第五十八癖『闇の暗示、焔が融かす』

 この人物の登場に歓喜したのはきっと俺だけじゃないはず。

 あんたのことをずっと待ってたぜ、閃理! 信じてたぞ!


「君は確かに剣機兵ソードロイドで足止めをしていたはず……。もう倒したとでもいうのかい?」

「そのまさかだ。どのような改良を施していても俺の敵ではない」


 この問答も何だか安心感がある。敵に対して強気な姿勢を取るのはいつもの閃理らしいな。


 信頼出来る人物の登場に、俺は安心のあまり脱力してしまう。そりゃそうもなるわ。

 上位剣士が二人揃ったことで、諦めかけていた形勢の逆転も不可能では無くなったわけだからな。


 心盛さんはディザストを相手にし、閃理がクラウディを相手にする。俺たちはそのサポートに回れば完璧な布陣の完成だ。


 こうなったらあともう一息。疲労の溜まった身体に鞭を打って俺も戦闘の態勢を取り直す。


「悪いが時間も惜しいのでな。速攻で決めさせてもらうぞ!」

「……! へぇ、そういう魂胆か。悪いけど今の君に負けてやるつもりはないよ!」


 ついに始まった上位剣士と第三剣士の戦い。あの時以来だから、かなり久しぶりだぜ。


 容赦のない理明わからせによる連続切り。今回は盾持ちだから防御も堅い相手だけど、そんなことなどお構いなしに攻め立てる。

 これには流石のクラウディもたじたじだ。


「……ッ! しかし君にしては珍しく強気な攻めに出るじゃないか。もしかして、自分の良いところを見せようと躍起になっているのかい?」

「くだらん妄想はよせ。何度も言っているだろう。闇の聖癖剣使い殲滅が俺の目標にして悲願だと。そのようなつまらない貴様の考えと同じにするな!」


 問いに対し毒付いた言葉を吐き返しながら鍔迫り合いへ。


 やっぱり二人の実力は互角か……? まだ本気を出しきってないのだろうけど、それでもすげぇ戦いになってきているぜ。


 正直サポートしてやろうと思ってたが、入り込める隙が無い。

 無理に手伝いに行けば味方を妨害し、敵の方を援護してしまいそうになってしまう。


 今の俺たちに出来るのは応援することだけ……負けんなよ、閃理!


遮霧さえぎりが回収した剣だ。お前たちに取り返されるなど言語道断! 大人しくそれを渡せ!」


 ここで閃理、再び攻めに出る。徐々に押され始めていくクラウディ……なんだけど、俺は一瞬何故だか違和感を覚えた。


 いや、何て言うのかな……。今の発言が妙に引っかかるっていうか、変な感じだったんだ。


 剣を取り返したのは事実だけど、それは朝鳥さんがいてこそ達成出来たこと。閃理が自分自身で取り返したわけじゃない。


 閃理がそんなこと言うか? でもまぁ第一班の総意という意味で言ったのかもしれないし、状況が状況だから訊ねはしないけど。


 うーむ……ん、そういえば閃理って突きの攻撃が得意だったはず。

 勿論突き以外の攻撃を全くしないわけじゃないけどさ、基本的にそれをメインにしているわけ。


 でも今の閃理は攻撃的な動きで攻めているけど、突きの動きを全くしていない。それに気付いた。

 これも俺の知らない面なのか? あるいは単に俺が気にし過ぎてるだけなのかな……?


「いっけ──! 閃理──!」

「頑張ってください、閃理さん!」


 気付くと俺は閃理への応援を止めていた。響や輝井たちは違和感に気付いてないのか、普通に応援している。


 疲れで俺がおかしくなっちまってるのかな?

 そうだと思いたいんだけど……くそっ、違和感が妙に気になって集中出来ない!


 本当にあの人は閃理なのか? でも姿形は本人だし声も同じ。言動が普段とほんの僅かに違うだけでこんなにも気になるものなのかよ。


 ……いや待て、そういえば閃理ってさっきどこからやってきたんだ?


