第七部『人と剣、始まりの剣士』

第七十一癖『かつての恩人、異次元のメイド』

「…………時は満ちましたね。いずれ来るとは分かっていても、やはり落ち着かないものです」


 暗い世界。そこでわたくしは深くため息を吐き出します。

 あの家を離れてから早八年……。時が来るまで様々な家に雇われてきました。


 どの家も働きがいのある素晴らしい家々でしたが、やはりあの家だけは特別。

 大切なお方との約束……果たすべき役割を全うするために私はここにいるのですから。


「それではまず、歓迎の準備をしなくてはなりませんね。奥様には申し訳ありませんが少しばかり奮発した買い物をしましょう」


 次に行うべきことを決定するや否や、眼前の虚空に手を翳すと、ズッ……という重い音と共に空間が裂けて明るい世界の光が射し込みます。


 長い裾を引っ張り上げ、引っかからないよう穴を通り抜けますと、そこはとある一軒家の屋内。

 空間に開いた穴は誰にも見られることなく消失し、私以外の何者も干渉出来なくなりました。


 では先ほど決めました通りに買い出しへと向かいましょう。勿論追加分は自費ですので。

 奥様には不便をおかけしないよう早急に買い物を済ませます。


 私は再び眼前に手を翳し、空間の穴を開きます。

 その暗黒の中へ躊躇うことなく腕を入れ、保管していた財布と買い物袋を取り出し、そそくさと台所にいる奥様の下へと向かいます。


「それでは奥様。私は食材の買い出しに向かいますので、少々ご不便をおかけしますがよろしいでしょうか?」

「ああ、メイディさん。お気をつけてくださいね」

「はい。それでは失礼します」


 現在の雇い主である奥様に外出の許可を得つつ、勝手口の扉から外へ。

 ですが当然、人目がないことを確認してから三度空間を解放。


 今度は暗闇の中ではなく光に満ちた純白の世界を開き、その中へと入って行きます。

 このような移動方法など一般の方々には到底見せられませんので。現状私だけの特権です。


 光の世界に足を踏み入れた瞬間、そこは行きつけの大型ショッピングモール。

 雇い先の住宅から実に数百km以上の距離があろうとも私の前には関係ありません。


 開店以来もう何十年と通い続けているこのお店の品揃えは私も太鼓判を押すほど。今回も頼らせていただきますのでよしなに。


「兼人坊ちゃま……あの日からどれほど成長しているのか私はとても楽しみです。今は亡き先代に代わり、しっかりと見定めさせていただきますので」


 誰に聞かせるでもなく独り言を口にしながら店内へ。何度も様変わりしながらも品物だけは変わらない安心と信頼の愛店を練り歩きます。


 未熟ですらなかった期間、あえて離れることを選び、成長を待ち続けたのも全てこの日のため。

 あの日、あなた様が焔神えんじんの後継者に選ばれた時から私の心は決まっています。


 逞しくなったであろう現在のお姿、早くこの目で拝みたいものです。

 不肖メイディ・サーベリア。心よりあなた様との再会を心待ちにしております故に……。












 車は北に向かって進んでいき、おおよそ一週間ほどが経過。季節は雨も多くなる六月になる。

 俺は次の目的地へ徐々に近付いてくるにつれて、期待と不安でいっぱいになっていた。


「孕川の情報によればもうすぐ到着だ。心の準備はいいか?」

「うん……。いやぁ、やっぱちょっと不安だわ」


 車の助手席に座している俺は、閃理の問いにも不安を口溢す。


 何せ今から俺たちは孕川さんの祖父家で働いているとされるメイドさん……メイディ・サーベリアさんと接触することになっているからだ。


 ちなみに二班は孕川さんを支部に連れて行くために同行はしていない。今は一班だけになっている。


 一応ある程度の連絡は事前にしてもらっており、今もきちんとそこで住み込みで働いているという情報を得ている。故になおさら怖いのだ。


 俺のこと覚えてるかな……。あれから十年近い年月が経って俺も昔ほど面影は残ってないはずだし、一目で見て分かってもらえるかも不安。そして何より──


「あの人がまさか聖癖剣士だなんてなぁ……」


 正直なところ再会出来る喜びよりもこっちの情報の方が衝撃的だ。

 普通思わないだろ? 昔お世話になってた人が剣を持って戦ってるだなんて。


