第五十九癖『邪悪な催眠、すり抜ける』

「ぐ……、透子さん……!」

「良かった、生きてるわね。遅れて本当にごめんなさい。ここからは私に任せて」


 危機的状況を救ってくれたのは透子さんだった。

 クラウディにやられて地面の中に引きこもってたはず。連戦が続いたとはいえ、実は今の今まで忘れてたのは内緒だ。



【聖癖リード・『アルラウネ』! 聖癖一種! 聖癖唯一撃!】



 聖癖をリードした透子さん。俺のわき腹すれすれに擦貫すりぬけを突き立てると、全身を包み込むように植物が生えて俺の身体に巻き付いてきた。


 何をするかと思えば、ゆっくりとだが俺の身体から疲労や痛みが引いていくのを感じた。これも回復系の聖癖章なのか。


いったぁ……。誰かは知らないけど、良いとこで邪魔しに来やがって……!」


 勢いよく蹴り飛ばされたウィスプが起き上がる。

 心底目障りそうな視線を向けているけど、そんなことを気にする素振りも見せずに透子さんは口を開かせた。


「一部始終、見ていたわ。まさか閃理さんに化けるなんてね。私の妹や後輩たち、まさか心盛さんにまで手を掛けた────もう生きて帰れるとは思わないことね」


 お、おう……。何か怖いぞ透子さん。この人もどうやら怒り心頭のようだ。


 俺みたいに爆発するような感じじゃなく、静かに熱を滾らせる感じだ。所謂怒らせちゃいけないタイプってやつ。


 剣を引き抜き、ウィスプに立ち向かう形で移動する。纏うオーラがものすごい圧を放っているぞ。


「へぇ、あの三人の内一人は妹さんなんだ。それなら人質にでも取っておけばよかったかなぁ!」

「黙りなさい。彼のおかげで今のあなたはもう私に勝つことは出来ないわ。このままだと本当に死ぬことになるわよ?」

「ははっ、第七剣士を見くびらないでほしいなぁ。君一人、今の私でもどうとでも出来る」


 挑発紛いの言葉をウィスプは言うけど、透子さんはそれを一蹴。改めて敗北宣告を突きつけた。

 でも悪癖円卓マリス・サークルの座に着くだけはあってか退くことなく反論する。


 お互いに近付きあって残り数メートル。その範囲に踏み込んだ時、二つの剣から音声が鳴った。



【聖癖暴露・透瑞剣擦貫スクみずけんすりぬけ! 深潭へと沈み逝く神聖なる透徹!】


【悪癖暴露・催眠剣誘囁さいみんけんささやき! 邪悪なる囁きが誘う暗黒の幕切れ……!】



 瞬間、透子さんはダッシュする。剣ではなく左腕を構えて。

 一方のウィスプは剣を再び逆手持ちにし、ミラー部分を見せつける。



「聖癖暴露撃────」


「──強制衰退催眠の術!」



 剣士同士の交錯。一瞬にして二人の立ち位置は逆になり、そして動きを止めた。

 今の勝負、どうなったんだ……? この沈黙が俺にとってどれほど長く感じたことだろう。


 先に動きを見せたのは────ウィスプだ。


「……まさか、冗談はったりを真に受けないとはね。そういうとこ、私の嫌いなタイプだ……」


 そう呟くと、前のめり気味になって倒れた。その背中には大量の血が焦げた服装を濡らしている。

 そして透子さんはというと──左腕を真っ赤に染めて、膝を突いていた。


「……生き血奪いし魔手──。ええ、あなたは闇の剣士でもかなりの嘘つき人間だって話は聞いているもの。嘘に踊らされるほど私は弱くないから」


 背中で語りながら、腕の血を振り払う透子さん。

 この勝負……俺たちの勝ちだ! 最後に透子さんが悪癖円卓マリス・サークルを倒したんだ!


