第七十二癖『あの人は、始まりの聖癖剣士』

「Wow……! ご飯、いっぱいあル!」


 この日の晩──与えられた仕事を終えて家に戻ると、居間には豪勢な食事が用意されていた。


 和洋折衷の食べ物が軒並み揃い、まさにそこにあるのは高級ホテルのバイキングのよう。

 これ全部メイディさんが一人で作ったとは到底思えない量と出来映えだ。


 これにはメルも食べる前からご満悦の様子。目をこれまでにないくらいキラキラにさせて、今にも飛びつかんとしている。


「メラニー様。お食事の前にまず入浴です。畑仕事の後は不衛生ですから、そういった汚れは先に清め、身も心もさっぱりとした状態で食べましょう」

「エー……。メル今Very hungryすごいお腹空いてる、先にFried chicken鶏の唐揚げ一個だけ味見させテ?」

「ご心配せずとも味付けは完璧ですので、入浴後に存分に味わってください。では行きましょうか」


 客側の立場でも相変わらずつまみ食いを敢行しようとするメルだけど、あっさり止められ風呂場に連行されてしまう。


 ほんと懲りないなぁ……。メイディさんはそういうことにちょっと厳しいから、あんまり続けると怒られるぞ。


「すみません。メルはどうにも食事が関わると我慢が出来ない性格でして」

「別に気にしなくてもいいのよ。孫が幼かった頃を思い出して何だか懐かしい気分になったし、それどころか新しい孫が増えたみたいで楽しいわ」


 先のやりとりを見ていた俺たち。班のリーダーとして仲間の恥ずかしい場面を家主に見せてしまったことを閃理は一言謝罪する。俺もつられて頭を下げた。


 しかし産方さんはそれも笑って流してくれる。いやはや、とんでもない懐の深さだ。

 その優しさはどうにも人を苦しめる。勿論俺一個人が変に意識しすぎているだけの話なのだが。


「本人がいない間に先ほどの話の続きをしましょう。我々が何故メイディ・サーベリアという人物に接触しようとしているのか、についてです」

「……はい。あの人をどうしても本社に連れて行かないといけないんでしたね」


 メイディさんとメルが風呂から出るまでの間に、俺たちは俺たちで今回の目的を明かす。


 とは言ってもどうやら俺が薪割りをしている間に閃理は産方さんに少しだけ話をしていたらしいが。どんなことを話したのかはさておき、俺も静聴の体勢に。


 この話題が出たことにより雇い主の顔は少し曇る。やっぱり居なくなられると寂しいんだろうな……。


「詳細は企業秘密に関わるので明かせませんが、あの方は我々にとっては不可欠な存在。必ず本社へ連れて戻らねばならないのです。無理を承知の上でお願いします。どうか我々を助けるつもりで、あの方との契約を解約していただけないでしょうか!?」

「ああ、そう頭を下げなくても……」


 そのまま土下座に移せそうなくらいに深々と頭を下げて誠心誠意懇願する閃理。


 大男が平身低頭する様子に産方さんはたじたじだ。

 元々こういうことに慣れてないのかもしれない。すぐに頭を上げるように言ってくれる。


「閃理さん。孫を一人預かってもらっている以上、私からは何も言えません。それにメイディさんとの契約はもうじきに終わりますので、それが済むまでお待ちいただけないでしょうか?」

「先ほど当人と話していたことですね。差し支えがなければ、お聞きしてもよろしいでしょうか?」


 素直に頭を上げた閃理にほっと安心するかのような表情を浮かべる産方さん。気を取り直してお願いに対する返事を始める。


 聞けば産方さんはメイディさんとの契約を近々終了する予定らしい。それを聞いて閃理は勿論俺もつい数時間前の会話を思い出す。


 明らかに部外者であろう俺の存在が、どういうわけか契約の内容に記されているという奇妙な事実。

 正直ずっと考えてるけど俺が契約に関与しているとされる物事は何一つとしてない。完全不明の理由だ。


「実はメイディさんとは些か変わった内容の契約をしておりまして、何でも『とある人物が来訪した際はその時点で全ての契約及び任期を満了したものとする』だそうで。その人物が焔衣さん。あなたのようです」

「やっぱり俺か……」


 そして産方さんはメイディさんと交わした契約の内容を一つだけ教えてくれた。

 俺の存在は確かに深く関わっているらしい。雇用主本人がそう言ったんだ。間違いはあるまい。


 しかし一体何故に俺なんだ? まさか昔雇われていた家の関係者とは会わず、もし会ったらすぐに離れるよう徹底しているとかそういうのか?