 辺り一帯は霧に包まれてて方向感覚を狂わせてくるけど、俺の勘が正しければ剣機兵がいる会社の正門は保管庫の向こう側にある。


 つまり本当なら今後ろでディザストと心盛さんが戦っている方角から来るはずなんだ。

 でもあの閃理が来たのはクラウディが逃げようとしていた真正面の方向。それも何かおかしくないか?


 基本的に理明わからせの情報に従って動く閃理がわざわざ何十キロも迂回して正面からやってくる選択を取るだろうか?


 確かに『褐色聖癖章』を使えば不可能ではないけど、それをしてまで迂回することに意味があるとも思えない。


 そもそも他の二人はどこにいるんだ? まだ剣機兵と戦っているとしても、メルがいるとはいえ朝鳥さんという素人を残して先に行くものなのか?


 どうにも猜疑心が湧いてきてならない。もう俺は今の閃理の存在を喜べなかった。


「甘いッ!」

「ぐぬっ!?」


 そうこう考えていたら閃理の一撃がクラウディの持っていた遮霧さえぎりを弾いて吹き飛ばした。

 霧の向こうへ飛んで行き、その姿を一瞬で眩ませてしまったけど。


「焔衣! 遮霧さえぎりを!」

「え……あ、うん!」


 すると不意に俺の名前を呼んだ。どうやら俺に遮霧さえぎりを回収させようとしているみたいだ。

 やっぱり本人かな……? 疑惑はさておいて、俺は回収に行く。


「させない!」

「通すものか!」


 クラウディを押さえ込む閃理。時間を稼いでくれている間に早いとこ見つけないといけないな。


 吹き飛んだと思われる場所へ直行。というか霧もいつの間にか数メートル先さえ見えないくらいに濃くなってやがるわ。


 どこだ……? どこに飛んでったんだ、遮霧さえぎりは。

 しばらく地面を這い蹲って探していると、こつんと手元に何かがぶつかった。


「……! あった、遮霧さえぎりだ!」


 ついに目的の物を発見! 予想してた場所よりも遠くにあったけど、何とか見つけ出せた!

 それを持って急いで戻る。これでこの戦いは終わりを迎えるだろう。ほっと一安心だ。


「閃理! 剣を見つけた!」

「でかした。クラウディ、剣は確かに返して貰ったぞ。お前の負けだ!」

「くっ、そんな……」


 クラウディとの距離を離していた閃理の側へ近付くと、剣を渡すよう手を出されたから素直に渡す。

 遮霧さえぎりを見せつけながら、クラウディへ敗北を突きつけた。


 これには自分のペースを崩さないクラウディも、今回ばかりは悔しさを表情に浮かべている。

 あんな顔もするんだな、と思いつつ相手の反応を伺う。


「……悔しいけど今回の任務も失敗みたいだ。君を警戒しつつ動いたつもりだったけど、まだまだ甘かったみたいだね」

「焔衣を──他の剣士全員を愚かにも見くびったお前の落ち度が招いた結果だ。失敗して当然だ」


 閃理が手に持つ遮霧さえぎりを前にしては、持ち前の諦めの悪さも流石に鳴りを潜めるか。

 大きなため息を吐き出して、クラウディは別の方向で戦いを続けているディザストに声をかける。


「ディザストくん。残念だけど今回はもう終わりにしよう。撤退だよ、撤退。皆で帰ろう」


「……分かりました。今行きます」

「逃がさねぇ────うぐッ!?」


 話をすんなり聞き入れたディザスト。心盛さんの攻撃をかわしつつ、剣で地面を僅かに掘って目潰しを食らわせた。


 怯む心盛さんを尻目に足早にその場から立ち去る。クラウディの下へと戻ると、剣から龍を召喚してそれに乗り込んだ。


「それじゃあね、焔衣くん。一応言っておくけど私はまだ君のことを諦めたわけじゃないから。次に会える日が来たら、その時こそ君を私の物にする。絶対にね」

「あなたはいい加減諦めてください。……炎熱の聖癖剣士、くれぐれもこの後も。僕ら闇の聖癖剣使いは次にいつ襲ってくるか分からない。死にたくなければ常に用心しておくべきだ──では」