 しかし勝利の余韻に浸るのも束の間、俺は体を纏う植物から抜け出そうとじたばたし始める。


「ちょ、これ。うおお、逃げないと……!」


 何を心配しているのかと言うとウィスプを倒したことによる誘囁ささやきの報復だ。

 あんな大量の血を出したんだから、失血死にでもなって俺や透子さんに報復が行く可能性がある。


 いやあああ、間に合えっ! 催眠の権能を宿した報復とか絶対ロクなもんじゃないって!

 イモムシみたいにぐねぐねしてる俺に、近付いてきた透子さんから声をかけられた。


「安心なさいって。擦貫すりぬけの力でウィスプの身体からちょっとだけ血液を抜いただけだから。女の子は半分くらい血が無くなっても死なないわよ」

「それはそれでめちゃくちゃ怖いこと言ってますけど自覚あります!?」


 えぇ、マジで? 擦貫すりぬけの権能って物体透過と防御無視だけじゃなくそんなことも出来るのかよ!?

 つまり今のウィスプは出血性ショックで気絶してるってこと? 聖癖剣、何気にエグい技多いな。


 はぁ──……、でもまぁ何とか勝つことは出来たんだな。改めて勝利を実感する。

 聖癖の力で俺も動く分にはもう平気だ。植物から何とか抜け出して倒れる今回の敵へ近付く。


 ウィスプか……。こうして見れば本当にただの女の人だ。火傷と出血が無ければだが。

 それにさっき言った嘘つきってどういう意味なんだか。確かに閃理に化けて俺を騙したけど。


「あ、そういえば透子さん! 四人は……」

「そっちも心配しないで。あなたが戦ってる時に移動させてはいるから解放撃の余波は受けてないはずよ。それに、ただ眠ってるだけだから大丈夫」


 スッと血塗れの左手が指す方向を見れば、遠くにまで離された保管庫前で横たわる四人の姿が。

 眠ってる……? 殺されたわけじゃないか。そりゃそうか。死んでたら報復が発生するもんな。


 それを聞いて一安心だ──とはならず、まだ大問題が残ってる。それも、とびっきりヤバいのが一つ……。


 だがこんな時でも脅威はやって来るもんだ。

 ふと見やった先、今は霧も晴れて遠くまでを見通せる快晴に戻った空の奥よりある生物がやってくるのが見えた。


「むっ、あれは……!」

「おいおい……、まだ続くのかよ!?」


 それは龍。もう考えにリソースを割かずとも分かる。ディザストの刺客に違いない。


 顎がブルドーザーかってくらい大きく突っ張った空飛ぶ龍。表現に困る大声で鳴きながら俺たちのいる方向へ真っ直ぐ迫る。


 あの質量が落ちたら流石にヤバい! 迷わず俺も透子さんも回避を選択していた。

 その瞬間、予想通り構わず突っ込んでくる顎龍。それも、に向かって!


 まさか任務に失敗した仲間の始末か──と思ったけど、どうやら違うかもしれない。

 瀕死のウィスプを地面ごと抉って回収したんだ。そのままUターンして来た方向へと戻って行く。


 あっと言う間の出来事に俺、唖然。もし疲労を回復させてもらえてなかったら間違いなく巻き込まれてただろうな。


悪癖円卓マリス・サークルだもの。見捨てるはずないわよね」

「──っはぁー……。最後にやられたなぁ」


 地面から顔を覗かせつつ、顎龍が去るのを見届ける透子さん。もう後を追う力は無いんだろうな。

 それは俺も同じ。もうクッタクタだ。尻込むかのように座り込んでため息を吐き出しておく。


 一番安心出来ると思ってた支部という場所で、まさかこんなことになろうとはな。

 クラウディに拉致されかけ、ディザストには守られ、ウィスプに至っては殺されかけた。


 それだけじゃなく一瞬輝井たちに敵対されかけるし『ツンデレ聖癖章』粉々にもなった。

 中でも一番ヤバいのは遮霧さえぎりことである。これはもう弁解の余地もない失態だ。


 それを思い出して俺は焼け野原の中を急いで探す。そう時間をかけずに見つかったそれは、いやぁもう改めて見てもマジでヒドい状態である。


「嘘……!? 聖癖剣が溶けて真っ二つじゃない! 一体何したの!?」

「えっと、解放撃と暴露撃を二連続で使って……。うわぁ、これどうすればいいんですかね……」


 見事に柄と剣身の二分割となった遮霧さえぎり

 聖癖剣って壊れるものなんだな……。思いつく限り最悪な形で学びを得てしまった。


 ああもう震えが止まらない。正直言ってすげぇ泣き出したい。厳しい処分を下されるに決まってるでしょこんなのぉ!