 もしかして俺の知らないところではじいちゃんを陰から守ってたりしてたんだろうか。

 まぁじいちゃんが誰かに恨まれるようなことをしてるっていう話は一切聞いたこと無いけど。


「着いたぞ。ここから歩きで向かう」

「うぉっ、マジかぁ……。あーもう、なんか怖い。俺のこと覚えてたりしてるかな」


 色々考えていたら目的地の周辺に到着した模様。いつも通り駐車場に車を停めて、ここから徒歩で行く。

 まだ会ってもないのに緊張が凄まじい。嘘みたいだろ? 元老院と面接した時と同じくらい震えてんだ。


 そこまで怖い人じゃないのは知ってるし、きっと会えばまた優しく接してくれることも分かってる。

 なのにここまで緊張するなんて変だよな。意識しすぎてるんだ、俺。


 拠点内部で待ってるメルを呼び、俺たちはいよいよ町を歩いていく。

 気を紛らわすためだ。歩きながら昔のことを少しだけ思い出そう。


 メイディさんがどんな人だったのか──俺の幼い頃の記憶をな。






 メイディさんは俺が物心ついた時にはいた。だから実質家族みたいなものだったから、別れる時は相応に寂しかった記憶がある。



 何でもメイディさんは今は亡き俺のばあちゃんが雇ったと聞いている。

 じいちゃんとばあちゃんがどっちも死ぬまでの間働くとかなんとか。そんな感じの契約だったみたい。



 そのばあちゃんは俺とは違い家事がまるっきり駄目だったらしく、基本はメイディさんに任せっきりだったらしい。雇った理由はきっとそれなんだろうな。



 あと詳しいことまでは分からないがかなり昔からいるみたいな話も聞いている。

 そういう話があるくらいに謎が多い人でもあった。



 今になって思えばわりとマジで不思議なことがあの人の周りで起きている。

 具体的に言えば──そうだな、俺のクソガキエピソードを一つ出してみよう。



 じいちゃん家には剣が封印されていた土蔵作りの倉庫以外にも比較的新しい倉庫がいくつかある。

 メイディさんがそこに仕舞われている何かを持ってくるために、その中へと入った時のことだ。



 当時、子供特有の元気さと好奇心が溢れていた俺は、何を考えたか倉庫の中にメイディさんを閉じこめようというイタズラを思いついたわけだ。



 バレないようこっそりと近付き、勢いよく引き戸を締めて即座に木の棒で固定。これで完全犯罪の成立──焦るメイディさんの姿が見られるのでは? と思ったのもつかの間。



 ゴツン、と後ろからゲンコツを食らった。あまりにも唐突な出来事に泣くとかの過程が吹っ飛んで、何も分からなかった。



『兼人坊ちゃま。おいたが過ぎますよ』



 そう言って俺に拳を落としたのは今まさしく倉庫に入っていたはずのメイディさん本人だったからだ。

 見間違えるはずもない。何ならすぐに倉庫を確認して誰もいなくなっているのを確認している。



 メイディさんは常にメイド服姿で仕事をしていた。

 それ以外の服装をしていたのは川や海、それから遠出する際に同行してもらった時くらいか。



 一体いつの間に抜け出していたんだ……? 俺の知らない秘密の通路があるのではないかと疑い、あの後しばらく倉庫周りを調べてたくらいだし。



 エピソードはまだある。何気ない昼下がり、昼食を作ると言ったメイディさんが台所で料理をしていた時だ。



 じいちゃん家は和風建築なために襖障子で仕切られている部屋も多く、居間の襖を開ければ台所がほぼ全部が見通せた。



 だから何が出来上がるのかを居間で楽しみにしつつぼーっと眺めていたら、メイディさんはどこからか大きなボウルだったり鍋だったりを取り出したのだ。



 何当たり前のことを言ってるんだと思うだろうけど論点は調理器具それじゃない。



 確かに冷蔵庫を開けたり、コンロを使うなりで横移動こそしていたが、基本的に俺に背を向けたままの状態で料理してたんだよ。



 つまり、台所の収納スペースには勿論、食器などが仕舞われている棚にも一切触れず、まるで無から道具や皿を出していたんだ。



 とは言うけど当時の俺は小学生。そんなマジックじみたことに興味をそそられることなく、事前に物は用意してたんだろうなぁと思い静観を決め込んでしまい、出来上がった料理を食べるだけに終わったが。