「────チッ、余計なことを……」



 この瞬間、どこかから知らない声が小さく毒づく言葉が聞こえた。

 そして龍は助走を付けてから飛び立つ。二人の襲撃者は濃霧の中に飲まれ、消え去ってしまう。


 クラウディのはともかく、ディザストの言葉の意味は今後も俺を狙ってくるってことなのかな。

 だとすれば恐ろしい言葉を残してくれるぜ。安心出来なくなるだろうがよ。


 でもまぁ、とにかく戦いはこれで終わりか。長く感じたようにそうでもないような──

 何も見えない霧の中を呆然として数秒後、後ろから声が聞こえた。


「う~、くそっ。あの野郎、土で目潰ししてきやがるとは」

「心盛さん。大丈夫でしたか?」

「ああ。ところで目薬持ってるか? 流石に無ぇか。あーもう、目がゴロゴロして苛つくな」


 しきりに目を擦りながら心盛さんがこっちに来たようだ。

 あんまり擦ると目に傷が付くぞ、と言いたいところだが、そんなことは余計なお世話だろう。


 この人にもかなり助けられたな。結局保管庫は破られたけど、剣は取り返せたし結果オーライ。


 ああ、それと閃理にも改めて感謝しないと。

 途中疑ったりもしたけど、偽物だったら剣を拾いに行かせないはず。やっぱり俺の気にし過ぎだったんだな。このことも謝らないと。


「閃理。ありがとう、閃理が来なかったらどうなっていたことやら」

「ふっ、気にするな。どのみち────この剣はが取り返す予定だったからね」

「え……?」


 すると話の途中で、閃理の声は全然聞いたことのない────いや、正確にはほんの数十秒前に聞いた女の声になった。

 それに気付くよりも早く、閃理は理明わからせを向ける。



【悪癖開示・『催眠』! 誘う悪癖!】



「うっ……!?」

「え……?」


 その瞬間、心盛さんが突然倒れた。何が起きたのか理解できずに俺はただ呆然とする。

 悪癖開示。それは闇側の聖癖剣の音声だ。何故それを理明わからせが……?


 同時に叢曇むらくもの権能が効果を失ったのか、霧が急速に晴れていった。

 そして、その場に広がっていた光景を目撃することとなる。


「なっ……!」


 そこにあったのは倒れる四人の剣士。どれもが知っている顔ぶれだ。

 輝井、響、真視、そして心盛さん。俺と閃理以外の剣士が全員倒れているんだ。


 思えば俺が剣を拾いに行って戻ってから妙に静かだったけど、まさかこんなことになっていただなんて……。一体何が起きたってんだ……!?


