリギリな大きいサイズの大釜が物々しい圧を放っている。
ん? よく見れば閃理と透子さんがその大釜を押し込んで入れようとしてるんだけど!?
なんだアレ……と気にするよりも早く、大釜を二人に任せたままその人はこっちにやってくる。
「頼才さん……!」
「燦葉、あなたが彼を気に入らない理由なんて超個人的なことでしょ? それがバレたら一生ネタにされるわよ? 今は止めておきなさい」
「くっ……」
今の言葉に日向、沈黙。言い返さないということは図星か。半分まで抜いていた剣を鞘に戻させた。
そして、この人が例の錬金術師本人であることも知る。
「驚かせてごめんなさいね。あなたのことは常々聞いてるわ。私は“錬金術の聖癖剣士”こと百瀬頼才。よろしくね」
「あ、はい……よろしくお願いします」
スッと握手を求められたから、素直に応じる。
日向と違いこの人……思ってたよりも良い人そうな上に年上っぽいから頼才さんと呼ぶか。
もうじき暑くなる季節が近付いてるというのに厚手のローブを着込んだちょっとばかし浮いた格好の女性。背丈は俺と同じくらいか。
しかしメルが警戒するほど危険な匂いがしないんだが? 喧嘩も止めてくれたくらいだし、変人って感じでもなさそうだけど……。
そして、向こうの方でせっせこと手伝っていた二人が大釜を引きずってやって来た。
「はー、重っ! いくら喧嘩の仲裁に入るからと言って任せっきりは人使いが荒いですよ」
「ご苦労様、透子。閃理もお疲れさま」
「気にするな。進んでやったことだからな」
やっぱり見た目通り相当の重量があるようで、透子さんがバテて大釜にもたれ掛かっている。
いやマジでデカいな……。横幅だけでも二メートル弱はある。もうちょっとした浴槽だよコレ。
さっきまで一触即発の空気だったのも忘れて俺は大釜をまじまじと観察。
確かに錬金術ってこういう釜の中に材料をぶち込むイメージもあるしな。もしかして頼才さんの錬金術はそっちのタイプなのかも。
「そういやお前らはどうして戻ってきたんだ? 休暇とかじゃなかったか?」
「私は支部が襲撃にあったと聞いて、はるばる三日かけて戻ってきました。出発してすぐに事態が収束したことを聞いたものの、そのまま来ました」
「私は材料が思ったほど集まらなかったから諦めて帰ってきたってところね」
心盛さんからの問いにより、それぞれの帰還理由が判明。片や支部のために、もう片方は素材集めが上手く行かずに戻ってきたとのこと。
二人がほぼ同時にやってきたのは偶然なのかな。そうであろうがなかろうがどっちでもいいけど。
うーんと、これで俺がまだ会えてない支部の剣士は二人か。こっちはいつ会えるんだろうな。
「おい、焔衣兼人」
「えっ、はい!?」
「頼才さんが言ったんだ。今回は見逃してやる。でも次に来たその時は私と真剣勝負をしてもらう。新人だからって容赦はしないからな」
そう言い捨てて日向は運動場の出入り口へと歩いて去ってしまった。
ふぃー、取りあえず喧嘩にまで発展しなかったのは幸いだな。一瞬どうなるかと思ったけど頼才さんのおかげでどうにかなった。
去り行く姿を見送り終え、視線を改めて大釜に移す。この中には材料らしき沢山の物が入ってる。
石や植物、果てには機械のガラクタや虫、さらにどこで手に入れたのか鹿の頭骨まで。
これが錬金術の材料なん……? 確かにそれっぽいと言えばそうだけど、実際に見せつけられるとドン引きするものばっかりだわ。
「それじゃあ私も工房に戻ることにするわ。晩ご飯になったら呼んでちょうだいね」
そして頼才さんも同じくこの場から離れるようだ。ただ、大釜を軽々と引きずって向かう先は運動場の出入り口ではない模様。