 他にもまだまだあるが、挙げていくだけでもキリがない。

 思い返せば思い返すほど異常な現象があの人の周りで起きていることに気付かされる。



 確かに聖癖剣士なら出来なくもなさそうだ。一体何の剣をメイディさんは持っているんだろうなぁ。






 そんなこんなで回想をしていたら、俺たちの足はある一軒の邸宅の前で止まる。

 これまた懐かしさを感じさせる和風な住宅。流石に俺んとこよりも大きくはなさそうだが。


「ここだ。ここが孕川の祖父母が住まう産方家だ」

「産方? 苗字が違うってことは──」

「産方は母方の姓だ。では行くぞ」


 閃理曰くそうらしい。なるほど、母方の苗字が産方。それなら孕川さんと違うのも納得である。

 怖い物知らずなのか閃理はずいずいと進んで今にも玄関に足を踏み入れようとしていた。


「ちょいちょい! 待ってって閃理! まだ心の準備が……」

「お前もいつまで緊張しているんだ。お会いして光の聖癖剣協会に協力してくれるかの相談をするだけなんだぞ? そのために来たんだからな」

「そうだけどさぁ……」


 やっぱりまだまだ緊張の糸は張りつめたままの俺は、意思とは関係なく閃理を止めてしまう。


 俺たちの目的はメイディさんのスカウト。“始まりの聖癖剣士”の称号を持つ剣士を仲間に引き入れることだ。


 先日初めてメイディさんの素性の一部を聞かされた時に言っていた『組織が長年捜索していた──』という部分。その時の続きを思い出す。



 話によれば“始まりの聖癖剣士”と呼ばれる剣士は原初の剣──つまり最初に作られたとされる十本の聖癖剣に選ばれた剣士のことを指すのだそう。


 数千年は経つという聖癖剣士の歴史の中で数本は失われた結果、現代まで残ったのが六本の剣。それに伴って六人の剣士がいるらしい。


 その一人がメイディさん。原初の剣に選ばれただけあって剣士としての実力も上位剣士の数百倍もある。

 真面目な顔で閃理が言ったくらいだ。きっと本当なんだろう。



 だからもう一度姿を眩まされる前に何としても協力を仰ぎたいんだってさ。


「もしかして焔衣、その人のこと好きなノ?」

「へっ!?」


 俺の態度に飽きてきたのかメルがもの凄いことを言ってきた。


 メイディさんのことが好き、か。う~ん、言われてみれば確かにそうかもしれない。

 この気持ちはある意味それに近しいものなんだろう。でも……。


「いや……確かに好きと言えば好き、だな。でもどっちかって言うとラブよりライクの方っていうか、俺にとっては生き別れの家族みたいなのだから、もし俺のことを忘れてたらショックっつーか……」

「要は緊張しているだけなんだろう。そのような心配などせずとも俺の知る情報が正しければそのようなことにはならん」


 俺の例えづらい感情を緊張の一言で片してしまうとは……。まぁ実際そうだし反論はしない。

 閃理がどこまでメイディさんのことを知っているのか分からないけど、この人が言うんだから信じるぜ。


 相変わらず心臓は飛び出そうなくらいドキドキしているが、俺たちはようやく産方家の玄関に到着。

 代表の閃理は遠慮なく呼び鈴を鳴らした。


 うおお、マジで会えるのかな、メイディさんに。家から出てきたのが本人だったらどうしよう!?