 でも……普通に考えてそんなことをあの人はしないよな。

 じゃあその謎の契約内容は何を想定したものなんだろう。俺の頭じゃ何も分からない。


「あぁ、でも気を悪くなさらないで。勿論あの人と別れるのは寂しいですが、実は元々四年間の契約だったのを主人が亡くなったからと言ってもう一年伸ばしてくれたんです。もしあなた方が来なくても契約終了まで間近でしたから、どの道お別れは近かったんです」

「そうだったんだ……」


 まさか一年も契約を延長していたとはな。独りになる産方さんのことをメイディさんもそれなりに心配して行ったことなんだろう。


 俺の時は延長せずにそのまま居なくなったからなぁ。もしかすればこっちから契約の延長を断ったのかもしれないけど。


 でもまぁ何であれメイディさんを雇い先の家から引き離すという問題自体は大丈夫そうだな。

 後は本人が協会に入ってくれるかどうかだ。そこはまだ神──いやメイディさんのみぞ知る、だろう。


「ただいま戻りました。では食事にしましょう」

「やっと食べられル! 早く早ク!」


 ここで風呂組が戻ってきた。メルは入浴中もずっと食事を待ち望んでいたようで、すぐに席について催促を始める。


 ほーんと食事が絡むと子供になるな。慣れっこだがまぁいいだろう。


「それじゃあいただきましょうかね。皆さんも遠慮しないで」

「やっタ──ッ!! いただきまス!」

「馬鹿、本当に遠慮なく食う奴がどこにいるんだよ」


 家主が合図をするや否や、メルはすぐさまフォークで唐揚げなりローストビーフなりのおかずを刺しまくって自分の皿にひょいひょいと乗っけていく。


 おいおい、あんまりがっつくなって。人様の前でみっともないぞ。そう注意を飛ばしつつ俺も手を合わせてから食事に手をつける。


 懐かしい味付け……確かにメイディさんの作った料理だ。昔の食事を思い出してしまうのも止むなし。


「お口に合いましたでしょうか?」

「すごい美味しイ! 今まで食べてきた物の中で一番美味しイ! これ毎日食べたイ!」

「ああ、想像以上の美味しさです。流石噂に聞く腕前……。焔衣に家事を教授しただけはある」

「恐縮です」


 メルは勿論閃理さえ文句なしに美味と太鼓判を押す。そりゃそうだ。何せプロのメイドなんだから。

 ここまで腕を褒められれば俺だって嬉しい。改めて尊敬出来る人だって思えるぜ。


 味の感想を聞くと、軽く礼をしてそのまま別室へと向かうメイディさん。俺たちが寝る場所に布団を敷きに行ったんだ。


 メイドだからか食事は一緒にしない。ふと思えばメイディさんと一緒に何かを食べたことってあんまりないんだよなぁ。せいぜいお菓子の味見くらいか?


 一体いつ食べてるんだろう。今まで忘れてたが長年の疑問を一つ思い出してしまった。気にしたところで何になるわけでもないけど。


 疑問はさておき俺たちは豪勢な食事を存分に楽しんだ後、用意された布団で就寝するわけだ。


 ただし俺は途中でやり忘れてたことを思い出して一旦拠点に帰ったんだけどな。泊まりになるとは思わなかったししゃーない。




 そしてやることを終えた頃には時刻は十時になるかならないかくらいになっていた。

 急いで夜道を歩き、産方家へ戻る時のこと。


「兼人坊ちゃま」

「あ、メイディさん。すみません、迎えに来てくれたんですね」

「はい。坊ちゃまも十八歳、一人立ちしていてもおかしくはない年齢とはいえ、やはり私としては大事な方の一人。不躾ながら帰路をご同行させていただきたく思い、参りました」