 こうして悪癖円卓マリス・サークルによる支部襲撃事件は辛くも俺たちの防衛成功という形で幕を閉じた。


 あの後、閃理たちとも無事に合流。中々来れなかったのは剣機兵改ソードロイド・ツーの増援により阻まれたからだそう。


 眠らされた剣士たちも大丈夫。これといった怪我もなければ、精神攻撃による後遺症もなく済んでいる。


 結果から見ればそう悪いことになったわけじゃなく、むしろ剣をどんな形であれ守りきったことは評価に値するとして支部長から俺たち九人の剣士が表彰された。


 ……それはそれとして俺はめちゃくちゃに怒られたけどな!


 さらに関係者全員に謝罪する羽目になったし、剣の管理修繕を担当する鍛冶士たちからは激しく非難された。


 おまけに焔神えんじんを酷使したことも咎められてメンテナンスという名の没収をされる始末。

 やっぱ大技二連発は不味かったみたい。今後は気を付けて使います……。


 特筆すべき点はそんくらい。他はまぁ……ネチネチ言われたことを透子さんに謝られたり、輝井たちの誤解を解いたりしたりと、大体そんなところか。


 こういうことは金輪際起きないで欲しいって思っても全然普通にやってくることを今回学んだわ。


 こってり絞られた俺はその日、疲れもあってすぐに部屋で寝ることにした。

 つーか寝なきゃやってられなかった。そんくらいショックというか……要は疲れてたんだわ。






 ああ、あと一つ。今回の件で少しだけ闇側の……特にディザスト周りのことを知ることが出来た。

 閃理なら知ってるかな……。ディザストにかけられてるってやつを。


 今なら冷静に考えられる。自分のベッドの上で静かな夜を過ごしている俺は昼間のことを思い出す。


 俺のことを下の名前で呼んだこと────俺自身呼ばれ方なんてあんまり気にしないけど、敵がいきなりそう呼んできたのは流石に気になる。


 あの時感じた妙な既視感も何だったんだろうな。

 クラウディから守ってくれたこともそう、行動一つ一つに違和感や矛盾を感じる。


 もしやだが、ではあるまいな。


「ディザストが龍美本人なのか……? いや、まさかな」


 行き着いた仮説は、俺が最も否定したい内容。

 馬鹿げてる……そう思い、思考を中断した。


 ありえない。我ながら妄想も甚だしいぜ。あろうことか敵に親友の面影を感じてしまうなんて。

 あいつはむしろ龍美をどこかに監禁している側。理由は何であれ許される行為じゃない。


 次こそ倒し、そして居場所を聞き出す。俺があいつに求めるものはそれだけだ。

 そう、それだけ────だと思う。











「…………はっ」


 長いような、あるいは一瞬だったような眠りから、不意に目が覚めた。

 ここは……というテンプレな台詞を口にするよりも早く状況を理解する。


 ベッドに横になっている身体は包帯でぐるぐる巻きにされている模様。どうにも動きづらくて適わないなぁ。


 どうやら今いる場所は病室らしい。あの戦いの後、どうやって連れ戻したかは知らないけど闇の聖癖剣使いが所有する病院に搬送されたと考えるべきだろうね。


 大火傷に加えて血まで抜き取られたにも関わらず、幸運にも生き延びれたらしい。

 本当に奇跡だ。良くも悪くも、ね。


「おはようございます、ウィスプさん。具合は如何ですか?」


 すると、横から誰かが声をかけてきた。

 雰囲気だけなら死ぬ間際かと思わせるくらいか細い声。当然聞き覚えはあるよ。


「……やぁ、イルネス。まさか相部屋とは思わなかったな」


 動かしにくい頭をちらっと声の聞こえた方向に向けると、そこには上体を起こして本を読むのを中断している病衣の女性がいた。


 私も小柄な体格だけど、それを上回るくらいに貧相……もとい、病的に細い身体をしている。

 いや実際に病人なんだ、彼女は。だから基本会議には不参加だし任務も遂行しない──出来ない。


 剣が無ければきっと部下の剣士にも劣るだろう。それくらいに異質な存在なんだ。