 すると、ガララッと引き戸が開く。いよいよか──と意味もなく身構えるが、現れたのは予想していた人物では無かった。


「はい、どちら様でしょうか?」

「すみません。先日お孫さんである孕川命徒を介してご連絡をさせていただいたシャインオブバリューの者です」

「……メイディさんじゃ、ない?」


 出てきたのは七十代と思われるおばあさんだった。顔も標準的な日本人顔、まずメイディさんではない。

 てことはつまり、この人は孕川さんの祖母になるわけだ。そりゃまぁそうだろうな。


 それじゃあメイディさんは何処へ……? 実は家が違うってオチじゃないよな?


「ああ、命徒の言っていた……。どうぞお入りください。うちで雇っている家政婦さんにご用事があるのでしょう? 生憎今は買い出しに出ていておりませんが、帰ってくるまで中でお待ちになってください」

「ではお言葉に甘えさせていただきます」


 ちょっと訝しんでいたらすぐに答えが。どうやらメイディさんは買い物に出かけているらしい。

 確かにじいちゃん家でもたまに一人で買い物に出かけていたな。俺もついて行ったこともあったっけ。


 そういう理由なら問題ない。見ず知らずの他人の家に上がり込むのも多少抵抗はあるが、親切にしてくれているんだから拒否することはしまい。


 中に入るとザ・ご年配の家の匂いがした。どこか湿布臭い懐かしみを感じる匂い。じいちゃん家もそうだった気がする。


 とりあえず居間に案内され、俺たちはそこでメイディさんの帰りを待つことに。


「孫が夢に挑戦するために上京したという話を聞いたときは不安で仕方がなかったんですが、まさかきちんとした会社に就職したとは思いませんでした。不束な孫ですが、どうぞよろしくお願いしますね」

「はい。彼女は優秀な人材です。責任持って面倒を見ていきますので、ご安心ください」


 性癖は激ヤバだけどな、あの人……。うっ、なんかまた内容思い出してきた。


 産方さんとそんなこんな他愛ない談笑をしながら待つこと数十分。メルが正座に痺れて足を放り出した辺りでどこからか扉を開く音が。


 俺たちが入ってきた正面出入り口は引き戸だったけど、今の音は開閉式のドアの音。ということは裏口からだろうか?


「あら、どうやら帰ってきたみたいですねぇ。今お連れしますので、もう少しだけお待ちくださいな」

「えっ、マジすか……!?」


 家主が言うには例の人が帰ってきたらしい。うおお、ついにこの時が来てしまったか!

 じいちゃんが死んですぐに家を離れていったメイディさん。あれから約十年近い時間が経った。


 正確には八年と少しだが──まぁ四捨五入すれば十年だし誤差だよ誤差。かなり久しぶりの再会になる。

 産方さんが迎えに台所へ行き、その間俺はどぎまぎとしながら待つ。


 いよいよだ……流石に歳は取ってるだろうし、見た目は多少変わっているかもしれない。

 孕川さんの発言からして美人のままであることに違いはないだろうけどな。


 そして向かいの部屋から足音。産方さんとは別に聞こえるもう一人の気配がここへとやってくる!


「失礼します」


 来た……ッ! 入室する前に聞こえたその声、確かに聞き覚えのある懐かしい声だ。

 次にざあっと襖を開く音。それを耳にした瞬間、俺は半分俯きかけていた頭を音のした方へ向ける。


 入って来たのは──この日本式の住居には似つかわしくない白と黒のクラシカルなメイド服に身を包んだ銀髪ロングヘアーの外国人女性。


 俺達の前に姿を現すや否や真っ先に俺の視線がリンクされると、小さく笑みを浮かべた。

 ドキッとしたのもつかの間。すぐに視線は外され自己紹介が始まる。


「お初にお目にかかります。奥様からご紹介に預かりました、私はメイディ・サーベリアと申します。以後、お見知り置きを」


 あ……ああ、嘘だろ。まさかそんなことが……!? その姿を見た俺は、思わずその目を疑った。

 だって俺の記憶にある姿と今のメイディさんの姿が全く変わってないのだから!