 家から数百mもない距離にメイディさんは待ち伏せるように立っていた。

 もしかして心配させてたかな。一応行く前に一言断ってるとはいえ、夜中だし当然か。


 帰る場所はすぐそこだが断る理由も無いし一緒に並んで帰ることにする。

 こうして二人で歩くのもいつぶりだろうなぁ? はぐれないよう手を繋いでた記憶も鮮明に覚えている。


 ふと視線を横に向けると、にっこりとした笑顔を浮かべるメイディさんが見えた。

 月夜の光にも負けない優しい笑みは八年前とやっぱり変わらない。心から安心出来る表情かおだ。


 昔は見上げないと見辛かったのに、今はもうほぼ真横の位置に顔がある。俺も成長してるんだなって今実感した。


 そこから何を話すわけでもなく……というか何を話せば良いのか分からないままでいたら、あっという間に家へ到着してしまった。


 流石に数百mも無い道のりじゃすぐに着いてしまうか。残念というか何というか……。


「……就寝時間までまだ余裕がありますね。兼人坊ちゃま、少々寄り道をして行きませんか?」

「え、寄り道?」


 残念な気持ち半分で玄関を開けようとした時、まるで引き留めるかのようにメイディさんは提案する。

 寄り道……とは? というかメイディさんがそんなことを言うのが意外すぎて言葉が出なかった。


 だって時刻は夜。布団だって敷き終えてるし、家の中には閃理とメル、そして産方さんがいる。

 部外者が二人もいるのに家を開けるなんてしていいのか? ちょっと考えが分からない。


「ご安心ください。本日の仕事は全て終えていますし、奥様もすでにご就寝なされています。それに閃理様とメラニー様は信用に値する方々です。心配する必要性は無いと判断していますので」


 そういうことらしい。つまり時間に余裕が出来て、なおかつ閃理らが泥棒をするような人間じゃないと判断したからこの寄り道を提案したわけだ。


 うん、確かにあの二人は守る側の人間だ。なんなら今の俺たちが何をしようとしているのかも分かってるだろうから、空気も読んでくれるだろう。


 それなら心配するは必要ない。夜の散歩に出掛けるとしよう。


「兼人坊ちゃまは本当に見違えるほどに変わりましたね。あの頃と比べたらまるで別人のようですが、それでも一目見て本人だと気付きました。身長も……並ばれてしまいましたね」