「それじゃあ、この剣は確かに返してもらったから。部下がやらかしたミス、しっかり後始末させてもらったよ」

「部下……!? まさか、あんたは……!」


 間違いなく閃理ではない謎の人物は、改めて俺の方を向いた。

 見た目は完全に閃理ではあるものの、声はまるで別物。口パクでもしてるのかと思わせる違和感だ。


 そいつが口にしたとあるワードにより、俺はその人が何者なのかを悟ると同時に俺はどんっ、と突き飛ばされた。


 一瞬目を離してしまい、急いで視線を戻す。

 するとそこにはもう閃理の姿は無く、代わりに化けていた人物の姿が明らかとなる。


「ご名答。私は悪癖円卓マリス・サークルが第七剣士──“暗示の聖癖剣士”、名前は『誘囁ウィスプ』。私に剣を預けてくれてありがとう、焔衣くん? ふふふっ」

「そんな……!?」


 ウィスプ──自らをそう名乗った奴の真の姿は、一見小柄で童顔な少女の様だ。

 でも分かる。そのいたずらっぽい笑顔の向こうには強烈な敵意が隠れていることを。


 一方の俺はというとショックでその場から動けなくなってしまっていた。

 敵に剣を渡してしまったというのもそうだが、何より閃理が偽物だったことに衝撃を受けている。


 まさか気付けなかったなんて……。怒りとか悔しいとかよりも、とにかく悲しかった。

 途中怪しいなと思った部分もあったのに、最後は本人だと結論付けてしまった考えの甘さ。


 案の定裏切られ──いや、騙されたのか。

 とにかく、偽物とはいえ閃理に騙されたことに俺は泣き出したくなるくらいショックを受けたんだ。


 まさかディザストの言葉がこんなにも早く起きてしまうとは……。もしかするとあいつは気付いていたのかもしれない。閃理が偽物だったことに。


 そして、この気持ちは次第にふつふつとした怒りに置き換わっていく。

 人の心を弄びやがって。それに他の仲間も手に掛けたことも──ああ、久々に心からキレそうだ。


「ふざけんなよ……、こんなことして許されると思うなよ……!」

「許せないのはお互い様だよ。君、前にトキシーを傷付けたでしょ? 私の大切な人に傷を付けたことの報いはしっかりと受けてもらうよ。それも含めてここに来たんだから」


 怒りに燃え上がる俺に何やらウィスプも用事を……いや、復讐を果たしに来た旨を伝えられた。


 よもやここで出るとは思わなかったが、どうやらトキシーが関係している様子。

 大切な人……って、一体どういう意味を込めた言葉なんだ?


 でもそんなこと今はどうだっていい。この憤りをぶつけなければ気が済まない。

 ディザストと初めて戦った時以来か? ああ、でも怒っていても冷静さを失うな、俺。


「さて、君にはどう仕返しをするべきかな。下手に手を出すとクラウディにやり返されるから……あ、君が自分の仲間を殺害するってのはどうかな? そうすれば君は光側に居られなくなるし、剣士も減る上に私も直接手を汚さない。うん、それがいい」


 独りでにぶつくさと俺への復讐内容を考えるウィスプ。

 俺に味方を殺させるだと? そんなことさせられてたまるかよ!


 どうやってそんなことをさせるかは分からないが、敵の思うがままにやられるわけにはいかない。

 焔神えんじんを強く握りしめながら機会を伺う。



催眠剣誘囁さいみんけんささやき!】



「罰の内容も決まったことだし、早速やろうか。あぁ、くれぐれも私を恨まないように。これは君がトキシーに対してやった行為の報復だから、恨むなら自分自身を恨んどいてね」


 奴は剣を構えた。さっきまで理明わからせの形に偽装していたが、今では本来の形状になっている。

 鍔は四角いミラーのような物が付いた籠状で、柄頭からは円形の飾りがぶら下がっていた。


 それを逆手持ちにしてミラー部分を俺に向けようとしているようだ。

 悪癖開示の音声や銘から察するに宿している聖癖と権能はおそらく『催眠』だろう。


 この権能を食らったらどうなるか想像に容易いが、だからこそ素直に食らうつもりは毛頭ない。

 怒りながらも俺は案外冷静になれていた。



【悪癖暴露・催眠剣誘囁さいみんけんささやき! 邪悪なる囁きが誘う暗黒の幕切れ……!】



「──強制混沌催眠の術」


 ミラー部分に渦が巻き始める。これを視界に入れてしまえば俺は操られてしまうだろう。

 でも残念だったな。俺は目なんか使わなくても周りの状況を把握することが出来るんだぜ!