 そんな彼女の名前は『虚弱イルネス』。信じられないだろうけど悪癖円卓マリス・サークルの剣士で、序列は第九剣士にあたる。


 階級こそ私より二つ下だけど実力は侮れない。

 ただ人づてに聞いた話であって、私自身戦ってるところを目撃したことはないんだけど。


 そんなイルネスのことを軽く見ながら、今度は壁に掛けられたカレンダーを確認。

 日めくりタイプのそれは、敵の支部に侵入を試みてから一週間近く経っていることを教えてくれた。


「そっかー……。一週間も寝ちゃってたか。というかこの短期間でよくここまで回復させたよ。お医者さんには感謝しとかないと」

「そうですね。『癒式メディック』さんも搬送直後の状態にとても驚いてましたから。どうしてこれで生きてるんだーって」

「我ながら意識が無い間でも人を驚かせるとは思わなかったよ」


 私を治療してくれたのはどうやらイルネスの部下だったらしい。

 そりゃあ、ここは闇の聖癖剣使いが経営する病院だし、当たり前と言えばそうなんだけどさ。


 聞けば助かったのは本当に奇跡的だったみたいだ。全身火傷&大量失血。それでギリギリ生きてたんだから驚かれても仕方がない。


 いやはや、自分の生命力の強さにはちょっと引くわ。心からそう思うよ。


「あー、目が覚めたわけだし教えとくべきかな。ん……ちっ、全然ボタン押せない……」

「大丈夫ですよ。私のコールボタンでメディックさんをお呼びますので」

「恩に着るよ、ほんと」


 何から何まで第九剣士グループにお世話になりっぱなしだ。これじゃどっちが病弱か分からないね。


 自虐を込めた笑いを浮かべつつ、コールボタンが押される様を傍観。これで彼女の部下を介して組織に私が目覚めたことが伝えられる。


 流石の私も憂鬱な気分。何せ初めはクラウディに全部押しつけたくせに、途中で炎熱の聖癖剣士がトキシーを傷つけた件を思い出して仕返しのために乱入したわけ。


 おまけについ欲を出して成果を横取りしようとも考えてしまった。その結果が失敗これ

 やってる途中だった任務もほったらかしだし、こりゃ怒られるのは目に見えてるわけよ。


「はぁー……。ため息しか出ないね。今はあなたが唯一の癒しだよ、イルネス」

「それは何よりです。こんな私でも誰かの頼りになれたのであれば幸いですよ」


 にっこりと弱々しくも優しい笑みを浮かべるイルネス。

 もし病に冒されていなければ剣士ではなくモデルにでもなっていたであろう美貌。ミイラ女状態の私には眩しくて適わないや。


 そこから数分程度の時間をおいて、メディックがナースカートと共に病室へとやって来た。

 一見するとただの看護師。でも医療品などを置くカートの中には聖癖剣の柄が覗かせている。


「失礼します。ウィスプ様、お目覚めになられたようで何よりです」

「ああ、あなたのおかげでこの通り、生き永らえちゃった。借りが出来て困ってたところだよ」

悪癖円卓マリス・サークルから借りを受けるなど私には勿体ありません。どうかお気になさらず」


 そう淡々と返答してくるメディック。生真面目な彼女らしく、今は医師としての面で接してくる。

 どうにもこういう堅苦しさがあって個人的に彼女には苦手意識があったりなかったり。


 ただ勝手をして痛い目に遭った私が文句を言える立場じゃない。私の方が階級は高いとはいえ、大人らしくここはお言葉に甘えておこう。


 意識を取り戻したとあらば、次にやることは診察だ。今は簡易的に執り行うけど明日以降はもっと本格的に調べるんだと思うと今から億劫になる。


「……血圧と脈拍、共に正常値ですね。手足の感覚も問題無さそうですので、後でギプスは外しておきましょう」

「助かる。どうにもこれは不便でさ、一刻も早く取ってくれたら嬉しいんだけど」

「今はまだ着けておくことをおすすめしますよ。それでもと仰るのでしたら外しますが」


 うん? それってどういう意味なのかな?