「うん。メイディさんはびっくりするくらい変わってなくて驚いた。あれから八年くらい経つけど、人ってここまで変わらないとかあるんだね」

「ふふふっ、私は少々特別ですから」


 目的地も決めず、知らない土地の道路を練り歩きながら俺たちは談笑して進む。


 会話の内容は別に特筆するようなことはない。改めて再会を喜び合ったり、昔との違いを比べたり──当たり障りのない話ばかりだ。


 まるで今この時だけ昔に戻ったみたいな感覚になり、懐かしさが込み上がる。

 でも、それはそこまで長くは持たない。一通り言いたかった話を終えれば再び沈黙が起きる。


 その時、俺の脳内には例の話が浮かぶ。それをここで訊ねてみろと剣士としての俺が言っているのだ。


「あの……メイディさん」

「はい。何でしょう」


 つい口が勝手にメイディさんを呼び止めてしまう。

 気付くと俺は足を止めていて、メイディさんとは数歩分も離れてしまっていた。


 でもそんなことなんて気にならない。振り向いて真っ直ぐ俺の方を見てくるメイディさんの目に、全ての意識が奪われていた。


「その……、せ、閃理とか他の知り合いに聞いたんだけどさ……」

「はい」


 覚悟は決めたはずなのに、この先の言葉を口にしようとすると変にどもってしまう。

 おかしいな、早く言わないと本人に迷惑だろうに。


 閃理や舞々子さんが言ったんだ。疑う余地はないし、本人も俺が思っていることを回答として出すのは予想出来ている。


 でも……それでも何故か俺は、違うと断言して欲しいと思っていた。

 本心では信じたくないのかもしれない。あの優しかったメイディさんに裏の顔があるということを。


「……ごめんなさい。もうちょっと待ってください。俺、どうしても聞かなきゃいけないことがあるのに、口が上手く動いてくれなくて……」

「大丈夫ですよ。私はいつまでも待ちます。ですので焦らず、ゆっくりと」


 あまりにも言葉が出てこないことに痺れを切らした俺は、一度大きく息を吐き出して落ち着こうとする。


 そんな失態にも嫌な顔一つも見せず、メイディさんは俺の言葉を待ち続けてくれている。

 こんなに優しくしてくれるのに、どうしてだろうな。少しだけ怖いと感じてしまっていた。


 急に感じ始めたこの感情。その理由も明らか。

 もしかすれば俺の知らない場所で血みどろの戦いを経験している可能性があるからだ。


 剣士である以上、戦いに生き死にが関わることはそう珍しいことではない。

 今日まで生きて人の死に目を見たことはないが、それに近いことは何度もあった。


 メイディさんがもし、人の生死を決める立場……つまり人を殺したことがあるのだとしたら、俺は今後どういう目で見ればいいのか分からなくなるだろう。


 そうだ、多分今日まで感じていた謎の緊張はこれが原因だったのかもしれない。

 家族同然と思っている人が殺人をした経験があるかもしれないという現実。


 それを深層の部分が最初に気付き、表層に出すことなく緊張という形で出ていたんだろう。

 怖い……。いや、ただの恐怖というよりも畏怖に近いかもしれない。


 杞憂とか思い違いであってほしい。そう願いながら、俺はようやく聞きたいことを口にする。


「……メイディさんは、聖癖剣士なんですか?」


 ついに訊けた。俺の疑問にして不安要素。短い言葉ではあるが、はっきりとそう言えた。

 この問いに対しメイディさん。表情がうっすらとした笑みから、いきなり無表情に近い顔になる。


「お知りになりたいのですか?」

「……うん。嘘であってほしいとも思ってるけど、どんな答えが返ってきても受け入れるつもり。……受け入れないといけないって思ってる」


 そう、例え俺の願いにそぐわない非情な事実を突きつけられても、俺はそれを否定出来ない。


 人には誰だって見せられない一面の一つや二つあって当然だ。それは完璧超人メイドのメイディさんだって同じこと。そう割り切らないといけない。


 覚悟は──出来てる。というかもう分かってる。本人の口から改めてその事実を知りたいんだ。


「……その覚悟、しかと受け取りました。ではこちらへ」


 そういうとメイディさんは俺をどこかへと案内をし始める。

 早足気味に進んでいくのを追いかけていくと、近所の公園へとたどり着いた。


 夜中の誰もいない公園は流石に不気味だが、躊躇うことなく中に入るとようやく立ち止まってくれたメイディさん。振り返って真実を告げる。


「私の正体を明かすにあたり、坊ちゃまにはご説明しなければいけないお話がいくつかあります。聞いていただけますでしょうか?」

「説明……?」


 はい、と小さく頷いて俺の返答も聞かずにぽつぽつと話し始める。

 一言も聞き逃すまいとその内容に黙って耳を傾けていた。


「坊ちゃまのご想像通り、私は聖癖剣士。それもただの剣士ではなく“始まりの聖癖剣士”とされる特殊な存在です。人には言えない話だったとはいえ、今まで隠していたことをどうかお許しください」