 がっちり目を閉じた俺。熱感知能力を発動させたまま焔神えんじんを振るった。

 とはいえ相手も格上。この反撃にも即座に対応して受け止められてしまう。


「おっと、土壇場の抵抗は駄目でしょ? 大人しくしてくれないと催眠状態に出来ないじゃん」

「黙れよ。最低な手を使おうとしてる奴の言うことに大人しく従う馬鹿がどこにいるってんだ」


 怒りのパワーか、あるいは単なる腕力の差か。

 ギリギリと金属が擦れる音を奏でながら、ウィスプとの鍔迫り合いはお互いに力が拮抗した状態を維持していた。


 催眠まで持っていけなかったことを暢気な声で咎めてくるウィスプに、俺は正論を言い放つ。

 俺を操って味方を殺させようとしてるんだぞ。抵抗しない方がおかしいわ。


「ははっ、片意地張るのは良くないなぁ。でも、そういう人間を操って取り返しのつかないことをさせる……それってとても愉快なんだよね。だから、君がそういうタイプの人間で助かるよ!」


 俺の視界はサーモグラフィーの状態で敵の姿を感じ取っている。

 流石に表情までは分からないけど、声の感じからして実際に笑みを浮かべているんだろう。


 薄気味悪いっていうか、不気味というか……底知れぬ狂気性をこの人から感じてしまう。

 幽霊や化け物より生きている人間が一番怖いとは言うが、まさにそれを体現してるみたいだ。


「気狂い女が……!」

「それは褒め言葉だよ。気を狂わせなきゃこの世界じゃあやっていけないからね!」


 そしてぐるんと剣を回し弾かれた瞬間、鍔のミラー面を押しつけるようなパンチが飛んでくる。

 即座に回避を試みるが、僅かに距離が間に合わず頬に当たってしまう。


「がっ……!?」


 吹っ飛ばされるような威力ではないにせよ、わりかしダメージが大きい。もしクリティカルヒットだったら歯が折られたかも。


 痛みに思わず目を開けそうになったけど、そんなことしたら今度こそ催眠状態になってしまう。根性で耐えつつ視界を守るぜ。


「ふふふ、いつまで目を閉じていられるかな?」



【悪癖リード・『百合』『ウィスパーボイス』! 悪癖二種・強火解釈! 悪癖複合撃!】



 今度は悪癖リード。しかも高相性コンボと来た!

 不意にどこからか声が聞こえた。どんなものかを気にする暇なんて無い! 間違いなく聴いてしまったらヤバいことになる!