ロフトに移動する階段の下に取り付けられている引き戸。そこを開けて中に入っていった。
いや近っ。工房とやらは運動場の中にあるのかよ。
そういえば聖癖章を調べる装置もあの中から持ってきてたような……。
「頼才さん、今度は何を作るつもりなのかしらね」
「装置の材料は集められなかったと言っていたからな。気晴らしに小物でも作るんだろう」
「調子も良く無さそうだったしなぁ。まぁどうせくだらねーおもちゃレベルだろうよ」
ふーん、調子が良くないねぇ……。確かメルも調子の良い時は怖いって言ってたし、あれはテンションが低い時の姿だったんだな。
なんであれ工房に籠もった以上、無闇に知ろうとうるのも野暮というものだろう。
錬金術も気になるところではあるけど、ここは気にしないでおく。
「偶然とはいえ日向と百瀬と出会えたな。
「一時はどうなることかと……って、え? 待って閃理。純騎って? そんな人と会った記憶ないんだけど」
「ん? 会って無かったのか? 鍛冶田支部長のご子息、
ええ──ッ!? なにそれ!? 閃理のカミングアウトに俺は驚かざるを得ない。
日向、頼才さん、そして
でも四人目──支部長の子供が剣士だったなんて初耳な上にその人物に俺はもう会ってるだと!?
一体どこのどのタイミングで……? 全く分からないんだけど。
「その様子じゃ本当に関わらなかったんだな。純騎は普段刀工見習いとして鍛冶師の工房に入り浸っているから、支部ではあまり会えないんだ。だから先日工房へ行ったお前だから会う機会が出来たんだが、それっぽい人物は見かけなかったか?」
「そう言われてもなぁ……」
どうやら純騎と会った──正確には会うはずだった──場所は、
え──っとぉ……、待て。今思い出すから待ってくれ。
うーんと唸りながら数日前の回想をする。
それは闇の襲撃から僅か数時間後の出来事。
画面越しに支部長からの賞賛と叱咤を受けた俺は、
閃理らは別の仕事をするために同行出来ず、心盛さんと仲良し三人組は催眠や精神攻撃の後遺症が無いかを検査するために医務室へ。
必然的にほぼ無事であった透子さんに案内して貰いながら謝罪をして周り、最後に行ったのが聖癖剣の鍛冶師が働く工房だ。
どんな所だったのかと言えば、支部拠点からそこそこ離れた場所にある林の中にあり、そこで自然に囲まれた────
……だなんていう隠れ家的な所ではなく、表向きは包丁メーカーであるがために普通に会社の施設に組み込まれていた。
刃物類を生産する工場とはまた別に建てられた工場的な建物……そこが工房だったわけである。
「お、お邪魔しま~す……。連絡は入っていると思ってますけど、焔衣兼人で~す……」
恐れおののきながら丁寧に入室。そこにいた数十名にも及ぶ屈強な男たちに睨まれ、開口一番──
「お前かァァァァァァァ!! 聖癖剣壊した奴はァァァァァ!!」
「聖癖剣一本作んのに何年かけてると思ってんだコラァァァァン!?」
「欠けやヒビならすぐ直せるけど、真っ二つはそんな簡単に修繕出来ないんだぞオラァァァァァン!?」
「どんな形であれ
「ひっ、ひえぇぇぇぇ! ご、ごめんなさいぃぃぃぃ!!」
その迫力たるや、ウィスプに殺されかけた時より怖かった……。
怒鳴られるわど突かれるわ物理的に暑苦しいわでまさに地獄。透子さんが仲裁に入ってくれなかったら逃げ出してたかもしれない。
仲裁後も暑苦しいのは変わらずで、ひとしきり怒られてから
「うおおおおおおおお!! マジで
「スゲェェェェェェ!! 実物をこの目で拝めるとは思わなかったぜ!」
「何十年ぶりの大聖剣の復活!! 鍛冶師やってて良かったァァァァ!!」