 まず最初の話は俺の問いに対する答えだった。

 やっぱりそうだったんだ……。分かってはいても、改めてそれを聞いてショックである。


 でも分かってたことを引きずるわけにはいかない。俺はすかさず気になっていた部分を追求する。


「それは……いいよ。覚悟はしてたから。でも他に知りたいことは沢山あります。メイディさん……“始まりの聖癖剣士”って一体何なんですか?」


 第一の疑問。それは“始まりの聖癖剣士”と呼ばれる存在について。

 少し前に閃理たちから教えてもらった情報では、原初の剣に選ばれた者がそう呼ばれるのだと。


 でも情報はそれだけじゃないはず。あんな簡単な話が全てであるはずがない。

 それにもう一つ、口では言わないけど気になることもある。


 光の聖癖剣協会がメイディさんの行方を追ってという月日が経っているらしいのだが──それが逆に分からない。


 じゃあメイディさんは一体何歳なんだ? 俺が物心つく前から焔衣家で働いているわけだから、少なくとも十八年前からいるということになる。


 それに八年前から姿は変わっていないこともそう、周囲で多発していた不可思議な現象。そして俺が関係しているらしい契約内容について────あまりにも不可解で気になることが多い。


 だから俺はそれらは全て“始まりの聖癖剣士”と何か関係しているのではないかと思っている。

 教えられる限りのことを知りたい。剣士になった俺は剣士のメイディさんを知りたいんだ。


 それらの意を込めて、俺はメイディさんに問いかける。今の俺になら全てを教えてくれるはず……。


「──率直に申し上げますと、私も含めた全ての“始まりの聖癖剣士”はではありません」

「……えっ?」


 だが次の瞬間に聞こえた言葉に俺は素っ頓狂な反応しか出来なかった。

 人間……じゃない? え、ちょっとどういうこと? まるで意味が分からないのだが?


 見た目はどっからどうみたって人間そのもの。仕事の早さは確かに人外級ではあるけど、そういう人は世の中にわりといるもんだし……。


「正確に言うと人間です。私は今からおよそ500年前……歴史的に言えば16世紀あたりの生まれになります」

「ごひゃっ……!? じょ、冗談ですよね!?」


 ちょ、衝撃の事実が明らかになったんですけど!?

 メイディさんの実年齢が五百歳って……信じられないんですがそれは……。


 あまりにも斜め上かつ突拍子のない告白に困惑を隠せない俺。でもメイディさんは至って真面目な表情のまま話を続けていく。


「冗談などではありません。現に私は焔衣家で五十年近く働いておりました。兼人坊ちゃまは勿論お父様である賢一郎様のおしめを取り替えたこともあります。八年前と姿が変わっていないのも──それは私が不老不死に近い存在だからなのです」

「不老不死……!?」


 五十年働いてたとか父さんのおむつ交換もしたとかにも十分驚いてるけど、最後のワードが何より衝撃的だった。


 不老不死。そんな創作の中みたいな存在が実在しているだと……!?