 俺は両耳を塞いで攻撃を防ごうとするが、即座にウィスプの攻撃が俺を狙う。

 手を耳の防御に回してるせいで反撃出来ない。複合撃が終わるまで回避一辺倒だ。


「視覚だけじゃなく聴覚まで封じられたね。ああ、でも聞こえちゃいないか」


 うっすらと何か言ったかなってくらいには聞こえるけど内容までは分からない。


 しかし熱感知能力が無ければ俺はもう死んでたな。今はこれだけが頼りだ。

 ともかく回避! 回避回避回避! それしか出来ない以上は逃げ続けるしかない。


 逃げつつ現在地から距離を取って他の仲間の安全を確保する。

 途中で人質に取られたらその時こそ何も出来なくなるからな。それに──


「いい加減に諦めたらどう!? 大丈夫、仲間を手にかける瞬間くらいはせめて無感情にさせてあげるからさぁ!」


 耳を塞いでるんだから何言っても分からねぇよ! ろくでもない発言なのは察してるけどさ。

 それはそうと逃げ続けてる内に仲間との距離もそれなりに離れてきた。


 複合撃もそろそろ効果切れの頃合いかもな。もう少し待ってから俺も攻撃に移るとしよう。

 俺の剣なら悪癖円卓マリス・サークルであっても一矢報いれる攻撃を出せる。


 でも相手だってただではやられはしない。絶対防御は間に合わせるだろうし、何なら即座に反撃に移るはず。


 だから、本気の本気で──一切の遠慮も無く、防御すら打ち破ってしまうほどの超強力な一撃を生み出す必要がある。タイミングだって重要だ。


 それが今の俺に出来るかは分からない。最低でもディザストと初めて技をぶつけ合った時以上の威力が欲しいところ。


 ──大丈夫、俺なら出来る。自信があるわけではないが、不可能ではないことは分かる。

 ここまで皆が頑張って来たんだ。俺が最後に決めなきゃ誰がやるってんだ。


「すぅ──、はぁ──……。よし、やるぞ!」


 覚悟を決めて、俺は動く。

 まず耳から手を離した。もう複合撃の声は聞こえない。よし次。

 聖癖章を取り出して、俺はリードをする。



【聖癖リード・『ツンデレ』『ツンデレ』『ツンデレ』! 聖癖重複! 潜在聖癖解放撃!】



「うっ!? 聖癖章が……!」

「解放撃!? ははっ、そんな高リスクな技、君に扱えるかな?」


 確かにウィスプの言う通り解放撃とは本来リスクのある技だ。


 聖癖章の消耗は凄まじいし、完璧にコントロールしきれるわけでもない。現に今のリードで『ツンデレ聖癖章』は寿命を迎えて粉砕してしまったしな。


 だがあいつは知らない。俺がもう解放撃がこれで三度目だと言うことを!

 二回も使ってれば慣れ始めるってもんよ! 遠慮しなくても良い分全力で撃てる!



「──焔魔大熱斬えんまだいねつざん!」



 今この場に俺が憂慮する物は存在しない! 全てを出し切るつもりで本気の技を放つ!


 振り向き様に──巨大な炎の剣となった焔神えんじんを振りかぶった。

 その瞬間、激しい炎の塊が周囲一帯を炎獄に変えてしまう。


 透子さんとの試合時よりも強大で凄まじい熱による空気の支配と、炎による戦場の変貌。

 ここはまさに地獄のような世界となる。


 撃った俺も驚きを隠せない一撃。防御をし損ねれば即死もあり得る文字通り必殺の奥義だが────


「……くっ、これが焔神えんじんの力か。油断してたら本当に死ぬかもね」


 まだ火柱も立つ焼け野原の中央に黒い球体が。うっすらと透けて見えるその中にはウィスプがいた。

 案の定俺の攻撃を完璧にガードして耐えたらしい。流石は悪癖円卓マリス・サークル


 でも──そいつは通りだぜ。



【聖癖暴露・対陽剣焔神ツンデレけんえんじん! 聖なる焔が全ての邪悪を焼き払う!】



「──焔魔天変!!」



 ここで俺は暴露撃に出る。


 相手が解放撃のガードに走った以上、もう催眠に力をかけることを継続しているとは思えない。

 だから目を開け、揺らぐ炎を突っ切って追撃に出たのだ。


 いくらさっきの一撃を防ぎきったとはいえ、バリアの消耗だって激しいはず。二度目を受けきれるはずがない。


 それに──まさか解放撃と暴露撃を立て続けに使ってくるとは思うまい!

 高リスクかつ高負担。新人の域を出ない剣士おれがこんな危険な賭けに出るとは普通考えねぇよな!


「なっ……!?」

「──はああああああああッ!!」


 立ち上る炎と蒸気に紛れ、奴の眼前に接近。

 紅蒼の炎を纏わせた焔神えんじんをバリアに触れさせた刹那、黒い球体は急激にひび割れていった。


 やはり解放撃からの暴露撃は耐えられないか! このままブッた切ってやる!


「まずい……!?」


 この二連撃は流石の悪癖円卓マリス・サークルでも焦りを生ませた模様。

 バリアの奥で誘囁ささやきの他に遮霧さえぎりを構えるのが見えた。


 そしてついにバリアが完全に砕かれる! 勢いそのまま、ウィスプを切りかかろうとした。


 だがその瞬間、誘囁ささやきを後ろに遮霧さえぎり焔神えんじんを受け止める!

 炎の剣と催眠の剣にサンドイッチされる遮霧さえぎり。咄嗟のワンクッションだろうが無意味だ!


 仮契約もしていない遮霧さえぎりなんて、もはやただの剣! それを間に挟めたところで俺の炎は防げない!

 閃理を騙って剣を奪い、仲間を殺させようと企んだ。燃え上がる俺のいかりを食らえ、ウィスプ!