 怪しげな台詞から一転。何か急に廊下が騒がしくなってきたんだけど?


 この謎の騒音は二人の男女の声による物だ。それらが近付くにつれて、すすすっとメディックが扉から距離を取る。



「毎日毎日着いて来ないでください! 私もウィスプさんもあなたの存在なんて疎ましくとしか思っていませんので!」

「そう固いこと言うなって。お前とウィスプがあるところに俺ありだぜ? 第一大事な仲間なんだし、俺だって見舞いする権利くらいある。一緒くらいいいだろ?」



 扉の奥でやいのやいの行われる激しい言い争い。

 ああ、もうこの時点で全部察したね。これには私もくくくと笑みが浮かんでしまう。


 その瞬間、病室の扉がバーン! と大きな音を鳴らして開かれた。同時に二人の剣士が転がるように入って来る。


「ウィスプさん!! 良かった、本当にお目覚めになられたのですね。もう一生起きないのではと私は心配で心配で食事も喉を通らなくて……」

「ウィスプ、お前ってやつは起きるのが遅いぜ? まさか今までずっと寝てたフリなんかしてねぇよな?」


 騒がしい登場からまくし立てるような言葉の数々。はは、この二人もいつも通りだ。


 やってきたのは第八剣士『厨毒トキシー』と第五剣士『絶縁リーバー』。この二人が真っ先にお見舞いにくるのは何となく分かってたよ。


 でも来るの早すぎないかな? ナースコールしてから三十分も経ってないんだけど。

 まぁ何だっていいけどさ。来てくれてただけありがたいよ。


「十日ぶりにお話出来て嬉しい限りですわ……。話は聞いてます。でも私のために無茶はしないでください! 今回のように何かあったら私……」

「ごめんごめん。トキシーの腕のことを思い出したら居ても立ってもいられなくなってさ」

「うぅ……このお馬鹿ぁ」


 そのまま泣き崩れてベッドに顔を埋めるトキシー。この様子じゃ相当心配させてしまっていたみたいだ。


 私だってここまでさせれば多少なり申し訳ない気持ちにはなる。

 人間、欲に目が眩むとろくなことにならないね。今後はそこんところは注意しないと。


 一気に賑やかさを増したこの病室。ここ、イルネスとの相部屋だって二人も知ってるはずなのにね。


「リーバー、君もよく来てくれるよ。お見舞いに来てくれる友達のありがたみに感涙したところだ」

「ははっ、ダチだなんて心にも無ぇことを言いやがるぜ! そんなことよりも良い笑い話があるんだ。さっきトキシーがした食い物の話だけど、本当は見舞いの食いモン馬鹿食いして二キロ太って────ぐぼぁッ!?」


 さらりと発言された衝撃の暴露。しかし全部を言い切る前にトキシーの拳が発言者を襲う。

 そのまま壁に叩きつけられるリーバー。ここ病院なんだけど?


「ウィスプさん! 今の話は事実ではなくて、その……毎日持参するお見舞いの果物が手を付けられず萎びていくのが忍びないと思って、普段の食事の代わりに食べていただけで──」