 するとメイディさん。左腕を真っ直ぐ真横に持って行き、手の形を何かを握るような風にする。


 何をするんだ……? そう思うのもつかの間、次に起きた変化に俺は再び驚愕を現すことになった。


「私が人間ではないという証拠──お見せします」


 すると左腕の裾から何か白くてどろっとした粘性のある液体があふれ出したのだ。

 でもそれは地面に滴り落ちるわけでもなく、左手に集まると次第に固まって形状を変化させていく。


 これは剣だ。サーベルにも似た形状をしていて、聖癖剣特有のエンブレム部もある。

 まさか聖癖剣を作り出したのか? だが驚きはまだまだ容赦なく俺に襲いかかる。



女良働剣鳴動超メイドけんめいどうちょう!】



「剣の音声が違う……!?」


 現れた剣は例に漏れず音声を発した……のだが、その声は何故かメイディさんの声と同じだったのだ。

 口パクでもしたのか? とも思ってしまうが、肝心のメイディさんの口は閉じたままなのを見ている。


「はい。私が不老不死たる理由、それは私自身がであるからです。聖癖の呼び声剣の音声が私と同一なのもそのため。ではお見せします、私の真の姿を」

「剣に!? いやちょっと一体何を言って──」


 何を言ってるのか正直理解出来ないまま事は進む。

 召喚した剣を頭上に構えると、闇夜の中できらりと輝くエンブレムの発光と共に、メイディさん自身にも変化が起きる。



【剣型変態・女良働剣鳴動超メイドけんめいどうちょう!】



 音声の読み上げと同時にメイド服に身を包んでいた身体は服ごと消え去り、さっきのどろっとした液体となって剣に吸い込まれていった。


 それだけに留まらず、サーベルにも刃が伸びたり装飾部が追加されたりと更なる変化……いや、真の形状を取り戻していく。


 うっすらと輝きを放ちながら現れた剣。白と黒がメインのカラーリングで、どこかメイド服を彷彿とさせる華美な見た目が月明かりに照らされている。



【……如何でしょうか。これが私、メイディ・サーベリアの真の姿である女良働剣鳴動超メイドけんめいどうちょうです】



「ほ、本当に剣になっちゃった……!」


 愕然とする俺。そんなのは当然で、目の前にはさっきまでメイド服姿の人間だった剣が独りでにふよふよと浮かんでいるんだ。それも言葉をしゃべりながら。


 いや……これはもう、何というか驚きすぎてこれ以上の言葉が出ない。

 もしかしたら今後十年分の驚きを今ここでしてしまったかもしれない。それくらい衝撃的な展開だ。


 剣士であり剣そのもの……。それが“始まりの聖癖剣士”の称号を持つ者なのか。



【申し訳ありません。本当ならもっとゆっくりと順を追って説明するべきだったのですが、私にも時間がないのです】



「時間がない……ってどういうことなんですか?」


 ぺこりと剣の角度を変えて謝っていることを表すメイディさん……いや剣の姿だから鳴動超めいどうちょうと呼ぶべきか? ああもうややこしい!


 剣の姿でも俺はメイディさん呼びを徹底する。呼び慣れた名前の方が良いに決まってるからな!

 んで、そのメイディさんは何やら時間が惜しいとのこと。これはどういう意味なんだ?



【次のお話になりますが、私は先代炎熱の聖癖剣士様から焔神えんじんの後継者のサポート及び身の回りのお世話、そして指南役としての役割を引き受けるように言われております。ですので私は今後、兼人坊ちゃま……いえ、新しいご主人様として兼人様に生涯付き従うことになっておりますので、どうかご容赦ください】



「……え? えええッ──!?」


 もうこれ以上驚くようなことは無いだろうと思ってた矢先に想像もしない言葉が飛び出してきた!


 先代炎熱の聖癖剣士の命令!? 俺が新しいご主人様!? 生涯付き従う!? ちょっと待て、情報の大洪水が起きてるんだが!?


 というか俺、まだ一言も焔神えんじんの剣士になったなんて言ってないんだけど!? いつからそのことを知っていたんだよ……!


 もはや今の俺に最初の緊張とか人殺しの畏怖などの感情は完全に吹き飛んでしまい、告げられた現実の前にただただ困惑と混乱を極めるばかりだ。



【人型変態・女良働剣鳴動超メイドけんめいどうちょう!】



 そして再度音声。今度は剣から人間の姿に戻り、メイディさんは再びメイドとしての形を取り戻す。


「……それでは新しいご主人様、これ以上の長話で睡眠時間を削るわけにはいきませんので産方家へ戻りましょう。続きはまた明日、ということで」

「え、あ、うん……ってまだ続きがあるんだ……」


 月明かりに照らされた笑みは、何故か今日見た笑顔の中でとびっきりに輝いて見えた。

 それどころか記憶にある限り一番の表情なのかもしれない。それは一体どういう感情で……?


 ダメだ。もう何も考えられない。喜怒哀楽の感情が俺の中でごちゃ混ぜになっているのが分かる。

 新たに生まれた疑問とかもあるけど……とにかく今は身体と心を休めたい。


 家に戻った俺は心労なのかすぐに眠れてしまった。

 閃理らに少し心配されたけど、受け答える気力がその時の俺には無かったから返事は上の空になってしまった気がする。


 このことを話してもいいのだろうか……。そんなことを頭の中でひっそりと考えつつ、俺は泥のように眠ってしまった。

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