 超熱高温、伝説の名に相応しい一撃が遮霧さえぎりを融断!

 そのまま誘囁ささやきの刃と接触。猛烈な炎が剣士の肌を焼きつける!


「ぐっ、ぐううぅぅ……! ちっ、しゃあない!」


 するとウィスプ。炎熱の中で舌打ちをしたと思えば、あろうことか誘囁ささやきを手放した!


 今の行動により剣こそ弾き飛ばすことが出来たものの、俺の姿勢は崩されてしまう。でも炎によるダメージは避けられまい!


「がはぁっ!?」


 が、その時、俺の後頭部に衝撃。これにより脳が揺らされたのか、くらりと視界が歪む。

 一体何が──と思っていたら、今度は膝蹴りが顔に命中。入りこそ甘かったが、それでもかなり痛い。


 これにより集中力が途切れてしまい、焔魔天変の炎は鎮火。熱い空気だけがここに残る。


「うぅ、かはぁっ……! はぁ、はぁ……よくも、やってくれたなぁ、炎熱の聖癖剣士ィ!」

「ぐ、くそ……。今のでも倒しきれな……」


 俺が出せる全身全霊かつ最大の攻撃。だがそれは、悪癖円卓マリス・サークルを倒しきれるまでにはならなかった。


 全身ボロボロで服もかなりの部分が焦げ落ちていて、顔も肌も火傷を負ったウィスプ。でも、まだ大声を上げられるだけの元気がある。


 嘘だろ……。クラウディだって瀕死にさせた技なのに、まだ立てるのかよ。

 しかし流石にダメージは大きいか。満身創痍の身体で自ら手放した剣を拾いに行く。


「女の子の肌に、傷を付けるなんてサイテー……。こんなをトキシーが見たら死ぬほど心配しちゃうじゃん……!」


 そんなこと知るか──と言いたいが、言い返せない。言い返す元気が俺にはもう無い。

 大体クラウディのせいで体力が削られた上に龍の撃退をして、解放撃と暴露撃の二連撃だ。


 もはや動ける体力は残されていない。怒りが突き動かしていた身体はもう限界だった。


「いくらクラウディの、お気に入りでもっ……、ここまでされたらもう関係ない。君をここで殺す。今、そう決めた! このまま消えろ!」


 誘囁ささやきを回収したウィスプは俺を殺すつもりだ。

 未だ熱い地面に横たわる俺。おまけに脳震盪で頭が揺れてる。先月に続き、危機的な状況に陥った。


 まずい……。動け、動け俺! 今動かないと本当にヤバい!

 ゆっくりと迫るウィスプの狂剣。対する俺は荒い息をするだけ。


 俺はどこまでも惜しい奴だ。あそこまで追い詰めたのに逆転負けとは無念の気持ちで一杯である。

 ついに俺の前に立って、首元に剣の先を突きつけられる。


「でも、私をここまで窮地に追い込んだことは褒めてあげる。──だから、せめてひと思いに殺してやるっ! 死ねっ、炎熱の聖癖剣士!」

「ぐ……くそぉ……!」


 敵の剣が俺の首を狙う。もう逃げられない。

 ここまでか────そう思った次の瞬間。



「──やらせるかああああぁぁぁぁっ!!」



 突然の絶叫。それに気付いたウィスプが顔を声の聞こえた方向に向けた時、それは現れる。


 地面を泳ぐその姿。海洋生物のように飛び跳ね、引き締まった長い脚が見事なキックでウィスプを蹴りつけた。


「ぐがっ……!?」


 吹っ飛ぶ暗示の聖癖剣士。動けない俺の前に着地した人物は、視界全体に尻を見せつけてくれる。


「間に合った! 大丈夫かしら、焔衣くん!?」

「と、透子さん……!」


 その臀部が振り向いて俺の顔を覗いてくる。それは透子さんだった。

 ああ、勿論分かってたぜ。最後の望みは無事に繋がれたんだ。

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