「こいつの今の体重を知ったのはマジで偶然だけど、あの時は本気で死ぬかと思ったぜ。暴露撃、解放撃、混沌撃、全部ブッ込んできやがったし」

「女性の体重を勝手に盗み見るのは重罪ですのよ!? 本当にそういうデリカシーの無い行動は謹んでください。次やったら本気で殺しますわよ?」


 うーん……また口論が始まった。さっきから何度も思ってるけど、ここ病院だし相部屋なんだけど。


「ごめんねー、煩くしちゃって」

「いえいえ、お二人とも毎日お見舞いにいらっしゃるお陰で、私も久しぶりに飽きの来ない日々を過ごせていますから、お気になさらず」


 ははぁ、年だってそれほど離れてないだろうに病人であるイルネスの方がまるで大人だ。


 あの二人にこのお淑やかさを分けてあげたいくらいだよ。爪の垢を煎じて飲ませようかな? 冗談だけど。


 とまぁ、口論がヒートアップしてきたところで、この部屋にもう一組、お見舞いに来てくれた人たちが現れる。私にとって今一番敬遠したい人がね。


「お邪魔するよー。うん、報告通りきちんと起きてるね。流石第七剣士だ」

「げっ、クラウディ……」


 そう、次に来たのは第三剣士のクラウディ……と、珍しく同行しているディザストの二人。

 私が彼女の訪問に良い顔をしないのは、先日の件が話に上がるのは確定的だからだ。


 これには流石に気分が落ち込む。誰だって仕事の失敗なんて掘り返されたくないでしょ?