と、このように大興奮のご様子であった。
そりゃある意味剣士より剣に身近な人たちだ。伝説の剣を見て驚かない奴はいないだろう。
あんな屈強な男たちでも子供のようにはしゃいでいる。流石は
「あ、でも刀身が少しだけ溶けてるっぽくないか、これ? 普通に修繕案件じゃないか?」
「こういうデザインじゃないのか? でも資料の絵はそんな感じでもないが……」
「おい炎熱の聖癖剣士。変に荒っぽい使い方とかしてねぇよな?」
密かに誇らしげになっていると、鍛冶師の一人が剣の状態に勘付いた。
これにはドキリとしてしまう。皆一斉に視線を剣から俺の方向に変えてくる。
相変わらず迫力がすごいが、嘘をつくわけにもいかないよなぁ。そう思った俺は数時間前のことを素直に報告。
「え……と、さっき解放撃と暴露撃の本気を連続して使ったこととか……ですか?」
「この馬ッッッッ鹿野郎ォォォォォォォ!!」
あの怒声たるや、複数人もの声が見事に重なって一つの大声に聞こえたのは言うまでもない。
ゲンコツを二発ほど貰い、さらに追加で怒られてしまった俺。自業自得とはいえ不憫だぜ。
有無をも言わさず剣はそのままメンテナンスに回されることになった。
一方の俺はというとゲンコツで目を回して倒れたわけだが。
「
「俺がやる!」
「いいや、俺が!」
「間を取って俺が!」
ダウンしてる間に
う~ん、我が剣ながら人気だ。後になってもそう思うぜ。
「
「はい!」
同時進行で進められていく
そういえばそんな会話が聞こえてたような気もしなくもない。
鍛冶師の男たちに紛れて誰が誰かなんてさっぱりだったけど、確かにあの場所にいたみたいだ。
「……あー、うん。そういや確かに名前を呼ばれてた気がする。全然姿見えてなかったけど、声は何となく思い出せた」
「だろう? ほぼ会えず仕舞いだったのは仕方ない。また次戻る時にでもいいだろう」
一通りの記憶を思い出し、改めて会話のチャンスを逃していたことを知る。
多分、
非常に不名誉だけど、やってしまった以上は仕方あるまい。いつかまた会える時が来たら誤解を解くことにしよう。
「ではそろそろ時間だな。名残惜しい気持ちもあるが、お別れの時間だ」
と、ここで閃理は腕時計を確認して出発の時刻が近付いてきていることを教えてくれる。
いよいよか。あっと言う間の出来事だったような、そうでもないような。
日向から貰ったお菓子を独り占めして全部食らい尽くしたメルを連れて、心盛さんと透子さんも含めて俺たちは移動する。
そもそも支部に来た理由……というか目的。それは朝鳥さんを三班に移籍させること。
俺が運動場で暇を潰してる間、輝井と真視の二人は朝鳥さんの荷造りと運搬を手伝っている。
一体いつの間に仲良くなったのやら。ま、悪いことではないけどさ。
「邪魔するぞ。荷支度は終えたか?」
「あ、閃理さん。はい、二人のお陰で時間が余るくらいには早く終わりましたよ」
地下駐車場に置いてある一班のアジトに入ると、ホールでお茶を啜る三人の姿が。
どうやら準備はもう終わっていたようだ。俺たちが来るまでを談笑して過ごしていた模様。
「自分たちだって剣士としては先輩! この程度のお手伝いくらいどうってことはありません!」
「そうか。ご苦労だったな、輝井、四ツ目」
見事に引っ越しの手伝いという任務を終えた二人に慰労の言葉を投げかける閃理。
ちなみにだが響は現在学校にいるからここにはいない。見送りにも来れないんだと。
そんな欠席者の分まで通信教育組の二人はきっちり働いてくれたってわけだ。
え、移籍先のリーダーである心盛さんが引っ越し作業を手伝わずに俺の所にいたのは何故かって? 俺も分かんないや。