「そして────兼人坊ちゃま、お久しゅうございます。大きくなられましたね」

「メイディさん……! 俺のこと、覚えてくれてたんですね……!」

「はい、勿論でございます。私にとって大事なお方なのですから、忘れるなどということは決してありません。お会いできて心から嬉しく思います」


 もう一度俺の方を向いてくれたメイディさんは、昔のような呼び方をしてくれる。


 こんなん……もう泣きそうになるわ! だって八年前なんてまだ小学生だし、容姿なんて今と全然違うのにすぐ気付いてくれたんだから!


 ぶっちゃけめちゃくちゃ嬉しい……。ガチ泣きしたいくらいだけど、みっともなく号泣するのもアレだから我慢はするが。


 これも剣士になったから巡り会うことが出来たのかな……?

 半泣きになりつつ、縁の大切さを改めて知ったわ。


「もしかしてお知り合いかしら?」

「奥様。この方は数年前まで勤めていた雇い主のお孫さんでして、大変申し上げにくいのですが例の契約の人物になります」

「まあ、そうなのね……。寂しいけど契約にあった内容ですし、私がどうこう言えませんものね」


 すると俺との関係性を問いただしてきた産方さんにメイディさんは簡単に説明をする────のだが、例の契約って何だ?


 どうやら家政婦としての契約内容に触れる話のようではあるが、それと俺が何の関係があるんだろうか。

 どことなく悲しげな表情を浮かべる産方さんだったが、すぐに年相応の明るさを取り戻す。


「それじゃあ、二人の再会を祝して今夜は豪勢にいきましょうね。皆さん、もしよろしければ今日は泊まっていってください」

「いいのですか? 夕食をご馳走になるだけでなく、寝床も用意していただくのは流石にご迷惑では?」

「気にしなくてもいいのよ。孫たちは全員大人になってからほとんど来なくなった上に、旦那も亡くして寂しい日々でしたもの。部屋も持て余してたわけですから、何泊でもしていってくださいな」


 何と気前の良いことに産方さんは晩ご飯を振る舞ってくれるだけでなく泊まる許可までくれた。なんて寛容なんだ。


 なるほど、孕川さんが『おじいちゃん家』と呼んでたのにも関わらず肝心の祖父の姿が見えないのは、すでに鬼籍に入っているからなのだという。


 夫に先立たれ、孫も来ない。唯一の話し相手がメイディさんだと考えれば、さっきの寂しそうな顔の理由は大体察することは出来る。


 理由こそ不明のままだが、メイディさんは遅かれ早かれこの家から出ることになったのだろう。多分、俺のせいで。


 う~ん……何か悪いことをした気分だ。ここに来たのはメイディさんをスカウトするためだとはいえ、もし俺がいなかったらここに残り続ける選択を取るのかもしれない。


 勿論ただの憶測だけど。実際はどうなのかは分からないし、偶然の可能性の方が高いがな。


「では私は早速調理に取りかかるとします。この日のために少し遠出をして良い食材を買い揃えました。腕によりをかけて作らせていただきます」

「我々もただでご馳走になるわけにもいかない。もし手伝えることがあれば何なりと言ってください。特に焔衣は家事などが得意ですので、お役に立てるかと」

「さりげなく言うけど全部俺に任せっきりにするつもりじゃないよな?」


 本日の晩餐を拵えるためにメイディさんは台所へ。

 俺たちは一足早く一宿一飯の恩義を報いるために出来る仕事がないかを産方さんに訊ねた。


 詳細は省くが閃理とメルは畑の手伝いをして、俺は薪を割る作業を担当させられる。

 今の時代になって前々時代的な力仕事を任されるとは思わなかったが、それでも良い汗はかけたと思う。




 薪割りの最中、つい考えてしまうことがある。

 それはまだ憶測の段階とはいえメイディさんがこの家の仕事を辞めようとしている可能性があることだ。


 ……正直、どれが正しい判断なのか分からない。組織のためとはいえ、産方さんからメイディさんという存在を奪ってしまうのが正しいとは思えない。


 メイディさんもメイディさんで、仮に辞めるのだとしたら孤独になる産方さんのことは気にならないのだろうか。


 ううむ、心の中に如何ともし難いもやもやが芽生えているのは何でなんだろう。

 結局は他人事な上に俺が気にしたところで何に繋がることもない。我ながらお人好しにもほどがあるな。

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