 今からそれをされるんだから元気もなくなるわけだ。あーあ、何て言われるのやら。


「クラウディさん……」

「おっす、クラウディ。あんたも見舞いか?」

「君たちは相変わらず喧嘩ばっかりだね。まぁ、私も目的の半分は同じさ」


 言い争っていたトキシーとリーバーも、彼女の登場に口を閉じる。

 静かになった反面、やっぱりお見舞いだけが目的じゃないことが分かって内心ため息ばかり。


 しょうがないけど覚悟は決めとかないとね。どうなることやら。


「ウィスプ、気分はどうだい?」

「お陰様で絶不調だよ。挨拶はいいから早く用件を言ったら? ボスは私に何の処分を下した?」

「ご機嫌斜めだねぇ。ま、それも仕方がないか」


 当然挨拶から始まるけど、私はそれを一蹴して処分の内容をすぐに言うよう求めた。

 今回の件。ただでさえクラウディに奪還任務を代わりにやらせ、私が本来遂行していた任務を放置。


 それだけに留まらず個人的感情に突き動かされて奪還任務に乱入し、成果の横取りを企んだだけでなく聖癖剣の回収に失敗。


 そして遮霧さえぎりの破壊──これが何より一番不味い。

 単純に剣士の数が減るのもそうだけど、その剣から作られる聖癖章が希少な存在になる。


 特に遮霧さえぎり──『目隠れ聖癖章』はその汎用性もあって多くの剣士が所有している。

 それがもう製造不可となるのはかなりの痛手。多分処罰の大部分はそれが理由になるはず。


 まぁ、こういう背景もあって、どう考えたって始末書で済む問題じゃない。最悪剣士を辞めさせられるかも。


「それじゃあ言うよ? えー、『暗示の聖癖剣士ウィスプには半年間の療養期間も含めた謹慎処分と、復帰後の任務内容の変更を命ずる』だって」

「……え、それだけ?」


 この報告に、流石の私も唖然とせざるを得ない。

 だって今回の失敗は取り返しのつかないレベルのミスだ。剣士を辞めさせられることはなくても、降格処分だって十分検討範囲内のはず。


 それなのにどうして……? 一体ボスは何を考えてこの判断をしたんだかね。

 ま、何であれこの処分内容に文句は無いよ。むしろラッキーだ。


「半年か~。クラウディが謹慎した時でも四ヶ月だったんだけどな」

「でも良かったですわ。もしこれで組織からの追放処分でしたら、私も辞める選択をしていたかもしれません。まだ同じ場所にいられる……それだけで私は十分嬉しいですわ」


 謹慎期間を気にするリーバーとは裏腹にトキシーもこの処罰内容には満更でもなさそうだ。

 そっと包帯で巻かれた腕に手を添えてくれる。ほんと優しいなぁ……。やっぱり私の大切な人だ。


「じゃあ、退院したら復帰するまでトキシーの家に住まわせてもらおうかな? ここ最近はあんまり行けてないからね」

「……っ! ええ、復帰までとは言わず一生でも構いませんわ!」

「ほーん、いいなそれ。俺も住まわせてくれよ!」

「あなたには犬小屋ですら広すぎますわ。凍え死んでいただけるなら敷地の外までなら来ても構いませんが」

「なっはっは、相変わらずキビシーぜ」


 まーたリーバーが私たちの間に挟まろうとしてる……。ふふっ、この漫才はいつ見てもくだらなくて面白いけどね。


 謹慎中の居候先も見つかったことだし、後はゆっくり身体を休めることに専念しますかな。

 口喧嘩を傍観していると、クラウディがイルネスの所に行って何かを耳打ちしているのが見えた。


 ……何か用事でもあるのかな? 何であれ今の私には一切の関係はないだろうけど。


「それじゃあ私たちはここで失礼するよ。ウィスプ、今回の件は正直あんまり良いこととは言えないけど、トキシーのために起こした行動なんだろう? 大切な恋人のために動いたことは賞賛出来る。うん、あまり気を落とさないようにね」


 そう言い残してクラウディと終始空気だったディザストはこの場から立ち去っていった。


 あの人もあの人で甘いね。こっちの身勝手に怒る権利くらいあるだろうに、流石は元教師だ。無闇に怒り散らさないだけの人間性がある。


 正直あの人は組織の中じゃわりと苦手な方だけど、ああいう理解力の高さは尊敬出来る。私も精進しなきゃね。


「ん? おいトキシー。そろそろ時間じゃね?」

「え、あら。そうですね。電車に間に合わせるにはすぐに出ないと……って、なんであなたが次の仕事の時間を把握してるんですの!?」

「だって次の任務は俺と一緒だぜ!? 把握してて当然だろ」

「え゛……初耳ですわよそんなこと!?」


 あはは、どうやらこっちもこっちで大変そうだ。リーバーと一緒だなんてツいてないね。

 心底嫌そうな顔を浮かべながらも、時間が迫るせいで大人しく同行して二人は退室した。


 一気に静かになった病室。改めて落ち着ける空間となったこの部屋で、私はため息を吐く。


 仲間がお見舞いに来てくれて勿論嬉しいさ。でも、やっぱり騒がしくされればそれなりに疲れるってもんだよ。今の私なら特にね。


「そういえばイルネス。さっきクラウディに何を言われてたの?」

「え? まぁ……別にこれといった内容じゃありませんよ。ただ、ちょっと久しぶりに外出する理由が出来た──というだけですね」


 ついさっきの耳打ちについて訊ねてしまったけど、なんかはぐらかされてしまった。

 病人であるイルネスの外出……か。それは一体どっちの意味なのかな?


 すると、同じく空気になっていたメディックが部屋の端に置いてあった車椅子を用意。それをイルネスのベッドの横へ近付けさせた。


「すみません。私はこれから日課のお散歩に行きますので。戻ったらまた何か別のお話をしましょう」

「そっか。まぁ、私も何だか眠くなってきたし、そんな無理しなくてもいいよ。それじゃあね」


 慣れた動きで身体を車椅子に移動させると、メディックと一緒にイルネスは部屋から出ていってしまった。


 一方の私は大きなあくびをして、さっきの喧しさが原因か妙な疲れと眠気に襲われていた。

 抗う理由もないから私はこのまま寝るけど。


 一人っきりの部屋は流石に寂しいね。まるでこの空間に幽閉されてるみたいでさ。

 このまま起きてると嫌なことも思い出しそうだから、さっさと睡魔に身を委ねてしまおう。


 うつらうつらと瞼が重くなって来た時、私の脳は不意にある剣士の顔を思い出させてきた。



『──嘘に踊らされるほど私は弱くないから』



「……ちっ、あの女……気に入らないな」


 倒れる直前に言われた言葉と共に浮かぶ剣士の顔。名前は知らないけど、ここまで癪に障るのも久しぶりだ。


 次が来たら──来ることがあれば、その時はたっぷりお礼をしてやらなくちゃね。

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