「思えば二週間といなかったのに、いざ今日でお別れってなると結構寂しいですね。一班での生活、とっても楽しかった。今思うとこれまでの人生の中で一番充実してた日々だったと思います。またいつか、一緒に暮らせたらなって」
「別にもう二度と会えなくなるわけじゃないんだし、そんな悲観しなくても」
「焔衣の言うとおリ。メルもドジな朝鳥見てて、面白かっタ。閃理も焔衣も、そんなに騒がしいタイプじゃなイ。だから朝鳥みたいな人、いなくなるのはちょっと寂しイ。たまに電話してネ」
今日から第三班所属になる朝鳥さん。俺たちとの別れはやっぱり寂しいみたいだ。
思い出に残る体験を一緒に経て、たった二週間の付き合いでも十分以上の仲間意識を持っている。
俺だって勿論寂しい気持ちはある。メルの言うとおり、朝鳥さんは少々抜けていてリアクションもいちいち大きくて騒がしさが印象に残る人だ。
第一班からムードメーカー枠が抜けるのは痛い。剣の能力的にも出来れば在籍して欲しかったと思うくらいだからな。
「安心しろよ朝鳥。三班になれば毎日楽しいぜ? 別に毎日訓練なんかしねぇし、飯も腹一杯食わせてやれるし、酒だって別に禁止しちゃいねぇよ」
「それ、本当ですか!?」
「ああ。ただ、その分訓練はキッツいけどな!」
次のリーダーである心盛さんの言葉に一瞬喜びの表情を浮かべるも急降下。
どうやら一班よりフリーダムなスケジュールで第三班は訓練などをしているらしい。
ディザストのドラゴンを五匹まとめて倒せる人の下で暮らしていくんだし、次会ったら別人になってるかも。ムキムキの朝鳥さん、想像がつかねぇ。
「ではそろそろ向かうとしよう。次の任務の行き先に行かねばならないからな」
「いつの間に……」
時間を確認した後、いつのタイミングで受けたのか閃理は一班が新たな任務を受注していることを教えてくれた。
別れは惜しいが仕事だから仕方ない。ここにいる一班以外の剣士たちを外に出して、最後の別れの挨拶をする。
「それじゃ朝鳥さん。三班でも頑張ってください。遠くから応援してるんで」
「ありがとう。焔衣くんも、閃理さんもメルちゃんも頑張ってね!」
別れ際、俺は朝鳥さんと握手してお別れをする。閃理も同じく、メルはグータッチで最後の触れ合いを終えた。
「では心盛さん。朝鳥のことをよろしく頼みます」
「おうよ! 次会った時はお前んとこの剣士全員より強くなってるかもな」
「響さんがいないのは残念ですが、その分自分らが見送りますので!」
「はい。私たちももっと強くなります。その時になったら、私との試合をお願いしてもいいですか?」
「そうね。次会ったらまた
後はそれぞれ支部の剣士たちとの会話を少々。どうやら今回の件で強さを求めるという気持ちに火がついた模様。
支部という絶対安心とされてきた場所が襲撃されたんだ。これまでより更なる向上を目指していくことだろう。
真視との試合の約束を取り付けると、俺たちは車に戻る。閃理を運転手として、第一班の移動拠点は出発した。
拠点内部は少しだけがらんとして寂しさを感じた。
朝鳥さんの存在は意外と大きかったんだなぁと今になって思う。
「……よし、うじうじなんかしてられないよな。メル、さっそくだけど訓練やろうぜ」
「うン。
「オッケー。今度は負けねぇからな」
そこはかとなく感じる物足りなさを紛らわすように、俺たちは訓練に打ち込む。
この間にも車は次の目的地に向かって走り続ける。新たな剣と剣士を求めて──
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